りとるすたー
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ずっと、にぎりしめてほしいのは。

 

 

 

きっと、目を離してしまうと すぐにほどけてしまうもの。

 

 

 

ねえ?

 

好きと言って良いのかな。

 

 

どうしたら いい?

 

 

 

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「はー…」

大きくため息。

「ぷっ…これで四回目」

 ため息の回数を数えてどうなるわけでもないのに、マスターはくくっと吹き出してレンの様子を眺めていた。

レンはふいっと顔を背ける。

…その理由がまさか自分にあるなんて思わないんだよなあ。

はぁ、と今度は見えないように小さくため息。

「うっさいなあ…いいだろため息くらいついたって」

最近確かにため息は多くなったと自分でも思うけれど、笑われるとは心外だ。

 それに、原因はマスターにあるんだから、ますます腹立たしい。

「レン?」

呼ばれて、自然に顔を向けると。

そっとレンの唇に手を当てる。

「…幸せが、逃げちゃうかも、よ?」

「…ッ!」

「さて、レッスンするか」

マスターは何事も無いように、気持ちを切り替える。

 

 

こういうところが反則だ、とレンは思う。

自分を翻弄させておいて、何事も無いようにさらりとかわすなんて。

「ん?」

「…なんでもないっ」

動揺を知られたくないから、わざとそっぽを向く。

「ふーん…じゃあ、始めようか」

まだドキドキしている胸に手を当てて、マスターに悟られまいとレンは平静を取り戻そうとする。

 

 

 

―レンのような新しく生まれたボーカロイドたちが訪れる、最初の場所。

それぞれ、マスターと呼ばれる「プロデューサー」の元で自分の曲を作り、歌いこみ、完成させる。

その過程をふまえて、本当のボーカロイドとして巣立っていけるつくりになっていた。

だからメイコやミク、カイトもそうやって一流のボーカロイドとして、活躍している。

 

次は自分の番なんだと、一生懸命頑張って、レッスンをして。

一人前のボーカロイドになる。

それが、レンの中に秘めた、思い。

 でも、自分についてくれるマスターを待つことはとても不安で。

 いい人に出会えたら、とささやかに願っていた。

 

 

 

 

初対面の印象なんて、いいわけじゃなかった。

《お前か?次のボーカロイド候補は》

 だって、ぶっきらぼうにこんな挨拶されたらちょっと不安になるものだろ?

《名前は?…あー、かがみねれん…レンか》

《安心しとけ。いい曲作ってやるからな》

 

そんな風に答えてくれた時は、「何だこの人」って思ったのに。

 

 

自信満々で乱暴な言い方。

 でも優しく微笑んで、迎えてくれた人。

どんなことでも一緒に頑張ってくれる人。

自分のために優しい歌を作ってくれる人。

 

…好きになるなんて思わなかった。

 

 

早く本当のボーカロイドになって「よくやったな」って言われたいんだ。

…でも、それは同時に、ここを、マスターの元を離れてしまうということにもなるけれど。

 

 

 

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「―ふう」

始まりはゴタゴタだったけれど、集中してレッスンをすると時計の針は早く進むもので。

気づけば、時計の針は何週も回って夕飯の時間になろうとしている。

レンは、これで終了というように、ヘッドホンをはずした。

「あ、またため息ついた」

「ついてねえよ!」

…今のは、レッスン中ずっと集中してたから一息ついただけだ。

そう否定しようと口を開きかけたレンに。

「そうそう。お前がため息をつかないようにどうしたらできるものかずっと考えてたんだけど」

 たまにマスターの言動は斜め上を通る。どうやらレッスン中に考えてたみたいだ。

 レンを一瞥し、ニヤリと笑みを作って言った。

「…一回ため息ついたらキスするって面白くないか?」

 

いっかい、ためいきついたら、…きす?

 

同じ言葉をつむいでようやく理解する。

「じゃあ、4回もレンとキスできる計算だな」

「!」

マスターにとってはからかってるつもりなんだけど。

口がうまく開かなくて、何も返せなくなる。

「まあ誰も今すぐって言うわけじゃないしなー。ま、ツケにしといてやるよ」

しかし、それ以上何も言わないレンに、 

「あ、それとも、俺とキスしたかった?」

そんな風にわざとらしくたずねるから、思いっきり嫌な顔して舌を出してやった。

「そんな顔してもレンは可愛いからプラス一回足しといておこうかな」

「う…」

 そんな様子を面白がってマスターはカラカラと笑う。

 

…じゃあ、今日はおしまいにするか、とマスターは使っていた楽譜や道具を片し始める。

と、タイミングよく、ガチャとドアの開く音。

 

