異能あふれるこの世界で 第三話
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【姫松・監督室】

 

 

郁乃「ふーん。末原ちゃんはまだまだ強なりたいんやねぇ」

 

恭子「まずは大学に行ってですけど、それまでにも何かできることがあるかと思いまして」

 

郁乃「それで私に相談、かあ。んーでもなぁ末原ちゃん」

 

恭子「はい」

 

郁乃「末原ちゃんってもう引退したやんか。私はもう教える立場にないし、そもそも私の教えとかたまーにしか聞かんかったもんなあ。で、インハイが終わってから教わりたいとか、それってどうなんやろ」

 

恭子「……」

 

郁乃「監督としては部の人らを教えなアカンしー。姫松の大将やった今までみたいにかまっとる時間はないんよ。もう次の世代のことを考えて動いとるからなー」

 

恭子「そうですか……」

 

郁乃「……」

 

恭子「スンマセン。ようわからんですけど、こういうことは監督に相談せなあかんような気がして……なんか、勘違いしてたみたいです。いらんお手間取らせて、申し訳ありませんでした」

 

郁乃「……」

 

恭子「あの、最後に。漫ちゃんのこと、よろしゅうお願いします。次の姫松のエースは、まだまだ伸びるはずの絹ちゃんがやるんかもしれません。でも、全国の魔物たちと戦うことを考えたら、強者に対して強うなる漫ちゃんを鍛えるしかない思いますんで」

 

郁乃「……」

 

恭子「そんだけです。今まで、ほんまにありがとうございました」

 

郁乃「……」

 

恭子「失礼します」

 

郁乃「…………ちょう待ってや」

 

恭子「なんですか?」

 

郁乃「なんのありがとうなん〜?」

 

恭子「なんの、ゆわれましても……そうですね。まとめて言うと今までようしてくれたこととか、ですか。自分でも、善野監督が倒れられた後のことは、良うないなあって悩んどったんです。ほんまはこんなんアカン思うても、監督へ筋の通らん反発してもうて。でも、分析やら大将やらやらしてもろて、信頼してもろて。なのに、結局なんも返せんかったなあとインハイの後に思うたんです」

 

郁乃「それで〜、なんも返せんかったから、教えを乞うってどうなん?」

 

恭子「提案、してくれてましたから。打ち方改善とかもそうですけど、前はスランプから抜け出すきっかけをくれましたし。インハイではメンタルが崩れそうな時の気分転換とか。あの時はようわからんかったですけど、結果として凹んだままよりははるかにいい状態で戦えました。それで、インハイで負けた後に監督とのやり取りを思い出してたら、まだまだ教えたいことがあるみたいなことを言われたん思い出しまして」

 

郁乃「ああ、ゆうたな〜」

 

恭子「私色に染めたい、とかも。せやったら、強なりたいと思てるけど、壁が高すぎてわからんくなってる私にはちょうどいいんちゃうかなと。なんかうちで遊ぶん楽しそうやったから、卒業する前にせめて少しくらいなんかできたらなあて思うたんですが……ちょっと自意識過剰やったみたいで、お恥ずかしい限りです」

 

郁乃「……うぅ〜」

 

恭子「なっ。ど、どないしたんですか」

 

郁乃「も〜っ!ぜんっぜんちゃう〜〜〜末原ちゃんはいくのんのこと、ぜんっぜんわかってへんな〜!」

 

恭子「あ、まだなんか勘違いしてましたか」

 

郁乃「それもちゃう〜〜〜。も〜ちょっとくらい拗ねさせて〜。部も引退なんやから、甘えさせてくれてもええやんかぁ」

 

恭子「は?」

 

郁乃「いけずやなあ。こんなん、インハイ前に言うてくれたら涙流して喜んでたわ」

 

恭子「それは、あの。すんません」

 

郁乃「ええよ。まあなんやかんやはあるけど、頼ってくれたんはホンマに嬉しい。やってあげたいことは前からたくさん考えとったし、たぶん、ちゃんとやれたら実力は上がっていくと思う」

 

恭子「そうですか!……やれたら?」

 

郁乃「やりたいんよ。姫松の監督として、最も上手く育てられると思った子が末原ちゃんなんや。一雀士としても、指導者としても、心から育ててみたいと思った。でも、意味わからん否定されまくって、振られ続けやったなあ。悲しゅうて寂しゅうて、枕を涙で濡らす日もあった。そんな末原ちゃんが、引退後ではあるけど教えを乞いに来てくれて……そら、いくのんも甘えたなってまうやろ!」

