3か月ちょっと前
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校門の前に立って深く深呼吸をする。新入りの門出を迎えるように風が踊る。

一歩踏み出せばそこは違う世界、違う場所、違う環境……どれもこれも知らないものばかりが溢れている。

人生に後戻りは無く、取り返しがつくのかどうかも結構運次第。

ある者は暇を潰し、ある者は上を目指し、ある者は何かを見つけ、ある者は何かを求める……そんな場所だと聞いた。

一体どんな事があるのだろう、どんな奴と出会うのだろう、どんな物を見つけるのだろう

俺はそんな期待を胸に歩みだす……これはそんな日の前に起きた出来事。

 

――――俺の記憶は、三か月ぐらい前までのものしかない。

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目が覚めると、そこは古い部屋だった。

木の床と、椅子と机、そしてベットだけの部屋。そこには道端に倒れていた俺を拾った男の人がいて、名前はハックルと言うらしい。

そこで目覚めたときの俺は、文字の読み書きすら出来ない状態だった……文字も言語も数字すら覚えてなかった。

只食べて、寝て、立って、座って、歩いて、走って、後は何かの絵をひたすら描く位しか出来なかった。

けどハックルによる読み書きの勉強で、言語や、文字、数字を一週間で覚えた。

ハックルの推測だと、無意識に失ったものを取り戻そうとしている、心が忘れてしまった事を思い出そうとしているとか言ってたけど、よくわからない。

上手く喋れるようになった俺は、買い物が出来る位には話せるようになったが、それでもコミュニケーションというものが足りないらしい。

数日後、ハックルと似た男と会った……ディスペルと名乗り、ハックルとは腐れ縁らしい。

そのディスペルは就活というもので忙しいハックルの代わりに来たと言い、俺を連れて日帰りできる程度の賞金稼ぎの旅をした。

その道中で戦い方を習い、心得を学び、生き方を教わった。

「良いか?お前とやりたい事がぴったり合うのはお前だけだ。だから皆でやる事も結局一人でバラバラにやる事になるんだ。辺りを観ろ、宛てを探せ、使えるもんは友でも恋人でも使え」

「こいびと?」

「あー知らんのか……まーいっか。兎に角だ、やりたい事を諦めろとは言わん、立ち止まれとも動き続けろとも言わん、手段を選ぶなともなりふりかまうなとも言わん、ただ落ち着いて周りを観て、使えるものは使う。自分以外を信じるのは3割ぐれーに抑える……そーすりゃ自分にとっての最良解ってのが自然と判るさ」

日帰り旅の中での会話で、俺は生きるというものを学んでいった…「一人で生きる」というのはなんでも間でも一人でやる事ではなく、「自分以外も」使って生きる事だって事を。

そこから数日後、ディスペルとハックルが出会って直ぐに喧嘩になった……一触即発とはこういう事なのだろうか?

ディスペルはのらりくらりとかわしながら二丁銃剣で弾をばら撒き、ハックルは橙の剣と山吹の剣で間合いを詰め続けつつ斬り続ける。

 

「俺のいない間に何を吹き込んだ!?」「生き方さ。でねーと世の中に殺されるからよ」「お前の生き方なんて教育上悪すぎるだろ!」「元はおめーさんの生き方だったんだぜ?それはそーと賞金稼ぎはどーしたんよ?」「辞めたんだよ!アイツの為にも危ない橋を渡る事は出来るか!」

「収入危ねークセにんな事言ってる場合かよ」「金なら溜めておいたさ!後は職に就けられれば!」「賞金稼ぎかバイトぐれーしかした事ねー奴が就職出来んのかよ」「資格の取得も同時進行でやってるっての!」「そっちの方が危なくね?」「直接命を賭ける必要ないからいいんだよ!」

 

お互い物凄いスピードで戦いながら口喧嘩している……会話の内容を聞き取っていると、収入とか就職とかいう言葉が聞こえてくる。

何となく結構苦労してる事は分かったけど、なんであの二人は戦っているのだろうか?口論で済みそうなんだが。

 

