かがみ様への恋文 #7
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バレンタインデー。

それはあげる人にとってはもちろんのこと、

もらう人にだって特別な日だ。

 

自分に密かな恋心を抱いている内気で可憐な少女が、

この日ばかりは勇気を振り絞ってチョコを渡しにくるに違いない!

などと、起こり得るはずのない夢のような期待を抱くことが

唯一許される日なのだから。

 

そうさなぁ、ドキドキ待っているのが辛抱ならないというのなら、

おまじないでもしてみるといい。

両手の人差指と親指でハート型を作る。

「想い想われ振り振られ」と三度唱えてから、

校舎の回りを一周するがいい。

そこで初めて話かけてくれた異性がそれだ。

遠に校舎とは無縁の生活をしている者は、

勇気を出してその部屋から、自分の殻から飛び出して近所を一周したまえ!

 

「って、閉じこもりかよ!」

などというかがみ様の鋭いツッコミはさておき。

 

とにかく、みんながドキドキする日なのだ。

 

一年生にとって、三年生のいるエリアに足を踏み入れること事態、

緊張を強いられることのはずだ。

たかだか二年ほど長く生きているからといって、

少々図体がでかいからといって、すなわち偉いというわけではないのだけれど。

 

気の弱い優一は、おどおどとしてしまう。

もっとも、彼の場合、ただそこにいるだけで周囲の視線を、

特に女の子の視線を嫌でも集めてしまうのだから尚さらなのかもしれない。

 

授業と授業の間の休み時間に、

優一が向かったのは愛しいかがみのいるクラス、

ではなく、その隣の教室だった。

 

けれど、部屋の中に足を踏み入れようとはせずに、

開きっぱなしになっていたドアの外から、

覗き込むように中の様子を伺っていた。

お目当ての二人の姿を探して。

 

その腕には小さな紙袋が抱かれていた。

 

「おーい、ゆうく?ん」

 

大きく手を振りながら名前を呼んだのがこなた。

 

「そんなところで何しているの? 入っておいでよ」

 

と呼びかけたのがつかさ。

 

二人の姿を見つけた優一は、少しほっとしたような表情を見せた。

 

「柊先輩、泉先輩、これ受け取ってください」

 

優一は、袋から取り出した小さな包みを差し出した。

 

相変わらず男の子の芸当とは思えないほどきれいにラッピングされているそれは、

受け取ろうと差し出した両手と同じくらいの大きさ。

 

「なにこれ?」

 

受け取った二人が同時に尋ねた。

 

「僕の気持ちです」

 

と、言われても二人はなんのことだかピンとこなかった。

 

「開けて良い?」

 

中身を見た方が早いだろうとこなたは考えた。

 

ラッピングをそっと解き、箱を開く。

 

「おぉー!! こっ……これは!」

 

こなたはそんな声を漏らさずにはいられなかった。

 

ぱっと見たところ、それは彫刻のように見えた。

けれども、よく見てみるとチョコレートで作られていることがわかった。

ブラックチョコレートに、ホワイトチョコレートで着色までされている手のこみよう。

ただし、象られているのはまるまるとした胴体に目があって、

そこから猫耳と尻尾が生えた生き物と思しき謎の物体ではあったが。

 

「私も開けてみて良い?」

 

今度はつかさだ。

 

「私のは星型だ?」

 

ありがちな形だと、内心思ってしまったのだろうか。

その感動はこなたのものほどではなかったように見える。

 

「いいえ、ヒトデです」

 

「え? なんて??」

 

つかさは、決して優一の声が聞き取れなかったわけではない。

むしろ、あまりにはっきりと聞こえすぎていたといってもいいくらいだ。

予想に反した、おかしな言葉が。

 

「ヒトデです!」

 

優一はもう一度繰り返した。

 

ちなみに、これは海星型であるからして、

当然ながら星型に溶けたチョコレートを

流し込んで作るなどという手抜きがなされたはずはない。

完全な手彫りなのだ。

 

「どうしてヒトデなんて作るのよ!?」

などという、姉のようなきつめのツッコミはつかさにはできない。

 

「へぇ?……すごいね」

 

何がすごいのだかわかっているはずもないのだけれど、

代わりにそんな言葉でお茶を濁した。

 

「でも、男の子なのに、バレンタインデーにチョコをあげるなんて珍しいね。

って言うか、優くんはけっこうもらったんじゃないの?」

 

早速猫耳をかじり始めていたこなたが言った。

 

「人を想うという尊い気持ちの前に、性別なんて関係ないはずです」

 

