飛将†夢想.17
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南皮城から出撃した張郊率いる部隊と、それを迎撃する公孫賛率いる白馬義従。

両部隊は高い士気でぶつかり合う。

 

 

「数では勝っている!!袁紹軍を蹂躙せよ!!!」

 

 

白馬義従に檄を飛ばす公孫賛。

それを聞いた兵士たちは公孫賛に応えるべく雄叫びを上げて突撃した。

 

だが、そんな白馬義従の先頭を走る兵士たちの頭部を一瞬にして切り裂く一つの影。

 

切り裂いた刃物が残した残光は、

勢いよく飛び出す鮮血に消える。

 

 

「数での勝利なぞ、最早時代遅れッ!!その慢心、この張儁乂が首と共に斬り落としてやろう!!!」

 

 

低い態勢で公孫賛を睨み付けた張郊は言葉の終わらぬ内に大地を蹴り、

叫び終わる時には離れていた筈の公孫賛の前に飛びかかっていた。

 

振り下ろされる張郊の太刀。

目を見開き死を覚悟する公孫賛。

 

 

「伯珪殿、下がっていてくれ。邪魔だ」

 

 

その言葉の後に鳴り響く金属音。

 

公孫賛に振り下ろされた筈の張郊の太刀は、

ニヤリと口元に笑みを浮かべる趙雲の出した鉄槍によって止められたのだ。

 

 

「貴様…私の出世街道を阻むとは良い度胸だな」

 

 

「伯珪殿を討ったところで名なぞ上がらんさ、寧ろ下がる。それよりどうだ、この趙子竜を討ってみないか?この首、天下有数の猛将の首だが…如何に?」

 

 

着地して太刀を向けて言う張郊に対して、

直ぐに後退する公孫賛を横目に確認しながら自身の首を指で突きながら挑発する趙雲。

 

この挑発に、張郊は勿論乗る。

 

 

「有り難く頂こう!!あの世で私を挑発した事を悔やむんだなッ!!」

 

 

張郊は牙を剥いて趙雲に飛びかかる。

それに呼応して袁紹軍も狂ったかの様に、獣の様に白馬義従に切りかかった。

 

 

「星ッ、助かったぞ!!…けど、私に対しての暴言は許してないからな!!馬の体を活かせ、奴らの動きを封じ込んでから倒すんだ!!」

 

 

趙雲の助太刀に命からがら後退出来た公孫賛は、

趙雲に感謝と怒りを伝えつつ下がりながら白馬義従に戦法を指示する。

 

この指示に白馬義従は白馬を操って敵兵を吹き飛ばし、

倒れたところを槍で突き刺し始め、袁紹軍を圧し始めた。

 

これには数で負けていた袁紹軍も次第に士気が落ち、

それを率いていた張郊の表情にも焦りが見える。

 

 

「おや?技に冴えが無くなってきたが、如何した…?」

 

 

趙雲はそんな張郊に対してニヤリと不敵な笑みを浮かべて槍を振るう。

だが、張郊はそれを太刀で激しく弾くと殺気を全身から放ち趙雲を睨んだ。

 

と、その時、

公孫賛の下に伝令兵が焦った表情を浮かべて現れる。

公孫賛はその表情に嫌な予感を感じながら伝令の話を聞く。

 

 

「ほ、報告!!北平城に烏丸、公孫度が軍勢を率いて侵攻してきました!!」

 

 

そして、公孫賛の嫌な予感は的中した。

 

対烏丸用の兵力は北平城に残していた。

だが、中立を保っていた公孫度が烏丸と共に攻めてくるとは思ってもおらず、

公孫賛は直ぐに別の兵士に呂布の下へ行く様命令を下す。

 

 

 

 

一方、城を攻撃すべく出撃した呂布軍はというと…

 

 

「さぁ行くッスよぉ、華ゆたん!!私がついてるんです、大船に乗った気持ちで!!」

 

 

「霞みたいにあだ名を付けるな!!それにお前では泥船程度だ!!」

 

 

直槍を高々と掲げて騎馬を走らす五月雨に、

ガァッと五月雨の放った言葉に怒りを表しながら馬上で戦斧を振り回す華雄。

 

彼女らは攻城兵器部隊と騎馬隊を率いて南皮城に向かっていた。

 

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対して南皮城を守る高覧は、

此方に向かってくる華雄ら率いる攻城部隊に弓矢を構えろと部下に檄を飛ばす。

その指示に兵士たちは矢を構えると高覧の次の号令を待つ。

 

その間、華雄ら率いる騎馬隊、遅れて攻城兵器が南皮城に近付く。

そして、それは攻城兵器が攻撃を展開出来る範囲まで後少しの時だった。

距離を測った高覧が次の指示を飛ばした。

 

 

「矢に火を着けよ!!攻城兵器を狙え!!………撃てぇッ!!!」

 

 

一呼吸溜めてから、

攻城兵器に向けて矢を放て、と叫ぶ高覧。

袁紹軍兵士たちはその叫びに、ギリギリ引いていた弦から指を離す。

 

南皮城から放たれる赤い線、

火矢はビュンビュンと音を鳴らしながら華雄と五月雨の真上を飛ぶ。

 

 

「ちょっ、まさかの先行してる私たち騎馬隊を狙わない感じですか!?」

 

 

「騎馬が城に張り付いても怖くない、か…だが騎馬隊でも攻城は出来る!!」

 

 

頭上を飛んでいく矢を見ながら驚く五月雨。

同じくそれを確認した華雄だったが怯まず馬を走らせ、部下に指示を飛ばした。

 

