怪人二人.エピローグ
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 歳月は流れた―

 

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 多くの人々が行き交うとある地方都市。駅前繁華街には飲食店が点々としている。

 その内の一つである地下街の定食屋。規模こそ小さいが客は多く、営業中は店員たちの呼びかけが店の中に響き渡り、繁盛している様子が見て取れた。

 店を訪れていた一人の少女が注文して出された料理を早速かき込む。メニューは並の丼物だった。

 テレビには変死体が発見されたという内容のニュースが流れているが、少女は気にも留めず食事を続ける。

 程なくして全て平らげた後、手早くコップを取り水を一気に飲み干した。

「ごちそうさま。美味しかったよ」

 食事を終えた少女は代金を置き店を出る。いや、見た目は少女だが実際は既に成人している年齢だった。

 彼女―雨宮リウはゆっくりとした足取りで曇り空に覆われた街中を散策する。

「二年前に来た時とほとんど変わんないな…」

 前の時はゆっくりしている暇なんて無かったけど、今回は敵の姿はあまり見えない。どういう訳かは解らないし、レーダーの調子が悪いだけかもしれない。

 もしかしたら、ゆっくり出来るかもな……。

 そう思いながらリウは目的もなくブラブラと街を散策していった。

 そうしているうちに、ふとロリータ系のドレスが飾られたショーウインドウの前に立ち止まる。衣装が気になったのではない。ガラスに写った自分の姿が目に入ったのだ。

 何も変わっていない。あの日、捕まった時から何一つ。強いて言うなら髪が伸びたくらいか。

 変わっていくのはいつも自分たち以外だ。人も街も、どんどん変わっていく。

 自分だけが変わらない。いや、変わりたくても変われない。変わる事が出来ない。

 いつの間にかリウはそういうセンチメンタルな思いに駆られるようになっていた。

 ……何をしょんぼりとした気分になっているのか。

 気持ちを振り払い、顔を拭い気を引き締めた直後、耳元に何度も聞いてきた声が入った。

「リウ」

 声がした方を見てみると、そこには相棒の少女―須藤羽矢が笑顔で待っていた。

「羽矢…待ってろって言ってたろ」

「ヒマだったから、迎えにきちゃった」

 羽矢の姿も初めて出会った時からほとんど変わっていない。やはり髪が伸びた程度だ。

 ……いや、見た目は変わってないが、中は変わってしまったか。

 物思いにふける中、リウは羽矢の服装が違う事に気がついた。

 朝は白いワンピースだったのに、今は古着のカットソーとショートパンツ姿だった。

「服どうした」

「ああコレ。汚れたから着替えてきたの」

「汚れたって…」

 羽矢はリウの手を取り、話を変える。

「いつも遅いよ。今日はもうあいつら来ないみたいだし、たまにはずっと一緒にいようよ」

「ずっとって言われてもなあ……」

「いいじゃん、どうせ今日もブラブラするだけなんだし」

 直後、羽矢はすぐ側のショーウィンドウに気付き、中に飾られている紺色のドレスへと顔を近付け見始める。

「? どうしたんだよ」

「うん、ちょっと綺麗だなって思って。青くて黒くて、ヒラヒラがあって…可愛いなって。着てみたい、かも」

 そう言った羽矢の顔はリウには少し寂しげに見えていた。

 自分たちには、綺麗なドレスは似合わないと暗に言っているようだった。

 

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 街の離れにある自然公園へと二人が向かう道中、わずかな雨が降り始めてきた。公演へと着くころにはそれは勢いを増していった。

 (何か、臭いを感じる……)

 リウは異変を感じ、羽矢を連れて仮住いとしている休憩所の周辺を見回していく。

 その結果、林の方には斃されたと思わしき『怪人』の死体―と、言えるのかと思うほどに、損壊が激しいが―が二体程あった。

 傍には赤と黒の染みで汚れた白いワンピースが脱ぎ捨てられている。綺麗な白だったのに、これでは台無しだ。

「羽矢……また、ヤッたの?」

 リウは羽矢へと問い詰める。

「それが?」

「散らかしてて汚いよ。一目にも付くし、場所を考えなよ」

「だってさ、ウザかったんだもん。こっち見て笑ってるみたいで」

 羽矢は見開いた目でリウを見つめ、笑うように釣り上げた口元で応えた。

 リウは思う。羽矢が一番変わってしまったもの。それは心だ。

 最初に会った頃は子猫のように周りに怯えているかのような素振りだったが、今では何の躊躇もなく同族殺しに手を染めるようになった。能力も扱いに慣れたせいか、頭や胸をピンポイントで狙って「爆殺」出来るようにもなった。