「平穏な世界で!穏やかに暮らすことが!人にとっての何よりの幸せなんだ!」「そいつぁ押し付けだよ。旅する者もいれば危険と隣り合わせを歩く奴もいる。その中から見いだせる自分にとっての幸せを得るためにね」「破壊者が何を言うか!」「いいのかな〜?俺は前世のお前なんだぜ?」「抜け殻が何を!」

「だとしてもお前のやって来た事実がここにいる。」「今は違う!」「違わねーさ、自分が見つけたもんしか信じねー相変わらずの自己経験主義者さ!」「お前に違いがわかるか!」「わっかんねーよ!転生しても相変わらずだったからな!」「お前も何度も封印したのに何故何度も出てくる!何故何度も俺の前に現れるんだ!」

「こんな事もあろーかと、便利な神様堕として来たのさ!」「お前また女壊したな!?」「お陰で脱出経路の確保が楽だぜ!」「自慢する事かアホォォォォォ!」「HAHAHAHA!万年女運がねーから悔しかろう!」「やはりお前は人生の汚点だ!」「じゃーどーする?」「消してやる!いつも通りに!」「…………やってみろよ!」

 

……だって、あんなにも仲良しじゃないか。悪かったらあんな会話はしない。あんな事はしない。じゃあ何で?何であんなに戦うんだろうか?

俺は考える、思い出す、自分のこれまでの記憶の中の二人の一字一句、動作、表情、容姿、音……情報を思い出す。

確かハックルは「神様ってのは基本一つの使命……役割を課されていて、それが存在意義となっていて基本になっている」って言ってた

難しそうな顔をした俺を察すると「ざっくり言えば、生き甲斐や生き方を変えられないんだよ……自分からじゃな」と言い換えた。

破壊神は壊す事、創造神は創る事、それ以外に生き甲斐とかを見いだせないって事を言っていた。

「じゃあ浮気をしたりするのは?」

「そ、それは……気の迷いだよ、うん。」

なんかはぐらかされた気がしたから、ディスペルにも同じような質問したっけ。確か答えは……

「夫婦ってのは浮気するもんだからだよ。同じ食いもんばっか食ってると飽きるだろ?それと同じさ。理由や事情があれど、大元はそんなもんなのさ……浮気は文化に在らず命ある者全てのサガなりってな」

「さが?」

「運命とか宿命とか……そーゆー意味さ」

恐らく二人の間にも、何らかの宿命があるのかもしれない……だから戦っているのかもしれない。殺し合ってるのかもしれない。

違うかもしれないけど、俺はそう思っている……まあそれはそれとして、俺はどっちにも死んでほしくない。

けどこのままだとどっちかが……或いはどっちも死んでしまう。

けど下手に手を出せば巻き添えを喰らってこっちが死ぬ……俺はまだ死にたくないし、多分二人とも嫌がると思う。

ならどうする?どう動けば良い?思考が巡る、((手段|カード))は俺の中だけじゃない……周りにもある!

斬り合い撃ちあう二人に向かって翔け出す。二人は何か似ているし、もしかしたら癖も似ているのかもしれない。

そろそろ戦況が長く拮抗すると一撃で決めようとする癖が出る筈だから、そこでリズムを狂わせて調子を崩す!

二人の戦況、拮抗、接触まであと4歩。

二人の戦況、離脱、接触まであと3歩。

 

「良いのかい?俺は死ねねーんだぜ?」

「お前の大元は、俺が置いて行った能力に自我が生まれた思念体……それさえ解れば浄火出来る!!」

「ハッ!ならその前にテメェを抹消してやる!!」

 

二人の戦況、衝突準備、接触まであと2歩……会話が聞こえて来た!

両手に空間歪曲生成、両脚に強化魔法集中、周囲の力の濃度を大まかに測定……熱い。

物凄い力だ、こんなのをどうにかしようとしてるんだな、俺。

そんな力が中心で渦巻くイメージを頭の中で想像、両手の空間歪曲の解放形式設定……完了

二人の戦況、準備完了、接触まであと1歩………………ああ、こんなにも大変なのに、死ぬかもしれないって言うのに……頭の中が物凄く澄んでいて焦りも恐怖もすっと消えていく。

やりたい事とやる事が合致して決まってからやると、こんなにも、こんなにも気分が良いなんて初めて知った。

 

「((往浄|おうじょう))……っ!?」

「((EnD|エンド))……っ!?」

 

二人の戦況、衝突開始、接触まであと0歩二人の射線上、予想通り一致。

自分の身体を回転させつつ、周囲に二人がぶつかり合いながら出し続けた力を巻き込み、自分がいるこの場の次元だけを歪める

繋げろ、繋げろ、繋げろ、繋げろ!

