こえのなかの 夕日
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   こえのなかの 夕日

 

 

 

「夕焼けって、大好き」

 

 琴美は、じっと、夕日をみていた。

 

 白い雲が、ピンク色にそまり、だんだんと、濃く色をかえていく。

 

 大輝は、夕焼けがきらいではなかった。

 

 でも、琴美ほど好きなわけでもない。

 

 だけど、こうして、琴美と2人で高台の公園から、夕焼けをみつめているの

は好きだった。

 

 琴美が、大輝の家のとなりに引っ越してきたのは、2人が小学3年のとき

だ。

 

 それから、2人は、おなじ学校、おなじクラスで過ごした。

 

 高校もいっしょになった。

 

 高校2年の今もおなじクラスだ。

 

 2人がつきあっているとうわさになったこともあったが、そんなことはなか

った。

 

 よくいっしょにいて、ときどき、いっしょに買い物にいく。

 

 ただ、それだけだった。

 

 でも、この公園からみる夕日は、いつも2人でみていた。

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 琴美が、引っ越してきた日のことだった。

 

 大輝が家にかえろうとして、公園にゲーム機を忘れていることに気がつい

た。

 

 ひとりで、はしって公園にもどった。

 

 もう夕方になり、人気のなくなった公園。

 

 そこに、琴美がたっていた。

 

 ひとりで、夕日をみていた。

 

 昼間、家族そろってあいさつに来ていたので、琴美の顔は知っていた。

 

「どうしたの」

 

 大輝は、琴美の横に、ならんでたった。

 

「夕焼けって、大好き」

 

 琴美は、大輝の方をみることもなく、夕日をみていた。

 

 大輝も、夕日をみた。

 

 きれいだった。

 

 高台の公園から、町がみえた。

 

 家々の屋根が広がっている。

 

 それが、だんだんと、赤くそまっていくのだ。

 

 空の雲が、ピンク色にそまり、色をかえていく。

 

 山のむこうに、真っ赤な大きな夕日が、だんだんと、沈んでいった。

 

 ただ、ゆっくりと移ろい、かたちが、いろが、夕日が、消えていく。

 

 大輝も琴美とならんで、ただ夕日をみていた。

 

「きれいだね」

 

「うん」

 

 その日から、この公園からの夕日は、2人でみるようになった。

 

 

 

「大輝くん。わたし。あのね」

 

 いつも、だまって夕日をみてる琴美が、今日は大輝の方に顔をむけた。

 

 大輝は、びっくりして琴美をみた。

 

 大輝より、すこし背のひくい琴美が、大輝を見あげていた。

 

「わたし、宇宙にいくんだ」

 

 そういった琴美も顔は、かげになりよく見えなかった。

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 夜空に、二つの月がかがやいている。

 

 新しい月が夜空にのぼってから、もう10年になる。

 

 琴美が宇宙にのぼってからは、もう5年だ。

 

 大輝はそうおもいながら、二つの月を見あげた。

 

 今も、あのころの、琴美の顔をおもい出す。

 

 ショートカットの髪。

 

 あどけないけど、かわいい笑顔。

 

 きゃしゃで、小柄な姿。

 

 新しい月が、地球のまわりを回りだしたとき、世界中がパニックになった。

 

 小学6年だった大輝でも、テレビのニュースを見ていて、そのことがわかっ

た。

 

 最初は、地球に巨大隕石が衝突すると、みんなが騒ぎ出した。

 

 しかし、その巨大隕石は、地球の周回軌道にのった。

 

 次は、地球のまわりを回りだしたその隕石が、何であるのかと、人々が騒ぎ

だした。

 

 ちょうど、地球と月の真ん中の軌道をその隕石が回り出してから、ようやく

人々は冷静にその隕石を調べるようになった。

 

 月の半分ほどの大きさしかないその隕石は、セレーネと呼ばれた。

 

 ギリシャ神話の月の女神。

 

 セレーネは、地球のあたらしい2個目の月になった。

 

「あそこに、琴美はいるのか」

 

 大輝は、セレーネを見あげるたびに、そのことを思い出す。

 

 もう、5年もたった。

 

 あれから、琴美はもどってこない。

 

