紫閃の軌跡 |
〜グランセル城 宰相執務室〜
アスベル、ルドガー、セリカ、そしてシュトレオン王子という『転生組』が向かった先はシュトレオン王子の執務室。とりあえず四人はソファーに座ると、話を切り出したのはシュトレオン王子からだ。一応、念のためにアスベルは遮音の結界を張り、扉のノック音だけは通すようにしている。
「さて、この中の面子で言えばアスベルとルドガーが対象になるのだが……今月末の通商会議、お前ら二人にはテロリスト関連の対処を頼みたい」
「成程な。ま、妥当なラインだが……」
「それなら、私は何故呼ばれたのですか?」
「セリカには列車砲の対処だな。万が一“F”と呼ばれる奴が出てきたとき、その相手を任せることになるかもしれない」
「……聞いたことないですね、“F”という人物は」
「それもそうだ。俺もレオンハルト少佐から報告を受けた時は耳を疑ったからな」
先月の夏至祭の襲撃事件の時、レオンハルト少佐は偶然にも“F”と呼ばれる女性と対峙した、とのことだ。その実力は彼曰く『ブルブランの様なトリッキーな相手』と評していた。事件収束後にその仔細を聞いたシュトレオン王子はため息を吐いたが……
「“執行者”クラスなのは違いないということなんだが……ルドガー?」
「あー……多分ソイツ、推測からするに『転生者』だ。お前も良く知ってる奴だよ」
「はあ?………って、まさかアイツとか言わないよな?」
「いや、多分シオンが思ってる奴で合ってると思う……」
「マジかよ……」
「あー……」
実力的な問題ではなく、彼女の行動原理自体がヤバいのだ。その逆鱗に触れたらどうなるか解ったものではない。その厄介さには四人そろってため息をついた。いざとなったら気絶させてでも事態を切り抜けるのが得策であろうと思いつつ、次の話題に移ることにした。
「で、セリカには申し訳なく思うんだが……通商会議の時、リベール側としては加減なしで本気の策を講じるつもりだ。その為に不戦条約を大幅に強化したからな……条約に代わるというよりは、その条約を一定のベースとして西ゼムリア地方全体の安全保障バランスを“崩す”つもりだ」
「え……」
「本気でクロスベル問題に踏み入れるって訳か……でも、いいのか? この国にしてみれば国際犯罪組織扱いに属している俺が聞いても……」
「ルドガーにとって不利益にならないことを条件とするならば、この程度話しても問題はないと判断させてもらった。どの道、こちらやアルノール家の護衛という形で関わってもらう訳だし」
「……ま、アイツらから逃げるよか一兆倍マシだから、構わないが……」
その後は久々ののんびりとした会話を楽しんだ後、夕食まで城内をぶらつくと言って出ていったルドガーとセリカを見届けた後、その場に残ったアスベルとシュトレオン王子は再びソファーに座った。
「で、クロスベルに本気で楔を打ち込むってことは、例のカードの内何枚かを切るんだな?」
「ああ。<百日事変>でのロレント襲撃未遂および領土無断侵入、そして結社との契約。それと俺やクローゼの両親に関わる事件を公表する。遊撃士協会襲撃事件の事は伏せる形にはなるが、疑いは掛けられるだろう。これで<赤い星座>や<赤い星座>のみならず、エレボニア帝国やカルバード共和国にも大ダメージを与える。そして、クロスベル側がテロリストを拘束する際、妨害が予想されるだろうからリベール・レミフェリア・アルテリアの三国による委任状、先日頂いた拘束権限を利用させてもらう。それに、通商会議にはさらに参加者が増えるらしいからな……彼女の立場を利用するようで悪いが、その対価はある程度予想できることだし」
前もってクロスベルにいる面々には、できるだけ現状の影響を変えないようお願いはしてある。彼等もその影響による不確定要素を出来るだけ排除しておきたいということもあってか、今のところ順調ではある。そんな中、シュトレオン王子はもう一つの話を切り出した。
「そういや、アスベルはトールズ士官学院にいたから知らなかったことかもしれないが、軍事的な出来事が一件あったんだった」
「軍事的? ……軍事演習みたいなものか?」
「まぁ、概ねそれに近い。オブザーバーとして見ていた俺もそれには目を疑ったほどだ」
時期は七月中旬―――教団事件からおおよそ一ヶ月後にまで遡る。帝国東部の最大規模を誇るガレリア要塞の演習場にて、とある演習が行われることとなった。参加しているのは帝国第五師団の戦車部隊と
「『アハツェン』揃い踏みの相手にクロスベル警備隊の装甲車部隊と演習って……どうみても、事故を装って抹殺する気満々だったな」
「だが、今の警備隊の中枢には元“西風”の面々が多い。それに“西風”自体<百日戦役>の経験をしているものが多かったからな………戦車を単独で破壊したその技量は本当に勉強になる」
「機動力では装甲車に軍配が上がるからな。それに元々、教本通りの戦闘なんて既にこなした連中が教えれば……結果は見えたも同然だろ。流石に一介の兵士が戦車を壊せるほどにまでなっていたらドン引きものだが」
