魔法幽霊ソウルフル田中 〜魔法少年? 初めから死んでます。〜 シン・ゴ○ラは良いぞな34話
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場面は、場所同じくして更に時間が経った私立聖祥大学付属小学校に切り替わる。

 

その日は世間で言えば連休明け、ゴールデンウィークが終わった翌日だ。

今まで休日を満喫していた学生からしてみれば、否応にも元の学業に勤しむ日常に戻される憂鬱な1日と言える。

 

事実、確かにその日の学生達は明らかにテンションが低く、学校へ向かう足取りは重かった。

例え普段から生徒の素行は素晴らしいと評判の聖祥でも例外ではなく、所謂『五月病』になっている生徒が少なからず存在している。

 

どうしても休日を満喫していた頃の感覚が抜けずに、体がなんとなく重く感じたり、やる気が出ないなど態度に出たりする生徒がいたりするものだ。

 

 

私立聖祥大学付属小学校、とある4年生のクラスの担任の先生、友村 夏子は、そう知識として記憶している。

 

そう、だから授業開始前の起立、気を付け、礼も生徒の動きが微妙にズレてきたりもするし、心なしか声に張りがなかったりもするし、授業中ににあくびが出る生徒もいたりするのは仕方のないことなのだ。

 

「じ、じゃあこの計算問題を……」

 

カッカッカッ、と黒板に算数の計算式をチョークで書き込んでいく。

現在教えた授業内容から少しだけ先に進んだ応用問題。

一部の生徒には答えることが難しいかもしれない、そんな問題だ。

だがこのクラスは優秀な生徒が多い、アリサ・バニングスや月村すずか辺りなら、こんな問題等直ぐに解いてしまうだろう。

そして、数学、計算問題に於いては二人を凌駕する才能を持つ生徒がいる。

今回はその生徒に問題を解いてもらうつもりだったのだが……。

 

「えっと、その……た、高町、なのはさんに…………」

 

 

「……………………………………………」

 

友村夏子は思う。

朝から学校へ登校し、机に突っ伏したまま一言も口を開かない栗色の髪をしたツインテールの少女の状態は、果たして『五月病』で片付けてしまってもいいものなんだろうか、と。

 

「な、なのはちゃん? 問題、当てられてるよ……」

「……………37564です」

 

友人のすずかに当てられたこと知らせてもらってなお数秒間が空き、なのはは微動だにせずボソリと問題に答えた。

なんで一度も黒板を見てないのに正解がわかるの!? 夏子先生はなのはの人を超えてそうな優秀っぷりに恐怖すら覚える。

 

「せ、正解です……」

 

引きつった顔で正解の数字を書き込んでいく夏子先生。

果たして上手く笑顔を作れているか分からない。

いや、きっと得体の知れない恐怖でガチガチになっているに違いなかった。

 

 

「…………………………」

 

最初と全く変わらず、無言で机に突っ伏し続けるなのは。

難問に正解したというのに、それを賞賛する声はない。

クラス全員がなのはの放つ威圧感に恐怖しているのである。

 

夏子先生が記憶するに、この高町なのはという生徒はこんな性格では無かった筈だった。

すれ違えば元気に挨拶をし、お喋りする友人も多く人当たりもいい、運動は苦手でも活発で、ちょっと頑固で真面目な可愛らしい女の子なのである。

たびたび周囲で怪奇現象が起きたりはするが、教員という立場からみれば天使のような生徒の筈なのだ。

 

それが今やどうだろう。

教室に辿り着くまでの道のりで、死んだ魚なような目をして負のオーラを振りまき、すれ違う人々全てはそのありえない光景に絶句する。

教室に入ったら入ったで机に着席したらもう微動だにしない。

いつもなら気軽に挨拶をしたり会話を投げかける級友たちもその変わり果てように一言も言葉を発することができずに放置するしかなく。

すずかとアリサ、親友二人の言葉でさえ一切無反応である、9歳とは思えぬ気遣いができることで有名なあのなのはが。

 

今や教室は、なのはを中心に広がる闇に包まれているような、そんな状態になっているのだった。

もちろん闇なんて目に見えているわけではないが、そう幻視しかねないほどに教室の空気が重く、冷たくなっている、

夏子先生的には体感温度が2度ぐらい下がっている気がするくらい。

 

「高町なのは、さん? あ、あの……朝から具合、悪いの? 今日は早退、する?」

 

普段は『なのはちゃん』と呼んでいる夏子先生も、そのただならぬ様子に思わずさん付けして呼んでしまう。

誰か肉親でも亡くなったんじゃないかというぐらい、もしくはインフルエンザで高熱でもでているのかというぐらいに酷い状態なので、夏子先生は恐る恐る早退を勧めた。

実際あまりにも酷いので両親にも電話で話を聞いたが、両親共々『旅行から帰ったきり様子がおかしい。特に何もきっかけは無かったように思えるが、学校を休むよう言ったものの本人が行くと言って聞かない』とのことだった。

ますます謎だが、ここまで酷いのでは学校生活を送れるかも怪しい、早退を勧めるのは間違ってはいない判断だと思う。

 

 

「…………………………」

 

ズ、ズズズ……、と何かが重くこすれる音がした。

机に頭を突っ伏したまま顔を横に振ったため、額と机が擦れたのだ。

 

(こわいこわいこわいこわい!? なんで!? 一体何があったのなのはちゃん!!? とうとう何かに取り憑かれちゃったの!??)

 

 

不気味を通り越してホラーだった、夏子先生の胸中は大パニックである。

なのはの近くにいたクラスメイトが「ひっ」と小さく悲鳴をあげる。

 

クラスの殆どの人間が今すぐにでも逃げ出したい中、しかし無情にもどうしようもなく授業が終わるまでは皆一歩も動くことはできなかったのであった。

 

 

「で、では、次はまた別の公式を……」

「……………9643です」

「なのはちゃんまだ先生式すら言ってないよ!?」

(ひえぇえぇぇぇ!!?)

 

挙げ句の果てに次に出す問題が予知されてた、しかも正解してるし。

響く事のない夏子先生の心の叫びは、聞こえずとも生徒達に伝わったという……。

 

 

 

「…………………」

 

午前中の授業が終わり、お昼休みとなった時間。

高町なのはは、相変わらず机に突っ伏し続けていた。

 

周りには誰もいない、というかクラスメイトはお昼休みが始まった時点で逃げ出すようにいなくなってしまったのだが。

とはいえ、流石に親友であるすずかとアリサだけは教室の入り口辺りでなのはを心配そうに見ている。

 

「いいいい一体どど、どうしたのよなのはははばばばば……」

「ア、アリサちゃんも大丈夫?」

「だだだだ大丈夫よこれくくくらい! なのはに比べたら私なんて……ひぐっ」

「よしよし、大丈夫だよアリサちゃん。なのはちゃんはお化けに取り憑かれたりなんかしないよ」

 

もしかしてなのはが恐ろしい悪霊に取り憑かれてしまったのではないかと思ったアリサは、見るからに大丈夫ではない親友を助けたいものの近寄るに近寄れなくなっていたりする。

ちなみに、すずかはすずかで自分の腕に縋り付くアリサの温もりをじっくり味わうためにアリサの側にいるわけだが……いや、なのはを心配する心もあるはずである、きっと。

 

「ででででも、あの様子ははは絶対おか、おかしいわよ……!?」

「うん……旅行から帰って来てからだよね……何か、悲しい事があったのかな」

 

 

二人はなのはがあそこまで落ち込んだ姿を見た事が無かった。

しかも、その理由もよく分からないのだ。

 

旅行に行く最中や、温泉に使っている時まではいつものなのはだった。

そこから一晩あけると、何故か少しだけ元気が無さげな感じになっていた。

元気が無さげといってもそこまで酷くはなさそうで、すずかやアリサとはしゃぐだけの余裕もあったし、三人で遊んでいたらいつものなのはに戻っていたのである。

 

 

 

ただ、二人はなのはがあの状態になった決定的な瞬間は見当がついていた。

 

「帰り道で、山とか森が滅茶苦茶になってたの、そんなにショックだったのかな……」

 

 

 

 

 

(ねえ、レイジングハート。『魔法少女』ってなんなんだろうね)

 

机に突っ伏したままのなのはは、突っ伏したまま念話を使い、首にかかったレイジングハートと虚ろな声で話しかけていた。

いや、話しかけるというよりほとんどうわ言に近い。

声そのものにまるで魂が込められておらず、何も考えないまま、勝手に言葉が口からでたような感じだ。

 

……実のところ、なのはは旅行から帰って来てから一度もまともな会話をしていない。

とある衝撃的な事実を知ってからそれ以降、ショックが強すぎて完全にダメになってしまっていた。

 

(さあ? 少なくとも幽霊を退治すると称して山ごと砲撃で吹き飛ばし、後始末が不可能なレベルで地形を変え、暴れまわるような人物ではないのは確かですが)

(ごぶばっ!!?)