 

「杭を出せ!!そのまま勢いを殺さず城門を突け!!」

 

 

華雄の指示に屈強な騎兵二人が先頭に飛び出す。

その間には木製の見るからに丈夫そうな杭が一本。

騎兵二人それぞれ片手に持つ鎖と繋がっており、大地を跳ねながら引き摺られる。

 

杭を引き摺る騎兵二人は徐々にその速度を上げ、華雄ら先頭を抜かし南皮城城門に近付く。

これには攻城兵器を狙っていた袁紹軍も兵を割いて、騎兵二人に狙いを定め矢を放ち始めた。

 

城門を狙う騎兵の二人に降り注ぐ矢の雨。

だが二人は真っ直ぐ城門へ向かう。

矢が刺さろうとも馬を走らせる。

 

そして…

 

 

 

ガンッ!!!

 

 

 

騎兵二人の命と引き換えに、

南皮城城門に大きな衝撃が加えられた。

 

だが、南皮城城門は開かない。

数百の袁紹軍兵士が命懸けで門を押さえていたのだ。

 

開かない城門に舌打ちをする華雄。

『部下の命が無駄になった』と彼女は心で嘆く。

だが次の瞬間には指示を飛ばす。

それは彼女が一軍勢の将軍であるから。

 

 

「五月雨は隊を率いて別の門を攻めてこい!!我らはこのまま城門まで進行!!城門前で円陣を展開、盾で身を守りつつ門を攻めるぞ!!」

 

 

「合点、華ゆたん!!」

 

 

華雄の号令と共に二つに分かれる騎馬隊。

これに対して袁紹軍は先ず一番近い華雄率いる騎馬隊を狙おうとする。

だが、

 

 

「ぐわッ!!?」

 

 

「うっ!!」

 

 

バタバタと倒れる袁紹軍兵士。

その体には矢が突き刺さっていた。

 

 

「騎馬隊は突撃するだけが脳じゃないよ」

 

 

別の門に向かう五月雨率いる騎馬隊から騎射攻撃。

これには袁紹軍も“優先的にどの部隊を倒さなければならないか”考える暇など与えられず、

それを率いていた高覧は直ぐに隊を二つに分け迎撃に向かわせる。

しかし、それは苦渋の選択でもあった。

 

 

「井欄部隊が復活したぞ!!」

 

 

袁紹軍の兵士の一人が指を差して叫ぶ。

井欄部隊を再度攻撃するには兵数が足りない。

高覧が悩んだ原因はこれであった。

 

勿論、これに華雄率いる騎馬隊の士気は上がり、

遂には南皮城城門に張り付くことに成功する。

 

盾でお互いを守りながら門に杭を打ち始める華雄隊。

射撃を始める井欄部隊。

着々と別の門へ向かう五月雨隊。

南皮城の袁紹軍の士気は瞬く間に下がった。

 

 

「審配推参!!花、由雁!!助けに来たぞ!!!」

 

 

だが、戦場に青年の猛々しい叫びと『袁』・『審』の旗が見えると、

瞬く間に下がった南皮城の士気は瞬く間に戻り、そして最高潮になるのだった。

 

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「審の旗…審配殿か。有り難い」

 

 

味方の援軍に歓声を上げて喜ぶ袁紹軍の兵士たち。

そんな中、高覧は拳をグッと握り締め口許に笑みを浮かべると、

この機会を逃さんと直ぐ兵に指示を出す。

 

 

「援軍と連携を取るぞ。機を見て攻勢に転じる。守備の半分…三千は私について来い!!」

 

 

高覧はそう指示を飛ばすと、

城壁から姿を消した。

 

 

 

場所は変わって、呂布軍本陣。

 

陣中で椅子に座る呂布の下に、公孫賛の伝令の姿が。

伝令は呂布の前で片膝を着くと、北平に烏丸と公孫度の軍勢が攻めている事を伝える。

 

それを聞いた呂布はゆっくり立ち上がると、

伝令を立たせ、

 

 

「…直ぐに其方へ向かうと伝えてくれ」

 

 

と伝える。

公孫賛の伝令はその言葉を聞くと、頷いてその場から立ち去った。

と、入れ替わりで他の伝令が呂布の駆け寄ってくる。

伝令は呂布に敵援軍が現れたと伝える。

すると、それを聞いた呂布は眉をピクリと動かす。

 

早過ぎる。

 

平原に牽制を掛けるべく少数ではあるが兵を出した。

それも、それを率いるのは霞と陽炎。

あの二人がこうも簡単に敵援軍を南皮に向かわせてしまうなど、呂布は考えられなかった。

 

もし、原因があるとすれば…

 

 

「…本陣にいる兵は全て俺について来い。陣は畳むな、そのままで良い」

 

 

赤兎馬に跨がりながら指示を出す呂布。

呂布は頭に過ぎった危機に備えるべく、

赤兎馬の腹を蹴って本陣から飛び出す。

遅れて本陣から出撃した兵士たちを率い呂布は公孫賛の下へ急いだ。

 

それから暫くして、呂布軍の陣営に五十名程の袁紹軍兵士が現れる。

兵は辺りを見回して唖然となり、

それを率いていた将も頬を指で掻きながら唸る。

 

 

「あらぁ〜…沮授さんの策通りなら、此処で奇襲成功、万々歳なんだけど…」

 

 

文醜はそう呟きながら、

もぬけの殻となった呂布軍本陣を見渡すとフゥと安堵したような息を吐く。

 

