白の猴王  Act.6 不撓なる者達
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 今までのあらすじ

 ポッケ村によく似た村にすむ大剣使いの大女ハンター、ドーラはある日、村の集会所でチョコと名乗るフリーのハンターと出会う。

賭博では平気でいかさまを使い、二十歳前の若い男が好きという三十路の弓使い。

彼女は2年前までこの村で同じく居付きをしていたハンターのキリアを訪ねてきたのだった。

チョコは猟団の出身ながらかつてサペリア(上官)という二つ名を持ち、

ギルドが王都に開設したハンター養成所に乞われて教鞭を取るほどの腕の持ち主で、キリアはその生徒だったが、彼女は2年前に雪山で老体のティガレックスと遭遇して命を落としていた。

二人は酒を酌み交わしながらキリアの思い出に浸る。

 

 同じくして王都から二人のハンターが村へ調査に来る。

長身の竜人ハンター兼博物学者レマーナンと、どこか胡散さを振りまいているギルドナイトのクロドヤ。

二人が追っているのはある恐ろしい牙獣。かつて遥か南の第三王都で仲間を率いて大きな被害を与え、姿を消した白い神と呼ばれた幻のラージャン。

そして、チョコも又、当時は第三王都でラージャンの群れの討伐作戦に関わり、今は点々と続く噂を追ってこの村まで来たのだった。

 

 一番新しい噂。

村の近く、狩場である雪山でハンター4人からなるパーティが奇妙な牙獣に襲われ、命からがら逃げかえって来たという話。

もしそれがかつてのラージャンならば、一帯は立ち入り禁止になり、キリアが眠るこの村も消滅してしまう。

ドーラとチョコはレマーナン、クロドヤと急ごしらえのパーティを作り、真相を確かめるべく雪山へ赴き、チョコとドーラは多量のブランゴの群れに遭遇するという体験の後で一頭のドドブランゴを討伐する。

ラージャンの動きをするドドブランゴ、チョコは雪山に幻のラージャンがいると確信する。

翌日、ギルドへの報告の為にキャンプを出たクロドヤを除いた3人は再び雪山に入り、ついに2頭のドドブランゴを率いた純白のラージャンと出会う。

 

  

  白の猴王  Act.6 不撓なる者達

 

 

 これは夢だ、心のどこかでぼんやりと思いがある。

だが痛みが全身にわたって響いているのに目覚めないのはどういう訳だろう。

軋む体、刃先が欠けて切れ味の鈍ったバスターソードを構えながらも、ドーラの心には訝しさが幕のように覆っていた。

狩場は森岡、目の前には雌カ竜リオレイア。

そう、これは初めての雌火竜討伐クエストの時の記憶だ。

 

 

 眼前に広がるのは草色の身体。低く構え、こちらを睨み付けたまま翼を広げている後ろでは幹のような尾が彼女の苛立ちを表すかのようにのた打ち、地を叩いている。

まだ若い、強弱のクラスで言えば下位に属するリオレイアだが、ドーラが今まで討伐してきたモンスターとは別格、同じカテゴリーにいるとは思えなかった。

蒸れた防具の下、ひんやりとした汗が一筋、乳房の間を伝う。

唾を飲みこもうとしたが、ドーラの口内には一滴の水分もなかった。

数々の討伐で我が身を守ってきた筈の防具、ケルビの皮を下地にランポスの鱗と大地の結晶を組み合わせた自慢のバトルシリーズも眼前の雌カ竜に対してはまるで絹布のように頼りない。

 

 ドーラはバスターソードを握り直し、再び《彼女》に視線を移す。陸の女王、鋸歯が並んだ口からは低い唸り声、その喉奥には熾火のように赤い光がちらちらと漏れている。

火竜と名付けられたそのままにこのモンスターは口から相手に向かって高熱の火球を放つのだ。

エリア一帯の草間や幹のあちらこちらに火球の痕、煤けて焼け焦げた匂いと白い煙が立ち上り、彼女との戦いの経過を示している。

地面には腹を引き裂かれた一頭のアプトノス、おとなしい草食モンスターの遺骸が転がっている。

さっきまで彼女の食事だったものだ。それを邪魔したのがよりによって人間なのだから怒りはひとしおだろう。

食い物の恨みは恐ろしい、は何も人間に限った話ではない。

 

 だが火竜の恐ろしさは火球だけではない。

確かに放たれる炎も相当厄介だが、太く長い尾の先には毒が仕込まれていて物理的ダメージ+強力な毒によってハンターの体力はみるみる削られていくのだが、巨大な体にもかかわらずリオレイアはそいつを自在に操る。