 

相棒の心無い返答になのはは心の中で吐血する。

 

「す、すずか!? ななななのは痙攣してるわ!?」

「た、大変!?」

 

連動して身体が大きくビクンと跳ねて、それを見たすずかとアリサが悲鳴をあげているがなのはは全く気付かない。

 

 

……そう、なのはは知ってしまったのである。

海鳴温泉旅館で起きたあの戦いのすべて、その最後に起きてしまった悲劇の全貌を。

 

五月の某日、海鳴市にあるとある温泉旅館周辺の山々が崩落するという災害が発生した。

 

被害は近年稀に見るほど甚大で、山に生えた木々は『一直線上』に薙ぎ倒され、地面には大小様々なクレーターが発生、最悪なものでは山を『トンネル状に貫通する』大穴が空くというもの。

この特異な惨状は未だかつて例がなく、災害発生当時の天候はいたって穏やかであったために謎が謎を呼ぶ。

 

明らかに不自然な被害から『人為的なものでは?』という意見があったがあまりにも規模が大き過ぎるためにその説は真っ先につぶされた。

代わりにでた説は『宇宙人からの宣戦布告のメッセージ』とか、『某秘密結社の実験』とか、果ては『人間の環境破壊によって山の神の怒りに触れた』なんてものも出る始末。

 

しかしその真相は、正真正銘たった一人の魔法少女が産んだ人為的被害であった。

 

(〈なのはを怖がらせるおばけなんかみぃーんな消し飛ばしテアげる!!!〉)

(いやあぁぁぁああ!!! お願いだから過去の映像を流さないでぇぇぇぇ!!!)

 

レイジングハートはなのはの頭の中に強制的に過去の映像を流した。

そう、あの決戦の最後に現れたなのはは、事前に見た首なし騎士(田中のポルターガイスト)を見た瞬間に恐怖で暴走してしまっていた。

暴走したなのはの砲撃は凄まじいもので、目標に当たらなかった砲撃のとばっちりだけで先の大災害を引き起こしてしまったのである。

それを知ったのがゴールデンウィークが終わった帰り道での事。

実際に被害を見て何事かと思ったなのはがレイジングハートに聞いたのが運の尽きだった。

先程のように強制的にあの悲劇の一部始終を流されて、現在に至るというわけ。

 

それまでは再びフェイトにジュエルシードを奪われてしまった事などを悩んでいたが、真実を知ってしまった後ではもうそんな事は頭の中から吹っ飛んでしまった。

 

(『どこまで逃げようと無駄ァ! わたしの魔法で全部撃ちぬくっ!!!』)

(いや! いやぁぁあ! こんなの、なのはじゃない!! なのはじゃないもん!!!)

 

で、今はレイジングハートさんから『反省しろ』という厳しいメッセージも込めて黒歴史直行な過去映像を強制的に反復させられているのであった。

過去映像に写っているのは確かになのはだが、そにいるのはなんかもう魔法少女という存在からかけ離れた恐怖の権化、悪鬼羅刹である。

そりゃあこんなものを見せられ続ければ消耗も必至だろう。

 

(レ、レイジングハートさん……! もうそのくらいで……)

(ゆ、ユーノ君……!)

 

絶賛拷問中ななのはをあまりにも可哀想だと思ったユーノが助け舟をだす。

 

(黙りなさい元マスター。『貴方もその目でしっかりと見たでしょう』マスターの暴虐っぷりを。マスターは反省をする必要があります)

(アッハイ……)

(元マスターもマスターのストッパーとして自覚が足りないようですね、何なら元マスターも過去映像を)

(いやぁぁあ!? ユーノ君見ないでぇ!! なのはをみないでぇぇえ!!)

 

だが現実は非情である。

拷問コースがもう一つ増えただけであった。

一歩聞き違えれば犯罪臭極まりない悲鳴をあげるなのは。

なのはとしては最悪だった、自覚は無くとも気になっている異性が自分の黒歴史映像を見るなんてとても耐えられなかった。

まあユーノはあの惨劇の現場にいたので今更ではあるが、それでもである。

 

(もういやだよぅ……。なのは、何も覚えてないのに……)

(だからこそです、マスターは自分が暴走したらどうなるかを知り、そして自分の感情を制御する必要性を意識するべきです)

(うう……むずかしいよぉ……)

 

確かに9歳の子供に要求するのは難しい教育である。

そんな幼い時期から感情の制御ができてしまう子供というのはなかなか不気味だ。

 

 

 

(……確かにマスターにはまだ早いかもしれません。ですがせめて、幽霊を見たというだけで錯乱してしまうのは治すべきです。マスターの力は強過ぎて、思わぬ被害を出す事もありえます。あの時のように)

(…………)

 

しかし、レイジングハートさんは難しいと分かっていてなお厳しく告げる。

 

なのはは、返す言葉がなかった。

その言葉の意味が分からないわけではない。

 

自分が持つ魔法の才能は、地球はおろか、魔法が普及する世界でも稀な才能、そうユーノから言われた事がある。

特に何かに秀でたものが無いと思っていたなのはは、それが嬉しかったし、もしかすると自分のやりたい事が、できる事があるんじゃ無いかと期待している。

 

でも、今回の事で自覚してしまった。

自分の持っている才能は、今の自分の身に余る大き過ぎる力なんじゃないのか、と。

その才能を振るう時、もしかしたら意図せず誰かを傷つけてしまうかもしれない。

 

あの黒い魔法少女とは全力で戦わなければ勝てないだろう。

魔法には非殺傷設定というものがある。

威力を抑えて、相手を傷つけないようにする便利なものだ。

 

でも、その魔法が砕いた瓦礫は?

全力で戦って、力と力をぶつけ合って、その大きい余波まではカバーする事は出来ないのだ。

もしそのとばっちりを受けた人が、自分の大切な人だったらーーーー

 

(分かっていただけましたか?)

(うん……)

 

力が大きいだけ、周囲を壊してしまわない技術が必要だ。

その技術を常に活かせるよう、強い心を持つ事が必要だ。

 

どうすればそれが身に着くのかはまだ分からないけど、絶対に手に入れよう、そうなのはは強く決心するのであった。

 

(なのは、僕も協力させて欲しい。何が出来るか分からないけど、役に立ちたいんだ。君に頼りっぱなしな僕でよければだけど)

(ユーノくん、ありがとう。でも、ユーノくんにはずっと助けてもらってるよ。だから、そんなに落ち込まないで)

(いや……今回の被害は誤魔化しきれなかったし……いや頑張ってはみたけどさ……ホントごめん、僕がしっかり修復できればこんな事には……)

(に、にゃはははは……)

 

ユーノもユーノで今回の事は落ち込んでるようだ、念話越しに元気がないのが伝わってくる。

災害の根源であるなのははもう笑ってごまかすしかない。

 

 

(さて、マスター。そろそろお昼ですから、食事を摂りましょう)

(あっ、もうそんな時間なんだ)

 

今後の課題も見えてきたところでレイジングハートさんは過去映像を流すのを止め、なのはに昼食を摂るように勧める。

消耗しすぎて時間感覚が分からなくなっているが、なのはのお腹はペコペコになっていた。

説教も一段落したので、やっと心を落ち着ける事ができる、そう思いながらなのはは顔を上げ、鞄の中から弁当箱を取り出して。

 

 

「……あっ! なのはちゃん大丈夫!?」

「なのは! 無事なのよね!? 頭は痛くない!? ブリッジして階段を駆け降りたくなったりしないわよね!?」

「ふえぇっ!?」

 

鬼気迫る表情の友人に心配されて、びっくりするなのは。

ついでに言うと、ブリッジして階段を降りるのは幽霊じゃなくて悪魔に取り憑かれた場合である。

 

「もうっ! 心配したんだがらぁ! あざがらよびがげでも゛はんのう゛じでぐれないしぃ……うえぇぇん!」

「よしよし。なのはちゃん、みんな心配してたんだよ? ずっと元気がないから」

「あ、アリサちゃん、すずかちゃん……」

 

とうとう涙腺が決壊したアリサをすずかが慰めていた。

それを見てようやくなのはは、自分の態度が友人達に心配をかけていたことを知った。

 

「えと、その……ごめんね……」

「ごめんじゃないわよ! 何か悩んでる事あったら私達に愚痴でもなんでもいいなさい! ひくっ、もう、ほんどに゛じんばい゛がげざぜでぇ……」

「はい、アリサちゃん。ティッシュだよ」

 

甲斐甲斐しくティッシュを差し出すすずかと、ちーん、と可愛らしく鼻をかむアリサ。

そんな二人を見て、なのはの胸がちくりと痛む。

親友である二人は本気で自分の事を心配してくれているのに、自分は何も話す事ができない。

魔法のこと、ジュエルシードのこと、黒い魔法少女のこと、なのはが悩んでいる事は全てこの世界に住む人には本来知られてはならないからだ。

 

ユーノも、今こそなのはに頼っているが、重傷を負うまでは自分一人でジュエルシードを回収するつもりだったと言っていた。

なのはも極力秘密にすべきだと思っている。

親しい人達を、危険に巻き込みたくはないから。

 

「ねぇなのはちゃん、何か悩みがあるなら私達に話して? 力になれないかもしれないけど、話すだけでも気が楽になると思うから」

「………………ごめんなさい」

 

俯いて謝る事しかなのはには出来なかった。

本当は今すぐにでも喋ってしまいたい、けれど、今はまだそれをすべきじゃない。

 

「……っ!」

「……」

 

そんななのはの態度が気に障ったのか、アリサの表情が怒りに染まる。

珍しいことに、隣のすずかも強い眼差しでなのはを真っ直ぐ見つめていた。

 

(やっぱり怒っちゃうよね。ううん、二人はなのはを本当に心配してくれてるだけ。でも……)

 

そんな二人だからこそ、守り抜きたいのだ。

どんな事を言われても仕方がない、そうなのはは覚悟を決める。

 

(強い心を手に入れなくちゃ、二人をジュエルシードから、幽霊から、そしてなのは自身から守るために!)

