魔弾の王と戦姫〜獅子と黒竜の輪廻曲〜【第12話:造られし者〜対峙した時代の光と影】
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『造られし者〜対峙した歴史の光と影』

 

 

 

 

 

『アルテシウム中心都市ルテティア・ガヌロン公宮・応接室』

 

 

 

 

 

凱がアルサスから異端容疑で連行される数日前のことだった。

マクシミリアン=ベンヌンサ=ガヌロンはグレアストを招致して、定例の密会を行っていた。

月が天空に浮かび上がり、密談の役者をほんのりと照らす。夜の最も深いにも関わらず、月は雲を得て朧と化している。忌々しい程の光量が降り注いでいる。

そんな虚影のような風景が、ガヌロンの瞳にとって好印象に映えるのだった。

 

「今夜は寝かせませぬぞ。閣下」

 

そうグレアストが遠回しに忠告しては、ガヌロンの承諾を確認した。つまり、とことん付き合うという意図表示だ。

ガヌロンは背後に控える従者に命令する。

 

「おい。林檎酒を大量に用意しろ」

 

恭しく一礼して、従者は退出する。しばらくの間をおいて、ガヌロンの好物がテーブルの上へ運ばれていく。

熟成の高い林檎酒を両者は一口含み、前置き無くグレアストは切り出した。

話題はまずこれだ。

 

――テナルディエ軍と同じく、ガヌロン軍もまたアルサスへ侵攻した。ちょうど凱とテナルディエ軍が交戦していた時――

 

そのガヌロン軍を率いていた指揮官がこの白髪の男、カロン=アンティクル=グレアストだったのだ。

閣下と仰ぐこの男の命令とはいえ、やはり気が乗らない。この目に留まる美女でも鹵獲?しなければわりに合わないというものだ。

だが、そのくだけた妄想は半分だけ実現することとなった。

アルサスへ進軍中、マスハスを中心とする有力貴族の迎計略に遭い足止めされているにも関わらず、グレアストは続々と斥候を放った。

恐怖で支配する指揮官の斥候からもたらされた『銀』と『金』の報告が、耳部をピクリと踊らせた。

 

――銀閃の風姫と黄金の騎士――

 

『銀』のほうは幻想的表現なのだが、『金』については、文字通り物理的表現でしかない。

銀閃の風姫は既知済み。比類ない美貌の持ち主にして、希少な銀の髪の持ち主、磨かれたワインのような紅玉の瞳の持ち主だと。

しかし、黄金の騎士の報告だけは、心にとどめるだけにした。グレアストの直感だが、これはなかなかの土産話になりそうだと感じたからだ。

 

「アルサスでこのような戦噂を聞きまして……一人の流浪者(ルルリエ)がアルサスの防衛に力を譲渡したと」

 

林檎酒の味を転がしていたガヌロンの舌が、ピタリと止まる。

 

「面白そうだな。酒の肴の代わりに聞かせろ」

 

従者に用意させた林檎酒を再び飲み、グレアストの話材にガヌロンは喰いついた。

それからグレアストは詳細を語り出した。

抵抗戦力のないアルサスはただ蹂躙されるだけかと思われた。略奪で戦意が堕墜しきった兵士の隙をついて、漁夫の利を憑こうとしていた。

 

――そうなることが、ガヌロン軍に期待されていたはずだった――

 

心躍るような出来事を裏切る形で、黄金の騎士は唐突に出現した。

獅子のたてがみのように長い髪を、その黄金の部位を、深緑の短剣をひるがえし、蹂躙の限りを尽くしていった。

顛末を話し終えたグレアストは、この鳥の骨の人物の反応を伺っている。

 

(さて、公爵閣下はどのような感想を……)

 

そんなグレアストのささやかな興奮は、徐々に高鳴っていく。

 

「ほう。それはすごいな。一人でテナルディエ軍を跳ね返したのか。弱者で溢れるブリューヌにまだ獅子がいるとは」

 

この得体の知れない主の関心を感じ取ったグレアストは、静かに笑みを浮かべる。

 

「その男、一体どのような持ち主なのかね?」

 

グレアストは斥候の報告をさらに思い出していた。顎に手を当てながら、何やら楽しそうに言葉を紡いでいく。

 

「何しろ、不可思議な力を秘めた青年でしてね。あの強さはバケモノでしたよ。こう左手に紋章のような刻印が浮かび上がると、緑色に輝いて……」

 

次の瞬間、グレアストは、己の報告に後悔することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パリン!!

 

瞬間、ガヌロンは好物の林檎酒入りのグラスを握りつぶした!

 

「……刻印だと!?」

 

さらに半瞬、ガヌロンの態度が豹変する!穏やかだったガヌロンの声色がドス黒い音圧となって、グレアストの耳朶を討つ!

 

(これが……閣下の本当の声色なのか?)

 

ごくりと、この銀髪の男は恐怖のあまり唾を呑む。

 

「グレアスト。その紋章はこのような形をしていなかったか?」

 

骨のような小指でグレアストの視界上に文字をなぞる。それは「G」という独特な文字であった。

ブリューヌ語でもない、ジスタート語でもないこの文字をどうして知りたいか、グレアストには分からない。ただ、それはどうでもよかった。

些細な質問。グレアストにガヌロンの意図が理解できようが、理解できまいようが、目前の主の問いに返答しなければ己命がない。

 

「そのように見えなくもないですが……」

 

グレアストは震える声を抑えながら、のどを絞り出して答える。

人の持つ天譜の才の一つ、『神算』の持ち主であるグレアストとて、現段階ではおぼろげな答えしか持ち合わせていない。そもそも、そのような『音素文字―アルファベット文字』を見た事すらない。

だが、ガヌロンにとって、グレアストらしからぬ頼りない回答で満足した。なぜなら、この世界の『真実』を知るものは少なくてよいからだ。

通常、知りすぎてはならないものがある。権力が上に上にと集中する王制、特に謀略渦巻くブリューヌで長生きするには、常に注意深くあらねばならない。それも人並み外れて注意深くある必要がある。知りすぎてはならない。少なくとも、知りすぎたと思われてはならない。

そういったものを、異端という手段で闇に葬る処刑法を考案したグレアストだからこそ、誰よりも『知りすぎることに対する』危険性を理解している。

 

「ふっふふふふふ!!ついに捕えたぞ!獅子王の忘れ形見!」

 

人ならざる者のような、年老いた彼の口元が極端に吊り上がる。主従関係こそ長いグレアストとて、ここまで歓喜に打ち震える主の表情を見るのは初めてだった。

10数えるくらいか、再びガヌロンが沈黙を破って口を開く。

 

「閣下。どうやらあの男は宣教師(アポロトロス)からぬことをしているようです」

 

宣教師(アポロトロス)。それは、特定の思想や宗教を未開の地へ伝播する為に、故郷を離れて布教活動する人物の事である。

目的は単に『伝える』だけではない。居合わせた地域に対しての教育水準等の向上活動に取り組むことが、行動理念の常といわれている。

遣われし者という意味も込められており、その神聖な行いは報いを求めてはならないとされている。

ガヌロンは、ほくそ笑む。

独立交易都市(ハウスマン)のような他宗教都市群ならまだしも、王制から脱皮できない虫どもの集まりで、よくもまぁ、尻のかゆくなりそうなお節介が焼けるものだと。

そもそもジスタートやブリューヌでは、独立交易都市(ハウスマン)と信仰している対象が違うではないか。

ガイは知らない。ゆえに知るべきだ。幼稚な時代であるブリューヌに今必要なのは、『異端』ではなく『正統』なのだと。

いや、知っていながら、こうなることが分かっていたからこそ、覚悟を決めていたのではないか?