左右に振り回すだけではない。時にハンターからサマーソルトと呼ばれている宙がえりをしながら真下の相手に尾を叩きつけるという芸当をも繰り出す。

 他にも咆哮(バウンドボイス)、近づけば羽ばたきによって巻き起こる強い風圧、たとえ斬り込んでも刃をはじく堅固な鱗等、モンスターの厄介な所は一通り揃えている、ドーラが初めて出会う本格的なモンスターだった。

炎を放つならイヤンクックを、毒を持った大型モンスターならゲリョスを狩った経験があるので軽い気持ちで討伐を請け負ったのだが、攻撃どころか防御もろくに出来ていない。

貴重だった回復薬グレートはすでに飲み干してしまっていた。

 

「くそ…」

 足元から伝わってくるこの寒さは何だろう。汗が冷たく全身を濡らしているのはなぜだろう。

乾いた口で喘ぎながら、心の奥底で頭をもたげようとする恐怖と後悔とも闘いながら、ドーラの足は尚モンスターに向いている。

軽い気持ちで引き受けた自分の軽率さをしかりつけてやりたいがここで引くわけにはいかない。

村長は自分に討伐が可能だと信じているのだからこのクエストを託したのだし、何よりもこの恐ろしい火竜はこの先のモンスターに対抗する武器に必須の素材を持っているのだ。

 

 リオレイアは腕を広げる。巨大な、船の帆かと見まがう程の翼が目前に大きく展開して周りの日差しを遮り、はためかせると巻き起こった風にドーラは思わず腕で顔を庇う。

まただ、風圧が苛付くほど疎ましい。何かあらゆる動作がわざとハンターの行動を封じる為に行っているように思える程に。

その時、ドーラの腕の間から巨躯が背を伸ばして飛びあがるのが見えた。

 

 サマーソルト!

 直観で感じて風圧の怯みが解けた途端に右へ回避。僅かな差でリオレイアの尾がドーラのいた辺りの土を深く抉り取る。音を立てて土塊が吹き飛び、跡には褐色の毒液がしゅうしゅうと鼻につく匂いを上げて草に染みを残した。

凄まじい、だがこれは好機だ。

立ち回って解ったのはリオレイアは着地の時に無防備になる事。

さっきもそうだったが、サマーソルトの後で火竜の真下ではなく、やや離れたところで溜め斬りを放てば着地のタイミングとあって有効な攻撃になる。

溜めている時には風圧で怯むこともない。

数少ない好機にドーラは大剣を高く構えて着地を待つ。

が、雌火竜の足は大地に付くことはなく、逆に頭がドーラの上で再び天を仰ぐのが見えた。

え?サマーソルト?連続?

虚をつかれて回避もできないまま、次に溶岩の塊でもぶつかって来たかのような衝撃が背中に炸裂して意識が飛んだ。

 

 

 

 ドーラがポッケ村に移住する前に住んでいた村、ココット村によく似た集落にもギルドの集会所はあった。

いくつかの街道が交差する地に人が住み始めたことによって自然発生した村の中心。かつて勇者と呼ばれた竜人の村長が普段の居場所にしている露天食堂の向こうに建物の入り口がある。

 薪の火が揺れる室内、カウンターにはクエストを処理する受付嬢、食堂を兼ねたホールに並べられた無骨で素朴なテーブルと椅子、ギルドが経営しているだけあって内装は他とよく似ている。

内装だけじゃなく、ここに集うハンター達も又同じような光景を生み出す元になっている。

 中央のテーブルでは狩りを終えたハンター達が、よほど実入りが良かったのか大声で笑いながら次々に杯を乾している。

狩りの回顧か、上気した顔で身振り手振りを交えながら仲間と談笑している後ろでは一人酔いつぶれたハンターがテーブルに突っ伏して鼾をかいている。

かと思えば違うテーブルでは周りに揶揄されながら頭を描きむしって慣れない手紙を記していたり。

違いといえばギルドマネージャーが小柄な老人である事、ポッケ村と比べてやや狭く感じるくらいだ。

 

 そんな喧騒から離れた薄暗い隅の小さなテーブルに歳の若いハンターの娘と男が向かい合っていた。壁には男の持ち物である商品が詰まった大きな背嚢が立てかけられている。

 

