ALO〜妖精郷の黄昏・UW決戦編〜 第38-11話 動き出す現実世界 |
第38-11話 動き出す現実世界
No Side
和人と明日奈が『((アンダー・ワールド|UW))』にフルダイブを初めて少しが経った頃、
ユイと神代凛子と比嘉健の三名により再び現実世界とUWの時間進行はずらされた。
それはダイブ前に和人が予想した戦略によるものだ、こちら側の戦力や状態が整うまでは時間稼ぎを行う。
和人が考えた作戦は現実世界からのコンバートによる戦力補充、だが彼は相手もその作戦を実行してくるだろうと予想を付けている。
的を射るかのように侵入者組の情報担当であるクリッターは時間を同期させようとしているが、
三人と和人の仕組んだカウンタープログラムにより一向に進まず、それが成功したと思いこむのはきっと和人達の用意が整った時であろう。
そして、凛子と健の二人とプログラムに任せ、ユイは父である和人に頼まれたことを成すために行動を開始しようとしていた。
彼女は自身のAIであるという特性を活かしてネット内の情報を閲覧・記録・記憶することが可能な他、
ネットを経由することで様々な場所に移動することができる。
そのネット移動こそが作戦の要の一つである。
「では凛子さん、比嘉さん、パパとママをよろしくお願いします! わたしも自分に出来ることをしてきますね!」
「ええ、二人のことは私達に任せてちょうだい」
「頑張ってきてくださいッス」
凛子と健はユイから自身がAIであり、茅場晶彦が遺したともいうべき存在の一つだと話した。
詳しいことは和人から聞くということで納まったが、二人は動揺というか驚きを隠せなかったのはやはり茅場の後輩だからだろう。
そのユイがいまは和人と明日奈の娘とは何とも奇妙な縁とも言えよう。
「ありがとうございます! いってきます!」
ユイは電子の世界へ潜り込み、作戦の一助を担う為、何よりも大切な両親の為に勇気を振り絞り一人両親の為に動きだした。
※※※
早朝・東京都某所
一つの携帯端末にメールが入り、相手が誰かを確認するために持ち主は端末の画面を見た。
送られてきたメールの相手は桐ヶ谷和人であり、この端末の持ち主である時井八雲は和人の師である。
「(和人ですか。こんな時間に珍しいといいますか、普段ならば余程のことがなければこの時間にメールを送ることなどしないでしょうに。
何かあったのでしょうか…)」
弟子の珍しい行動に何かを感じ取り、すぐさまメールを開き内容を読む。
『現在、海上研究施設『オーシャン・タートル』にて米軍関係より襲撃を受けています。
至急、援軍を送ってください。 桐ヶ谷和人と結城明日奈の娘、ユイより』
内容を理解した瞬間、八雲は背筋が凍りついた。
襲撃を受けている内容から取ると相手はプロの軍人、
しかも和人本人からではなく以前に端末で会ったことのあった彼の娘からということは、
本人が対応できないほどに切羽詰まった状況である可能性が高い。
さらに添付されている画像フォルダがあり、その内容も確認する。
画像の多くは何処かの研究施設が襲撃されているものであり、
監視カメラから取ったものなのか軍服に身を纏った者達が交戦している画像もある。
事態は一刻を争う、即座にそう判断した八雲はすぐさま自分の上司である内閣府に報告しようとしたが、
もう一つだけ添付してあるファイルに気が付きそれにも目を通した。
「(これは……なるほど、和人らしい作戦といいますか、使えるものはなんでも使うというところでしょうかね。
現場には明日奈さんも居るようですし、敵が和人の逆鱗に触れた可能性もあるということでしょう。
とにかく、これも提示した方がよさそうですね)」
冷静さは欠いていない、逆に冷静さを欠かしていない場合の和人の激怒は洒落にならないとも思う。
弟子とその大切な人達に何かが起こる前に急いで向かおう、そう決めた八雲は行動を開始する。
深夜でありながら緊急事態として内閣府の一同は総理官邸に集められた。
報告を上げてきたのは『((内閣府特殊護衛部隊|特護))』の隊長である時井八雲であり、
彼の隣には同部隊副隊長にして先代隊長の不動善十郎だ。
これまで様々な事件が起こったVR技術に関する出来事、