 

アリサとすずかの視線に、なのはも強い意志を持った視線を返して。

 

 

 

 

「なんで何も言わないのよ!? そんなに旅館の近くの山がゴジラが暴れ回ったみたいに滅茶苦茶になってたことがショックだったの!?」

「そうだよなのはちゃん! 確かにゴジラが暴れ回ったみたいに滅茶苦茶になってたのはビックリしたけどなのはちゃんには関係無いはずだよ!」

 

思いっきり心の傷を抉られてしまった。

 

 

「………………ごふっ」

「な、なのはー!?」

「なのはちゃーん!?」

 

流石に今すぐには強い心は無理だった。

トドメを刺され吐血しながら再び机にその身を沈めるなのは、そして悲鳴をあげる友人二人。

まさか偶々叫んだ言葉がクリティカルヒットしているとは露知らず、やっぱり何かに取り憑かれたのではと大パニックであった。

 

(なのは!? どうしたの!? しっかりして!!)

(聞いてよユーノ君、なのは、ゴジラなんだってー。がおー、あははあははは……)

(なのは!? なのはぁぁぁぁああ!!?)

(す、少しやり過ぎてしまいました)

 

念話の中も大パニックである。

取り敢えず、魔法少女が強い心を手に入れるのはまだまだ先の様子であった。

 

 

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「んー……」

 

俺、田中太郎は夜の学校でふわふわと浮かびながら考え込んでいた。

 

リニスさんを説得したあの日、その後の行動なんて何も考えてなかったし、俺も疲れてしまっていたので結局話し合いは後日という事になっていた。

その具体的な日時は、ゴールデンウイークが終わった次の日の夜、つまり今この時間。

 

今後の予定を話すにせよ、俺と花子さんとリニスさんの三人しか居なかったあの場には、足売りさんやメリーさんに今後の予定を話すことは不可能。

異次元さんに頼れば解決できるけど、八神家の家族旅行に水を差したくはなかったから、この日にみんなで集まろうということだけ伝えたのだ。

 

で、またまた来ました女子トイレ。

都市伝説級の幽霊達が頻繁に集うここって、霊媒師とかその筋の人が見たらとんでもないスポットと化してるんだろうなぁ。

 

「田中? どうしたんだいそんな考えこんで」

 

考え耽る俺を見た花子さんが、不思議そうにしていた。

現在、俺と花子さんは二人きりである、まだリニスさんやメリーさんたちは来ていない。

 

「まさか、まだ今後の予定を立ててないんじゃないだろうね……」

「や、そっちは立ててますよ。流石に3日あれば充分ですし」

 

今後どう動くか決めてなかったから日を置いたのに、それを忘れるなんてことはない。

俺が今考えてるのは、原作ブレイクとかそういったものとは無縁なものだ。

 

「なんか今日、なのはちゃんが妙に元気が無かったなー、って」

「アンタのご主人様が?」

 

そう、ゴールデンウイークが終わってからというものの、なのはちゃんがずっとくたびれた様子なのである。

 

「まーた、なんかやらかして怖がらせる様なことしたんじゃ…….」

「いやいやいや! 無いですって!? リニスさんと戦ってから、ゴールデンウイークが明けるまで俺なのはちゃんに一度も会ってないんですよ!」

「守護霊としてご主人様放置は流石にどうかと思うよ」

「うぐっ」

 

痛い所を突かれてしまった。

リニスさんと戦ってから、なのはちゃんの暴走を目の当たり……というか実際に消されかけたもんだから、ちょっと近付くのが怖くなってしまった。

いや守護霊なんだから主人を守れよ、というのはごもっともである。

 

「で、でもですね。なんか最近、妙に俺の存在が捕捉されやすくなってる気がするんですよ」

 

例えば、ゴールデンウイーク直前の晩の日だってそうだ。

 

 

『明日はゴールデンウイーク。リニスさんとの決戦の日だ……。勝つぞ、リニスさんの、そして俺の為にも』

『んん……っ』

『勿論なのはちゃんの為にもね。リニスさんを味方につければ、もっとスムーズにフェイトちゃんと仲良くなれるはずだ。……いつ見ても寝顔かわいいなぁ』

 

『むにゃ?……れいじんぐはーと、せーっと、あーっぷ』

『zzz……セットアップ』

 

『!?』

 

『いくよぉ?、でぃばいーん、ごぉーすとぉ?むにゃむにゃ』

『……ディバイン、ゴースト、バスター』

 

『え、ちょっ、なんか額にレーザーポインターみたいな光が当たってるんですけど!?』

 

『ばすた『んむぅ……なのはぁ?……だめだよ?』

『………魔法を中断しましたzzzzz……』

 

『君達ホントに寝てるんだよねぇ!? 俺ちょっと真面目に命の危機を感じたんだけど!? あとレイジングハートさんも寝るんですね!?』

『『『すやすやすや……』』』

 

 

「みたいな事がありまして」

「アンタのとこの魔法少女はおかしい」

 

花子さんが引きつった顔で突っ込みをいれる。

 

俺という幽霊は、他の幽霊と比べると平均以上に霊格が高いらしい。

その理由は、俺が『転死』という特殊なケースで幽霊になったからだろう。

通常なら、誕生したばかりの幽霊というのは魂の『一部が』強い未練に引っ張られて留まるもので、差はあるがその時点ではそこまで強くはない。

そこから霊格を高めるになるには他者のイメージを借りなければいけないのだ。

それを俺は魂まるまるこの世界に移されたから、ある程度高い霊格を持つに至るという訳。

 

でも都市伝説には遠く及ばないし、そんな簡単に居る場所を特定なんて出来るわけないんだけど……。

日に日にチートじみてくレイジングハートさん、ホントまじ怖い。

 

「アンタの霊格が上がったんだよ、とは素直に言い辛いねぇ」

「うう……俺、なのはちゃんの守護霊やっていけるのかなぁ」

 

いつかホントに除霊されるんじゃないだろうか。

 

 

「やっほー太郎ちゃん、花子ちゃん。おっひさー! ……ってあり? なんで暗い顔してんの?」

「……」(最後ノ ガラス ヲ ブチヤブ……アレ?)

 

と、俺が除霊の未来に怯えていると、女子トイレの窓からテケテケさん達がやってきた。

相変わらず彼女達はすずかちゃんの家に居候していて、メイド服を着た20代前半の女性の姿だ。

 

下半身のトコトコさんの足の組み方からから察するに、窓ガラスごとぶちやぶって登場するつもりだったらしい、テケテケさんが素早く窓を開けたから割れなかったけども。

実はここのトイレって三階にあるのだが、トコトコさんの跳躍力でひとっとびしたんだろうな……本当にガラス割ったら花子さんに怒られるだろうに。

まあトコトコさんも、それを覚悟で人間に現場を目撃され、さらに有名になるつもりらしい。

この貪欲さは俺も見習うべきだろうか。

 

「お久しぶりですテケテケさん、トコトコさん。いや、実はなのはちゃんのことでですね……」

「あー、なのはちゃん。べっ、別にいいい今話さなくても、い、いいんじゃないかなっ?」

「話題に出した時点でそこまでビビるかい」

「……」(ド、ドーセ、キョウハハナサナイシ……)

 

相変わらずのビビリようだった。

最早都市伝説級の幽霊でさえもなのはちゃんは恐れられる存在である。

……一応フォローするなら、実力なら確実にテケテケさんの方がなのはちゃんより遥かに強いだろう。

都市伝説級の幽霊が全力の人魂を放てば、なのはちゃんの砲撃を超える威力がある。

ただ、実際そんな威力の攻撃なんて周りに及ぼす被害がでかすぎて、別の意味で怖くて使えないのだ。

一方なのはちゃんは容赦なくぶっ放す、怖いね!

