仮装だから怖くない? |
―346プロ・廊下―
10月31日。
これだけで今日が何の日か、分かる人は多いだろう。そう、ハロウィンだ。
最近になってここまで大きなイベントになった印象がある。しかし、20年ほど前の某特撮で日本の文化として根付くかもしれないとか言われていたが、まさか本当になるとはな。当時と現在の内容はほとんど違うが……。
まぁそんな訳で、イベント好きな我が346プロアイドル部門も例に漏れず、アイドル達も各々好きな仮装をして楽しんでいるらしい。
そしてハロウィンと言えば、お菓子が付き物である。主にアイドル達が仮装をしている為、俺達プロデューサーや社員が基本的には配る側となる。しかし何故、ちひろさんはお菓子まで買わせてくるのだろうか……。
そうした理由から、今はお菓子が大量に入ったバスケットを持っている。今日は事務所にいる時は仕事休憩問わず、一日持ち歩かなければならない。
「あ、プロデューサーさん!がおっ、ヴァンパイアだよっ!」
と言いながら俺の目の前で黒いマントを広げているのは相葉夕美。普段は真面目な彼女も、こういうイベントの時はノリノリだ。可愛い。
「おう、相葉。今年もその衣装を着てるな、好きなのか?」
「もうっ、そういう事は言わなくていいのっ!それよりもプロデューサーさん、はいっ♪」
相葉は分かってるでしょ?と言わんばかりに両手を出してくる。
そういうのは決まり文句があるはずだが……。いや、それくらいは言って欲しい。まぁ言われなくてもあげるんだけどな。
「……少し待ってろ」
あげるとは言ったが、ちゃんと言わない奴には、逆に悪戯をしてやろう。
お菓子の入ったバスケットに手を入れ、探す((振り|・・))をする。
「ほら」
そして手“だけ”を差し出した。
「え……っと?」
相葉は俺の手と顔を交互に見る。しばらくすると、ハッとして何かに気付いたようだ。
「どうした?」
「またプロデューサーさんは意地悪して!今回は本当に噛んじゃうんだからっ!」
ほう、ちょっと顔は赤いが流石に同じ手は効かないみたいだな。なら今回は、もう少し悪戯レベルを上げてみるか。
「それじゃあヴァンパイアらしく、首にしてもらおうか」
「へっ!?」
首を指さしながらそんな事を言い放つと、それを聞いた相葉は更に顔を赤くさせて驚く。
「早くしないと人が来るぞ?」
自分で言うのもなんだが、すげぇ悪人みたいだな……。
しかし俺としても、早く仕事に戻らなければならない。ちひろさんに怒られるのは嫌だからな。
「ぷ、プロデューサーさんの首を噛むなんて、そんなの流石に出来ないよっ!」
顔を真っ赤にさせて俯く相葉。
……これ以上は何だかいけない事をしてる気になってくるから止めよう。
「ま、冗談はこれくらいにして……ほい、お菓子。クッキーで良かったか?飴もあるが――」
「プロデューサーさんのばかぁっ!」
そう言って相葉は、俺が持っていたクッキーを奪い取り、走り去って行った。
ふむ、ちょっとやり過ぎたか。しかしそれは相葉が可愛かったのがいけないと思う。だから俺は悪くない。
―同・アイドル部門事務所―
「……さっきの相葉の赤面は撮っておけば良かったなぁ」
相葉のあんな表情は中々見られないし、何より可愛かったからな。
「何言ってんのプロデューサー」
「ん?」
後ろのソファから声がする。顔を向けるとそこには、仮装もせず、いつものだらしない恰好で寝転がっている双葉杏がいた。うさぎを枕にして。
「何だ杏、居たのか」
「ずっと居たよ〜。ところで、さっきの発言は何?セクハラでもしたの?」
セクハラとは人聞きの悪い。
「セクハラはしてないぞ。アイドルを愛でていただけだ」
そう、相葉が可愛いから仕方ない。
「へー」
杏はジト目で睨んでくる。
「それよりも、杏は仮装しないのか?」
「面倒だからしないに決まってんじゃん。で、さっきの話だけど」
うん、知ってた。
まぁ俺の言ってる内容がアレだし、普通は見逃してくれないよな。となると、手は一つ。
「……杏、好きなだけ飴をやろう」
買収するしかない。
「ふーん、口止め料って事?」
「その通りだ」
ここは素直に言ってしまう方が良いだろう。下手に誤魔化して、ちひろさんや早苗さんに報告されるのは避けたいのだ。
「ホント、プロデューサーって自分の欲望に素直だよね〜」
「俺はアイドルを愛でる事によってだな――」
「あーはいはい」
……最後まで言わせてくれ。
「ま、別に言うつもりはないから安心してよ。それよりも、夏の特番でうちのアイドルキャスティングしたの、プロデューサーだよね?心霊番組のロケで珠美と幸子をお化け屋敷に行かせたやつ」
あぁあれか。
あの時は、二人が怖がる姿を見たいと思ったから選んだな。お化け屋敷から出てきた時とかめちゃくちゃ可愛かったし、次もないかな……。
「あの二人のおかげで番組の視聴率も良かったらしいぞ。俺としては、次も呼んで欲しいとすら思ってる」
「杏も二人を弄るのは好きだけどさぁ……」
え、何、もしかして杏さん引いてます?
