つきあかりのルナ・ルナー 前編 |
海よりも遥かに広い宇宙には沢山の星たちが散らばっているといいます。とても大きなものから目を凝らさないといけないような小さいものまで、それらは数えきれないほど沢山あってその中に私たちが住んでいる地球もあるのです。特に生き物たちが過ごしている星は、おそらく両手の指を折ることで済むほど少なくそれらを探すことはとても気の遠くなることになるでしょう。そして私たちは見えないからといって「地球以外の星に生き物が住んでいる確率は限りなく低いだろう」と勝手に決めつけている人たちもきっと居るのかも知れません。
けれど、本当にそうなのでしょうか? もし、私たちが気が付いていない所で楽しく星の住人たちが過ごしているとしたら……。とても怖いのか、興味深いのか、何とも思わないのか……。それは人によって考え方も思い方も違ってきますしどれも間違いということもありません。でも物事に興味を無くしてしまうことは毎日の気付きも、楽しいことを見逃してしまっていることでしょう。探しものを見つけるということは「もしかしたら」という気持ちを持つことが大事なのかもしれませんね。そうすれば簡単に見つかるのかも……。
ほら、ちょうどそこに……月の陰に隠れている小さな星があるではありませんか! それにその星からは楽しそうな声が聞こえてきそう。そんな風に思えるほど月の光はその星に柔らかく輝きを与えています。どうやらこの星には笑顔が大好きな星の人たちが住んでいるようです。
楽しげな声たちに思わず吸い寄せられてしまいそう……。今日はちょっとだけ、その星の中を覗いて見ることにしましょう――
*
大きな月の近くにある小さな星。ここは「((極夜|きょくや))の世界・ポーライト星」と呼ばれている太陽の昇らない星です。その星の中はとても暗く一年中暗闇に包まれていました。唯一光が差し込んでいる物といえば、近くの月が太陽の光を反射させて照らす月の光だけで、空には沢山の星々と一緒にとても大きく映る月があるだけなのです。その他のものは私たちが住む地球と同じで、空気や地面、森や山そして海までも広がっています。
そんな私たちでも住めそうな世界の中に、赤い目を凝らし顔を出して辺りを見渡す四つほどの影が姿を現したではありませんか。彼らは「ポーラビット」と呼ばれる生き物で、地球に住んでいるウサギの耳と瞳を持ち、見た目は私たち人間と同じ姿形をしていて衣服を纏っています。言うなれば「ウサギビト」といった所でしょうか。そんなポーラビットたちはどうやら行き先を決めたようで、列をなして丘の方、「ブレンホーツの丘」へと歩いていきます。彼らが向かっている先に、この星の人々が作り上げた木でできた小さな小屋があり四つの小さなポーラビットたちはそこを目指していたのでした。
一方その頃の小屋の中。部屋の中には住むために用意された机や台所、眠りにつくためのベッドと、ここは誰かが住んでいるようです。すると、ベッドの方からとても眠たそうな声とともに気が抜けるような情けない声が聞こえてきます。その声の主は白く細い腕を天井に突き上げながら力を込め始めた声をあげました。
「ううん……ふああ……。……ああ、折角ごちそうの夢を見てたのに……。一口も食べないで目が覚めちゃった……がっかり」
そう言ってベッドから女の子が目元を擦りながら身体を起こして背を伸ばします。目を半分だけ開けて金色の長い髪の毛をボサボサにして、なんともだらしのない格好をしているこの女の子は、この星の住人ポーラビットたちとは少しだけ違い長い耳も無ければ赤色の瞳を持っていませんでした。その代わり女の子は私たち人間より長く尖った耳を持ち、瞳には綺麗な翡翠色が浮かんでいます。さて、ポーラビットではない彼女は一体誰なのでしょう……? すると、女の子がもたもたしながら眠りの世界から覚めようとしていると、目覚ましのように小屋の扉は賑やかに叩かれて女の子を起こすのでした。
「――ルナルナー? 起きてるー? セリニたちだよー!」
「……ふふっ、今日も元気に来てくれたんだ。嬉しいなぁ。でも……もう少し遅く来てくれるともっと良いんだけどなぁ……」
女の子はルナルナと呼ばれ笑顔で立ち上がりとても嬉しそうな表情を浮かべました。
ルナルナと呼ばれた女の子は、この星で唯一のポーラビット以外の住人。空に浮かぶ月から生まれ、この星に優しく差し込む月の光と星の人々を守っている「月の精霊ルナ・ルナー」なのでした。
「はーい! みんなおはよう! 今日も早いね……?」
「あはは! ルナルナったらまた髪の毛ボサボサだ!」
「ルナルナはホントお寝坊さんだよねぇ。僕たちはとっくの前に起きてたのに!」
ルナ・ルナーの家に集まっていたのは小さなポーラビット、ポーラビットの子どもたちでした。彼らもまた月の光から生まれた人々で両親や肉親というものを持って居ませんでした。なので彼らは仲間とともに行動しており生まれてくる新たなポーラビットを育てたり見守っていたりしているのです。だから皆はいつでも仲良しで、言ってしまえばこの星に住むポーラビットは皆が家族のようなものなのです。
「こぉら、人を指差して笑わない! だって……めんどくさいんだもん、髪の毛を直すの……」
「ダメだよー、髪の毛を直すことすら面倒がったら。セリニが直してあげる!」
そう言ってポーラビットの子どもたちの中の一人の女の子がしゃがみこんで話をしているルナ・ルナーの元へと近寄りました。この女の子の名前はセリニ。月の光の中から生まれて四ヶ月とちょっとが過ぎたまだまだ幼いポーラビットの子どもの一人です。
ポーラビットの人々は私たち人間と同じように歳をとっていきますが、彼女たちは人間とは違って歳をとる早さが違い、長く生きて二十年ほどと言われています。人間で言う所の百三十六歳……想像は付きにくいですがその年齢になっても人間のお歳を召した人たちと変わらない姿をしているのです。年齢が進むのは早いけれど見た目は若々しいままのようです。
「あらあら! ありがとうセリニ。いつも私の髪の毛に櫛を通してくれて」
