義輝記 星霜の章 その四十参
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【 喧々諤々 の件 】

 

? 司州 河南尹 鶏洛山付近 にて?

 

 

光秀「───颯馬ぁぁぁぁっ!」

 

義輝「は、早く呪縛を解けぇ、解かんかっ!!」

 

信長「………………………」

 

于吉「うふふふ……愛と憎悪の果ての結末……ですねぇ。 貴女達は本当に運がいい。 こんな素晴らしい男女間の見世物を、そんな特等席で見れるのですから。 お世辞抜きに遥か先の未来で見える『昼ドラ』並に面白いですよ!」

 

左慈「────ふんっ!」

 

于吉「嫉かなくても大丈夫ですよ、私と左慈の仲じゃないですか! 何だったら、ここで見せつけちゃいますぅ? 私は別に何処でも…………」

 

凪「貴様らの事なんか、どうでもいいっ! 早く私達を──!」

 

于吉「…………騒がしいですねぇ。 私と左慈のイチャコレに口を挟むなんてぇいい度胸です。 少しの間、その口をつぐんでいなさい! 『閉』!!」

 

凪「───あがっ!? ぐ、ぐぎぎぎぎぃぃぃぃっ!!」

 

愛紗「凪っ!? ───き、貴様ぁあああっ!!!」

 

于吉「………これ以上、私を不機嫌にする言葉は慎んだ方が良いですよ? 貴女の命など直ぐに刈り取れますからね。 それよりも……あの二人を見てなくて大丈夫か? 見てない時に死んでいたら……後悔してしまいますよ?」

 

愛紗「お、おのれぇぇぇっ!!」

 

于吉「あぁ──礼なら不要です。 私も楽しませて頂いていますからね。 っと、少し余所見をしてましたら、何やら面白くなりそうではありませんか!」

 

「「「 ──────!? 」」」

 

ーー

 

義輝達は、動けぬ我が身を必死に動かそうとするが、妖術で束縛され、反撃する機会も得られない。 于吉に罵詈雑言を放つのが関の山だ。 

 

対して、未だに傷が癒えぬ于吉だが、左慈に背負われ至福の表情を浮かべ、左慈との会話を邪魔すると、妖術を発揮して光秀達を苦しめている。

 

そして、左慈は──両目を閉じ、腕を組みながら直立不動のまま動かなかった。

 

 

★☆☆

 

 

順慶の唐突な変貌に気付いたのは、義清が日頃から読んで学んでいた兵法書の影響である。 颯馬の役に立つには、武芸ばかりではなく、兵法書も読破しなければならない。 そう考えて、勉学に励んで出した結果だった。

 

孫子 九地篇に曰く──『始如処女、後如脱兎』

 

義清は、今までの順慶の行動から不審を抱き、様子を窺っていたのだ。 

 

そして、今の状況から顧みると──順慶が颯馬を氣を渡して治癒したのは、颯馬を助ける為だけでない。 わざと氣を消耗して油断を誘い、颯馬を罠に嵌めたのでないのか? 

 

───つまり、自分達は………順慶の掌で踊らされたのでは?

 

そう考えた義清は、身体を震わせて叫ぶ。

 

ーー

 

義清「や、やはり、順慶は両面宿儺じゃ! 後悔したと見せ掛けて、兄者を襲う二面の鬼神! ここは何としてでも───」

 

左近「────!?」

 

ーー

 

ならば、その禍根をこの手で絶て、兄者を救うまで! そう考えた義清は愛槍を構え直し、少し先に居る順慶に向かって突き掛かろうとした!

 

だが──義清の前に急に現れた左近が、愛槍を掴み倒し義清から奪い、遠くに放り投げ、義清の顔を平手で打ちすえた!

 

ーー

 

義清「───な、何をする、左近殿っ! 兄者が、兄者がぁあああっ!!」

 

左近「早まるな! このまま傍に近付けば、颯馬が順慶殿に絞め殺されるだけだぞ! 心を落ち着け、冷静に物事を考えろぉ!!」

 

義清「うぅぅ………うわぁああああああ───ッ!!」

 

ーー

 

すぐに起き上がった義清は左近に掴みかかり、左近も避ける事もなく義清にされるがままで受け入れた。 義清は何度も何度も……左近の胸に両手を拳へと変えて、ポカポカと殴り続ける。 

 

──義清は後悔していた。 順慶を疑っていたのに関わらず、左近の言葉を信じて連れて来てしまったのを。 

 

