真・恋姫†無双 〜夏氏春秋伝〜 第百二十七話 |
カツカレーで士気を上げてみたとはいえ、まだまだ戦況は小競り合いが続いているだけ。
従って一刀以下出陣命令が下っていない者たちは鍛錬に勤しむことになる。
この日、一刀が鍛錬で稽古を付けていたのは斗詩、猪々子、梅の三人。
三人はそれぞれ全く異なる武の型を持ち、立ち回りも全然違う。
梅と斗詩の型は、原型は一刀が教えたものではあるのだが、各々独自に研鑚を積んだことで己の型として進化させていた。
梅は凪と特訓を重ねたのだろうか、円を描くような軌道で相手の攻撃を受けることが多くなった。
相手の攻撃を刀身で滑らせて逸らす一刀とは違い、自身の刀身で相手の攻撃の軌道に別ベクトルを加えて逸らさせる。それが梅の辿り着いた自身の防御の答えだった。
型が固まって成熟してきてからは、春蘭や菖蒲といった力で押してくるタイプとの仕合でも良い結果を残すことが増えている。
霞のようなスピードタイプ、秋蘭のような飛道具系の使い手を相手取った際の立ち回りに課題は残るが、概ね理想の伸び方をしていると言えよう。
斗詩もまた、梅と同じような防御を主体とした型。
ただし、今の斗詩はそれを基本の形として、様々に立ち回りを分岐させて作り込んでいた。
相手の力量次第では果敢に攻め立てることもある。
元々大槌を使っていただけあって腕力のある斗詩は力押しの戦法にも通じている。
魏に来て二刀を得て新たに身に着けた防御の型とは正反対のその型は、上手く用いれば相手を混乱させることも可能。
武官の中で頭を使える方に分類される斗詩にはテクニカルなこの戦法がよく馴染むようだった。
さて、梅や斗詩がよく実力を伸ばせている中、今現在伸び悩んでいるのが猪々子である。
性格的にも、元から身に付けていた攻め一辺倒の型で戦っていくしかないのだが、逆にそれが伸び悩む原因となっていた。
魏には攻め一辺倒の武官は多い。春蘭を始め、菖蒲も霞も、それに凪もそうだ。鶸や蒲公英も変則的ながら主体は攻撃だし、季衣や流琉も言わずもがな。秋蘭も武器が弓である以上、攻撃に委ねるしかない。
逆に防御を主とするのは梅と斗詩くらい。そして、どちらとも言えないのが一刀や恋のように型をころころ入れ替える武官なわけだが。
猪々子は攻め一辺倒の武官の中でも、一撃の重さを以て制していくタイプの武官。
しかし、魏の中で同タイプの武官は誰かと言われれば、春蘭と菖蒲が上がって来るのである。
この二人は猪々子よりも遥かに重い一撃を持っている。
そして、だからこそ周りもこのタイプへの対応をより高いレベルで身に付けているのだ。
魏への参入当初から一刀に言われ続けていた堪え性の問題は、最近になってどうにか改善されていた。
それでも、肝心の一撃の重さだけはどうにもならない。
言わば、今の猪々子は決め手を欠く状態。
そこは一刀もどうしたものかと頭を抱えている問題だった。
「おぉりゃあぁぁぁっ!!」
「はっ!」
たった今も渾身の力を込めて打って来た猪々子の一撃を一刀がいなす。
そこに一刀が苦しむ様子は見られない。
一刀に言わせれば猪々子の攻撃は”軽い”のだ。
「まだまだぁっ!!」
「甘いっ!!」
今度は一刀が猪々子の斬撃をはじき返す。
踏み込みが甘ければ一刀でもはじき返せてしまうのだ。
とは言え、さすがに一刀の膂力では猪々子のたたらを踏ませるまでには至らない。
一刀は敢えて攻めずに待ち、猪々子の次なる選択を見守る。
「もういっちょぉ!!斬山刀・斬山斬っっ!!」
猪々子は他の選択肢など無いとばかりに再び斬りかかる。
三度目こそ、と繰り出して来たのは猪々子の持つ中で最も破壊力を秘めた一撃。
頭上高く振り上げた得物を剣の自重と自身の腕力で最大まで加速させて真下へと振り下ろす。
蜻蛉の型からの雲耀の太刀に似たそれだが、剣の重さ故に如何せん速度が無い。
「ふっ。――これで終わりだな」
ひらりと避け、一刀は猪々子の首下に切っ先を突き付けた。それであっさりと決着。ぐぅの音も出ない猪々子の完敗だった。
「ちっくしょ〜!どうやってもアニキに一撃入れらんねぇ!
