眠れない熱帯夜のおはなし
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灯りを消した寝室の片隅で、目覚まし時計の針だけが蛍みたいにぼんやりと光を灯してる。

夏の暑さはピークを過ぎたと言っても、布団をすっぽりと被るには厳しい熱帯夜で、お腹だけは冷やさないようにと掛けた綿のハーフケットも、その下はじんわりと汗がにじんでる。

扇風機の首振りだけがそよそよと大気をなびかせ、寝付けない夜に涼やかさを運んでくれていた。

ふわり。首振りの往復がこちらを向く。華やかな薫りが鼻腔をくすぐり、わたしはどうしようもなく、その人の存在を意識してしまう。

 

「会長、寝ちゃいました?」

 

呼び掛けても返事はなくて、風に乗ったトリートメントのフレグランスと小さな寝息だけが、愛しいその人の存在を強く認識させてくれる。

ハーフケットの下で、誰に見られてるでもないのにこそこそと、僅かな疚しさを感じながら会長の小さな掌に手を伸ばす。

不快指数を増す寝苦しい暑さの中でも、会長の体温は、握った掌の温もりだけは、むしろ心地が良い。気持ち良さそうに眠る会長を眺めている内に、わたしも次第に瞼が重くなってくるのを感じる。

 

…会長は、わたしの安眠薬だ。

 

会長と出会って、最初は怖い人だと感じたけど、学園で過ごす時間の中で、人知れず頑張っている姿を見て、本当は優しい人なんだと知って、この人のために頑張りたい、助けになりたいと思って。

…いつしか自分がこの人の事を、好きになっていた事に気付いて。

ただ側にいるだけで嬉しくて、でももっと近づきたくて、勇気を出して思いを伝えて…会長も、わたしの事を想ってくれていて。

それから、共に過ごす時間の中で次第に、二人でどちらかの家にお泊まりして、こうして一緒に寝る事が当たり前の日常になっていた。

でも、その日常もあと半年もすれば終わる。

会長がこの学園を、卒業して。

 

「会長と、同じ学年だったらよかったのに。」

 

ぼそりとそう呟いた瞬間、目の前のツインテールが揺れて、ぐるりと一回転。

会長が、寝返りと共に私に胸に飛び込んできた。

「にひひ、いじましい事言ってくれるなぁ西住ちゃんはぁ」

「ふぇ、会長今の、聞いてたんですか!?っていうか何時から起きてたんですかっ!?」

胸に顔を埋めてすりすりしてくる会長に、思わず上擦った声で問い詰める。

「んー、西住ちゃんが“寝ちゃいました?”って聞いてきた時からかな?」

それじゃあ、手を握っていた事も、寂しくてこぼした言葉も、最初から気付かれてたんだ…!恥ずかしくて血の気が顔まで上って、顔が熱くなる。

「…会長の、いじわる。」

「にひひー西住ちゃんは可愛いねー」

わたしよりもうんと背丈が低くて、本当に年上なのかと疑うくらい小さなこの人に、わたしはまるで敵わない。何時も手玉に取られっぱなしだ。

 

「…卒業しても、出来るだけ会いに来るからさ。」

「…絶対、約束ですよ。」

 

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鼓動が早鐘を打って、顔まで上った血の気もまだまだ引きそうにない。ようやく眠れそうだったのに、すっかり目が冴えてしまった。

 

…会長は、わたしの気付け薬だ。

 

眠れない熱帯夜は続く。

 

 

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