もらったチョコレートの数には触れず、優一はまじめに答えた。

 

「そうだ、私からもあげるね」

 

つかさが鞄から取り出して優一に差し出したもの。

それはチョコレートだった。

来たるべき本命チョコ製作の時に備えた予行演習のつもり、というわけでもないのだろうけれど、

義理でも精魂込めて作り上げられるつかさクオリティのチョコレートは、

さながら本命チョコだ。

少なくとも、そのハート型のラッピングは優一にそう勘違いさせるのに十分すぎた。

 

「でも……受け取るわけにはいきません……」

 

戸惑いながらもきっぱりと断った優一。

 

「どうして?」

 

つかさには優一の心中など、わかるはずもなかった。

なぜ、義理チョコを拒否するのか。

 

「僕は……! かがみ先輩が好きなんです!」

 

優一は顔を赤くしながら力いっぱい言った。

まるでクラス中に何かめもていますといわんばかりに。

 

「知ってるよ? でも、そんなの関係ないよ」

 

不思議そうにつかさが言った。

それは義理チョコを渡す上で考慮すべき特段の事情とは思えなかったのだろう。

 

「そうだよ、人を好きになるのに順番なんて関係ないんだよ!

ねぇ、つかさ?」

 

こなたは状況を理解してしまったのだろう。

口をはさんでおもしろおかしく掻き回すつもりらしい。

 

「そ、そうだね」

 

どうしてこなたが突然そんなことを言い出したのか理解できないながらも、

とりあえず同意したつかさ。

 

「このことはかがみには黙っていてあげるからさ?。

ねぇ、つかさ?」

 

「うん……。私は別にお姉ちゃんに秘密にしなくてもいいと思うんだけれど……」

 

そもそも、一つ屋根の下で一緒にチョコレートを作っていたのだから、

今さら隠すこともない、と思っての事だろう。

 

「ふ?ん、つかさは、かがみに勝てる自信があるんだね?」

 

その言葉を聞いて、つかさが思い浮かべたのは、

昨夜かがみがラッピングしていたチョコレートの形だった。

それは数日かけていくつも作ったチョコレートの中で、

最も完成度の高いものだった。

けれども、例えどれほど大きな愛情を込めても、

日頃の努力なくして結果を出すことはできない、

ということを物語っているかのようなチョコレートでもあった。

 

「そ、そんなことないよ! お姉ちゃんだって頑張ってたんだから!」

 

かがみが珍しく台所に籠って、熱心に努力していた姿を目にしていたつかさだから言える言葉。

けれども、結果について言及していないのは、忘れていたわけではない。

敢えて言わなかったのだ。

 

「謙遜しなくてもいいんだよ、つかさ?。

本当はかがみに勝てる自信があるんでしょ?」

 

そう言われて、しぶしぶながらも、つねづね心に思っていたことをぽつりと口にする。

 

「うん……。お姉ちゃんには負けないかな……」

 

そう、勝利宣言をしたつかさが二度チョコレートを差し出した。

 

「えへへ、実は朝までかかっちゃったんだ」

 

「優くん、つかさが想いを込めて徹夜してまで作ったんだからさ?、

ちゃんと受け取らなきゃダメだよ?」

 

そう言われて、ようやく受け取ることにした優一。

 

にこっと微笑んだつかさと、不意に目があってしまった。

慌てて目を逸したけれど、顔は赤く染め直された。

 

チャイムが時を告げると、優一は教室を逃げるように飛び出していった。

つかさにもらったハート型のチョコレートを両手でしっかりと胸に抱きしめて。

 

昼休みになると、三人はいつものように優一を待っていた。

最近ではすっかり優一が作ってくるお弁当を四人で食べるのが日課になってしまっていたのだ。

 

「そう言えば、お姉ちゃん、私たちも逢沢くんからチョコもらったよ?」

 

言いながら、さっきもらった包みを両手で持って胸の前にかざした。

 

「私ももらったよー。かがみはどんなのもらったの??」

 

さぞかしすごいのをもらっているに違いないと、わくわくしながらこなたは尋ねた。

 

「えっ……?」

 

思わず声を漏らしたかがみの顔は、紛れもなく驚いたときのそれだった。

 

けれど、その驚き方が、予想していたのとは異質のものであることにつかさは気づいた。

悲しみの色、というものも混じっているように見えてしまったから。

 

「私……もらってない……」

 

「つかさとこなたがもらったチョコ。でもそれを私がもらってないのは、どうして?」

そんな考えがよぎってしまった。

 

私はあんなにも頑張って作ったというのに、どうして。

 

そう思っても素直に言葉にできないのがかがみだ。

 

「ひょっとして、かがみよりも可愛くて凶暴じゃない新しい彼女でもできたんじゃないの?

