異能あふれるこの世界で 第七話 |
【9月・阿知賀女子麻雀部部室】
赤土「えー……阿知賀女子学院麻雀部、監督の赤土晴絵です」
やえ「はいっ」
赤土「何の因果か……いえ、むしろ色々な因果が絡み合った末、とでも言った方がいいのかもしれませんが……このたび、みなさんに麻雀を指導することになりました」
憧「えっ」
赤土「まあ、一風変わった麻雀塾のような感じでやっていけたらなあと思っています。急な話だったので手探りな部分も多いのですが、期間も限られていますのでお互い頑張っていきましょう」
恭子「頑張ろうもええんですけど」
赤土「あ、ちょっと待っててね。えー、言いたいことは山ほどあるでしょうが、とりあえず。みなさん、よろしくお願いします」
やえ「よろしくお願いしますっ!」
恭子「……よろしゅうお願いします」
憧「意味わかんない。なによ、これ……」
赤土「よし!じゃあお堅い挨拶は終わりっ。質問タイムいこうか。挙手で――――」
恭子「はい」
やえ「はい!」
憧「あっ」
やえ「早いな」
赤土「じゃあ早いもの順で。ついでに自己紹介もよろしくね」
恭子「あ、はい。えー大阪の姫松高校からきた、末原恭子いいます。インハイの団体戦では大将やってました」
赤土「ん、おっけー」
恭子「あの、それでなんですけど。一人増えるっちゅう話は事前に聞いてましたが、どう見ても二人おるんです。そのへんの説明をお願いします」
赤土「あれ?話いってないかな。私の真ん前にいるインハイ個人戦奈良県一位、小走やえさんが一人増えて、そっちの端にいるうちの新子憧が頼みごとなんだけど」
恭子「ん?ああ、別枠っちゅうわけですか」
赤土「そういうこと。あ、先に謝っとくけど、うちのがちょーっとご機嫌ななめでね。そのうちほぐれてくると思うから、しばらくはそっとしてあげて欲しいんだ」
恭子「はあ。正直よーわからんままですけど、とりあえずはええですわ」
赤土「気を使ってもらって悪いわねー。じゃあ次」
やえ「はいっ!晩成高校から来ました、小走やえです。団体戦では先鋒をやっていました。先ほど紹介を頂きましたがインハイ個人戦では奈良県一位、しかし全国では誇れるような成績を残せませんでした。もっと強くなるための方法を模索していた際に、ふとしたことから赤土先生に教えを請うことを求めるようになりました。方々手を尽くしましたから、その際に赤土先生にはご迷惑をおかけしたかとは思います。にもかかわらず、このような機会を頂けましたこと、本当に有難く思っています。また、何かの縁でこの場にいらっしゃる他のみなさまにも、共に学べることへの感謝を――」
赤土「ちょっとちょっと、さっきから前のめりすぎるわよ。もう少し落ち着いて」
やえ「あ……すみません。少し興奮していて」
赤土「で、少し口をはさませてもらうけどね。小走さんからの話、本当に押しが強くて本気で困ってたんだよ。どんだけガチでコネ使ってんだー、って直接突っ込みたかったくらい。でも、だからこそかな。末原さんの件がなければ絶対に関わりを持とうとは思わなかった。そういう意味では、みんなに感謝というのも言い得て妙だね」
やえ「ああ、やっぱり。もう私には申し訳ありませんとしか言えません……コネの部分は私が指示できる状態になかったので、止めることも改善することもできなかったのです。急に受けてもらえることになったので、何か別の事情があるのではと思っていたのですが」
赤土「末原さんの件が断れない筋からのものだったのよ。で、受ける前提で少し考えてみたら、二人の麻雀の相性って案外いいんじゃないかと思いついたわけ。これから教えていく内容だって、考え方の違う二人で解釈していった方が理解が深まるってもんでしょ?だから、協力し合いながらも競い合うような関係を築いていって欲しい。前のアレコレは忘れてあげるからさ」
やえ「ありがとうございます。私も気持ちを入れ替えて、全力で皆様と共に学ばせて頂きます」
赤土「ん。まとめ役も期待してるよ」
やえ「承りました。慣れていますので、お任せください。それでは質問に入りたいのですが……あの、あそこでむくれている新子はどう扱えばよいのでしょうか。見知っているだけに、なんとかしておきたいのですが」