 

「まぁ、正直な所、此処に呂布が居なくてホッとしたんだけどな」

 

 

軍師の指示とはいえ、

呂布との戦闘は通常の数倍…数億倍の確率で討たれる可能性があると分かっている文醜。

彼女が策通りいかなくとも遭遇しなかっただけで安堵するのは当然であった。

 

 

「…けど、此処に居ないって事は戦場に出てるって事だよな。しかも、本陣に兵も居ないって事は策が読まれてる可能性が高い…ハァ」

 

 

だが、寿命が伸びたかもしれないのに再び死地に…鬼神と呼ばれた男を探しに行かねばならない事に諦めの溜め息をつく文醜。

 

文醜は兵を呼び、指示を出す。

指示を受けた兵士たちは呂布軍本陣に火を放つと、

火は瞬く間に燃え上がり黒煙が舞う。

 

火を放つ指示は沮授から受けておらず、文醜の独断で行った。

これで少なからず状況が変わるだろう、と。

 

呂布軍本陣が炎に完全に包まれる頃には、

文醜は兵士を引き連れて南皮城へ走り出していた。

先ずは味方との合流をしに、その後に南皮城の仲間たちを助ける為呂布の首を取るべく。

 

 

 

呂布軍本陣より上がる黒煙は呂・公孫の連合軍全体を焦りに導く。

呂布に伝令を出していた公孫賛もこれに驚愕した。

 

 

「呂布の本陣が燃えているぞ!?何かあったのか!!?……くっ」

 

 

自身の本拠地に迫る危機の事もあるのに、

続けざまに盟友も危機に陥っている可能性があると判ると、

公孫賛はもう一人の総大将として判断を迫られつつあった。

 

しかし、その緊張も直ぐ解ける。

 

 

「…騎馬隊、敵を蹂躙しろ」

 

 

その漆黒の鎧と紅い騎馬の姿を見て。

 

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「呂布ッ!!……良かったぁ…」

 

 

本陣方面から兵を率いて現れた呂布の姿に、

公孫賛は胸に手をやって安堵する。

 

兵に指示を出した呂布は、そのまま公孫賛の下に近付いた。

 

 

「…話は聞いています。直ぐに北平へ」

 

 

「い、良いのか?敵には援軍が…」

 

 

公孫賛は近付いてきた呂布の言葉に戸惑う。

確かに公孫賛は本拠地に戻りたかった。

だが、敵援軍が来た時点でその行為は呂布たちを危険に晒すと判ってもいた。

 

故に公孫賛は呂布に尋ねる。

 

しかし、呂布から返ってきた言葉はとても力強く、

戦場において何よりも頼りになる言葉だった。

 

 

「…“人間衝車”、“泗水関の鬼神”、“人中”、“飛将軍”…既に色々と呼ばれていますが、この戦いで更なる異名を天下から戴くつもりですので、お気になさらず」

 

 

呂布は微笑しながら公孫賛にそう言うと、

赤兎の腹を蹴って戦場を駆ける。

公孫賛はそれを見送ると直ぐに全部隊に撤退を指示するのであった。

 

白馬義従の後退に袁紹軍は追撃を行おうとするのだが、

呂布が率いてきた部隊が白馬義従の撤退を援護、入れ替わるように交戦を始める。

 

一騎討ちをしていた張郊と趙雲の下にも呂布が現れ、

呂布の登場に弾け飛ぶように離れた両雄は、息を荒げながら呂布を見つめた。

 

 

「フー、フー……呂布ッ、自ら来てくれるとはなぁ?」

 

 

「ハァ、ハァ…呂布殿、部隊は撤退している様ですが、私は退きませぬぞ?この将はこの趙子龍が討ち取りますので」

 

 

呂布に牙を剥く張郊と、

張郊から視線を反らさず呂布に撤退拒否を伝える趙雲。

 

それに対して呂布はハァと溜息を漏らし、

次の瞬間には恐ろしい程の殺気を放つ。

これには二人とも冷や汗を流して目を見開いてしまう。

 

 

「…先日の宴で俺が言った、俺の考える天下の在り方…覚えているか、趙雲」

 

 

「っ…えぇ、覚えておりますぞ。とても分かり易く、甘い内容でしたな」

 

 

赤兎から降り、殺気を放ちつつ尋ねてくる呂布に、

趙雲は一筋の汗を垂らしながらも余裕な笑みを浮かべてみせ応えた。

 

趙雲の脳裏に映される業城での宴で話す呂布の姿。

趙雲は一呼吸置いて呂布に言う。

 

 

「大陸全土を手中にせんとするから争いが起きる。今持つ自分の領地を一つの国として、そこに住む民たちの笑顔を望めば戦は根絶する…でしたかな?人とは欲望の塊、私はそう簡単にいくとは思いませんが」

 

 

「…簡単にいかぬからこそ、お前たちの様な勇将たち、幽州牧の様な人の心を想う野心無き有力者の力が必要なのだ。そして、今まさに北平城の民が危機に瀕しようとしている…戻れ、趙雲。北平の民を守れ」

 

 

「しかし…ッ」

 

 

呂布の言葉にそれでも撤退を拒む趙雲だったが、

その抵抗も虚しく、言葉の途中で呂布に右手を掴まれ赤兎の背に投げ飛ばされる。

 

趙雲を背に乗せた赤兎は、主人の思惑を理解したのか嘶きと共に前脚を高々と上げ、

それから疾風の如き速度で駆けた。

 

