淡恋ディサピアー
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いるかいないか分からない女子。――というのが、鈴原さんに対する率直な印象だった。

 

長いおさげ髪は目を引くけれど、ただそれだけ。自分から発言することはほとんどなく、取り立てて突出したところもない。いたって普通の目立たない女の子。そう思っていた。

 

それが、高1の夏休み明けの席替えによって、俺の生活は180度変わることになる。後ろの席が鈴原さんになったのだ。

 

プリントを後ろに回したとき、鈴原さんは俺に軽く会釈をした。俺はそのはにかんだ笑顔に目を奪われた。

 

なんか、すげえ可愛くないか?

 

ふたつに編まれた艶やかな長い黒髪。それを引き立たせるような白い肌。黒目がちな瞳。華奢な身体。

 

こんなに可愛かったなんて、まじまじと見なければ気がつかなかった。

 

今まで浮いた話などまったくない鈴原さん。この可愛さに気づいたのはきっと俺だけだ。そう考えた時、HR終了の鐘が鳴り響いた。

 

・・・運命だと思ってしまった。

 

それからよくよくこっそりと観察してみると、どうやらただ大人しいだけでなく、少し人見知りの気があるようだ。こと男子には。

 

真夏とはよく話すみたいだけど、それは宗田さんの弟だからだろうし、何といっても席が前後だったのも大きいと推測する。それならまずは好印象を持ってもらうことから。俺はしつこくない程度に鈴原さんによく話しかけた。

 

昨日のバラエティ番組の話だったり、俺のつまらないバカ話だったり。

 

最初はぎこちなく相槌をうっていた鈴原さんだけど、やったぜ!だんだん笑ってくれるようになった。彼女の天然のようなやわらかい雰囲気が、ますます俺の気持ちを自覚させる。

 

けれど、焦ってはだめだ。やっとこんなにもやわらかく微笑んでくれるようになったんだ。もう少し仲良くなってから告白を・・・。

 

と、思っていたら、めっちゃくちゃ可愛い鈴原さんの写真が出回りだした。戦国学園祭のお姫様モデルをやったらしい。それはもうびっくりするほどの可憐さで、鈴原さんの人気が急上昇してしまった。やべえ、俺だけの鈴原さんだったのに。

 

だけど鈴原さんは迷惑だったようで安心する。しかし、これはもう悠長に構えていられないだろう。隠れファンが増えてしまったようだし、先を越されたら泣くに泣けない。

 

告白を決意したものの、執行部員である鈴原さんは、戦国学園祭の準備でとても忙しそうだった。邪魔しちゃ悪いなと思って遠くから見守っているうち、学祭中にこれまた超絶可愛いお団子頭の写真が出回りだした。

 

しかも! あの高柳と噂になってるだとー!

 

やべえ・・・超やべえ・・・。

 

あまりの衝撃に、「ちょーやべえ」しか言えないギャル男と同じ語彙力になってしまった。

 

なんだよ、ちくしょう。イベントで盛り上がってカップル成立ってやつ? 中等部のころから高柳のモテぶりは凄まじかった。俺には女子のみなさんの趣味が理解できないが、とにかく人気があった。鈴原さんを選ぶあたり、人を見る目もあるってわけか。

 

そう落ち込んでいたが、どうやら付き合っているわけではないらしいことが分かった。学園祭が終わってからも高柳は鈴原さんを呼び出したりしていたが、彼女は心底うんざりした顔をしているのだ。クラスの女子に冷やかされて、本気の本気で否定していた。

 

なんだ、高柳の片思いかよ。それなのにいちいち呼び出しに応じてやる鈴原さんは優しすぎる。しかも留学生女子との三角関係にも巻き込まれちゃって。

 

「嫌なことは嫌だと言った方がいいよ。高柳のやつ、鈴原さんが大人しいから調子に乗ってるんだよ」

 

何回目かの呼び出しに見かねた俺がそう言うと、鈴原さんはふんわりと苦笑した。

 

「うん。この間も、引っ込み思案になるなと言われた」

 

宗田さんかな? 最初は意外な組み合わせだと思ったけど、ルームメイトであるふたりは馬が合うのかとても仲がいい。

 