「もう、しょうがないなぁルナルナは! セリニにが居ないとホントダメなんだから! ……えへへ……」
セリニはそう言いながらルナ・ルナーの髪の毛を自らの鞄に入れていた櫛を使って優しく梳かしていきます。セリニより歳が上のルナ・ルナーに褒められた彼女ははにかみながら笑って、嬉しそうに淡い桃色の二つ縛りの髪の毛と茶色の毛並みの耳を揺らしていました。
「うふふ……。さてと、それでカマルはどうしたの? なんだか浮かない顔をしてるけれど……」
「う、うん……。あのね、ルナルナ……またお腹が痛くなっちゃってさ……いつもみたいに治してほしいなって……」
カマルと呼ばれたポーラビットの子どもの一人の男の子はぎこちない笑みを浮かべながらルナ・ルナーの姿を見つめていました。どうやら体調を崩してルナ・ルナーに助けを求めに来たようです。
「カマルったらね、また食べ過ぎてお腹壊したんだってさ。僕は知らないよって言ったのに……」
「う、うるさいなー……。俺はフェンガリみたいにガリガリになりたくないから一杯食べるんだよ」
「誰がガリガリだって!? コイツ!」
ルナ・ルナーがカマルに具合を聞いていると、詳しい話をし始めたもう一人のポーラビットの男の子、フェンガリと口喧嘩を始めてしまいました。フェンガリはカマルのふくよかなお腹を、一方のお腹が痛いと言っていたカマルはそんな様子を忘れてしまいそうなほど素早く身体を動かしてフェンガリの頬を掴み始めて喧嘩を始めてしまいます。
その様子に驚いてセリニともう一人の女の子のレヴォネは慌てて二人を止めに入ります。けれど、セリニたちより力の強いカマルたちは彼女たちの止めにびくともせず、勢い余ってカマルたちはレヴォネの事を突き飛ばしてしまいました。突き飛ばされってしまったレヴォネは地面に倒れこんで、それによって腕にすり傷を負ってしまいその痛みに泣き出してしまったのでした。
その様子を見たセリニはルナ・ルナーの髪を梳かす事を止めてレヴォネの側に駆け寄ってなだめ始めます。それでも尚カマルたちは喧嘩をすることを止めません。二人の男の子の気持ちは分かるけれど、怪我をさせてしまっては誰もいい気分にはならないのに、二人は喧嘩をしたままでした。
――その時です。
「――コラッ! 二人ともいい加減にしなさい! 回りが見えなくなるほど暴れるんじゃありません!」
眉を吊り上げ、先ほどまでの優しさ溢れるルナ・ルナーの顔はどこかに行ってしまい、ルナ・ルナーの翡翠色の瞳は怒りの色を混ぜてカマルたちを立ち上がって睨んでいました。その様子と大きな声で男の子二人は身体をびくつかせて横目でルナ・ルナーの姿をちらりと見ます。するとそこには明らかに怒っているルナ・ルナーの姿があったのでした。
「二人とも分かってるの!? セリニとレヴォネが止めに入って、レヴォネがカマルたちに突き飛ばされて泣いちゃったんだよ? 喧嘩をすることよりまずレヴォネに謝りなさい! それでも直さないというのならここから出て行きなさい!」
「だ、だって……フェンガリが……!」
「カ、カマルが悪いんだぞ!? 僕のことをガリガリって――」
「はいはい、やめやめ! カマル、カマルだって他の人に太ってる、だなんて言われたら面白く無いでしょ? だからそんな風に人の姿を馬鹿にしちゃダメ。フェンガリ、嫌なことを言われたからってすぐ手を出すなんて一番やってはいけないよ。そんなことしたら相手もフェンガリもどっちも嫌な気分のままになっちゃうじゃない?」
怒鳴り声から一転して二人をなだめるような声でルナ・ルナーはカマルたちを落ち着かせます。その様子にカマルたちはルナ・ルナーの話を大人しく聞いていたのでした。
「今の二人にとってはどちらも正しいこと。けれどその正しいことは悪いことでもあるの。どちらかだけが正しくてどちらかだけが悪いだなんて私は思ってない。でもね、レヴォネを突き飛ばしてしまったことは、二人がとても悪いと思うな。だってレヴォネは二人の喧嘩には関係ないし、良かれと思って止めに入ったのに突き飛ばされて……二人がレヴォネと同じ状況だったらどう?」
「う……。ご、ごめんさない……」
「……ふふ。謝るのは私じゃなくて、ね。さあ、ほらほら」
カマルとフェンガリの口から謝りの言葉が出ると、ルナ・ルナーはにこりと笑って二人の手を握ってレヴォネに謝るように促します。その様子を見ていたセリニとレヴォネはルナ・ルナーと同じように笑っていました。
「レ、レヴォネ……ごめんね、突き飛ばしたりして」
「僕の方からもごめん……。もう喧嘩はしないよ……」
「……ううん大丈夫だよ。二人がそう言ってくれるなら私も嫌な気分にならないし……ありがとう」
「はい、良く出来ました! いい? また二人が喧嘩したら今度はとーっても、にがーっいお薬を出しちゃうんだからね?」
「ええ!? そ、そんなぁ……!」
「あはは、冗談だってば。それじゃカマル、お腹痛いのを治すいつものお薬を持ってくるね。それとレヴォネの傷の手当もしなきゃ。いつも言うけど、魔法の力で出来てる薬だから飲み過ぎないこと! あと、食べ過ぎないように気をつけること。分かった?」
「は……はぁい……」
こうしてルナ・ルナー言葉で慌ただしかった雰囲気は消えて、いつもの様に笑い声が溢れる普段通りの光景が元に戻されたのでした。
……おや? そんな五人の姿を遠くから何か黒い影が見つめているではありませんか……? ふとルナ・ルナーが偶然そちらに目を向けると、その黒い影は慌てたようにして姿をすぐに隠しました。気のせいだろうと、ルナ・ルナーは気に留めることはなく小屋の中へ入っていくのでした。
*
「ルナルナは凄いね。あんな風に怒る所初めて見たよ」
「ふふ。あんな風に喧嘩されちゃうと悲しくなっちゃってね。何が悪くて何が正しいって……そういう風に区別されることが嫌なだけだよ。……だから私、争い事って嫌い……」
カマルたちの事件が落ち着いて、それから四人はそれぞれの所へ帰って行きました。でもセリニだけはルナ・ルナーの所に留まって、またルナ・ルナーの髪の毛に櫛を通していたのでした。