赤土「あーやっぱほっとけないかあ。うーん……そりゃぶーたれもするわよねーって状況だから、寛大な気持ちでスルーしてくれない?」
恭子「なんかあったんですか?」
赤土「まあ、さすがに気になるかあ。んじゃ仕方ない。軽く話しとこう」
憧「……」
赤土「うちは実家が客商売やってる奴らばっかだから、日曜は休みにすることがけっこうあるんだよ。今日もそうだったんだけど、突然呼び出しをかけたから来た時からもう不機嫌だったわけ。そこへ『あんたの打ち方は一人で研究したんじゃ完成しない』ってことと、『このままだと来年の阿知賀女子はあっさり敗退する』ってことを前振りなくぶっちゃけたのがついさっき」
やえ「それはあの、何かしらの罰とか?」
赤土「必要にかられて仕方なく、よ。しかも私があなたたちに麻雀を教えることを言ってなかったから、全く状況が呑み込めていないんじゃないかな。あなたたちもまだ戸惑っているだろうけれど、たぶんこの場で一番混乱しているのが憧だと思う」
憧「わかってんならさっさと説明しなさいよっ!っていうか、なんで事前に言っといてくれなかったの?あと、私まだここで何をするのか聞いてないんだけど、そのへんどうなってんのよ!」
赤土「その前に。先輩方がいるんだから自己紹介くらいしなさい。さっきもあんただけ挨拶しなかったでしょうが。末原さんとはほぼ初対面じゃないの?」
憧「あっ……えっと、阿知賀女子学院の一年、新子憧です。団体戦では中堅やってました。何が何だかわかっていないのですが、以後よろしくお願いします」
恭子「よろしゅうな」
やえ「よろしく頼む」
赤土「それじゃあ説明ね。まず……あ、呼び方だけど、恭子とやえでもいい?」
恭子「はい」
やえ「問題ありません」
赤土「よーし。んじゃ恭子とやえには、まず麻雀ってものをもう一度見直してもらう。自論をある程度確立しているのはわかってるんだけどさ、そういうのガンガン崩していくことになると思うから覚悟しといてね。んで……あー、どっから説明しようかな。依頼内容が厄介だから、説明しなきゃいけないことが多すぎてさ」
恭子「たぶんですけど、一気に言われても私ら受け止めきれませんよ」
赤土「だよなあ。んじゃさ、恭子は参謀やってたし、情報とか分析とか対策とか得意なんでしょ?」
恭子「そうですね。私の強みやと思うてます」
赤土「んで、やえは自前でその辺もいくらかやってると見てるんだけど」
やえ「学校に隠れて調べたりもしていましたが、正直に言ってあまり自信のある分野ではありません。晩成では生徒にやらせてはくれないので、末原さんを羨ましく思ってしまいますね」
赤土「なるほど。で、うちの憧はほとんどやってない。というか、阿知賀では全部私がやってた。つまり、私以外にはできる人材がいない。憧、これがどういう状況なのかを理解できているか?」
憧「ハルエがいなくなったら、情報も対策も無しで戦うことになるってことでしょ」
赤土「少し違う。情報も対策も無しだから、戦いにならなくなるってことだ」
憧「えっ?」
赤土「今年のインハイ予選は、どこもうちの情報を持っていなかった。インハイ前に軽く説明した通り、情報を隠すことの優位性を選択したからな。だが、今後は奈良のほぼ全校が本気で阿知賀対策をしてくることになるんだよ。つまり、私がいなくなった瞬間、今回のインハイ予選と綺麗に立場が入れ替わる」
やえ「ふむ。では、来年のインハイあたりで晩成がリベンジを果たせそうだな」
赤土「どうだろ。お互いシードになるだろうからねえ。直接対決までたどり着くかどうか。こっちは有力な選手の打ち方も得意な展開もよくわからない状態なのに、阿知賀の選手は研究されまくりで対策も万全。やえの言う通り晩成にはまず負けるし、ちょっと強いくらいの高校にも苦戦することになるだろうな」
憧「だからって!……今からじゃ、どう頑張ってもハルエみたいにはなれないよ」
赤土「当たり前だろ。今から私を目指すのは無理だよ。でもな、憧の頭なら普通の高校がやっているレベルには軽く到達できるはずだ。事前準備をやれるのは、今の阿知賀だと憧しかいない。だからこの場に呼んだんだ」