「鈴原さんのことが、すごく心配なんだね」

 

微笑ましい話だと思っていると、鈴原さんはきょとんとした。口の中で、心配、と繰り返し、その頬に赤みがさしていく。

 

「ありがとう」

 

嬉しそうにはにかむ彼女に、俺は二度目の恋に落ちたのだった。我ながら、ちょろい男だ。

 

 

そうこうしているうちにテスト期間に入ってしまい、それが終わるとクリスマスパーティーだなんだで、またしても鈴原さんは忙しそうだった。執行部って大変なんだな。

 

チャンスを見つけては後ろを振り返って話しかけているけれど、けっこうアピールしているつもりなのに、鈴原さんは信じられないほど鈍感だった。悲しいかな、俺のことは単なるクラスメートとしてしか見ていないことは明白だ。

 

だけど、かなり親交は深くなってきた気がする。鈴原さんは聞き上手なのか、俺がつい調子に乗って饒舌になっても楽しそうに耳を傾けてくれる。すぐに「あたしはねー、」と口を挟むのが女子という生き物だと認識していたのだが、鈴原さんの奥ゆかしいこと!

 

話が盛り上がっているときに限ってA組の執行部の男が会議だなんだと鈴原さんを呼びに来て非常にうっとおしいが、それなりにうまくいっていると思っていた。

 

3学期になれば執行部も落ち着いているだろう。だから年が明けたら告白しようと、俺は冬休みの間にいろいろ作戦を練った・・・矢先。

 

鈴原さんに、いきなり彼氏ができていた。

 

嘘だろ!? 相楽!? どっから出てきたんだあいつ! なんか当然のように一緒にいるんですけど!

 

女子に人気があるのは知っていたが、誰の告白も断ってたようだし、てっきり宗田さん狙いなのかと。・・・もしや! ヤツもお姫様モデルから鈴原さんの可愛さに気づいたクチか?

 

だいたい今までそんな素振りも――と思いかけたところで、ハッとなった。何度か鈴原さんが相楽とふたりきりで話しているのを見かけたんだった。そういえば俺と話している時に鈴原さんを呼びに来るのも相楽だった。

 

そういうことかよ。・・・俺の淡い恋心は散りかけたが、もしかしたら、という想いがまだ捨てきれなかった。

 

今どきの恋愛なんて、くっついたと思ったら離れて、また新しい誰かとつきあう。そんなものだろう? 実際、周りで聞くのはそういった話ばかりだ。

 

だいたい相楽なんて、何でもできてうさんくさいんだよ。そのうえ、鈴原さんまで! ハンカチを噛みしめたい気持ちを抑え、俺はふたりが別れるのを待つことにした。どうせモテモテ男の相楽が心移りするか、鈴原さんが相楽に愛想を尽かすかするはずだ。

 

しかし、いくら待っても鈴原さんたちが別れたという情報は入ってこなかった。

 

気がついたら2年生に進級していた。自分が思っていたように事態は動いておらず、ふたりは別れるどころか校内で『公認カップル』となりつつある。

 

本気で焦りだしたのは俺だけではなかったようで、それは始業式から1週間ほど経ったときのことだった。

 

俺が担任に頼まれたプリントを運んでいる途中、ひと気のない廊下の角から『鈴原さん』の名が聞こえた。

 

「私が告白をしたときは付き合えないって言ったのに・・・鈴原さんならいいの・・・?」

 

相楽と某女子のただならぬ会話に、思わず俺はそのまま廊下の角に隠れた。この女子もすぐに別れるだろうとタカをくくってたんだろうな。分かる、分かるよその気持ち。

 

こっそり覗いたら、男子に人気のあるB組の女子だった。あんなうるうるした瞳で見上げられたら、相楽の心だって揺れるだろう。波は大しけ間違いなしだぜ。

 

「・・・別れるまで待ってるから。鈴原さんと別れたら、次は私のことを考えてくれる・・・?」

 

こんなこと! 絶対! 人生で言われない自信ある。神様は不公平だ。相楽みたいなイケメンはその気になれば引く手あまただというのに、俺は・・・。

 

いや、これはチャンスなんだ。これで相楽がこの女子を選べば、鈴原さんはフリーになるわけで。

 