 

テケテケさん達の言う事も尤もだ。

これから皆で集まり、話し合う議題の中にはなのはちゃんの事はあまり関係ない。

なのはちゃんの恐ろしさなら海鳴にいる全幽霊が嫌でも体験済みだし、リニスさんには後で話せばいいだろう。

 

「そんなことよりっ! かるーくカラス達から聞いたけど、ちゃんと勝ったんだね! やったじゃーん!」

「はい、勝ちましたよ! ちゃんと説得まで出来ましたし、今日、リニスさんが来る予定です」

「わお! 完璧じゃん! ふふーん、やっぱり私達が特訓に付き合った甲斐があったね!」

「…………」(エッヘン)

 

 

テケテケさん達が胸を張ると、トコトコさんまで斜めに傾いたせいで上に乗っかってるテケテケさんがズルリと落ちてしまった。

が、そこら辺はわざとやったみたいで、テケテケさんも慌てる事なく両手で地面に逆立ち、トンッと腕立て伏せのように腕をバネにして飛び上がり、難なく正位置で着地した。

今の動作は必要だったのだろうか。

 

「特訓に付き合ったって。アンタ達も暇だから遊びにきただけだろう……」

「あうっ。まぁまぁ花子ちゃん、それは言わない約束だよー。……ところで花子ちゃんも進展した? 流石に二人きりだったんだからチューぐらいしたよね?」

「ち!? い、いや、なんでその話になるんだい……!?」

 

そして一体なんの話をしていらっしゃるのだろうか。

いきなりヒソヒソ声でテケテケさんと花子さんが話し始めてしまった。

こうなってしまうと、俺が話に入ろうとした瞬間、何故か顔を赤くした花子さんにパンチを喰らわされるだろう。

伊達に学習はしていない、花子さんも聞かれたく無いみたいだし、聞かないでおくべきだ。

 

「ねーねー、どうだったの? 邪魔しないために、テケテケさんゴールデンウィーク中ずぅっとすずかちゃんの家直して我慢してたんだよー?」

「…………」(マサカ、初日二 カエッテルトハ オモワナカッタケド)

「え、や、そんなこと言われたって……ち、ち、チューは、なななかったけど…………ハグなら……」

「ハグ!? やったじゃん! 大進歩だよ! いやーまさかあの奥手の花子ちゃんと鈍感太郎ちゃんがそこまで行くとは……」

 

ひそひそ声での話だったはずが、興奮しだしたテケテケさんの大きい声で、内容が筒抜けになってしまっていた。

これじゃあ、聞くつもりはなくても聞こえちゃうじゃないか……。

どうやら、温泉旅館での一件を話してるらしいけど……ハグ?

ああ、確かに花子さんに抱き付いたっけ。

 

「…………?」(チナミニ ドンナシチュエーション ダッタ?)

「そりゃあ……、に、に、逃げっ!? ピ、ピピンクの光が……!!?」

「なんかトラウマになってる!? ちょっ、ほんとにどんな状況だったの!?」

 

……なのはちゃんの殺意の砲撃を命からがら掻い潜った、あの時だけど。

あれはマジでやばかった、リニスさんは衰弱し、俺も戦闘でボロボロ、花子さんも屋外にいたからそこまで強くない状態で、一撃必殺の桃色ビームが乱射されるっていう悪夢としか言えない状況だった。

どうやらあの花子さんにもしっかりトラウマとして刻み込まれてしまったようだ、すいません……。

 

恐怖で震える花子さんに、あたふたと慌てるテケテケさん達。

そりゃあそうだ、あの花子さんが恐怖するなんて天地がひっくり返えってもあり得ない、そう思っていた時期が俺にもありました。

 

 

そして、ややこしいタイミングで彼女が来てしまった。

 

 

「太郎さん、こんばんは。言われた通り、話し合いに来…………っきゃあぁあぁぁああ!?」

 

ぬっ、と窓ガラスから入ってきたと同時に叫び声をあげたのは、ネコミミ女性ことリニスさん。

彼女が叫んだのも無理はあるまい、だって女子トイレに入って最初に見た光景が、震える花子さんと、上半身と下半身が真っ二つに分かれたメイド服の女性テケテケさんとトコトコさん。

テケテケさん達に、リニスさんがびっくりするから初めは引っ付いてて下さい、って言い忘れてた……。

 

「うっわあびっくりした!? 何? 誰?」

「ばっ、ばばばばは化け物……!?」

「…………」(マテ、オチツイテ! テイウカコノヒトネコミミツイテル!?)

「しかも杖から雷がバチバチいってるんですけど!?」

 

花子さんがテケテケさん達に襲われたんじゃないかと勘違いしたリニスさんは戦闘体制に入る。

一方のテケテケさん達も自分達の姿を棚に上げつつ、ネコミミをつけたリニスさんに驚きつつも包丁を取り出して武装。

 

「……この状況、絶対言葉じゃ収まんないよなぁ」

 

あわや大惨事という事態を終息させるため、俺は催涙ガスをイメージした人魂を両手に作り出して、仕方なく自爆覚悟の特攻をすることになった。

 

 

 

「花子ー、帰ってきたわよー! って、うわっ!? 何!? なんで揃いも揃ってみんな泣いてるのよ!?」

 

「はくちっ! はくちっ! ああ、メリー……ひっ、はくちっ! 久しぶりだね……」

 

それから10分くらい経って、ハワイ旅行から帰ってきたメリーさん御一行が、異次元さんの力でワープしてきた。

が、女子トイレの有様に引き気味のご様子。

そりゃそうだ、俺もリニスさんも花子さんもテケテケさんも、みんな泣きながらくしゃみしてるんだから。

 

「…………」(ハクション! ハクション!)

 

あとトコトコさんどうやってくしゃみしてるんですか。

 

「えーと……田中さん、この状況は?」

「ぶぇっくし! その、ふぁっ、ぶぁくしっ! む、無益な争いをとめ、ふぇ、ふぇきしっ!」

「成る程……大体わかりました」

「わかったんで、ふぇくしょん!?」

 

俺も自分で何を言ってるのか聞いてもわからない状態だったが、察しのいい異次元さんはどうしてこうなったか理解したらしい。

そう、争いを止めるために催涙ガスをイメージした人魂をぶつけるまでは良かったのだ。

ただ思った以上に威力、いや再現度が高かったようで、リニスさんとテケテケさんたちの間で爆発した人魂は、あっという間に女子トイレ中に拡散、お陰で本物と同じくらいの強烈な刺激を全身で味わうことになってさあ大変。

イメージを上書きしようにも、ヅンヅンくる鼻への刺激や目の痛みでイメージがかき消されていたのである。

 

「大方、そこにいる……リニスさんでしたか? リニスさんが、テケテケさん達の姿に驚かれて、危うく戦う羽目になるところだったかと。そしてそれを止めようとして、スタングレネードか催涙ガスに似せた人魂を爆発させた。でしょうね」

「ふぇっふぇっふぇっ、相変わらず愉快な事になってるねぇ」

「んもー! はっくち! 足売りさんも、ひっ、笑ってなはくしょん! 助けてよー!」

 

 

異次元さんに続けて現れた足売りさんも、この状況がよっぽど笑えるのかいやらしい笑みを浮かべている。

テケテケさんが早くイメージの上書きで何とかしてくれと訴えてるけど、たぶん足売りさんなら楽しむために放置すると思う。

 

まあ、何はともあれ、こうして海鳴市に潜む都市伝説級の幽霊たちが、一堂に会することとなった。

 

-3ページ-

 

「えー、というわけで今回から、俺たちに新しい協力者が増えました。花子さん以外の人たちは名前だけ知っていたと思いますが、リニスさんです」

 

「初めまして、リニスといいます。生前はプレシアの猫型使い魔で、フェイトの家庭教師をしていました。今はフェイトの守護霊……らしいです」

 

円の形で集まった一同の中、俺の言葉をきっかけにまずはリニスさんを紹介する事にした。

リニスさんも、この展開を予想していたらしく無難な自己紹介を終え、「宜しくお願いします」と頭を下げた。

ただ、まだ幽霊関係の知識には疎いのか、守護霊のくだりが自信なさげである。

 

「はい、まあこの通り。リニスさんは異世界出身でこの世界に来て日が浅く、我々幽霊の知識をあんまり知りません。というわけで、皆さんは有名な都市伝説でありますが、一人一人自己紹介をお願いします」

「何故に先生口調なんだい」

「まぁまぁ、先ずは花子さんからお願いします」

 

花子さんから突っ込まれたものの、気にしない気にしない。

ついでだから、自己紹介の先方をお願いすると、花子さんもあまり気にしてないのか「まぁいいけどさ」と乗ってくれた。

 

「アンタはもう知ってるかもしれないけど、ちゃんと自己紹介するのは初めてだったからね。あたいは花子、『トイレの花子さん』って言えば日本で知らない奴はいない幽霊さ。幽霊は有名な奴ほど強いから、まあトイレにいるあたいは基本最強って思っといてくれていい。あと、そこの田中の師匠もやってる」

「宜しくお願いします。皆さんの中でも、やはり一番強いんですね」

「もちろん」

 

ちなみに、花子さんが神クラスの力を発揮できるのはトイレの中だけなんだけど、トイレから出ても学校の中なら都市伝説級で上位クラス、この状態でもここにいる都市伝説級の幽霊じゃ対抗できるのはメリーさんくらい。