今日はバレンタインデーだしさ」

 

それはなんの根拠もない、いつものこなたの冗談にすぎなかった。

 

かがみは、そうは思わなかったのかもしれないけれど。

 

「べ、別に関係ないわよ。年下なんて興味ないんだから!

つきまとわれなくて清々するわ」

 

そう強がってみせた。

つかさやこなたに強がってみせたわけじゃない。

自分の心に強がって見せたんだ、きっと。

そうじゃないと平静を装えなくなる気がしたから。

 

そんな言葉を優一は聞きたくなかったはずだ。

そう思っても聞いてしまったものは忘れることができない。

 

「お待たせしました」

 

その声を聞いて驚いたのはかがみ。

そして慌てて振り向いた。

 

四人分のお昼が入った大きなお弁当箱を抱えて、

かがみの後ろに立っていた優一は、精一杯の笑顔を作っていた。

 

「違うんだよ、今のは本心じゃないんだからね!」

とだけでも、言えればよかったのかもしれない。

けれども、つかさとこなたのことが気になってしまって、できなかった。

 

ぐしぐしと袖で目元を拭いながら、椅子に座った優一。

頑張って何かを堪えながら、いつものように明るく振る舞おうとしていた。

 

「今日も頑張って作ってきました」

 

言いながら、お弁当をてきぱきと広げお茶とお箸の準備をした。

優一が目を合わせようとせず、俯いている隙に、三人は必死で言葉を探していた。

誤解から生じたおかしな空気を変える言葉を求めて。

 

「さぁ、食べてください」

 

その言葉に被せるようにつかさが言った。

 

「お姉ちゃんは、本気で言ったんじゃないんだよ。

素直じゃないから、強がって言ったんだと思うよ……」

 

「はい、わかっています」

 

つかさの言った言葉を、かがみの口から聞きたかった。

如何に双子の姉妹といえども、心の内まで知りつくしているはずはない、

と思うからこそ本人の口から聞きたかった。

言ってほしかった。

そうじゃないと、頭ではわかっているつもりでも、心が納得してくれないから。

 

優一はお箸でお弁当をつまんで、ぱくぱくと口に入れた。

と言うよりも、詰め込んだ。

その大きく膨らんだほっぺを見れば、明らかに頬張りすぎているのが見て取れる。

別に面白い顔をして笑いをとろうとしていたわけではなかった。

無理してでも笑っていないと、どんなにおいしいご飯もまずくなるとわかっていたから。

それでも優一は、こなたと、つかさと、

それから、かがみにおいしくお昼を食べてもらいたいと思っていた。

 

かがみは、さっき強がっていってしまった言葉を打ち消すように、

思いつく限りの言葉を並べてみた。

それが優一の心に届かないのは、

胸の奥底に隠された想いを素直に打ち明ける術を知らないから。

プライドというものが邪魔をしてついつい強がってしまうらしい。

 

優一が、ぐしぐしとときどき袖で目元を拭うのは、

やっぱり悪い考えが消えてなくならないからだろう。

優一が聞いていないと思って口にされたかがみの言葉は、

今目の前でかけられる百の言葉よりも強かった。

その人がいないところで不意に口にされた言葉ほど、時に計り知れない説得力を持つらしい。

 

こなたは、珍しく空気を和ませようと、苦心した。

つかさは、思いつく限りのどうでも良い話題を次々に口にしてみた。

どれも空回りに終わってしまったけれど。

 

昼休みの終わりを告げるチャイム。

それは、ようやく息苦しい時間に終わりを告げる福音だったのか、

あるいは、事態を好転できずに時間切れであることを告げるものだったのだろうか。

 

「さようなら」

 

お弁当箱をてきぱきと片付けた優一が、

走り去って行く前に残した言葉だ。

いつもは言わない言葉。

 

残していったものといえば、もう一つあった。

優一がさっきまで座っていた席にぽつんと残された小さめの紙袋。

それに気づいたとき、既に優一の姿は見えなくなっていた。

 

「なんだろう? 忘れ物かな?」

 

いいながらつかさが袋を手にした。

 

中を覗き込むと包みが一つだけ入っていた。

 

取り出してみると、それがチョコレートであろう事はすぐにわかった。

 