『SAO事件』と『ALO事件』以降は『GGO事件』が一番大きな事件だったが、どれも解決に到ることはできた。
未だ世間全般に浸透しているとは言い難いが、それでも現在日本という国において主流産業の一つになったのは間違いないだろう。
そんな中で起きた今回の一件は総理大臣を始め、内閣府の面々は頭を悩ませることとなる。
「事件も減り、落ち着いてきたところでこれですか…」
「しかも相手はアメリカ、これは体裁を考えても厳しいところですな…」
「だが対処しなければ人命にも関わります。どのように動くべきでしょう…」
『((RATH|ラース))』で行われている実験内容を鑑みれば表沙汰にするのも憚られる、
それを相手も承知しているからこそ打って出てきたと考えられる。
だが八雲はユイから届けられていた和人立案の作戦を資料化し、全員に配った。
その作戦内容を説明し、各自が理解を進めていく。
次第にそれぞれが驚愕や戦慄を覚える、これをまだ二十歳にも満たない学生が立案したのかと。
リスクもあるがハイリスクというほどではない、その反面でハイリターンになる可能性は高い。
どのみち動かなければならない、それならこれを基にして八雲や善十郎に細部を詰めてもらうのがいいと判断する。
「しかし、これを立案した少年に関しては大丈夫なのですか? 確かに研究に携わっているようですが…」
「桐ヶ谷和人君、プレイヤーネーム『キリト』、SAO事件をクリアした張本人であり、
ALO事件の渦中で最も被害を受けながらもそれを解決する一助を担い、GGO事件も解決する手腕を見せている。
そして、古流武術『神霆流』の師範代にして、時井君の愛弟子、不動君も指導したことがあるそうだ」
「そ、そうなのですか…」
女性大臣は驚きを隠せないが、どうして八雲から情報が回ってきたのかを察した。
愛弟子のことが心配ではないのだろうか、そう思った時に善十郎が笑みを浮かべて言葉を発した。
「心配なのは分かるがあまり気張りすぎるなよ、八雲」
「っ…すみません、やはりどうしても心配なもので。あの子は背負い過ぎる気質がありますから…」
二人の会話を聞き、苦々しい表情を浮かべる内閣府の一同。
そう、偉業を成し、困難を打ち破り、強く賢くとも、桐ヶ谷和人は未だ二十歳にも満たない少年なのだ。
大人でもそう易々と背負えるようなものではない、
それを未だ保護されるべき域から出ていない子供に押しつけるなど、現実は残酷であり自分達のなんと汚いことかと思う。
だがそれでも、国民のために最善を選択しなければならないのが政治家というものである。
「では、救援任務の遂行を任ずると共に、作戦の進行を許可する。
急ぎ施設の援護を行い、民間人の保護を最優先として行動してくれ」
「「了解!」」
総理官邸には既に特護の隊員が揃っており、八雲と善十郎の指示の許で装備を万全にして大型ヘリに乗り込んでいく。
移動中のヘリ内で作戦内容が言い渡され、二機のヘリがオーシャン・タートルへ向かっていった。
※※※
アルヴヘイム・オンライン アインクラッド第25層フィールド安全区『永遠の館』
ここはALOにおいて空に浮かぶ鋼鉄の城『アインクラッド』の第25層フィールドのモンスターが((出現|ポップ))しないエリア、
安全区の森林奥部にあり周囲の木々によって隠された家、かつてSAOにおいて【黒衣衆】が隠れ家として扱い、
現在はギルド『アウトロード』の((拠点|ギルドホーム))となっているのがこの『永遠の館』である。
SAO時代は仮の名として『隠の家』というものでしかなかったが、
ギルド全体での拠点ということなので女性陣が“((神々の黄昏|ラグナロク))にも負けずに残り続けるように”という願いを込めて名付けている。
その永遠の館に今日は当然ながら居ないキリトとアスナを除いたアウトロードのメンバーに加えて、クラインとエギルも訪れている。
二日前からキリトとアスナが居なかったため必然的に全員が集まることはなかったのだが、
男性陣は持ち前の感覚に促されるかのようにこのホームにやってきた。
彼らに付いて女性陣もやってきて、クラインとエギルの二人はメッセージで招かれた。
何かをするでもなく、ただなにかが訪れるのを待つだけで各々が自由に過ごしている。
