魔弾の王と戦姫〜獅子と黒竜の輪廻曲〜【第2話:勇者対魔物!蘇る銀閃殺法!】
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『アルサス中央都市・セレスタ・ヴォルン家の屋敷』

 

 

 

 

 

 

ティッタの朝は早い。ゆえに、朝一番の早起きが彼女となる。鳥のさえずりがちょうどいい目覚ましとなり、ティッタは起床する。

太陽が昇りかけて、あたりがようやく青白くなってきた頃、昨日のうちに用意していた水で顔を洗い、長い栗色の髪を結んでツインテールにする。それから屋敷中の鎧戸を開けて、外の空気とを入れ替える。

澄み切った空気が鼻孔に入り、ティッタの脳を覚醒させる。今日も一日頑張ります!

決意を改めた勢いのまま、ティッタは慣れた手つきで厨房と食堂を掃除し、いそいで朝食の用意を済ませる。

 

――みんなの前でお腹が鳴っちまうし……――

 

――大丈夫です。あたしが責任もってガイさんのお腹を見張りますから――

 

昨日の昼下がり、そんなやり取りをしてから、ティッタの中には妙な使命感が生まれつつあった。

 

「シシオウ……ガイさんか……」

 

日本語表記にして―獅子王凱―というのが、ヴォルン家の居候の名前だった。

どこか濁音の強い響きのあるこの名は、ブリューヌでは珍しい。後名のほうがガイといい、先姓のほうをシシオウという。

みんなには呼びやすいほうの「ガイ」でいいと、人には言っている。愛称も本名も結局はガイとなるので、そう呼ぶしかないのだか――

 

「あたしがガイさんのお腹の虫さんを見張らなきゃ」

 

そんなことをつぶやきながら、凱が寝泊まりしている貸部屋の前に立つ。ちいさくひとつ深呼吸して、反応がないのを確認すると、静かに戸を開ける。

ベットから起きたばかりなのか、とてつもなく寝起きの良くない人相で立っていた。

乱れた服の中に手を入れて、胸元をかじっている。虚ろな眼差しが寝起きの悪さを示している。

 

「ムクリ……おはよう……ティッタ」

 

凱はこのように、おもむろに声を出して寝起きする。《ブレイブスミス》神剣の刀鍛冶であるリサの癖が知らないうちにうつっていたようだ。

なんともしまらない挨拶とともに、ヴォルン家当主に負けないくらいの寝ぼけ顔をみせた。昨日、あのすごい戦いを繰り広げた人物とは思えない。

もともと、このような凱は決して気の緩んだ行動やしぐさをする人間ではない。

時空防衛勇者隊GGG《ガッツィ・ギャレオリア・ガード》に配属されていた頃では、こうしてのんびり朝起きて夜寝るということがほとんどなかった。GGG組織の規則に拘束されていたわけではない。

常に24時間の臨戦態勢にある緊張感と責任感が、人間のごく自然の営みさえも許さなかったのだ。

だが、今の凱は身に降りかかる未曽有の脅威から解放され、こうして質素でありながら、温かみのある居場所を与えられた。

普通に寝起きし、食し、生活するのが楽しくて仕方がない。そのような環境になれば、気が緩むのも止む無しといえよう。

 

「おはようございます!朝ごはんにしましょう!」

 

改めて振り返る。

 

――この青年こそ、昨日、野盗の首領ドナルベイン一派を蹴散らした獅子王凱なのである――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ごちそうさま……と」

 

両手を合わせ、食事に対する恩恵と、ティッタに対する感謝をこめてお辞儀をした。

テーブルの上に並んでいたハムを入れた卵焼きと麦のパン、ミルク、茸のスープの朝食メニューを平らげ、両手を合わせて言葉をかける。

初めて食べた彼女の料理は、とっても幸せ味だった。すごくおいしそうに食べる凱の表情は、実齢(後日紹介)より幼く見えたし、何だか赤毛の主のようにも見えた。

料理を作ったティッタとて、凱があまりにも美味しそうに食べるから、何だか微笑ましい気持ちでいっぱいになった。

 

「ガイさん、口元についてますよ。これで拭いてくださいな」

 

「あ、悪りィ」

 

「襟も曲がってますよ」

 

「あれれ?」

 

「寝癖もついています」

 

何でもかんでもティッタにされるがままの凱は、あっさりと抵抗をあきらめた。

平らげた食器を片付けながら、ティッタは凱に今日の予定を聞いてみた。

 

「ああ、今日はバートランさんと一緒にユナヴィールの村へ行こうと思う」

 

アルサスには、このセレスタの町以外に4つの村がある。首領を捕縛したから大丈夫かと思うが、ここセレスタに近い村が盗賊団に襲われた可能性は捨てきれない。念のため見ておくべきだと凱は考えている。

 

「ユナヴィールの村へ……ですか?」

 

再度問いただすような口調でティッタは言った。

 

「ここから北西にある村だ。昨日の盗賊団の事で少し気になってな。明日の日暮れには帰れると思う。ティッタはどうするんだ?」

 

屋敷を囲む策の前に、老人とおぼしき人物が、凱の視界に入る。

 

(……誰だ?)