 大輝は、この町で、ひとりで夕日を見あげていた。

 

 でも、大学に入学してから、それもやめた。

 

 普通にはやりの服をきて、普通に髪型をととのえ、まわりの人たちとおなじ

生活をしている。

 

 もう、見あげるのは、夜空の二つの月だけだ。

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 セレーネが地球の周回軌道を回り出してから、本格的にセレーネの調査が始

まった。

 

 はじめにわかったのは、セレーネが人口の球体であることだ。

 

 定期的に、なにかの電波を発信しているのだ。

 

 だが、それ以上のことはわからなかった。

 

 いろんな憶測が飛びかった。

 

 宇宙人が攻めてくると、空にミサイルをむける国まで出てきた。

 

 調査をつづけるうちに、ある科学者が電波の意味に気がついた。

 

 気がつくというよりも、突然わかったという方が近かった。

 

 その科学者だけが、電波の持つ意味を理解した。

 

 詳しいことは、いまだにわからない。

 

 でも、その電波がつたえるのは、未来予測だった。

 

 その科学者は、セレーネはある種の量子コンピューターであると結論づけ

た。

 

 そして、その電波は、未来の正確なシミュレーション結果を発信していると

いった。

 

 でも、なぜ、その科学者にだけわかったのか。

 

 調べると、その電波に、その科学者の特定の遺伝子が反応していた。

 

 セレーネをつくった誰かと、その遺伝子が関係していることだけがわかっ

た。

 

 全世界で、その遺伝子を持った人間の調査が始まった。

 

 そして、世界で、5人だけがその遺伝子をもっていた。

 

 日本にも、ひとりだけいることがわかった。

 

 それが、琴美だった。

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 夕日が沈むと、二つの月がならんでのぼっていく。

 

 明るくかがやき、ほぼおなじ大きさで、世界の夜をてらしていた。

 

 大輝は、二つの月がのぼるまで、いつも空を見ないようにしていた。

 

 大輝にも、なぜだかわかなかった。

 

 琴美があのセレーネにいるとおもうと、セレーネがのぼるまで自然と下をむ

いてしまう。

 

 今も、琴美はセレーネの上につくられた宇宙基地にいる。

 

 その宇宙基地で、データーの解析を行っている。

 

 特定の遺伝子をもった世界でたった5人の人間だけが、セレーネの発する電

波に意味を理解できる。

 

 その5人が、それを世界中の人間が理解できるデーターに変換しているの

だ。

 

 今、解析できるのは、セレーネの発するデーターのほんの一部だ。

 

 すこし先のことが大まかにわかる程度でしかない。

 

 しかし、それでも、世界は一変した。

 

 株価や為替などの動向がわかる。経済は安定した。

 

 気象も、正確な予測ができるようになった。

 

 災害が減り、農産物の生産も増加した。

 

 戦争も減った。

 

 完全になくなりはしなかったが、敵が攻めてくることが事前にわかのだから

防衛体制がとれる。

 

 それを、繰り返していく内に、戦争を行う意味が失われていった。

 

 世界は、幸せになりはしなかったが、はるかに以前よりはましなものになっ

ていた。

 

 大輝は、そのことがニュースで流されるたびに、なぜだか琴美のことを思い

出す。

 

 あの、夕日にてらされた顔を。

 

 夕焼けをみて、よろこぶ琴美の笑顔を。

 

 琴美は、今もセレーネで、データーの解析をしている。

 

 でも、セレーネからみる夕日は、存在しない。

 

「琴美は、なにを見るのだろう」

 

 大輝には、知ることはできない。

 

 そのことが、なぜだかいらだたしかった。

 

 大輝が、大学からかえってくると、自宅に琴美の母親がきていた。

 

「大輝ちゃん。琴美がかえってくるのよ」

 

 琴美の母親は、大輝の手をにぎり、大喜びしていた。

 

「休暇の順番がまわってきて、うちに帰ってくるのよ」

 

「琴美が」

 

 大輝は、ただ夕日にてらされている、琴美の顔をおもい出していた。

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 テレビで、パレードの中継が映し出されている。

 

 その中に、琴美がいた。

 

 最後に、いっしょに夕日をみてから、5年。

 