さっき、つかさが優一にもらったものに似ていたから。

それよりも手間暇と愛情が込められているであろう事も、

一目ですぐにわかった。

 

「これ、お姉ちゃんにだって」

 

リボンにカードが挟まっていた。

もちろん中は見えないけれど、

「かがみ先輩へ」と言う文字が表に手書きでかかれていた。

 

黙って受け取ったかがみは、二つ折にされていたカードを開いた。

急いで目を走らせた。

 

ため息をついた。

いつの間にか入っていた肩の力が抜けたのかもしれない。

 

「バカ……」

 

誰に向かって言うでもなく、呟いた。

 

「待ちなさいよ!」

 

放課後、校門の前で待ち伏せていたかがみは、優一の姿を認めるとそう呼び止めた。

そんな言葉を選んだのは、かがみの存在に気づきながらも

目を伏せて早足で駆け抜けようとしていたからに他ならない。

 

かがみの前を数歩通り過ぎたところで優一は立ち止まった。

 

「……なんの用ですか?」

 

振り向くこともなく、足元を見つめたままだった。

 

「話があるから、ちょっときて」

 

優一の返事も聞かず、左手を掴んでぐいぐいと引っ張っていった。

とっさの事だった。

 

かがみはただ他の人の目に付かないところで、

落ち着いて優一と話をしようと思っていただけにすぎない。

そこへ連れていこうと考えていただけだった。

 

そう考えて、思わずとってしまった行動だった。

ふと気づけば優一の手を握って歩いていた。

 

とたんに恥ずかしさがこみ上げてきた。

回りを見れば、下校途中の生徒たちが好奇の眼差しを向けていることに気づいたからだ。

 

どうしよう?

 

そう思ってももう遅い。

今さら慌てて振りほどくのも不自然なこと。

 

優一は、嫌がっていたりしないだろうか……。

そんな不安が次に頭をもたげてきた。

 

大きい、と感じさせるような手ではなかった。

ごつごつした手でもなかった。

けれど温かい手だった。

 

意識するほどにドキドキと胸が高鳴る。

なんて大胆な事をしているんだろう、という恥ずかしさ。

それと、優一はどう思っているのだろうかという不安。

 

一方的に優一の手を握っていたかがみの右手。

それが不意にきゅっと握り返された。

 

どくんっと体中が脈打ったような気がした。

その瞬間、恥ずかしいだとか、

嫌がっていたらどうしようだとかいった不安は消えてなくなった。

代わってえもいわれぬ快感にも似た喜びが体中に満ちた。

 

下校時間の周囲の喧騒、周囲の視線、そんなものは意識から消えてなくなった。

あるのは、右手が感じる心地よい圧迫感と感触、

そして二人しか存在しない世界という錯覚。

 

優一は一体どんな顔をしていたのだろう。

気になったけれど、振り返れなかった。

その時、かがみはどんな顔をしていたか自分でもわからない。

間抜けな顔をしてにやけでもしていたら大変だ。

 

だから、かがみは優一に背を向けたまま、手を引いて歩いた。

優一は黙ってそれに続いた。

 

人気のない校舎裏に連れ込こむと、かがみは手を放した。

 

気のせいだろうか、優一の顔にさみしそうな色が見えた。

 

「あのチョコレート……私がもらってよかったのよね?」

 

優一は相変わらず俯いて自分の足元を見つめたままだ。

 

「はい……」

 

「ありがとう。でもそれならちゃんと手渡してくれればよかったのに」

 

「でも、かがみ先輩は、僕なんかにもらっても」

 

と優一が言い終わる前に、それをかがみが遮った。

 

俯いたままの優一の視界に入るように、

ラッピングされた袋を突き出した。

 

「……なんですか? これは」

 

両手でそれを受け取った優一は、ようやく顔をあげてかがみと目をあわせた。

 

「何って、決まってるでしょ! 今日は、ば、バレンタインデーなんだから……」

 

今度はかがみが目を逸してしまった。

 

「ありがとうございます」

 

優一はその顔に笑顔を取り戻した。

瞬間、今まで悩んでいたことが、とたんにちっぽけな事に思えてきた。

 

かがみは、優一の可愛い笑顔を最大限に引き出す言葉を、ぽつりと添えた。

 

「い、言っておくけど、義理チョコなんかじゃないんだからね!」

 

 

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*** お知らせ ***

夏コミ参加します。

二日目、東モ59aです。

 

あと、当サークルでは絵描きさん募集中です。

挿絵描いてくれる人とか。

説明
もしも、かがみがラブレターをもらったら…という話の
第7話目です。
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