 

気持ちを180度切り替えて、凱は視線だけを窓に見やる。かなり遠くに離れているが、凱の視力にはしっかりとらえられた。

 

「ガイさん、どうしました?」

 

「馬に乗って誰かこっちに向かってきているようだ。一人はバートランさんのようだけど、もうひとりは……」

 

「マスハス様!?」

 

あのぐんずりとした体格には見覚えがあった。それに、年相応の貫禄がある髭を。

最初、ティッタと凱は警戒したが、人物をしっかり認識すると、顔に喜びを浮かべて飛び出した。

 

「バートランさん!マスハス様!お帰りなさい」

 

数日前、雨の日の中、凱と邂逅を果たしたマスハス=ローダントと出くわしたのだった。

肩で息をしながら、二人の老人は果敢に乗り込んできた。火急のようなのだろうか。

 

「ティッタ!それと……」

 

驚いた表情で、マスハスはティッタの隣にいる青年を見やった。

 

「もしや、ガイ殿ではないか?」

 

突然のことでお互い驚いていたが、一呼吸おいて凱は挨拶した。

 

「お久しぶりです。マスハス卿」

 

「どうしてガイ殿がここに?」

 

「それは私から説明します」

 

ティッタは、これまでの事を簡単に説明した。詳細のところをバートランが補足する形で話は進んでいった。

 

「わしが知り合いの貴族に回っている間に……そんなことが」

 

一通り話し終えると、あまりの内容の濃さにマスハスは、思わず大きく息を吐き捨てたものだ。

主不在というだけで、取り巻く環境が変わってくることは予想していた。マスハスもオードを統治する領主だからわかる。

野盗ドナルベイン一派といえば、ヴォージュ山脈に居を構える大盗賊団だ。テリトアールにも襲撃しているとオージェ子爵も言っていた。

 

「ありがとう。ガイ殿、お主がいなければ、今頃どうなっていたことか……といいたいが、事態は急を要する。単刀直入に言おう」

 

「マスハス様、何か悪い事でも?」

 

心配するかのように、ティッタは問いた。

 

「ああ、最悪だ」

 

マスハスは深く呼吸を整えると、重々しく語る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――テナルディエ公爵が、三千の兵を差し向けて、アルサスを焼き払おうとしている――

 

 

――ガヌロンも先んじて、兵をアルサスに向けて動かそうとしている――

 

アルサスに、戦慄が走った。

これは、フェリックス=アーロン=テナルディエの子息、ザイアン率いる三千の軍が、アルサスの地に足を踏み入れる二日前の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『テナルディエ軍がアルサスに接触する二日前』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、マスハスの指示のもと、アルサスの避難が促された。

 

「町の外に出たことのある者、体力のある者をアルサス郊外の山や森へ向かわせる。ティッタには、女子供、老人を神殿へ避難させてくれ」「はい!」

 

「バートランは何とかして、このことをティグルに伝えるのだ」「任せてくだせぇ!!」

 

「ガヌロンのほうは、わしが何とか抑える。」

 

「マスハス様、ガイ殿はどうしましょう?」

 

バートランが凱への指示をマスハスに聞いてみた。

 

「そうじゃな、ガイ殿はティッタを助けてやってくれぬか?」

 

「了解!」

 

青年の力強い返事に皆もまた力強くうなづいた。もし、知っている人間がいれば、勇気あふれる今の凱の顔は、GGG機動隊長だったあの頃と変わらない。

それぞれの、アルサスを守るための戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

『アルサス・ユナヴィールの村・主要公通路』

 

 

 

 

 

いずれにせよ、凱がユナヴィールの村へ行くことに変わりはなかった。

それから、凱とティッタは二手に分かれて行動を開始した。

まず、郊外出経験者組を凱が避難させ、そうでない女子供、老人などはティッタが避難させた。

マスハスから簡単な地図を受けとって、この村を右往左往することになった。

テナルディエ軍三千が差し迫っている事態を、セレスタ以外の町村は知らないはずだ。被害を想定すると尋常じゃなくなる。

避難は予定よりかなり遅れていた。凱が抱いていた不安が見事当たってしまったようだ。

 

 

「あまり進捗は良くないな。このままじゃ……」

 

村自体は思っていたより広くもないし、人口密度も高いわけではない。でも、凱の顔には違った種類の疲労が浮かんでいた。

凱の見立てでは、おそらくアルサスの住民がテナルディエ軍到着まで、避難が間に合いそうにない。

領主不在のアルサスでは、町の有力者や村長は混乱の中で動けず、マスハスの指示を受けてやっと動き出せたところだ。

それだけじゃない。アルサスで暮らしてきた人々は、外界に対する危機感はほぼ皆無である。有力者とて例外ではなかった。

さらに、遠聞にも当然疎い。普段、テナルディエやガヌロンが非道な行いをしていることについても、あまり知らないのだ。

必死の呼びかけにも関わらず、真剣さが伝わらない。

やはり、まだ見たことのないアルサス領主でなければダメなのか……

 

「とにかく、片っ端から知らせる。多少は強引でもやむを得ない。今は時間が命だ」

 

かなりの荒行為を自己提案する凱だったが、今はそれを無理でも肯定するしかなかった。なにより、このような歯がゆい経験はこれが初めてではない。

地球に機界生命体が本格的活動をしたあの頃と同じだ。

日本の首都、東京の新宿に突如出現した「EI−02」を前にして、1千万都民は混乱の極みにあった。これによって、戦闘区域における避難活動の問題解決は急須となった。

長く続いた平和の中で、いつしか危機感という認識が錆ついてしまったのだろう。

所詮、凱に出来ることはたかが知れている。それでも力及ばずながらアルサスの為に、そして何よりティッタの為に、今自分に出来ることをするしかなかった。

 

――彼の左手に輝く、魔物の存在を知らせている、Gの紋章に気づくことなく――

 

 

 

 

 

 

『アルサス郊外・草原平地』

 

 

 

 

 

 

 

アルサスを見下ろせる位置で、中肉中背の男が一人立っていた。

周りには、話し相手などいないはずなのに、何やら独り言を唱えていた。

いや、話し相手はいた。

その相手というのは、今青年の方に乗っている手乗りサイズのトカゲである。先日、とある名家に仕える占い師から提供されたものだ。

なんと、そのトカゲは、どんなに遠いところにいる相手でも話ができるというのだ。

 

―聞こえるか。ヴォジャノーイ―

 

「ふーん……ここに『銃』と『弓』がいるんだね。ドレガヴァク」

 

―残念だが、『弓』のほうは使い手が見つかっておらん―

 