特に、独立交易都市(ハウスマン)において『王』、『神』、『獣』は忌語のはずだ。凱はその事実を知っていたはず。

 

(そうまでして、この時代が愛しいか)

 

ともかく……

詳細がどうであれ、ガヌロンに一つ、気まぐれに近い名案が浮かんだ。それをグレアストに告げると、両者は暗い笑みを浮かべた。

 

「異端審問……ですか」

 

「そうだ。奴を異端の網でからめとってしまう」

 

網を行使するのは分かったが、半ば強引的であるガヌロンの網……つまり『糸』は読めても本心、『意図』までは読めない。

 

「ですが、素直に捕まるとは思えませんが……「それはない」何故です?」

 

この醜悪な老人には確信があった。

まともに捕縛しようとしても、超人的戦闘力を持つ凱が相手ではまず不可能だ。最初にグレアストが「バケモノ」と言ったではないか。

力に力で対抗する術は通用する見込みなど皆無だ。

とはいえ、所詮は勇者(ガイ)もまた獅子王(レグヌス)。心強き、そして、心優しい故に、心正しき選択しか取れない。

例え自分が傷つくことを厭わずとも、他人が傷つくことは、何事にも耐えがたいはずだ。

それに、異端なら凱を庇い建てできない。凱にまとわりつく親しい人間達は、異端の糸でからめとれる。

 

――我が子を奪われた獅子が、子を取り戻す為に怒り狂うことと同じように――

 

――人間から嫌われることを、何よりも、人間から怪物と思われることを怖がっているなら、手の打ちようがある――

 

卓越した頭脳の持ち主であるガヌロンの思惑を察したグレアストは、その後の展開を予測して口元を釣り上げる。

 

「いぶり出す。といったところですかな」

 

見えない『糸』をやっと手繰りあて、読めない『意図』を見抜いたグレアストは、僅かながらに歓喜を得る。

異端審問にかける。確かな正義と君主制の織りなす時代だからこそできる不震の執行権。

そして、ガヌロンは小さくつぶやいた。

 

――私は……『私』を放っておくことはしないのだ――

 

その意味深いガヌロンの言葉は、グレアストの耳に届いていなかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

……グレアストは、そんな事を思い返していた。

 

あまり街道の整備が整っていないアルサスを通る為、馬車では当然不規則に揺れる。

そんな揺れに対する苛立ちをごまかすかのように、獅子王凱は仮眠をとっていた。

獅子王凱。その青年は今、異端の烙印である手枷をかけられている。

気持ちよく寝つけるかと思いきや、車内の片隅にある拡声設備(スピーカ―)から、男の声が発せられる。

 

《ご機嫌如何かな?シシオウ=ガイ》

 

「……カロン=アンティクル=グレアスト」

 

ゆっくりと目を開けて、凱は問い返す。その声色はどこか不機嫌成分が含まれていた。

 

《獅子は寝起きが宜しくないようですな》

 

「察しろ。たたき起こされたのだ」

 

シーグフリードと同じ銀髪の男。人の気も知らないのか、ひょうひょうとした口調でグレアストは凱に語り掛ける。

たたき起こされたという表現は、こういうことだ「馬車のはずみで頭をぶつけた」という事で。

 

《王都へたどり着けば、気も晴れることだろう。ガヌロン公爵も御待ちかねだ》

 

ブリューヌの大貴族の名を聞いたとき、凱の背筋に悪寒が走った。

気が晴れる。それはある意味間違いではないかもしれない。

異端審問のオチは、流石の凱も理解できる。結末としてはアルサスにもう帰れない。ティッタとも、もう会えないのだ。

その事実が、凱の心の檻をより一層締め付ける。

 

「ガヌロン……この異端審問状を差し出した奴か」

 

《敬称くらいつけたらどうだ?無礼な流浪者だな》

 

「かまわないじゃないか。命のやり取りをする奴に、礼儀作法なんて必要なんて……」

 

目の前の現実を理解しているから、凱の返事も容赦がない。至極真っ当なことであるため、グレアストはこの辺で会話を打ち切った。

凱の声色が弱々しくなる。それは、オージェ子爵から彼の……いや、彼らの素性をある程度耳にしたからだ。

 

――ルテティア現領主にして、ブリューヌ法王庁の宰相。マクシミリアン=ベンヌッサ=ガヌロン。――

 

臣民や領民、純順な老若男女においては、好々爺と器量の広さで名君主と評されている。歴代ルテティア領主でも、ここまで人望をかき集めることのできる領主はいないとされ、「過去現在において比肩する者なし、未来永劫、彼を超越せし者なし」とまで言われている。

しかし、反逆と異端に対して、慈悲と容赦が微塵もない。

凱はオージェ子爵の言葉を思い出す。

 

――ガヌロン公爵の二つ名。煉獄勇者(イーンフェルヌス)とも呼ばれている。―

 

――……勇者……ですか?オージェ子爵――

 

――ガイ殿。彼は牙をむいた者に対する烙印……処刑法には特徴がある。――

 

――特徴?――

 

異端の処刑法は大体、凱でも知っているつもりだ。火刑、磔刑、異端拷問椅子、様々だ。別に特徴というわけでもなさそうだが。

 

――相手の頭を右手でつかみ、まるで烙印を刻むかのように……こう……柘榴(ザクロ)のようにカチわって潰すらしい――

 

――う……――

 

人当たりのよさそうな顔、オージェ子爵が冷や汗をかく。それは、凱も同様だった。

結局、脱出の機会をうかがう、凱の望む「いざこざ」は起きることなく、ニースへ到着した。

 

 

 

 

 

『ブリューヌ・王都ニース内・中央街道』

 

 

 

 

 

誰かが歌っている。惰声のつもりでも、ブリューヌ人は歌唱力が無駄に高い。ガタンという木製の音を弾ませて、車輪と荷馬車がきしむ音が聞こえる。何度も続く揺れの中、凱はあまり眠ることが出来なかった。くまが薄っすら浮かんでいる。

 

――今日の昼寝は今日しかできない。明日の昼寝は、明日でないとできない――

 

そんな野○の○太の正義を称えるような陽気な歌は、今の凱にとって耳にささやくものでしかない。

歌詞にあるように、凱の明日は果たして訪れるだろうか?答えは皆無だ。

偽りの平和。内乱がくすぶる中の希望に対して、人々はどうするのだろうと凱は訝った。

馬車は王都へ続く幹線通路を堂々と闊歩する。民である歩行者は慌ててモーゼの海割りのごとく道を開けていく。

異端審問の順列は、概ねこの通りである。

まず、異端の容疑者を異端審問所へ送り届ける。政治システムを揺るがす危険要素を、まずは王都にて暴き出すのだ。

王への説明と報告を必要とするために。

それが終わった後、ブリューヌ建国前よりアルテシウムの司祭の肩書をもつガヌロンが、異端者を裁定するのだ。

テナルディエ公爵家は、『誰よりも強くあれ』という信念をブリューヌの『歴史』として切り開き――

ガヌロン公爵家は、『誰よりも恐れあれ』という理念をブリューヌの『伝統』として守り抜いてきた――

『最強』と『最恐』の両輪が支えるブリューヌ。二つの概念がブリューヌを鋭利な形で発展……その歴史の刃を研いできた。

美しく研がれた刃。それを象徴するかのように、リュベロンの山肌に王宮はたたずむ。

馬車が進むにつれて、それは大きく凱の視界へ移る。でも……

 

――俺達は……何と戦うべきなのか……まだ何もわかっていないんだ――

 

悔しそうな声色で、凱はつぶやいた。分かっていないのは、自分自身も含まれている。そう、いまだに『不殺』の答えや『人を超越した力の意味』ですら見いだせていない。迷える子羊は輪廻の中を、箱庭で彷徨うしかないのだろうか?