ぶつかる前に、触れられる前に、二人の通り道を作ってやり過ごせ!

手放しの力の手綱を引き、束ね、中心だけを捻じ曲げ、互いに向かって真っすぐ進む二人の軌道を【真っすぐのまま】逸らす!

 

「バッ……か?」

「逃げっ……ろ?」

 

集まった力を集めて次元を歪めた時、目の前が真っ黒になって……そこから先の事は覚えてない。

起きた後で二人に聞いた所、危うく次元の境に取り残される所だったらしい。

まあその前にこっ酷くしかられたわけなんですが……

 

「何であんな危ない事をした!時空を捻じ曲げて即席の並行世界を作り出して支えるって事は、一度自分をその次元の狭間に置くことになる!下手したら帰れなくなるんだぞ!」

「…………」

「空間魔法はちょこっと見せただけで教えてすらいなかったんだが……記憶喪失の影響で物覚えが早いのか?否、あんなん使った事ねーし学習能力が……」

「やっぱりお前が何か吹き込んでたか!お前はいっつも余計な事しか……!」

「言いがかりだっての!ってか就活就活で構ってねーとか保護者としてどーなんよ!?見た目こんなでも頭ん中は二週間ちょい……」

「…………死んでほしくなかったんだ」

「「え」「は?」」

「二人とも俺に色々教えてくれたし、そのお陰で解んなかった事が解ってきて、世の中には色々なものがあるって知ることが出来た。二人共俺にとって大事で、死んでほしくなかった。だから何が何でも止めたかった……だから謝らない。二人の間に使命とか宿命とかあっても関係ない……何度でも殺り合うって言うんなら、俺は何度でも止める」

 

俺が自分の中でその時決めた事を言うと、二人は頭を抱えた後、俺にげんこつした……痛い。

「それに二人とも、ホントは仲が良いようだし」と付け加えて言うと、二人は「どう観ればそんな感想が出るんじゃお前は!」とハモって否定した……なんだ、やっぱり仲良しじゃないか

その後、二人の関係と事情が気になって聞いてみると、二人で何かこそこそと話し合った後、ため息をつきつつ打ち明けた。

 

ハックルは以前は神様が生んだ神造物、ある記録を管理する為の人型プログラムの一種だったらしく、色々あって外の世界に出て来れたらしい。

一緒に封印されていた子供の身体を借りながら神格を積み、一級破壊神の資格を取った事で自前の神格と肉体を得た後、人間として転生したらしい。

ディスペルはその際に、本来消える筈だったのに残ってしまった肉体の中に宿っていた能力から自我が芽生えた存在で、生物としてもグレーゾーンらしい。

目覚めたディスペルは捨て去られ取り残された自身の理不尽に因んで((理不神|リフジン))と名乗り、思うがままに色んなものを壊しては直していったらしい……かつての自分と同じように。

……だがディスペルの((破壊|ソレ))は余りにも容赦がなく、過激なものだった。

それを見かねた神々は、ハックルの記憶を戻してディスペルの処理を命じた。ハックルはそれを実行し、殺すことが出来ない為に自分と同じ弱点を突いて酒気に酔わせ、封印した。

……しかし、命じた神々の世界でディスペルが召喚された事で復活……その世界は月も経たずに滅んだとか何とか。

因みにディスペルを喚び出したのは、比較的能力も神格も低い方だった神らしく、上司のパワハラに心が壊れて自暴自棄になったらしい…………神様って一体……

その光景を見てディスペルは「結局神様ってのもこんなもんか」と思ったらしい。

それから暫くしてふと飽き始めたディスペルは、何かと鉢合わせては戦い鉢合わせては戦い、死ねない消せない滅せない自分を殺せる存在を探して彷徨っていたようだ。

ハックルもハックルであの日ディスペルと戦った事を境に、転生しても転生しても記憶がはっきり残るようになった。

そして何度かの転生の末に、5546人目のハックル・クラッキンとして生まれて今に至る。

 

