魔法使いと弟子5 無垢鳥の章 |
暗い
「起きてしまったね」「起きてしまった」
だれ
「ずっと無垢でいられたらよかったのに」
「傷付かずに済んだのに」
だれ
「環。がんばってね」
男の子の声。
「ここからがあなたの」
女の子の声
手がのばされ、頬に触れたのだと思う。
私は目隠しをされて何も見えない。
視界は、黒い。
なにも見えない。
目を瞑るより濃い闇が私を包んでいた。
既視感。
この視界を、この声を、私は知っている。
「だれ…?」
+++++++
魔法使いと弟子
+++++++
?
ね子だるま(ぽんたろ)
環は目を覚ました。
何かの夢を見た気がしたが、内容は覚えていなかった。
もうすぐ、冬が終わる。
一月の終わりに雪が降り積もった。
換気と目を覚ますために窓を少し開け、肌を刺すような冷気に環は顔をしかめた。
手早く身支度し、朝食を済ませる。
「いってきます」
母に手を振り鞄をかけなおし学校へ向かう。
春休みは何をしよう、受験の準備もしないとな、と環は考えながら橋を渡った。
ぞくり
男とすれ違った環は足を止めた。
服装は少し草臥れたスーツ。背格好は朔より少し小さい中肉中背。目はどこか虚ろだ。
「あー、あー、あー」
男が口を開いた。言葉に意味や感情は感じられない。
環は後ずさる。男の様子が異常なことは一目でわかる。
「あの……なにか、用、ですか」
「あー」
会話は無駄なようだ。環は走り出した。
「せんせ、先生っ」
携帯を取り出すも圏外の表示。町中なのにと環は焦り鞄につけた鳥のキーホルダーに語りかけるが反応がない。回路の接続も試すがやはり無反応。
「なん、で」
まだ環には原理がよく分からないのだ。故障なのかどうかすら分からない。
強く踏んでいる隙は無さそうだ。
男はついてくる。視界の端に映った姿は変な歩き方なのに妙に速い。このまま人のいる場所に男を連れていくのはとても恐ろしい気もする。
涙目を拭い環は『露光』に向かって走る。
住宅街を縫い、商店街を抜けても男はついてきた。
環の懸念は的外れと嘲笑うかのように人影はない。
後継者不足でシャッターは多いにしても朝の通勤時間の姿ではない。
「ひ、ぐ」
迂回しながら逃げてきたが男はずっと変わらない調子でぴったりと付いてくる。
環は交番にすら人影がないことを確認し悲鳴を飲み込んだ。
「なんでぇ……!」
ずっと足音が聞こえる。
音は先ほどより少し速くなっている気がした。
環は何故かもう振り返ってはいけないと確信していた。
環は体力がある方ではない。足に震えが出ている。
呼吸音が近い
首に 息が
「嫌!」
鞄を振ると何かの手応えがあった。
確認もせず環は全力で走る。
心臓がばくばくと音を立てていた。
「たす、け、て」
露光の看板が出ていた。店が開いている。
「先、生。せんせい」
からんからんと、ベルが鳴る。
店の中に……朔はいなかった。
後ろから突き飛ばされ、環は床にうつぶせに倒れた。
何が、大きなものが覆い被さる。
「や、だ」
環は振り向きたくなかった。
しかし首に濡れた質感が触れる。
「ひ、ゃ」
口から情けない悲鳴を上げ、環は見てしまった。
黒く大きい人の数倍に膨らんだ肉の塊に、人間の顔がいくつも張り付いている。
それから伸びた沢山の細い手足の一つ一つが環を掴んでいた。
「あ、……や」
首に触れている手は妙に湿っている。まるで舌のようだ。
喉がひりついているのがわかる。
怖い
どうして
なんで
ゆるして
思考が散乱していく。
風の音。
瞬間、環にへばりついていた何かは横凪ぎに扉ごとは両断された。
ふき飛ばされた肉が壁にぶつかりかさかさと音を立てていた。
切り伏せたのは大きな剣。RPGに出てきそうな派手な装飾がついている。
「まさかここで夢魔が出るなんて……」
剣の持ち主は女の子だ。身長は環と大して変わらないだろうか、なんだかフリフリした服を着ている。
環は倒れたまま少女を見上げている。
環の視線に気づいたのか少女は環を見て
「にゃ?」
何故か赤面した。
環は何故少女が狼狽えているのか分からない。
「あ」
そこで環は目が覚めた。
+++
「夢……?」
環が目覚めた場所は自室のベッドだった。外はまだ暗い。
足元で飼い猫のちろるが腹を天上に向け寝息を立てている。
カレンダーを見る。12月の始め。月曜日。
頬をつねると痛みがある。
「怖かった」
声に出し、体が震えた。
夢。そう、夢だったのだ。
しかしあまりにも鮮烈な印象がまだ脳裏に残っている。
学校を休みたい気分たがもうすぐ修学旅行もある。環は実行委員会だ。
「先生……」
鞄を引き寄せ青い鳥のキーホルダーを掴み額に寄せた。
『なんだ?』
キーホルダーが眠そうに返事をした。
朔の声だった。