「それにしても良かったの? 私の髪の毛を梳かすだけのために他の皆と別れちゃって。皆と遊びたかったんじゃない?」
「ううん。今日は皆で遊ぼうって決めてなかったし、カマルたちと来たのだってセリニが偶然ここへ向かっていたからだし。それに、ほっとくとルナルナは髪の毛そのままにするだろうしさ」
「う……確かにそうかもしれないけど……」
「かもしれない、じゃなくてそうなんでしょ? ふふふっ……」
セリニにそう言われルナ・ルナーは本当の事を言われて顔を引きつらせます。それを見たセリニからは笑い声が聞こえてくるのでした。
「あとは、いつもの髪型にして……。三つ編みを二つ作って、真ん中を髪留めで……。……はい、おしまい。ルナルナは折角綺麗な金色の真っ直ぐな髪をしてるんだからきちんとお手入れをしなきゃダメだよー。もったいないなぁ……」
「アハハ。ありがとうねいつも面倒見てくれて。私、セリニにばかり頼っちゃってるね……これはなんとかしなきゃ……!」
「……えへへ、直さなくてもいいよ! そうじゃなきゃセリニが面倒を見なくてもよくなっちゃうじゃない?」
「そ、それは何だか複雑……。でもそう言ってくれると助かるよ! こーんなかわいい子に面倒を見られているだなんて私は幸せだなぁ……」
「お、大げさだよ……! セリニ、そんなんじゃ……でも、えへへっ……。あ、そうだ。はいこれ! いつものやつ作って持ってきたよ! ルナルナが大好きなクク。冷めない内に一緒に飲もうよ」
セリニはそう言って櫛を入れ替えるように鞄の中から水筒を取り出しました。水筒の蓋を開けると、中からとても白く温かそうな湯気が現れてそれとともに甘く鼻の奥にまで届くようないい香りが立ち込めてきます。セリニは水筒の蓋をコップの代わりにして中に入れてあるククという飲み物を注いでルナ・ルナーに手渡し、ルナ・ルナーは嬉しそうな声をあげて水筒の蓋を受け取りました。
ククというのはこのポーライト星に住む人々によく飲まれている飲み物で、この星に住んでいる人ならば誰もが知っていて誰もが喜んで飲む人気の飲み物のこと。そしてククはポーライト星の空に沢山横切る流れ星のかけらから出来ていて、その飛び散ったかけらを集めて粉にしてお湯で溶かし、レゴリーという月の光が降りた夜に舞い降りてくる光のかけらを一緒に入れて飲むといいます。レゴリーは舐めるととても甘く、地球で言う所の砂糖と同じなのです。
「……ああ、美味しい! ふふ、私もククをよく作るけれど、やっぱりセリニが作ってくれるククが一番美味しいや。肌寒いこの星だと助かるね……温かい……」
「……えへ。ルナルナってククを美味しそうに飲むよね。ほら、口の周りが溶け残ったククの粉まみれ……まったくもう」
「ん……もごもご……」
ポーライト星は一年中が夜のため気温が上がらず毎日肌寒い風が吹いています。なので星の人々は薄着をするということもないし、ククのような温かい飲み物を口にして毎日を過ごしています。そして今も……冷たい風に吹かれたルナ・ルナーは寝て起きたままの格好だったので寒さを感じてくしゃみをしてしまいました。口の周りを汚して、重ねてくしゃみをして、それらをセリニに口を拭いてもらう面倒まで見てもらって。ルナ・ルナーがお姉さんなはずなのに、まるで子どもみたいな素振りをセリニに見せているのでした。
「うう、そういえばまだパジャマのままだった。どうりで寒いわけだね」
「……気付くの遅いよ……。……ねえ、ルナルナ。ルナルナって魔法を使うことが出来るんだよね? こう、魔法でパパっと着替えちゃったり出来るの?」
「うーん、あはは。私の使える魔法はそういうおとぎ話に出てくるようなものじゃないんだ。もうちょっと別な……こう、誰かを助けることが出来る魔法……かな? だから魔法の力を使ってお薬だって作れるしさ。それに私は月の精霊ルナ・ルナー。空に浮かんでいるお月さまの力を貰っているから、使えるのは月の魔法だけ。魔法というものには程遠いかもしれないけれど、特別な力だというのは間違いないかな。でも、どうして?」
ルナ・ルナーはふとセリニが質問をして来た理由を尋ねます。それに対してセリニは少しだけ考えながら喋り始めました。
「……いつもね、ルナルナはお薬を作ったり、お月さまの力を借りて皆が困っていることを解決して助けてるでしょ? それがね、とても格好良くて……。セリニがとっても小さい頃からそういう手助けをしているのを見て「ああ、私もこういう風になりたい……」そんな風に思ったんだ。それは今でも変わらないけれど、ちょっとでも憧れのルナルナに近付けれたらって思って……いつもこうやってくっついて歩いてるの。……ごめんね、ルナルナからしたらセリニは邪魔かもしれないのに……」
「……。ふふ、そんなことないよセリニ! 私はセリニのおかげでちゃんとやれてるんだし、文句なんてないよ! それにしても憧れ、か。えへへ、そういう風に言われちゃうと照れちゃうなぁ……。お月さまからはいつも「これ! いつまで寝惚けているのだ! きちんとしないか!」って叱られていたのにね……ふふ」
「ええ……。もしかして、ルナルナってその性格ずっと変わってないの……?」
セリニはそんなルナ・ルナーの話を聞いて少し呆れた表情を見せ、その様子を見たルナ・ルナーはおどけるように舌を出して笑みを浮かべています。
「もう……折角ルナルナみたいになりたいって思ってたのに……魔法だって……ブツブツ……」
「……。ふうん? セリニは、魔法が使えるようになりたいの?」
「……! う、うん……。あのね、セリニにもね……皆を助けられるようになりたいの。どんなに小さなことだって良い。みんなが喜んでくれるなら……! だからセリニはルナルナみたいに――」
「――あんまりこんなことは言いたくないけれど、止めておきなさい」