「で、そのままキャンプまでアイルーに運ばれてった訳だ」

無精ひげを薄く伸ばした若い男は片肘をついてドーラの話を聞いていた。トレードマークであるニットの帽子は外し、荒く刈り込んだ髪が頭を覆っている。

「ひよっこハンターにはいい経験だ」

男は主にハンターを客とする行商人。立てかけた大きな背嚢の中にある商品は村の店では取り扱わない類のものだ。それをどこからか仕入れては一帯の村々を渡って売り歩いている。

話によると男自身はハンターではないし、その経験もないのだが、モンスターが怖くて商売が出来るか、と、どんな危険地帯でも足を踏み入れる。

それだけにモンスターに対する豊富な知識と情報を持ち、又、どうやらメラル―やアイルー族とも何かのつながりを持っているらしい。

「大剣一つだけで渡り合えるほどリオレイアは甘かねえって。お前、下手すりゃ死んでたんだぞ」

 

 向かいの席で娘のハンター、ドーラは固く俯いたまま、じっと男の言葉を聞いている。

痣やら傷やらを顔中に散らして、彼女の頭はフルフルのガンナー装備かと思うくらい包帯にまみれている。

ドーラはこの時17歳。既に躰は大きいが、がっしりしていると言うよりふっくらしていると表現した方がいいだろう。

身につけている防具、バトルシリーズはリオレイア討伐で付いたいくつもの無残な傷痕が繕われることなく残っていた。

見えない所、防具が支えきれなかった体にもいくつかの傷が未だ癒えずにある。

 

 お待たせしました、と、給仕の娘が二人の前に料理が盛り付けられた大きな皿を置いて行った。上には焼き上がりに特性ソースがかかった分厚い肉が音を立て、色どりというには種類も量も多い温野菜が添えられている。

漂ってくるのは肉汁と香辛料が混じった複雑玄妙な香り。明らかに本職が仕事をしている料理だ。

「食えよ、毎日イモと手焼きの肉ばかりじゃ味気ねえだろ」

男は軽く手を開き、皿をドーラに促した。

「これは正真正銘の奢りだ。前みたいにお前の勘定にはならねーから安心していいぞ」

男の目が宙を見る。

「あんときはなぁ」

「…あの時?」ドーラが目だけを上げる。

「お前が沼地のベースキャンプでぶっ倒れていたのを見つけた時だよ」

「…ああ」つぶやいて再び視線を落とす。

「どこかのハンターがゲリョス討伐中だと聞いてたからテントで動かねーお前を見つけた時はてっきり毒でやられたかと思ったが、まさか腹が減って目が回っていたとはなぁ」

「…うん」

「その後まぁ食うこと食うことw」

嬉しそうにばくばくばくばく、まさか自分の金でとは思わねーでなぁと、男は思い出して笑った。

「…だって…あんたが」

「確かに料理は頼んだが、たった今賞金稼いだ奴がだ、動けないお前をこの村まで運んでくれた恩人から飯も奢って貰えると思っていたとは普通考えねえよw」

しかも遠慮なしにお代わり連発してだぞ、と笑い声。

「まぁ、狩りで稼いだ金をほとんど家族に仕送りしてるんじゃしょうがねえが、醒めちまう前に喰えよ。それとその防具、ちゃんと治しておかねーと今度狩りに行く時困るぞ」

言葉を続けていた男は目の前の娘がいつものような軽口を返してこない事に気付いた。

「何だよお前らしくねーな」

 すると

俯いたままのドーラの体が小刻みに震えだし、その目から大きな涙がぼろぼろ溢れ始めた。

「?」

涙は下膨れの頬を伝い、テーブルに落ちて幾つもの染みを作る。

予想外の成り行きに男は慌てた。

「おいおいこんな所で泣くなよ、誤解されるだろうが」

確かに傍からは別れ話か何かで初心な娘ハンターを泣かしているようにも見え、争い事や暴力沙汰は日常茶飯事の集会所に貴重な痴話喧嘩の雰囲気に周りのハンターを始め、受付嬢までが娘心を湧きたたせる展開に目を輝かして首を伸ばしてこちらの様子をうかがっていた。