 

 

 

 

 

 

『ブリューヌ・王都ニース王宮内・とある一室』

 

 

 

 

 

マスハス=ローダントは憤慨していた。

テナルディエの独断ともいえるアルサスへの焦土侵攻。王が貸し与えた土地を、臣民が土足で踏みにじる大貴族の行為に対して抗議する為、本来なら、非道を人道で正す為に貴族として取ったこの行動は正しいはずだ。

しかし、王宮へ足を踏み入れた時、いかなる理由で――散々送り付けた書状を握りつぶしたのか――を知ってしまった。

マスハスは自分と、目の前にいる親友の表情に問いかける。

この男、ピエール=ボードワンは考えにすぎるところがある。

国という天山頂に近い人物ほど、常に麓(ふもと)への気を配る必要がある。

時代の天候、それによる民衆と貴族の動向は千差万別だ。とくに山頂はそのような天候の変化が著しく変化する。

今日、川の水が高きから低きに流れているからと言って、明日も同じだとは限らない。

一夜で水が枯渇することだってある。

逆もしかり、大洪水で川を逆流させてしまうことだってある。

晴天だった青空が半刻も待たずして、急に大気の流れを加速させて、雷雲を呼ぶこともあるのだ。

そういった類経験を、ボードワンは『民政』『国政』『君政』から学ばされてきた。

故に、ボードワンは考えに考える。

ティグルヴルムド=ヴォルンは両公爵にとって代わる第三勢力となり、ブリューヌを台頭する要因となるではないのかと――

原則を信じないにしても、軌跡を信じないにしても、今のボードワンにすがれるものは「ブリューヌの存続を第一に」という至極真っ当な論理しかなかった。

 

長い沈黙を破って、マスハスは重々しく口を開く。

 

「おぬしら、『最恐』と『最強』の均衡状態が崩れるのを待つ気か?」

 

「ティグルヴルムド=ヴォルンはどう判断する?彼は己の領土を護る為にジスタート軍を雇った行動を!」

 

猫ひげの宰相へ真っ向からマスハスは切り結んだ。

ティグルの正当性を貫くために。何より、エレオノーラと同じように「民を護る為に」という意思を大事にしたいという気持ちが強かった。

 

「叛逆以外にどう判断せよと?」

 

打ち合い敵わず、この宰相は情を理で跳ね返す。おおよそ分かっていた返事に、マスハスの中で何かが切れた。

 

「テナルディエ軍がアルサスを襲撃した時、騎士の一人も現れなかった!おぬしらの判断、『中心(ニース)』の為に『末端(アルサス)』を切り捨てる行為こそ!王国と陛下に対する反逆だろう!?」

 

高級感漂う机が激しく揺れる。感情のあまり、マスハスは思わず机を叩いてしまったようだ。だが、ボードワンには、マスハスの気迫が声に乗って叩き付けられたように思えた。

自分はティグルの正当性を主張する為に、王都へ足を運んだはずだ。書状を渡す為に来ただけの、子どものお使いではない。

今の自分はティグルの代わりであり、自分の言葉はティグルの言葉であり、自分が聴き、見たことはティグルへ伝えなければならない。

 

「ボードワン。一人の流浪者(るろうに)が……王国に生きる民、アルサスを護った話は知っているか?」

 

「……?」

 

「その男は……シシオウ=ガイと名乗っている」

 

「シシオウ……ガイ」

 

独特の発音。その獅子王凱と同じ声帯を持つボードワンは、眉を潜めてそうつぶやいた。

 

「この国の者でないにも関わらず、アルサスにもがく民を護る為に力を振るった。真っ先に神殿を見捨てた神官に変わり、子どもたちに教えを説いてきた」

 

ティグルがキキーモラの館へ出立する前まで、記憶は蘇る。

それは太陽の光のように、戦乱で幸奪われた子供達の心を育み――

それは月の光のように、戦乱で傷ついた子供達の心を癒して――

何もしないまま空虚な時間が過ぎていく。それが我慢できなくて、悲しくて、憂いていて――

何かをしたい。凱はただ、本当に、それだけで、それしか思っていなくて――

 

「異端以外にどう判断せよと?」

 

「…………今、何と申した?」

 

「シシオウ=ガイなる者は異端と認定。本日公開処刑の予定」

 

躊躇なく告げる新たな現実に、マスハスの態度はさらに憤慨した。

 

「異端……異端じゃと!?まさか……ガヌロン公爵の手が!?」

 

そうとしか考えられない。異端認定はブリューヌ法王庁からしか発布できない。それが出来る人物はただ一人。

 

なんだ、これは――

 

一体何の茶番だ――

 

国の内政をくすぶる異端の歴史。

異端という不穏分子が、村を、領地を、そして国を倒壊させた事例には枚挙に暇がない。

だからこそ、ボードワンは叛逆よりも異端を警戒する。原則というものを信じないのは、異端からというボードワンの弁。

 

「彼の噂は、アルサスを侵攻したテナルディエ軍の敗残兵から聞き及んでおります。なんでも、『人を超越した力』を以てテナルディエ軍を瓦解敗走させたと」

 

結果として、傭兵として雇われたジスタート軍が戦の勝敗を決している。しかし、そのジスタート軍が介入するまでの間、一人でアルサスの民を護ってきたのが、『流浪勇者(ルルイエ)・獅子王凱(ししおうがい)』なのだ。

溜め込んだ重い息を、マスハスは一気に吐き出した!

 

「……もう一度言うが、アルサスをテナルディエ軍が襲ってきた時、騎士のひとりも現れなかった!!最早この国は一介の流浪者(るろうに)に頼らざるを得ない程、脆弱であることがジスタート軍に露呈されているのだぞ!」

 

自分自身への皮肉も込めて、マスハスはボードワンの癇に叩き付ける!

おそらく、アルサスへ駆けつけたジスタート軍も、―凱がたった一人でアルサスを防衛していた―という不可解な戦況を目撃しているはずだ。

国と民を護るべくの騎士団。領地への被害を守ること敵わずとも、国民を守るべく、一個の騎士団が救達、もしくはテナルディエの暴挙を止めようとしたはずだ。しかし、結果的に民を護ったのは『騎士』ではなく『勇者』だった。

度重なるマスハスの口酷に、この頑固な宰相は怒りをこらえ切れず、ついに反撃を開始した!

 

「一介の流浪者(るろうに)といえど、野心や欲がないとは言い切れまい!単なる正義感や親切心から力を貸したとお思いか!?」

 

「単なる正義感や親切心だからこそ!見返りもなく不退転の覚悟で!アルサスの民を護ったのだろうが!」

 

「見返りがないから危険なのです!本当は人に言えないほどの大きな野心を抱えているのではないかと!」

 

「わし等はガイ殿の人となりをよく知っておる!国に仕えないからこそ、心正しき選択を取れるのだ!自分の未来を恐れずに!」

 

「いずれの国にも仕えないから、大陸を流れるから流浪者(るろうに)なのです!もし!彼が民を扇動してブリューヌに牙をむき出しにした時、ヴォルン伯爵やあなたはその『異端』を止めることが出来るのですか!?」

 

ここまでボードワンが凱を警戒する理由はある。

ブリューヌ建国時における異端排除は、宰相や法定官が最も頭を悩ます事項である。それは、異端というものがどれだけ『国』にとって恐ろしく、何より防ぎ難いものか。ボードワンは実体験で知っている。

