ミラーズウィザーズ第三章「二人の記憶、二人の願い」09
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「ごめんなさい。私が変なこと聞いたから、空気悪くしちゃったかしら?」

 マリーナはエディに渋い顔を向けた。髪をかき上げる指が少し力無いものに見えた。

「そんなことないよ。みんな、いつかは答えを出さないといけないんだよ。いつまでも魔法学園の生徒でいられないだもん。ここを出て、一人一人が自分の将来を決めて……。私も、その時までに答えを出すから」

「そうね。エディもたまにはいいこと言うじゃない。いつかは、みんなここを出て行くのよね」

(たまにはって、マリーナもユーシーズみたいなこと言うじゃない。ほんとみんな揃いも揃って、私だっていつも馬鹿してるわけ……、あれ? ユーシーズ?)

 心中問いかけてみたのに返事がない。中庭をくまなく見渡しても、お気楽に宙を漂っているはずのその姿は見付からなかった。

「エディ? どうかした?」

 急にきょろきょろと辺りを気にし始めた友人にマリーナは疑問を抱く。幽体の見えぬマリーナには相変わらずエディは挙動不審だろう。

「あ、うん。マリーナ、次の魔術材料工学Uでしょ? 私、講義ないから図書館で自習してるね」

 忙(せわ)しなくベンチから立ち上がると、マリーナを残してエディは駆けるように行ってしまう。有無を言わせぬ行動に、マリーナは渋い顔をした。

「ちょっと、エディ。急にどうしたの?」

 呼び止めるマリーナの声は聞こえていなかったわけではないが、エディはくるりと振り返って手を振るだけで、そのまま走り去った。

 どうにもエディ・カプリコットという人間は、気になることが一つ出来てしまうと、他のことが手に付かない性格であるようだ。本人もその性格を自覚しているのか、執着があると、とにもかくにも行動を起こしてしまう。

 マリーナを残して中庭を駆け抜けたエディはそのまま一目散に学舎に飛び込んでいく。本来ならユーシーズの姿が見えなくなったからといっても、また学園内をふらついているのかと、慌てることもないのだが、先程の会話で思慮する魔女の様子が気になった。

(確か、さっきユーシーズは……)

 エディにはユーシーズの行き先に心当たりがあった。既に入学して半年。エディの新たな生活の場として馴染んできた学園を走り抜けた。

「はぁ、はぁ……。こんな所で何してるのよ」

 急ぎ足で息切れしたままエディは声をかけた。そして、ついつい声を出して喋りかけてしまったことに気付き、エディは右に左に、周りに人影がないことを今更に確かめた。ユーシーズが人払いの魔法での使っているのかと思わせる程に、バストロ魔法学校の廊下はしんと鳴っていた。

 運良く誰もいないのを知り、エディは胸をなで下ろす。もし誰かに見られれば、大きな独り言で訝しげな顔をされただろう。

 エディの予感通り、ユーシーズ・ファルキンは魔法学園のエントランスにいた。幽体らしくふらりと浮くわけでなく、地に足を付けてエントランスに飾られた鎧を見上げていた。その仕草は幽体とは思えないぐらいに現実味に溢れ、まるでエディ自身がそこに立っているように思えてしまう。

〔何じゃ騒がしい。何を慌てておるのじゃ〕

 ゆっくりとエディを顧(かえり)みたユーシーズ。幽体であるから元々生気ない顔なのだが、一段と無表情で、エディと同じ作りの顔なのにどこか恐いと感じてしまう。魔女と呼ばれた少女。その魔性たる所以がそんなところに出ているのかと、小心を抱いてしまう。

「慌ててなんかないよ。ただ、ユーシーズが何も言わずに居なくなるのって珍しいなって、そんな感じ」

 エディの言葉は、どうにも言い訳臭かった。

〔くくく、いつもは勝手にどこへなり行けと言うてるくせに、心配性じゃのう〕

「べ、別にあんたなんか心配なんかしてないよ。なんというか、うん、そう、学内でユーシーズが見られたら、私と誤解されるんだから、ちょっと気になっただけだよ。私以外に見えないんだったら、ちゃんと完全に姿を消してよね。昨日だって寮で見られたでしょ。危うく私、厨房のつまみ食い犯にされるところだったんだから。つまみ食いとマンドラゴラの密造は重罪なんだから。もう少しでクラン会長の呪祷(じゅとう)フルコースを喰らうところだったんだから、都合の悪いときだけ目撃されるのやめてよね」