アイテムストレージの中身を整理したり、精神統一の為に瞑想をしたり、日々の何気ない談笑するなど、
様々ではあるがそれぞれが思い思いに過ごしていた。
そこへ小さな来訪者がやってきた、小さな光で己の姿を成してから現れる。
「よかったです、みなさんご一緒で」
「ユイちゃん、一体どうしたんだ? キリトとアスナに付いていると思ったんだけど」
小妖精の姿で現れたユイを迎えたのはキリトの兄貴分でもあるシャインだ。
キリトとアスナ不在の今、アウトロードのリーダー代理を務めるのはギルド最年長者の彼である。
「パパからのSOSです。みなさん、パパとママを助けてください!」
ユイの言葉が全員の耳に浸透した直後、室内の空気が一瞬にして引き締まったものに変化する。
あのキリトからのSOS、これはただごとではないと全員が理解するのに時間は必要なかった。
先程までの穏やかな雰囲気はなく、仲間の危機に全員が真剣な表情を浮かべる。
平静に、シャインはそう考えることで心を落ち着かせる。両親を救いたい一心であるはずのユイはともかく、
自分が平常心を乱すわけにはいかないと思ったからだ。
「話を聞かせてくれるかな?」
「はい、実は……」
シャインに尋ねられ、キリトと菊岡から許可を得ていることからユイは話し始めた。
キリトが菊岡達からの依頼で行っていたバイトの実態がVR技術とAIに関する研究であること、
作り出した仮想世界で生まれ育てられた存在達はまさしく魂を持つ人間であること、
『ザ・シード((連結体|ネクサス))』による様々な仮想世界の想いを受けていること、
その世界UWにて『A.L.I.C.E.』が完成しその世界での名が『アリス・ツーベルク』という少女であること、
その少女がUWでのキリトの幼馴染の一人であると同時にUWでの親友の恋人でもあること、
そのアリスを狙って米軍関係者が襲撃を行ってきたこと、
キリトがアスナと共にUWへ再びフルダイブして敵を倒しに行ったこと、
全てを打開するために立案した作戦を様々な方面を動かして実行していること。
『A.L.I.C.E.』は『ソードアート・オンライン』から始まり、『アルヴヘイム・オンライン』に続き、
『ガンゲイル・オンライン』や他にも様々なVRMMOと繋がったことで生まれた結晶、茅場晶彦と桐ヶ谷和人の悲願。
それを奪われ、壊されるということは、キリトやアスナ、ここに居る全員だけでなく、ALOで最期まで生き続けたユウキ、
SAOで死んでいった者達、VRMMOを愛する者達の想いを台無しにされるということでもある。
いま必要な情報で話せることをユイは涙ながらに話した。
「関係のない人達にとっては、ただのAIなのかもしれません。
ですが、パパにとっては、悩んだ果てに生まれてほしいと思った、大切なモノ達なんです。
例えどれほど歪んだ魂になっていても、自らの手で殺すことを、パパは苦しんでいます…!
本当は殺さなくてよかったのに、戦争がなくても戦いは終わらせられたのに、
内通者が、敵が、いなければ、パパは……ママも、パパが苦しんでいるのを、悲しんでいます。
わたしは、パパとママを、助けたい…!」
みんなの為という思いは確かにある、だがなによりもユイにとっては大切な両親こそが一番なのだ。
彼女自身気付いていないが、いま確かにユイは“負の感情”を抱いていた、内通者と敵に対して。
けれど、それは当然のことでもある、なにせ彼女も生きているのだから。
かつてAIであった彼女は、確かに生きてここに在る。
そして、そんな幼くも愛する両親のために涙を流すユイの想いと、なによりも大切な友のために、彼ら彼女らはその心を一つとする。
「ようやく、キリトが俺らを頼ってくれる」
「……不謹慎なのだろうが、嬉しいとも思うな」
「これが僕達の贖罪になるのかもしれません…」
「キリトさんの為、アスナさんの為、ユイちゃんの為、みんなの為っすね」
「アイツに応えてやるのが、兄貴分の俺の役目ってところか」
「オレは初めてかもしれないな、キリトさんの役に立てるっていうの」
ハクヤ、ハジメ、ヴァル、ルナリオ、シャイン、クーハ、それぞれに思うところがある。
一人で抱えがちなキリトをいつも支えてきたのはアスナとユイだが、今回で以てようやく彼は自分達に大手を振って助けを願った。
