田中くん 白石さんと花火見物 |
田中くん 白石さんと花火見物
本当のことを言えば。私も田中くんと一緒に花火見物がしたかった。
でも、お友達のきっちゃんとみっちゃんとの先約があった。
花火大会と言えば、家でテレビで一人で見るもの。
根暗でぼっちな芋女だった私にはそれが普通で。それ以外は考えられなくて。
友達と一緒に花火に行けるなんて贅沢過ぎるリア充行為。土下座して感謝したいぐらいに嬉しいことだった。
だから、宮野さんから田中くんたちと一緒の花火に誘われた時は。泣くしかなかった。
友達と一緒に花火に行くことができる幸せの最中の私が。更なる幸せの高みを覗いてしまったのだから。
勿体なさ過ぎて。タイミングが悪すぎて。色んな気持ちが溢れてしまって。小さい子どもみたいに泣くしかなかった。
そして、私は友達との約束を反故にしてまで田中くんを追い掛けられるほど恋に正直に生きてなかった。
友情は大事だし、田中くん一筋になれるほど自分に自信が持てなかった。
私の本質はまだ中学時代の時の芋女からあまり変わっていない。
だから、私の選択は間違ってない。はずだった。
少なくとも花火大会の会場に到着して花火を見始めるまでは。
「花火を一緒に見ていてなんだけどさ。白石は私らと一緒に花火見物に来てよかったの?」
「えっ?」
きっちゃんの質問は、友達と花火大会に来られたことに満足していた私の心を激しく揺り動かすものだった。
「何を、言ってるのかな?」
「しーちゃん、好きな男の子がいるんでしょ? その男の子と一緒に見物した方がいいんじゃないかなって思ってさ〜」
みっちゃんの後押しは私を更に困惑させるものだった。
私は宮野さんのお誘いを泣いて断った。田中くんとの花火はすっかり諦めた。そのつもりだった。なのに、私を先に花火に誘ってくれた2人がその決意を揺るがしてきた。頭がグルグルした。
「で、でも。その人は今日、他の男の子と一緒に花火を見て回ってるはず。だから……」
今更田中くんと一緒と言われても困ってしまう。だから、きっちゃんたちと一緒にいるのが正しいんだと言いたかった。でも……
「男同士で一緒に花火回ってるってことは、白石がアピールする絶好のチャンスじゃん」
「しーちゃんの浴衣姿なら男はみんなイチコロだよね〜」
「そ、そんなこと。ないと思うよ……」
顔が赤くなってしまって上手く反論できない。
本当のことを言えば、田中くんにはお店でもう私の浴衣姿を披露している。田中くんに褒めてもらえてすごく嬉しかった。
『よく似合ってるよ』
あの時の感動を私はずっと忘れないと思う。
ついでに言えば、田中くんは太田くんと一緒にいるけど。2人きりじゃなくて宮野さんとも越前さんとも一緒にいるはずだった。
宮野さんは可愛いし、越前さんは背が高く大人っぽくて綺麗。可愛い女の子2人に囲まれている田中くんの元に私が今更行ってもインパクトを与えられるとは思えなかった。
「そんな弱気でどうする?」
「ええっ? 弱気って……」
「恋は強気のアタックあるのみだよ〜」
「つ、強気のアタックって言われても……」
私はなおも弁明した。けれど、私を意中の男の子(田中くん)の元に行かせることに使命感を燃やしてしまった2人は私の話を聞いてくれない。
「白石、行って来るんだっ!」
「甘い一時を送ってきてね〜」
「………………う、うん。わかった。頑張って、みる、ね」
結局、2人に押し切られて私は田中くんの元に向かうことになってしまったのだった。
とても狼狽した。
でも、田中くんと一緒に花火大会を見られるのなら。
とても嬉しいって思った。
心がなんだか跳ね上がっていた。
「こんな広い会場じゃあ。田中くんがどこにいるのかなんてわかんないよぉ〜」
2人の元を離れ田中くん探しに出掛けたはいいものの。
歩き始めて1分もしない内に早速壁にぶち当たってしまった。
