白の猴王  Act.7 羅刹の縄墨
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  白の猴王  Act.7 羅刹の縄墨  

 

 しかし

 ― 逃げるのが主になるなら大きく体力を削がれる事態にはならない筈だ ―

と考えはしたが、一度に三頭が相手では中々思い通りにならない。

真正面から飛び込んできたドドブランゴを側転で避けると幕となった雪煙から白い巨魁が姿を見せた。

「くそ!」退避は間に合わない。ドーラは無我夢中で大剣を前に掲げる。が、どうやら相手は他の二人だったらしく、そいつは横っ跳びに地を跳ねて再び雪煙に消える。

安堵する暇はない、首を巡らして斜め後ろ、さっきまでラージャンがいた場所の気配を探る。

 

 いた。

 

 だけじゃなく赤いザクロのような顔がこちらを向いている。糞!ブレスだけは勘弁してくれ、祈りながら大急ぎで大剣を背に収め、たった今通り過ぎたドドブランゴに向かって駈ける。

幸運な事にラージャンはブレスではなく薙ぎ払いで向かってきた。振り回してくる腕の風切り音に風圧が加わったのを機会に横っ飛びで雪原に避ける。

しかし距離が足りなかったようだ。完全に避けきることが出来なかったドーラの体は半回転して雪原に放り出された。

風に吹き締められた雪は見る程柔らかくはなく、鈍い衝撃にドーラの息は詰まる。

「くぅっ」

 こういう地味だが少しずつ体力が削られる攻防が実時は曲者だ。

知らず知らずのうちに消耗を重ね、気づくと大技一つで一乙する程になっている事があるのだ。

「糞野郎がぁ!」

痛いも痒いもない、悪態を付き、とにかく立ち上がりがむしゃらに前へ駈ける。今の攻撃でラージャンの攻撃がドドブランゴに当たったか、なぞ気にしていられない。

しかし駈けながらも後ろの気配を忘れてはいない。

「強走薬持ってくればよかったなぁもう!」

絶え間ない攻防にさっきから息は上がりっぱなしだ。

 

 ギルド公認のドーピング薬と言える強走薬は、飲めば短時間だがスタミナをまるで気にすることなく立ち回りが出来る。

後悔が一瞬頭をよぎるがいや、と思い直す。今のようにハードな状態が長時間続く状態では逆に効果が切れた時のギャップの方が問題になってくる。

薬が切れると体が重く、さながら手足が砂袋で出来たかのような感覚に陥る。尤もそれが普段の姿なのだが、一度強走薬の効果に体が慣れてしまうと今度は心がスタミナの消耗に耐えられなくなる。

 今や体力も姿もぼろぼろに近く、キリンX装備の図抜けた防御力と気力が彼女を支えていた。

 愛刀の大剣ブルンヒュンデだが、今や振うよりも防御の盾として酷使され、それだけで切れ味が落ちているが研いでいる暇はない。

 

「ここならなんとか」僅かな隙を見つけてようやく立ち止まり、ドーラは少なくなった回復薬を飲む。が、

飲み込んでいる途中で上級ドドブランゴと目が合った。後悔しても遅い、案の定回復反射の真っ最中でドドブランゴの体当たり攻撃を食らって意識が飛ぶ。

俗に”飲んだ以上に削られる”というパターンだ。

 

「くっそー」貴重な回復薬を無駄に使用してしまった悔しさに歯がみをするが、早々伸びてもいられない。身を起こしながら前転、辺りを探る。

右手、G級ドドブランゴがブレスを放つ先、雪煙にレマーナンの長身が見え隠れする。ドーラと同じように疲労が溜まっている筈なのに相変わらず竜人ハンター身のこなしは軽かった。

左後方では弓の弦が弾ける音、甲高い風切り音にラージャンの咆哮が続く、チョコだ。誰を相手に何をしているのか見なくてもわかる、で正面。

 

今のドドブランゴが毛並みを逆立ててこちらを睨んでいた。

回避出来る状態じゃないか、と、金色の目をにらみ返し、ドーラはゆっくりと立ち上がる。何故だろう、笑いたくもないのに口が不敵に開いてしまう。

 

 若い雪獅子。毛並みには血が滲み、純白の体毛は今や赤い斑が模様のようになっていた。その胴が荒い呼吸に大きく膨らんだり萎んだりを繰り返している。

チョコが言ってた「相手も消耗している」は嘘ではなかった。尤もこちらも負けず劣らずのひどい有様だろうとも思ったが。

 