「……ところで、それがどうかしたんだ?」
「それがさ、珠美も幸子も未だに根に持ってるみたいだよ。今日はプロデューサーに悪戯してやるんだーって張り切って探しに行ったからね〜。」
そう言えば今日はまだ二人を見かけないな。
「その様子だとまだ悪戯されてないみたいだけど」
「まだ会ってないからな。それより、アイツらが張り切ってたのに、杏が喋っていいのか?」
「私は別にプロデューサーが悪戯されようが関係ないよ。ただ、程々にしといた方が良いんじゃない?って話」
助けるつもりで言ってたんじゃないのか……。ん?いや、助けるつもりがあるのか?
まぁ確かに、杏の場合は本当に俺が悪戯されてたり怒られてるのを見てても、割とどうでも良さそうなんだよなぁ。
「幸子殿!プロデューサー殿を発見しました!」
お?
「見つからないと思ったら、ここに居たんですねプロデューサーさん!」
噂をすれば何とやら。何故か竹男を持った魔法使い(脇山珠美)と小悪魔(輿水幸子)、二人のちびっこが現れた!
「トリック!」
「オア!」
「「トリック!!!」」
よく分からん決めポーズまでして、何を言ってるんだこの子達は……。
トリックオアトリックってそれ選択肢が無いだろうが。そんなに俺に悪戯したいのか?
「お菓子いらないのか?」
「「うっ……」」
二人の前にお菓子が大量に入った例のバスケットを出す。
そこで俺は、まだ杏に飴を渡していなかったのを思い出し、バスケットから幾つか取り出して渡した。
「おー、ありがとプロデューサー♪」
杏はその中から一つを取って食べる。
「プロデューサーさん!杏さんにだけなんてズルいです!」
「珠美達にもお菓子をください!」
ふっ、相変わらずちょろいな。そんな所も可愛い……が、そんな簡単にお菓子はやらない。
「おいおい、さっきトリックオアトリックとか言ってなかったか?」
「き、気のせいじゃないですかね?」
幸子が目を逸らしながら言う。変わり身早くないか?
「幸子殿!?この機を逃しては、プロデューサー殿への仕返しが……!」
もしもし珠美さん?今仕返しと仰いませんでしたか?それこそ気のせいであってほしい。
「仕返しってお前らな……」
って言うか、あの時の罰は一応受けてるつもりなんだが……。
それは夏の特番の収録をした数日後。珠美と幸子は同じ特番で別のコーナーを担当した小梅に誘われ、再びロケ先のお化け屋敷に遊びに行っている。その時、珠美と幸子に誘われて俺も一緒に行ったのだ。まぁ俺は二人の怖がる姿が見たいからと軽い気持ちでOKしたんだが、それが失敗だったな。
元々そのお化け屋敷はめちゃくちゃ怖いと評判だったのもあったが、その日は小梅が一緒である。……またお友達が増えたんだろうな。俺達が入った時だけ、おかしな事が多かった。
「小梅と行ったお化け屋敷じゃダメか?」
「あれは無効です!珠美達は二回目なのに、一回目よりも怖かったんですよ!?」
だよなぁ……。
「え、何その話?」
杏が食いついた。
「あの特番収録した後、小梅に誘われて四人でそのお化け屋敷に行ったんだよ。すげぇ怖かった」
「楽しそうだったのは小梅さんだけでしたね……」
小梅はああいう時ホントに楽しそうだよな。そのおかげか小梅にS疑惑あるし。
「二人は分かるけどさ、プロデューサーも怖がるのって珍しいね?」
「小梅とそういう所に行くと、本物が悪戯するんだよ……」
あれはホント心臓に悪い。
「あ、なるほどね」
特番の小梅のコーナーもそうだったらしい。だからそっちのロケ行かなかったんだけど。
「そう言えば、今日はまだ小梅さんを見てませんね……?」
「今日は小梅殿は事務所に居るのですか?」
「ああ、居るはずだ。しかし俺もまだ見てないな」
小梅の事だから、仮装はしてるはずだしなぁ。何処かに隠れてるのか?