それでも納得のいかない第五師団の司令官は『インチキ』だと言い放ったが、それにキレた警備隊の司令が顔面を凹ます勢いでぶん殴り、結果的に気絶。それでも徹底抗戦しようとしていた面々に対して鶴の一声を放ったのは、その演習の審判を務めていた第四師団の司令官であった。クロスベルからのオブザーバーという形でシュトレオン王子とカシウス中将も見ていたのだが、一ヶ月でリハビリどころではなくなっていたその実力には、押し黙る他なかったという。
「帝国時報に載ってなかったところをみるに、情報局か鉄道憲兵隊―――“子供達”の介入があったと考えるのが自然な流れだな」
「案の定、こちらにも“脅し”をかけてきたよ……威圧したら押し黙ったけれど」
「お前とカシウス中将のどちらかでも反則もいいところだろうに……」
あの場で仮に武器を向けようものなら、返す刃で拘束されるのがオチだろう。そうしなかっただけでも褒めて然るべきなのかもしれない。ただ、本当の問題はこの先―――通商会議後に予測されるであろう事態に対しての“全ての対処策”についてだ。現状のエレボニアの動きから見るに、リベールも無関係で通せる保障はほぼ0の状態に他ならない。
「……正直言って、エレボニアの民に手をかけるような事態は避けたい。だが、相手に銃を向けられたときはその限りではいられなくなる。最悪の場合、国内世論が開戦の流れに傾く可能性すらあるからな」
「十二年前の戦争、二年前の領土無断侵入、それに拍車を掛ける形となれば少なくとも自治州側の住民の感情は悪い方向に一気に傾く」
不戦条約の共同提唱国ということもそうだが、元々積極的侵攻を是とはしていないスタンスは十二年前から変わりない。だが、相手から自国を脅かす行為がなされた場合、その限りではないとシュトレオン王子は話す。十二年前の<百日戦役>の恐怖を鮮明に覚えているものは数多くいる……彼の知り合いにもそれを直に経験してしまったものがいるほどに、戦争の傷は完全に癒えていないのが現実なのだ。
「交渉の『逃げ道』ぐらいは残すが、それ以上の情けは捨てなければならないとは思う。お祖母様―――陛下にも既にこの話は通した。使わずに済めば越したことはないが……そういえば、アスベル。二年前にカシウス中将に出した『焔の矢計画』―――三つのプランの残り一つのことなんだが、草案には概要しか書かれていなかったが……アレは一体何を想定して提出したんだ?」
元々二年前の<百日事変>では発動させる予定の無かった対抗策―――『焔の矢計画』。シュトレオン王子やカシウス中将ですらその草案である概要文でしか受け取っていない。その問いかけに対し、アスベルは一つ息を吐くと……真剣な表情を浮かべて、説明を始める。
「……迂闊に書くわけにはいかなかったんだよ。何せ最後の対抗策である『焔の矢計画』は、リベールにとってみれば禁断の領域に踏み込むことになる“軍事行動”そのものなのだから」
「……―――成程な。俺達がある程度の仔細を知っているのは最大でも二ヶ月後。その更に二ヶ月後のシナリオを踏まえた策ということか」
「それもあると言えばあるんだけど……二年前の段階だと不確定要素が多すぎる上に情報漏洩の危険もあったから、かなりぼかした表現で立案し、提出したのさ」
アスベルの考えた『焔の矢計画』。それは、迫りくるであろう『先のみえない未来』を見据えた軍事作戦の概要。転生者の中で最もその知識を持つ彼ですら、約二ヶ月後までの詳細な知識しか持たない。つまり、ここからはエレボニアの『貴族連合』とでも呼称しておこう…彼等との本気の知恵比べ・読み合いに発展する。
「内戦で真っ先に考えられるのは現状の正規軍との戦闘。その前後辺りに『本土奪還』という大義名分を以て、リベールに戦争を吹っ掛けてくる可能性だな。彼等の協力者に結社が関わっているのはほぼ確実だし」
「だから『グロリアス』の解析も含め、戦備増強を行ったという訳か。ま、不戦条約でパワーバランスを謳っている以上装備更新という形にはできたから、ありがたくはあるが……」
カイエン公が自治州の元貴族の面々と対談したという事実。恐らくは内応を狙った形での“脅し”を掛けたものとみられる。その辺りに関してはシュトレオン王子も把握済で、アルトハイム家を通して個別の対応を既に取り付けていて、足りない人手は遊撃士協会にも依頼をして埋めているのが現状だ。向こうはいくつかの切り札を頼みにするのだろうが、それに対する手段は既に構築済みだ。問題は……
「リベールとエレボニアが万が一“戦争状態”に陥った際、国境を超えての軍事行動ともなれば不戦条約の提唱国としての名誉に傷がつきかねない……というわけで、殿下。通商会議での一件が済んだ段階で、先日エレボニア側から許可してもらった権限に追加条項加えるようお願いできますか?」
「まぁ、リベール側からすれば元より賠償を求めるつもりはないし、それぐらいならば王国議会も納得はしてくれるだろう。で、どういう条項を追加すればいいんだ?」
