思い出 |
朝の登校時
眠そうだったり、だるそうに歩く生徒が多い中
葉月(はづき)は朝からやけに元気で
僕の先を歩きながら
「人志(ひとし)こっち、こっち?」
と手招きをしていた
「もう待ってよ?」
急かす葉月の後をそう言いながら
追いかけているのは由寿(ゆず)
葉月とは幼い頃からの友達で
葉月を通して僕とも仲良くなった
「人志ぃぃ!」
周りの生徒と同じように
だるそうに歩く僕を葉月は
待ちきれないといった風に
さらに急かした
そんなに急いで学校へ行って
どうしようというんだか
下駄箱で葉月が大きな声で
「おはよ?」と叫ぶ
その先には上履きに履き替えようとしている
彩芽(あやめ)の姿があった
男子に可愛いと噂されているだけあって
彼女の容姿は目を引くものがあった
彩芽は僕に気づくと軽く頭を下げた
僕はちょっと周りを気にしながら
軽く頭を下げる
ただそれだけ、何も話をしたわけでもないが
彩芽は嬉しそうな顏をして
教室へと歩いて行った
「人志?教室こっちだよ?」
葉月の大きな声に呼ばれ
僕も教室へと歩きだす
葉月に促され席に着く
葉月は相変わらずテンションが高いまま
喋り続けていた
始業のチャイムが鳴ると
担任が教室に入ってきた
僕の顔を見て少し怪訝な顔をしたように見える
いや気のせいか
ここの教室は教室の広さに比べて
席の数が多い
こちらの方を見ていたとしても
誰の事を見たのかは分かりづらいものだ
その日の授業が終わり
帰り仕度をしていると
葉月が
「一緒に帰ろう?」
と寄って来た
今日はちょっと用事があるからと断ると
何々? と何度も聞いてくる
僕は適当にはぐらかして教室から出てしまった
僕には幼い頃の記憶があまり無かった
僕に限らず幼い頃の事を
鮮明に覚えているという人は
そんなに多くないんじゃないかと思う
そんな僕の心の中に
ひとつだけ忘れられない思い出があった
幼い頃に、ある場所で約束を交わした
大切な思い出
相手が誰なのか
その約束が何だったのか
はっきりとは思い出せないのだけど
もう1度あの場所に行かなくてはならない
それだけは、はっきりと覚えていた
そして、その約束の日が今日だという事も……
自宅への道とは違う道を足早に歩いていると
偶然にも由寿と出会った
どうしてこんな所にいるのかと
不思議そうな顔をして行き先を
訪ねて来たが僕はそれに答える事も無く
先を急ぐからと話を切り上げた
はやる気持ちを抑えていても
自然と歩く足は速くなっている
角を曲がり約束の場所が見えて来た
そこには女の子が後ろを向いて立っていた
風が髪を揺らす
いや、近づいてくる僕に気づいたように
髪を揺らしながら彼女が振り向いたのだ
……彩芽
遠い記憶の中にある
ぼんやりとした思い出の中の
小さい女の子の面影と彼女の顔が重なった気がした
彼女に近づき
「ちょっと遅くなっちゃったかな?」
と声をかける
「ううん、そんなに待ってないよ」
柔らかい声がそう答えた
「約束覚えててくれたんだね?」
彼女の言葉にちょっと困った顔になる
それに気付いた彼女が
「覚えてないの……?」
と寂しそうな顔をした
「約束した事は覚えているんだけど
その……内容までは……」
ごまかしても仕方ないので
僕は正直に答えた
彼女の顔がさらに悲しそうな顔に変わる
「あ、でも大切な約束だって事は
ちゃんと覚えていたよ」
僕の言葉に彼女はうつむいてしまった
泣いているのだろうか?
僕はどうして良いのか分からず
うろたえていると
聞き覚えのある元気な声が聞こえてきた
「何? どうしたの?」
どこにいたのか菜月が走って近づいてくる
由寿もその後を追ってきている
彩芽が、がっかりした顔をしながら
「約束の内容覚えてないって」
と言うと
「え? なんで?」
と葉月が驚きの声をあげる
彩芽は僕に近付いて来るとそっと背中を触った
その瞬間に僕はその場にひざまずき動けなくなった
身動きのとれない僕の後ろで女の子たちの会話が聞こえてくる
「バグってんじゃないの?」
「やっぱ中古のソフトだったからかなぁ?」
「譲ってもらった物だし仕方ないっちゃ?仕方ないのか?」
「でもさ、政府公認の思い出作成ロボット推進月間の今だけだよ
学校にも連れて行けるのって」
「そうなんだよね?」
「あのさ」
「何?」
「なんか、最近になって元彼設定オプションソフト
ってのが発売になったみたいで」
「……え? マジ?」
早口で繰り広げられていた女の子達の会話が途切れた
元気な声が
「ちょっとどんなのかお店に見に行ってみようか?」
と言うと
「だよね」
と2つの声が同時に答える
「これ、どうしようか?」
「ソフト抜いて自動帰還機能で家に戻ってもらっとけば?」
「そうだね」
柔らかい声がそう返事をした後に
誰かが僕の後ろに近づいて来たのが分かった
身動きの出来ない僕の首を細い指が触れる
何かが僕の首から出てくる感触と同時に
ピーっという機械音が僕の体から発せられた
「ジドウキカン、イタシマス」
僕の体の中の何かがそう言うと
僕の意識はそのまま途切れてしまった
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