順慶を連れてきたのは、確かに左近の咎であろうが、左近の頼みを断れず、一緒に案内してしまった愚かな自分も──また同罪。 

 

その罪の重さで、一時的に錯乱した義清だが………その罪悪感が消える事などなかった。 

 

ーー

 

義清「───左近殿ぉ! どうすればいい!? どうすればいいんじゃ!?」

 

左近「……………………」

 

義清「迷惑を掛かるのが、私一人だけなら……まだ良い! しかし、兄者を危機に陥れ、皆を危険な目に合せてぇ! これでは……皆にも、兄者にも! 申し訳が立たぬではないかぁ!!」

 

左近「………………」

 

ーー

 

涙ながらに訴える義清に、左近は静かに顔を近付け、義清の耳元に囁いた。

 

 

『───順慶殿を信じろ』……と。

 

 

 

◆◇◆

 

【 提案 の件 】

 

? 河南尹 鶏洛山付近 にて?

 

 

そんな義清達の騒動を余所に、順慶と颯馬のやり取りが続く。 

 

陣羽織で隠したままで颯馬を抑え込む順慶、そして順慶の拘束から逃れようと試みる颯馬。 しかし、地力の差では順慶に分があり、どうしても脱け出せない。 このまま行けば、于吉の目論み通り颯馬の運命が決まる筈だった。

 

───順慶が颯馬に話しを持ち掛けなければ。 

 

ーー

 

順慶「颯馬サマ……このママ……貴方ヲ苦しめルのは………ワタクシとしテは……不本意。 ですカら……譲歩しテ……さしアゲましょウ……か?」

 

颯馬「…………………?」

 

順慶「このワタくシの……願イ事を……颯馬サまに………叶えて頂けレバ………解放いたシますワ。 直ぐニデモ………」

 

ーー

 

どう考えても不利なのは颯馬であるのに関わらず、その優勢を捨てて新たな提案を示す順慶。 その言葉に、今の立場を打開したい颯馬は、順慶の会話に耳を傾けた。 

 

順慶の狂気に満ちた瞳が、颯馬を捉えて離さない。 背筋に冷たい物が走るものの颯馬は口を開き、順慶が提案という名で強請る命令の内容を尋ねた。

 

ーー

 

颯馬「選択があって無いようだけど……一応、聞かせてくれ。 俺に何を望むのか………」

 

順慶「簡単ナ事でスわ。 この……わタくシ『筒井順慶』を………愛してイルと。 生涯………ワタくしノみに愛を誓う……ト……言っテ欲シイのでス。 明智光秀……なド……颯馬様に……相応シク……アりマセんわ………」

 

颯馬「──────っ!?」

 

ーー

 

その言葉に、颯馬の口より声にならぬ絶叫が発しられた。 順慶は光秀を捨てて、自分を娶れと。 順慶だけを生涯かけて愛せよ………と。

 

その言葉に、すぐさま不定の言葉を出すつもりだった颯馬。 

 

そもそも颯馬にとって光秀とは──『天に在りては願わくは比翼の鳥と作り、地に在りては願わくは連理の枝と為らん』と誓った仲。 これだけなら、如何に順慶からの命令だろうと、颯馬は拒否していただろう。

 

だが、順慶の言葉には続きがあった。

 

ーー

 

順慶「誓って……頂ケレば……ワタくシが……老師(左慈)ヲ説得し……矛を収めさセマしょウ。 そウスれば……董仲穎ガ持ツ……銅鏡ハ自然と別れ……颯馬サマ達の……目論み通リ……事ガ運べ……マスわ」

 

颯馬「光秀達や月さま──いや、董仲穎様達は、一体どうなるんだっ!?」

 

順慶「銅鏡ハ……世界を繋グ鍵。 世界ハ別れ……二度ト逢う機会モ……無いデショう。 当然、コノ世界に残ル者……全テ……ですワ。 デも、颯馬サマは別。 ワタクシが……此処かラ連れ出し……二人キリで………」

 

颯馬「─────!」

 

順慶「本来ナラば……颯馬サマ……に……寄リ添う……邪魔な屑虫共。 当然……共に……消滅サセる……のでスガ……こレモ……ワタクしの慈悲。 ダって……颯馬様に……これ以上……嫌わレタく……ナイの………で……」

 

颯馬「もし……その申し出を断れば………」

 