月を見上げて興奮したようにセリニは自分自身の夢をルナ・ルナーに話していきます。けれどルナ・ルナーからは思いもよらないような、低く重い声が聞こえてきたのです。それに驚いたセリニは思わずルナ・ルナーの方を向いてもう一度聞き返しました。それでも、ルナ・ルナーからの返事は変わらないのでした。
「ど……どうして……?」
「理由は……思った以上に大変なことだから、だよ。この力はね教えれば使えるようになる魔法ではあるの。でも、それを使えるようになるにはうんと、ううんとお勉強をしなくちゃならないし、沢山お稽古や修行……とってもつらい目に遭うことになるの。いつだったかな、セリニみたいに魔法が使えるようになりたいって言ってきた子がいてね。……もう何千年前の話になるけど、その子がまじめに取り組もうとしたから私も一生懸命教えて、修行をさせたの。でもね……そんなある日、その子は突然来なくなってしまった。理由は何となくだけど分かっていた……日に日にその子から段々笑顔が無くなっていくんだもの、辛いんだって……それに気が付いた時はとても胸が苦しくなっちゃって。落ち込んだかな、その時の私は……ね」
「……そんなに前に……」
「うん。もっとも、このお話はポーライト星でのことではないけれどね。私は……そういう事を体験しちゃったから、セリニには……とても懐いてくれているセリニにはそんな目には遭って欲しくないよ。何分、セリニはまだまだ幼い。絶対できないというわけではないけれど、逃げ出したり身体を壊してしまうことだってある修行をさせるにはまだまだ早いの。だから今は、いろんな素敵なものを見て感動をして、いっぱい遊んで、たくさん食べてよく眠って……健やかで、相手のことを思いやれるような……。そんな、心のある人になりなさい」
「……。……心の、ある……」
「そう。……それに、私の前からセリニが居なくなっちゃったら、とっても寂しいよ……?」
そう言ってルナ・ルナーはセリニの茶色の毛並みの耳を指でこねてセリニ言い聞かせます。ルナ・ルナーに触られて擽ったそうにしましたが、それでもセリニは難しそうな顔をして、出来ないことはないのに、ルナルナはどうして……? そんな風にセリニの顔には思いが浮かび、笑顔は段々と陰りが見えてくるのでした。
「……んん、ああ……。ちょっと長々と昔話しちゃったね。セリニ、あまり深く考えなくてもいいから、じっくり考えてみて? 考えて考えて、やっぱりってなったらまた私の所においで。そうしたらまた一緒に考えるから、ね?」
「うん……。分かったよ。ありがとう……ルナルナ」
「ふふ、どういたしまして! それからごちそうさま、クク美味しかったよ! またお願いね、セリニ! それじゃあまたね!」
ルナ・ルナーはそう言って身体を伸ばしながら立ち上がります。二人は笑顔で別れを交わしルナ・ルナーは小屋の中へ入っていきます。
ところが、セリニは歩き出そうとはせずそのまま立ち止まりいつまでもルナ・ルナーの後ろ姿を見つめていたのです。そしてセリニはまた寂しそうに赤い目を揺らして、しばらく降り注ぐ月の光に照らされていたのでした。
◆
元気のない足取りでセリニは、ルナ・ルナーが住んでいるブレンホーツの丘から少し離れた場所の「マウゴジャタの湖」の((畔|ほとり))へとやって来ていました。セリニは湖の水面に顔を少しだけ出して月が映る湖の中を覗き込んでいます。水面に映るセリニの顔は、最後にルナ・ルナーと話した時と同じように寂しそうな表情なのでした。
「……はあ……。どうして、ルナルナは……。ルナルナなら、教えてくれると思ったのに」
セリニはそう言いながらしゃがみこんでそのまま黙りこんでしまいました。言葉はなくセリニはただただ、近くにある小さな石を掴んでは地面に落としたり水の中へと入れたり、指で石を突いたりしてぼんやりとしていました。
「……ダメだよ、セリニ。ルナルナだって辛いことがあって、セリニを思ってああ言ってくれたのに。だけど……どうして、こんなにモヤモヤするの……? セリニ、ただルナルナみたくみんなのために……助けてあげたいのに……。何もすることが出来ないなんて……」
セリニが黙りこんで少しした頃、セリニは口を開いて立ち上がりました。そして彼女は顔をあげて、空に浮かぶ月を見つめます。そのセリニの赤色の瞳にはすがるような気持ちが混ざっていました。
「ねえ、お月さま。セリニの声が聞こえているなら、教えて……? ルナルナはどうやってもセリニに魔法を教えてくれないの……? ……まだ教えられていないから大きくは言えないけど、どんなに大変な勉強でも辛い稽古や修行でも……何があっても耐えてみせるから……セリニに魔法を教えて欲しい。……それじゃダメなのかな……?」
静かな湖畔にセリニの声だけが響き渡ります。大好きなルナ・ルナーから魔法を教えてもらえず、幸せに暮らしなさいと、ルナ・ルナーからそう言われてセリニは今ひとつ納得がいかないようで一人で何度も何度も悩み続けます。ルナ・ルナーはセリニのことが大好きだからあえて止めるように言ったのです。けれどまだ幼いセリニはその意味がよく解らず、ただ単に突き放されてしまったと思ってしまっているようです。そうしていると、セリニはそんな後ろ向きな思いばかりが膨れ上がっていき、やがてセリニの大きな赤色の瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ出してきてしまったのでした。
「……どうして……? どうして、誰も答えてくれないの……? 別にふざけてるわけでもないのに、遊びだと思ってるわけでもないのに……!」
「……」
「ねえ……! お月さま……。セリニには、ルナルナみたいな魔法使いには……なれないのかな……?」
「……なれるさ」
すると突然、セリニしか居ないはずの湖からもう一人の声が聞こえてきたではありませんか……? セリニはその声に驚いて辺りを見渡します。振り返ると、そこには黒く目までもが前髪で隠され、黒色のストールを羽織った男の子の姿が……。彼はポーラビットの人たちのようにウサギの耳がありません。一体、いつの間に居たのでしょう……?