トカゲは、受話者と送受者の意志と言語を仲介し、忙しそうに表情をころころ変える。

 

「本当に残念だよ。まぁ、『銃』だけでも拝みにいくとしますか」

 

こんな辺鄙な地に派遣されたから、なんか釈然としない。せめて楽しみがなければ割に合わないというものだ。

 

―ヴォジャノーイ。『弓』を手に入れる大事な時期だ。あまり事を荒立てぬようにな―

 

「わかってるよ。ドレガヴァク」

 

遠隔通話を終えると、ヴォジャノーイは気分をより一層弾ませて、セレスタの町へ向かっていった。

 

「とはいっても、使い手はともかく、『弓』自体はちゃんと確認しておかないとね。ドレガヴァクによれば、テナルディエの坊ちゃんが軍を率いて、ここへ向かってきているみたいだし……」

 

ヴォジャノーイは、再びアルサスに向けて足を歩み始めた。

 

――これから始まる勇者と魔物の宴を待ちわびて――

 

 

 

 

 

 

 

『アルサス・主要都市セレスタの町・中央広場』

 

 

 

 

 

 

「こっちです!神殿にいれば、襲われることはありません!」

 

セレスタの町の中央で、ティッタによる必死の呼びかけが行われていた。

足腰の思しくない老人や、郊外へ出ることのままならない、体力のない人々が神殿に入るのを確認する。

避難活動にひと段落付いたティッタは、ヴォルン家に戻ってきていた。

警備兵に神殿への避難を進められたが、彼女は「あたしは屋敷にいます」といって断り続けた。

 

――赤い髪の当主を真っ先にお迎えしたいから――

 

もしかしたら、自分がここを離れてしまったら、もう帰ってこないかもしれない。

バートランさんが、必ずティグル様を連れて帰ってきてくれる。

重圧とは異なる不安が、彼女を押しつぶそうとしている。そして、実際にティッタを押しつぶそうとする使者が現れた。

ふと、ティッタは窓を見やる。まだ遠くてよくわからないが、もしかしたら、待ちわびた赤毛の主様が帰ってきたのかも……

今まで閉ざされていた重圧と不安という扉を、不用意に開けてしまった。

 

「ティグル様!?……あ!」

 

違う。完全な人違いだ。

見た目は中肉中背の若者。頭にバンダナを巻いて、獣をあしらった服装をまとっている。

後にヴォジャノーイと名乗る若者は、挨拶もなしに用件を言ってきた。

 

「なあ、ここに『黒い弓』が家宝としてあるってきいたけど、知ってるかい?」

 

明るい笑みを浮かべて、彼なりに優しく呼びかける。しかし、黒い弓という単語を聞いて、ティッタの顔が緊張で張り詰めている。

どうして、家宝の弓を知っている?それも、黒い弓を家宝としてと言っていた。間違いない。この男は知っている。

ティッタは、枯れそうな喉で懸命に声を絞り出す。

 

「……さぁ?何のことでしょう?あたしには何のことだか……」

 

「何ぃ!!」

 

青年の態度が豹変した。楽から怒の表情へ、鋭い目つきを見る限り、先ほどの態度とは180度違う。

 

「んん?おかしいなぁ?確かここにあるって聞いたけど?」

 

わざとらしく考えるふりをして、彼は舌をチョロチョロ出す。やがて舌は尋常ならざる寸法にまで伸びていき、舌の先端で額をかじって人間の仕草を現した。

奇怪な彼のしぐさに、ティッタの背筋は凍り付きそうになった。そのとき、彼の視界に一人の兵士が映る。

 

「ティッタ、様子は……」「来ちゃだめぇぇ!」「邪魔だよ。君」

 

つまらなそうな視線で、青年は兵士を見やる。邪魔をされた苛立ちを晴らすかのように、唾を吐きつけた。

青年の唾液をかけられた兵士は、奇声を上げる間もなく蒸発した。

蒸発された兵士は多分、屋敷で待っているティッタの様子を見に来てくれたのだろうか。

長い舌に、溶解性の唾液、人間の範疇を超えている。既にティッタは額に汗をにじませて、さらに青ざめて腰を抜かしている。

 

「そうかそうか……『弓』はここにはないのかぁ……僕の間違いだったのかな?」

 

そして青年は顔を仰向けて、芝居がかった口調で言う。

 

「だめだ!残念すぎて思わず反吐が出るな!!!」

 

仰々しい物言いに、十分な殺気が感じられる。アルサスに住む、抵抗できない女子供さえも容赦なく殺す気だ。そう思ったとき、ティッタは懸命に声を絞り出す。

 

「待ってください!弓は確かにここにあります!ですから!!……」

 

大事なヴォルン家の代々伝わる家宝だが、やむを得ない。力なき侍女には民を守るための、これが精一杯の行動だった。

急いで屋敷に駆け上がり、弓を大事そうに抱えて少女は戻ってくる。それを見ると、青年はさわやかに微笑んだ。

 

「なんだ。やっぱりあるじゃないか。では確かに」

 

品定めするかのように、ずっと弓を見やる。使い手が見つかっていないのは残念だが、これだけでも収穫ありと思った。

 

「ありがとう。だけどね」

 

刹那、青年はとても大きな麻袋を取り出し、巧みにティッタを袋詰めにする。窒息されては困るので、顔以外を包む格好にした。

口を縄でふさがれ、叫びを上げることすら取り上げられた。、

 

「んんんぐんんんぐぐんん!!!!」

 

「君は僕に嘘をついたから、『弓』と一緒に連れていくよ。観客も増えてきたことだし、そろそろ退散といきますか」

 

そういうと、ヴォジャノーイは自らの影に視線を落とす。すると、袋詰めにされたティッタと彼は眼下の闇に吸い込まれていった。

 

――ティグル様!!……ガイさん!!――

 

 

 

 

 

 

 

 