田中くんがどこにいるのかわからない。
きっちゃんたちは、愛の力があるから絶対に出会えるみたいなことを言っていたけれど。それはとっても無茶な話だった。
河川敷を利用した会場自体が広い。更に、人混みを避けて会場から少し離れたところで見ている可能性だって十分に考えられる。
花火が見える全ての空間の中から田中くんを探し出すというのは、私にとっては雲を掴むような話だった。
田中くんの携帯の番号を聞いておけば良かった。でも、それができるぐらいの勇気があったのなら。私は自分から田中くんを花火大会に誘っていたに違いなかった。
だから要するに今、田中くんの居場所がわからないのは私のこれまでの臆病の結果に違いなかった。
「とはいえ、泣き言ばかりも言ってられないよね。1ヶ所1ヶ所見て回れば、いつかは巡り会えるはずだもの」
気を取り直して探し始める。花火大会は終了まで後1時間はある。黙々と探し続ければ最後の5分ぐらいで出会えるような気もする。
「一緒にいるはずの太田くんは背が高い。2人が買った浴衣の柄も覚えてる。手掛かりならたくさんあるっ!」
自分を奮い起こして探し始める。芋女から脱却しての高校デビューを果たした時のことを思い出していた。
不屈の闘志で努力し続けてきた結果、クラスの人気者の白石さんになれた。あの、血の滲むような、自分とは正反対のものを悶絶しながら目指した日々を思い出せばこの逆境もきっとどうにかできるっ!
自分を鼓舞して歩き始めて約10分。私の努力は遂に実を結ぶ時がきた。
「田中くん……いたっ!!」
チラッとだったけれど、屋台が並んだ人混みの中に田中くんの横顔が見えた。あのけだるげな表情を見間違えるはずがない。絶対に田中くんだった。
「待って、田中く〜んっ!」
声を張り上げるものの、屋台が並び人がごった返した喧騒の中では私の声は届かない。田中くんはすぐに見えなくなってしまった。
私はすぐに彼を追い掛けた。けれど、今の田中くんは太田くんと一緒ではないのか、目印となる背の高い人物がいてくれてない。
更に、覚えていたはずの田中くんの浴衣の柄がどうしても視界に入ってこない。30m圏内にいるはずの田中くんをみつけるのに大変な困難に直面していた。
田中くんはなかなかみつからない。でも、一度は視界に捉えた。この近くにいるのは確か。希望を胸に探し続ける。
その甲斐あって、私は遂に彼を前方5mに発見することができた。
「田中くん……………えっ?」
歓喜の声を上げた私。けれど、その声にはすぐに疑問符が含まれることになった。
田中くんは、間違いなく田中くんの顔をした前髪を切り揃えたおかっぱ頭のその子はピンク色の女物の浴衣を着ていた。しかも、気のせいか普段よりも背が縮んでいるような気がした。
「あれは田中くん、だよねっ?」
混乱した私は彼が間近にいるのに声を掛けられなかった。
田中くん以外にあの顔の持ち主はいないに決まってる。なのに、目の前にいる人物には違和感が多すぎる。
落ち着いてみようと思い、少しの間田中くん?を観察することにした。
そして私は、あまりにもショックな事実に気が付いてしまった。
「田中くんが、知らない女の子と一緒にいる……」
田中くんは、私よりも少し背の高い、前髪で片目が隠れた大人しそうな女の子と手を繋いで歩いていた。2人はお揃いの浴衣だった。
「それじゃあ、田中くんが女装しているのは……あの子とペアルックにするため?」
田中くんの顔立ちは中性的。ウィッグを付けて女物の服を着れば女の子に見えるのは間違いない。現に、私の目の前の田中くんはそうしている。
そして、田中くんはペアルックの浴衣を着た女の子としっかりと手を繋いで離れない。つまり、2人の仲は……。
「あの子は、田中くんの彼女? そ、そんなあ……」