「だ……誰……?」
「そんなに怖がらなくてもいいよ。ボクは……ルナ・ルナーの知り合いでね。ルナ・ルナーと同じ魔法使いさ」
「……! ほ、本当!?」
「本当さ。なんなら後で彼女にボクの名前を聞いてみるといいよ。ボクの名前はクレイ。ルナ・ルナーと同じ月の魔法を使えるのさ」
クレイと名乗る男の子はそう言いながら笑みを浮かべます。ルナ・ルナーという名前を知っていると聞いて、セリニは彼の話を信じて色々と質問をぶつけます。その質問にもクレイは難なく答えるので、セリニはすっかり彼をルナ・ルナーの友だちと思ったのでした。
「はは。よっぽど魔法使いになりたいみたいだね? その気持ちをボクにもっと教えてくれよ」
「うん! あのね……」
クレイにそう言われてセリニは自分自身が魔法使いになったらどんなことをしたいのか、皆がもっと喜んでくれるためにしてあげたいこと……何もかもをクレイに語っていきます。
セリニはしたいことを語っていく中でルナ・ルナーに対する想いも語っていきます。ルナ・ルナーはのんきでだらしないところもあるけれど、本当は誰よりも皆のことを思っていて心優しく穏やかな暮らしを愛している素敵な人だと。興奮にも似た感情を思わず溜息を混じらせながら憧れの人のことを話しました。少しだけセリニの中の世界を語っているにも関わらず、クレイは一切嫌な顔をせずに笑顔でセリニの話を聞いて深く頷いていました。
でも、笑みを浮かべるクレイの口元は妙に釣り上がり、少しだけ舌を出して口の周りを舐めだしたではありませんか……。話を聞いて喜んでいるとは、なんだか違うようです。笑みを浮かべてしめしめと思っているような、そんな笑い方をしています。
「ははは。セリニ、君はルナ・ルナーのことが大好きみたいだね? そんなに沢山ルナ・ルナーの名前を呼んでいるなんて……よっぽどだね」
「え……えへへ。だってルナルナを見てると、格好良くて……ドキドキしちゃうんだもん! ルナルナは、セリニの憧れで、ずっと一緒にいたいと思う人だから――」
「――ふうん……? なるほど、そりゃ丁度いいや……!」
セリニが喜びで身体を揺らしていると、突然クレイは笑い出しました。その笑いは可笑しいからでも面白いからでもない不気味な笑い声。その笑い声にセリニは肩をびくつかせてクレイの姿を見ました。するとそこにあったのは、先程まで静かに話を聞いてくれていたクレイではなく、どこか企んでいるような笑みを浮かべたクレイの姿でした。
「え……えっ……? ク、クレイ……? どうしちゃったの――」
「どうもしないさ。ただ……こうするだけさ!」
その声とともにクレイはストールを巻き上げ両腕を掲げます。セリニは突然の出来事に小さく驚きの声をあげましたが、特に不思議なことは起こりません。何だったのだろうと、セリニは恐る恐るつぶっていた瞼を開きます。すると――
「わっ……!? きゃああああああああああっ!?」
「ははは! まあ随分とベラベラとルナ・ルナーのことを喋って、良い情報収集になったよ。ありがとう、セリニちゃん……?」
「い、一体なんなの……!? きゃあっ!」
なんとクレイはストールの下から影のように真っ黒で腕に形取られた物を使ってセリニの身体に巻き付いて縛り付けたではありませんか! セリニはその様子に為す術なくただうろたえることしか出来ないのでした……。
「いいことを教えてあげよう。実はボクはルナ・ルナーの友だちでもなければ知り合いでもない……むしろ逆さ。光り輝く月の精霊が居るせいでボクたち影の精霊たちは困っているのさ。やっと探し当てたルナ・ルナーの住処……今日こそ傷めつけてやらなきゃね……!」
「なっ……! ひ、ひどい! 騙したのね!? ルナルナのお友だちだからって信じてたのに……! 嘘つき!」
「はははっ! 騙される方が悪いんだよ! 疑りもせず話したのは君の方じゃないか。自業自得だよ」
セリニは騙されたことの怒りを抑えきれずクレイにその怒りをぶつけていきます。それでもクレイは怯む様子はありませんでした。それどころかクレイには増々力が漲って、影の腕を使ってセリニの身体を持ち上げてしまったのです……!
「やっ……やだぁっ! 離してぇ!」
「それは出来ないなぁ。話を貰っただけでも充分だったんだけど……君には誰よりもルナ・ルナーを想う力が強いようだ。これは強力な武器になる……影は光を取り入れた分だけ強くなっていくもの。それがルナ・ルナー相手ならなおさら……目には目を歯には歯を……ってね!」
次の瞬間、セリニを押さえつけている影はセリニを掴む力を強めてセリニから光を外に出させ、それを取り入れ始めたではありませんか! その光を吸い取って影はどんどん大きくなっていき、クレイの姿がどんどん変化していきます。
「う……! うううっ……!」
「くくくっ、あはははっ! 凄いぞ、これが金魚のフンのように纏わりついて憧れを抱き続ける子どもの力だとは……! これなら、ルナ・ルナーに勝てるかもしれない……!」
セリニから光を取り込み続け、影は最後の光を取り込んでしまいました。想いという光を全て奪われてしまったセリニはぐったりとして力なく影に支えられています。それと同時にクレイの姿はどんどん変化して……!
「……!? ル、ルナルナ……っ!?」
「……へええ……! 強さ余って形すらもルナ・ルナーになるなんて……! くくくっ、面白いねぇ……!」
姿を変えたクレイが変身したもの。それは髪の色や髪型も、顔も……普段着ているルナ・ルナーの薄い灰色のワンピースと白色のケープ、((檜皮色|ひはだいろ))のブーツまでもそっくりそのままに変身したクレイの姿があったのです……!