――ふふ。
「ッ!?」
突如、耳元で聞こえた誰かが笑う声。驚いて振り返ってみたが、そこには誰もいない。
「プロデューサー殿?」
「どうかしました?」
二人には聞こえてないのか、俺の事を不思議そうに見ている。
「……お前ら何か聞こえなかったか?」
「いえ、珠美は何も……」
「ボクも聞こえませんでしたよ?」
珠美にも幸子にも、さっきの声は聞こえなかったようだ。
杏の方にも顔を向けてみたが、
「私にも聞こえなかったし、気のせいじゃない?」
と言われた。
さっきのは幻聴だったのか?
「うーん……。誰か、女の子が笑ったような声が聞こえた気がするんだがなぁ……」
何、俺は疲れてるって?大丈夫、毎日ちひろさんからスタドリ買ってるから!
「ままままたそんな事を言ってボク達を驚かそうとしてるんですね!?」
「ほ、本当にプロデューサー殿は酷いですね!た、珠美は全然、これっぽっちも怖くないですけど!」
今のはそんなつもりで言ったものではないが、二人は勘違いをしているらしい。
「え、二人とも怖いって?」
こらこら杏さん、ニヤニヤしながら煽らないの。
「ですから――」
「怖くないと――」
ガシッ
「「――……」」
喋ってる途中の珠美と幸子が止まった。
俺は杏と顔を見合わせ、どうしたのかと思って二人を見ていると、その足を掴んでいる手(と思われるだぼだぼの袖)に気付いた。
突然の事に言葉を失っていた二人は、ぷるぷると小さく震えながら自分達の足を掴んでいる手に目をやる。そしてその手が白坂小梅だと分かると、どこか安心したような表情になった。
「も、もう小梅さん、変な悪戯は……」
振り返りながら小梅に話しかけた幸子だったが、またしても途中で固まった。
一体どうしたんだ?
どうやら珠美も小梅に気付いて振り返っていたが、同じく固まっている。
二人が何を見たのか気になり、俺も小梅がいるであろう場所を見ると――
「う゛あ゛ぁぁぁぁ……」
そこには、腹這いで呻き声をあげるゾンビ小梅がいた。しかも完璧なメイクをして。
怖っ!?けど可愛いな!?
「何々、どしたの?……ってあれ、小梅じゃん」
杏もこちらの様子が気になって、寝ていたソファから起き上がって顔を出す。お前は驚かないんだな。
「……小梅、何してんだ?」
「トリック、オア、トリート……」
そのままの姿勢でそう口にした小梅。
いや、ハロウィンだから分かるがな、せめて二人を離してやってくれ。まだ固まってるぞ。
しかしそれよりも……。
「だったら、いつまでも床に寝てないで立ちなさい。服も汚れるから」
「あぅ……ご、ごめんなさい……」
少ししょぼくれながらも立ち上がる小梅。
「あー、別に怒ってないからな?ほら、埃払ってやるから――」
「待ったプロデューサー」
俺が言い終わる前に、杏が声を掛ける。
「それは杏がやるから。それよりも、そこの二人起こしてあげたら?」
ふむ、それもそうだな。
小梅の事は杏に任せて、俺は動かないままの二人に近付いて、肩を叩く。
「おーいお前ら、何時まで気絶してるんだ?」
「……ハッ、ボクは一体何を……?」
「ぷ、プロデューサー殿ぉ……」
幸子は本当に気を失っていたのかそんな事を言っていたが、珠美の方は涙目で俺を見る。
二人とも悲鳴を上げないな、とは思ったが、まさかこんな事になっているとは……正直、予想外なんだが。
「おいおい、泣くなよ」
珠美の頭を撫でてやる。
「な、泣いてません!」
そう言いながらも、涙を拭う素振りを見せる。しかもいつもなら「子供扱いしないで下さい!」とか言って撫でる手を払おうとするんだが、今回は止めないんだな。
「ちょっとプロデューサーさん!カワイイボクも撫でて下さいよ!」
俺が珠美を撫でているのを見て、幸子も撫でろとせがんでくる。
相変わらず、こういう時はストレートに言ってくるなぁ。
「分かった分かった。ほらよ」
言いながら幸子の頭に手を置き……撫でない。
「……プロデューサーさん?」
――わしゃわしゃ。
「ふぎゃぁっ!?」
珠美の様に撫でられると思っていた幸子は、俺の凶行に素っ頓狂な声を上げた。
ふっ、甘いな幸子。俺が大人しくお前の頭を撫でると思っていたのか?