農法、工法、政法は国を循環する3柱のシステムであり、神の代理たる『王』がそのシステムを管理する。

しかし、システムである以上、必ず『虫(バグ)』が生まれる。自立の芽が息吹いた領地で叛乱が起きた歴史もある。ブリューヌもその一つだ。

さらに、派遣した異端審問官の報告によれば、獅子王凱はアルサスの民に高い信頼を得ている。

――騎士なんか信じられない!オレたちは勇者を信じる!――とまで言われる始末なのだから。

確かに、それは否定できない。なぜなら、騎士を動かすのは『命令』で勇者を動かすのは『理由』なのだから。

よって、『臣民』より『国民』のほうがはるかに単純だ。目に見えないものより、目に見える結果を信じる。黄金の騎士である獅子王凱を信じるのも無理はない。

もし、ブリューヌの現状に不満を抱き、アルサスが力を蓄え、凱を筆頭に決起するときが来たら、この国の抱える勢力は乱立してしまう。

 

――テナルディエ――

 

――ガヌロン――

 

――ジスタート軍率いるヴォルン――

 

――アルサスの民を、周辺領地の民を扇動する可能性のある凱――

 

そうなれば、このブリューヌはすぐさま無法地帯と化し治安機構は維持しなくなる。

凱と同じ声のボードワンなだけに……その事務的な言葉がマスハスの脳髄を刺激する。

 

「ここまでの現状を招いたのは、『末端』より『中心』を選んだおぬしらだろうが!目の前の牙を恐れて未来におびえるのか!」

 

ジスタートという黒竜(ジルニトラ)の化身を始祖とする『竜の牙』

そして、『眠れる獅子の一節』を彷彿させる獅子王凱の『獅子の牙』

それ以外にも、「ブリューヌを虎視眈々と狙う飢狼の牙」たくさんだ。

 

「マスハス」

 

ボードワンは深い溜息をついた。

 

「私の言動、行動、挙動は全てブリューヌの存続を第一に考えて決めています。ゆえに、叛逆と異端の処断に変更はありません」

 

「たとえ、テナルディエ公爵やガヌロン公爵であろうとも?」

 

震える声を抑えて、マスハスは切り返した。

階級の高低差はあろうとも、王に忠誠を誓う貴族である以上、もしテナルディエやガヌロンも他国の軍勢を引き入れたら、同じ扱いを受けなければ納得できない。

マスハスのやや挑発的な口調にも関わらず、ボードワンは我が意を得たりといった表情で、マスハスに振り向いた。

 

「大義。正義。どちらでも構いません。異議に対する定義を、そして恩義を抱く。そういった方々が罪を問われないのです」

 

「……そうか」

 

過去、ブリューヌの混迷だった時代、テナルディエもガヌロンも一時は救国ともいえる活躍を成したのだ。

革命派のテナルディエは、維新という形で国に貢献したように――

保守派のガヌロンは、王に付き添う敗者という形で国の構築に生涯をかけた――

 

「大義……それに匹敵する……」

 

ここまでつぶやいて、密会は中断した。

いずれにせよ、上奏は敵わない。だが、これで今後の行動は明確になった。

まずはテナルディエ公爵を討つ。現状を打破するにせよ、今後の憂いを取り除くにせよ、まず対立関係にある貴族の対処だ。

今だアルサスと接点のないガヌロン軍は、対処として2番手でいいと思われる。1番手はやはり御子息を打たれたテナルディエで確定なのだから。

礼儀を失しない程度の歩み脚で、マスハスは王宮を抜けていった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

よそから見れば、凱を連行する一団はどこか危険なにおいが漂っている。

新たな手錠……今の凱は首輪と連結した手錠をかけられ、ガヌロンに連行されている。

まるで凱を覆い隠すかのように、ガヌロンの従者達は異端者を取り囲んでいる。

 

「ご苦労だった。グレアスト卿」

 

腹心に労いをかける性醜な小人は、どこか満足そうにうなずいた。

マクシミリアン=ベンヌッサ=ガヌロン。その皮膚の薄さは「鳥の骨」とも称されるほど薄く、皮と骨でどうやって動いているのか?ともいわれている。それに拍車をかけるように、基本的にガヌロンは笑みを絶やすことはしない。例え味方であろうとも、自分に敵対する者には容赦がない。だが、そうでない者には軽々とした態度で応じ、何かしら助言めいたことを告げる、謎の多き人物である。

故に、ガヌロンの残酷加減は、時折味方にさえ及ぶのだ。

そういった意味では、弱者なら味方に獅子の牙を向けるテナルディエと類似している。

両者の『過信』は『禍信』となって、『覇道』と『邪道』を阻むものを容赦しないのだ。

不遜な空気が漂う王宮にて、一人のぐんずりとした老人がこちらへ歩いてきた。

 

「……ガヌロン公爵」

 

ふいに、マスハスがつぶやいた。

それに対して、ガヌロンは親しみのある口調で返事した。

 

「おお、マスハス卿ではないか」

 

明るい口調のガヌロン公。その体に纏う雰囲気と相反する明るさが、かえってマスハスの警戒心を強める結果となる。

 

(マスハス卿!?)

 

そんな凱の心配を無視するかのように、ガヌロンはマスハスに謝辞の声を漏らした。

 

「あの時はすまなかったな。アルサスへの救援が間に合わず、ヴォルン伯爵に何と詫びればよいか……」

 

一体何のことだと、マスハスと凱は思ったが、半瞬の間で思い当たる節を見つけた。

少し前、テナルディエ軍がアルサスに侵攻しようとした時期、ガヌロンもアルサスへ向けて軍を動かしていた。ただ、どのような思惑でガヌロンが軍を派遣したのかは、誰にも分らない。

 

「いきさつはわからんがな。ある有力貴族の集団が、我が軍を関節的に足止めしたと聞いている」

 

間違いない。ガヌロンは知っている。

確か、バートランさんが言っていた。

テナルディエ軍を凱が食い止めていた時、ガヌロン軍を食い止めていたのはマスハスだ。

それにしても、とんでもない嫌味だ。

2大侯爵家が人道的見解に背を背けているからであり――

どちらかが先に到着した地点で、アルサスは無人の荒野になることに変わりはないのだ。

もし、マスハスがガヌロン軍を食い止めていてくれなかったら、アルサスがどうなっていたか分からない。

 

「……それは、感謝いたします」

 

そう感謝の意を述べるものの、マスハスの顔がかなり青ざめている。

 

「いやいや。非道なるテナルディエ軍から民を護るのは、臣下として当然の務め。同じ臣民同士、体を張ってでも守らなければ」

 

ガヌロンはにっこりと微笑んだ。本来なら、安心感を覚えるべき言葉なのであるが、どうもガヌロンの口から語られると、マスハスには不安にしか感じ取れない。人間は直感でそれらを判断すると言われているが、もしかしたら、それは本当かもしれない。

しかし、マスハスも黙ってばかりではいられない。あたりさわりのない会話で、ガヌロンの動向の片鱗でも探らなければ。

 

「ところで、ガヌロン公爵は何故王都へ?」

 

「一人、アルサスで異端者が見つかったのでな」

 

「アルサスで異端……」

 

先ほどボードワンから異端者について聞いたばかりだ。よりにもよって対象者が凱だとは思っていなかった。

今日は絶句が多い日だ。喉の渇きが、今の季節と相まって加速させる。潤したい気持ちが、マスハスを煽らせる。

 

「では本日、その神の教えを示されるのですかな」

 

マスハスは緊張を抑えて何とか訪ねた。対してガヌロンは首を横に振る。

 

「まずは裁く。なぜなら、その判別は天上の神々がなすからだ」

 

やはり、この異端審問と認定速度、何かがおかしい。嵐の前の静けさの雰囲気さえ感じる。

 

「ではこれで失礼する。マスハス卿……そうだ。『鎖』には気を付けられよ」

 

鎖とは一体何の事か、それを理解した時、危機となって訪れる。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

――異端審問開幕までの間、ガヌロンは一人宮殿の庭園でくつろいでいた。

 

「庭園……そう。ここは貴様が闊歩する箱庭(ジオラマ)ではない……」

 