「……あれから何万、何億、何兆経ったんだろーな」

「もう数えてないよ……ただ言える事は、お前の言った通り、俺は何も変わってなかったよ…………自分からは何も変えられなかった」

「自覚できただけ上出来じゃん」

「気付かされたんだよ、保護されてる側にさ。これじゃどっちがどっちなんだか……」

 

あれほどやり合っていた二人が、急に冷めた感じで語り合う。

河原で殴り合った後の二人のようなスカッとした感じじゃなく、もっとこう……じめっとした感じだ。

二人がこうやって話し合うのが初めてなのかもしれない。とすると……ぎこちないのかな?

 

「とある女教祖サマ曰く、俺が迎える死は本命死……だそーだ」

「なんだそれ?」

「多分、自分が望んだ死に方が出来るんじゃねーの?」

「そうか……実は俺、あのまま刺し違える死に方は悪くないと思っていたんだがな……」

「奇遇だな、俺もだ。けど……あん時ゃ忘れてたが、あのままいってたらアイツが独りぼっちになってたんだよな…………そりゃしくじるわけだ」

「【子は三界の首枷】か……」

 

さんかいのくびかせって何なんだろう……そう思っていた俺を察してディスペルが頭をなでる。

そしてハックルは「お前を置いては逝けないってことだよ。拾った手前ですぐにポイするなんざ、保護者の風上にも置かないしな」と微笑んだ。

こうして俺たちは互いに謝らず、互いを赦す事にした……お互い間違って無かったと思うから。

 

「離婚しても子供に会いたがる父親みてーに、子供は大事だって事さ……覚えておけよ、えっと……」

「あ……名前、付けるの忘れてた。」

「((O|オ))☆((BA|バ))☆((KA|カ))!何週間か過ごして名前の一つも付けねーなんてどーかしてらぁ!」

「う、五月蠅いな!俺だって忙しかったんだよ!賞金稼ぎとか、バイトとか、就活とか資格とか……」

「それよりもまずやる事だろーがマヌケ!おめーそのクセ変わってねーなオイ!」

「今から付ければ問題ないだろ!?えっと……そうだな……うーん…………」

「……マジかよノープランかよ」

 

名前……そういえば俺、名前で呼ばれて無かったな。

結局思い出せないし気にしなくなったけど、これからの事を考えると必要かな……?

そんな事を考えている俺を他所に、二人の口論の末に俺の名前が決まった。

物腰柔らかそうな顔で無茶苦茶をやらかし、女神を娘と抜かした((人間|バカヤロウ))の銘と、生まれた世界に祝福されなかった少年に付く筈だった名前を……

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…………あれから随分経った。

受験勉強の途中でハックルが忙しくなったり、その代理として居候したディスペルが勉強そっちのけで魔法とかを教えたり……

それがバレた時は二人ともハックルに叱られたっけ……筆記試験は自信無かったけど、合格通知が届いて大はしゃぎだったな。

ディスペルなんて「入学祝いじゃぁぁぁぁぁ!!!!」って言ってケーキを持ってきてくれたっけ。

ハックルも負けじとレシピ読みながら料理を振舞って……受かったばかりで働き始めてもないから、お金はまだの筈なのに……

そういえばディスペルから制服をもらったな……足長おじさんよりってそんなカッコつけなくても良いのにさ

名前、生き方、知恵、物……どれもこれももらってばかりだ。俺も二人に何かをあげられるだろうか……

いや、違うか。二人は見返りの為にくれたんじゃない。返せるかどうかって思っちゃ駄目か。

俺も二人みたいに、誰かに何かをあげる事が出来るだろうか……あ、そろそろ行かないと遅刻する。

初日の遅刻は印象悪くするから厳禁だってハックルが行ってたっけ。

 

「それじゃあ…………行くか!」

 

桜の花開き舞い散る中、俺、((遊在|ユーザ))・ワーカーの青春は始まった。

――――――この先の物語は決まっていない……思い出にふけってたら期待の中に半分不安が生まれたけど、どうにかなる気がする

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