 でも、琴美の顔は、あのときとあまりかわらなかった。

 

 大輝は、テレビのなかの、琴美の顔をみていた。

 

 昔のままの琴美が、夢の中にいるよう見える。

 

「世界で、5人だけの人類の救世主」

 

 アナウンサーが繰りかえし、さけんでいる。

 

 大輝は、薄暗い部屋の中で、テレビ画面だけをみていた。

 

 琴美が日本にかえってきてから、大輝はまだ琴美と、あっていない。

 

 世界を救った救世主。

 

 そう言いながら、琴美のまわりには、たくさんの人々が群がった。

 

 マスコミ、有名人、有力者。そして、ただ興味本位であつまった人々。

 

 表彰式、パーティ、パレード。

 

 様々なイベントに、琴美は引きずり回された。

 

 琴美が自宅にかえってくるのは、いつも深夜だった。

 

 大輝は、テレビの画面でしか、琴美をみていない。

 

 夕日がしずみ、二つの月が、なんどものぼった。

 

 町はいくど、夕焼けにそまっただろう。

 

 いくど、二つの月にてらし出されただろう。

 

 いくど、ときが過ぎても、大輝の中の琴美は、あの頃のままだ。

 

 最後に、いっしょに夕日を見あげたまま、止まっている。

 

 今の琴美は、テレビの中にしかいない。

 

 大輝は、自分のときだけが進んでいくような、気がした。

 

 自分は、高校を卒業し、大学は入り、普通の人生を送っている。

 

 琴美は、セレーネにのぼったまま、あのときの時間で、止まっている。

 

 琴美は、なにを見ているのだろう。

 

 琴美は、どんなときを過ごしているのだろう。

 

 大輝には、わからない。

 

 もう、2人の時間は、まじわらないのかもしれない。

 

 その現実が目の前をちらつくと、大輝はいたたまれなくなった。

 

 あの公園から、2人で見あげた夕日が、なつかしい。

 

 あのときは、とまったまま、あの場所にある。

 

 そのままだ。

 

 もう、2人の手が届かないのかもしれない。

 

 琴美が日本にかえってから、あっという間に一週間がすぎた。

 

 その日、突然、琴美のすがたが消えた。

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 夕方からおこなわれる晩餐会に向かう途中で、琴美の行方がわからなくなっ

た。

 

 そのことを、大輝はテレビのニュースで知った。

 

 警察が総動員して、琴美を探しているそうだ。

 

 大輝は、いえを飛び出した。

 

 ただ、はしっていた。

 

 町を、家々の間をはしりぬける。

 

 坂道をくだり、踏切をこえる。

 

 橋をわたり、夕日にきらめきだした、川をこえる。

 

 その先に、ある。

 

 大輝は、なぜだか、そう感じるのだ。

 

 ただ、はしった。

 

 そこを目指して、はしった。

 

 あの場所にむけて。

 

 急な階段を駆けあがる。

 

 息を切らして、のぼりきった。

 

 そこに。琴美がいた。

 

 はじめて、いっしょに夕日をみたときのように。

 

 高台の公園で、琴美がたっていた。

 

 あのときのように、目をそらさず、じっと夕日を見ていた。

 

「琴美」

 

 でも、大輝の声で、夕日をみていた琴美は振りかえった。

 

 振りかえった琴美の顔は、透きとおるほど、青白かった。

 

「大輝くん」

 

 琴美のこえは、あのときのままだった。

 

 大輝は琴美の横にたった。

 

 あのころは、ただ2人で夕日を見ていればよかった。

 

 きれいな夕日を見ていればよかった。

 

「大輝くん。ひさしぶり。元気そうだね」

 

 琴美が笑った。

 

 その笑顔は、頼りなかった。

 

「夕焼け、きれいだな」

 

「うん」

 

 その返事は、力なかった。

 

「琴美のおかげで。世界が平和になって、みんな幸せになって」

 

「うん」

 

「ありがとうな。なんか、ぼくがいうのも変だけど」

 

「うん」

 

「頑張れよ。応援しているから」

 

「うん」

 

「また帰ってきたら。ここで夕日をみような」

 

 琴美の返事はなかった。

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 琴美は、下を、むいていた。

 