 

恭子「そない気張って言われても……あの、ありがとうございます?」

 

郁乃「けどな、できん。できんのよ。ああもう苦しいわあ。いっそ姫松辞めたろかな」

 

恭子「はあっ?!」

 

郁乃「まあさすがに冗談〜。でもな、気持ちが入ってしもてるだけに、中途半端には教えたない。本気でやろう思たら、絶対に監督業がおかしなことになる。姫松の麻雀部員育成のために末原ちゃんを利用するならええけど、末原ちゃんの育成のために姫松の麻雀部を利用するのはアカン。仕事やもん。それに、善野さん……先輩に託された仕事や。私のやり方でしかできんけど、私なりに本気でやるんが最低限の筋ってもんや」

 

恭子「やっぱり、監督は監督なりに真剣やったんですね」

 

郁乃「人から真面目やと思われるようにはできん。テキトーやっとるように見えるかもしれん。けどな〜、指導者として間違ったことはゆうてへんしやってへん……つもり。締めるとこも最低限は締めてる……と思う」

 

恭子「なんや自信なさげですが」

 

郁乃「なあ、やっぱり私、できてへんかなあ?」

 

恭子「ははっ。さあ、どうでしょうね」

 

郁乃「もうっ。末原ちゃんは相変わらずいじわるや」

 

恭子「でも、もし姫松の監督が監督やなかったら。そんな特別な能力とかもたん私らが、インハイの準決勝まで勝ち残れたかどうか。他はどっこも異常な能力持ちがわんさかいましたからねえ。名門と言われる姫松のプレッシャーを感じながら、それでもゆるい空気のまま、いい精神状態で戦えたんは、監督のおかげやと思うてます」

 

郁乃「……そっかあ。うん、やっぱり末原ちゃんはええ子やなあ。ああ〜私好みに育てたいわあ〜」

 

恭子「できんことを言うてもしゃーないでしょう。私も唯一の望みが絶たれたんで、正直厳しいですけど」

 

郁乃「ああ、辛いなあ。嬉しくて楽しくて、ホンマに辛いわ。なんやもう泣いてしまいそうやわ〜」

 

恭子「なんですか、急に」

 

郁乃「急にでもないんやなあ。ああ、そうやな。こうして思ってもない話ができたんは、きっとそういうことなんやろなあ…………なあ、末原ちゃん。ちょっと変なお願いしてもええ?」

 

恭子「お願い、ですか?そうですね。今なら恩返しっちゅうことで、お受けする方向で考えますよ。機会を頂けるんはありがたいことです」

 

郁乃「そういうのとは、ちょっとちゃうんや。私をな、振って欲しいんよ」

 

恭子「振る、って。えっ?」

 

郁乃「指導者としての経験はまだまだ浅いけどな、初めてなんよ。こんなにも育てたいと思て、こんなにもかわされ続けたのは。こんだけ袖にされ続けても、まだちょっと機会が巡ってきたら一気に育てたい気持ちが盛り上がってまうくらい気持ちが入ってもうてる。たぶんこれ、今後の指導者人生に関わるレベルなんよ」

 

恭子「なんか、どんどん申し訳なくなるんですけど」

 

郁乃「こんなんも、言うてみたら恋愛みたいなもんでな。片思いはばっさりと断ち切って、後腐れなくしたった方がええねん。振る方には辛い思いさせて申し訳ないけどな、代わりにええもんあげるからお願いされたってや」

 

恭子「まだよう見えてこんのですけど」

 

郁乃「まあ結局な、私と末原ちゃんが監督と教え子として微妙やったんは、私らが大好きな善野さんがおったからや。打ち方ひとつとっても、基本を善野さん風の早あがりにおいて現代風にアレンジしてるくらいハマってもうてる。末原ちゃんが善野さんに心酔しとったら、どうしても代わりに来た私は軽うなる。喪失感から、嫌いにもなる」

 

恭子「う……」

 

郁乃「仕方なかったんや。もう最初からどうにもならんかった。私には勝ち目が無かった。届かん人やった。全くもって、縁がなかったんや。それを身に沁みさたい。せやから、末原ちゃん」

 

恭子「……はい」

 

郁乃「善野さん、ホンマに根っから治そう思て、療養生活に入ったんは知ってるんよな?」

 