学校外にでると普通の幽霊くらいまで霊格が落ちるけど、花子さんはこの状態でも都市伝説級の幽霊と渡り合うだけの技量をもっている。

ホント、花子さんだけ別格だよなぁ。

 

「花子の次はあたしね。あたしはメリー、はやての守護霊よ! 副業として、『メリーさん』っていう都市伝説級の幽霊をやってるわ。あたしから電話がかかった人間は殆ど死ぬことで有名で、花子ぐらいメジャーな幽霊よ!」

「副業がものすごく物騒!? ほ、本当に守護霊なんですか!?」

「メリーさんそっちが副業でいいんですか!?」

 

リニスさんが副業に驚いて、俺まで思わず突っ込む。

もう完全にメリーさんがはやてちゃんの守護霊を本業にしてしまっていた。

いやまあ本人がそれでいいなら別に大丈夫なんだけど、花子さんと並ぶ都市伝説であるメリーさんが、はやてちゃんとはいえ、個人の守護霊になるとは……。

ちなみにメリーさんは普段から学校内の花子さんと同じくらい霊格が高いらしい。

神クラスの力も使えることは使えるらしいけど、花子さん以上に特殊な条件下でしか発揮できないとか。

ヴォルケンリッターが本当に必要ないんじゃ……。

 

「じゃあ次は私! テケテケさんだよ! 上半身だけで、手を使って『テケテケ』って歩くから、そのまま都市伝説の名前になっちゃったの。 最初は地味な怪談だったんだけど、最近は色んな凶器を使って私の怪談を知った人を惨殺できるようになってるよ! 趣味は強い人と戦うことでー、好みのタイプは強い人かな」

「太郎さん! 本当に街を守るために集まってくれてるんですよね!?」

 

いやほんと、怪談の内容だけ聞いてたらなんでテケテケさんが海鳴の平和を守ってくれるんだろうとは思ってしまうよね。

本来残虐な悪霊として伝えられている都市伝説なんだけど、多分、テケテケさん自身は生前から悪い人じゃないから、こうして俺たちと協力できるのだ。

 

まあ、都市伝説の話に影響されてないこともないから、その辺りは戦闘狂な性格とかに現れてるんだろう。

 

 

「………………………」(トコトコ、デス。ミテノトオリ、テケテケノ カハンシンデ…………アンマリユウメイジャナイカラ、ショウカイスルコトガ……)

「あ、やっぱり下半身で別々の人なんですね……なんで言葉が分かるんでしょうか?」

 

そこに突っ込んではいけない。

紹介することが無い、つまりは自分の怪談が地味だから落ち込んでるトコトコさんだが、これでも彼女は都市伝説級の幽霊だ。

ただし、テケテケさんとセットでいる時のみ、という条件がついている。

というのも、彼女の怪談があまりにも知名度が低いせいなのだ。

ちなみに、トコトコさんの怪談をネットで調べてみると、真っ先に出る話が。

 

トコトコ

『上半身のみのテケテケに対して、その下半身だけが動き出すといった話もある。この場合『トコトコ』と歩くためにトコトコと呼ばれている』

 

ほんとにこれっぽっちしかない、怪談もクソもあったもんじゃねぇ……。

あんまりな話だが、完全にテケテケさんのオプション扱いされてしまっているのである。

 

「…………」(イツカ、レキシニノコル トシデンセツヲウチタテテ、ユウメイニナルヨテイ)

「できれば平和的に有名になってくださいね、じゃあ次は足売りさんお願いします」

 

トコトコさんが危ない伝説を打ち立てないように願いつつ、足売りさんに自己紹介をまわす。

 

「ふぇっふぇっ、あたしゃ『足売りばあさん』だよぉ。見ての通り、足を売るのがあたしの仕事さぁ。足がいらないなら買取もかねてるよぉ。ところで、リニスといったかねぇ。アンタも足はいら「ストォーップ!? リニスさんは怪談の事を知りませんから洒落になりませんって!?」ふげぁ!!?」

「えっ? えーと、「リニス! 答えたら足持ってかれるよっ!」分かりました」

 

俺がポルターガイストでマクシー君(小手のみ、ちゃっかり回収済み)を飛ばして足売りさんにロケットパンチ。

花子さんがリニスさんに注意を促すと言うコンビプレーでなんとかその場を収めた

あ、危なかったー! うっかりリニスさんが答えちゃったら、足のない幽霊になってたぞ……、いや幽霊には足は無いだろって言う人もいるかもしれないけど、一応俺たちにも足はあるからね? 地に着かないけど。

 

兎に角足売りさんはあの問い掛けが厄介なのだ。

本人にその意図がなかったとしても、否定か肯定ととれる返事をした時点で怪談が成立し、誰にも足売りさんの商売が止められなくなってしまう。

 

「足売りさん、気をつけて下さいよ! 冗談のつもりかもしれませんけど、リニスさんはほんとに異世界出身だから、対処できないんですから!」

「あたたた……田中ぁ、アンタも随分いい拳を……。悪かった、悪かったよぉ。ついつい癖で、初対面の相手にゃ問い掛けちまうのさぁ、ふぇっふぇっふぇっ」

 

ケラケラと笑う足売りさん、この人絶対反省してないよ……。

 

「では最後は私ですか。はじめまして、異次元ダイスケと申します。怪談では『異次元おじさん』と呼ばれていて、あらゆる世界を行き来し、別世界に迷い込んだ人を送り返すことが仕事です。趣味は異世界を巡っての珍品収集です」

「宜しくお願いします。……あ、貴方は異世界に引きずり込んで人を殺すとか、そういったことは無いんです、よね?」

「ははは、そんなことはしませんよ。まあ先に紹介された皆さんを見れば、そう身構えてしまうのは仕方の無いことです。私は人に危害を加えるタイプの都市伝説ではありませんよ」

「そうなんですね、よかった……」

 

紳士然とした異次元さんの態度にほっとしているリニスさん。

まあ、ここに居る都市伝説の九割が危険な怪談持ちだから、この反応も仕方ないだろう。

かく言う俺も、異次元さんの良心っぷりには大変お世話になってるし、主に他の都市伝説のストッパー役として。

 

 

「……ところで田中さん。先程の足売りさんに飛ばした鎧の小手、以前貸した鎧のものでは」

「あ、ああそうだった!? そ、そのですね、大変言いにくいんですが……。貸してもらった鎧、な、なのはちゃんに、跡形もなく消し飛ばされて……」

 

そういえばまだマクシー君の件を話していなかった事に気付いて、慌てて謝りながら説明する。

借りた鎧をどんな風に使うかはあらかじめ言っておいたのだけれど、借りたからには返しますよと宣言したのにこのザマである。

すると、異次元さんはいつも見せている穏やかな笑顔を更に柔らかな表情へ変えて。

 

 

「そうですか、消し飛ばされてしまいましたか。……………………ちなみにですね、リニスさん。私は異次元を移動するために、空間にゲートを作っています。で、このゲート、私はただの腕力で切り開いてるだけなんですよね」

 

ガオン! ガオン! と異次元さんが何もない空間に向かって水平にチョップするとスタンドめいた怪音と共に別空間につながるゲートが切り開いていく。

それと同時に、俺の視界に上からヒラヒラと何かが舞い散ってきた。

気になって摘まみ取ってみる。

 

……………これ、俺が頭につけてる白い三角巾?

 

「ぶっちゃけるとゲートが閉まる時の切断力より私の手刀の方が切れ味いいんですよ」

「ひいいいいい!? ご、ごめんなさい! ほんとすみませんでした!? 上からスライスしていくのは勘弁して下さいすみませぇぇぇぇーん!!!」

 

よく聞くとガオン音は俺の頭上からも聞こえていた。

頭の先からスライスされてるのに気付いて必死に頭を下げても、次元を超える殺人チョップは確実に俺の頭を刈り取ろうと少しづつせまってくる!

 

「まあ、冗談ですよ田中さん。流石に跡形も無くなってしまうのは予想外でしたが、魔法少女との戦いに使われる以上は覚悟してましたし」

「ひぇぇぇお許しをぉぉ……えっ?」

 

ひたすら謝っていると、異次元さんはふぅ、と溜息をついてチョップを止めてくれた。

どうやら言葉の通り冗談らしい。

こ、怖かった……まさか異次元さんをマジギレさせてしまったのかとおもってしまった。

 

「あの鎧も、スペアを幾つも確保していますから。一つや二つ木っ端微塵になっても問題はありません。…………しかしまさかアレが破壊されるとは……一応+10まで強化した筈……強化と楔石はロードラ……行った事が結果的に防御を下げて……? ……ブツブツ」

「よ、よくわかりませんけど大丈夫って事はわかりました! ホントすみませんでしたっ!」

 

マクシー君はよっぽど自信のある一品だったらしく、破壊されたのが驚きだったようで何やらブツブツ言っている

だが、これ以上異次元さんの話を聞かないほうがいい気がする。

多分、異次元さんはデーモンとかウヨウヨしてる異世界からマクシー君を取り寄せてる。

いやほんとマジであの世界が異世界として存在してるなら、ゲーマーとして興味はあっても、絶対行きたくない!