っていうか、ここの連中みんなあたいの攻撃物ともしないんだよなぁ……」
「春蘭や菖蒲がいるからな。力押しの型には皆慣れているところがある。
加えて猪々子は攻撃が単調になりがちなのが問題だ。
あと、大技はここぞと言う場面で使うようにしろと言ってあったはずだ。
当たればデカいが外れれば負け、なんて博打は結局は負けに繋がる。
そうせざるを得なくなった時点で追い込まれているってことなんだからな」
たった今の仕合の反省点を挙げ連ね、一刀は改善を促す。
ただ、猪々子としては、それは分かっているんだ、といった様子だった。
「でもさ、アニキ。敵と対峙して絶対に優位に立ち続けられるわけじゃないじゃん?
だったらさ、押されてる時に一発で逆転する手段とか必要じゃん?」
「それは正しいが、だからと言ってそれがイチかバチかでは意味がないと言っているんだ。
いくら戦いの最中でも――いや、戦いの最中だからこそ、心に余裕を失った状態での攻撃は、余裕を持った相手に容易に対応されてしまう可能性が高い。
押されているなら防戦に徹し、攻勢に転じられる機会を辛抱強く待つことも大切なんだ」
「そりゃ、アニキや梅や斗詩はそういうの得意かもしんないけどさ〜」
「春蘭でも霞でも、そういったことが必要無さそうに見える恋でさえもそれはしっかりと頭に入っているぞ?
防戦が得意か否かでは無い。勝ちに繋がる道筋を残せるかどうかだ。
破れかぶれになった者の下に勝利が舞い込むことは、まず無い」
反論の言葉を口にしつつも、猪々子もどこかでそれは理解していたのだろう。
一刀に断言され、言葉に詰まった。
そこに助け船を出したのが斗詩だった。
「一刀さん、文ちゃんも分かってはいるんです。
ただ、魏の皆さんが強すぎて、ただ耐えてるだけでは勝機が得られないので……」
「そうは言ってもなぁ……
度々定例軍議でも報告があるから知ってるとは思うが、蜀や呉の将も同じくらいの実力は持っていると見るべきだぞ?」
「そうなんだよなぁ……
……なあ、アニキ。あたいも斗詩みたいに型を変えた方がいいのかな?」
思い詰めたような猪々子の表情からは幾度となくそれを考えてみたのだろうことが読み取れる。
だが、一刀は首を横に振る。
「いいや、猪々子には今の型が合っているだろう。
もしかしたら今以上に合う型があるのかも知れないが、それを模索して研究して身に付けて……としている時間はもう無いだろう」
「うぅ〜……だったらどうしろってんだよぉ〜」
こうも八方塞がりな状態だと泣き言の一つも言いたくなるだろう。
「…………猪々子、前からちょっと思ってたんだが、斬山刀って何か由来でもあるのか?」
「へ?ん〜、どうなんだろ?
特に考えたことも無かったな〜」
猪々子の口ぶりからはそれほど得物に拘っているようでは無いように見える。
得物の名前が名前だけに何か由来でもあるのかと思ったのだが、斗詩に視線で問い掛けてみても不明との答えが返ってくるのみ。
まあ、これを聞いたのは飽くまで突飛な漫画的発想からの選択肢を考えたからなわけだが。
それが無いのだとなれば、いよいよ方策は限られてくる。
こうなれば、もうこれしかないか、と一刀は猪々子に考えられる強化策を提案する。
「猪々子、今以上に強くなりたいなら、今から言う二つのことを頑張ってもらいたい。
加えて、猪々子の得物に関してだが、真桜に少し手を加えてもらおうと思っている。どうだ?」
「おお!!強くなれる策があるんならあたいはアニキの指示に従うぜ!」
猪々子は超速の反応で目を輝かせ、一も二も無く諾を示した。
だったら、と一刀も遠慮なく内容を伝える。
「まず一つ。前から言ってるように単調な攻撃をなくすこと。
これがある限り、どこまでいっても読みやすく、対処されやすい。どうしようもない。
それから二つ目。基礎身体能力をもっと上げてくれ。特に筋力を。
真桜に頼むことに関わって来るんだが、簡単に言えば斬山刀をより重く加工する。
得物の重さが変われば扱いも変わって来るし、色々と苦労することも多いだろう。だが、一撃の重さは増す。
上手く扱えるようになればより強くなれるだろう。
猪々子の努力次第だが、決戦までにはギリギリ間に合うと踏んでいる」
「斬山刀を重く……そんなこと考えたことも無かったぜ!さっすがアニキ!