「そろそろご飯ですよ」

にっこり微笑みを浮かべて部屋に入ってきたのはカイト。

 

 

レンがここに入る前にマスターが曲を作ったボーカロイド。

曲ができると「一人前」とみなされてマスターの元を離れる暗黙のルールがあるのだが、カイトはたまにやってきてこうやってご飯を作ってくれる。

もちろん、ボーカロイドとしては別のマスターのところで活動しているのだが。

 

《歌も好きだけど、家事全般も好きだから》

そんな理由で、ここにきているらしい。

…マスターの生活能力が皆無に等しいのは、暮らしてみてわかった。

だからこの家には必要な存在だ。

 

 

「そういえば、ユキさん。ウチのマスターが怒ってましたよ?」

ユキ、というのは、マスターの名前。

カイトは、もうここの住人ではないから、そう呼ぶことが自然なんだろうけど。

それは、まるで2人が近い存在であるかのようで。

うらやましくさえ思う。

 

いつか、自分もそうやってマスターを呼ぶ日が来るんだろうか。

 

 

「あ?」

「こないだの」

「あー…怒らせとけ」

「しょうがない人ですね、いつまでたっても」

ね、レンくん?

 と、にこっと笑いかけるカイトが意味深にレンに視線を向けた。

…全部見透かされてるような微笑みに苦笑いを返すしかできない。

いい人、なんだけど。

少しだけ、やきもちのような気持ちを持ってしまう。 

「こら、レンに話を持っていくんじゃない」

「いいじゃないですか、僕とレンくんの仲を邪魔しないでくださいよ」

「あぁ?」

「ねえ、レンくん?」

今度は、レンの傍に寄ってきたカイトが、コートの中から四つ折りにされた紙の束をレンに差し出した。

「…カイトさん、これ…」

 どうやら、手書きの楽譜のようだった。

見慣れた字と、新しく加えられたような見たことのない字。

「おめでとう、レンくんが歌う曲だよ」

その言葉に、どきん、と胸が鳴る。

「…オレの?」

 

自分が歌う曲。

それはもちろん「ボーカロイド」として歌うもの。

 …でも、こんなに早く、そのときが来るとは思わなかった。

 

「結局、ちゃんと仕事してんじゃねえか」

いつのまにか、レンが持っている楽譜をマスターも目で追う。

「そりゃあ、マスターはユキさんと違って、受け取った仕事はきちんとしますから」

「…それはノロケか?」

「ええまあ」

 にっこりと微笑むカイトにあきれたようなマスターの声。

「まあ、見た感じ、いい曲に仕上げてもらったみたいだから、今日は我慢してやるよ」

なあ?レン。

そう、呼びかけられたけれど。

 

でも。

そんなやり取りすら、レンには入ってこなくて。

「お、オレ…先に行ってる」

ぎゅっと、楽譜を胸に抱いて、カイトにもマスターにも視線を合わせずに部屋を出た。

 誰かが何か言いかけてたけど、そんな余裕なんてレンが持っているはずなんてなかった。

 

 

 

 

 

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 次の日から、その曲を自分のものにするために歌いこむ練習が始まった。

 練習の初日は、昨日の事もあってか、大丈夫か?なんていわれたけれど。

 歌っていたほうが、気分的に楽なような気がした。

 

待ちに待ってた、ボーカロイドとしての曲。

 誰のものでもない自分だけのオリジナルだから。

 マスターが自分のために作ってくれたから。

 大事に、大事に歌いたかった。

 

 一生懸命練習に励んだ。

 

けれど、嬉しい反面、日に日に不安がよぎる。

 

 

…もし、これが完成したら?

 

 

きっと、マスターは今まで他の誰かにもそうしてきたように、「よくやったな」なんて言って自分を送り出してくれるかもしれない。

それに、カイトのように家事までこなすことなんて自分はできないから、これ以上、自分がそばにいる理由なんてない。

 

 

きっと、それで最後。

ばいばい。

 

 

…ずっと、これ以上を望まないと、思っていたのに。

それ以上を求め始める気持ちがあふれ始める。

 

 

その時が来なければいい、なんて思うほど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胸に巣食っている不安な気持ちを忘れるために歌いこむことは、確実にその日を早くしていった。

それでも、レンは歌うことに集中した。

 

 

 

 

 

 

そして、その日が来たら。

自分の気持ちを伝えて去ろう。と決めた。

 

最後に「ユキさん」って言えたらいいな。なんて思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

「いいから、止めっていったの」

はぁ、とため息をついて、専用のイスに腰掛けるマスター。

 

課題の曲ももう少しで自分のものにできるところだというのに。

 

 突然のマスターの中止の言葉。

「やめるって…」

そんなレンの言葉を聴いているのか、マスターは、もたれながらギッギッとイスを鳴らしてリズムを刻み宙を見ていた。

「…とりあえず、この作業をしばらく中止するからな」

「そんなの、いやだ」

 

 一緒に頑張って、こんな良い曲をもらって、一生懸命歌ってきたのに。

 それとも、自分はこの曲にふさわしくない?