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その頃バートランは身支度の準備を終えて、、アルサスからライトメリッツに発つ前、ヴォルン家の屋敷に立ち寄ろうとしていた。

長年見慣れた屋敷が見えてきた頃だ。ちょうど半刻前に異変に気づいたのは。

 

「ふえええええ!ティッタお姉ちゃんがぁ!」

 

泣き叫ぶ子供の声も聞こえてきた。バートランはさらに足を急ぐ。子供だけじゃない。その場に居合わせていた大人たちも蒼白な顔で立ち尽くしていた。中には、腰を抜かして動かない者もいた。

 

「あ……ああ!」

 

「一体何があったのじゃ!?ティッタはどうした!?」

 

よほどショックが大きかったのか、しばらくバートランの問いに何も答えられなかった。だが、取り返しのつかなくなる予感がして、無理やり問い詰める。

 

「詳しいことを離してくれ!今すぐに!」

 

仔細が分かったバートランは急いで、小さな紙きれに内容を書き上げた。すぐに内容を見てもらえるよう、荒く丸める。仕方がない。

まず、ユナヴィールの村で避難勧告をしている凱に、セレスタの町で起きた怪事件を知らせる。郊外近くの兵士に伝令を走らせ、自身は何とかマスハスに知らせる。ガヌロン軍と接触する為、アルサス付近の知り合いの貴族に協力を要請するといっていた。

心当たりのある場所に当たれば、マスハスに会えるかもしれない。とにかく行動を開始すべきだ。

 

 

 

 

 

 

 

『半刻後・アルサス・ユナヴィールの村』

 

 

 

 

 

 

「ガイさん!ガイさぁぁぁん!!」

 

やっと避難活動が順調に進んできたところ、凱の下に一人の年若い兵士がやってきた。息を切らせて走ってきた兵士に、凱は見覚えがあった。

 

「一体どうしたんだ?君はたしか、セレスタの門兵」

 

「とにかく、これを読んでください!バートラン様からです!」

 

「バートランさんから?」

 

髪を元に戻し、素早く眼球運動を行い速読する。

つい眉を顰めたくなるほどの文字は、相当急いでいたのだと物語っていると凱は推測した。

 

「これは……」

 

次の一文を読んだとき、思わず、手紙に力がこもる。握られた手紙は大きくしわくちゃになる。

 

――ティッタが何者かに拉致された!――

 

次に仔細には、尋常ならざる舌、一瞬で人間を蒸発させる唾、ヴォルン家の家宝を狙ってやってきた中肉中背の青年等、居合わせた人たちから聞いたことを記していた。

だが、凱にとって、内容は二の次だった。

ティッタが拉致された。それだけで凱が動くには十分な理由だった。

 

(がオーブレスを屋敷に置いてきちまったが……今は時間がない!)

 

避難活動を促す際、不用意な警戒を持たせない意味と、ティッタに信頼を示す二重の意味を込めて、獅子籠手を置いてきた。大事に預かってくれたため、おそらく場所はティッタにしか知らない。

バートランによれば、人間の容姿をしているものの、中身はかなりかけ離れているようだ。例え素手であろうとも、立ち向かうしかない。

 

(左手のGストーンが……疼く?ティッタのところへ導いてくれるのか?)

 

蛍の光のように灯るGの紋章を頼りにして、ティッタの居場所へ行くしかない。

兵士にバートランへ伝言を伝えて、必ずティッタをセレスタへ返すことを約束した。

凱にとって、ティッタにとって、バートランにとって、マスハスにとって、長い、長いアルサスの一日が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そして舞台は、アルサス郊外の平原に戻る――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふふふん♪」

 

上機嫌にヴォジャノーイは鼻歌をかます。肩に担いでいる袋詰めのティッタの事などお構いなしに。

 

「んんんんんんんん!!」

 

「うるさいなぁ、静かにしていてくれ。久しぶりに『弓』が見れて機嫌がいいんだ」

 

後ろに担ぐ袋を忌々し気に見つめながらつぶやいた。

坂道を上って平地に差し掛かったところ、ヴォジャノーイは一人の人影を見つけた。

 

「その娘を、ティッタを離せ」

 

底冷えするような怒気を含めた声で、凱は青年を呼び止めた。

呼び止められた青年は、首をコキコキと鳴らして軽い口調で答える。

 

「なんだ、『銃』、何時の間に来てたの?」

 

「ふぁいふぁん?」

 

凱に向かって銃と呼ぶ自体既に怪しい。凱を呼び合う為のコードネームか何かと理解するしかない。

袋詰めにされて、恐怖と不安をまき散らすティッタ。凱の心には、ティッタを早く助けたいという逸る気持ちでいっぱいになる。

 

「一体何が目的だ?家宝の弓が欲しければ持っていけ。だから……ティッタを離せ」

 

凱は目の前の青年に対し、冷やかに言った。

ヴォルン家の家宝に対して、凱が「勝手に持っていけ」などと言えるはずはない。だが、ティッタの命が掛かっている以上は仕方がない。懲罰があるなら喜んで受けよう。

 

「それは不要な戦いは避けたいということかい?」

 

訝し気に問いただすが、凱の身なりを見て納得する。ティッタの身を最優先して、凱は真っ先に駆け付けたのだ。

 

「そりゃそうだろうね。見たところ、何も持たずにやってきたんだから。僕もそんな人間を脅して倒したところで自慢にはならない」

 

挑発するように長い舌を、ペロリと一回転させる。人間とは思えないほどの舌の長さに、凱の背筋は緊張で張り詰めた。

 

「だけどね。銃と遭遇しておきながら、何もせずに帰ったなんて言ったら、僕はドレガヴァクに怒られるよ」

 

ドレガヴァク。その名は確か、初代ハウスマンの資料に残されていた『人ならざる者』の内の一人だ。

 

「それに……」

 

そう言うと勢いよく、顔だけ出してるティッタを詰め込んだ袋が宙を舞う。器用なことに枝を利用して袋を吊り下げた。

金貨の入った大量の袋を逆さにして、コインチョコのように金貨を頬張る。

 

(金貨を飲み込みやがった!?)