「……羽矢、もう少し手加減したら? あんたの戦い方、見てて正直どうかと思うよ」

「何で?」

 羽矢の顔が強張る。

「あいつらを倒して何が悪いの。悪いのは私たちから何もかもを奪ったあいつらでしょ」

 羽矢が子供のようにむくれたのを見て、リウは一言返した。

「……もう少し綺麗にやっておけって事だよ」

「それじゃあ私の気が済まない。こういう死に方があいつらにお似合いだし。大体、何で私がこいつらに手加減しなきゃいけないの」

 羽矢は怒りを隠せないでいた。リウは昔の羽矢からは考えられなかった態度に困惑するばかりだ。

「そう思うなら。せめてアレくらいは片付けときなよ」

「何で私がそこまでしなくちゃいけないの」

「あんたがやったんだから当然だろ」

「私がこうしなきゃ、リウが死ぬかもしれなかったんだよ」

「アタシが簡単にやられると思ってるの?」

「私はリウの力になりたかったの。なんでわかってくれないの」

 話は水掛け論となり全く進まなくなった。

「……もういい、やらないなら別にいい」

 リウは話を早々に切り上げた。

 歳月を重ねていくにつれ、羽矢は敵に対し強い憎悪を向けるようになった上、リウ以外の人間がどうなっても構わないと思う様になっていた。

 実際、前に立ち寄ったとある街中で敵と会った際に即座に爆殺させ周りにパニックを起こした事もあった。

 最初から周囲を考えていなかった訳じゃない。この出来事以前に戦いとなった際にやむを得ず、大勢の人の前で力を見せた事があった。結果、畏怖の目で見られる事となった。苦い経験だ。

 人前で使わないと決めたつもりでも、それを許されない状況に何度も遭い、同じ事を何度も繰り返していくたびに人々の罵倒と恐怖を一身に受け、心が擦れていったのか、羽矢はいつしか周りを省みる事が無くなっていった。

 軽率な行動を取るな、面倒な事になったらどうするんだと何度も叱責した。すると答えはいつも決まってこうだった。

「私はリウの事を思ってこうしたの。私はリウさえいれば後は何にもいらないし周りがどうなろうが正直どーでもいいの。私にはもう何もないし、もう人間じゃない。だからリウだけいればそれだけで十分」

 こんな奴じゃなかったのに。アタシがあんたを変えてしまったのか。あの時、羽矢を連れ出してしまったが故に―。

 リウは羽矢を見るたびに、変わっていく彼女を見ていくのが辛く感じるようになっていた。「リウは変わった」と羽矢は言うようになった。それを聞くたびに、リウは思うようになってしまっていた。

 

 変わったのはお前だよ。

 

 羽矢にはずっと言えずにいた。言うのが怖かった。言ってしまったら取り返しがつかなくなってしまうのではないか、そんな気がしていた。

 アタシは弱くなったな―。

 リウは羽矢に対して自責をも感じるようになっていた。

「それより、大丈夫? どこも怪我してない? あいつらとやりあってない?」

「大丈夫だよ。今日は何にも起きなかったから」

「良かったァ……」

 羽矢はホッと息を大きく吐き出す。

「でも、後で身体見せて。汚されてないか調べるから」

「お前…それが目的じゃないよな?」

「何言ってんのもう」

 その後、死体の片付けを終え、夜が更けた頃にリウと羽矢は二人で寄り添って眠りに入った。

 外は雨が今も降り注いでいた。ざぁざぁざぁざぁと音を立てながら降り続いていた。

 寝付けずにいたリウは近くから音が聞こえた事に気付く。

「リウ……」

 羽矢の寝言だった。耳を近づけ、澄ましてみる。

「私から離れないで……」

少しだけ、小さなすすり泣く声も聞こえた。

「誰もいなく……ならないで……」

 羽矢の目元にはうっすらと涙が流れていた。

 リウの口元が仄かに緩む。

「見捨てないさ、絶対」

 必ず見つけような。二人で静かに過ごせる場所。

 リウは改めてあの時交わした『約束』を胸に秘めた。

 外の雨は程なくして、二人の哀しみを洗い流すかのように土砂降りになった。

 音が辺りに大きく響き渡る。その大きな雨の音の不思議な心地よさが二人の癒しでもあった。

 約束したあの日から五年以上が経つ。二人の安息の地は、未だ見つからない。

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こちら(http://www.tinami.com/view/873116)の続きです。「小説家になろう」「カクヨム」にも投稿しています。
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