 

 頭の中を嫌な不安がよぎる。

  

 はぁ、と大きく息をつくマスター。

「…きっと、お前のことだから意地張ってでもこの曲を完成させたいんだろうけどな」

こく、とうなずく。

「完成したら、お前、どうするの」

…完成したら?

「…ボーカロイドとしてデビューする…」

 それは、マスターと離れてしまう意味にもなるけど。

 そのときは絶対笑っていたいから。

 だから悔いの無いように歌わせてほしい。

 でも、マスターはレンに語りかける。

 

「…そしたら、ここを出て行くんだぞ?」

 …いいのか?

 いつのまにか、視線はレンをまっすぐ捕らえていた。

 その言葉にどきん、と反応してしまう。 

 

……いいのかなんて、そんなこと聞かないで。

 

「なあ、なんか言えよ」

 そういって、マスターはレンに答えを促すけれど。

思うように、口が開いてくれない。

はぁ、とため息をついてレンが喋るよりも先に、マスターが語り始める。

「…言っておくけどな、お前がそれで良くても、俺はイヤだからな」

「っ…」

 

 ……それは、どういう意味?

 

「…なん、で」

「さあ…なんでだろ。好きになった子をずっと傍においておきたいって思うのが普通じゃないか?」

「好きって…」

「俺が、レンを好きだってこと」

「そっ…んなの…」

 ウソだ。

勝手すぎる。

「信じろ。それに、もう、お前以外のやつをプロデュースする気になれねえ。

たとえ嫌いだって言われても絶対好きにさせてやるつもりだから」

 

 

…自分ばかり好きで、この気持ちは届かないなんて思って悩んで。

 どうしたら忘れようとか、色々考えていたのに。

 そんなたった一言で吹き飛ばされる。

「俺はお前見たく、うじうじ悩むよりも行動に出るほうなんだよ」

 ニッと笑いながらレンを手元に呼んだ。

「…ったく、ツンツンしてても可愛いかったが、一生懸命なやんでるのも可愛いから、いつやってやろうかとやきもきしたぞ」

 …自分が今まで悩んでたのがバカみたいに思える。

さらに続けてマスターは言う。

「お前は全部終わってから告白でもするつもりだったんだろうが、それを待ってたら間に合わねえし。お前はそれより前になんて絶対言わなそうだから、強硬手段に出てみた」

…どうだ、嬉しいだろ?

「だから、お前も好きって白状しろ」

そういわれて、悩んだ時間を返せとか、そんなの知るか、とか言い返してやろうと思ったけれど、嬉しかったほうが何倍も大きかったし、何か喋ったら涙がこぼれそうで。

 うん、とうなずくだけで精一杯だった。

 

 

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「やっと、くっついたんですねえ」

「な、なにを言って…」

「うっせえ、前からラブラブだったのがさらにラブラブになっただけだ」

顔を赤らめるレンを楽しそうに見つめるカイト。

 

いつものようにおさんどんをしに、カイトが部屋を訪れている。

 

いつもと変わらないけれど、レンには少しだけ違うように感じるのは気のせいだろうか。

 

「そうそう、手続き終わったんですって?」

「…まーな」

 …自分は知らなかったけれど。

前からマスターは上の偉い人に交渉してたらしく、ボーカロイドになったレンを引き続きプロデュースすることになったのだ。

 

《しばらく中止する》

 マスターの考えをその時ようやく理解した。

 

 

 

きっとレンが何をしても、マスターはここにとどめさせる気だったのだと。

そして、結果的には自分が空回りしていたということも。

 

「いいなあ、僕も聞きたかったなあレンくんの歌」

 残念そうにつぶやく声に、申し訳ないと思うけれど。

 この歌は、大事な人のために歌う歌だから。

「…聞かせられなくて、ごめんなさい」

「つか、お前に聞かせるにはもったいないね」

「ユキさん、意外にけちですね」

「言ってろ」

 

そんなマスターとカイトのやり取りに思わず苦笑する。

 

 

 

 

そっと、握られた手は暖かくて。

 

これからも一緒にいられることを確かなものにしてくれる。

 

 

大丈夫だよって、言われてる気がして。

 そっと、「好きだよ」って囁いた。

 

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マスレン腐向けな小説。
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ボーカロイド 鏡音レン Vocaloid 腐向け 

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