 

ごっくん。そう生々しい擬音が聞こえたのは気のせいだと思いたい。

体積が小さく、比重の最も重い個体金属を、「人間ならば」がばがば飲み込めるはずがない。

深緑に光るGストーンの輝きは、警戒を示すように強く輝きだす。

 

「……この『女神』、一度舐めてみたかったんだ」

 

ティッタに視線を向け、長い、長い、無害性の舌で彼女の頬を伝わせる。言い知れぬ感触に、ティッタの魂は凍り付きそうになった。彼女は恐怖のあまり、双眸に涙を流している。

 

「てめぇ!」

 

凱の握りこぶしが、さらに固く握られる。無意識のうちに凱の怒りの感情が、仕草となって表れる。

 

「というわけで、『銃』の依頼は却下♪早速だけど、正々堂々勝負しようよ」

 

「ティッタを人質に取っているから、俺が満足に戦えないのを承知の上で、正々堂々を言い放つか。癇に触る野郎だぜ」

 

「言っとくけど、僕は常に本気だよ。ただ……」

 

中背の青年は前かがみになって大地を蹴り、猛然と凱に襲い掛かる!

 

「君がまじめなだけだから!」

 

下手な馬車よりも断然速く突貫し、勢いを加えた拳が凱に見舞われる!――だが!!

 

「遅い!」

 

凱は体を捻らせて、ひらりと交わした。中肉中背の青年の踏み込みを見ただけで、既に攻撃の筋を読んでいた。

相手の拳打の軌道を瞬時に見切り、反撃に移る!

 

「俺に肉弾戦を挑むなら!ハンニバル団長の正拳突きを超える拳を繰り出してくるんだな!」

 

ハンニバル=クエイサー。郊外調査騎士団団長。大陸最強の二つ名を持つ禿頭の偉丈夫。60歳。

筋肉の鎧から繰り出される剛腕は岩をも砕く。その勢いは馬車よりも速い。でたらめな高齢者である。

その声からして素手で○ビル○ーツを粉砕する姿を連想する。

神剣の刀鍛冶からは「筋肉ジジイ」と揶揄される。以上。紹介終わり。

模擬戦時の凱とハンニバルの死闘は今でも伝説となっている。

だから、当然の如く凱には――

 

(動きが止まって見えるぜ!!)

 

拳を難なくいなし、返し技の蹴りの一つで軽く若者を吹き飛ばす。蹴られた青年の体はとても堅かった。

 

「ぐふべしぇ!!」

 

意味不明な発音と共に、顔から地面に倒れこむヴォジャノーイ。

優しい笑顔で凱は歩み寄り、今だ木に吊り下げられている袋詰めのティッタに声を掛けた。

 

「待たせたなティッタ。今降ろしてやるから」「僕ってちょっと調子に乗りすぎたかな?」

 

けろっとした表情で立ち上がるヴォジャノーイ。その表情はどこか緊張している。

やはりこの長髪の青年、正攻法では倒せない。ならば、変則技を使うまでだ。

いきなり舌を出したかと思えば、自らの手刀で切断した。突然の行動に、凱とティッタは目を見開いた。

 

「心配しなくてもいいよ。だって……元に戻るから」

 

口をもごもごさせて、調子を整えると、確かに元通りになっていた。やはりこの青年は人間じゃない。

切り払った舌の残骸を、ヴォジャノーイは無造作に放り捨てた。やがてその舌は、誰にも悟らせないように這いずって進む。

 

――もうすこし、もうすこしだ――

 

距離をもうすこし縮めれば、凱をからめとって、自由を奪うことができるはずだ。舌の残骸の正体は、ヴォジャノーイが遠隔操作している肉の一部だった。

 

――いまだ!!――

 

遠隔操作をしていた舌が急激に伸長して、凱の四角に侵入する!

しかし、凱は落ちていた棒切れを拾い上げて、独立行動するその舌を、麺料理の要領で巻き上げて、こぶ結びにして複雑にからめとる。魔術か呪術の類で操られていようとも、物理的に阻害してしまえば、容易に操れないはずだ。

 

「な!!」

 

「お前はこの程度か?」

 

中肉中背の青年は驚きを隠せずに、長髪の青年は落胆を隠さないで言いやる。そして、驚きを隠せずにいた隙を、凱が見逃すはずはない。

 

「返してやるぜ!!」

 

槍投げの形で、ヴォジャノーイに舌の花束を叩き付ける。すさまじい投擲に耐え切れず、後ろからずっこけてしまう。Gの力のおまけつきだ。

 

「ふぁいふぁん!!」

 

「改めて待たせたな。ティッタ。今下に降ろしてやるから」

 

歓喜と安堵の声を上げるティッタ。しかし、既にティッタの視界には、起き上がろうとするヴォジャノーイの姿が映し出されていた。

 

「やっぱりあっちの世界の弓、『銃』は違うなぁ。「舐めて」かかったらいけないや。あ!今ボクってうまいこと言った」

 

舐めるための自分の長い舌をわざとらしく出し、相手をみくびる意味を掛けて揶揄する。凱に敵意を向けるが――その凱は視線を少し彼に反らすだけで相手にしていなかった。

 

「ふぁいふぁん?」

 

――あの野郎、まだ起き上がるのか?――

 

普通の人間なら気絶するほどの一撃を加えたはずなのに、背後の青年は立ち上がろうとしている。

さらには、攻撃を加えた箇所の傷がいつの間にか消えている。つまり――再生。

この時だけ、なぜか機界生命体ゾンダーの再生と重ねて見えたのだ。

 

「ふぁい……ふぁん?」

 

「ごめんなティッタ。もう少し長引きそうだ」

 