行き先は北。

幽州。

 

北平への帰還を渋った趙雲は、

赤兎の背から飛び出さない様に鬣と手綱を必死に掴むしか術が無い…それしか出来ない状況になるのであった。

 

趙雲が消えると張郊は太刀を握り締めながら、

一歩踏み出し呂布を睨み口を開く。

 

 

「争いの根絶だと…ふんっ、そう言いながら貴様は此処を攻めているではないか、一番の野心家は貴様ではないのか?」

 

 

「…先に攻めたのはお前の主君だろう。泗水関で奴を見たが、あれは直接言い聞かせねば解らない人間だ。俺はそこまで袁紹を追い詰めるぞ」

 

 

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張郊の挑発に対し、呂布は戟を握り締めながら歩く。

そして、言葉が終わる時には張郊目掛けて走っていた。

 

呂布が向かってくると張郊はそれを迎え撃つべく、

太刀を構え攻撃に備える。

 

 

(何がくる…突きか?薙か?投擲か?)

 

 

挑発をしたり強気ではいるものの、相手はあの呂布。

張郊は冷静に呂布の動きを予想し、

どんな攻撃にでも対応出来るように待つ。

だが、それで上手くいく程、呂布は甘くなかった。

 

張郊に向かって走る呂布が戟を突然横に投げ捨てたのである。

これに思わず張郊は、宙を飛ぶ戟を一瞬目で追ってしまう。

 

その瞬間であった。

呂布が腰に差していた両刃剣を張郊に向かって投げたのである。

 

 

「ッ、チィッ!!!」

 

 

戟を追って一瞬目を呂布から逸らしてしまった張郊は慌てて体勢を反らし、尚且つ飛んで来る剣を打ち払おうと右手に持つ太刀を振った。

しかし、呂布の剣が張郊の太刀によって打ち払われることはなかった。

勿論、張郊が空振りをした訳ではない。

剣が呂布の手元に戻ったのだ。

 

剣の柄には朱い紐が付いており、その端を握っていた呂布は剣を手元に戻すと、

一気に張郊との間を詰め、そのままの勢いで左手に持つ剣を振り下ろした。

体勢は崩れ、右手で直ぐに防御が出来ないようにさせられた張郊は、身体が倒れていく中で左足を横に出して踏ん張る体勢を作りながら、

左手に持つ太刀を呂布の首目掛けて突こうと腰に回転を掛けた。

 

捨て身。

張郊は自身の死を確信しながら、呂布の死を確信する。

 

しかし…

 

 

「ッ!!?」

 

 

呂布が張郊の横に出した足を更に横に足払いをしたのである。

股が開き、一瞬にして目線が変わる張郊。

 

呂布の足払いに張郊の突き出した太刀も軌道が逸れ、

呂布の横腹を皮一枚切って空を突く。

張郊の突きを避けた呂布はそのまま勢いを止めず剣を振り下ろした。

 

だが突然、張郊の肩にトンっと置くように振り下ろすのを寸前で止める。

 

死を覚悟した張郊は呂布の行動に唖然となった。

張郊は暫く呆然とした後、呂布の顔を見上げた。

 

 

「…未熟な部分が数え切れない程あるが素質もある。誰かの娘と全く一緒だな」

 

 

呂布は何か懐かしいものを見たような優しい笑みを口元に浮かべ、張郊に言う。

剣を肩に置かれた張郊は動く事も出来ず、呂布によって捕縛されるのだった。

 

 

「っ、花、花ッー!!!…クソッ、花が捕まった!!」

 

 

張郊隊を救出しようと真っ直ぐ突き進むも音々音率いる部隊に進軍を阻まれていた審配は、

張郊の捕縛を確認してしまうと兵を斬り捨てながらそれを悔やんだ。

 

音々音が率いる呂布軍主力部隊は華雄・五月雨部隊の後詰めとして攻城に参加せず待機していており、

音々音が機転を働かして審配の救援を阻止したのである。

 

 

「先ず少数の敵を優勢的に殲滅するのは当然なのです。とはいえ…」

 

 

張郊隊を蹂躙していく呂布率いる部隊を見ながら、

一つ難関を攻略出来たと満足した表情で言う音々音。

しかし、公孫賛軍の撤退により、まだ戦力的には不利である事に変わりないと判っている音々音は眉を細めた。

 

音々音はそれを払拭するかの様に、

直ぐに作戦を頭の中で練る。

 

 

(…先ずはこのまま呂布殿と合流して目の前の部隊を撃退。その後に華雄の部隊と五月雨の部隊と合流して敵部隊の撃退、または城を落とす。必ず仲間と合流をして敵と当たれば数の不利は覆せれるのですッ!!)

 

 

音々音がそう頭の中で叫んだ時であった。

 

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「花ちゃん返せよ、呂布!!」

 

 

炎上する呂布軍本陣方面から現れる文醜隊。

文醜は呂布に向かって大剣を振りかざし、馬の腹を蹴って突撃を開始する。

 

文醜の言葉を背後から聞いた呂布はそれを確認する為、

顔だけ動かし横目で文醜隊を見た。

 

 

「高ちゃんが動いてくれると良いんだけど…『何』の旗を掲げる部隊を倒すよ、突撃ッ」

 

 

それと同時に、

別方面から現れた顔良率いる部隊が攻城最中の五月雨に向かってくる。

 

顔良隊の存在に気付いた五月雨は、あんぐりと口を開けて顔良隊を指さした。

 

 

「今こそ好機ッ、出るぞ!!」

 

