時雨と清霜 |
「時雨さーん。」
地平線の彼方まで響きそうな明るい声と同時に勢いよく自室の扉が開けられた。
見覚えのある姿にこちらが返事をする間も、訪れた彼女の名前を呼ぶ間も、あまりの勢いで開かれた扉のノブが壁に当たって痛んでいないかと心配する間もなく、呆然とただ机の前に座っていた時雨が声のした方へと目をやると、彼女と目が合った。
瞬間、間違いないと思ったのか、目を輝かせながら、興奮冷め止まない子供の様にこちらへ詰め寄り、言い放った。
「どうしたら強くなれるの。」
「え、えっと・・・。」
彼女と自分との顔の間は拳一個も入らないほど狭く、興奮したままの鼻息が直に当たり、その勢いに思わず引いたのだが、それでもグイグイと近づいては距離を詰められた。
清霜と面と向かって話したのはそれが初めてだったかもしれない。
「それで、清霜ちゃん、だっけ。」
押し掛けてきた清霜を落ち着かせ、一先ず自分のベッドへと座らせた。そして、彼女と面向かう様に椅子を移動させ、腰掛けた。
「強くなれるの、って言ってたけど、どうしてまた僕の所に?」
「うーんとね、ここの駆逐艦で一番強い、って聞いたから。」
「うーん・・・」
「もう少し詳しく教えてくれるかな。どうして強くなりたいんだい。」
「清霜はね、戦艦になりたいんだけど、」
「・・・うん。」
変な絵が浮かんだのは黙っておこう。
「それで、戦艦って武蔵さんみたいな強い人ばっかりでしょ。」
「武蔵?」
「ああ、あの。まあそう、かな。」
武蔵、という言葉を発するだけで興奮してる。余程どこかで彼女の姿が目に焼き付いたのだろう。
「それで色々と特訓してるけど、この間姉さんから、清霜は武蔵さんに、戦艦にはなれないって言われて、」
しゅんと背中を丸めて落ち込んだ。喧嘩でもしたのだろう。間違ってはいないだろうけども・・・。
「でも、清霜、諦めきれなくて、それならまず駆逐艦で一番強い人に教えてもらえば少しは近づけるかなって。清霜、そう思ったの。」
「成程。」
納得いくようないかないような。
「それで、時雨さんが一番強いって聞いたから、それでここに来たの!」
目をキラキラさせ、また詰め寄ってきた。
「強いって言われても。期待されて悪いけど、僕は強いだなんて思ったことは一度もないし、そんなに強くないよ。」
「えー。」
ケチとでも言いたげに清霜は口を尖らせた。
「えっと、清霜は僕がここ数か月出撃してないってこと知ってるかい。」
「えっ、そうなの。」
「うん。色々あってね。皆や君らには悪いけど暫く休養を頂いてるんだ。」
「知らなかった・・・。」
呆然とした後で、
「あれ?じゃあなんで朝霜は時雨さんが強いって言ったんだろ・・・。」
朝霜が言ったのか・・・。
少しため息をつきたくなったがまた後にすることにしよう。それよりも、
「清霜。」
「なあに。」
「少し思ったんだけど、どうして強く、戦艦になりたい、って思うんだい。」
「え、戦艦って強くてかっこいいから。」
当たり前、とでも言うようにポカンとした表情をしていた。
「うーん・・・。聞き方を変えようか。じゃあ戦艦になった後はどうしたんだい。」
「え?」
一瞬きょとんとした後、
「えへへーそれはねー、」
誰かをビックリさせるための内緒話でもするかのように笑みが顔から溢れだした。
「清霜はね、戦艦になったらみーんな守るの。朝霜も巻雲姉さんも勿論武蔵さんも。みんな、みーんな守ってあげるの。」
純粋だ。疑問に思うことも、無茶だと思うことも何一つない。ただ当たり前のことだと。
「ボクも、君達みたいになれば、」
ああ、そうか。彼女は、
「あ、」
こちらの様子など伺うこともなく、思い出したかのように清霜は喋る。
「もちろん時雨さんもだよ。」
彼女の振る舞いに少しだけ、少しだけ勇気を貰えた気がした。彼女がこのままでいてくれるなら、少しだけ前に進めそうな、そんな気がした。
「ふふ、ありがとう。」
「ねえ、清霜。」
「あ!強くなれる方法?」
「うーん、強いかどうかは分からないけど、皆を守る方法なら教えるよ。」
「きっとだけど、それは清霜が戦艦や強くなりたいと思う先の近道になると思うんだ。それで良ければだけど。」
「皆を守る・・・近道・・・戦艦・・・。」
考え込んでいるのだろう。うーんと頭を左右交互に傾けながら自分の考えを口に出していた。
「うん、教えて。いや、えーっと、お願いします。」
「ふふ、いいよ。そんなに畏まらなくても。」
「かしこむ?」
「遠慮しなくていいってこと。それじゃあ訓練場に行こう。君の射撃の腕前もみたいし僕も腕が鈍っているだろうしね。」
「え。射撃?」
嫌いな食べ物でも見つけた様な表情だった。
「清霜、射撃は苦手なのにー。」
「そんなんじゃあ、何時まで経っても戦艦にはなれないよ。」
「時雨さんも姉さん達と同じこというー。」
「僕も武蔵さんも最初は苦手だったけど、何度もやれば上手になるよ。」
「本当?あれ?武蔵さんのこと知ってるの?」
「うん、知ってるよ。」
武蔵さんも苦手だったんだ、と小声で言うと、
「うん。清霜、頑張る。」
「それじゃあ準備しなくちゃ!」
そう言ってどこか駆け出して行った後、部屋は嵐が過ぎ去ったかのように静かになった。部屋にぽつんと取り残された時雨は、
「皆を守る、か。」
時雨は椅子を元の位置に戻し、机の鍵のかかった引出の中を開けた。
中には封筒が一つだけ置いてあった。
封筒を引出から取り上げ、中を開けると写真が数枚入っていた。
風景のみの写真があれば、幾人かの集合写真もあり、その中には時雨も映っていた。
「あんなことを言うのは僕だけだと思っていたんだけど、」
写真を見つめながら、何かを思い出すかのように微笑した。
「君達がいたらなんて言ってたかな。」
一通り写真を見た後、少し胸を押さえ、一つ深呼吸をした。
写真を封筒へと戻し、引出の中へ、元の場所へと戻した。
「時雨さん、早く早く。」
「うん。」
廊下から準備を終えたのか、足踏みしながら声を掛けてきた清霜へと返事をするともうそこにはいなかった。あながち、嵐というのも間違ってはいないのかもしれない。
「ふふ。」
「それじゃあ、ちょっと行ってくるよ。」
封筒に声を掛け、鍵を閉めると自室を後にした。
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時雨(改二)と清霜 戦国鍋TVを見ながらお空で戦っていたら思いついたので供養します |
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