「それはですね―――」
アスベルとの会話を終え、彼と別れたシュトレオン王子が真剣な表情を浮かべつつ向かった先は、女王陛下の居る謁見の間であった。その場所に入ると、丁度良くカシウス中将の姿が見えた。どうやら何らかの報告を受けている様であったが、シュトレオン王子の入室に気付いたアリシア女王とカシウス中将が揃ってシュトレオン王子の方を見やった。
「あら……どうかしましたか、シュトレオン」
「おや、殿下ではありませんか……表情を見るに、大事なお話とお見受けしますが」
「御祖母様に中将殿。……ちょうどよかったです。これから話すことは王国軍にも関わる故、カシウス中将も耳に入れてほしいことです。まぁ、あまり時間は取らせませんよ」
そうしてシュトレオン王子はアスベルより齎された『焔の矢計画』の詳細な概要。そして、それに付随する先日のテロリスト絡みでの権限の追加条項案を話す。その説明を聞いた二人の反応は……あまりにも現実からかけ離れている、とでも言わんばかりに目を見開いていた。シュトレオン王子はそれに気づいた上で、こう補足した。
「確かに、無闇に力を振り回せば関係の無い人にまでその被害が及ぶのは紛れもない事実。だが……俺は、いや私はアルノール家に対して一定の理解はしますが、完全に許すことなど到底できないかもしれません…とりわけ、今のエレボニアの国家元首に対しては」
今のエレボニア帝国の国家元首が全面的に悪い、とまで言うつもりはない。だが、権力を持つ人間の暴走を“皇”の持ちうる絶対的力で抑えきれなかったからこそ、この国は地獄を見た。彼も地獄を見た。彼女はその記憶などないが、実質的には地獄を見た。この国のあらゆる大切なものをかの国らが奪ったという事実は否定することのできない現実だ。
「戦火を出来る限り広げることなく、我が国にとって『必要最小限の被害を以て』万が一起こりうるであろう戦争を終結させる―――だからこそ、アスベルはこの策を講じ、私もこの策に対しては容認するつもりです……現状では、あくまでも案の一つとして、お考えください。それでは」
そう言い切ると、踵を返して謁見の間を立ち去るシュトレオン王子。それをただ黙って見届けると、カシウス中将はアリシア女王の方を向き、真剣な表情で先程の事に関して呟く。
「どうやら、私もまだまだ覚悟が足りなかったようです。この国を守り切るために、自らの手を血に染める覚悟は彼等の方が強い……軍人として、失格なのかもしれませんな」
「いえ、カシウス殿だけではありません。私もその可能性があることを知りながら、心の片隅に追いやっていました。確かに我が国は積極的侵攻を是とはしておりません。ですが、今のままで国民は納得するでしょうか。私に出来るのは、彼等のいう事態にはなってほしくないと願うことぐらいです」
「陛下……」
アリシア女王の言いたいことはカシウス中将にもよく理解している。かつてこの国を襲った戦争により、自らの身近な人が命を奪われそうになった事実が今も尚鮮明に残っている。そして、その時からシュトレオン王子に先ほど聞いた策を提唱した人物は自ら剣を取って今も尚戦い続けている。
「一回り以上年が離れた若者の方が覚悟を決めていることに、正直自分自身が情けないです……陛下、シュトレオン王子の策も想定した上で対応策を将軍らと話し合いますが、それでよろしいでしょうか?」
「ええ……ですが、あくまでも対話最優先のスタンスは崩さない―――そのことだけは、念を押してください」
「解っております」
かつての小国では対話のみを追い求めることもできただろう……だが、元帝国・共和国領を有する以上無関係のまま通せるとは限らない。“三大国”の一角として厳しいかじ取りを迫られていることを強く感じたアリシア女王とカシウス中将であった。
さて、この辺りは少し捕捉を挟む必要があったと思ったので解説を。
こうなった展開の要素としては
・百日戦役後の領土と賠償金関連(原作ではほぼ皆無のはず)
・戦争による猟兵団の介入(なので、リベールの民にとっての印象は様々だったりします)
・航空技術の発展(主にアルセイユ絡み)
・王国軍の練度
・王国の経済規模
という様々な要素が含んだ結果となります。あくまでも対話を続けるスタンスは貫くものの、最悪の事態に備えての軍備増強という言葉の方が正しいでしょう。まぁ、転生者の面子はその辺りの戦争を経験はしていなくとも、知識としては知っているわけですからね。
で、ルドガーに対して指名手配しないのは、同じ境遇の好というのもあるのですが……惚れている人らのうち一人が『ヤバい』と言えばわかるかとw 他の二人もヤバいですがw
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第88話 白隼の苦渋 | ||
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