元々斬山刀は重い武器なんだから、こういうのを使えるようにする努力のコツは分かってるぜ!」
一刀の挙げた内容を復唱し、自分にも出来そうだと喜びを見せる。
ただ、一点だけ訂正を入れる。
「それよりも重要なのは単調な動きをなくすことの方だ。
春蘭みたいに本能や勘に頼って軌道や速度に変化を加えてみるか、菖蒲みたいに予め異なる攻撃方法を備えておいて場面に応じて繰り出していくか。
どっちで行くにしても、これが出来るようになるのとならないのとでは雲泥の差だ」
「う……わ、分かったよ、アニキ。そっちもちゃんと出来るように頑張るって」
「大丈夫だよ、文ちゃん。私も手伝ってあげるから。
文ちゃんの相手だったらいつでも引き受けるからね」
方針が決まったことで斗詩もまた声に安堵を染み込ませてこう声を掛ける。
猪々子の最も身近な人物が協力を惜しまないと宣言した。これは非常に大きい。
練習と言えど対人で出来るかどうかで効率は歴然たるものなのだから。
「よし。それじゃあ真桜への依頼はこれが終わったらすぐに行くとして、今は鍛錬を続けよう。
次、梅は俺と、それから斗詩と猪々子で。斗詩、猪々子の動きが単調になっていたら容赦無く叩け。猪々子はそうならないよう注意すること。いいな?」
「はい」 「おう!」
「梅、次は俺も全力で行くぞ。対応して見せろ」
「は、はいっ!宜しくお願い致します、一刀様!」
猪々子強化計画の話はこれで終わり、と一刀は鍛錬の指示を出した。
皆納得し、鍛錬へと戻る。
なお、ほんの数分後には鍛錬場から約二名の悲鳴が聞こえてきたそうな。
時と場所は移り、翌日の情報統括室でのこと。
この日、一刀は桂花をそこへ呼び出して内密の話をしていた。
「で?急に呼び出してどうしたって言うの?
あんたに限って無いとは思うけれど、つまらない話だったら覚悟しなさいよね?
急に言われたら都合と理由つけるのも苦労するんだから、まったく」
「それに関してはすまないと思っている。だが、重要な話なんだ。
内容は近々の決戦について。場所と対策についてだ」
「…………またあんたは……いいわ、聞かせなさい」
驚き、呆れ、すぐに冷静さを取り戻し、一瞬の内に見事な三変化を見せて桂花は一刀を促した。
「決戦の場は赤壁。そこを流れる河の上だ。船上戦闘になる。
どういう流れでそうなるかまでは分からないが、きっとここで決戦となることは間違いないだろう。
華琳に予め知らせずにしておけば、自然とこの流れには乗るはず。そうなってしまえば勝率は格段に上がる。
赤壁の決戦で相手が打ってくる策のいくつかは、既に”知っている”。
こちらで対策も講じて、もう準備もある程度は整えた。
で、だ。桂花に頼みたいことがあってな」
「何を?」
「黒衣隊員を小分けして水練に送り出したい。
ただ、なるべく通常の調練のように振る舞わせて他国の間諜の目も欺きたい。出来るか?」
「他国の間諜って、あんたと黒衣隊の連中がその辺はしっかりと守っているんでしょ?」
「残念ながら、呉の間諜に関してだけは防ぎきれているとは言い切れない。
それと許昌の外にまではさすがに俺たちの目も届かない」
一刀の返答を聞いて、それもそうか、と桂花は納得する。むしろ、普通の人らしいその言い分に驚きそうになったくらいだった。
「出来ないことは無いわ。
それは急ぎ?」
「決戦までには全隊員の調練を終えておきたい。加えて、その調練を他者に行える人員を増やさせておきたい」
「増やさせる?あんたが調練するんじゃないの?」
桂花が今度こそ意外そうに聞いてくる。
これに対する一刀の答えは半分イエス、半分ノーだった。
「とある技術だけは教えておく。が、この調練の教官は別の隊員だ。
俺も船上での戦い方については詳しくない」
「へぇ、あんたにしては珍しいじゃない。
で、その隊員は誰なの?」
「蔡瑁だ。御遣いを名乗り出す前の頃に荊州の方から引っ張ってきた。