「いやいや、何でもないから。皆さーん、僕たちそういう関係じゃないですから」

行商人は慌てて立ち上がると周りに手を振って見せた。

「んだぁ?娘には優しくしてやらねーと駄目だぞぉ」

さっきまでいびきをかいていた筈のハンターが顔を上げる。

「俺も随分泣かしてきた方だが、娘は守ってやらねーとなぁ」「いやー実は俺も昔、娘に追っかけられた事があってなぁ」「それはメスのブルファンゴだろ」

集会所内が妙な空気にざわつき、行商人が必死に否定する。

「だからそういうのじゃないんですったらこのやろう」

どうやら期待している愁嘆場ではない事に気付き、皆の注意が離れていった事に安心して男は再び腰を下ろした。

「ったく、どれだけ話題に飢えているんだよこいつ等は」

視線を移すと若い大剣使いは相変わらず俯いたままだ。

男は頭の後ろで手を組み合わせて目の前の娘、じっと固まったままの娘を見た。

「…怖くなったか」

 

 自分よりはるかに大きな怪物を倒すのだから怖くないわけがない。ましてや瀕死の目に合えばトラウマにもなるだろうし、足も重くなる。

彼が出会った多くの新米ハンターが挫折する切っ掛けもクエストの失敗から狩りを厭う感情が芽生えるからだ。

「金が稼げて、行方不明の親父も探せるからと16の時に北方の開拓地からはるばるやってきてハンターになったが…。まあ、考えて見ればいくら実入りがいいといっても若い娘が続けるには過酷な商売だ。たとえモンスターに殺されなくても痣や生傷はしょっちゅうだし、下手すりゃ手足なくしてで残りの人生を過ごす羽目になる。そうなっても何の保証もねえしなぁ」

「…てえ」

「ん?」

男の耳にドーラが俯いて泣きながら何かつぶやいてる声が届いた。

「なんだって?」

「…高い所さ行きてぇ」

「高い所?山か」

問いかけにドーラはかぶりを振る。

「うんと強くなって、G級になって…もっともっと高い所の景色をみてぇ」

涙と鼻汁でくしゃくしゃになった顔を上げてドーラは答えた。

「お前…」

怖いのではない、いや怖いことは怖いが、それ以上に不甲斐ない自分が悔しくて涙を流した。ハンターとして高見を目指したいと。

 ふ、と男の頬が緩み、まなざしが優しくなる。そして

「押し込んでも食え、ハンターは体が資本だからな。何ならお代わりしたっていいぞ」

いいか、閃光玉、シビレ罠や大樽爆弾、狩りに使うのは武器だけじゃねえ、道具、それと頭を十二分に使いこなせ、それからな…

話ながら励ますつもりか男は何度もドーラの背中を叩き、それが執拗に続くのでだんだん傷に響いてきた。

 

 

「だから痛ってぇって!いたた…」

「気付いたか」

目の前にチョコの安堵した顔があった。

「ああ、なんだちょっと待って…」

地面に寝かされていたようだ。

起き上がって頭を振ると混濁した意識が次第に醒め、記憶が蘇ってきた。

そうだ、チョコとレマーナンとで真っ白いラージャンを狩っている最中でドーラはラージャンの電撃ブレスを受けたのだ。

「ここは… 」

「エリア5、洞窟の中だ」チョコが首を巡らした先ではレマーナンが微笑んで元気ドリンコを口に含んでいる。

「悪ぃ」

狩りの最中で行動不能になる、俗に言う1乙だ。

仲間がいない場合、運が良ければアイルーがキャンプまで荷車で運んでくれる時もあるが、パーティだと今回のように仲間が助けてくれる。運が悪い時はソロもパーティも関係はない、二度と狩りに行けなくなるだけだ。

 

 ギルドでは一度の狩りでメンバーを含め、ドーラのような状態=行動不能を三度繰り返せば任務遂行は不可能判断し撤収するのが規定だ。

3乙終了規定はハンターの命を守る為に作られたもので厳格に運用されている。勿論ギルドの手先がハンターの行動を監視しているわけではないので守る守らないは本人の自由だ(と解釈されている)が、違反がギルドに知れるとハンター資格を剥奪され、集会所で公式な依頼は一切受け付けられなくなる。

実の所ギルドはハンター達が考えている以上に底の知れない組織で、メラル―やアイルー社会とも繋がっており、狩場でのハンターの動向は彼らによって細かく監視されているのだ。

 

 落ち込むドーラに気にするな、とチョコは言った。お互いさまって奴だ。

と言われても気が休まることはない。

「あいつらはどうしてる」

「ペイントボールを当ててあるから見失うことはない、ドドブランゴは2頭共奴と行動を共にしているだろうしな。それよりまず回復だ」

促されてドーラはホットドリンクと秘薬と呼ばれる回復薬グレート以上の効果を持つ特殊な蘇生薬を飲み込んだ。

四肢にみるみる力が蘇る。相変わらず呆れるほどの効果だ。

 

