ミラーズウィザーズ第三章「二人の記憶、二人の願い」08 |
いつもエディに因縁を付けてくるトーラス・マレも錬金系の魔法使いであるので、呼び出しを食らったらしく、このところ、エディは彼の姿を見ていない。いい気味だと思う反面、戦時が近付いているのをまざまざと見せつけられたと、痛々しい気分だ。
そうして慌ただしい学内は学び舎としての姿が薄れ、学内で見る人の影も若干少なくなっている。何とか平然を保とうと通常の講義は開講されているが、それもいつ途切れるかと、生徒達は不安に感じているのだ。
そんな本来の学び舎としての活気に陰りを感じ、マリーナを静かだと呟かせたのだろう。
(そういえばローズも最近見ないよね。護符作りに駆り出されちゃったのかな?)
エディは内心焦りを感じる。エディとマリーナ、バルガス、そしてローズ・マリーフィッシュの四人はよく集まっていた気心の知れた仲間だ。いつも集まっていたメンバーが一人欠けただけで、心にぽっかり穴があいたような、自分の一部がなくなってしまったような喪失感を覚えてしまう。
「ねぇ、マリーナも魔術付与とかで呼び出しあるのかな?」
「さぁ、今のところは聞いてないけど。私は下位だから、早々お呼びはかからないででしょ」
マリーナの言う下位と、エディがどっぷりはまっている下位とは意味合いが違う。マリーナは単に上位五十位未満という意味で言っているが、エディのは最下位の下位だ。
「そら違ぇねぇよ。お前もオレ等と同じく取り残され組ってな。世間様から頼りにされることなんてねぇよな」
マリーナには呼び出しがかかってないと知り、バルガスが小気味良さそうな笑いを漏らす。
「言ってなさい! あんたみたいに一生下位でいいなんて私は思ってないんだから」
マリーナは歯茎を見せるように大口を開けてバルガスに言い放つ。
それは決意に近い。エディにしてもマリーナにしても魔法学園で上位を目指さないという選択肢は心中にない。上位にならなくてもいい、と妥協してしまったときは、心が折れたときだろう。そのとき、希望と現実に折り合いをつけて学園に残るか、夢破れて学園を去るか、その選択を迫られる。しかし、それはまだ先の話だ。まだ上位になれないと諦めたわけではない。
「そっか。マリーナはまだ呼び出しとかないんだ。それならよかった……」
「よかった? エディ何言ってるの?」
「え?」
思わぬ反論にエディは声をあげる。
「忘れたの? 『ラッパ吹きの鎧(トランペッター)』の話」
エディはそう言われて初めて自分の失言に気付く。
(そっか、マリーナは戦地に赴(おもむ)く人を助ける為に付与魔術を……。だったら、戦争になりそうな今こそマリーナは……)
〔主よ。他人が皆、自分と同じ考えと思うてはいかんぞ。人には人の生き方があろう〕
(わかってるわよ。私だってそれぐらいわかるよ。だけど……)
エディの心なる声が聞こえるユーシーズには、もちろん事前にエディの考えは伝わっていた。それなのに、わざわざ指摘する辺りが、彼(か)の魔女らしかった。
〔しかし『ラッパ吹きの鎧(トランペッター)』とな……〕
ユーシーズの呟く。しかしその声はエディに聞こえないほど小さく、本当に思わず漏れた独り言だった。
「本当に戦争になったら二人はどうするつもり?」
マリーナが姿勢を正すようにベンチに座り直して聞いた。その仕草の真意を感じてか、バルガスも茶化すようなことはせず、薄笑いを消して口元が引き締まった。
マリーナの問いは、ブリテン軍の動向が伝わってきて誰しも一度は考えたであろうものだ。それを彼女は改めて問うてきた。
「オレは逃げっかな」
バルガスの顔は真剣だった。何の迷いもなくそう言い切っているようであった。
バストロ魔法学園の生徒とはいえ、戦争に参加する義務はない。職業軍人でもない彼らには疎開を含め、戦争に関わらないという選択肢に当然存在する。ただ、魔法使いを目指すという魔法学園生としての目的から考えれば、あまり誉められた答えではない。それなのにマリーナは
「なるほどね。あなたらしいわ」
と、当然のように受け入れた。
その答えがバルガスという人物の人となりを端的に表していたからかもしれない。何物にも拘らず、何物にも束縛されたくないと考える自由人としての側面は、バルガス・ミリガルアという人間の自己証明(アイデンティティ)そのものだ。
「エディ、あなたは?」
答えを促されたエディは窮してしまう。
「私は……」
その後の言葉が続かない。
(私は、私はどうしたいのだろう?)
エディは自身に今一度問う。既に何度も考えてきたはずだ。ユーシーズの件があったにしろ、今学園ではブリテンの影響で刻々と戦争の気運が高まっている。
戦いになればどうするのか。エディの中に一つの答えがあるのは確かだ。自分が憧れたあの母なら、戦いになれば身の危険を顧みず、何の不安も周りに感じさせず、笑って戦地に赴くだろう。エディはそんな姿に憧れたのだ。ならば今こそ、その憧れに手を伸ばす時だ。幾多の人を守るべく、身を賭して前線に躍り出る。皆の為に戦ってみせる。どんなに傷付こうが、後悔など微塵も感じさせず不敵笑ってみせる。そう言いたい。
しかし、現実はついてこない。魔法がろくに使えないエディが戦地に行って何とする。それではただの足手まといではないか。エディにはそんなやるせない状況に苦渋の思いが込み上げてくる。
〔分相応という言葉があろうが〕
(そんなのわかってるよっ! わかってるけど……)
ユーシーズの冷静な指摘。幾多の戦場を越えて死せず、魔女と呼ばれた者が言うのだ。今のエディが戦場に出れば、真っ先に死んでしまうと。
「エディ?」
「ううん。なんでもない。まだ戦争になってもないから、私、わかんないや」
それは逃げだ。エディは逃げたのだ。戦場に立つことから逃げ。自分の弱さを受け入れることからも逃げた。
(今の私じゃ何にも出来ない。うん、私わかってる。わかってるから……。だから、今はまだ……)
口には出さなかったが、エディの顔はあきらかに曇っていた。ルームメイトとして長い時間を共有しているマリーナはその思いを察してしまう。
何か言葉をかけようとしたマリーナは、直前で躊躇った。何を言っても現状は変わらない。気休めを言うべきか否か。ルームメイトのマリーナでも判断が付かなかった。
「けっ、辛気臭い」
そう吐き捨ててバルガスは席を立った。ただでさえ背の高いバルガスはエディ達を見下ろし、そして、何も言わない。彼にも何か言いたいことはあっただろうに口を閉ざす。彼もまた、気休めなど言いたくなかったのだ。
「バルガス?」
「オレは気楽に生きたいって言ったろ」
それがバルガスのたった一つの願いだとでも言わんばかりの後ろ姿を見せて、彼はどこへともなく行ってしまった。その背中は力強くもなく寂しげでもなく、ただ黙々と遠ざかって行く。
説明 | ||
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。 その第三章の08 |
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