友として、仲間として、これに応えないわけにはいかない。
同時に彼らにはもう一つ自身達を魅了する言葉があった、
それは説明を始める際にユイが((神霆流|彼ら))に掛けた言葉でありキリトからの伝言。
――望め、さすれば戦場を与えん
戦場、ここのところ良い意味で刺激に飢えて、そして強者や戦いを求める彼らにとって、
それはまさしくキリトから自分達への戦場への招待状でもある。
これに臨まずとして何が神霆流か。
彼らの心は既に戦場へ臨むものへと変化していた。
「あの馬鹿夫婦はこの娘にこんなに心配かけさせるなんて」
「大丈夫、私達も助けになるからね」
「ユイちゃん、泣かないで」「きゅ〜」
「お兄ちゃんってば、本当に無茶ばかりするんだから…」
「キリトくんもアスナさんもきっと大丈夫ですよ」
「そうね、あの二人を相手取れる奴なんかいないもの」
「キリ兄とアス姉、いつもこんな大変なことに…」
リズベット、シノン、シリカ、リーファ、ティア、カノン、リンク、女性陣は泣いているユイを慰め優しく接する。
特にティアはその小さな体を丁寧に優しく触れる、これは彼女の包容力があってのものだろう。
だが、そんな彼女達とてその胸の内には熱い思いを秘めている。
友であり、仲間であり、家族である、そんな二人を助けてみせる、その思いが彼女達の中にある。
「まったくよぉ、俺ら居ないとどこまでも突っ走りやがるなぁ、キリトは」
「だが、それがアイツのいいところだろう? それを助けてやるのがシャインの言うとおり、仲間であり大人である俺達の役目さ」
全員の兄貴分でもあるクラインとエギル、二人はSAOの時から無茶をするキリトと無理をするアスナを見てきた。
だが、いつだってあのキリトとアスナは真剣だった、だからこそ年長者としていつも前に居たあの二人を見守ってきた。
今度も、肉体的に守ることはできなくても、少しでも負担を減らすことができるのならまた力になろう、と。
皆、キリトとアスナの力になることを決めた。
数分が経過したことで涙を止めることができたユイの様子を確認されてから、話を続けることになった。
この場の全員が気になっているのはどうやってキリト達の助けになるかということだ。
UWという仮想世界は分かったが、どうやってその助けになればいいのか。
「パパが立案した作戦内容のデータをみなさんにメッセージで送信します」
ユイがそう伝えると全員に同時にメッセージが届き、その内容に揃って驚愕する。
女性陣の多くは単純に驚きという言葉で表現できるが、
政治関係に詳しいティアに加えて男性陣は全員が引き攣った表情と共に絶句、というかドン引きしている。
敵対勢力がスレッドやサイトを利用して自国米国のプレイヤーや他国のプレイヤーをUWに不正ログインさせ、
圧倒的戦力を誘引しようとしている。
これに対抗するためにキリトはALO、並びにGGO、他MMORPG、さらにはSAO生還者まで投入するという。
さらに、日本政府を動かしてことを敢えて公にし、
こちらが行っている研究が軍事目的ではないと大々的に公表することで世界的に同情を引き、
その上で秘密裏に行っていたことで勘違いをさせてしまったことを謝罪することで誠意を見せ、
日本の非が僅かであるようにし、逆に敵対勢力側の国の非が大きいようにする。
加えてこれに参加した不正アクセス者を『ザ・シード連結体』を利用して個人を特定、
特定した個人を各国当局に任せて摘発させることでその国自体は潔白であるように迫らせさせる。
これによって各国に対して強力なカードを手に入れることができ、さらには研究成果と一部技術の公開で以て優位に立つ。
さらに未成年の((民間協力者達|キリト&アスナ))が研究の中心に居ることや攻撃にさらされていることを明らかにすれば、
加害者側はそれ以上に大きな痛手を受けることになり、日本の優位を覆すことはできなくなる。
以上がキリト立案の作戦の簡単な概要であり、
ユイが解り易く説明したことで女性陣もしっかりと理解できたが即座にドン引きしたのは言うまでもない。
これでもまだ簡単な部分だけであり、
そういった政治的な部分などに関しての詳細は八雲と善十郎や日本政府にしか明らかにされていない。