「……おや、目の色までは変わらなかったか。灰色のまま……まあいいや」
クレイはセリニを影で縛ったまま従わせて湖の水面を覗いています。立つ力さえも無くなってしまったセリニはどうすることも出来ませんでした。
「確か杖の呪文は……。……ルーナ・ルパタス!」
クレイがそう唱えると、なんと光が差し込み棒状になって、月の印がついた杖が姿を現したのです。それを見てクレイは再び笑い声をあげるのでした。
「おお。これは上出来だ……! さて、ちょっと小手調べをしたいところだ……ん? あんな所に人が……。……ようし」
「……! や、やめて! 関係ない人を傷つけるなんて……!」
「うるさいな。君は黙って見ていればいいんだ。……そうすれば、何もなくて済むからね……ハハハ……!」
「だ……ダメッ……! や、やだっ……! ……て、……けて……!」
セリニの言葉にクレイは耳を貸さず、偶然目に入った人の元へと近づいていきます。このままでは大変なことに……! そんな中、セリニは力が篭もらない声を振り絞って、助けを求めて涙で霞んだ声のまま叫び出すのでした――
「――ルナルナ……っ! 助けて、たすけて……っ!」
セリニは自由を奪われたままクレイの成すがまま。ルナ・ルナーの目が届かない静かな場所で大きな事件が起ころうとしています……!
クレイに捕らわれたセリニはどうなってしまうのでしょうか……!
*
その頃のブレンホーツの丘。今もまたルナ・ルナーの力に助けを求めて一人のおばあさんがルナ・ルナーの元を訪ねてきました。このおばあさんはモーネという名前で、ポーライト星でとても長く生きているポーラビットの一人です。
「……はい、モーネおばあちゃん。これで終わりだよ。ちょっと前までは杖をつかないと歩くのがままならなかったのに、今は元気に歩けてるね! 良かった! でも油断はしちゃダメだね……レヴォネ、立ち上がるのを手伝ってあげて?」
「うん! はい、おばあちゃん。私の肩に捕まって……」
「おお、おお。ありがとうよ二人とも。まったく、歳をとると身体が言うことを利いてくれなくてねぇ……。二人みたいに若い娘たちが面倒を見てくれていると心強いよ。感心するねぇ」
「まあ、ありがとう! えへへ、褒められちゃったねレヴォネ? そう褒められたら、私ももっと頑張らなきゃね」
モーネおばあさんから褒められルナ・ルナーは嬉しそうな表情を浮かべそれを見たレヴォネも笑みを浮かべます。
レヴォネもまたセリニと同じようにルナ・ルナーのことを手伝ってくれている一人で一日の大半をルナ・ルナーとともに過ごしています。ルナ・ルナーから頼まれたのではなくレヴォネとセリニたちからすすんで手伝っているのです。そんな二人の姿に感心してルナ・ルナーは二人の気持ちを受け取り手伝ってもらっているのでした。
「……そういえばレヴォネよ、セリニは一緒じゃないのかい? いつもルナルナと居るのに、珍しいじゃないか」
「そう言われると……。レヴォネ、セリニと一緒じゃなかったの?」
レヴォネは二人からの質問に自分自身の短い紫色の髪を揺らして知らないことを伝えます。それを聞いたルナ・ルナーは目を逸らし遠くを見つめながらレヴォネの答えを聞いていたのでした。
「珍しいこともあるんだね。いつもならセリニ、ニコニコしながら飛んで来るのに……」
「うん。いつもセリニが居るところにも私たちの家にも居なかったし。私にもどこに居るかなんて分からないや……」
そんな話をしながら三人は揃って首を傾げます。誰かのために手伝ってあげることが好きなはずのセリニが真っ先に来ないなんて珍しい……どうしたのだろうと、互いを見つめて考えていました。
今頃のセリニは……ルナ・ルナーたちの知らない所で大変な目に合っているとは、想像が出来ないことでしょう……!
そうしていると突然、痛々しい泣き声がルナ・ルナーたちの方へ大きくなってどんどん近付いていくるではありませんか。どうしたのだろうと思い真っ先にルナ・ルナーはその声のする方へと駆け寄ります。するとそこに居たのは、泣きじゃくるカマルとカマルの手を引きながら怒ったような表情を浮かべているフェンガリの、さっきも来た二人でした。
「ど、どうしたのカマル……!? どこかすごく痛むの……?」
「どうしたもこうもあるもんか! ルナルナ、一体なんだって言うんだよ!? さっき僕たちレヴォネに謝ったじゃないか!」
「え……えっ?」
「うわああああああん! さっき、俺たちに……魔法で襲ってきたじゃないかぁ……! それで転んじゃって……痛いよ……! わあああああああああん……」
「覚えていないなんて言わせないぞ! 喧嘩だとかそういうの嫌いだとか言っていたくせに、ルナルナの方から手を出すなんて! あんまりだ!」
フェンガリは興奮気味に、抑えきれない怒りをルナ・ルナーに次々とぶつけていきます。本当に何も知らないルナ・ルナーは、彼らの訴えにどうすることも出来なく、ただうろたえていました。
「ちょ……ちょっと! わ、私二人にそんなことしてないよ! むしろそんな卑怯なことしないよ!」
「うるさいやい! 僕たちは見たんだぞ! 光を僕たち目掛けて撃ってきたり、ブーメランみたいなものを飛ばしてきたり……! あんなのが当たったら怪我どころじゃ……! 怖かったんだぞ……途中でルナルナはどこかに行っちゃうし……。本当に……もうダメかと……思ったじゃないかぁっ……! う……うわあああああああああ……!」
フェンガリは今まであったことを話していきます。すると、よほど怖い思いをしたのでしょう。フェンガリもまた声を大きくしてわんわんと泣き出してしまいました。
その様子を見てルナ・ルナーはさらに慌ててうろたえます。するとフェンガリが言った言葉が気になって二人をなだめようとして伸ばした手を止めました。
「……? 待って、ブーメランって……。もしやそれはセヂーチのことじゃ……!? 私この星では一回も使ったことないよ……!? それにブーメランみたいなのってことは……」