視界がグニャッと歪んでしまった。足が石になったみたいに動かない。
以前太田くんは田中くんには彼女がいないって言っていた。でも、本当はいたのかもしれない。それとも、私がモタモタしている間に付き合い出したのかもしれない。
何にせよ、とてもショックな光景だった。目の前の田中くんに声を掛ける勇気も追い掛ける気力も奪い去ってしまうぐらいに。
そして、私は田中くんに自分の存在を気づかせることができないまま、視界から去られてしまった。
「やっぱり私、何も変われてない……」
私は、結局根暗の芋女のまま何も変わっていなかった。
「きっちゃん、みっちゃん。私、駄目だったよ……」
屋台が両脇に並ぶ道の真ん中で大きなため息が漏れ出て肩がガクッと下がってしまう。田中くんの姿はいつの間にか見えなくなってしまった。
せっかく、きっちゃんとみっちゃんにチャンスをもらったのに。田中くんと一緒に花火を見る絶好の機会を逃してしまった。
「田中くんに彼女さんがいるんじゃ……仕方ないよね」
田中くんが女の子と繋いでいた光景を思い出すと今でも涙が溢れそうになる。
私の初恋は想いを告げることもなく無残な形で散ってしまうことになった。
「私が、根暗で臆病者の芋女だから。ううん。田中くん、素敵だもん。彼女ぐらいできたって、おかしくはない、よね……ううう」
涙が零れた。
私が田中くんの彼女になれなくて。それがとても悔しくて。
今になって、田中くんがこんなにも好きなんだってわかった。
私は田中くんの側にいたいんだって気が付いた。
そう。私は田中くんと一緒にいると幸せになれる。
それに今ハッキリと気が付いた。
「友達としてでも、一緒にいたいよ……」
私の考えていることは変なことなのかもしれない。
田中くんが彼女と一緒にいるところを見せられれば辛いだけかもしれない。
きっと胸が張り裂けそうになる。
田中くんの彼女になれないという認識は私を激しく苦しめるはず。
でも、それでもやっぱり一緒にいたいという気持ちもまた本物だった。
「きっちゃんやみっちゃんに背中押してもらったんだし。せめて、声を掛けられなくても近くで一緒に花火を見物しなきゃ」
何より、今の私はみっちゃんときっちゃんという友達2人の後押しを受けている。根暗なぼっち女のままでいじけてはいられない。
せめて、意中の相手と一緒に花火を見学するという初期目標だけは達成しなくちゃ。
「よし。田中くんを……追い掛けよう」
先ほどまで石のようになって動かなかった私の足。今度はすんなりと、しかも軽く動いてくれた。一歩踏み出すと次はとても滑らかだった。
自分の判断が正しいのか確証は持っていない。けれど、追わずにきっちゃんたちの元にすごすご帰るのだけは絶対に駄目だって思った。
田中くんと女の子が消えていった方角を目指して全力で追い掛けてみることにした。
無我夢中で田中くんを追い掛けて走った。
田中くんと女の子が去ってからもう結構時間が経っている。
もうこの付近にはいないのかもしれない。
でも、そんな悲しい推測ぐらいで諦めるなんてできなかった。
私は田中くんと一緒に花火を見るって決めたんだから。
必死に追い掛けた。
どこに田中くんがいるのか全然わからないのに。
でも、確信めいた勘のようなものが働いて。
私はその勘に従ってひたすらに走り続けた。
そして──
「いっ、いた……田中くん」
走り続けて数分。私は田中くんを発見することに成功した。
「あれ? 田中くん、だよね?」
今度みつけた田中くんは服装がさっきと違っていた。私がお店で見た柄の浴衣を着ていた。髪もいつも通り。
横にいるのは太田くん。更に宮野さんと越前さん。手を繋いでいたピンク色の浴衣を着た女の子はいなかった。
あの女の子とは分かれて太田くんたちと合流したの?
でも、浴衣も変わってるし。髪型も変わってる。
どういうことなの?