下手に突っついたら連れてかれそうだしね。

 

 

…………とまあ、そんな感じでリニスさんへの自己紹介を終えた。

多少危なっかしい面はあったものの、リニスさんが都市伝説の恐ろしさをわかってもらえれば、寧ろ良い方だ。

幽霊の知識に乏しいリニスさんには、一刻も早く『絶対に怒らせてはいけない人達』について知ってもらいたかった。

俺と敵対するよりよっぽど命の保証ができないからなぁ、都市伝説級の幽霊って。

 

-4ページ-

 

「さて、お互いに自己紹介も終わりました。そろそろ本題に入りましょう」

 

事前に知るべき事はお互い把握できた、ならば次にすすもう。

俺は円を囲んでいる一同の中から一歩踏み出す。

 

「今回みなさんに集まって貰ったのは、他でもありません。近いうちに、この世界に大規模な災厄が発生します、それに対抗する為に俺たちがどう動くべきなのか。それを聞いてほしいんです」

「災厄って、こないだみたいな。でっかい暴走体が出てくるの?」

 

俺の言葉を聞いたテケテケさんが真っ先に思い浮かんだのは、以前都市伝説の力を総動員して被害を抑え込んだ、妖木の暴走体のことだった。

確かにアイツの危険度は災害級といってもいいだろう、しかし、俺が言っているのはイレギュラーな暴走体のことではない。

 

「いえ、違います。ジュエルシードの暴走体は確かに強力です。でも、それよりももっと強大な『災害』がこの世界全体を襲う可能性があるんです。ジュエルシードが原因なのは間違いありませんけど」

 

暴走体よりもはるかに危険度が高く、それこそ災害と呼ぶにふさわしい現象がジュエルシードの手によって生み出される。

それは、俺の知る『魔法少女リリカルなのは』の物語の最後に引き起こされようとしたものだ。

 

「その災害の名前は『次元震』。今回はジュエルシードを複数個集めて、まとめて暴走させることによって発生します。何とか抑え込んだとしても、数か月は近くの世界で地震などが起き始めるほどの影響があって……もしかしたら、異次元さんは知ってるんじゃ?」

「ええ、職業柄嫌でも見かけますよ。……原因は何であれ、『空間そのものが』引き裂かれて消滅していった世界を」

「はい、下手をすればこの世界も消滅しかねません」

 

やはり異次元さんは知っていたか。

空間そのものがひび割れ、その裂け目からは『虚数空間』と呼ばれる奈落の底がひろがり、やがて世界全体がその中へ飲まれていく。

それが次元震、数多の魔法文明の末路だ。

そんなものが、魔法の魔の字もないこの世界で起こされようとしているのである。

 

「世界の危機……ねぇなんだか、実際に聞いてみても実感がわかないわぁ」

「確かに大袈裟に聞こえるかもしれません。ですが、その準備は確実に進みつつあります」

「ふぇっふぇっふぇっ、何やら大事になってきたねぇ」

 

メリーさんは話のスケールが大きいせいか、危機感が持てないようだった。

他の人もそうだし、かく言う俺だって、次元震はアニメ越しにしか見ていないから現実味が湧かない。

しかし、ただ一人だけは違った。

 

「そ、そんな……!?」

「わあ!? リニスちゃん大丈夫!?」

 

リニスさんの表情は酷いものになっていた。

血の気が引いて顔色は真っ青、幽霊の身でなければその場で倒れてしまってもおかしくないほどに、ショックを受けていた。

余りの弱々しさに、テケテケさんが心配している。

 

何故、リニスさんがここまでショックを受けているのか。

異世界出身で、次元震の恐ろしさを知っている……のではない。

わかってしまったのだ、次元震を『起こしてしまう』人物を。

 

「まさか……プレシアが……? 」

「……はい。リニスさんの考えている通りです。今回、次元震を起こすのは……貴女の生前のご主人、プレシアさんです」

 

プレシア・テスタロッサ。

今、海鳴で起きている事件は、後に彼女の名前を付けられることになる。

この街にばらまかれたジュエルシードを、次元震を起こすために集めている人物だ。

そしてリニスさんのかつてのご主人であり、フェイトちゃんにとっては……母親でもある。

 

「次元震ってのは、そいつのせいで引き起こされるっていうのかい? そもそも、この世界に何の怨みがあって……」

「ち、違います! プレシアはっ、そんな、次元震を起こすような……世界を滅ぼそうとする人間じゃあありませんっ!」

「ちょっ、おちつきな! アタイが不用意に言ったのも悪かったけど、今それを話したって仕方ないよっ!」

 

花子さんがプレシアさんについて話を掘り下げようとすると、リニスさんが必死に弁護した。

やはりプレシアさんが、『世界を滅ぼそうとする悪』として見られているのには耐えられないようだ。

 

「すみません……でも」

 

まだ納得がいかないようで、リニスさんは何か言いたげだ。

この様子じゃあ、プレシアさんが次元震を起こすことも信じてはいないだろう。

……先に、リニスさんの口からプレシアさんについて説明してもらったほうが良いかもしれないな。

 

俺たちがこれからどう動くのかについて、つまり本題を話すにはまず『魔法少女リリカルなのは』の物語の一部始終を、都市伝説の全員に知ってもらわなければいけない。

プレシアさんのあまりにも悲しい事情も、例外ではない。

 

「リニスさん、落ち着くためにプレシアさんの事を話してみませんか? 俺も少し話を急ぎすぎましたし」

「田中、いいのかい?」

 

俺が今後の予定の話を中断することを、花子さんは心配して聞いてきた。

なにせ、世界の危機という非常に深刻な事態だからだろう、俺にかかってる重圧も相当なものなんじゃないかと気にしてくれているみたいだ。

 

「大丈夫ですよ、何も今すぐ大事になるわけじゃないですから。それに、今回の事件はかなり複雑な事情ですしね」

 

いまだ時空管理局も来ていないこの段階ならば、対策を練るにしても十分な時間はある。

まずは先に、プレシアさんについての話をしてもらうことにした。

 

 

「太郎さん、ありがとうございます」

 

説明する機会をもらったリニスさんは、俺に一言礼を言ってから語りだした。

 

 

リニスさんとプレシアさんの主従関係は、約1年と半年程。

リニスさんの使い魔としての役割は『プレシアの娘、フェイト・テスタロッサの家庭教師をする事』。

定められた期間の間にフェイトちゃんを一流の魔導士に鍛え上げ、身の回りのお世話も兼ねるといういわばメイド兼家庭教師のような役割だった。

フェイトちゃんは素直で純粋、少し控えめな性格だが、おかしなところは何もないいい子で、リニスさんもフェイトちゃんを娘のようにかわいがっていた。

 

一方、母親であるプレシアさんは魔法技術の研究者で、研究に没頭する毎日。

だからリニスさんが必要とされたわけだが、母親であるはずのプレシアさんは娘のフェイトちゃんに会うことすら拒み、研究第一な状態だったのでリニスさんが母親の役割もこなしていたという。

 

 

「えーと、フェイトちゃんって、この街にいるもう一人の魔法少女……だよね?」

「あー、そういえば、皆さんの中でフェイトちゃんを見た人はいませんでしたね。そう、なのはちゃんの他に、もう一人ジュエルシードを集めている子がフェイトちゃんです。金髪のツインテールで、黒いぴっちりスーツに黒マントの小学生ですね」

「太郎さんだいぶ語弊がある言い方してませんか、まるでフェイトが不審人物のような恰好をしてるみたいに」

「ちなみにフェイトちゃんのぴっちりスーツ、魔法少女として成長するたびに露出が多くなります。18歳辺りなんかホントもうやばいくらいに」

「ほへー、露出狂なんだねー」

「ちょっとまってください!? それは本当なんですか!? 未来を知ってるのは分かりますけどフェイトの将来はそんなに犯罪臭が立ち込めてるんですか!?」

 

リニスさんが何か言ってるけど、大体本当の事なんでスルーする。

テケテケさんが確認するように聞いてきたので、軽くフェイトちゃんについて説明したつもりだ。

思えば、フェイトちゃんと遭遇する場面では悉く都市伝説の皆さんがいない状態だったなぁ。

ちなみに、テケテケさん以外の都市伝説の反応は『まあ露出狂ぐらいなら魔法少女として安全だろう』みたいな感じ。

なんかいろいろごめんね、なのはちゃん、フェイトちゃん……。

 

「ほらほらリニスさん、脱線させた俺が言うのもあれですけど、話を戻しましょう」

「うう……あとできっちり聞かせてくださいよ……」

 

閑話休題。

 

とにかく、リニスさんは使い魔として生まれてからの1年と半年、そのすべてをフェイトちゃんの家庭教師として過ごしていた。

その期間の中でも、フェイトちゃんがプレシアさんと『家族』として触れ合う姿は一度も見ることができなかったという。

 

「それでも、フェイトは今もプレシアの事を母親として慕っているんです。『昔はとても優しい母さんだったから』と」

 