 

南皮城を守っていた高覧は、五月雨の部隊に顔良が向かった事を報告で知るなり、

兵を引き連れて城から飛び出し、同じく攻城中の華雄隊と交戦を始める。

 

攻城で損害を受けていた華雄隊は突然出撃してきた高覧に動揺した。

 

 

「…報告より数が減っていますね。烏丸と公孫度はしっかり動いてくれたらしい………さて、次は此方の番。殲滅しましょうか」

 

 

そして、審配隊後方から全身金甲冑の軍師が兵を引き連れて戦場に姿を現す。

沮授の表情は兜によって誰にも判らなかったが、その言葉の最後は酷く冷めたものであった。

 

この展開に焦りを隠せないのは音々音。

当に先程考えた戦法をもう覆されてしまったのだ。

そして、審配隊と沮授隊の標的となった音々音率いる部隊がこの状況下一番壊滅の危機がある存在となる。

 

焦る頭の中で策を考えようとするも、

現段階で状況を一変出来る策は無く、音々音は嘆いた。

 

 

「軍師ともあろう者が策を出せぬとは、不覚なのです。結局、最後にねねは頼ってしまうのです、呂布殿に…」

 

 

絶望の中、音々音は呂布に希望を抱く。

 

 

 

響く剣撃の音。

 

大剣を振り下ろす文醜。

その攻撃を片手で持つ戟にて止める呂布。

呂布の隣で縛られる張郊は、二人の覇気に圧倒され言葉が出せずにいた。

 

ギリギリと鍔迫り合いをしながら呂布が口を開く。

 

 

「…文醜か。壺関での判断、まずまずだったな。だが、嫌いではない」

 

 

「バラバラに四散して逃げ出した事か?あの時のアンタらはアタイらより数が少なかったから、追撃は無いと思ってやっただけ…そんな事より、花ちゃん返せ!!」

 

 

「…俺が返すのではなく、お前が俺の所に来れば良い。簡単な事ではないか」

 

 

ニヤリと笑いながら文醜に言う呂布。

文醜は呂布の言葉に、

 

 

「おぉッ、その手が…あるわけないだろぉッ!!!」

 

 

一瞬パッと顔を明るくするのだが、

そのまま流れでツッコミを入れながら大剣を引き、横薙ぎに呂布の頭目掛けて振るう。

 

これに対し呂布は文醜の薙ぎ払いを屈んで避け、

すかさず縛られた張郊の首根っこを掴み後方に跳んで距離を取った。

 

張郊を片手に呂布はスタッと着地すると、

戟を文醜に向けて話す。

 

 

「…冗談を言った訳ではない、俺は本気だ。出来る限りで兵の命を少しでも守ろうとする将を俺は欲している。その点では文醜、お前は合格だ」

 

 

「何で上から目線で評価されなけりゃいけないんだよッ」

 

 

戟を向けられた文醜だったが、

怯まず大剣を構えて走り呂布に向かって振り下ろす。

 

呂布は振り下ろされる大剣を見ると、

戟を勢い良く大地に突き刺し、白刃取りで止めてみせる。

大剣の衝撃を受け止める呂布の足は大地にめり込む。

 

 

「…中々の重さ、ますます欲しい」

 

 

微笑しながら言う呂布は次の瞬間、

白刃取りで受け止めた大剣をそのまま文醜まとめて放り投げた。

 

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宙を高く舞う文醜。

そんな彼女を狙うかのように、袁紹軍兵士との戦闘に勝利した呂布の率いる兵士…守護騎時代からの熟練者数名が現れる。

呂布は無言の命令で彼らに文醜の捕縛を指示、兵士たちは着地前で取り押さえるべく文醜が大地に近付くのを待った。

 

しかし、文醜が簡単に捕まるような将であるはずがなく、

 

 

「アタイまで捕まる訳にいくかッ、花ちゃん助けられねーじゃんかよ!!」

 

 

落ち始めていた彼女は長い大剣を自ら大地に突き刺し、

着地前で捕縛しようとしていた兵士たちのタイミングをずらすと、

大剣から手を離して左右にいた兵に交互に蹴りを放つ。

 

顔面に強い衝撃を受けた兵士二名が顔を押さえながらよろける。

そんな中もう一人が文醜を捕まえる為に飛びかかるのだが、これに対して文醜は着地と同時に彼に向けて拳を振り切った。

これをまともに受けた兵士は後方へ吹っ飛ぶ。

しかし、吹っ飛んだ筈の兵士の身体が突然停止する。

そして次の瞬間にはその横を呂布が走り抜けていた。

 

吹っ飛ぶ兵士の身体を手で止めた呂布は、

こちらに気付いて振り切った拳を慌てて戻そうとする文醜に向かって走り、跳んだ。

 

 

「ッ!!」

 

 

文醜の身体挟む呂布の強靭な足。

文醜は成す術なく後方に倒れ、自身に馬乗りになり拳を構える呂布を見た。

 

 

「…文醜、捕らえたり」

 

 

 

 

 

その頃、五月雨率いる部隊は後方から現れた顔良隊と交戦を開始していた。

 

兵の数でも不利、

将の質でも負けている事を解っている五月雨は直ぐに攻城を中止。

勝とうとはせず、守って機会を待とうとする。

 

だが、相手は袁紹軍二枚看板の一人。

 

 

「そこの敵将さんッ、申し訳ないけど此処で退場してもらいます!!」

 

 

「ちょっ、無理むり!!」

 

 