子供を諭すような穏やかな口調で、凱はティッタに詫びた。心を落ち着かせてくれる凱の口調に、ティッタは僅かながら安心感を覚えていた。

 

「ふぁいふぁん……」

 

もはやヴォジャノーイなどガン無視である。

 

「しゃべくってねぇでこっち向けやゴルァ!!調子乗ったらその『女神−アマ』から喰っちまうぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――瞬間、凱の視線がゆっくりと青年へと向けられる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……」

 

まさに、蛇に睨まれた蛙……もとい、獅子王(ガイ)に睨まれた蛙だった。

竜の牙より鋭い凱の視線を喰らい、凱から叩き付けられた殺気で、ヴォジャノーイは思わずたじろいでしまった。

 

「なんだ……なんだよ。そんな顔できるなら、僕も最初から本気でいったのに」

 

少し躊躇った後、両手をポンと叩いて決意する。

 

「決めた!僕も本気を出そう!」

 

そう決意すると、体を丸めて、異臭を放つ紫の霧をまき散らす。彼を包み込むように広がる紫の霧は、どうやらガオガイガーのFF時に展開されるEMトルネードと同じ役割を果たしているのだろう。

身体の構造を組み替えるための文言を展開、再構成させ、戦闘態勢へと移行する。

合体破り……もとい、変身破りは勇者の定番なのだが、凱はそんな卑怯なことは絶対にしない。

濃厚な紫の霧が渦を巻いて晴れようとしている。それはまるでファイナルフュージョンに似ているのが滑稽だった。

紫色の皮膚、2アルシンある背丈、蛙を基準とした顔。金の腰布を巻いた蛙男が姿を現した。

ちょうどその頃、馬上の人である二人の老体が、勇者と魔物が対立する現場に居合わせた。

 

「バートラン!ガイ殿は一体どこじゃ!!」

 

「ユナヴィールの村郊外あたりを探しているといっていんですが……あ!あそこですわい!」

 

マスハスもバートランも、最悪の場面に居合わせた形で、やっと凱を発見した。異形の存在も含めて。

この世の不可解と真実を受け入れられないような顔で、マスハスは隣のバートランに話しかけた。

だが、理不尽な状況にも関わらず、マスハスの見たところでは凱のほうが優勢に立っているように見えた。

 

―あれが……魔物なのか?―

 

もはや、マスハスとバートランに入る余地はなかった。

 

「のう、バートラン。小さい頃に乳母の語ってくれた昔話や、吟遊詩人の歌う怪物の歌は覚えておるか。蛙の魔物ヴォジャノーイ。箒の魔女バーバ=ヤガー。白き悪鬼トルバラン。一匹くらいは思い出せんかの」

 

「ヴォジャノーイ。その名はワシも聞いたことがある。確かこんな歌だったわ――蛙の魔物ヴォジャノーイ。降魔の勇者と斯く戦えり。この先は確か……」

 

歌の先を思い出そうとバートランが唸るが、どうしても思い出せない。何か大事な一説だったような気がしてならない。

 

「しかし……あのような魔物と対面しているというのに、ガイ殿は波紋のない水面のように落ち着いておる。気のせいか、逆に魔物のほうが焦っているようにも見えるわ」

 

マスハス同様、バートランもそう感想を抱いた。

 

「シシオウ=ガイ……一体何者なのじゃ?」

 

毒々しい体色に、ぬめぬめした肌、蛙の原型を思わせる頭部は、見るもの人間すべてに生理的嫌悪感と心底沸き上がる恐怖を植え付けるに十分だった。

 

(バイオネットの強化人間みたいな奴だな)

 

蛙の遺伝子を内包させた強化人間と戦ったことがある。人間の肉体をベースにした生体兵器は生機融合体の凱を存分に苦しめた。

 

<自己紹介がまだだったね――ボクの名はヴォジャノーイ。口の悪い人間達は『魔物』なんて呼ぶけどね>

 

こんな蛙の魔物の児戯に付き合う気など毛頭ない凱なのだが――

 

<ヴォジャノーイ……ここからがボクの本領発揮だよ>

 

バックホーンとエコーの聞いたドス黒い声。どうやらこれが本来の魔物の声らしい。

 

「そうか……ヴォジャノーイとはそういう事かよ」

 

凱の故郷に、ヴォジャノーイという魔物がいるという事を、神話か何かで聞いたことがある。

そのまま二足歩行蛙がいるとすれば、まさにあいつのような者を言うのだろう。

 

<以外と驚かないんだね。『銃』。普通の人間ならここで気を失うんだけど>

 

挑発気味に凱を訪ねるが、凱の返事はなかった。

 

「もし、目の前の人ならざる者が、歌の通りだとしたら」

 

マスハスが蒼白な顔になり、叫びあげる!

 

<観客も増えたことだし、そろそろ盛り上げて終わりにさせてもらうよ!!>

 

やや興奮気味なヴォジャノーイ。久しぶりに本当の姿に戻れてやや張り切っているように見えた。

 

「いかん!!!!!ガイ殿!」

 

戦いに集中するあまり、もはや凱の耳にはマスハスの声が届いていなかった。

 

「そいつの舌を紙一重で避けてはならん!!!!」

 

突如、ヴォジャノーイの舌の軌道が変わった!

まるで獰猛な蛇のように、別の生き物のようにうねり、凱の体へ吸い込まれるように強襲する!

 

「ぐああああ!!」

 

物質を瞬時に溶かしかねない強酸性の粘膜を纏わせた舌が、神速の脚力を誇る凱の太ももを直撃した!

 

「ぐっ!!」

 

肉を焼くような不快な音が、煙が立ち述べる!

それだけでなく、凱に傷ついた切り口から、何やら「毒々しい複数色」の紫に変色している!

意識を奪いかねない程の不快な痛覚に耐えかねて、凱は溜まらず膝をついた!