 秘薬、そして古の秘薬と呼ばれる薬は販売されていない。

高度な技術を用いて希少な薬剤を調合する事で得られる。

専門書に沿って複雑な調合術を用いて作られるのだが、使う専門書自体に購入資格が必要で、下位のハンターでは手にする事もできない。

便利すぎる薬は依存に繋がる、下位のモンスターなどは使わなくても狩れるようになれという示唆なのだろう。

それだけに効き目は凄い。秘薬はたった一服で狩りで受けた肉体のダメージを元の状態まで戻す。

更に複雑な古の秘薬などはダメージ回復だけでなく、再び戦える体力までも与える奇跡の薬物だ。

 

 

しかし、回復はしたが、だからと言って前と同じように戦えるものではない。

「あのブレス攻撃」

「初めてか?」

「いや、ブレス自体は初めてじゃないんだが、あの打ち方は経験がない」

口から電撃を放つラージャンのブレス攻撃。通常は光電の塊のような物だが、全身が金色に変化して鬣が伸びた激高と呼ばれる状態になると電撃をビームのように長時間放ち続ける。

その威力は絶大で、下位の装備はもちろんだが、鍛えた城装備でもまともに食らえば体力は大きく削がれ、回復が十分でない場合は1乙=行動不能状態になる。

ただ、攻撃に威力がある分、体にも相応の負荷がかかるようで、ブレスを放つときは普通は相手に向けて踏ん張るように四肢を構えるのだが、白い奴は違った。

咆えるような仕草で天に向ってブレスを放ち、次にそいつをまるで剣を下に振り下ろすようにドーラへ向けてきたのだ。

 

「ああ、あれか」

チョコは頷く。

「同じモンスターでも生息地の違いで習性というか攻撃に差があってな、ビームの振り下ろしは南のラージャンでは結構メジャーな攻撃方法だ。奴らはあらかじめハンターにあたりをつけておいて放ったビームを振り下ろしてくる。ここいらと比較して威力はわずかに劣るが、動作が始まるまでハンターは誰が攻撃されるのか予想が付きにくい」

「厄介だな」

チョコは少し顔をしかめて続けた。

「更に性質が悪いことに時々ビームの軸線を微妙に左右に外して来るんだ。避けたつもりが回避先で当たる時がある、尤も後ろや真横に撃つことはないのでおおよその方向はわかるが」

難しい顔をして黙り込んだドーラを気遣い、チョコは顔を覗きこんだ。

「大丈夫か?」

無言のまま立ち上がったドーラにチョコは言葉をつなぐ。

「レマーナンの言葉じゃないが奴の状態から想定された脅威が始めに思ったよりも大きなものではないと解った。そう言う意味でクエストの目的は達したとも言える。これ以上仲間に狩りを強いるのはあたしのエゴかもしれない」

 

きょとん、とした顔でドーラはチョコを見、ついではじける様に笑いだした。

「姐さん、俺の二つ名っていうか、村でなんて呼ばれてるか知ってるかい」

ドーラは大きく首を鳴らした。

「不屈のドーラ、腕は悪いが諦めも悪いってねw」

続けて動きを確認するように腕を回す。

「続けられるか」

チョコの言葉にドーラは白い歯を見せた。

「乙ったくらいでいちいち落ち込んでたらハンターなんてやってられないさ。まぁ3乙まではしないつもりだけど、そうなったらごめんよ」

チョコは首をすくめてみせた。

「その時は次にかけるさ」

やるだけやってダメだったら仕方ない。そう、楽観的でなければハンターは務まらない。

 

 

「かといってやみくもに続けても結果は同じでしょう」

冷や水を浴びせる様に冷静な声が洞窟に響く。レマーナンだ。

「何か戦略はあるのですか」

片手剣アヤメの刃先を確認し、鞘に収めた後で竜人ハンターは今までもたれていた壁から身を起こした。

「我々の側が圧倒的に不利なのは変わりません。いや、分は悪くなっているといってもいい、今までの戦いで随分消耗しましたからね」

確かに、今や回復薬を始め閃光玉のような道具も心細くなっている。

十分に体力を回復できなければ狩りの成功率は下がる。

「そうだな、自分達だけであいつら三頭を狩ろうというのはかなり無理がかかる」

「どうやら三頭は意図して同じエリアに集合しているようですから、一頭だけ引き剥がして個々に倒すのは無理でしょう。どうするのです?」

 