「え、えげつねぇ……相手が悪いからって相変わらずやること成すこと酷ぇ…」
「……関わった国を政治的とはいえ徹底的に叩き潰すつもりだな、キリトは…」
最もキリトの思考が解るハクヤとハジメが呆れたように呟くが仕方のないことだ。
国も巻き込んでの作戦、しかも自国日本と協力してくれる国には利益を、敵対者には政治的かつ社会的な打撃を。
神霆流の面々は思った、UWにフルダイブする敵=キリトの大切なモノを攻撃する奴=キリトによって地獄を見せられる、と。
自業自得になるだろうとはいえ、少しだけ同情するがそこに自分達も加わるのだからどうでもいいかと放棄した。
「ですが問題もあります。
日本は現在早朝の四時です、それに対してアメリカは午後を超えたばかりか最低でも夕方頃、動けるプレイヤーに差があります」
「当然、それを考慮した上での作戦なんだな?」
「相手は不正アクセスということになるので『ザ・シード連結体』とはいえ、
間違いなくアバターや操作に不具合が生じますしステータスも格段に下がるはずですが量は上です。
正規ルートでのUWアカウントでもダイブに問題はないのですがステータス面は大問題です。
なので、もう一つの正規ルートの各VRMMOからのアカウントコンバートこそが量に対抗するための質になります。
始まりのSAOから繋がったALOやGGO、他にも様々なVRMMORPGからのコンバートであれば最高のステータスで以て迎撃できます」
質には量というが、量には質で対抗するのも戦略の一つ、さらにキリトは策を加えることで圧倒的勝利を成そうとしている。
それならば問題無さそうだと皆が思っている中、ユイだけが表情を曇らせたことに気付く。
「ただ、幾つか問題があります」
「問題?」
「はい。このコンバートによりUWへフルダイブした場合、ペインアブソーバーのレベルは0になります。
つまり、痛覚が完全ONの状態になるため、攻撃を受けた場合はその痛みを受けることになります、ALO事件のパパのように…」
女性陣が息を呑み、男性陣が苦々しい表情をする。
クーハ、シノン、リンクの三人は直接見たことはないが話しは聞いている、あの忌々しい事件から一年半程しか経過していないのだ。
この場に居る面々には覚悟がある、キリトとアスナを助けるのならそれくらいは当然だし、本当に死ぬわけではないから。
だが、一般のプレイヤーはどうだろうか?
あのキリトがあそこまでの激痛に心身の疲労を受けたのだ、その恐怖は並みではないだろう。
「そして、UWでの死は、アバターの、アカウントの死すら、意味するかもしれません」
「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」
「これに関してはどうなるか解りませんが、可能性は十分にあります…」
痛み、それに関してはキリトと並び立つのに必要だと思えば恐怖はなかった。
だが、アバターあるいはアカウントの死、それはVRMMOにおける思い出の消失にも等しい。
それにこそ、ここにいる者達は恐怖した。
だが、キリトは最初からコンバートを利用した手法でダイブしていることを知る。
キリトは最初から誰にも負けるつもりがないからだ。
「そうですね、負けるつもりなんか最初からないんだ、キリトさんには」
「ボクらも勝ちに行くっすよ」
負けるつもりなど毛頭無い、生きて勝利する。
死なない為に((回復役|ヒーラー))や((壁役|タンク))も必須、弾幕を張るために((魔法使い|メイジ))や((弓兵|アーチャー))もいる。
そのためにVRMMOから勇士を募るのだ、お互いを守り合えばいいのだから。
「それならここからは俺達の出番だな。各種族に参戦者を募るか」
「他のVRMMORPGの情報サイトや書き込みにも顔を出さないといけないですね」
急いで行動しなければならない、しかしまだユイには話さなければならないことがある。
「リーファさん、シノンさんには都内にある二台のSTLからスーパーアカウントを使用してほしいのです。
【陽神ソルス】と【大地神テラリア】、この二つのアカウントでダイブすれば戦力も圧倒的に増します。
なにより、お二人の近くにはルナリオさんとハジメさんがいますから…」