そう、フェイトちゃんは憶えていた。

かつて、自分がもっと幼かったころの記憶を、プレシアさんが優しい母親だったころの時間を。

フェイトちゃんがリニスさんのもとで必死に魔導士の修行をしているのも、すべては母親に振り向いてもらうためだった。

 

「それにしたって、一年と半年の間もプレシアは娘に会わなかったんだろう? とてもじゃないけど、娘に対する愛情ってもんが欠けてると思うね」

「確かに、厳しい母親にしては、少し度が過ぎていますね」

 

花子さんも異次元さんも、プレシアさんには異常を感じていた。

どんなに厳しくとも、子供には親という存在が必要不可欠なのだ。

かつて優しい母親であったのなら、なおさらだ、仕事にかまけていれば子供がどれだけ寂しい思いをするのかは理解できている筈なのに……。

 

「私の契約が切れた後……つまり私が死んだ後も、まだプレシアはフェイトに母親として接した事はありません。それどころか、プレシアは自信の『研究』に必要な物を手に入れるために、フェイトを危険な世界に送り込む毎日です」

「それじゃあ、フェイトがジュエルシードを集めているのは、ろくに話もしない母親の為ってわけかい」

「はい、そしてフェイトも何故プレシアがジュエルシードを欲しているか、理由も知らずに集め続けているんです」

「……そのプレシアってやつは、研究者としては一流なんだろうけど。母親としては失格だね」

 

悲しみと諦めが混ざった表情で、母と娘の現状を話すリニスさん。

面識すらない家族の話でも、あまりのひどさに花子さんも言葉に怒りが混ざっている。

 

……花子さんが前に言っていた『戦う前からリニスさんが弱っていた』理由がわかった気がした。

 

リニスさんは、残されたフェイトちゃんが心配で死ぬに死ねなかった。

フェイトちゃんと一緒にいる間に、魔法を教え、デバイスを遺し、やれる限りの事をやって、それが少しでも事態をいい方向に進めることができていれば……そう願って幽霊になった。

それでも、何一つ変わらない現実を見せられ続けていたのだ。

そんな地獄のような日々をこの人はずっと送ってきて、精神をすり減らしていたのだ。

俺たちが手を差し伸べなかったら本当に消滅してしまっていたかもしれない。

 

「でも、プレシアも昔は良いお母さんだったんでしょ? それが今そんな状態になってるっていうなら、何か事情でもあるんじゃないの? 例えば……その没頭してる研究が、大事な娘の為にどうしても必要とか」

「……っ」

「え、もしかして図星?」

 

メ、メリーさん……なってこったい、その予想はある意味で的中している。

予知能力でもあるんじゃないかってくらい、その通りだ。

そして、それを聞いて押し黙ったリニスさんの表情がさらに暗いものに変化していく。

……ああ、リニスさん。

やっぱり貴女も知っていたんですね。

 

 

「ええ……確かに『娘の為』の研究でした。……フェイトではなく、『アリシア』の為の」

 

フェイトちゃんの、余りにも悲しい出生を。

 

 

「アリシアは、プレシアのもう一人の娘です。フェイトにとっては……一応、姉にあたります」

「やけに引っかかる言い方じゃないかぁ」

 

一応、という前置きに違和感を覚える足売りさん。

確かに、フェイトちゃんとアリシアちゃんは普通の姉妹とは言い難いだろう。

 

「……アリシアは、もう随分前に亡くなっているんです。プレシアが以前に研究していた、次元エネルギー装置の無理な可動による暴走に巻き込まれて」

 

アリシア・テスタロッサ。

プレシアさんのもう一人の娘で、この物語が始まる前に亡くなっている。

彼女の死が、かつて優しいお母さんだったプレシアさんを狂わせてしまった。

この物語は彼女の死から始まっているともいえるだろう。

 

「死んだ娘の為ぇ? そりゃあ一体どういうことさねぇ、生者が死人に何をするつもりか知らないけど母親にとっちゃあ生きてる妹を優先するべきなんじゃないのかい?」

「それは、違うんです。少なくともプレシアにとっては、自分の娘はアリシア一人だけなんです……最初から、ずっと」

 

プレシアさんにとって娘はアリシア一人、この言葉に都市伝説のみんなは困惑していた。

矛盾しているのだ、フェイトちゃんの記憶にあるプレシアさんと、今のプレシアさんが。

フェイトちゃんの記憶を信じるならば、プレシアさんは昔は優しい母さんだった。

しかし、リニスさんの言葉では、プレシアさんはずっとアリシアちゃんだけを娘として愛しているように聞こえる。

俺も原作を知らなかったら、この矛盾の原因はわからなかっただろう。

 

 

「プレシアが行っているのは『死者を蘇らせる研究』なんです。フェイトは、アリシアを蘇らせる過程で生まれた、アリシアの記憶を受け継いだ……クローンなんです」

「「「「「「!?」」」」」」

 

想像もできなかった真実に、その場の全員が凍り付いた。

 

アリシアちゃんが死亡する原因になった暴走は、プレシアさんに非があったわけではないらしい。

結果を焦った上層部が、現場責任者であるプレシアさんの許可なく起動実験を行ったというのが理由だったという。

しかし、自らが研究していた次元エネルギー装置が原因で愛娘を失ったプレシアさんは、自分がアリシアちゃんを殺してしまったと思い込み、贖罪と失ったものを取り戻すためにあらゆる手段を講じた。

 

その過程でたどり着いたものの一つが、クローン技術だった。

 

アリシアちゃんの細胞を使って、細胞的に同一の個体を作り上げ、脳に亡くなった人間の記憶を植え付けることで『同じ人間を作り出す』研究。

フェイトちゃんは、『アリシア』として作り出された存在だったのだ。

 

「でもフェイトはアリシアと同じ容姿と記憶を持ちながら、アリシアとは違う人格……フェイトとして生まれました。アリシアを蘇らせたい一心のプレシアは、その事実を『失敗』だと思ってしまったんです」

「なるほどね、それでフェイトには昔の優しい母親の記憶が残ってるってわけかい。まったく、魔法世界っていう割にはこっちの世界よりも文明が進んでるなんて、性質が悪いね……」

 

花子さんが苦々しげに呟く。

プレシアさんもなまじ高度な技術があったが故に、アリシアちゃんを諦めなかったのだろう。

それゆえにフェイトちゃんを娘ではなく、『失敗作』として見てしまったプレシアさんにとって、フェイトちゃんは罪の象徴となってしまったのである。

 

「私は結局、死ぬ最期までこの事をフェイトには話せませんでした。プレシアを説得しようにも、使い魔の契約の期限が近くて、説得する前に私が消えてしまう。フェイト達を連れて遠くに逃げても、使い魔の契約を切られれば同じ事。それにプレシアも病に冒されていつ限界がきてもおかしくない状態なんです」

「…………?」(ソンナジョウタイデ、『オヤコガワカリアウ』カノウセイニカケタノ?)

「もう……そうするしか私にはできませんでした」

 

リニスさんはあまりにも無力な自分に、悔しさで体を震わせていた。

もっと自分に時間が残されていたなら、そんなことを何度も考えて過ごした生前だったのだろう。

結局、リニスさんにできたことは、少しでもプレシアさんの目に留まるようフェイトちゃんを超一流の魔導士に鍛え上げること、そして自作のデバイス――――バルディッシュをプレゼントすることぐらいだった。

 

 

「……話の通り、今のプレシアはアリシアを蘇らせることだけに執着する人間なんです。それ以外の事にはまるで興味がない、それこそこの世界に思うところがあって次元震を起こすというようなことは決してないはずです」

 

リニスさんの話はそれで終わった。

一通り話したお陰で落ち着けたみたいで、顔色もだいぶ良くなっていた。

ただまあ、話の内容がきつかったせいで表情は暗くなってるけど。

 

「ジュエルシードは、願いを叶えようとする特性を持っています。――――太郎さん、きっとプレシアはそれを利用しようとして……失敗して、次元震を起こすのではないですか?」

 

そして、これから俺の話すことはリニスさんの表情をさらに暗くしてしまうだろう。

なんせ、プレシアさんは……。

 

「残念ですが、それは違うんです。プレシアさんは、確かにアリシアちゃんの為にジュエルシードを集めています。でもその目的は初めからジュエルシードを暴走させて次元震を起こすこと。……正確には次元震によって生まれる虚数空間の先にある、『アルハザード』に行こうとしているんです」

 

 

今やプレシアさんは、アリシアちゃんの為なら何を犠牲にしても躊躇わない、例えそれが他人の命だったとしても。

 

「「「「「アルハザード?」」」」」

 

俺とリニスさん以外のみんなが、突然出てきた聞きなれない単語に首を傾げていた。

リニスさんも、いきなりその場所の話題が出てきて面食らっていた。

 

「アルハザード自体は、遥か昔に滅んだ世界です。現在確認されてる世界のどこよりも進んだ文明を持っていて、そこには時間とか生死を自由に操れる秘技があったとかいわれています。……ですよねリニスさん?」