「ちょ、ちょっとプロデューサーさん!?や、優しく撫でて下さい!」
そう叫びながら俺の手を押し退ける幸子。
「カワイイボクの髪がボサボサじゃないですかっ!」
「そうだな」
「プロデューサー殿、流石に酷いと思います」
珠美はそう言いながら、持っていた竹男で脚をぺしぺし叩いてくる。太ももとかならまだいいけど、脛は止めてくれない?痛いんだけど……。
「こっち終わったんだけど」
そんな中、小梅の服から埃を払っていた杏が声を掛けてきた。
「プロデューサー、さん……」
小梅が近付いてくると、さっきまで撫でられていた二人の肩がビクッと小さくはねる。
「……なぁ小梅、何でそんな完璧なゾンビメイクしてるんだ?」
「えっと、皆を驚かせたくて……えへへ……」
「それで隠れてたと」
「隠れてないよ?ここに来るまで、メイクしてたから……」
小梅がしているメイクはかなり時間が掛かっているんだろう、そこらのゾンビよりも完璧な仕上がりだ。一体どこでメイクしてたのかは知らんが。
そのせいか、今の小梅は可愛いだけではなく、それなりに怖い。愉しそうに語るその表情は、いつもの愛らしい笑顔なのだが……。
「ここに来るまでに、誰かと会ったのか?」
「うん、何人かとすれ違ったよ。皆逃げちゃったけど……」
「歩き方とかは?」
「もちろん、ゾンビらしく呻きながらゆっくりと……ふふふ」
まぁ幾らハロウィンでも、その状態の小梅が来たら普通は逃げるよな。
逃げたのは他の部署の社員とか、怖いのがダメなアイドルだろう。その怖いのがダメなアイドルはここに二人もいるが。
「あ、あの、小梅さん……」
「なぁに幸子ちゃん?」
「そのメイクはいつまで……?」
「えっと、折角だから、寮に帰るまでしようかな。えへへ……」
「そ、そうですか……」
小梅の答えを聞いた幸子と珠美の瞳が、僅かに潤んでいるように見えるのは気のせいだろうか?
しかし小梅が寮に帰るまでメイクをしていたい、という気持ちは分かる。今日はハロウィン、元から小梅が楽しみにしていた日だ。
そして一緒にいる事が多い輝子は仕事でいない。だから寮で輝子に見せたいんだろうな。
まぁ部屋に入ったらこのゾンビ小梅が目の前にいるとか、普通ビビるがな。アイツ、絶対見たら「フヒッ!?」ってなるぞ。
「あんまり他の人を驚かすなよ?」
「き、気を付ける……」
そこは分かったって言って欲しいんだけど。
「まぁ良いか。それよりも……ほい、お菓子だ。どれがいい?」
バスケットからクッキーや飴を取り出す。
「あ、ボクにもください!」
「珠美にも!」
しょうがないな。二人にもやるか。
「分かった。それじゃあ二人には後で、暴君ハバネロをだな……」
「ちょっと!?」
「何の嫌がらせですか!?」
おいおい冗談に決まってるだろ?
誰が進んであれ食べるんだろうな。茜ならファイヤー!とかボンバー!とか言いながら食べそうだが……温度上がりそう。
「嘘だ。ほら、ちゃんとお菓子やるから」
そう言いながらバスケットを出すと二人は俺を睨みながら、それぞれお菓子を取る。
「ホント、プロデューサーの冗談って((質|たち))が悪いよね。いつか痛い目に合うよ」
「それは困る」
怒られるだけならまだいいが、痛いのは嫌だ。
「まったく、ボク達を怖がらせる冗談は一番止めて欲しいです!」
「そうですよ!さっきも、女の子の笑う声が聞こえるとか言って……!」
まだ冗談だと思ってるのか。あれホントに聞こえた気がするんだがなぁ……。
「あ、それはね……」
どうにか二人の誤解を解こうか考えている時だ。話に加わったのは、クッキーをポリポリ食べていた小梅。何か知っているようだ。
しかし、楽しそうな小梅から放たれたのは、俺の冗談よりも質が悪い物だった。特に、珠美と幸子の二人には。
「えっとね、私がそのまま入ると驚かせられないから、あの子にプロデューサーさんを悪戯してもらって、その隙に入ったんだ……。えへへ」
「「……え?」」
なるほど、それじゃあ俺が聞いた声の正体は、いつも小梅と一緒にいるあの子の声だった訳か。
……マジかよ。
説明 | ||
前回の続き。まさか続きを書くなんて……。 しかし思ったよりも長くなったうえに、あんまり珠美と幸子が目立ってないのは気のせいだろうか? |
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