「あらあら、なんだい二人とも。そんなに大の男が泣きわめいたりして……一体何があったんだい」
「カマルにフェンガリ……!? どうしたの……?」
カマルたちが泣いている様子を見てレヴォネたちも三人の元へやって来ました。あとから来たレヴォネたちは泣いているカマルたちを見てとても心配そうな表情とともにルナ・ルナーに代わってなだめ始めます。一方のルナ・ルナーは難しい顔をして何か考えているようでした。
「……。ねえカマルとフェンガリ。その……私のそっくりさんは何か棒みたいなのを持っていなかった? 私がいつも使ってる……ほら、これ。私、これがないと魔法を唱えられないんだ。お月さまの印もあったかと思うけれど……覚えてる?」
「ぐすっ……わ、分からないよ! ただ、僕はルナルナみたいな格好だなって思ったけど……」
「……ぐず、ずずずっ……。そういえば、杖をクルクル回してなんかやってたな……あれこれ何やってんだろ、って思ったけど……」
「……。おかしい。意味を分かって使っているならあれこれやらないはず……私なら尚更ね。それにしても……マイナの呪文もあるのに……一体誰なんだろう……ブツブツ……」
ルナ・ルナーは眉に皺を寄せて考え込みます。そんなルナ・ルナーの様子にみんなが不思議そうに見つめています。
「ルナルナよ、お前さんがやったんじゃないのだろう? 何をそんなに考えているんだい?」
「……そうなんだけどね、おばあちゃん。何かが引っかかるんだ……前も、こんなことがあったような――」
モーネおばあさんの質問に答えていたその時。ルナ・ルナーが顔をあげると、モーネおばあちゃんの後ろから何かがこちらへ突進しようとしているではありませんか……! ルナ・ルナーの翡翠色の瞳にもそれが映り込んで、彼女は咄嗟に身体を動かしてみんなの前に立ちます。そしてルナ・ルナーは月の印が付いた杖を、印が地面に向くように構えて呪文を唱えるのでした――
「――ルーナ・マイナ・シンクーェ!」
ルナ・ルナーはそう言葉を叫ぶようにして唱えると、ルナ・ルナーたちは透明な光の壁に包まれたではありませんか! それが広がる頃にはルナ・ルナーたちに向かって突進してきた何かが宙を舞っていて程なくして光の壁に激突しました。それによってルナ・ルナーたちに怪我はありませんでしたが、光の壁は粉々になって砕けてしまったのでした。
でも、ルナ・ルナーが作った光の壁は石をぶつけただけでは壊れるような物ではないのです。それが一回ぶつかっただけで壊れてしまうなんて……一体何がぶつかったのでしょう?
ルナ・ルナーの後ろに居る四人が身を縮めて隠れながら何が起きたのかを考えていると、それをあざ笑うように空から笑い声が聞こえてきます。宙に浮かび月の光を背にしてこちらを見下ろす人物。薄い灰色のワンピースに白色のケープを身にまとい、金色の髪をなびかせています。その姿に見覚えがあり、その場に居た全員が驚きの声をあげたのでした――
「――くくっ……。やっと見つけたぞ、ルナ・ルナー……!」
「るっ……!? ル……ルナルナが二人……!?」
月の光を背に笑みを浮かべる女の子。それは、ルナ・ルナーと瓜二つのの姿に変身したクレイの姿が、そこにあったのでした……!
「……あなたは一体誰? どうして私と同じ格好を……。もしや、関係のないカマルたちを傷つけたのは――」
「ル……ルナルナーっ!」
「……っ! セ、セリニ!? どうして……!?」
「ふん、黙っていればいいものを……。まあいいか。ボクのことは、そうだな……ルナティック・ルナーとでも名乗っておこうか。そうした方が区別がしやすいだろう?
……ま、どちらを取ってもルナルナなんだけど……ね、ククク……!」
そう笑いながらクレイ、もといルナティック・ルナーは五人を見下ろし続けます。それと同時にルナティック・ルナーが杖を構え始めたところを見てルナ・ルナーは機敏に動き始めました。
「レヴォネッ! みんなを安全な所へ! 早く!」
「え……えっ!?」
「ぼやぼやしてる暇はないわ! さあ――」
「……遅いなぁ……? みんなまとめて空の旅へご招待だ! ルーナ・セッテ!」
ルナティック・ルナーはそう呪文を唱えて力のこもった目をルナ・ルナーに向けています。それとともにルナティック・ルナーの杖から満月の形をした円盤が二つ現れルナ・ルナーたちの元へ襲いかかります。出遅れたレヴォネたちにぶつかりそうになったその時――
「ルーナ・マイナ・クアットロ!」
その声とともに何かが壊れるような音がして、レヴォネたちは思わず目をつぶります。そして恐る恐る目を開けると、そこには杖を持っていたルナ・ルナーの手には光が伸びているように朧気な光があり、それは剣の形をしていました。ルナ・ルナーはその剣でルナティック・ルナーが放った満月の円盤を二ついっぺんに壊していたのでした。
「……ここは私が食い止めるから……さあ急いで! ……レヴォネ、あなた一人で大変かもしれないけれど、モーネおばあちゃんたちを……お願いね」
「う……うんっ! みんな! 早く!」
「……ル、ルナルナや……!」
ルナ・ルナーにそう言われてレヴォネは忙しく動き始め、カマルたちを安全な場所へ行くよう促します。するとモーネおばあさんだけはすぐに動こうとはせず、ルナ・ルナーに言葉を贈るのでした。
「深い事情があるようだからあれこれは言わないけれど……無理しないでおくれよ……! ルナルナはばあちゃんたちポーラビットには欠かせない大切な子なんだから……!」
「おばあちゃん……! ……っ、うん! 必ず、セリニを連れて無事に戻ってくるよ! だから今は……さあ!」
ルナ・ルナーの力強くも元気あふれる声にモーネおばあさんも笑顔で頷いてレヴォネたちの元へと歩んでいきます。レヴォネたち三人は皆協力し合ってモーネおばあさんを安全な所へ連れて行ったのでした。
「……待っててね、みんな。……さあ、誰だか判らないけれどそこの私のそっくりさん! セリニを返してちょうだい!」
「ふん……誰が黙って返すものか。この溢れるパワー……全部このセリニとやらの力で出来ているんだ。そう簡単に渡すわけにはいかない」