「ボクとハジメさんでリーファとシノンさんをバイクでその場所まで送るってことっすね」
「……そして私達もその場所でダイブする、と」
「ええ。こちらも相手も同時にダイブすることになりますから、その前にパパが戦局を整えるために先んじてお二人を送ってほしいと」
「そういうことなら行くしかないね」
「私達を買ってくれているのかしらね、キリトは」
リーファとシノンの二人のスーパーアカウントによるフルダイブが先んじて行われること、
その二人をルナリオとハジメがバイクで送り届けることが決まり、四人はあとのことを仲間達に任せてALOからログアウトしていった。
そして、各々が動き始める。
SAO時代からの仲間である黒猫達、ALOで出会った眠りの森の騎士達、各種族の領主達、様々なプレイヤー。
デメリットしかないその戦いにそれでも付いてくるか、その問いかけに多くが応えず、多くが応える。
一人また一人に広がっていく今回の一件の内容、一人また一人と増えていく参加者達。
彼らに向け放たれるメッセージで一つだけ必ず伝えられていることがある、それは…。
――日本の夏、ゲーマー魂を見せつけろ
こう言われては燃えないゲーマーはいない、日本の夏は特にゲーマーが熱いのだ。
※※※
早朝の道路を二台のバイクが駆け抜けている。
前を走るバイクを操るのはハジメこと国本景一で後部席に座るのはシノンこと朝田詩乃、
後ろを走るバイクを操るのはルナリオこと月乃刻で後部席に座るのはリーファこと桐ヶ谷直葉だ。
ユイに指定された場所へ制限速度を超えないように、それでも急いでその場所へと向かう。
景一と詩乃は半同棲状態であるため、共に出ることは他愛がなかったが既に起床していた父には気付かれた。
「気を付けていってこい」
その一言で彼は息子と将来の義娘となる少女を見送った。
きっと父にも召集が掛かっているのだと景一は察し、自分を見送ってくれたのだと思った。
一方で直葉は書き置きをしてきた、刻のバイクで一緒にドライブに行ってくると。
幸いにも今日は夏休みの日曜日であり、夏休み中は剣道部の部活動は平日と土曜日のみであるから十分な言い訳にできる、
刻も同じ理由で出かけられた。
そして四人はユイに指示されたビルに辿り着き、そこで待っていたRATHのスタッフに身元確認を求められ、
景一と刻は運転免許証と学生証を、詩乃と直葉も学生証を提示することで身元確認を完了し、
スタッフに案内されてSTLの許へやってきた。
「これが、STL…」
「キリトもこれでUWに行ってるのね…」
「お二人のことは比嘉さんと菊岡さんから聞いています、桐ヶ谷君も最近まではここでこの二台の調整を手伝ってくれていました。
すぐにでもダイブしてほしいとのことなので、お二人への最適化と設定も行いますからそちらへ」
「「はい」」
女性スタッフに促されて詩乃と直葉はSTLのベッドに座る。そこへ景一と刻が歩み寄る。
「……詩乃、私達もすぐに駆けつける」
「ええ、一足先に戦いながら待ってるわ。ケイも、GGOのプレイヤーを頼むわね」
「スグ、気を付けて。キリトさんとアスナさんを任せるっす」
「うん、刻くんもしっかり準備を整えてね」
恋人に声をかけてから景一と刻は別室に向かい、そこでアミュスフィアを用いてコンバートすることになっている。
刻はコンバート前に装備の最終調整を行い、景一はその前にやることがあると言って携帯端末を操作している。
「(……一組はいい、もう一組の力はあまり借りたくないが、いまは猫の手も借りたいな)」
景一が行っているのはGGOの公式掲示板への書き込みである。
一つはGGO全体へのもの、当然だが痛覚ON状態やアカウント危険度のことも書き込んでいる。
もう一つはハジメとキリトが主催している、というよりも二人にGGOで近接武器戦闘を教授してもらっている者達の掲示板への書き込み、
このグループの多くが参加してくれるだろう。
ただし、問題があるのは最後の書き込みの場所、対外的にはなにも問題の無い者達なのだが、キリトとハジメに関しては違う。
その掲示板の名は『キリトちゃんとハジメちゃんを応援し隊』である。
なお、アスナとシノンも参加している姿が見られるが定かではない。
溜息を吐きながらも景一はこの掲示板にも書き込んだ…。