〔仕方がないじゃろ。霊媒(チャネル)が合えばどんなに苦心しても見られるときは見られるわい。完全に姿を見られぬ投影体というのも難しいんじゃよ〕

 そう言うと、ユーシーズはまた金色の鎧に目を移した。何か想いのこもった瞳。エディはその眼差しが、ときどき空を見上げるユーシーズのものと同じだと気が付いた。

(こういうときのユーシーズって、もしかして昔を懐かしんでるのかな……)

〔だから、主の心中は聞こえておると、何度……。いや、主が故意にしとるのではないからの、それこそ仕方がないの。いや何、さっき話題に上がっていたからの、主の言う通り、単に懐かしくなっただけじゃ〕

「そっか。それあんたを封じた聖騎士バストロの鎧だもんね」

 目の前にある金色の鎧。銘を『ラッパ吹きの鎧(トランペッター)』という。魔女戦争の時に不死の魔女ファルキンと戦ったと伝説に謳われる聖騎士の鎧だ。

〔ここに飾ってあるのは前から知っておるし、何度も見ておるのじゃが、未だにこれには哀愁というか愛執を感じてしまう……、のかもしれぬ〕

「どっちなのよ」

〔くくく、知らぬわ。我とて我の心を全て知っているわけではない。それは主とて変わらぬであろう?〕

「……そうだね。自分自身を完全にわかってる人なんて気持ち悪いよ」

 ユーシーズの言葉を肯定するエディ。まだ数日の付き合いながら、二人は考え方を共有出来るぐらいにまで親密になっていた。容姿が似通っているだけでなく、その思考まで理解出来るようになると、より自分と同じ存在、本当に自分自身(ドッペルゲンガー)のように思えてくる。

〔気持ち悪いか、全く同感じゃ。己が心と己が魂の在り様を暴いた者は真理を得るとも言うが、世の真理ほど知らぬ方がよいものはないわ〕

「ユーシーズは知ってるの? その真理って奴」

〔ふん、どうだかの。我は……、我のことなど知りとうない。この鎧とてそうじゃ。これだけの神秘に近づきしものには関わらぬ方がよい。それなのに、こんな物騒な物を大平に飾るとは、奴の気も知れぬのぅ〕

「でも模造品(レプリカ)でしょ」

〔は? 馬鹿を言うでない。我が視える主の目ならわかろうが〕

「えっ、もしかして本物なの? だってマリーナは模造品(レプリカ)だって……」

 目の前で秘儀(ルーン)を宿し金色に輝く『ラッパ吹き鎧(トランペッター)』。視えるかと言われれば、魔道の揺らめきを持つ神秘(ルーン)文字が確かに視える。深い色。現世ならざる摂理が世界を歪めている。

 まさかマリーナが嘘を付くわけがない。しかし実際に魔女戦争で対峙したらしいユーシーズが見間違うとも考えにくい。ならばマリーナも真贋を知らず巷(ちまた)の噂を信じて勘違いしたのかもしれない。

〔見よ、このクソ忌々しき教会の秘儀(ルーン)を。これはあらゆる異端を滅ぼす為に、この世ならざるもの全てを拒絶する霊装よ。皮肉なものよの、確かにこれを身にすれば、あらゆる魔道を退けられる。どれだけ強力な魔法も通さぬ鉄壁の防御。それはまるで世界を分けるが如き『隔離』の鎧じゃ。しかし同時に救いを与えてくれるはずの神の声も聞こえぬようになりおる。己の信じる神の加護すらも拒絶する退魔の鎧。全くのお笑いじゃ。着れば世界の幽星気(エーテル)を吸えず、並の者なら数分で乾涸らびる。ほんにえげつない鎧じゃて〕

説明
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第三章の09
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タグ
魔法 魔女 魔術 ラノベ ファンタジー 

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