そんな風に、ガヌロンは悪態をついていた。思わず箱庭(ジオラマ)と揶揄したことには、ガヌロン家の歴史が関係している。

テナルディエ家と双璧を成すガヌロン家は、ブリューヌ建国以前より存在する、いわば『大陸の庭師』である。

伸びすぎた芽は刈り取る必要がある。

かといって、乱刈ばかりでは、『芽』はいつまでも『樹』にならない。

大陸に根を張り始めた『世界樹』の『葉』に、ときおり『害虫』が紛れ込む。

そう。数多の時間を超越して出現した獅子王凱のように。

命を大なり小なり削っては、そうやって時代の調和を保ってきた。保ってきたというのに……

 

「女神の……痴れ者が……」

 

そうガヌロンが愚痴をこぼしたとき、後ろに、女性の気配を感じ取る。

自分の影に入り込む独特の気配を、ガヌロンは知っている。長距離移動を可能とする通路にして窓口をつくる戦姫の事を――

封妖の裂空・エザンディス・幻の竜の技『虚空回廊(ヴォルドール)』。

空間を超越して、至近と目標を繋ぐこの技は、『山脈』や『海峡』といった途上障壁(バリアシステム)を、『国境』という政治的障壁すらも、やすやすとかいくぐることが出来る。

 

「これは、これは。ヴァレンティナ=グリンカ=エステス殿。遠路はるばるご苦労なことですな」

 

「見事な演技でしたわね。ガヌロン公爵」

 

まるで遊びに来たかのような感覚で、ヴァレンティナの訪れに対して、ガヌロンはそう思えた。そんな彼女の態度を察したのか、ガヌロンとて否定する気はなかった。むしろ、こういう遊び心はお互い好みと言ったところである。

 

「演技ではない。あれが私の素の姿なのだ」

 

口元をやんわりと釣り上げるガヌロンに対し、ヴァレンティナはにっこりとした表情を変えようとしない。

一つ、ガヌロンは嫌味を返す。

 

「生憎芝居は苦手なのだ。私はそなたのように面の皮が厚くないからな」

 

ヴァレンティナに向けて、面の皮が厚いと叩いたのは単なる憎まれ口だが、ガヌロンの面の皮が文字通り、彼女より厚くないのはただの事実でしかない。

 

(皮肉が事実かどうかはさておいて……事を済ませなければなりませんね)

 

現在、ブリューヌの特使としてソフィーヤがここへ訪れているはずだ。

先月の戦い……エレオノーラ=ヴィルターリアの突発的なブリューヌ介入に対し、ヴィクトールはしびれをきらして、ソフィーヤ=オベルタスを特使へ向かわせた。王に次ぐ立場の戦姫、若しくは王の代理に近しいならば、他国とて無下にできないはずだ。

確かに、そういう表舞台に立つ役目は『光』でいい。おかげで自分は『影』の通りに動きが取れる。

 

……でも……遊んではいられない……

 

長居すれば、最も自身を警戒している彼女に気取られてしまう。

虚影の幻姫がここ、そのような危険性を冒してまで、ブリューヌに訪れた理由がある。

すなわち、獅子王凱とガヌロンの因果関係。

エレオノーラの公判終了直後、彼女が放った諜報部から不審な情報を得た。

あまりに迅速な異端指定の流れ。

『味方』であっても『異端』には無慈悲なガヌロンが、このような事をすること自体珍しくはない。むしろ、眉を潜めたのは「あまりにガヌロンが凱に固執」することだった。

たおやかな表情を変えて、彼女は最初の激突ともいえる言葉を発する。

 

「シシオウ=ガイは……やはりあなたと」

 

仮説であるような、憶測であるような口ぶりで、ヴァレンティナは老人を説いた。

刹那、ガヌロンの穏やかだった態度が、あの夜と同じように豹変する。

 

「そんな下らん台詞は今回だけ許してやる。だが、奴とのつながりもこれで終わる」

 

「……それでも、あなたは、あなたなのですよ。ガヌロン公爵」

 

両者は両者の正体に気付きながらも――

今の危険な距離感だけで、こと足りた――

慟哭類似なやり取りだけで、ヴァレンティナは―ある種―の確信を得た。

竜具・黒き弓・今の時代では魔物と呼ばれる彼ら。

そう……すべては……

 

――ヴァレンティナにとって、それらの『真実』は後に知ることとなる――

 

――それは、思い出ある人物。獅子王凱の存在の秘密だけは……知りたくないものだった――

 

 

 

 

 

『王都ニース・異端審問所・王宮中央公開施設』

 

 

 

 

 

昔、誰かが告げた。

この世は煉獄そのものだと。

心弱き者ならば、耐えきれぬ痛みで、神々に許しを請うだろう。

どうか、助けてくださいと。

どうか、殺してくださいと。

灼熱の裁きを。その報いを。神々に弓引く思想を持つ愚者よ。

故に、罪人は纏うのである。

心を真実の火炎で焼きつくす。

 

――すなわち、『炎の甲冑』を――

 

神の元へ送り届ける炎熱の抱擁。神の元へ参り、真理を学ぶがよい。

この鎧を纏いし者こそ、真の勇者と認めるだろう。

 

 

 

 

 

処刑人の注目を集めるかのように、一際高い木造台の上に、甲冑が飾られている。

殆ど磔に近い形で甲冑を纏う凱を見ようとするヤジウマ共、万民が公開処刑場に集まっている。

その中に、かつて濡れ衣という形で名誉を汚された父の忘れ形見、ドニの姿があった。

『流浪者(るろうに)などに勇者がいるはずがない』そのような認識が、この場にいる全員にあった。

炎の甲冑。己が身を太陽の炎に委ねる鉄肌。それは拷問であり処刑であった。

 

「異端審問状を差し出した本人が対面を拒む。流浪者(るろうに)だけでこの扱いとは」

 

今、甲冑に身を固められた凱がそう文句を言う。

 

「処刑台の下から炙る炎熱が、徐々に甲冑へ熱を伝えて貴様の身を焦がしていく。その内、喉の渇きから叫びすら出せなくなる」

 

さらに、グレアストの説明が続く。

 

「皮膚と内臓を同時に焼く痛みに耐えきれず、多くの者は篭手と具足だけで発狂して死んだがな」

 

「その程度ではまだ生ぬるい」

 

「何だと?」

 

グレアストが眉を潜める。

 

「俺なら残りの胸冑、兜を全て纏うぜ」

 

「貴様……何を企んでいる?」

 

灰色の髪の執行官、グレアストはらしからぬ疑惑した。シシオウ=ガイという男、これから死に向かおうというのに、この落ち着きようと挑発は一体何の真似だ?

挑発?別に構わない。ならば望み通りにすべての甲冑を纏わせるだけだ。

 

「グレアスト。俺が怖いのか?」

 

「……強情な奴め。それが貴様の最後の台詞になるぞ?」

 

そんな凱の抵抗を、グレアストはささやかな悪あがきと判断した。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

何時しか天候は曇り、ドス黒く染まりそうになっていた。少なくとも、雨は降りそうにない。

その空の色は、凱の行く末を見守るかのような色だった。

数々の文言、祈祷官による呪いの履み、それらによって、処刑台のほうへ、すなわち凱のほうへ炎は投げられる。

 

――炎の甲冑は、執行された――

 

炎熱の業火吹き荒れる中。鉄ばさみにて、身を護る部位を凱に装着させていく。

 

「ぐっ!!!」

 

確かな熱を帯びた鉄は、赤みを帯びて凱の右腕に装着される。

密着する肌と鉄に熱層が生まれ、凱の肌を焼きこがす。

 

「あああああああ!!!」

 

凱の呻き声が、グレアストの自虐心を煽り、次々と甲冑をはめさせる。しかし、凱は苦悶の声を上げても、根は上げていないようだ。それがかえってグレアストの高揚心を高める結果となる。

新しい玩具を与えられた喜びを、グレアストは覚えた。次は何をはめようか。次は何処にはめようか。そのような歪んだ好奇心が目まぐるしく回る。

瞬く間に、篭手と具足は装着され、そして胸甲をはめられた。

 

「ウオオオオオオオオ!!!!」

 

獣のような叫び声で、凱は身動き取れない体で暴れた。その体を蝕む炎熱が、凱の神経を、自由を奪っていく。まるで、自分の身体が炎の悪魔に乗っ取られていくような錯覚に苛んでいく。

 

――ナゼ……オレハスクワレナイ――

 

(……この声は……ジャック……ストラダー?)