今後の策略をめぐらせている俺を他所に(当たり前だが)、相楽は言った。

 

「別れるつもりはないんだ。悪いけど、他をあたって」

 

毅然とした口調だった。

 

その言葉の奥には、努力をする、とか、信じる、とかあいまいなものではなく、初めから決まっているみたいなものを感じた。

 

やべえ・・・超やべえ・・・。

 

こいつ、本気なんだ。自分から鈴原さんを手放すつもりはないらしい。

 

これはもうのん気に眺めている場合ではなかった。高校生活もあと2年弱。告白をしなければ、俺はきっとずっと後悔する。

 

 

 

教室に戻った俺は、真っすぐ鈴原さんの席に向かった。彼女は波多野と話していたが、そんなこと気にしていられない。心を落ち着けるために、ちょうど誰もいない隣の席に座った。鈴原さんを見つめる。

 

「鈴原さんさ、相楽のどこがいいと思ってるの」

 

びっくりしたのか、鈴原さんは「え・・・?」と目を丸くした。みるみる真っ赤になっていく。

 

「どうして、そんなことを聞くの?」

 

どうしてって、それは・・・

 

俺が答えるよりも早く、波多野が大げさに息を吸い込んだ。

 

「えー! そうなの?あんた。マジ?」

 

やっぱりここまで言えばバレバレだ。恥ずかしかったが、伝わらないよりずっといい。俺は覚悟を決めた。

 

「そうだよ」

 

「えっ どういうこと?」

 

鈴原さんが、俺と波多野を交互に見やる。波多野は口元を押さえ、にやにやとテンションを上げた。余計なことを言いそうだな、こいつ。

 

言うならきちんと自分で言いたくて、俺が椅子から腰を浮かせた時、

 

「イズー、大変だ! こいつ、相楽くんのこと好きみたいだよ」

 

そのまま椅子もろともひっくり返った。

 

「はあ!?」

 

「イズーに宣戦布告に来たんだよ!」

 

「ちょ、お前なに言ってるの!? 絶対わざとだろ! からかうなよ」

 

悲鳴じみた声を上げて立ち上がると、鈴原さんが真剣な顔で俺を見ていた。ちょっと待って。

 

「分かってると思うけど、違うから! 俺は本気なんだ。ちょっと場所を変えて話したいんだけどいいかな」

 

「本気・・・」

 

戸惑いの表情を浮かべていた鈴原さんは、やがて気合を入れるようにゆっくりと頷いた。

 

 

 

鈴原さんは、大人しく俺の後についてきてくれた。

 

春とはいえまだ空気は冷たく、屋上はぴゅうぴゅう風が吹いていた。俺たちの他に誰もいないのは大変けっこうなことだが、完璧に選択を間違えてしまった。

 

カーディガン姿の鈴原さんが寒そうに身を縮めている。後悔したものの、上着を取りに戻ったり場所を変える心の余裕はなかった。

 

「あのさ・・・」

 

切りだすと、鈴原さんはさっと顔を上げた。春風が彼女の前髪とおさげを揺らす。こんなとき、相楽なら優しい仕草で鈴原さんの前髪を直してやるのかなと頭の片隅で思う。

 

・・・いいや、そもそも、やつならこんな場所で、上着もなしに彼女を立たせて寒い思いはさせないのかもしれない。自分のふがいなさに早くも涙が出そうだ。

 

「相楽くんの、どこがいいのかという話だけれど・・・」

 

涙を堪えていると、鈴原さんの方から口を開いてくれた。しかし恥ずかしいのか、言い淀む。

 

「ごめん、分かってるんだ。男から見てもカッコいいやつだよ。背は高いし、勉強もできるし、みんなから頼りにされてるしさ」

 

自嘲気味に笑うと、鈴原さんは微笑んで、緩やかに首を振った。

 

「本気だって言ってたから、私も真剣に答えるね。最初は・・・怖かったの。嫌いだと思ったこともあるよ」

 

あの相楽が怖い? その事実にびっくりしていると、鈴原さんはそんな俺を正面から見つめた。

 