「……!? セリニの力……?」
「そうさ。コイツの有り余る力を吸い取ったらルナ・ルナーの姿にボクは変身したんだ。ボクの力は吸い取る対象の力で限りなく近い姿に変身できる。……悔しいけれど、ここまで完全に近い姿に変身したことはなくてね、ボクでもびっくりなのさ。そしたら……次から次へと力が湧き出てくる……! 同じ力を使えばルナ・ルナーを叩きのめすのも目じゃないだろう? さすがは、ルナ・ルナーみたいな魔法使いになりたいだのもっとみんなを助ける存在になりたいだの、ルナ・ルナーのことが大好きだから支えてあげたいだの……吐気がするほど暑苦しい想いが詰まっているだけのことはあるね」
「も、もうやめて……! もう誰も……傷つけないで……っ……ルナルナっ……」
「けれどそんな願いは、憧れの存在を打ち破ると言う形で訪れる。ルナ・ルナーを超えた存在は、このボクだという事実を掲げてね……!」
ルナティック・ルナーは今まで影の縄で繋いで連れていたセリニを宙に泳がせます。セリニは地面に落ちること無くルナティック・ルナーと共に宙に浮かんだまま涙に顔を歪ませていきます。そして杖を構え直し、ルナティック・ルナーはルナ・ルナーへ真っ直ぐに、落ちるようにして突き進んでいきました。
「ぐっ……! はあっ!」
「へえ、戦いが嫌だと言っている割にはよく身体が動くじゃないか。これは面白くなりそうだ……!」
剣と魔法の杖がぶつかり合い、いつもなら静かに風が吹き抜けていくだけの丘に鈍く激しい音が鳴り響きます。ルナ・ルナーとルナティック・ルナーの二人は互いに身体を翻したり激しく武器を振るったりして戦いを繰り広げていきます。けれど、ルナ・ルナーは何だか浮かない様子……。そしてルナ・ルナーはしきりに宙に浮かんでいるセリニの姿を確認しています。きっとルナ・ルナーはセリニのことが気になって仕方がないのでしょう。でも、気を取られすぎていると……!
「――! きゃっ……!?」
大きな音ともにルナ・ルナーの身体は吹き飛ばされ近くの岩肌へと激突してしまいました。激突した衝撃でルナ・ルナーは顔を歪ませていると、ルナティック・ルナーはその隙を逃すまいと、再び杖を――月の印を空に向けて呪文を叫ぶのでした。
「終わりだ! ルーナ・マイナ・オット!」
その言葉とともにルナティック・ルナーの杖から月の光の色を纏った光の筋が伸びていきます。ルナ・ルナーは襲い来る身体の痛みで動くことすら出来ずに、ルナティック・ルナーの魔法にすっぽりとくるまれてしまいました……!
「――きゃああああああああああああああっ!」
「……! ルナルナーっ!」
攻撃を受けてもなお、ルナ・ルナーは立ち上がろうとします。けれど思った以上に身体への影響は大きく負った痛みにルナ・ルナーの脚は折れ曲がったように地面に着き、力なく身体を落としてしまいました。それを見たルナティック・ルナーは大きな笑い声とともに、再び宙に浮かされているセリニの元へと近づき、地面にひれ伏すルナ・ルナーを見下ろしたのでした。
セリニの悲痛な叫びはルナ・ルナーの耳に届きました。けれどルナ・ルナーは……魔法の力によって打ちのめされていて、セリニの言葉が彼女に響くまでには遅すぎたのでした……。
「ハハハ……! いいザマだよルナ・ルナー! どうだい? 空に悠々と上がっている月が地面に突き落とされた気分は……? 所詮君が持っている力は、強力な武器ににしか過ぎないのさ! まったく愚かだよ君は! 力を自分のために使わないだなんて! 戦いたくないだか助けてあげたいだか何だか知らないけど、守る側が守られずにむざむざとやられるなんて、これは傑作だね! さてと、ルナ・ルナーを片付けたことだし、後はこの星を頂くだけだ。……それじゃあね、ルナ・ルナー。まだ生かしておいてあげるから、そこで君が守ってきた星を好き勝手にいたずらされるところをメソメソ泣きながら見ているといいさ……! ハハハ……アハハハハ……ッ!」
静かな夜を背にルナティック・ルナーは大きく笑い声を上げながらセリニを連れて飛んでいきます。彼が向かっている先は、この星の住人が沢山住んでいる「ティコの街」があり、この状況を知らない沢山の人々が生活をしています。彼がそこに行ったら、考えることが恐ろしいほど大変なことに……!
「う……ううっ……! ま、まちな……さい……! セリニ……っ!」
倒れ込んだルナ・ルナーはとても弱々しい声を出してどんどん小さくなっていくセリニの姿が映り、それは手をいくら伸ばしても届かないほど遠くへ消えていくのでした。その最中セリニの声と思われる声も聞こえてきて、それも段々と小さくなって、静かな丘に延々と響いていました。そのセリニから出された助けを求める声は、声が掠れてしまうのではないかと思うほど大きく悲しみが滲んでいたのでした。
それを目の当たりにしてルナ・ルナーは顔を伏せて地面に転がる手を土が[[rb:抉 > えぐ]]れるほど強く握りました。そしてそのルナ・ルナーの手は微かに震えて、強く握りすぎた事によって手の隙間からは、すっかり固くなった土が溢れ出してきたのでした……。
――傷付き倒れ込んだルナ・ルナーは果たして、セリニの助けの声を辿ってやって来るのでしょうか……。
つきあかりのルナ・ルナー 後編に続く
説明 | ||
こちらではお初になります。以後よろしくお願いいたします。 プロフィールにも書きましたが私は百合百合しててえっちなものが大好きなのですが、今はまだそれを書くことが出来ません……なので数少ないえっちじゃないやつを投稿したいと思います。 このお話は別なサイトにて投稿したものの再投稿作品になります。 お話は童話の語りみたいな感じで進行していくので「小説」を期待されている方はごめんなさい、という内容です。 文章が読みづらい部分もあるかもしれませんが、楽しんでいただけたら幸いです。 |
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