年の瀬に二人、暖まるおはなし
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ぱちぱちと、油が弾ける音がして。

厚めの衣をまとったむき身の海老が揚げ鍋の中で小躍りをしている。

一尾、二尾、三尾、四尾。良い頃合いで揚がった海老の天ぷらをバットに上げて、これはしばらく置いておく。揚げたても美味しいけど、お蕎麦に乗せるなら少し衣がくたっとして油も落ちた位のやつが良い。

オイルポットに油を戻して、空いたコンロに深鍋を、もう一個のコンロに先にめんつゆを仕立てておいた雪平鍋を置いて、同時に火をかける。

「西住ちゃーん、薬味はそれくらいでいいから、そろそろ器用意しといてー。」

隣で長葱を刻んでいた西住ちゃんに声をかけると、はぁい、と返事が聞こえて、戸棚の方へとぱたぱた向かっていった。

西住ちゃんと一緒に過ごす時間が多くなってから、共に食事をする機会も増えて、大抵は料理が好きな私がご馳走をしていたんだけど。

多分申し訳ないと思ったのか、いつからか西住ちゃんも手伝ってくれるようになって、今ではこうして二人でご飯を作るのが当たり前になっていた。

元々料理が得意じゃなかったという西住ちゃんも、最近では随分包丁仕事にも慣れてきたみたいで、ある程度の事は任せられるようになったので助かっている。

何より、甲斐甲斐しく手伝ってくれる西住ちゃんが健気でかわいくて、思わず頬が緩んでしまう。

火にかけた深鍋に張った水がぐらぐらと煮たってきた音にはっとなって気を取り直し、私は袋から取り出した生蕎麦を湯に潜らせた。

 

***

 

こたつの上に、どんぶり鉢が二つ。あご出汁の香ばしい匂いが湯気と共にほわほわと立ち上ぼり、居間中が食欲をそそる薫りで満たされてゆく。

「「いただきまーす。」」

二人同時に手を合わせいただきますを済ませるや否や、海老天とかまぼこと山菜と葱が乗ったオーソドックスな年越し蕎麦を、待ってましたとばかりに手繰り始めた。

「会長の揚げた海老天、美味しいですねぇ。」

そうだろうそうだろう。やっぱり衣を厚めにしておいて正解だった。衣自体の弾力でつゆに浸っても崩れにくいし、たっぷりと汁を含んで、口に入れたときに海老と油とつゆの旨味が調和して抜群なのさ。

至福の顔で海老天を頬張る西住ちゃんを前に、一人で得意な気分になりながら、一口、また一口と蕎麦をすする。生蕎麦の豊かな薫りがあご出汁つゆの芳醇な味わいを纏って、つるつると喉ごし良く入ってゆく。

どんぶりを持ち上げ、つゆを一含み。喉を鳴らして頬袋一杯の満足感を胃の方へと流し込む。

ほぅっ、と一息、見上げた先の壁時計は既に夜の八時を過ぎていた。

もうすぐ年が明ける。

「はぁ、また年を取るのかぁ。」

一人ごちた私に、西住ちゃんは箸をつけた途中の蕎麦をすすり切ってから視線を向けた。

「なんだか高校生っぽくないですね、その言い回し。」

「だってさぁ。なんでもない普通の日が誕生日だったならともかく、よりにもよって元旦だよ?」

そう。私の誕生日は一月一日。私一人に構っている暇などないほど、世界中がおめでたいムードに包まれる日だ。そのせいもあって、おおよそ誰もが人生のうちに何度も経験する誕生日祝いと言うやつを、生まれてこのかた一度も経験したことがない。

強いて言えば、家族親戚からのお年玉に心持ち色が付けられていることがそれに当たるのだろうけど、とにもかくにも私にとって誕生日とは、年始の行事に追われているうち、いつの間にか過ぎ去っている一日でしかなかった。

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「そっかぁ、クリスマスとか元旦生まれの人って縁起が良いなぁなんて思ってたけど、本人にしてみれば損な気分にもなるんですね。」

残念そうな言葉とは裏腹に、西住ちゃんはにこにこと山菜の歯応えに舌を弾ませていた。

「そうゆうこと。そんなことより早くお蕎麦食べちゃおうよ。もうすぐ除夜の鐘始まるよ?」

もう後二時間もすれば、陸の方から煩悩を鎮める百八つの鐘が鳴り始める。

この日学園艦は、年末年始を陸で過ごす人々のために大洗に寄港していた。とは言っても除夜の鐘をつくのは大洗ではなく那珂市の方だけど。

私たちもせっかくだから陸で除夜の鐘を聞いて、その後返す刀で大洗磯前神社で初詣を済ませようなんて、神様たちから節操がないと怒られそうな計画を立てていた。

何せ今年は神様に感謝したいこと、そして来年に向けてお願いしたいことが山ほどある。当たる先は多くても損はないはずだ。

はやる気持ちを秘め、私はまだ熱々の蕎麦を手繰り続けた。

一方の西住ちゃんは、よっぽどお蕎麦が美味しいのか終始笑顔を浮かべながら、特に急ぐ様子もなく味わって箸を運んでいた。

 