五月雨は慌てて武器を構えて防御の態勢に入るが、

顔良が振り下ろす巨大な鎚は五月雨の得物である槍を簡単に折り曲げてしまう。

 

折り曲げられた槍を見て青ざめる五月雨はそれを顔良に投げつけ、

撤退すべく直ぐ手綱を引き馬を後方へ走らせようとした。

 

だが、それを予測してたのか、

顔良は投げつけられた槍に対して身体を捻り、衝撃を肩の防具で受けると、

振り返ろうとする五月雨を馬ごと潰さんと鎚を振り上げる。

 

 

「おおおおぉーーーッ!!!」

 

 

雄叫び。

大気を震わすそれは、顔良の動きを一瞬止めるには十分だった。

 

振り返った五月雨の目の前に見慣れた銀の胸当てが映った時には、

既に巨大な斧は動きを始め、

五月雨は必死に体を横に倒す。

斧は横に倒れた五月雨の体の上すれすれで通り過ぎる。

 

自身に向かってくる斧に対し、

顔良は慌てて振り上げていた鎚の柄の部分を前に出して斬撃を受け止めた。

 

 

「ッ、華ゆたん、今私殺す気だったでしょ!?そうやって奉先様に想いを寄せる相手を減らして自らが嫁になるつもりなんでしょ!!?外道、まさに外道!!」

 

 

顔良と競り合う華雄の後ろ姿を指差しながらガルルルと唸る五月雨。

華雄は顔良から目を離さずそれに応える。

 

 

「そんな事を言ってる暇はないぞ、五月雨。後ろから奴らが来る」

 

 

「え?」

 

 

華雄の言葉に再び後ろを振り返る五月雨は、

此方に向かってくる華雄が率いていた兵士たち、更にそれを追う高覧ら袁紹軍兵の姿を見て口を開けて驚いた。

 

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華雄に追いついた呂布軍兵士たちは即座に円陣を展開。

その追撃をしていた高覧隊も速度を緩め、顔良の部隊と共にゆっくりと華雄と五月雨たちを包囲した。

 

鍔迫り合いをしていた顔良は包囲が済んだと判断すると、華雄の武器を弾いて後退する。

それを確認して華雄たちを指差し叫ぶ高覧。

 

 

「後方にいた攻城兵器部隊も火攻めで敗走させた。後はお前たちだけだ、その身柄を花の解放に使わせてもらう!!!」

 

 

この言葉に、

 

 

「…此処で負けても命だけは助けてもらえるらしいぞ、五月雨?」

 

 

「五体満足で奉先様の下に帰れるなら私たちの負けで良いです」

 

 

華雄は敵から目を離さず、戦意をそのままに微笑を浮かべながら五月雨に話し掛け、

五月雨は早口言葉で武器を持ったまま両手を挙げた。

 

それを見ていた顔良は、自身の頬を指で掻きながら苦笑する。

 

 

「え、ええっと…やる気があるとないで…半々で良いのかな?」

 

 

顔良の言葉にピクンと反応した華雄は、

先程と同様に敵から目を離さず五月雨に話し掛けた。

 

 

「五月雨、逆の発想だ。此処から巻き返せたら、呂布から何か褒美があるかもしれんぞ。それも肉体的な褒…」

 

 

「そこの男女ッ!!だぁれが私の体を自軍の捕虜解放の道具にするってぇ!?逆に私がお前を捕まえてやるわよ!!愛の力、舐めんなぁぁぁッ!!!」

 

 

一変する五月雨。

五月雨は華雄の言葉、それもその途中で高覧に向かって怒声を発し、

隣にいた味方の兵士の槍を奪って徹底抗戦を宣言する。

 

これには高覧と顔良も唖然…というよりは呆れ、

華雄はニッと笑って戦斧を構えた。

 

 

「五体満足で捕虜になれるかは保証せんぞッ!!」

 

 

高覧のその言葉を合図に、

包囲していた部隊は一斉に動き出すのだった。

 

 

 

 

場所は戻り…

 

 

「花ちゃん助けようとして、逆に捕まるとか…何て様だよ」

 

 

「猪々子様…」

 

 

縄でキツく両手首、更にその上から胴体ごと緊縛され地面に胡座をかいて唸る文醜。

先に捕まっていた張郊は自分のせいで尊敬する者が敵の手に捕まったと思うと、

その隣で己の無力さに涙を溜めた。

 

そんな二人を黙って見下ろす呂布は、暫くして視線を逸らす。

次に向けた先は音々音が審配、沮授と交戦する戦場。

呂布は地面に突き刺さった方天画戟を引き抜き、味方の兵士に指示を出して捕虜二人を連れ移動を開始する。

 

その頃、

 

 

「むむむぅ…もう、限界なのです…」

 

 

音々音は審配と沮授率いる袁紹軍の攻撃に、

遂に部隊に後退の指示を出す。

音々音の手の動きで指示を理解した兵士長の一人が『陳』の旗を振ると、

それを見ていた兵士たちが徐々に後退をし始める。

 

 

「敵が退き始めた…?海ッ、機会を逃さず一気に畳み掛けるぞ!!そして、花を捕まえた、あの大男が率いる部隊までッ…」

 

 

音々音隊の後退を確認した審配が沮授を見ながら叫ぶ。

だが沮授はそれに頷かなかった。彼女はゆっくりと口を開く。

 

 

 

 

「…あの部隊は撤退しながらも、私たちを兵を伏せている地点まで誘導しようとしています。後…先程、文醜さんが張郊さんを捕縛した者に敗れ、同じく捕縛された、と報告がありました」