 

代理契約戦争の残党。ジャック=ストラダー。

彼はシーグフリードに救世(ぐせ)を求む心を利用され、独立交易都市(ハウスマン)の競売イベント『市』の魔剣強奪事件における中心人物であった。

残された指を使い果たし、悪魔契約を唱え、自らの血肉を捧げて、彼は炎の悪魔……いな、悪霊と化した。

戦争の主犯と迫害を受けていた彼もまた、このような苦しみを受けていたのだろうか?

いや、比べてはならない。

今こうして、炎の甲冑を纏っている事より、炎の悪霊に取り付かれていた彼のほうが、死にきれない苦しみを受けていたはずだ。

最後、ジャック=ストラダー凱の心の優しさに触れて、救われたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ガッツィ・ギャレオリア・ガード……GGG憲章・第5条125項!――

 

――GGG隊員は、いかに困難な状況に陥ろうとも、決して諦めてはならない――

 

――だから、俺は、こんなところで終われない――

 

――今の俺のように、言われなき異端の烙印と――

 

――ティグルのように、理不尽な叛逆の不名を押されて―−

 

――それ以外にも、何人も冤罪を着せられて――

 

――何年も何年も苦しんできたはずだ。――

 

そう自分に何度も言い聞かせ、凱の離れかけた意識は、何とか肉体と結びつく。

 

――まずはガヌロンをおびき寄せる――

 

そっちが異端扱いするなら、異端でないことを証明させればいい。それは言葉ではなく、態度でもなく、人間性でもない。

人を超越した何か。すなわち、『神性』

熱で乾燥した唇を動かし、空気を震わせる。唇をかみきって、自分の血で喉を潤す事忘れずに。

 

「か……神々よ……天空のゆりかごにて、子供達を見守る神々よ……」

 

それは、偽りなき神への祈り。呪われし炎熱の鎧へと挑む勇者の文言であった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

兜以外の甲冑をはめ終えて、見物人たちの熱は徐々に冷めていった。なぜなら、対象者たる凱の反応は薄れていっているからだ。

グレアスト、ガヌロン、その他の審問官は休憩を取っている。それに合わせ、上層部はいずれ燃やし尽いていく凱の監視を外させ、グレアストのように休憩を取らせている。

一室の窓から覗き込むグレアストは、感心したかのような口ぶりで、凱に評価する。

 

「以外としぶといな。本当に兜までいくかもしれん」

 

生命と引き換えに兜を装着する。そうしたら、このブリューヌの墓標に名前くらいは残してやろうかと、グレアストは思う。

 

日中が南中高度を示すころ、兵士の一人が凱の様子を覗き込む。

 

「もう流石に死んでるだろ?こんなに時間をかけられるなんて思わなかった」

 

「そういうなよ。あとはこいつをゴミ溜めに放り投げればオレ達の仕事は終わりだ」

 

監禁兵のいう『ゴミ溜め』とは、ブリューヌ法王庁の下にある、異端者用の死体遺棄置き場の事である。異端刑の後始末は、彼らにとって面倒な仕事の一つである。

虫の息同然の凱を覗き込んだ瞬間、監禁兵の一人は『凱の不可解な行動』に腰を抜かした。

 

「な!なんだあの男は!」

 

一人の男は絶句した。

 

「祈祷だ!祈祷を唱えている!」

 

釣られて他の男も覗き込む。そして同じく凱の『神性』に戦慄する!

 

 

 

 

 

――太陽と光の神……ペルクナスよ――

 

 

 

 

 

――戦いの神……トリグラフよ――

 

 

 

 

 

――大地の母なる神……モーシア――

 

 

 

 

 

――家畜の神……ヴォ―ロス――

 

 

 

 

 

――風と嵐の女神エリス――

 

 

 

 

 

――豊穣と愛欲の女神ヤリーロ――

 

 

 

 

 

――我は……あなた方に称賛し、感謝し、忠誠し、誓約せし者――

 

 

 

 

 

「あ……ああああ!!!」

 

「信仰教義(ダクトリーナ)を唱えている!?」

 

「何!?……そんな馬鹿な!?」

 

ぞろぞろと処刑台へ駆けあがる兵士たち。凱を囲むように現れた兵士たちは、全員そろって凱の唇に耳を傾ける。

 

――死を間近にした人間は、生に足掻こうとして狂乱奇(ベルセルク)となるというが、この男は……――

 

早速報告を受けて、処刑台へ駆けつけたグレアストは息をのむ。

 

――あなたのみに……崇め遣える……――

 

間違いない。この男は知っているのだ。ブリューヌ信者とジスタート信者が共有する精神構造を。

 

「天上に住まう神々は、真の勇者に痛みを与えないと聞くが……まさか」

 

ぼんやりと浮かぶ凱の視界に、大勢の観衆(ギャラリー)が集まっている。

 

ここだ!凱はそう思った。

 

一人は、凱の超人性に畏怖を抱いて――

 

一人は、凱の超神性に心砕かれて――

 

一人は、凱の超靱性に心打たれて――

 

そして……そして……そして!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如!凱が息を吹き返したかのように叫び出す!その咆哮は獅子と遜色なく、魂砕く竜の咆哮とも例えられる!

大気震える重低音に、観衆は全員凱に刮目した!

 

「よく聞けえぇぇぇ!マクシミリアン=ベンヌッサ=ガヌロン!」

 

そして、乾いた声帯で凱は公然とガヌロンを告発する!

 

「そんなに流浪者(るろうに)が怖いか!?腑抜けの腰抜け!子供に読み書き教えていた俺がそんなに怖いか!?下らねぇ理由で異端だぁ!?笑わせんなあああぁぁぁ!!!!!!」

 

凱の猛攻はまだ続く!

 

「……『魔物』である貴様は!『勇者』である俺を恐れている!出てきやがれ!クソッタレ!!」

 

こともあろうに、凱はブリューヌの中心人物を魔物呼ばわりした!これがもし、外交関係だとしたら、修復不可能な亀裂が入る!

言葉を出し尽くしたのか、凱は肩で息をし始めている。

超人エヴォリュダーとて、平常時はただの人間と遜色ない。

乾いた喉であれほどの咆哮だ。扁桃腺はとっくに麻痺しているはずなのに。肩で息をするのも無理はない。

 

 

 

 

 

――半瞬――

 

 

 

 

 

 

 

 

凱の視界の片隅で、『家』が爆発する!!

 

 

 

 

 

 

 

 

激昂したガヌロンは壁をぶち抜き、鉄扉をたたき割り、堀を踏み壊して凱に迫る!

石踏板が陥没するほどの歩みで、小さな魔人は勇者に攻撃対象(カーソル)を移す!

 

「う……うああああああ!!!!」

 

一人の『人間』が、恐怖に狂う!

マクシミリアン=ベンヌッサ=ガヌロン激怒!!

 

 

「に……逃げろおおお!!」

 

憤怒が人間の本能に直接語り掛ける!巻き添えを『喰らわぬ』なら散れと!!