 ただ人間は消耗を薬で回復できるがモンスターにはそれが出来ない。モンスターが回復するには餌を食うか、たとえ短時間でも巣に戻り、眠るしかない。

間が悪ければさっきみたいに削られる羽目になるが、回復薬の存在はモンスターに対する数少ないアドバンテージだ。それと知恵。人間には知恵が備わっている。

 

 ドドブランゴがこちらへ向かってくる気勢を遮るようにドーラは腰の道具袋から閃光玉を取り出して正面に放り投げ、同時に顔を伏せたまま相手に向かって駈けた。

瞬間、辺りが輝きに包まれる。悲鳴にも似た唸りが聞こえてドーラは顔を上げ、駈けながら背中へ腕を伸ばした。

ドドブランゴは閃光玉を浴びると両手で顔を掃う間だけ動きが止まる。その間に攻撃を浴びせる。

指先はいつもの位置だ。見なくてもわかる。閉じた掌に愛刀の握りは吸い付くよう収まり、ドーラは腕と背中の筋肉をしならせてブリュンヒルデの赤みを帯びた刀身を胴に叩きこむ。

切れ味は落ちていたが、骨を断ち割る感触が腕に伝わり、そして確かに悲鳴を耳にした。通り過ぎざま顔を向けるとドドブランゴは苦し気に雪原をのたうっている。

数少ない溜め斬りのチャンス!

 

駆け寄って傍に立ち、ドーラは大剣を掲げて気を溜める。

「駄目だドーラ!」

遮るようにチョコの声が響き、ドーラは我に返った。

そうだ、これは三頭狩りだった!。

意味を察した時、全身がふわりと軽くなる感覚と叩きつけられる衝撃が同時にドーラを襲い、一瞬目の前が真っ赤になった。

これで2乙か、薄れて行く意識の中で後悔が残る。

 

 が、

 

 不思議な事が起こっている。

雪原に放りだされた時、ドーラに一筋だが意識が残っていた。

体に力は入らず視界は霞んだままだが、ドーラがいるのはキャンプでもさっきの洞窟でもない。

訳がわからないまま、倒れたまま貴重になった回復薬を探り出して喉に押し込む。とにかく僅かでも体力を戻さなければ拾った命を又削ることになる。

 

 不思議な事はまだ続く

「何だ… ?」

ドーラの体に飲んだ以上の効果が起きている。グレートと比べ、回復薬の効果などはたかが知れている筈なのに、闘っていた時と同じくらいの体力が戻っていた。

訳がわからないまま立ち上がり、再び大剣を掴んで背に収めるとドーラは駈けた。

駈けてから頭に風を感じ、手を伸ばすと装備がない。大きく二本に束ねた髪が風を受けていた。振り返ると装着した筈のキリン装備の破片が雪原に転がっている。

ラージャンの大技、空中からのローリングアタックを食らい、その衝撃を受け止めた防具が彼女の頭蓋の代わりに砕けたのだ。

その威力に畏れが湧きおこる。本来なら一乙どころか生きていた事が奇跡だろうし、霊獣の効力が消えた今、同じ奇跡は起こらないだろう事も理解できた。

 

「ドーラさん」息を荒くしたレマーナンが駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか」

「悪いな、心配させて」チャンスだ。ドーラは大剣を抜いて手早く砥石をかける。

「解りますか?僅かですが体力が回復しています」

辺りを警戒しながらレマーナンは言葉を続けた。

「ああ、おかげで助かった」

複数狩りの最中にハンターがエリアで一つ場所に固まるのは危険だ。が、レマーナンはドーラの容態が心配なのと、この不思議な感触が自分一人だけなのか確認しに来たのだ。

「一体何が起きていると思います?」

「わからねぇけどさ」

ドーラが大剣を研ぎ終わって刀を収めるのと、あの若いドドブランゴが二人に飛び掛かかって来るのが同時に起こった。

ハンターは二手に飛び分かれる。

着地したドドブランゴは大きく揺れ、辺りに鮮血が散った。

 

 普段ならとうに逃げ出してもおかしくはない程の深手を負っている筈だが、何が憑き動かしているのか、その雪獅子は死相を浮かべた顔で尚立ち向かってくる。

「頑張りますね」

 盾を構えた竜人を手で制してドーラは背中に手を伸ばした。

「ここはおれだ」

ドーラは手を切れ味が戻った大剣の柄に手をかけながら雪獅子に向かって歩をを進めた。

溜め切りは出来ないが、あの消耗具合なら数度の攻撃で瀕死寸前に持って行けるだろう。

 