 

 

 

 

沮授は後退する音々音隊を指差し、

そのまま指を動かして近くにある森を差して伏兵の危険を審配に告げ、続けて文醜が呂布によって捕縛された事も彼に伝える。

 

この沮授の報告に、審配は愕然とした後に握り拳を作り、爪が掌に食い込み血が流れるまで力を込めた。

 

一瞬の内に仲間が二人も。

そう思うだけで、審配は叫ばずにいられなかった。

自身の不甲斐なさに怒りを露わにせずにはいられなかった。

 

-9ページ-

 

 

「…海。指示を出してくれ。一将軍としてあるまじき行為だが、今は怒りで何も考えられないんだ。そんなのに兵士まで巻き込みたくない」

 

 

審配は下を俯いたまま、肩を小さく震わせながら沮授に頼んだ。

それを見る沮授は暫くして小さく溜息を漏らし、騎乗している馬を審配に寄せる。

 

沮授は審配の隣に行くと、

鎧をガチャと鳴らしながら手を彼の頭に置き、

 

 

「…いや、ここで怒りを露わにしていないと私、貴方の事を人として疑っていましたよ?」

 

 

首を傾げながら伝えた。

沮授の言葉を聞いた審配は彼女の鉄面をチラリと見て、

再び顔を俯き口を開く。

 

 

「…海は何とも思わないんだな」

 

 

「…軍師ですので」

 

 

これに沮授は哀しげに笑ってみせると、

直ぐに顔を前に向け馬を動かしながら部隊に指示を飛ばし始めた。

 

 

「…これより袁軍は南皮城の兵と共に平原城まで撤退するッ!!審配隊は直ちに顔良隊と南皮城の兵士たちと合流、そのまま撤退を開始せよ!!敵との交戦は禁じる、撤退にだけ力を入れよ!!沮授隊は火矢を右前方の森に放て。愚かにも我らを誘い込もうとする敵の策略を粉微塵に打ち破ってやれ!!」

 

 

沮授の叫びに兵士たちは拱手し雄叫びを上げて応え、

直ぐに行動を開始する。

 

兵士たちが動く中、

前方に小さく見える砂埃を確認する沮授と審配。

無論、その先頭を行くは漆黒の鎧を纏う呂布。

 

審配はキッとそれを睨み付けると、

歯軋りをし南皮城に向けて馬を走らせ、

沮授は手綱を握りなおして此方に向かってくる呂布を睨み続ける。

 

 

「…さて、あの人に悲しみを与えた罰は大きいですよ、鬼神さん?」

 

 

沮授の小さな呟きから直ぐ、火矢が上空を舞った。

 

呂布の目に映る火矢。

 

空を覆う火矢は、音々音が兵を伏していた森を焼き、伏兵たちが慌てて森から飛び出す。

だが、それを見た呂布は動揺もせず、足も止めずに沮授率いる袁紹軍に向かった。

 

後退する音々音と呂布がすれ違う時に彼女は呂布に向かって何か叫ぶが、呂布は振り向かず走り続ける。

 

音々音は呂布に敵の情報を伝えたのか、声援を送ったのかは判らないが、

 

 

「…伝わるぞ、ビリビリと。お前たちが強者の部隊だと」

 

 

標的である目の前の部隊が、

それだけの精鋭であることを呂布は知る。

 

対する沮授の部隊は、接近する呂布隊に向かって矢を放つ。

それも時間差で数回に分けて。

これによって呂布隊の進行速度が少なからず落ちる。

勿論、呂布本人を除き。

 

 

「…再度矢を放った後、総員鉄槍構えッ!!魚鱗陣を崩さず、敵部隊を迎える!!我々の任務は袁軍の殿。だが…」

 

 

兵に的確な指示を飛ばす沮授。

そして、彼女の目に矢に怯まず走り続ける呂布の姿が映ると、

 

 

「…奴らを殲滅させても構わん。我らが勝とうとも滅びようとも、仲間たちの撤退の時間は稼げ」

 

 

沮授は呂布を指差しながら冷酷に言葉を続けた。

それに応えて雄叫びをあげる袁紹軍兵は一斉に矢を放ち、槍を構えて、

飛びかかる呂布を迎え撃った。

 

 

 

 

その頃、審配率いる部隊は南皮城前で戦う華雄・五月雨の呂布軍と顔良・高覧の袁紹軍の前に到着していた。

 

審配隊の登場に華雄たちは愕然とし、

顔良たちの士気は爆発するように上がる。

 

しかし、

 

 

「斗詩、由雁ッ、撤退だ!!南皮城全兵を城から出させろ、我が軍は平原に退く!!」

 

 

審配のこの言葉に、

顔良たちの高まった士気は一気に落ち、不安が隊を襲う。

 

-10ページ-

 

 

「い、壱刀様ッ、それはどういう…花はまだッ」

 

 

審配の撤退命令に納得のいかない高覧は、攻撃の手を止め悲痛な表情を浮かべ審配の顔を見て叫ぶ。

顔良も同様に納得いかないのか、

困惑した表情のまま鎚を構えて華雄たちと対峙し続ける。

 

華雄と五月雨はそれぞれ武器を構え、

黙って審配たちの顔を交互に伺う。

正直なところ、彼女らは防戦一方であった為、

その攻撃の手が止まったのは有り難かった。

 

高覧の叫びに審配は、

彼女らは動かないと判断して、自身の部隊の兵士に南皮城に残っている兵士を外に出させるように指示を出す。

 