私の頭は完璧に混乱状態に陥ってしまった。
「うん? 白石さん。こんばんは」
混乱している内に田中くんに姿を見られて先に声を掛けられてしまった。
「こっ、こっ、きょんばんはっ!?」
思いっきり舌を噛んでしまった。
痛い。でも、これが夢でないことはわかった。
とりあえず太田くん、宮野さん、越前さんにも挨拶を済ませてから田中くんに質問してみることにした。
「あの、田中くん……」
「何?」
「田中くん。さっきピンク色の浴衣。着てなかった?」
田中くんは自分の着ている浴衣をぼうっとした瞳で眺めて確かめていた。
「いや。着てないよ」
「じゃあ、宮野さんでも越前さんでもない女の子と一緒にいた?」
田中くんはやっぱりぼうっとした瞳で隣りにいる宮野さんと越前さんを見た。それから太田くんを見た。
「もしかして太田。女の子になってたとか?」
「いや、それはないな。俺は年中無休で男だな」
田中くんはあの背のやや高めな女の子と一緒にいることを否定した。
そう言えばあの女の子は少し太田くんに雰囲気が似ていたような気がする。
あんな可愛い子が男らしい太田くんのわけはないんだけど。
「えっと。それじゃあ……田中くんは花火が始まってから移動してた?」
田中くんは自分をジッと見た。
「ずっとここにいたよ。動くのは面倒だからね」
田中くんが言うとすごい説得力だった。
確かに、田中くんが花火の最中にわざわざ移動するとは思えない。
「俺や越前、宮野はずっと一緒にいたが。田中は花火の最中動いてないぞ。白石が現れるまでは1歩も動かなかった」
「師匠はずっとここにいましたよ」
「そう、なんだね」
田中くんや太田くんたちが嘘をつくとも思えない。
ということは、田中くんはずっとここにいた。
じゃあ、私が見たあの女物の浴衣を着たあの子は一体っ!?
「もしかして、さっき私が見たのって……ドッペルゲンガーっ!?」
本人が見たら死んじゃうっていうアレ。田中くんのドッペルゲンガーがお祭りの会場に現れたってことっ!?
「た、大変だよ。田中くん。ドッペルゲンガーが現れたんだよ。見たら死んじゃうよっ!」
「ああ、その反応。俺もしたことがある」
私は大慌てなのに田中くんも太田くんも落ち着いていた。
「白石が見たというドッペルゲンガーは田中より少し小さくて、前髪を切り揃えたショートカットにしてなかったか?」
「う、うん。してた。太田くん、ドッペルゲンガーを見たことがあるの?」
私だけかと思ったら、太田くんも見たことがあるらしい。もしかして、ポピュラーな存在なのかな?
「その子はドッペルゲンガーじゃなくてな……」
田中くんは太田くんの浴衣の袖を引っ張って言葉を止めた。
「白石さんは会う時が来ると思うから。その時に紹介すればいいよ」
「そうか。田中がそういうのなら。俺は黙っていることにしよう」
「??????」
田中くんたちにはドッペルゲンガーの正体について心当たりがあるようだけど。私には何のことだかわからない。
「それより、白石さん」
「なっ、にゃにかな?」
田中くんに話し掛けられてまた噛んでしまった。
緊張して上手く喋れない。
「確か、友達と一緒に花火見学するんじゃ?」
田中くんは私が宮野さんのお誘いを断った理由を覚えていた。
「えっとね。きっちゃんたちに、田中くんたちにも誘われたんだって言ったら。こっちにも来るべきだって言われて。それで……」
少しだけ嘘を吐いた。
きっちゃんたちは、私が意中の男の子に会いに行くものとして送り出してくれた。相手が田中くんだとは知らない。
そこの部分を詳細に言ってしまうと。私が田中くんのことを好きだってバレてしまう。こういう形でバレちゃうのは、望ましくない。
やっぱり告白はちゃんとしたい。いつになるかわからないけれど。
「そっか。俺も白石さんと花火が見れて嬉しいよ」
田中くんのその何気ない一言は。
一緒に花火を見られることを楽しみにしていた私にとっては何よりも嬉しいものだった。
「うん。私もだよ」
私は最高の笑顔で彼に返してみせた。
人生初めての生で見る花火大会は。
田中くんが隣にいてくれたから。
今までテレビで見てきたどんな花火よりも彩り豊かで宝石よりも輝いて見えた。
了
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