 次第に足は早くなり、正に大剣を引き抜こうとした時、どこかで聞いたような甲高い声が洞窟の入り口辺りから糸を引いたように聞こえてきた。

見ると、錆び色の装備に身を包んだ小男がハンマーを構えながらこちらへ向かってくる。

 

「あれは」

頭部を覆うフードのような形の防具のせいで顔が見えないが、体格に覚えがある。

「クロドヤ?」

装備こそ変わっているが、フードから覗く栗色の髭は異変を組織に伝えに雪山を去ったギルドナイトと同じだ。

ハンマー使いはG級のドドブランゴへ向かい、その足元で走りながら溜めた力を振りあげる様に放ったが、あっさり躱されてその場でくるくるとコマのように回った。

ドーラは上級ドドブランゴの追撃を中止して小男のサポートへ走る。

ハンマーは近接使用する武具の中で、その重量で一撃に威力を持っているのだが、防御が出来ないと言う特異な性質を持っている。

特に溜め攻撃の後は姿勢が崩れて無防備になる時間が長い。

だが、心配するまでもなくドーラが近寄った時には既に小男は慣れた様子でハンマーを持ち上げて身構えていた。

「どうしたんだ。ギルドに知らせに行ったんじゃないのか」

「勿論だ、俺はギルドナイトだからな」

辺りに目を配りながらクロドヤは答えた。

「ちょうど近くにどこかの猟団が出張っているとかで本部はそいつ等に討伐を依頼するそうだ」

上級ドドブランゴが目を剥いて咆える。雪獅子の咆哮=バウンドボイスは直ぐ傍にいなければ威力はない。

「それで俺はお役御免だ」

言い捨ててクロドヤは駈け、今度は消耗が著しい若い雪獅子の胸元に短い溜めでハンマーを振りあげた。

やはりハンマーの威力は凄まじい。辺りにもそれとわかる鈍い音が響き、悲鳴と共に再び雪獅子は地面を転がり回る。

 

 G級のもう一頭がクロドヤへ向かうのをドーラが大剣で阻止に入った。

退散こそしていないが、上級ドドブランゴの方はもはや脅威ではない。一人で十分だろう。

 

ドーラの攻撃に怒ったG級ドドブランゴが腕を大きく振り回し、ドーラは構えた大剣ごと吹っ飛ばされた。

が、受けたはずのダメージがいつの間にか回復している奇妙な現象がまた起こっている。

「広域化ですね」

同じくG級と対峙しているレマーナンが奇妙な現象を齎した原因をドーラに教えた。

「彼の装備はフルフル亜種の素材を使用してますが、これには広域化と言う奇妙な効力を持っています」

言いながら攻撃を優雅に受け流し、懐に入りこんで切り上げる。この期に至ってまだ戦いの中で会話をする余裕まである事にドーラは感心する。

「原理は不明ですが、 …毒や回復薬を飲んだ効果が周りにも波及するのです。特に亜種一式だと効力は、…強くなる」

振り回された腕を背面飛びのように越え躱す。見惚れてしまうような優雅な動きだ。

「回復薬を生命の粉塵みたいに使えるってわけだ」

「近接にとってはありがたい効力ですよ」レマーナンの横顔も心なしか微笑んでいるようにも見えた。

 

 全くだ。

ダメージが低減されるなら「込み」で攻撃が出来る。相手への接近が大胆になり、もう一歩への躊躇がなくなる。

頭数だけではなく、広域化のサポートを得て狩りはようやく人間の側に有利な状況になった。

 しかし

「クロドヤ!」ドーラは後ろで戦っている筈の男へ声を張り上げた。

「なんで戻ってきた。お前の役目はもう終わったんだろう」

聞こえるかどうかの問いかけだったが、小男の耳には届いていたようだ。

 

「確かに俺はしがねぇギルドナイトの身分だが」

何かを吐き出すように咆声。

「俺ぁハンターだ!」

溜め三か、大剣と同じように気力を一気に解き放つ技で倒れたモンスターに振り下ろすハンマーの威力が、離れたドーラの足元にも響いてくる。

 そうして

再三の攻撃にようやく、ようやく上級ドドブランゴは身を引きずりながらエリアから逃走を始めた。

目を輝かしてクロドヤが後を追う、その横顔。

「サペリアに付いて行きゃあ最後は良い思いが出来るってもんよ。ハンターなら石にかじりついてもこんな機会を逃しゃしねえ!」

結局それかい、ドーラの肩の力が抜ける。

 