 

<どうやら毒が回ってきたようだね>

 

勇者を「毒」という状態異常にさせたことが、魔物を優越感に滴らせる。

 

「まさに、ブリューヌ昔話に出てくる通りじゃ!そやつの舌は変幻自在!舌の切れ味は、鋼鉄を斬り裂く研ぎ澄まされた刃!」

 

凱の顔色が青ざめている。血液にしみ込んだ毒の成分が血流を阻害し、確実に凱の体温を奪っていく。

奴の舌から垂れた毒液が眼下の草に垂れる。その毒液は、垂れた草さえも瞬時に溶かす強酸性。もちろん、毒の強さは暗殺者集団「七鎖」が使う毒蛇の比ではない。

 

「だめだ!あの傷ついた足で、あの魔物の攻撃をかわすことはできん!」

 

「ワシたちにもどうすることもできないか!」

 

マスハスは深くかみしめて、バートランは無力ゆえの怒りをぶちまけた。一体どうすればいいのか?自分はここまで無力なのか?

凱のように、素手であのような異形な存在に立ち向かう勇気はない。返り討ちに会うのが実情だ。

 

<そういや『銃』もさ、なんでこんな女の子を助けるのに一生懸命になるの?>

 

ヴォジャノーイはドレガヴァクに教わったことがある。人間は利己の為に生きる生物だと。

 

「……俺より、生きられなかった子供がいた……」

 

何言ってんだと言わんばかりの表情をするヴォジャノーイ。その異形の顔がしかめ面を作ると、余計不気味さを増す。

それはマスハスもバートランも、一体何を言ってるんだと思っている。

 

「俺より、生きたかった人達がいた」

 

東の地にて、阿鼻叫喚の戦争の記憶が蘇る。

蹂躙する人外と悪魔の群れ。泣き叫ぶ平和の時代を生きていた人々。目の前に映る全てを救うと錦を掲げ、人間同士で争った動乱の日々。

あの時、ああしていれば、このとき、こうしていれば、目の前に移るすべてを守れた。守れたはずだった。

だが、それはもはや過ぎたことだ。失われた命は二度と帰ってこない。

 

「……第二次代理契約戦争(セカンド・ヴァルバニル)で……そんな多くの生命を殺めてしまった俺にとって……ティッタは掛け替えのない……これからの世代を生きる若人」

 

<わこうど?>

 

「ティッタは……俺の生命に代えても、無事に取り戻す!」

 

――ティッタはまだ15の女の子――

 

――ガイ殿は、新時代の為に、自分の生命を犠牲にしようとしておる――

 

――小さく、幼い生命が懸命に生き、平和に暮らせる時代を目指そうとしている――

 

一つ一つ紡がれる凱の言葉は、まるで贖罪の答えを出そうとしているように思えた。

 

<もういいや。英雄の時代なんてもう終わりだよ。これからはボク達の時代が来るんだ。緑の海と紫の空、人間と竜がおとぎ話になる時代をつくるんだ>

 

「おまえの目に移る時代が何色かは知らないが――どのみち、お前には到底無理だぜ」

 

<なんで?>

 

「戦争が時代を繋ぐんじゃない。時代を繋ぐのは生命そのものだからだ」

 

<銃の過去なんてどうでもいいの。あきらめて死ねや>

 

もう付き合いきれないといわんばかりに、蛙の魔物は戦闘を再開した。

両手を突き合わせ、何やらぶつぶつ呪文を唱えている。

 

〈((投影|クムクム))〉

 

 

ふいに凱の頭上が曇る。恐ろしく巨大な蛙が急降下してくる!

尋常ならざる光景に、マスハスとバートランは顔を引きつらせ、空を見やる。

 

「うおおおおおおおお!!!」

 

刹那、凱が吠える。

大気をスクリーンとして代替えし、プロジェクションビームと同じ原理だと悟った凱は、あえて頭上の蛙へ突っ込んで姿を消す!

分厚い雲を遮ったかのように凱は現れ、ヴォジャノーイの頭上を襲撃する!

 

<しまった!『銃』の間合いに入りすぎた!!〉

 

「ブロウクン……マグナァァァァァム!!」

 

ヴォジャノーイは、自分の奇術を逆手に取られてしまい、交差法気味の正拳付きを額に喰らう!自分が生み出した投影図を、これほどうっとうしく思ったことはない。

先ほどの、ただの一撃ではない!Gパワーを存分に込めた一撃だ!左手ではない、右手にGの紋章を輝かせて!

生身によるブロウクンマグナムだが、十分に聞いたはずだ!

だが――

 

<う……うううう!>

 

蛙の魔物は頭を押さえ、意識を保とうとする。Gパワーの効果は十分現れている。それでも、この魔物には決定打にならなかった。

 

<いてて……銀閃の主や凍漣の主でさえ、こんな痛み味わったことなんてなかったのに……僕が生身でここまでやられるなんて>

 

金色の目が開かれている。明確な殺意を以て――

 

<やっぱり『銃』は舐めてかかったらいけないや。もうボクには油断はない!>

 

「だめじゃ!ガイ殿に勝ち目はない!せめて……せめてガイ殿に剣を持たせることができれば……」

 

絶望のあまり、顔を伏せるマスハス。そのとき、ふと脇にさしていた得物に視線が動く。

 

(……これじゃ!)

 

ローダント家に代々受け継がれてきた家宝の剣。その教えを守るときが――今だ!

 

「ガイ殿!この剣を使うのじゃ!」

 

マスハスは脇から剣を外し、凱に向けて放り投げた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――二度と生命を刈り取る刃を手に取らないと誓ったはずの勇者は、剣を再び手にした――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、鞘から刃を抜こうとはしなかった。

 

(俺は……俺は……)

 

なぜだ?そう疑問を抱いたのは、マスハスとバートランだった。

 

「ガイ殿?」

 

なぜ、凱は刃を抜こうとしない?