順慶「勿論……颯馬様ヲ……殺し……死ヘノ道連れニ。 他の者ハ………どうナロうと……預カリ知らヌ事。 老師が……気に掛ケテくれレバ……生き残れルと……思い……ますガ。 多分……ふふふ……無理ナ話………かト……」

 

颯馬「────ギリッ」

 

ーー

 

順慶の提案は、自分だけに愛の誓いを立てれば、左慈達との和解で銅鏡の問題を解決。 その後は、二人だけで新天地へ向かうという荒唐無稽な提案。 その選択を蹴れば、颯馬と共に心中をするという、実に自己中心的な話だ。 

 

しかし、仲間達や自分の命を考えれば、最初の選択が望ましい。 犠牲になるのは颯馬だけ。 颯馬が順慶を愛せば──全てが収まる。 それに、この選択を蹴れば颯馬は順慶に殺され、仲間達も颯馬の後を追う事になろう。 

 

この難題に、颯馬は一瞬だけ目を閉じると──口を開いて決断した。

 

 

◆◇◆

 

【 答え の件 】

 

? 河南尹 鶏洛山付近 にて?

 

当然ながら、この話は于吉の想定に外れる事になるので、小声でのやり取りをしていた。 しかし、この会話は──この場に居る全員が聞く事ができた。 

 

ーー

 

? 左慈&于吉 にて ?

 

左慈「………次は盗み聞きか?」

 

于吉「当然です。 術を掛けましたが、あくまで順慶の心を素直にさせたまで。 忠実に指令を全うする傀儡兵達とは違い、私の予測を越えた行動を起こす可能性は大ですからね。 こうして、適切に管理しないと………」

 

左慈「…………おい、俺にも会話が聞こえ──いや、この場に響いているのだと!? 于吉、貴様──」

 

于吉「あははは………ちょっと、術が不完全でしたね。 盗み聞きするつもりが、完全公開プレイになってしまいました。 まあ、秘密というのは何時かバレるもの。 だから、今バレても問題無しですので、このまま続行──と!」

 

左慈「…………ふん、わざと会話を他の人形共にも聞かせ、その団結を乱そうと目論むか。 まったく、敵を甚振るのが本当に好きな奴だ。 俺にとっては反吐が出るやり口だが………その有効性だけは認めてやる」

 

于吉「いいですねぇ……気分がそそられますよ! 私を甚振るのは……左慈だけで十分です! 本来の私は、敵を存分に甚振るのが大好きなんですからね! 裏切りと苦痛で絶望した顔を眺めるのは、何より興奮するんです!」

 

左慈「───チッ、変態が………」  

 

于吉「………ふふふ、それにですね? 筒井順慶というポッと出の者に、私の左慈は渡せませんよ。 誰が渡すものですか……うふふふふ」 

 

左慈「…………………」

 

于吉「──さて、今度こそ私達の勝ちですよ、天城颯馬。 一時はどうなるかと思いましたが、くくくっ………実に面白い結果になりました。 そうですね……あえて言えば『リア充爆発しろ』というとこですかぁ?」

 

左慈「──おい!」

 

于吉「冗談ですよ………左慈。 くくくっ……ですが、これ程まで気分が高揚するのも実にぃ、実に久しぶりですよぉ! 強敵を完全に嵌め捕え、あと一手で決まると思うと……『私の気分は最高にハイッ!』というものですぅ!!」  

左慈「たが、彼奴は生きている。 止めを刺さない限り、逆転の可能性もあるんだぞ。 奴は……あの不利な情勢から優勢にと逆転を成し遂げた男だ。 それを忘れず──注意しておけ!」

 

于吉「左慈も心配し過ぎですね。 順慶を選べば世界から追放、彼女達を選べば順慶に殺される。 どちらをとっても、天城颯馬という強敵が省かれば、この世界は崩壊しましょう。 要の一つが消えるのですからね……くくくくっ」

 

左慈「………俺は警告はした。 後は知らんぞ、于吉………」

 

ーー

 

? 義輝、愛紗、凪 にて ?