 が、次の瞬間、眼前でクロドヤの姿は轟音と共に空から降ってきた真っ白な光の塊に大きく吹き飛ばされた。

反射的に屈み込んだドーラの前でクロドヤの小柄な体が空中に弧を描き、錆色をした防具の隙間から色とりどりの鉱石が落ちて辺りに散らばった。

「クロドヤ!」チョコの声がする。小男は転がったまま動かない。

 

 光が落ちてきた所に視線を戻すと、聳えていたのは白いラージャン。体毛を逆立てたネーヴェ・ヴァーリン。

醜悪な形相はそのまま。チョコとの攻防で全身に矢が立ち針山のようになっているのにまるで消耗しているようには見えなかった。

唖然としたドーラに次の行動をする間を与えず、巨大な体は彼女をめがけて宙を飛ぶ。

「!」反射的に顔を伏せたドーラの上を、意外な事に白いラージャンは高く飛び越えた。次に轟いたのは逃げたドドブランゴの悲痛な叫び。

「何だ」

振り返ったドーラの目の前で信じがたい光景が繰り広げられていた。

 血まみれの上級ドドブランゴを押さえつけ、その首筋に深く喰らいついたネーヴェ・ヴァーリン。

食らいついた牙から多量の血が湯気を立てて噴き出て、辺りの雪原にまき散らされている。

ドドブランゴは驚愕の表情を浮かべ、悲鳴を上げて腕を振り回していたが、次第にそれは緩慢になり、声の代わりに血の泡がぶくぶくと口の端から垂れてきた。

やがて、今までより大きな音と共にその首が不自然に折れ曲がると、その雪獅子は僅かな痙攣を残して動かなくなった。

腕が垂れ、噛まれた喉元から湧くように流れていた血が止まる。

 

人もモンスターも、異様な光景に圧倒されて動くのを忘れていた。

 

 骸を放り捨てる様に口を離して、静寂の中。牙を血に染そめた白いラージャンは隻眼を剥いて辺りを睥睨するように見回した。

そして辺りを震わせるバウンドボイス。

 

 起き上がる事も出来ないままドーラは耳を抑え、炸裂する爆声に耐えた。

甘かった。有利どころではない、白いラージャンにとって手下のドドブランゴがどれだけ死のうと何も関わりがないのだ。

「これが、あの雪獅子が瀕死寸前まで逃げなかった訳ですか」

険しい顔をした竜人ハンターが盾を構えて歯を食いしばる。

 

 逃げないのではなく、逃げられなかったのだ。

遥か南の国で甚大な被害をもたらし、現地の人々から神と崇められたモンスターの正体。

それは逆らう奴、逃げる奴を全て殺す、単純だが凄まじい掟で配下のモンスターを縛り付け、君臨する。

真紅の瞳に狂気を浮かべた白の猴王。

王は今、その恐怖の片鱗を示したのだ。

 

 その時、

空を斬り裂いて飛んできた矢がブツと音を立てて咆哮する猴王の白濁した方の眼を貫いた。

猴王は思わず立ち上がり、唸り声を上げて顔を掻きむしる。

 

 風の向こうに立っていたのはチョコ。

既に次の矢を番え、防具の上からもわかるような筋肉の盛り上がりと共に弓を引き絞っていた。

キリン素材から成る払子の毛のような向こうから覗く瞳は、たった今圧倒的な力を見せられた筈なのに怯みなど微塵もない。

-エンカードルの竜女-

ドーラは以前集会所でクロドヤが口にしたチョコのもう一つの通名を思い出す。猛々しい輝きは確かにリオレイアと同じだ。

「クロドヤを頼む!」

豪射、弓が悲鳴を上げるかと思われるほど引き抜かれた末に放たれる矢はヴァーリンの肉を深く穿つ。

モンスターは苛立ちを隠さず、牙獣種独特の自在な動きでハンターを翻弄しようとするが、その動きをまるで見透かしたようにチョコは場所を変え、矢を放つ。

しかもモンスターの視線に収まる範囲で、見事な陽動だった。

 

我に返ったドーラはクロドヤの方に向う。

ちょうど竜人が倒れている小男を引き摺っている所だった。

「息はありますが」

「任せろ」ドーラはレマーナンに言うとクロドヤを軽々と両腕に抱え上げて洞窟に走った。

 

 

 洞窟内で小男を地面に横たえ、しゃがみこんで頬を叩く。ややあってうめき声が漏れ、閉じた瞼の中で瞳が動いているのを見てドーラは安堵の息をついた。

さすがはフルフル亜種という雷属性のモンスターから出来た装備だけあって雷撃には強い耐性を持っていたようだ。

しかし古龍であるキリン装備と比較して防御力が落ちるのは仕方がない。錆び色をした防具はあちらこちらが深く裂け、黒ずんで焦げた臭いが漂っている。

こいつを再び使えるまで修理するには改めて新調する程の素材が必要だろう。

 