憧「私も一緒に勉強するってこと?」
赤土「いいや、違う。申し訳ないが、今回の件は恭子の強化という依頼なんだ。やえはそのついでだし、憧はそもそも数にすら入れていない」
憧「なによそれっ」
赤土「これはやえにも言えることだがな、ここではっきりしておこう。私は恭子のレベルに合わせて教えていく。急いでも間に合わないような依頼だから、恭子以外は追いつけなければ置いていく。憧はかなり頑張らないと講義を理解できないだろうし、実践をやるにも優先順位は一番下だ。ただ見て聞いているだけになるから、身につかないような場になる可能性が高い」
憧「部活の練習もあるんでしょ?学校のことも、家のこともやって、その上で高レベルの講義解釈は流石にキツいよ……これ、私がいる意味なくない?」
赤土「そこで、恭子へお願いだ。情報収集の基本や分析から対策を練る実例などなどをさ、空いた時間を使って仕込んでやってくれないか?私が教えたことの復習に使ってくれてもいいし、自論の修正や再構築の役に立ててくれてもいい。教え方は任せるから」
恭子「ああ、頼みっちゅうのはそういうことですか。私が姫松でやってたようなことを新子に仕込んだれと……」
赤土「ありゃ、思ったより反応が悪いな」
恭子「やれと言わはるならやらんでもないですけど……それ、ちょっと不公平とちゃいますか?」
赤土「言いたいことはだいたいわかるよ。でもまあ、一応言ってみな」
恭子「私が赤土さんから教わることは、他の子に教えたらあかんって言われてます。でも、私が新子に教えることには制限かからんのでしょう?しかも、新子はまだ一年ですから、私が教えれば教えるだけ阿知賀が強うなっていきます。姫松の敵になる高校を強うするんは、流石にちょっと抵抗ありますわ」
赤土「だよね。その気持ちはすごくよくわかるよ。私もあなたを教えろと言われた時には同じように思ったもんさ。恭子がプロになってから姫松に教えに行くことで、阿知賀の敵が強くなってしまうことがたまらなく嫌だったんだ。上手く教え込めば、確実に強化されるからね」
恭子「……」
赤土「だからこそ、なんだ。憧に高校レベルの教育を施してもらうのは、母校を強化するという意味でのバランス調整と考えてもらいたい。どんだけ仕込んでくれたとしても数年後には阿知賀の大損が確定しているんだから、私たちが教え合うことはむしろ姫松の強化につながると考えて欲しい」
恭子「私ごときでは阿知賀に大したことをしてやれん、と?」
赤土「そうは言っていない。ただ、恭子ができるのはどう頑張っても高校麻雀部参謀レベルの指導なんだ。対して私は、プロレベルのガチ指導を行うことが前提になっている。どちらの指導がより母校を強くするのか、わかるだろ?」
恭子「それは……私が教えてもらえる内容次第かと」
赤土「言うねえ。私のこと、何も教えられていないのか?あの二人にはそこそこ知られていると思うんだけど」
恭子「赤土さんの説明は受けませんでした」
赤土「なに考えてんだか……私、こう見えても今年の春まで実業団でトップクラスにいたんだよ。ついでに言うなら、トッププロたちとは縁があってね。プライベートで打つこともあるんだが、そこそこ勝たせてもらっている。その肝が、今から教える予定になっている情報収集や分析手法、さらにその根本となる基礎理論だ」
やえ「おおっ」
赤土「十にもならない頃からやってきて、とんでもない奴らにも勝ってきた。私だけの、門外不出の代物さ。いらないなら別にかまわない。今すぐ帰って、話をつけてくれた人に君から断った旨を伝えてくれ。けど、私のことをわかっているプロ連中なら、七桁の金を出してでも欲しがるものだってことは知っておいて欲しい」
恭子「いや、そんなん急に言われても、私には確かめることもできんし」
赤土「なら聞いてみるか?誰でも知ってるプロに電話かけたげるから、私への疑念をぶつけてみればいいさ。ちょっと待ってな」
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