 

一応アルハザードについては知ってるけど、俺はアニメで見た範囲でしか知らないのでリニスさんに確認を求めた。

 

「は、はい。ですけど、本当にアルハザードなんてあったかどうか分からない、それこそおとぎ話だと言われています。プレシアは、本当にアルハザードの話を信じて……?」

「プレシアさんがそれしか手段が無いと思っているんでしょうね。アリシアちゃんを蘇らせるのも、自分の病気を治療するのも」

「そん、な」

 

リニスさんが今度こそガックリとへたれこむように座る。

少しでも事態を良くしようと自分なりに考えた末に消滅を選び、わずかでもプレシアさんの寿命を延ばした結果が、最悪な方向へ向かい始めているのだから、当たり前だ。

 

「つまり、アタイ達はプレシアの無謀な賭けに巻き込まれてるってわけだ」

「次元震をなんとかするのが、私達の役目ってわけだね!」

 

今の話から今後俺たちがどう動くべきかを推察した花子さんとテケテケさん。

だけど、俺が考えてる事とは違っていたりする。

 

「あ、別に次元震は何とかしなくても大丈夫ですよ。というか、放っておいても何とかなります」

「「「「「………………は?」」」」」」

 

花子さん達と、そして絶望の表情だったリニスさんまでもが俺の発言に呆気にとられていた。

そう、かなり長ったらしく説明したものの、今までの話の核である次元震は脅威ではないのだ。

 

「俺が前に生きていた世界じゃあ、この事件は解決する未来になってるんですよ。プレシアさんは次元震を引き起こすものの、なのはちゃん達によって規模が最小限に抑え込まれて、無事に平和が守られます」

 

次元震による最悪のバッドエンドは、原作通りに物事が進めば回避できる。

今まで俺達がやってきた、原作外のイレギュラーに対応して、形だけでも原作と同じ様な展開へ話が進む様に誘導するだけでいい。

この世界の平和を守るだけならば、わざわざこうして集まってもらう必要もなく、今まで通りにイレギュラーに対処するだけで良いのだ。

 

それに加えて、この世界のなのはちゃんやユーノ君、あとレイジングハートさんは原作以上に成長をしているみたいで、ひょっとすると今後俺たちが一切干渉をしなかったとしても原作通りに話がすすむ可能性だってある。

 

「ただ、それだと最期までフェイトちゃんとプレシアさんは分かり合えない。そして、プレシアさんは次元震で出来た虚数空間に身を投げ、行方不明になる。この未来を変える為に、皆さんに集まってもらったんです」

 

どうしても救われなかった人を、今度こそ助ける。

俺と、都市伝説の皆と、そしてリニスさんの力でこの原作をブレイクするのだ。

 

「今からの俺たちの目標は、この事件の元凶になるプレシアさんに直接干渉することです。干渉して、彼女に次元震を起こさせる気を失くすこと、そしてフェイトちゃんを娘として見てもらうこと。そのために皆さんに協力してほしいんです」

 

 

これからの俺たちは、本格的に未来を変えるべく動き出す事になった。

 

 

 

「ちょいと待ちな、アタイからも話したい事がある」

 

と、俺が具体的な作戦を話そうとする直前であった。

ピシリと手を挙げて場を収めたのは、花子さんだった。

 

「花子さん? どうかしたんですか?」

 

唐突な花子さんの制止、今までの聞いていた素振りからして、花子さんも原作ブレイクについては賛成している風だったから、俺は首を傾げた。

 

「元凶のプレシアをなんとかするのはアタイも賛成だ。でも、イレギュラーの対処にも充分気を配るべきだね」

「イレギュラーの対処って、今までずっとやってましたけど……これまで以上にですか?」

「ああ」

 

イレギュラー、俺が知っているリリカルなのはの世界では現れる筈がなかった暴走体。

その正体は、あの大木の暴走体の事件で、悪霊がジュエルシードに接触した存在である事は分かっていた。

 

「ねぇ花子、そんなに警戒することかしら? イレギュラーって言っても、今までの奴らはここにいる都市伝説が一人いれば充分勝てる相手よ? 寧ろお釣りがくるくらい」

「そーなんだよねー。わたしも手に負えない化け物が出てくるから手伝え、って言われてワクワクして海鳴に来たのにちょっと期待外れだったんだよねー」

「……ほ、本当に皆さんは規格外なんですね」

「まぁまぁリニスさん、都市伝説の幽霊と俺達を比べちゃいけませんって」

 

 

メリーさんやテケテケさんの言う通り、例えジュエルシードを使って強化された悪霊だろうと、都市伝説級の幽霊が一人いれば簡単に討伐はできるのだ。

まあ原作では、ジュエルシードが複数発動した場合もあるから、その時だけは全員で対応しよう……なんて考えていたのだけど。

 

「我々都市伝説で一番強い貴女がそこまで言うということは、何か掴めたんですか?」

「察しがいいね、異次元。その通りさ、田中がリニスと戦ってる間に、アタイも戦ってたんだよ。イレギュラーとね」

「えっ!? 戦ってたって、大丈夫でしたか!?」

「落ち着け田中、見ての通り無事だから」

 

 

まさかの発言に、俺は仰天する。

俺とリニスさん、そしてフェイトちゃんとの決戦はイレギュラーの介入は無かったと思い込んでいたのだから。

でも俺の知らないところで介入はあったのだ、それも花子さんに危険が降りかかっていたなんて。

 

「花子さん、そうだったらもっと早く話しても……」

「アタイもあの時のイレギュラーがただの悪霊だったら、直ぐ話してたさ。今回は話が違う、だから全員が集まるここで言うことにした」

 

花子さんがそこまで言うイレギュラーとは、一体何なのか。

 

 

「アタイがあの時戦ったイレギュラーは悪霊じゃあない、理性を持った都市伝説級の幽霊だった。しかも狙いは……田中、アンタと戦うことだったんだよ」

「……え?」

 

俺。

俺が、狙われていた……?

今までの悪霊とは違うイレギュラー、それも都市伝説級の幽霊。

そんな奴に心当たりが一切なかった俺は、ただ呆然と花子さんの話を聞く事しかできなかった。

 

-5ページ-

 

「けっ、相変わらず辛気臭ぇな、此処は」

 

「反省の色が見られないな、板張。此処に文句があるなら、今直ぐ追放してもいいんだぞ?」

 

「まーまー、リーダー。バンチョーもあの状況じゃ仕方なかったしさー。許してあげよーよー」

 

「今バンチョーが抜けると、ウチらの戦力もかなり落ちちゃうしねえ。それに、名前が分かっちょってもウチら田中くんの知り合いでもないわけじゃから、普通に気づかれんと思うよ?」

 

「個人の名前はどうでもいい。問題は俺たちが集団で行動してることばれたのがマズイということだ。板張個人が勝手に勝負を挑むならどうってことはないが、あれじゃまるで俺たち全員が田中達と敵対してるように誤解されるだろう」

 

「ったく。アイツに計画の事を話せば、こっち側につくことだってあるだろうが」

 

「その前に回収されたら終わりだというのがわからないか!」

「みみっちぃ野郎だな!やる気かオイ!?」

 

 

「あーあー、ウザったいウザったい。男共がギャーギャーうるさいしぃ。……ところでぇ、ハカセはどこいったしぃ? ここにいない感じしてるんだけど」

 

「……アイツはジュエルシードの所在を、先生と一緒に確認してる。先生はここには入れられないからな」

 

「通りでいなかったんだねー」

「まて、連絡が来た。……どうやら、ジュエルシードは無事らしい」

 

「やっぱ問題ねえじゃねえか」

 

「ああ、だがすぐにでも行動を起こしてもらう。田中が余計なことをする前に、各自ジュエルシードに接触すること」

 

「田中くんねぇ。彼、わかっちょるんかな? 『自分が死んだ本当の理由』を」

 

「……忘れてるんじゃねー? だってぇ、自分の事そっちのけで人助けなんてしてるしぃ」

 

「だから俺に任せろって、いっぺんケンカすりゃあっという間に仲間入りよ」

「わあーすっごい不安ー」

 

「まあいい、田中が仲間になろうとなかろうと、俺たちの目的は一つ。すべてのジュエルシードを集め……復讐を果たす」

説明
シン・ゴジラを一か月くらい前に見てきました。
まさか同じ映画を二回も見に行くなんて思ってもみませんでした。
みんなも見よう(遅すぎる宣伝)
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コメント
ノッポガキさんお久しぶりです!今のところなのはさんを恐れているのはリニスさんを除く(気絶していたので知らない)田中陣営の全員ですからね……。ちなみに、生きている人の中でなのはさんを恐れているのはトラウマになったフェイトちゃんのみです。人払いの結界を張れるユーノくんマジ優秀(タミタミ6)
とりあえずなのはさんが恐れられすぎてヤバイ。(ノッポガキ)
久々に見に来てみれば、更新乙です。(ノッポガキ)
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魔法少女リリカルなのは 幽霊 ソウルフル田中 ギャグ 

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