「…俺は」

クロドヤがうっすらと目を開く。意外とまつげが長い。

「ラージャンにやられたんだ。大丈夫か」

覗きこんだドーラの姿を認めたのか、髭の中でクロドヤの口元が緩んだ。

「助けに来たつもりが、逆に足を引っ張っちまったな」

「そんな事はねえよ、おれはお前のおかげで助かった」

「碌に狩りに行かねえ最低のハンターじゃ、広域化ぐらいしかサポート出来ねえからな」

自嘲の声につられてドーラも笑った。

「たしかに最低だが」ドーラはしみじみとした口調で続けた。

「あんたはハンターだよ」

クロドヤに戸惑うような表情が浮かぶ。

「お、おかげで回復薬も全部使いきっちまった」

「ちょっと待ってろ」

慌てて袋を漁るドーラをクロドヤは制する。

「それは自分の為に取っておけ。狩りは続くんだろう」

「けど」

「この防具じゃもう無理だ。ここで待機させてもらうから、狩りが終わったら呼んでくれ」

ふいにどこか痛みがぶり返したのか、クロドヤは唸り声を上げて険しい顔で再び目を閉じた。

おい大丈夫か、ドーラの問いかけには答えず、クロドヤは探るようにドーラへ手を伸ばした。

「サペリアを …あいつには昔でかい借りがあってな」

そう呟きを残して、かつてチョコの教え子だった小男は再び気を失った。

 

間もなく荷車を引いたアイルーの一団が姿を見せ、にゃあにゃあと声をかけながら小男の体を乱暴に荷車に放り投げると、がらがらと麓のキャンプへ去っていった。

 

 ドーラも立上がる。

これで2乙、いよいよ後がなくなった。

 

 最後になったホットドリンクを空ける。

体の奥深くから体温と共に萎えかけた闘争心が湧きあがってくる。

白いラージャン、手強いが決して王でも神でもない、それはチョコが体を張って証明してくれたのだから。

 

 

 洞窟から出ると、エリアは打って変わった静寂があった。

エリアのあちらこちらに闘争の痕、荒らされた雪原には所々飛び散ったドドブランゴの血痕が染みとなっていた。その中でひと際大きな染みの中央には、先ほどの争いで猴王に噛み殺された上級ドドブランゴの冷えた骸が転がっていたが、それにどこから来たのか1頭のギアノスが顔を突っ込み、無心で屍肉を貪っていた。

 

 二本足で地を駈ける鳥竜種のモンスターはこの世界では種として成功していると言え、亜種を含めると熱帯雨林から砂漠、雪山、果ては地底火山にまで広く生息している。

寒冷地に特化したギアノスは他の鳥竜種と同様に数頭の集団で行動するのが習性だが群れとはぐれたのだろうか、その一頭は余程腹をすかしていたのかドーラの姿を見ても逃げようとはせず、ひたすら肉を引きちぎってはせわしない咀嚼を繰り返している。

 

 いつもは狩りの邪魔をする煩わしい存在だったが、今はその光景が妙に懐かしく見える。

そう、雪山は本来、多種多様で大小様々な生き物、モンスターをはじめとして、が共生する厳しいが豊かな場所なのだ。

白いラージャンが辿り着いてからは小鳥すら姿を消す異様な緊張と静寂に覆われる地となった。

姿を見せたギアノスはその緊張が綻んで来た兆しで、多分決着が近いのだろう。

狩りが成功するか失敗に終わるかはわからないが、白いラージャンは間もなくこの地からいなくなるのを雪山は知っているのだ。

 

 顔を上げて気配を探る。頂きから風に乗って声が轟く、エリア8だ。

ふとドーラは見上げた空が蒼を増している事に気づいた。

 

かなり時間が経過している。

頂点の蒼が朱に変わり始めるとすぐに日没となり、そうなれば狩りの続行は不可能となる。

3乙だけじゃなく、このままでは日没時間切れによる失敗になる可能性もあった。

ドーラは山頂へ、エリア8へと急ぐ。

 

 

次回最終章 「狩人の系譜」

説明
 ― 絶え間ない攻防にようやく訪れた一筋の光、だがそれも猴王が放つ圧倒的な輝きの前に潰えてしまうのか。
そして戦いの最中で王が見せた足もすくむような恐怖の掟! 勝つのは神か人間か ―

えー前回「俺達の戦いはここからだ!」みたいな感じで締めたんですが、別に終わったわけじゃないですw
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