「手伝って貰おう」

レマーナンは手を広げた。

「どこのハンターにです?メンバーのクロドヤさんは離脱しましたよ」

「あいつらにさ」

「?」

チョコは二人に向き合った。

「同士撃ちを狙う」

「あ」

ドーラは思い当たった。

同じエリアに現れたモンスター同士が体力を消耗し合って自滅する時がある。

大型モンスターではないが、森岡の狩場で増えすぎたブルファンゴを間引きするクエを引き受けた時の事だ。

ブルファンゴは猪に似た偶蹄目の牙獣種、時にドスファンゴと呼ばれる大型個体が発生するポピュラーなモンスターでとにかく気性が荒く、ハンターを見るとすぐに突進してくる狩場の厄介者だが、その時はドーラめがけて暴走したブルファンゴの集団は崖に穿たれた洞窟に避難した彼女に殺到し、遂にその足元で互いに殆どが自滅するまで突進攻撃をやめなかった。自然界のバランスを崩すほどの増殖の結果の集団ヒステリーによる自滅、とも取れる行動。累々と重なったブルファンゴの骸を前にして自然界の不思議と狂気を垣間見た覚えがしたものだ。

チョコは言葉を続ける。

「猟団にいた時だが、あたしは闘技場で何度か二頭の火竜を相手に戦った事がある」

 闘技場 ―  この世界にモンスターがおり、ハンターという職業が存在するならば”狩り”が見世物になるのは必然だろう。

参加者は通常の以来と並んで集会所で募集しているのだが、脅威の除去がメインである通常のクエストとは違い、ハンター達は闘技場で衆目の中、己の狩りの技を披露するのが目的だった。

狩りの手に汗握る緊張感、やがて地を揺るがして倒れ込む巨獣を見る壮快感は生きたモンスターと接する機会が少ない都人にとって絶大な人気があり、チケットは高額で取引されていた。

ギルドが全てのクエストで捕獲を推奨するのは生態研究だけでなく、そんな闘技場に送り込むモンスターを調達する為でもあるのだが、チョコは難易度が高い催しに参加していたらしい。

 

「ああいう限定された場所で複数を相手にするときはわざとモンスター同士がダメージを受けあうような位置どりをする。奴らの大きい体はそれだけでも凶器だ。互いが衝突する、ただそれだけでも体力は削がれていく。おまけにラージャンとドドブランゴの属性は雷と氷で相性が悪い、肉弾だけでなくブレス攻撃も当たれば更にダメージが期待できるだろう」

「しかし闘技場とエリアは違います。エリアは広いし、閉ざされた闘技場と違って逃げようと思えばどこにでも行けますからね」

「常に三頭が固まってハンターを狙って来るのなら闘技場と同じさ」

チョコは背中から矢を一本引き抜き、腰をかがめると吹き込んで積もった雪の上に矢先で点を三つ記した。

目を上げて二人を見る。

「ちょっときついが、攻め方は今までと逆になる。これがモンスターとして、あたしらは出来るだけ奴らが作る三角の中に留まって攻撃を避けながら隙を見て反撃する。出来る限り奴らに攻撃させるんだ。ドーラ、逃げ足に自信は?」

あるもないも、G級は避け方、逃げ足も上手くなければ務まらない。攻撃を欲張るからダメージを受けるのであって、逃げるのが主になるなら大きく体力を削がれる事態にはならない筈だ。

ドーラの答えにチョコは頷いて続けた。

「こちらからは積極的には手を出さない、攻撃を引き出すように立ち回るんだ。勿論奴らが倒れたり隙が出た時は遠慮なく攻める、だが決して無理押しはしない」

「わかった」

即答したドーラに対してレマーナンはしばらく雪につけられた窪みを見ていたが、腕組みを解いてもたれていた岩壁から背を離した。

「いいでしょう」

チョコは強く頷き、腰を伸ばして矢を収める。

「きついが消耗しているのは向こうも同じだ。だが人間と違ってモンスターは仲間を助けたりしない。活路はそこに開ける!」

エリア6へ、人間と竜人の三人は洞窟からモンスターが待つ平原へ飛び出して行った。

 

 

 

説明
長くなった(期間がw)ので今までのあらすじを書きました。

三頭狩りという圧倒的に不利な状況かで命を削るハンター達!
戦いの中でドーラの脳裏に大昔の記憶が蘇る。
そしてチョコが立てた作戦とは、ハンターに勝ち目はあるのか。
 
自分が楽しくて書いているんだなあと思いました。
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