能力は証明されていたんだが、ちゃんとこの目でも確認した。何も問題は無い」
「そう。あんたがそこまで言うんだったら大丈夫なんでしょうね。
分かったわ。手配しておく」
「すまない。助かる」
桂花が承諾しても事務的な手続きは無い。書類も竹簡も作らない。ただ口頭で交わした約束。
だが、だからこそ証拠は残らず、今の今まで暗躍し続けて来られたのだ。
このやり取りも、もしかしたら最後になるのかも知れないな、と思う。どうしてか、不意にそんな考えが浮かんだのだ。
赤壁の戦いに魏が勝とうが負けようが、きっと一刀は黒衣隊を率いて裏で動き続けるだろう。
それは分かっているし、元よりずっとそうしていくつもりだったにも関わらず……
自分自身の思考でありながら不可解に思えるそれに軽く首を捻ってみてから、それはさて置き、と意識から外す。
ともかくも、これで桂花に頼もうと思っていた内容は全てだった。
一刀には他にも数多の仕事が残っている。そしてそれは桂花も同様。
用件が片付けば用事はもう無い、と、一分もせずこの部屋は無人となるのであった。
「春蘭、秋蘭。飲まないか?」
珍しく一刀から声を掛けたのは、決戦も間近に迫ったとある満月の夜だった。
いつぞやのように城壁に上り、街と月を一望出来るポイントに座る。
春蘭も秋蘭も、一刀から何か話があるのだろうと薄々感付いていた。
しかし、それを急かそうとはしない。
持って来た上質な酒を酌み交わし、静かに許昌の街並みを眺めていた。
誰も口数は多くなく、ゆったりとした時間が流れる。その辺りも以前と同じだ。
「なあ、春蘭、秋蘭。二人に最後の確認をしておきたいんだが」
不意に一刀が何気ない話題を話すように本題を切り出した。
あまりの何気なさに寸拍反応が遅れたが、秋蘭がすぐに答える。
「どうした、一刀、改まって?」
「二人の悲願、最大の目的は、華琳の覇道を成就させ、大陸に平穏を齎すこと。それで間違っていないか?」
「うむ、そうだな」
「その目的の達成は何よりも優先される。その認識で間違いないか?」
「ああ」
「そうか……」
秋蘭からの返答を聞いて、一刀は少し目を伏せ気味にする。
何事かを考え込む様子の一刀の雰囲気に呑まれ、春蘭も秋蘭も口を開くことが出来ない。
やがてゆっくりと再び目線を上げた一刀の顔には、今までよりもより一層強い覚悟が浮かんでいた。
「なら、俺はその悲願成就に全力を尽そう。
二人の夢は俺の夢でもある。近く起こる大戦、そこで全てに決着を付ける。いや、付けさせる」
「……なあ、一刀。一体何を考えているのだ?」
春蘭が珍しく不安気な色をその顔に浮かべて問い掛ける。
明らかにいつもと様子の違う一刀に、何か思うものがあったのかも知れない。
「何を、か。
簡潔に言えば、ちょっとばかり無茶をするつもり。それだけだよ」
「”あの”隊を率いて先頭に立つ、と、そういうことなのか?」
一刀の裏事情を知っている秋蘭は、その一言から一刀が何をしようとしているのか、朧気に理解しかけていた。
が、それは結局のところ本命とはならない。
魏の一員として赤壁の戦いに臨むに当たって、肝となるのは如何にして敵の策を潰しておくか、になるだろう。
その策は外史の修正力によって魏にとって厳しいものとなる可能性が高い。
逆に言えば、そこを凌げば勝機は十二分にある。
「半分正解、かな。
それだけじゃなく、大陸に、この世界に来てから培ってきたもの、手に入れたもの、その全てを来る決戦に注ぎ込む。
……後にも先にも、”天の御遣い”として最大の仕事となるだろうな」
「…………一刀。それは危ないことなのか?」
語る一刀の瞳をじっと見つめたまま、春蘭が不安そうに尋ねてくる。
一刀は苦笑しつつ返した。
「それはそうだろう?なんせ戦場なんだ。一歩間違えれば誰でも死んでしまう。
だが、それでもやらなければ――――」
「違う!そうでは無いのだ!それくらいは私も分かっているし覚悟している!