※※※
アンダー・ワールド 囮部隊野営地
朝を迎え陽が昇り始めた頃、キリトとユージオはそれぞれの天幕から出てきたところだ。
共にその天幕の中には愛する女性が眠っており、もう少し寝かせておくことにしたのだ。
「おはよう、ユージオ」
「おはよう、キリト」
戦闘用ではない普通の服、しかしその手には神器『夜空の剣』と神器『青薔薇の剣』が握られている、朝の鍛錬だ。
素振りや軽い打ち合いで体を温めることでこの後の戦いの準備運動をしている。
そこへ同じく早目に起きてきたのだろうベルクーリも交わり、三人で朝稽古を行った。
朝稽古を終えたところで丁度良い時間となり、部隊の起床時間にもなった。
キリトはアスナを、ユージオはアリスを起こし、首脳陣で朝食を取ることになった。
「「((アスナ|アリス))の料理が食べたい」」
「「全部終わってからね」」
キリトとユージオが揃って同じようなことを言い、アスナとアリスは嬉しそうにしつつもそれぞれに窘めた。
恋人に料理を食べてほしいと思っているのは彼女達も同じである。
どのような決着になるのか、それは誰にもわからないが皆で帰ることができるようにと、
アスナとアリス、他の者達も思っている……キリトとユージオを除いて。
キリトには明確な展開が、ユージオはキリトから作戦を聞いているので大まかには把握している。
質素だが力となる朝食を食べ終えたところで偵察が戻ってきた。
報告によると暗黒界軍は飛竜に乗った暗黒騎士がこちら側の崖と相手側の崖の間に十本の荒縄を張り、
それを使いこちら側に到達しようとしているとのこと。
ベルクーリはこれを好機と取り、渡る途中の暗黒界軍に整合騎士で攻撃を仕掛けることを決める。
「俺とアスナも行くぞ」
「少しでも援護できると思いますから」
キリトとアスナも出陣を決める、アスナはキリトの飛竜『黒天』に乗る。
そして、キリトはもう一つ、彼らに自身の考えを述べた。
その内容にアスナとユージオ以外の全員が驚愕することになったが、
キリトが失敗した時は自身の手で決めるということを告げたこともあり、キリトの案を優先して行うことになった。
準備の為に天幕に戻ったキリトとアスナ、粒子に覆われた直後にキリトは黒衣の剣士に、アスナは白の女神になる。
「アスナ、おいで」
「ん、キリトくんに抱きしめられるのも、髪を撫でられるのも大好き」
ここからは命懸けの戦場、おそらくノンストップでの戦いとなる。
二人ともそれを解っているからこそ、甘え合う。
キリトにとってもアスナにとってもこれは強くなるための、生き残るための儀式のようなもの。
愛を刻みあい、それを確認することで二人は戦場を舞う刃をより一層強めることができる。
ただ、愛する者と生き残る為に。
「((征|い))こう、アスナ」
「はい、キリトくん。貴方とならどこまで」
キリトが先に天幕を出て、アスナは従うように続く。
覇王と覇王妃の出陣である。
ユージオとアリスの天幕、こちらは静かなものであった。
二人は背中合わせになるように着替え、それぞれの鎧を纏いマントを羽織り、腰に剣を据えることで身支度が整う。
準備が終わったところでアリスは((徐|おもむろ))に口を開いた。
「止めないのね、わたしが戦場に出ること…」
「戦場に出ないでくれと言ってキミがやめたのなら最初から止めたさ。
でも、整合騎士として、一人の人間として、この戦争に参加することをアリスが決めた時から、必ず守り通すって僕も決めたんだ。
敵の狙いがキミだろうとそうでなかろうと、キミは守る」
「ユー、ジオ…」
アリスは愛する者の変化に気が付いた。
ユージオの纏う雰囲気が変わっている、その雰囲気はキリトの本気の姿と類似している、同じではないがまさしく彼と似た空気だ。
だが、ユージオの心は何も変わっていない、自分を想ってくれているとアリスは確かに悟る。
「何度でも言うよ。今度こそ、一緒に征こう」
「ええ、貴方と一緒よ」
ユージオの後を追うように一歩後ろに引いて続くアリス。
騎士と巫女の出陣である。
今、最後の戦いの幕が上がる。
No Side Out
To be continued……
あとがき
改めまして、遅れましたがなんとか完成したので投稿できました。