Kと紫の瘴気をまき散らしながら、一歩一歩迫る!

 

「バカが。さっさと兜をかぶって死ねばよかったものを……もう終わりだな」

 

そう冷や汗と固唾を呑むグレアストがつぶやく。炎の甲冑より、ガヌロンの怒りの炎がたぎって見えている。

処刑台に集まっていた観衆共は、まるで蜘蛛の子を散らすように去っていき、蜂の巣をつつかれたような騒ぎになった。

ただ一人、甲冑を付ける役の兵士が残っていた。異端審問という神の行いに誇りを持っている故にだ。

やがて処刑台へ上がり、ガヌロンは凱の頭を掴み、なんと持ち上げる!

 

「こ、これが最後の甲冑……『炎熱にて、敵と味方を見分ける兜』です」

 

しかし、ガヌロンは却下した。

 

「その必要はない!『兜』の代わり、このまま頭を握りつぶしてくれる!」

 

竜の頭を砕くガヌロンの人ならざる握力。このまま凱を絞頭刑に処するつもりだ!

 

「あ……ああ!」

 

凱の呻きが漏れる。

吊荷のようにあげられた再、余計に肌と甲冑が密着する。押し付けられる不快な感覚に、凱の素肌がさらに焼け焦げる!

 

「どうだ!!!まだこれでも減らず口を叩けるかあぁ!!」

 

体内の興奮剤が、確かな怒りとなってガヌロンの握力を底上げする!

周囲に逃げた観衆を、凱は睥睨して一喝した!

 

「俺は知っているぞ!覚えているぞ!誰が!何を!俺にした事を!」

 

視界は旋回(チルト)する。

 

「お前は!俺の右手に篭手をはめたな!」

 

視界は右を移す。

 

「お前は!左手だな!」

 

視界は左を移す。

 

「お前は、『流浪者(るろうに)に勇者がいてたまるか』といったな!」

 

次々と吐き出される凱の言葉。凱に神秘性を見出した兵士たちは、離れたところで武器を構える。

 

「か……閣下……!!」

 

「そ……その手を放してください!」

 

「その男を殺したら……神々の天罰が下る!」

 

ガヌロンではなく、今度は凱への恐怖におののく。

 

「真に受けるな!戯言だあ!」

 

さらに、握力が強まる!脳みそをこねられるような不気味な感覚に、凱は戦慄を覚える!それでも凱はくじけず叫ぶ!

 

「お前達!真実を受け入れろ!俺は『神に守られている』!!見たはずだ!俺こそ炎の武具を纏いし真の勇者だという事を!」

 

ブリューヌ侵攻教義を唱え続けることで、炎の甲冑の激痛を受け入れて、凱は自らを超越意識同調状態(イレインバーセット)へ誘導した。

神と意識を同調する。それこそが、ブリューヌとジスタートが信仰する神々からの力の源だったのだ。

 

「ガヌロン様!」「閣下!」

 

さらに兵士たちは武器を取り、弓を弾く。その相手は異端の凱ではなく、主であるガヌロンだった。

 

「まさか貴様等……私に逆らうのか!?」

 

「当たり前だ!『公爵』と『神』では選ぶまでもないからな!」

 

ガヌロンの疑いを、凱が指摘する。

 

「また……減らず口を!!!!!!」「がああああああああああ!!」

 

魔人の絞頭刑に勇者の断末魔が木霊する。それに呼応するかのように、蒼穹を塗りつぶした雷雲が、役者達を覆い始める。

 

――それはまるで、第二幕目に登場する為の色直しのように――

 

――天を裂くばかりの雷鳴はやがて――

 

――天崩せし黒雲から雨粒と雷禍を処刑台に向けて、まるで両者を狙い撃ちするように降ってきた――

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「ほ……本当に……あの男は『神に守られている』のか!?」

 

一人の人間が、背徳心に苛む声色で、目の前の現象に戦慄した。

突然の落雷。猛然と広がろうとする炎の煙幕。愕然と降り注ぐ木材の瓦礫。

それらは、この異端の渦中である凱とガヌロンを囲むように、存在を構成していく。部外者を取り除くかのように。

おかげで、凱は炎の甲冑という拘束刑から解放され、炎の中でたたずむ小さな魔人を見つける。

相対する両者。人でなければ、誰にも邪魔されない完全な隔離世界。

先に口を開いたのはガヌロンだった。

 

「何故だ……何故貴様はこの『時代』に現れた?」

 

絶望に打ちひしがれるような声で、ガヌロンは説いた。神々の天運に守られていると思わせる、獅子王凱に。

 

「……」

 

対して、凱は何も語らない。ガヌロンの言っている意味が分からないという点もあるが、何より、凱にとっても、この小人の存在は何より脳髄を刺激してならない。

 

「代理契約戦争(ヴァルバニル)の罪滅ぼしのつもりか?子供たちに英知を授ける……餌を嗅ぎまわる狂獅子王(テナルディエ)から民を護る……くだらぬ。そのようなことで干渉は変わらない。貴様の存在は意味を変えられぬ」

 

「もういい!!」

 

凱はガヌロンの言葉を遮った!

それは、自分の整理しきれない気持ちをごまかすような仕草でもあった。

 

「答えろ!お前……お前達の目的を!」

 

今更何を聞いている?そんな侮蔑を込めて、ガヌロンは凱を見据えた。てっきり『お前達』というものだから、我と我等の目的を諭していると思ったではないか。しかし、凱の理解はそこまで追いついていない。実際、『魔物に関する知識』は初代ハウスマンの書の受け売りでしかないのだから。

 

「我等の目的は、我等の世界の復活。それだけだ」

 

代わって答えたのは、突如として上空から現れたローブを纏いし老人だった。まだ自己紹介もしていないから、凱に名前は分からない。何より、フードに覆われているから、その顔ははっきりと見えない。そして、テナルディエ公爵に竜を貸し与えた人物であることも、凱は知らなかった。

しかし、ガヌロンはこのローブの人物を知っているかのようだった。

 

「ヴォジャノーイが世話になったな。『銃』よ」

 

「ちっ!情報検索(ライブラリ)!」

 

魔物の存在を、いち早く認識する。

かつて大東京決戦時、地球外知生体EI―01の交戦記録を掘返したように、左手のGストーンを活性化させて情報を引き出す。

 

「ドレカヴァク!ヴォジャノーイと同じくする、7体いる内の魔物の1体か!?」

 

「いかにも」そう短く凱に返答する。それは、否定しない意味表示だ。

 

「何故、お前達は俺を『銃』と呼ぶ!?『弓』との関係は!?」

 

「黒き弓弦……『弓』は、貴様の時代にあふれる暗黒物質(ダークマター)を、この時代へ導く集束装置(クラスター)。生命の肉弾……『銃』は、『弓』に対する緩衝装置(アブソーバー)だ」

 

「もういい。ドレカヴァク」

 

先ほど遮った凱とは違い、今度話を中断させたのはガヌロンだ。まだ凱を『銃』と呼ぶ因果関係が見えないのだが、分かったことはある。

少なくとも、魔物たちは真実を語っている。凱にもその事は感じられた。そして、ヴォジャノーイがヴォルン家の弓を強奪しようとした部分については、まだ判明していない。

 

ゆっくりと凱の前に歩み寄るガヌロンは、嘲笑して語り出す。

 

「貴様の時代……『銃』と『戦機』そして『竜器―ヴィークル』に比べ……」

 

ガヌロンの見えざる歯がきしむ。その言葉に、凱の思考は引っ掛かりを覚える。

 

「この時代……『弓』と『戦姫』そして『竜具―ヴィラルト』はあまりにも弱すぎる。それが許せんのだ!『銃』!貴様のような超越体が!何故この時代へ闊歩しに来たのだ!」

 

「……な……に?」

 

不思議な沈黙がガヌロンに、憤怒の怒号となって、感情を高ぶらせる。

 

「殺す!」

 

凱が身構える前に、前かがみになってガヌロンは襲い掛かってきた!