 

「壱刀さ…ッ!?」

 

 

兵に指示を出した審配に、高覧は慌てて走り寄り彼を止めようとする。

が、審配は止めようとする高覧の手をガッと掴み、

その顔を見た。

 

涙。

 

審配の目からは一筋の涙が流れ落ちる。

彼は真剣な眼差しで彼女らに、再度命令を下した。

 

 

「上官命令だ。平原まで撤退するんだ、直ぐに」

 

 

怒りか悲しみ、どちらで震えているのか判らない審配の言葉に、

高覧たちは彼も辛い判断を下したのだと分かった。

彼女らは審配の命令にゆっくり頷き、それぞれ部隊に撤退を指示し始める。

 

それを確認した審配は、

武器を構えて華雄たちの前に部隊を展開した。

 

 

「…ここからは俺が相手だ」

 

 

「殿…ということか。その殺気は相討ち覚悟だな?」

 

 

剣を前に出して言う審配に、華雄は斧を構えたまま尋ねる。

これに審配は何も応えず、暫く無言が続く。

そして静寂を破ったのは、尋ねた華雄だった。

 

 

「行け。我等の目的は南皮城の攻略だ。城を空けて撤退する部隊を追うは戦略的にも無駄なこと。それに…この華雄、敵に背を向けて逃げるような弱者に用はない。去れ」

 

 

戦斧の刃を大地に刺し、腕を組んで審配を見る華雄。

審配は剣を構えたまま華雄を睨み続けるが、

 

 

「…董卓軍の残党は長安に集まっていると聞いていたが、まさか董卓軍の勇将・華雄が“泗水関の鬼神”の下にいたとはな」

 

 

暫くして、殺気を消さずに構えを解く。

そして、部隊に後退を命じる。

背を向けずゆっくりと武器を構えさせたまま。

 

審配は自身の部隊が下がるのを確認すると、

再び華雄たちに視線をやった。

 

 

「呂軍と袁軍の対立は麗羽…主君袁紹が先に手を出したのが原因。この敗戦も仕方のないことなのかもしれない…だが、捕まった大切な仲間たちに何かあったのなら、俺は一生お前たちの事を許さない。絶対にだ」

 

 

「…その言葉、呂布に伝えておこう」

 

 

華雄が審配に言葉を返すと、

審配もゆっくりとそのまま後退し、

距離がある程度離れると背を向けて部隊の下に走るのだった。

 

それを見ていた華雄と五月雨。

五月雨はそれから暫くして、華雄の顔を見て口を開く。

 

 

「兵力差は圧倒的不利というのに、あの強がった発言。流石、勇将華ゆたん。私は正直死んだかと…」

 

 

「華ゆたん止めろ。そんなことより、早く南皮城を制圧するぞ、まだ仲間は戦っているのだ」

 

 

五月雨の言葉が終わる前に華雄はスパァンッッと激しく頭を叩いて、南皮城の城を指差し部隊を突入させ、

自身も兵に続いて城に侵入。

それに遅れて頭を抱えながら、のそのそと五月雨も南皮城に入る。

 

南皮城に『呂』旗が立ったのはそれから直ぐのことであった。

 

 

それはこの戦いに参加した全ての戦士の目に入る。

勿論、この者たちにも。

 

 

「「…」」

 

 

馬をやられ戦場に立って呂布と対峙していた沮授。

彼女の全身を覆う金の鎧も土埃や数回掠った槍と剣撃でその黄金の輝きを失っていた。

 

左腕で一人を絞め殺したままで、

右足の下には兵士の遺体。

呂布もまたボロボロの状態で沮授を睨んでいた。

 

両部隊、その力は拮抗しており、

南皮城陥落までに決着は着かず。

呂布は沮授を睨んだまま、沮授隊に敬意を示す。

 

 

「…俺はこの戦いで異名を更に天下から貰うつもりで闘ったが、お前たちはそれを遮ったッ。連合軍でも止めれなかった俺を止めた事、自賛しても恥じることではないぞ!!」

 

 

「…それはどうも。ですが、仲間を助ける事も出来なかった今、大陸屈指の猛将である貴殿に絶賛されても何も嬉しくありませんね」

 

 

呂布の言葉に、沮授は言葉通り嬉しくなさそうに返す。

それを聞いた呂布はフッと微笑し、言葉を続けた。

 

 

「…捕虜は殺さない、約束しよう。だが、返しもしない。それも約束しよう」

 

 

沮授はそんな呂布を見て、黙る。

そして暫くして呂布に視線を残したまま自身の部隊に命令を下した。

役目を果たしたと判断したのか、平原城への撤退を。

 

後退を始める袁紹軍に呂布は追撃を命じない。

呂布も目的を達成したと無駄な戦いを行わない。

呂布隊は撤退する沮授隊を黙って見送った。

 

 

「呂布殿ぉッ!!!」

 

 

と、そこに音々音が兵士数名と共に駆けつける。

呂布は振り返ると音々音の頭に手をポンと置いて尋ねる。

 

 

「…北平の状況は?」

 

 

音々音は呂布の目を見て、首を横に振り状況はまだ判らないと伝えた。

それを見た呂布は、そうか、と呟いて北平城のある方角を見る。

 

烏丸と公孫度を迎え撃つべく北平に戻った公孫賛たちの無事を願いながら、

呂布はひとまず南皮城に向かうのだった。

説明
南皮城で対峙する呂・公孫軍、袁軍。
華北が震える。
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三国志 呂布 恋姫 

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