バター飴
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 猫を追いかけていったら道に迷ってしまって、こんな年にもなって猫を追いかけて迷ってしまったなどと言うことが恥ずかしいから電話で人に迎えに来てもらうことも出来ないし、道行く人にここはどこですかなどと聞くことも出来ない、知らない質感の電柱が影のようになってずらっと並んでいる町はあたかも威圧的で、私は遠い知らない地区まで来てしまったのだなという気持ちが強くする。ポケットの中にバター飴が入っていて、舐めると多少心強い気持ちが湧いてきて、こんなところで迷子になってしまっている不安も多少なだめられたのだけれども、やっぱり自分の地に足が付いていないのは気になってしまう。早く家に帰らないといけないし、私は早く家に帰って最近は朝から晩までテレビゲームをやっているおばあさんの看病をしないといけないのだけれども、もうこんな時間から家に帰ってもきっとおばあさんは腰が痛い痛いと言いながら眠ってしまっているだろうし、私は見たいテレビを今日も録画で見なくてはいけないということになってガッカリするだろうから、べつに家に帰らなくても良いのかもしれないと思うと私の白い部屋の様子がありありと目に浮かぶように見えてくる、私の白い部屋は机が一つだけある、そこにガラスの瓶に入った飴ちゃんが置いてあり、私はそれを退屈なときだとか不安を覚えたときだとかに一つ舐めるので、いつでもその瓶にはいろんな種類の飴ちゃんが入っている。一種類だと飽きてしまうので、たまにスーパーで安売りをしているときにいろいろな種類の飴を買ってきてその瓶の中にみんな一緒くたに入れてしまって、それでどれが当たるか分からないようにして一つずつ食べるのだ。飴は、口に入れるとすぐかみ砕いてしまうから、本当は私は飴を飴らしく食べていないという意味で飴を食べる資格はないような気がするのだけれども、でも噛み砕けたり気まぐれにいつまでも舐めてみたり、食べ方を変えることの出来る食べ物というものは飴のほかには私は知らないから、だから飴ちゃんは好きなのかもしれない。私の家の私の白い部屋。そのほかには何にもないから、寝るときは体が痛くなるのだけれども、仕方がない。私は早く家に帰らないといけないのだけれども、でも、猫を追いかけて遠くまで来てしまったから、私はもう家に帰ることは出来ないんだと思う。

 そこで近くにあった広い公園――空き地を空き地のまま放っておくのは忍びないから公園という体にしてあるけれども、遊具もなければ築山もないし、手持ちぶさたにベンチがおいてあるような公園――のベンチに腰掛けてポケットの中のバター飴があといくつ残っているかということを数えると、全部で四つバター飴があって、その中にはバター飴じゃない飴もあったのだけれども、それが何なのか私は分からないし、コーヒー飴じゃないと思う、コーヒー飴だけは私は食べていていやになる飴で、食べられないわけではないのだけれども、でもそれだったら食べないほうがよいという飴。公園は広い割には外灯は一つしかないので私はその四つの飴のどれがどれかということを確かめることは出来なくて、私はその四つの飴をもう一度ポケットに戻すと、これは私がもう二度と家に帰れなかった場合、飢え死にするまでの長い長い時間をさらに長くするための大切な栄養素だと思って、ポケットの上からぎゅっと握りしめてそれをありがたがる心が寒い感じになる。

 立ち上がる気にもなれなかったからずっと公園に座って、公園の真ん中に置いてある時計の、壊れているから家庭用の時計がその下にぶら下がっている時計の時間を見ると夜中の三時になっていて、私は猫を追いかけていくうちにそんなに時間がつぶれてしまったのかと思ったけれども、どちらかと言えば何度も何度も時間を確認してまだ宵のうちまだ宵のうちと呟いていたのは自分の方、こんな時間になってしまっていることは本当を言うと驚きではなく、私は上着に付いているフードを頭からすっぽり被って、もう都合の悪いことは何も聞かないし何も言わないよというポーズを取る。

 それから追いかけていたはずの猫がもうどこかへ行ってしまってとっくの昔に見つからなくなってしまっているということをゆっくりと自分に分からせていると、四時になって、看病しなくちゃいけないおばあさんが公園にやってきて、朝と夜の感覚がもうないのかなと思ったけれどもそんなことはない、私の隣に座ってもうおうちに帰ろうと言うので、私はポケットの中から残り二つになってしまったバター飴を一つあげて、これで死ぬまでの長い長い時間をわずかでも不安や怒りと無縁で過ごすことが出来るようになるバター飴だよというと、おばあさんはコーヒー飴だよと言って、私の善意を無駄にするのだ。

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オリジナル小説です
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