恭子「はい。ただの病院やなくて、療養をメインにした施設に入ったとか」

 

郁乃「私、その場所知っとるんよ。療養のためっちゅうことで、負担かけんようにあんま人には知らされてないんやけどな。携帯も変えてしもたけど、その新しい番号も……見てみ、私のスマホ。旧善野さんと、新善野さんがあるやろ。その新の方が今の番号や。でな、末原ちゃん。今から末原ちゃんと会ってくれるように頼んだるわ。麻雀のことで悩んでます〜言うて」

 

恭子「えっ!で、でも療養中ですから、私なんかが行ってもし悪化させたら」

 

郁乃「……絶対よそで言うたらアカンで。見てみ、この着信履歴とメールの履歴。あと、このメールだけは見てもええから」

 

恭子「これ、付きおうてます言われたら信じてまう回数ですよ。しかも、”暇だから遊びに来い”とか。なんのために遠方の療養施設に入ったんですか」

 

郁乃「たぶん、近しい人には傍におって欲しいってことちゃうかな。ストレスの溜まるようないらん人はノーサンキューやろけど、人寂しいんは絶対あるやろから。まあ、末原ちゃんは善野さんが素を見せられるような相手ちゃうけど、会いたい人の中には絶対入っとるわ。5決前も、ナチュラルな感じで慰めてもろうとったもんな〜。あんときちょっとニヤけてもうたわ」

 

恭子「……ああゆうん掘り返すの、趣味悪いです」

 

郁乃「まあ、そういうわけで〜。今から電話かけるけど、ここでいくのんからのお願い」

 

恭子「ここで、ですか?なんでしょうか」

 

郁乃「そうやな〜、”善野監督に教えを乞いたいので、繋ぎをお願いします赤阪代行”って言うて欲しい」

 

恭子「はあっ?いや、それは」

 

郁乃「細かいトコは変えてもええよ。でも、善野監督と赤阪代行は変えたらアカン。長いこと呼ばれとったし、最後まで微妙に残っとったしな。あと、ホンマに教えを乞いたいんは善野さんっちゅうことと、私に繋ぎ役をやれっていうのも変えたらアカン。要は、現役時代にやっとったことを、面と向かって言うて欲しいんよ。指導者として前から振られとって、最後まで振られ続けたっちゅーことを私に刻み込んでや」

 

恭子「なんで、私が後悔して、恩返ししたいと思うた時に限ってそんなこと言うんですか。そんなん、私も監督も、なんもええことないじゃないですか」

 

郁乃「そやな。私、ええ大人やけど、ちょっと泣いてまうかも」

 

恭子「なら」

 

郁乃「でもな、たぶんこれで未練は断たれる。指導者としての初恋を、きっぱりと忘れられるんや。恋愛でも中途半端は忘れられん。こういう気持ちはな、引き摺ったらアカンもんなんよ。誰が得するんや言うたら、これから私が指導する姫松の後輩や、その後があるならその子らが得するんちゃうかな。私も長い目でみたら得するかもしれん」

 

恭子「……」

 

郁乃「末原ちゃんに恋愛経験があるとも思えんから、まあちょっとちゃうけど、ええ経験になるかもしれんな。さあ、だらだらしてもしゃーないで!ばっさりいったってや!」

 

恭子「…………う」

 

郁乃「……」

 

恭子「善野、監督に、連絡を」

 

郁乃「ちゃうで」

 

恭子「善野監督に、教えられたいんです。監督」

 

郁乃「代行や」

 

恭子「赤阪代行には」

 

郁乃「楽せんと、最初から言うてや」

 

恭子「ううっ……善野監督に、教えを乞いたいので、赤阪代行に連絡を、取って欲しいんです」

 

郁乃「繋ぎ、や。あと、はっきり言うて。そんなん……聞こえへん」

 

恭子「善野監督に教えを乞いたいんですっ!赤阪代行っ、つ、つな……繋ぎをっ、お願いしますっ!!」

 

郁乃「…………わかった。電話するから、ちょお部活見とってや。後で呼ぶから」

 

恭子「はいっ!」

 

郁乃「善野さんとはいっつも長話になるから、ゆっくりしとってええよ」

 

恭子「はいっ」

 

郁乃「ほな頼むわ。行ってええで」

 

恭子「はぃっ……しつれい、します」

 

郁乃「……ん」

 

 

説明
末原さんの相談相手は、例のあの人でした。
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 麻雀 末原恭子 赤阪郁乃 

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