そうでは無く、お前がまるで、その……」
そこで言い淀んでしまう春蘭。きっと口にしたい春蘭の気持ちが上手く言葉に変換出来ないのだろう。
この春蘭の様子は、一刀に改めて春蘭の評価を確認させる。
なかなかどうして、勘なのか観察眼なのか、一刀の様子の違いを感じている様子。
ただ、いくら春蘭相手と言えど、一刀の考えを全て話すわけにはいかない。それが例え、秋蘭は薄々であろうとも気付いていたとしてもだ。
「春蘭、考えすぎだ。決戦が近いことを色々なところから肌で感じて、ちょっと過敏になっているんじゃないか?」
「本当か?無茶はしないのだな?」
「自分に出来る限りのことを精一杯やるつもりなだけだよ。
春蘭もそうだろ?それが華琳の覇道を為すことに繋がるんだから」
「もちろんだ!」
華琳の覇道を為す。ついさっきも確認したその悲願を出され、春蘭は一刀の言葉を受け入れてくれた。
ただ、そんな二人のやり取りを隣で見ていた秋蘭は、やはり何かを薄々感じてはいるようだ。
こちらにも声を掛けておこう。何と言って納得してもらおうか。
そんなことを考えていると、不意に背後から声が掛かった。
「あら?面白そうな話をしているじゃない?
私も混ぜてもらえるかしら?」
「……華琳?どうしたんだ、こんな時間に?」
突然の華琳の登場に慌てて挨拶を述べる夏候姉妹だったが、一刀は冷静に華琳に問う。
ところが、華琳はその一刀を見て、にんまりという表現がピッタリな笑みを浮かべた。
「あらあら?一刀、貴方今ちょっと驚いたのではないかしら?
いつもの貴方の返答よりも間があったように思えるわよ?」
「……仕方ないだろ?酒が入ってるんだ、注意力が散漫にもなるさ」
殊更に隠すつもりも意地になる必要も無い。一刀は素直にその指摘を認めた。
それが逆に華琳には少し面白くなかった様子。どうやら揶揄いたかったようだ。
だったが、すぐに先ほどまでの話の内容へと話題を戻した。
まずは一刀の問いに答えるところから。
「ちょうど執務を終えて部屋に戻ろうとしていたら、貴方たちが城壁に向かっていくところが見えたのよ。
何か面白い話が聞けるのではないかと思って、後を追わせてもらったわ」
秋蘭、ファインプレーだ。華琳の言葉を聞いて真っ先に一刀の中に浮かんだ言葉がそれだった。
もし一度でも”黒衣隊”の名前が会話中に出ていたら華琳に問い詰められていただろう。
それはいかにもまずい状況だ。何せ、黒衣隊の任務には華琳の監視すらも含まれているのだから。
覇道を歩む者として、大陸を統べようとしている者として、そして魏の国王として。
華琳が道を外れたことをしないかを監視する。さすがにこれを隊員にやれとは言えず、ずっと一刀が行っていることなのだが。
どちらにせよ、今回も気付かれる要素が排除出来ていたのであれば、話を流れのまま進めて流してしまうことにする。
「なるほど。で、面白い話はあったか?」
「ええ、もちろん。
そうね、貴方の発言について確認を取ろうかしら?」
華琳の口調自体は世間話をしているかのよう。
しかし、その視線は実に鋭い。一刀の真意を探ろうとしていた。
この場面で嘘も誤魔化しも必要ない。
ただただ真っ直ぐに己の定めた内容を口にするだけだ。
「次の大きな戦、そこで大陸の統一を果たす。
その為の布石は打った。将の強化も順調。俺自身もあと少しで完了する。
武官の準備はほぼ万端。
軍師の方は詳しく理解していないが、桂花、零がいて風、稟、詠が補助する総力態勢なら心配は無いだろう。
ねねも随分と扱かれているみたいだし、隠し玉としても面白いかも知れない。
先の諸々を考えても、ここで決めてしまうのが一番なんだ。魏にとっても、大陸にとっても」
「そう。
ならばその言葉、信じさせてもらうわよ?」