 

凪「ご、御心配をお掛けしました。 もう……大丈夫……です」

 

義輝「よい、普段通りに喋れるなら僥倖。 あやつが少しの間と言っていたのも、満更間違いではなかった……というじゃな」

 

愛紗「すまぬ、凪。 私が不甲斐ないばかりに………」

 

凪「い、いえっ! あれは、私自身の───あっ! こ、声が……空中から響いて……あ、天城様ぁ!?」

 

義輝「………颯馬と順慶との会話を……か。 わざわざ妾達に聞かせるとは、随分と厚遇してくれるものじゃの。 あの于吉という狂人は…………」

 

愛紗「ですが、私達は動けぬ身。 ここは会話を余さず聞いて、何時でも動けるように準備しておくが──はあっ!?」

 

義輝「───筒井からの案じゃと!?」

 

凪「あ、天城様に庇って頂いた恩を、仇で返すだけでは飽き足らず……あんな無理難題を突き付けるなんて──!!」

 

愛紗「…………………」ギュッ!

 

義輝「皆………ここは落ち着け。 今は颯馬に任すしかあるまい」

 

凪「義輝様!!」

 

愛紗「しかし──このままでは!?」

 

義輝「………動けぬ妾達では、何をしようとも無駄じゃ。 颯馬が容易く順慶の言いなりになるとは思えぬ。 今は焦らずに……機会を待つしかないのじゃ」

 

凪「───わ、私が力不足で……申し訳なく……」

 

愛紗「武神などと呼ばれ、増長していた報いか………」

 

義輝「───言うな、油断していた妾も悪いわ!」

 

凪「義輝様………」

 

義輝「あの時、余裕綽々で相対したばかりに、この様な無様を晒し颯馬を危うくさせるとは! この動けぬ我が身が……実に口惜しいっ!! 何が将軍じゃ、何が剣豪じゃ! この危機に動けぬ妾に何が出来るというのだ……」

 

「「 ………………! 」」

 

ーー

 

? 信長、光秀 にて ?

 

信長「…………それにしても可笑しな話だ。 今まで死にぞこないだった者が、急に元気になるものか? そもそも、颯馬を狙うのであれば、私達が動けず、颯馬も弱っていた時点で奪えばいい。 手間掛かる演技など……不要ぞ?」

 

光秀「ですが、あの演技が颯馬の情を動かして、順慶殿に近付いたのは事実。 やはりあれは、順慶殿個人による謀だと! ならば、いち早く颯馬を助けださねば、颯馬の命は……最早、ありません!!」

 

信長「ふん……甘いな。 颯馬に恋い焦がれている筒井順慶が、一時とはいえ、己の美貌まで捨てて近付く間抜けをするものか。 あれは必然の出来事、颯馬を助ける為に行った献身よ。 順慶の策なぞあろう筈がないわ」

 

光秀「………そんな! 信長様、その理由をお聞かせ願く──」

 

信長「ふっ、そもそも『醜』『老』を避けるのは男の性よ。 その様な愚を晒せば、後々の障りになるぐらい順慶も理解しておろう。 それが、今の姿を颯馬の前で晒している。 そうなれば、答えは簡単に導き出されよう?」

 

光秀「───で、では!?」

 

信長「………この場合、何かの力が加わった為に変貌したと見るのが普通。 しかも、そんな事を企む輩が──ほれ、すぐ側に居るではないか?」

 

光秀「───あっ!?」

 

信長「…………確信は無いがな。 だが、あり得ない事も無かろう? この様な目に我らを遇わせる術の持ち主であり、順慶との関係から考えると……限り無く怪しい事この上ない。 どうだ、その金柑頭で理解できたか?」

 

光秀「……………私が……不甲斐ないばかりに………」

 

信長「ふん、たわけが! 反省するのなら猿でもできる。 いや、サルなら……この状況から勝ちを得よう奮起するぞ! 貴様も悩み苦しむのではなく、颯馬の為に己が出来る事を成し遂げてみせよ!」

 

光秀「───で、ですが……身体の自由が効かない今、どうやって………」

 

信長「ふむ、この状態から脱け出すには……ちと、刻が必要……か。 直に雲で隠された月が何処の間に顔を出すが如く、この状況にも動きが来よう……」 

 

光秀「…………………?」

 

信長「その時こそ……颯馬を救う時ぞ、光秀!」

 

光秀「───!」

 

ーー

 

様々な思惑が浮かぶ中、颯馬が決断する。 

 

世界の命運が、颯馬に関わる者全ての運命が、颯馬の言葉により決定した。

 

 

 

 

 

颯馬「………順慶殿、その提案。 この天城颯馬が慎んで──断らせて貰う!」

 

 

 

 

説明
義輝記の続編です。 少し短めですが。
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