かがみ様への恋文 #8 |
かがみはカレンダーに目をやり、
それから大きくため息をついた。
「もうすぐか……」
それはホワイトデー。
バレンタインデーのお返しをする日。
かがみだってチョコレートをもらったのだから、
お返しをしなければいけないと思っていたのだ。
可愛い年下の男の子からもらった本命のチョコレート。
それがかがみを大いに悩ませていた。
大好きな男の子からもらったのだから、
ありったけの想いをこめたお返しをしたいと思っていた。
せっかくだからおいしいものを作りたいと。
無邪気な笑顔を浮かべて喜んでくれるあの子が見たかった。
そう思って何日も前から準備をしていたのだった。
クッキーを焼こうと。
チョコレートクッキーを。
そう思って作ったはずだった。
「うっ……」
自分の焼いたクッキーを一枚かじったら、そんな声が漏れた。
「苦い……」
確かにそのクッキーは見事にブラックチョコレート色をしていた。
口に含むとほろ苦く、ぼろぼろと溶けていく食感。
そして押し寄せる強い不快感。
ブラックチョコレートの主成分はカカオだけれど、
かがみの作ったクッキーはカーボン百パーセントだ。
わかりやすく言えば、真っ黒に焦げてしまっただけの事。
このくらいあればちょっとくらい失敗しても大丈夫だろうと思い、
多めに買っておいた材料もついに使い果たしてしまった。
時間がない、材料もない、
それなのにいまだに上手くできないクッキー。
かがみは焦っていた。
きっと、渡す相手が料理もできないような男の子なら、
かがみもここまで悩まなかったはずだろう。
ちょっとくらい下手でも気にしなかったかもしれない。
けれど、優一は料理が得意だった。
バレンタインデーに優一からもらったチョコレートが、
あまりにも優秀だったことがかがみのプレッシャーになっている。
もともと料理の得意でないかがみなのだけれど、
それでも下手なものは渡せない。
女として負けられない、なんてプライドのようなものが芽生えていた。
「どうして優くんは男のくせにあんなに料理が上手なのよ!」
逆切れか。
怒りの矛先が優一に向けられた。
「そうよ! 女だから料理が上手くなくちゃいけないなんて前時代的な考え方よ!」
そう叫んだ瞬間、こなたの顔が頭に浮かんだ。
ぷふふっ、とにくたらしく笑っていた。
「こなたのくせに! こなたのくせに!! こなたのくせに!!!」
叫びながら、ダン、ダン、ダンと包丁でまな板を打った。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
奇声と、異音に気づいたつかさが台所を覗いた。
「なんでもないわよ!」
包丁を握りしめ、鬼のような形相で睨みつける姉と目があった瞬間、後悔した。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて回れ右をして逃げ出した。
ふと自分が妹に八つ当たりしてしまったことに気づく。
「あ?、ごめんごめん、怒ってないから戻っておいで、つかさー」
そして手伝ってもらうことにした。
「頑張らなきゃって思うと、なかなかうまくできなくて」
「大事なのは気持ちだと思うよ。
お姉ちゃんが優くんの事を想って作ったっていうことが大切なんだよ」
「べ、別にそんなんじゃないわよ。
下手なのを見せたくないだけよ!
負けてるって思ったらしゃくでしょ!」
つかさと材料を買い出しに行きながら頭を冷やすかがみ。
結局、実力以上のものを作ることができず、
ホワイトでー当日を向かえた。
いつこれを優一に渡すべきか、
前夜からかがみは幾度もシミュレーションという名の妄想を繰り返した。
二人きりになれる静かなところ、
例えば昼休みの屋上だったり、
放課後の教室だったり、
そこでいい感じに渡せるんじゃないかとかがみは思っていた。
いや、期待していた。
ところが、優一は全くそうは思わなかったらしい。
極めて事務的に、あっさりと、呆気なく、
面倒な事をさっさと片付けるかのように済ませてしまった。
朝、校門にさしかかった柊姉妹の視界に優一の姿が映った。
「さわたりさ?ん」
優一は、姉妹の姿には全く気づく様子もなく、
誰かの名前を呼んでいた。
鞄と大きめの紙袋を手に、振り向いた少女に向かって走っていった。
どうやらそれが「さわたり」という子らしい。
ラッピングされた小さな包みを紙袋から取り出し、
その少女に手渡していた。
二、三言葉を交わした後、さよならをして回れ右をした。
「くらたさ?ん」
また別の少女の名を叫びながら、
優一は校庭を駆け回っていた。
何をしているのだろう?