***

 

「西住ちゃーん、早く早くー。」

玄関先から奥の部屋に呼び掛けながら、私はふと自分の服装を一瞥した。パーカーにキュロットのラフなスタイルをまるごと包んで着ぐるみみたいなシルエットの、ぱんぱんに内綿の詰まったカーキ色のダウンジャケット。

一度西住ちゃんから

『ぬいぐるみみた〜い!会長可愛い〜!』

と言われてから、着こなしに迷ったときはこれを着るのが習慣になってしまった。

天気予報では外は冷え込むと言っていた。元々余り気味の袖を気持ち更に伸ばし気味にして、自分でも華奢だという自覚のある手指を隠す。

「お待たせしましたー。」

くたびれたスリッパのぱたぱたという聞き慣れた音と共に、ベージュのダッフルコートを纏った西住ちゃんが駆けてきた。

薄桃色のギフトバッグを小脇に抱えて。

「まだ少し早いけど、会長、お誕生日おめでとうございます。」

そういって差し出された包みを、反射的に受けとる。突然の事態に思考が置き去りにされてしまって、表情筋が指令系統を失いぽかんとした顔を浮かべてしまった。

「会長、前にも誕生日の事について話してましたよね。だから、こっそりプレゼントを準備してたんです。」

してやられた。

さっきからやけににこやかな顔をしていたのはそのせいだったのか。

戦車道のセンスではともかく、日常の所作における器用さでは私の方が上手だと自負していたのに、まさかこんな電撃的奇襲作戦を展開されるとは。胸の辺りから込み上げてきた熱が血流に乗って顔まで登り、頬が見るみるうちに紅色に占領されていく。

「開けてみてください。」

西住ちゃんは勝利宣言とばかりに、にこやかを通り越してにやけ面の域に達するほど口角を吊り上げながらこちらを見つめ、そう言い放った。

ここは素直に屈服するとしよう。ギフトバッグのリボンをほどき、取り出したのは一対の手袋だった。ライトブラウンのスエード生地はさすがに本皮ではないだろうけど、丁寧な仕立ての縫製を見るにそれなりの値段がしたであろう事は想像に難くない。

手を入れると、心地よい肌触りと共に指先までするりと通り、密着感の良い着け心地。

「早速着けてくれるんですね。」

「嬉しくって、つい。」

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開けてみてと言われただけで手を通せとまでは言われてなかったことに気付いて、照れ隠しで掌をグーパーして生地を慣らすふりをして見せる。

「あの、ね、西住ちゃん…ありがとう。すっごく嬉しい。私、誕生日プレゼント貰ったのって本当に初めてで…」

「じゃあ、わたしが会長にとっての“初めて”ですね。」

なんだかそれって如何わしい言い回しじゃない?ちくしょう今日はやけに強かじゃないか。いつの間にか逞しくなりやがってぇ。

この調子なら、わたしが卒業した後もしっかりやっていけそうじゃないか。

「そんなことより、いい加減出ないと本当に間に合わなくなっちゃうよ!ほら行こ?」

頬の熱が目頭に移り行くのを気付かれたくなくって、私は急かして見せて西住ちゃんの方に手を伸ばした。

西住ちゃんも手を差し伸べると、私よりも気持ち大きめなその掌が裸だった事に気づいた私は、一度伸ばした手を引っ込める。きょとんとした顔の西住ちゃんをよそに、戻した手から手袋を脱がして渡す。

「外は寒いし、西住ちゃんも手袋着けようよ。片方貸してあげるからさ。」

「でも、もう片方はどうするんですか?」

渡した手袋を素直に着けてそう訪ねた西住ちゃんの素手を、私も素手でひっ掴んでダウンジャケットのポケットに突っ込んだ。

「これなら暖かいでしょ?」

一転攻勢に出た私の行動に、西住ちゃんは呆気にとられてあわあわとした表情を浮かべる。ふふふ、私相手にいつまでも上手を取り続けようなんて甘いのさ。湯ダコみたいに耳まで真っ赤になった西住ちゃんを見てほくそ笑みながら、私は扉を開け放ち玄関を後にした。

 

ごぉん。

 

遥か遠くから、除夜の鐘の音が微かに鳴り響いた。ひょっとしたら年越しの瞬間には間に合わないかもしれない。まぁいいか。

神様に感謝することが、またひとつ増えてしまった。

繋いだ手がポケットの中で次第に温もりを増してゆくのを感じながら、陸へと向かう道のりを二人で歩き続けた。

 

説明
元旦生まれの会長は多分誕生日を誰かに祝って貰った事が無いんだろうなぁ、なんてことを考えながらかいた新年&会長誕生日SSです
実はぼくも会長と同じ誕生日だったりしますグッドニューイヤーグッドみほ杏
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