「!?」
『ん……?たま?だよな?』
「ごめんにゃさい……」
噛んだ。
『?』
「まちがい……でんわ…です」
『いや、電話じゃないぞ?』
朔の声が消えた。環は息を吐き、キーホルダーを放してベッドで丸くなった。
+++
その日の放課後。アルバイトも授業もないが環は『露光』を訪れていた。
朔はグラスを磨いていた。他に客の姿はないが視線を気にしておどおどする環の様子に朔は首をかしげる。
「どうした?そういやなんか今朝も変だったな」
「あ、の」
環は今朝見た怪物の夢の話をした。
「……ふむ」
朔はグラスを棚にしまうと顎に手を当てた。
「夢魔って言ってたんだな」
「はい」
「どこで憑かれたかは分からんが、おまえにチャイルドスリープが憑いてたんだろう」
「ちゃいるど……?あの……知らない女の子は……」
「フリフリのそいつは日魔の構成員だ。もう心配はない」
朔は環の不思議そうな顔に気づいた。
「ああ、日魔とチャイルドスリープってのはな」
「たのもー!」
からからと乱暴にベルがなった。
「うわぁ」
朔は嫌そうに眉根を寄せる。
入り口には男がいた。
「朔、今日こそ俺達の因縁に終止ひょ!?」
ベルトの沢山ついたコート、鎖モチーフのシルバーアクセサリー、染め抜いたのだろう肩口まで伸ばしたメッシュ入りの金髪。
なんだか格好いいポーズを決めようとしたのだろう二十歳そこそこの男は環に気づいて硬直した。
顔がみるみる耳まで赤くなる。
「朔ゥ!!!」
「いや、事故だ事故。俺は無実だろうこれ」
「……あの、先生?」
たまはぽかーんとしている。
朔は男を指さし説明した。
「これが橙の弟子。筑紫野吾妻」
「柊さんの!じゃあ魔法使いさんなんですね」
「そそ」
「さ、朔、おまえ、弟子を…とったのか…?」
「ああ、なんだ橙に聞いてないのか」
吾妻は苦虫を?み潰したような顔をした。
「弟子の環です。よろしくお願いします」
たまは丁寧に頭を下げる。
朔は環にとって初めて別な術士の弟子を見たことになるのかと気づいた。
恐らく結構前から初遭遇は近くにいたんだと思うのだがなと少しだけ長谷川邦子を不憫に思う。
「よ、よろしく。吾妻です……」
吾妻もつられてか頭を下げた。
俺が後ろにいるのだがいいのだろうか。まぁ深く考えないことにしよう。
「たま、あまり近づくなよ。そいつはロリコンだからな」
「ちゃうわい!!!!!」
握手をしようと手を差し出した吾妻はびくりと硬直した。
「先生たちはお友達なんですか?」
「いや、まったく。そいつが勝手に俺に突っかかってくるだけ」
「朔……よくもいけしゃしゃあと……」
吾妻は朔をにらみつけると少しだけ店内に視線を投げ、誰もいないことを確認し手を掲げた。
「テイルヴィング!!」
フラッシュのような発光。たまがまぶしさに目を瞑る。
俺は慣れているが確かに眩しい。
吾妻の手にはバチバチと火花を散らして大剣が収まっていた。
「宿命のライバルよ……今日こそぶっ倒してやる…」
たまが光に慣れ目を開ける。
「あ」
そして環は思い出していた。夢の中で見た大きな剣。間違いない。
「あ、え、は……ああ!」
吾妻は環の表情を見てまた顔を赤らめていく。
「このひと……夢の中で見た……?」
「ああ、そういえば吾妻は日魔の会員だったか。そうかそうか、ありがとうな、弟子が世話になった」
環は朔を見上げてまた不思議そうな顔をする。
「いえ、先生。でも女の子だったんですよ」
「変身するんだよ」
「え」
「日魔っていうのは」
剣を肩に担ぐと吾妻は狼狽えた。
「ま、マテ、朔。話し合おう」
「なんだよ、おまえが隠したところでどうせすぐバレるぞ」
急にしおらしくなった吾妻に対し朔は何か気づいたように本当に嫌そうな顔をした。
「ああ……なるほど……いや今から恰好をつけようとしても無駄だろうし橙が確実にばらすぞお前」
「なにをいっているのかなモチヅキクン……」
吾妻の顔には汗が浮かんでいる。朔は吾妻の剣を指さしてつぶやいた。
「あとそのデカブツで床に傷でもつけてみろ。俺の知る限りを全部今ぶちまけてやる」
「…………」
吾妻は数言つぶやくと手の中から剣が消える。
「……環ちゃんって言うの?」
「は、はい」
「よ、よろしく。俺もまだ修行中なんだ……はは」
吾妻は椅子に座るとアイスコーヒーと愛想なくつぶやいた。環もホットコーヒーを注文する。
朔ははいはいと用意を始める。今日のおすすめコーヒーの豆はブルマンである。
豆も選べるのだがあまり指定されることはない。朔は少し寂しかったりする。
「あの、筑紫野さんが今朝の女の子……なんですか?」
吾妻がカウンターに額を打ち付けた。俺は口笛を吹く。
「あ………うん………ソウダヨ………」