かろうじて反射神経は働いてくれて、凱は紙一重で回避に成功する。素通りしたガヌロンの右手は大地に陥没する。石材粉砕に加え、かすかな地割れを引き起こすガヌロンの拳撃は、彼の攻撃力をそのまま再現している。

 

「ならば!ブロウクン……」

 

獅子篭手(ガオーブレス)を剥奪されIDアーマーのない今の状況において、威力低下は否めない。しかし、反撃しなければ、あの破壊された地面と同じ運命をたどるだろう。

 

「赤熱銃弾(ブロウクンマグナム)はやめておいた方がいい」

 

「お前に指図されるいわれはないぜ!」

 

「粉塵化した廃材が周囲を巻き込むぞ。もっとも、付近の人間を巻き込んでも、我々は構わんがな」

 

枯れたような声が、凱の聴覚に入り込む。ドレカヴァクの忠告に、仕方なく従った。言われた通り、目の前の危機に対して、ブロウクンマグナムを咄嗟に放とうとしてしまった。これでは空間障壁(プロテクトシェード)もどうなるか分からない。

だが、凱は戦いを諦めたわけではない。

 

「そういや!一つ聞き忘れたことがある!ティッタを攫おうとしたのはなぜだ!?」

 

今でも思い返すと、怒りがこみ上げてくる。あの魔物が下した、ティッタに対する仕打ちを――

 

「……『女神』の事か。私は私の目的の為に、ヴォジャノーイと、そやつは、自らの腹の中に収める為にだ」

 

「何!?」

 

さらに激怒する凱の闘志!そして、ガヌロンも同じく目的を共有していた地点で、銀閃殺法で蛙の魔物と同じ運命を負わせたくなる。

『不殺』は守る。だが、『死ぬ』以上の苦痛を与えることに、凱は何の躊躇もなかった!

 

「異端でも叛逆でも構わん!貴様の存在自体が!この世界に!この時代にとって!『異物』なのだ!」

 

罵声を叩きつけながら、ガヌロンは目にも止まらぬ連続技を繰り出す!

蹴りを!拳を!その竜を粉砕する鉄爪を!

対して凱は、紙一重で!かつ安全圏内で!相手の有効範囲外で回避!

言葉と言葉の衝突は続く!

 

「俺は!この力は神様がみんなを護る為にくれたものだと信じている!」

 

「神だと!?本当に存在すると思っているのか!?滑稽だな!ならば私の『本当の正体』を知ったうえで!私を倒すこともできるのだな!?」

 

「当たり前だ!」

 

凱は宣言した!その意思に揺らぎはない!

 

「機界生命体(ゾンダリアン)も!管制人格(Zマスター)も!機界新種(ゾヌーダ)も!遊星主も!異次元体(ノヴァ)も!超越体(アンチノヴァ)も!悪魔も!黒竜(ヴァルバニル)も!俺は……俺たちは!『人ならざるもの』の戦いに勝利してきた!」

 

ついに凱の拳はガヌロンを捕えていく!

 

「いまになって『異端』扱いされても構わない!『叛逆』なら一度経験している!今更!お前の正体が何であろうと!……」

 

正体という言葉に反応し、ガヌロンの瞳に薄暗い感情が色濃く映る!

 

「そう……ならば!見せてやろうか!?シシオウ=ガイ」

 

「見せて……もらおうううううかぁぁぁ!!」

 

皮の溶けたガヌロンの手は、骨となり、やがては妙な光の燐光を纏う。だが、凱はそれに構わず拳を振り上げる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――次の瞬間、猛虎のようだった凱の拳はピタリととまる――

 

――そして、勇者らしからぬ怯える子供のような顔で、ガヌロンを見ていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

な……に?

 

 

 

 

 

 

 

俺の目の前にいる、こいつは……一体誰だ?

 

 

 

 

 

 

 

まるで……『鏡の影』を見ているようだ。

 

 

 

「あ……ああああ!」

 

 

 

 

 

〈どうしたのだ?今更『私の正体』を知ったところで、どうということはないのではないか?〉

 

 

 

 

 

「……あ……あ……あ!?」

 

 

 

 

 

――震えが……止まらない――

 

――これは……恐怖?……それとも……慟哭?……嫌悪?――

 

――なんで……なんでだよ!?誰だ!?こいつは!?――

 

ドレカヴァクは語り出す。

 

「まさか……ここは異世界などと思っていたのではなかろう?」

 

軽蔑するかのような口調で、ドレカヴァクは紡ぐ。

 

「貴様の翻訳器官は何も教えなんだか?幼生体(こども)との教義で、貴様は違和感を覚えていたはずだ」

 

翻訳器官。それは、獅子王凱がエヴォリュダーに転生した際、後天的に獲得した能力である。

Gストーンがもつ異世界リンク機能であり、あらゆる言語を認識、知覚、輪郭を、まるで既視感のあるように再現させる。

日本語、英語のように、同一世界ならさほど負荷は掛からない。ただ、異世界や多次元間では、相互議定疎通(プロコトル)が必要となる。これが発動すると、多少の発熱にやられてしまうことがある。

 

――そう、凱は気づかなかった――

 

――久しぶりの平穏と、暖かみのある、『アルサス』という甘園が、心を無防備にさせたのだ――

 

「……コシチェイは、獅子王凱という遺体の一部を切り取られ作られた……『我らは造られしもの』だ」

 

――俺……の?――

 

「そうだ。確かに『貴様の墓』はこの世界にある」

 

ギャレオンに救われた凱は、その一命をとりとめる為にサイボーグ手術を施された経緯をもつ。

脳以外の肉体9割を機械化し、壊死した部位は切除されて、自身の墓へ埋葬された。

その為、日本では戸籍上死亡扱いとなっており、しっかりと自分の墓もある。

 

「……『竜』とは……西暦2012年の異次元体襲撃(ノヴァクラッシュ)異次元化した生物の成れの果て、つまり、元は人間」

 

ヴォジャノーイ……ガヌロン……いや、コシチェイ……ドレカヴァク

スラブ神話の精霊の名を冠する者達。

人ならざる者達。

全ては、造られし者たち。

竜具も。

魔物も。

竜も。

神々も。

あの時代の戦い……その負の遺産が……この世界を苦しめている?

 

――ここは……俺の知っている……地球だと?――

 

推測する仮説に、凱は固唾を呑んだ。

 

「これらの事実から分かるはずだ。始めから竜や魔物など存在しない」

 

「『銃』は『弓』へ引き継がれ、『戦機』は『戦姫』へ受け継がれ、『竜器』は『竜具』へ転生し、『AI』は竜具の『意思』として輪廻していった」

 

「この時代の人間どもが神々と敬う連中も、かつては人間だった……そう。『はじめから異世界などという概念は存在しない』」

 

〈これで分かっただろう!私は『私』を許さぬ理由が!〉

 

ついに、竜をも貫くガヌロンの手刀が!勇者の懐に風穴を作る!

崩れゆく処刑台の木屑が、勇者を埋葬する。燃え盛る抱擁に抱かれて。

受け入れがたい、事実と共に。

 

NEXT

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超越せよ。――次元空間の革命を!!――

 

説明
竜具を介して心に問う。 この小説は「魔弾の王と戦姫」「聖剣の刀鍛冶」「勇者王ガオガイガー」の二次小説です。 注意:3作品が分からない方には、分からないかもしれません。ここで少しフリージングの要素が出てきます。
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魔弾の王と戦姫 勇者王ガオガイガー 聖剣の刀鍛冶 

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