「もう。見れないよ」

 

 琴美の体が、震えていた。

 

「わたし!もう夕焼けが見れないよ!」

 

 琴美が顔をあげた。

 

「わたし、未来がわかっちゃうようになったんだよ。セレーネが教えてくれるんだよ。

 

どんなことも。何が、どう変わっていくのかも。

 

夕焼けがどんな色になるのかも。どんな風に色をかえていくのかも。どうやって沈んでいくのか

も。みる前から全部わかっちゃう。

 

そんなんじゃ。夕焼け見れないよ。

 

大輝くん。わたし、もう、夕焼け。きれいに見えない。あんなに好きなのに、あんなに、大好きなのに。

 

大輝くん。わたし。夕焼けきれいに見えないよ」

 

 琴美の目が、必死に、大輝のひとみを見ていた。

 

「でも、わたしがセレーネに行かないと。

 

世界で、5人しかいないんだよ。私たちがやめちゃったら、世界がまた、不幸になっちゃう。

 

やらないといけないのに。

 

でも、わたし。夕焼けが見たいよ。夕焼けきれいって言いたいよ。また、大輝くんといっしょに。

 

夕日が沈むまで、きれいな夕焼け見ていたいよ」

 

 琴美は両手を握りしめ、大輝を見つめていた。

 

「琴美」

 

 高台の公園から見える町に、家々の屋根が広がっていた。

 

「琴美!目をとじて!」

 

 大輝は、握りしめている琴美の両手を、しっかりと握った。

 

「琴美。夕日はあるよ。今、ここにあるよ。夕焼けがきれいだよ」

 

 町の家々の屋根が、だんだんと赤く染まっていく。

 

「琴美。家の屋根が赤くそまっていくよ」

 

 空の雲がピンク色にそまり、色をかえていく。

 

「琴美。空の雲がとてもきれいだ。ピンク色から、だんだんと、赤くなってい

くよ」

 

 話していた大輝の声は、いつの間にか震えていた。

 

 山のむこうに、真っ赤な大きな夕日がだんだんと沈んでいった。

 

「琴美。真っ赤な、大きな夕日が、山のむこうに、消えていくよ」

 

 夕焼けは、移ろい、かたちが、いろが、夕日が、消えていく。

 

 大輝の目から、ほほを伝うものが、流れおち、大輝と琴美の握りあう両手

に、おちていく。

 

「大輝くん。わたし。見えるよ、わたし。夕焼けが、見えるよ」

 

 琴美の声も、震えていた。

 

 琴美のほほを伝ったものも、2人の両手をぬらし、2人の涙がまじってい

く。

 

 2人は、両手を握りあった。

 

 夕焼けは、あの日と変わらない。

 

 いつでも、そこにある。

 

 いつも、2人で見ていた夕日は、2人の中にずっと生きつづける。

 

 2人だけの夕焼けが、ゆっくりと、うつくしく沈んでいった。

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「大輝くん。わたし。あのね」

 

 琴美が大輝を、みつめた。

 

「わたし。大輝くん。大好きだよ」

 

 大輝も琴美を、みつめた。

 

「ぼくもだ」

 

 これからも大輝と琴美は、地球とセレーネで別れて暮らす。

 

 もう、おなじ夕日を見ることはできない。

 

「琴美のかわりに、ここで夕日を見ているよ」

 

 でも、2人でみたあの美しい夕焼けは消えはしない。

 

 赤くそまる家々の屋根も。

 

 美しく色をかえていく雲も。

 

 山のむこうに静かに消えていく、真っ赤な夕日も。

 

 2人のなかの時間は、いつまでも、美しいままだ。

 

「わたしは、大輝くんをみてる」

 

 琴美はまた、セレーネにのぼっていった。

 

 大輝は、この高台の公園から夕日を見あげる。

 

 なにがあっても、なくなりはしない。

 

 2人が忘れないかぎり。

 

 2人が生きていくかぎり。

 

 2人だけの、この大切な場所は。

 

 だから、2人は、はなれいても。

 

 

 

 … こ こ に い る …

 

説明
新しい第2の月、セレーネ。
引き裂かれた2人は。
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タグ
孤独 救い SF 

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