なぜ、抜けるはずの右手は震えている?小刻みに――

 

<おい、勇者様が魔物を斬ることに、何オドオドしてんのさ?だったら、僕があの女の子を先に殺してあげる。目覚めさせてあげるよ!>

 

魔物の攻撃対象がティッタに移る!命を駆られる瞬間にマスハスとバートランは悲痛の叫びをあげる!

 

「いかん!ティッタ!」

 

「ティッタァァァ!!」

 

ティッタが……殺される!

すかさず、剣の握り部に手を掛ける!

そう現実を理解した時、凱はタガが外れたように心の束縛を振りほどこうとする!!

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

殺さずとコロセの感情が、凱を激しく高ぶらせる!

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

凱!やらなければ!ティッタが殺されちまうんだぞ!

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

躊躇している余裕はない!

 

「あああああああああああああああ!!!!!!」

 

ヤレ!やるんだ!ガイ!

 

「あああああああああああああああああ!!!!!」

 

そして今!最強の獅子が、殺さずの誓いを……今……破る!!

 

「たああああああああああああああ!!!!」

 

神速を超えた踏み込みで、目の前の敵に迫る凱!

心の檻を食いちぎった獅子は、魔物を食い殺そうと猛然と迫る!

 

<ひっかかったな!銃!>

 

ヴォジャノーイの舌が不規則に軌道を変え、凱の背後へ差し迫る!

 

<後ろから突き殺してやる!>

 

今までにない強酸性を有した舌が、凱に紙一重で差し迫ろうとしている!捕えた!魔物はそう確信をする!

しかし、凱はなんと――背後から迫る鋼の舌に対してキリもみ状――にかわし、反撃に転じた!それはさながら身体が蛇のように長い「海竜」の動きのように――

人間の骨格構造を無視した空前絶後の回避体術に、ヴォジャノーイは完全に度胆を抜かれた!!

 

<なんなんだよ!?なんなんだよ!?なんなんだよ!?なんなんだよ!?こんなの人間のできる動きじゃない!まるで別人じゃないか!!>

 

何の変哲もない普通の剣が、ヴォジャノーイには凶剣に見えている!

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

ローダント家の剣に、凱のGパワーが伝わっていく!

数多の人外、無数の悪魔、竜の群れを惨殺せしめた剣技が、今……アルサスにて蘇る!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「銀閃殺法!!((海竜剣|リヴァイアサン))・((大海嘯|タイダルウェーブ))!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深緑の煌気(オーラ)を乗せた剣が、降魔の斬輝となって魔物の体を斬り裂いた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凱の技のすごさに、マスハス達は100数えるほど黙って立ち尽くしていた。

竜の爪より鋭い視線のままで、勇者は魔物を見下していた。

そこには、勝ち誇ることなく、かといって苦した表情さえも見せていない。

本当に、目の前で起きたことが真実なのか?それを受け入れるには時間を要した。

今の凱には、『心の中に巣食う獅子』が眠りから覚めてしまっていたのだ。

 

――あれが、本当に穏やかだったガイ殿だったのか?――

慈愛性の中に隠された、凶暴性という、凱が持つもう一つの側面。

言い表せない矛盾が、凱を除く一人の少女と二人の老人の心を重くする。

 

「ガイ殿……」

 

バートランが気遣うような口調でつぶやく。

 

「わしもこれまで戦場をかけめぐったことがあるが、あのようなすごい技を見たことがない」

 

驚きを隠せないでいたのは、マスハスとて例外ではなかった。

瞬間、マスハスから渡された剣が、音もなく崩れ去った。

空気と大気の急激な摩擦熱に加え、凱が伝わせたGパワーが上乗せされていたのだ。地上界の物質における臨界点を、獅子王凱はゆうに超えてしまっていたのだ。

それほどまでに、凱の剣撃は鋭かったという事だ。

 

「ガイ殿の技に、剣が耐え切れず燃え尽きてしまったのか?」

 

代々伝わる家宝の剣の末路を見届けて、マスハスはそっと目を閉じた。

 

「……すみません。マスハス卿」

 

落ち着きを取り戻した凱は、いつもの静かな口調で謝罪した。

 

「いや、いいんじゃ。むしろ、ティッタの生命を救えたのじゃ。この剣も本望じゃて」

 

落ち込むどころか、むしろ誇らしげにマスハスは返事をした。

ローダント家の剣は、その役目を立派に果たしたのだ。父と剣に弔いと礼の言葉を捧げよう。

 

<ううう……くそ……降魔の斬輝で……さえここ……まで傷つけ……ることが出来ない……のに>

 

文字通り、地面にへばりついている蛙のように、ヴォジャノーイは驚愕していた。そのつぶやきは、あまりにも小さく、独り言のように。

それとは知らず、凱の中に一つの不安が生まれようとしていた。

 

「ありがとう。ガイ殿」

 

バートランの感謝の言葉が、凱を勇気づけた。

 

「ガイさん……ありがとうございます!」

 

袋詰めにされていたティッタが解放され、最初の言葉がそれだった。

ティッタの無垢な笑顔に、凱は心が救われたような気がした。

 

(俺のほうこそ、ありがとうな。ティッタ)

 

心の中の獅子に負けなかったのは、ティッタがいてくれたからだ。

凱は心の中で、ひそかに感謝したのだった。

ありがとう。俺を恐れないでくれて――

ありがとう。俺を受け入れてくれて――

 

本当に、本当に、ありがとう。

 

凱は、心の中で何度も何度も感謝の言葉を繰り返していた。

 

――セシリー、俺はまだ、君と同じ『目の前に映る全てを救う』信念に、すがっていたい――

説明
竜具を介して心に問う。 この小説は「魔弾の王と戦姫」「聖剣の刀鍛冶」「勇者王ガオガイガー」の二次小説です。 注意:3作品が分からない方には、分から...
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聖剣の刀鍛冶 勇者王ガオガイガー 魔弾の王と戦姫 

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