「相楽くんも、出来の悪い私に手を貸すのが嫌みたいだった。だけど、真剣に私のことを怒ってくれるのも相楽くんだけだった。気がつけば、いつも助けてくれた。努力することを教えてくれた。すべてをあきらめかけた私に、手を差し伸べてくれたの」

 

正直言っている意味はよく分からなかったけれど、一生懸命たどたどしく言葉をつむぐ鈴原さんから、相楽への強い気持ちが伝わってきた。

 

「だから、私はもう自分をあきらめたくないの。相楽くんが見ているものを、これからも一緒に見ていきたい。笑ってくれると嬉しくて、いないと・・・とても寂しい」

 

こんな俺に、きちんと考えながら答えてくれる鈴原さんが眩しくて、思わず目を細めた。

 

相楽も鈴原さんも、別れるつもりはこれっぽっちもまったくなくて、もちろん泣きたいような気分は変わらないが、暗い感情とは確実に違う清々しさだった。

 

「うん、よく分かったよ」

 

「本当?」

 

俺が力なく微笑むと、鈴原さんは頬を紅潮させて驚いた。・・・なんだ? この反応。俺ふられてるんだよな。

 

もしかして、と嫌な予感が全身を駆け巡った。そのとき、

 

「鈴原っ」

 

バンッと屋上のドアが勢いよく開いた。息を切らせて飛び込んできたのは、相楽だった。よくここが分かったな。波多野か?

 

肩で息をしている相楽を見て、鈴原さんがぱちくりと瞬く。

 

「どうしたの?」

 

彼女の声はどこまでものほほんとしていて、つい笑いそうになってしまう。相楽は顔をしかめて、鈴原さんの腕をつかんだ。

 

「こんなところで上着も着ないで、風邪ひくだろ。ばか」

 

「あのう、今、大事な話をしていて・・・」

 

え、告白阻止!? なんて心が狭いやつなんだ! 

 

こんなに余裕がないとは・・・。俺の肩から力が抜けた。なんか、もういいや。どうかお幸せに、鈴原さん。心からそう思えた。

 

「いや、もう大丈夫。話は終わったよ」

 

俺が穏やかにそう言うと、鈴原さんはこちらが驚くほど嬉しそうに微笑んだ。相楽は実に複雑そうな表情を浮かべ、俺もまた複雑な気持ちになった。

 

「私、これからもがんばるから。相楽くんの隣にいても認めてもらえるように、努力する」

 

鈴原さんが俺の手をぎゅっと握る。

 

・・・ああ、やっぱり。鈴原さんは、俺が相楽のことを好きだと本気で勘違いしている。いちいちツッコミどころはあるけれど、男だから、という偏見で俺を見ないところが誠実な鈴原さんらしくて。

 

うっかり惚れ直しそうになり、また泣けてくる。っていうか、手やわらかい。

 

そんな感傷に浸る間もなく、相楽は俺の手から鈴原さんの手を引っぺがした。取ってつけたような用事を鈴原さんに言い、その手をつないだまま連れて行く。

 

 

俺の想いは報われないどころか届かなかったけれど。物事の側面を見ることができたのは良かったと思う。

 

世の中は不公平だ。だけど、相楽の小苦労が垣間見えた今では、負けても仕方がないと素直に納得する。あいつはきっと鈴原さんを幸せにするだろう。

 

俺は空を見上げた。風はまだ冷たいけれど、澄んだ青空が広がっている。流れゆく雲を眺めながら、今度好きな子ができたら迷わず全力でがんばろうと心に決めた。

 

 

 

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

C組に泉水子ちゃんを好きな男子がいたら・・・という妄想でした。思ってたよりずっと不憫になってしまった・・・(笑)

こんな感じでしたが、もし不快に思った方がおられたらスミマセン(^^;ゞ 

相変わらず相楽くんの狭量っぷり&泉水子ちゃんの天然炸裂でしたが、書いてて楽しかったです。ちなみにミユーもからかったわけではなく本気でBLだと思ったのでした(笑)

説明
高1→高2の初め。C組のモブ男子くん目線です。
いろいろ捏造&クラスは持ち上がり設定となっています。原作のイメージを大切にされたい方は閲覧にご注意ください。
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