自供まで10分もかからなかった。
「日魔っつーのはだな、正式名称(有)日本魔法少女協会だ」
吾妻が黙ったので吾妻には触れず朔は説明を再開した。しゃべりながら冷却用タンブラーに熱いコーヒーを注ぎ粗熱を取る。
「まほう、しょうじょ…」
吾妻は朔より小柄とはいえ身長170cmはある推定成人男性である。
環からの視線に吾妻の表情が悲壮感漂うものになっていく。
「安心しろ、たま。日魔の構成員は全員18歳以上の男だ」
「!?」
「全員変態だがそいつに限った話ではないし、やっていることは別に変質者ではない」
「朔……」
吾妻の瞳に殺意がともる。
「魔法少女さんってなにをされてるんです?」
朔は環の前にホットコーヒー、吾妻の前にアイスコーヒーを出した。
「怪物の退治……」
吾妻がぼそぼそと唇を尖らせる。可愛くねぇよと俺は顔をしかめた。
「今朝のあれですか……?……チャイルドスリープっていうのは……子供……夢……夢魔?」
「英語だとChildren's Sleeping Goatだっけか」
「ヤギ……?」
「子供子供ってアピールされてるがあれを生み出すのは俺たち術士だ」
朔は器具を洗いながら答える。
「魔術師の無意識下の誤射で生まれた魔術生物のことを言うんだよ…」
吾妻はアイスコーヒーをすすりながら死にたそうな顔をしている。
朔は介錯してやろうかとニヤニヤ笑った。
「術士が寝てる時に間違って術を使って作り出しちまうことがあるってことだ」
「寝てる間に?」
「俺たちだって夢を見る。人間だからな」
「あれを……人が……」
環は肉塊を思い出したのだろう、小さく身震いした。
「夢の中で殺されても実際現実には影響しない」
「え、そうなんですか?」
「ああ、ものすごく気分は悪いがな。夢の中位しか存在できないチャイルドスリープはそんなに強い力を持たないし簡単に消えちまう。できることも極少ない」
「先生も見たことあるんですか?」
「子供のころはな、よく母さんに泣きついて……なんだよ」
吾妻が露骨に嬉しそうな表情になる。
「フッ……ダサいな朔……!!」
朔は得意げな吾妻を無視して話を環に戻す。
「お前にも対処法は教えてやる。先に言えばよかったな。悪かった」
「……びっくりしました……魔法使いさんにとっては普通なんですね……」
「気持ち悪いもんは気持ち悪いがな。起きても大体覚えてるし」
朔は思い出したのか嫌そうな表情を浮かべた。
「ただ、時々現実世界に出るようなでかいのがでることもあるから気をつけろよ。チャイルドスリープを見るようになったってことは出会う可能性も無いことはない」
「あれが……現実に……ですか!?」
「滅多にないがな。毎度同じ姿をしてるってことはまずないし。場合によっては食べ物や植物の形をとったりもするぞ。俺もピーマンの夢魔を見たことがある」
「はぁ……」
「で、そいつら日魔はそういうチャイルドスリープ関係の災害を食い止めるのを主目的にしてんのさ」
朔と環は吾妻を見た。
「正義の味方さんなんですね!あ!日曜とか土曜の子供向け番組に出てくるような?」
「大体そんな感じのとらえ方でいいだろう」
「吾妻さんは女の子にへんし……先生。皆さん女の子に変身されるんですか」
はっと環が顔を上げた。構成員はすべて18歳以上の男だと朔が言っていたのを思い出したのだろう。
「ああ」
「魔法……少女さんですもんね……」
「俺もう帰る!!」
吾妻は小銭を席に置いて勢いよく店を飛び出していった。アイスコーヒーのグラスは空になっていた。
からんからんと、見送るようにベルが鳴った。
説明 | ||
吾妻ァ!! 待たせたな。 4:http://www.tinami.com/view/872728 →5:これ →6:http://www.tinami.com/view/1030758 いつもの説明 いつか暇なときに作りたいエロゲの話。とても進みは遅いけどもうオチはできてる。 →1:http://www.tinami.com/view/553020 人物説明 望月朔:主人公。魔法使い。 芦原環:朔の弟子。ちみっこつるぺた。ゲーム版メインヒロイン? リーリー:名前の長い金髪ツインテゲーマー美少女。朔の義妹。環より身長は高い。攻略ヒロイン。 柊橙:朔の姉弟子。魔術ギルド「筺」のリーダー。攻略ヒロイン。 長谷川邦子:環の親友。『環のためなら殺す』。攻略できない。 神楽坂庵:邦子の師匠。邦子Love。 メルキオル:朔の杖兼鳥型使い魔。朔の母親の形見。 神楽坂君は神こロしに出張してますがいまだ私の箱にはあらわれません。この野郎。 |
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