「ああ、もちろん。大船に乗った気持ちでいてくれたらいい」
具体的にどうするのか、その内容までは話さない。話せないという面もある。
いくらか一刀が隠している内容があるだろうことは華琳も承知しているだろう。
それでも華琳はそれでいいと思っている。
自分が全てを知っているに越したことは無いが、さすがに物理的に無理があることも承知している。
ならば、信頼を置ける部下のことは各自に任せてしまえばいい。
重要な内容で、華琳の知っておくべきことは報告してくるだろう。
それ以外は各自で進め、結果が出れば文句は無い。
逆に言えば結果が出せなくては厳しいことになってしまうのだが、この華琳のスタンスは魏の面々にとっては力を発揮しやすいものだった。
ここまでほぼずっと順調に来た。これからもそうであるか、それは次の一戦で全てが決まる。
シリアスな話に一区切りを見た後は、華琳も加えて飲み直しとなっていた。
それから半刻ほどもそうして過ごした頃。
持って来た酒も尽き、見るともなしに許昌の街を眺めていたら、華琳がポツリと口を開く。
「いよいよ、なのね」
「ああ。もう二月、三月も経たない内だろう」
「ふふ。桂花も零も同じ見解だったわ。貴方もそういうのであれば確実ね。
…………一刀、春蘭、秋蘭。
思えば貴方達は私の旗揚げ以来ずっと付いて来てくれたわね。
何度も危ないことがあった。私が大きな間違いを犯したこともあった。それでも、ね。
感謝しているわ」
「何を仰います、華琳様。
私たちは華琳様に忠誠を誓ったのですから、当たり前のことです」
「秋蘭の言う通りです、華琳様!
これからも私は最前線に出続けますよ!」
秋蘭と春蘭が即座に応じる。
一刀は少しだけ考えてからこう発言した。
「華琳、君もこの大一番を前に緊張しているのか?
大丈夫だ。俺たちを信じてくれ。この三人以外にも菖蒲を始め、とても優秀な将が今の魏には集まっている。
華琳の歩んできた道は間違っていない」
華琳は少し目を見開いて驚きを示した後、柔らかく微笑んだ。
「ふふ。確かに私らしく無かったかも知れないわね。
ありがとう、一刀。
このような姿、貴方達三人以外には見せられないわね」
「そうか?
むしろ、そんな人間味溢れる姿を部下に見せれば、より魏の結束が強まる気もするがな。
まあ、どう考えるかは華琳次第なわけだが」
「そうね。考えておくわ」
魏の始まりたる四人はこの日、改めて目標への決意を強くした。
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第百二十七話の投稿です。 拠点回・ラスト。 |
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コメント | ||
>>nao様 この外史は書き始めた時から終わりの形は決めていました。実はすでに最終話の最終節だけは書き上げてますw(熱いハリ―ポッタースペクト) 一体この外史がここからどうなるのか、是非想像してみてください(ムカミ) >>本郷 刃様 ありがとうございます。投稿を始めた当初の予定よりも大幅に長くなりましたが、ようやく終わりがすぐそこまで見えてきました。最後まで楽しんでいただければ幸いです。(ムカミ) 猪々子は筋力強化しかないよな、考えて戦うとかは無理そうw一刀やっぱ消えるのか?(nao) 始まりの四人の夜拠点回、なんだかしんみりとしましたが最初から読んでいる身としては感慨深くもありました……そしてついに最終決戦へと向かうわけですね、楽しみです!(本郷 刃) |
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