時間作ってこの文字数で完成させるのは大変、でも遣り甲斐があるからこれまた大変w
キリトさん、エグイですよw 徹底的に陥れようとする辺りやはりキリトの方が黒幕っぽくなるw
ウチのキリトさんはどこまでもやっちゃうから国も普通に巻き込む、悪い意味じゃないから性質が悪い。
今回で閑話休題となり、次回から再び戦闘再開です、多分ダブル女神降臨までは普通にいきます。
アリスが攫われる?ユージオとキリトがいるのにw?とかベルクーリとベクタの一騎打ち?これは戦争だぞ(キリッ な展開になります。
ではまた次話で〜・・・。
説明 | ||
第11話目です。 またも遅れてしまいましたが完成したので投稿します、現実世界などの様子です。 どうぞ・・・。 |
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からかん様へ まぁ割と皆さん好き放題に暴れるつもりですけどねw(本郷 刃) シオン「ふらふらと、この時空線に来たら何か楽しそうな事しようとしてるやん。俺っちも参加するかね。アカウントは…ステータスは中の上、武器は自動生成と。アカウント制作システムハッキング!」(からかん) グルメ96様へ ようやくツッコんでもらえたw 本作ではアニメと違いキリトは正常でしたがあの美少年ちゃん二人をアニメの奴らが放っておくはずがない!(本郷 刃) 主「何だあの掲示板のタイトルは、誰もツッコミを入れないのか!?」ゼ「あの大会で二人は有名になったからな、噂では親衛隊の中心メンバーが立ち上げだとか?月一回に会合があり、熱い論議されてるとかされてないとか?」主「マジかよ」(グルメ96) スズタツ様へ 裏世界はないですがVRMMOの覇王にはなるかもw(本郷 刃) えぐい...キリトさんえぐいよw。もうそのうち裏世界の覇王とかなってるんじゃないかなw(スズタツ) ジン様へ 近い内にみなさんの戦闘シーンも書きますねw(本郷 刃) 劾「さぁ、俺たちの力を見せつけてやるぜ!」(ジン) アサシン様へ 敵さんは死にに行くようなものですからね〜w(本郷 刃) スネーク様へ そもそもUWへ行くように言ったのは茅場さんなんですけどね、本作ではw 本編中で茅場さんとキリトが話してますけどw(本郷 刃) 神威秀様へ 国を利用するほど真っ黒なキリトですからねw(本郷 刃) 雨音 奏様へ 真っ黒なキリトさんによるUWでの戦闘、敵は真っ青w(本郷 刃) アサシン「御師匠様達までトンでも地位で連携強化。日本のゲーマーは時に他国すべてを凌駕する!確かにコレは戦争です、誘拐?覇王と戦友兼弟子が居るのに?一騎打ち?何ソレ美味しいの?・・・・・敵さんに敬礼!(死出の旅路へ)」ヒースクリフ「フム、彼等が戦っているのだから私も剣と盾を持って戦場へいこうかな」(アサシン) こっそり、ヒースクリフいたりしねぇかなw(スネーク) 真っ黒い、流石キリト真っ黒いww国まで動かすとは恐ろしやww(Sacky) キリトさん相変わらず真っ黒ですねwそして次は戦闘ですか!楽しみにしてます!!(雨音 奏) ディーン様へ みなさん戦闘用意は整っていますか? 本当にもう少しですからねw(本郷 刃) この世界の鬼がどんちゃん騒ぎを起こそうとしてますね、いろんな爆弾をあちらこちら落としてますね、まぁ、楽しくなりそうでこちらは全く問題ないですね、そして、最後に愛の爆弾も落ちてますね(ディーン) 真っ黒な炒飯様へ あい、今回は微甘です、さすがに移動直前ですからねw(本郷 刃) からかん様へ どう解釈するも予想するも次回への楽しみということです♪(本郷 刃) スネーク様へ えげつなくするのが目的でしたからw(本郷 刃) スネークさんと一字一句同じことを思った。そして今回のキリアスのイチャコラは珍しく微甘だと…事件だ(笑)(真っ黒な炒飯) いやはやワクワクが止まらない。とても楽しみに待ってます!!!(からかん) ↓アリスが一人で飛び出したらいくら彼らとて守れまい。(からかん) えげつない…ひたすらえげつない…wあとがきの最後…つまりアリス攫われるのかw(スネーク) |
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