訝しげに思い、校庭で立ち止まっていた柊姉妹。
優一はやっとその存在に気がついたらしい。
「かがみ、せんぱぁ?い」
目一杯大きな声で、満面の笑顔を浮かべながら駆け寄ってきた。
ごそごそと紙袋の中をかき回して、箱を取り出した。
そして他の少女たちにしたのと同じように、
それをかがみに渡したのだ。
「バレンタインデーのお返しです」
そしてかがみは知った。
そうか、あの子たちに渡していたのも全部お返しだったんだなと。
かがみに渡したのと同じ、お返し。
いや、本命だとばかり思っていたかがみも、
その他大勢の義理チョコ組と同列に扱われてしまったということか。
もっとも、優一にはそんなつもりはあるはずもなかった。
ちゃんとかがみには本命用のお礼を渡したのだから。
そんなこと知る由もないかがみはご機嫌を損ねてしまった。
不満を素直に口にできないどころか、
そんな想いが自分の心に潜んでいることさえ素直に認められないことが、
得体の知れない苛立ちとなり拍車をかける。
その可愛い顔立ちはやはり他の女子生徒を魅きつけていたのだと思い知らされたかがみ。
優一は悩んでいた。
てっきりもらえるものだとばかり思っていた、
かがみからのホワイトデーの贈り物。
いつものように一緒にお昼を食べ終わっても、
かがみは一向にそんな素振りを見せない。
それどころか、優一と口を聞こうともしない。
優一がかがみの方に目を向けると、かがみは顔を背けた。
だから悩んでいた。
ひょっとして放課後にくれるつもりなのかな?
それとも、渡し忘れているだけなのかな?
それだったら、教えてあげた方がいいのかな?
先輩、何かわすれてませんか? って。
でもそれじゃあ催促しているみたいだしな…。
まさか自分の些細な振舞がかがみの機嫌を損ねてしまったとは、
夢にも思わないのであった。
結局、優一はかがみに口を聞いてもらうことすらなく、
家に帰ってしまった。
母親の経営する喫茶店で店番をしていた。
実は優一の作るお菓子が、バレンタインデーやホワイトデーになるとよく売れるのだ。
ホワイトデーであるから半分くらいは男性客なのだけれど、
残りの半分は優一の笑顔を見て買っていく近所のマダムなのだ。
そんなマダム達に愛想笑いを振りまきながらも、
客足が途絶えるとレジカウンターにつっぷしてため息をついていた。
「かがみせんぱい……」
とつぶやいたときだった。
店の前の通りに、いるはずのないかがみの姿を見つけた。
よくみてみれば店の前を何度も行き来していた。
ちらちらとドアの方を気にしながら。
ここまで来てしまったものの、店に入るタイミングをつかめないでいた。
そんな姿が、優一から丸見えになっているとも知らずに。
ガラスのドアとは言っても、
外から中の様子が見え難いようになっているのだからしかたのないことでもある。
優一は考えるよりも先に動いていた。
カウンターを飛び出し、ドアに駆け寄り、そして大きく開け放ち、名前を呼んだ。
「かがみ先輩!」
不意打ちを食らったかがみは、慌てふためいた。
なんと言って優一に渡そうか、その言葉がまだ見付かっていなかった。
とりあえず用件だけを言葉にする。
「これ……学校で渡せなかったから」
差し出されたのは、不器用なかがみの気持ち。
「ありがとうございます」
これで曇っていた優一の顔も、たちまち晴れる。
「わざわざ持ってきてくれたんですか?」
「面倒だから、さっさと済ませてしまいたかっただけよ!」
と言うおかしな言葉。
わざわざ届ける方が面倒臭そうだというのに。
「せっかくだから、お茶でも飲んでいってください」
そう言って、とっさにかがみの手を取ってしまった。
「えっ……、でも、急に言われても……」
かがみが戸惑っていたのは、
急に誘われたことではなくて、
不意に手を捕まれたことだった。
「迷惑でしたか……?」
たちまち悲しそうな表情を浮かべる優一。
そして繋いだ手も放されてしまった。
しまった、と思うかがみ。
そんな言葉が言いたかったわけではないはず。
一呼吸置いて、言い直す。
「良いわよ、優くんがどうしてもって言うなら」
「それじゃあ、どうしてもお願いします」
差し出されたかがみの手を再び握った。
*** お知らせ ***
夏コミ参加します。
二日目、東モ59aです。
あと、当サークルでは絵描きさん募集中です。
挿絵描いてくれる人とか。
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かがみがラブレターをもらったら……そんな話の第八話目です。 | ||
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コメント | ||
wwww作者どの乙です(brid) コメントありがとうございます。ぼちぼちストックしていたネタが切れそうです。(moo) かがみんwwwツンデレ爆走中ですな(brid) |
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らき☆すた 柊 かがみ | ||
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