双子物語75話
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双子物語 75話

 

【叶】

 

 雪乃先輩のお見舞いをしてから翌日。朝方調子がよくなったことを聞いて

私も安心して一通りの講義を受けてから外へ出て背伸びをする。

 

 今日受けていた数が少なかったから早めに始まって早く終わった。

この後はどこかで少しゆっくりと休憩してから柔道部でも向かおうとした時、

気持ち良さそうな木陰で雪乃先輩が空を見ながら何やら考え事をしているのか

ぼ〜っとしているようだった。

 

 いつもはきちんとして効率良く動いていそうなイメージの先輩らしくないなぁと

思って私は声をかけた。

 

「雪乃せんぱい」

「あ、叶ちゃん」

 

 私がすぐ傍まで近づかないと気付かないとかちょっとやばいかなと思い。

 

「まだ風邪残ってるんじゃないですか? まだ養生しないと…」

「それはもう大丈夫。それよりね〜…」

 

 悩んでいるというより困惑しているような様子の先輩。

珍しいのは様子だけではなくて、無意識なのか簡単に私に相談をしてきたということ。

前の先輩なら自分の問題だけなら人に聞かないで解決するような人だった。

 

 それをいくら恋人である私にもそう軽く話してくれるのは相当なことだったのだろう。

 

「彩菜が叶ちゃんのとこにいったらって言われて…私、びっくりしちゃって」

「え!?」

 

「私…彩菜の気に障ることしちゃったのかなって…少し考えてた」

 

 言葉の最後には少し笑って見せてはいたけど、どこか痛々しく見えた。

だから私は先輩の傍にもっと密着してから雪乃先輩の顔を見ながら言った。

 

「そんなことないですよ!」

 

 私の言葉にびくっとしてから空を見続けていた視線が私の方にしっかりと向けられた。

 

「叶ちゃん」

「断言します。私とお姉さん、雪乃先輩に対して想ってるとこが似てると思いますし」

 

「変態のところが?」

「いえ、そっちの方ではなく…」

 

 目を逸らさず苦笑しながら私はお姉さんを思い出しながら呟いた。

 

「本心じゃなくても相手のためになるならって思ったからじゃないかなって」

「なるほど」

 

 私の感想に納得するように頷く先輩。その様子を見て気が大きくなった私はついでに

もう一言付け足す。

 

「それに私のことを認めてくれたのではないかと!」

「それはないかと…」

 

「あう…」

 

 調子に乗った罰か、あっさり否定されて落とされたショックで若干落ち込んだ私。

 

「あ、いや。叶ちゃん自体がどうこうってことじゃなく。彩菜ってどんな相手でも、

自分よりかなり格上の人間相手でも一度心に決めたことは覆さないから」

「うぅ…ではお姉さんから認められるにはまだまだってことですね…」

 

「んー、叶ちゃんに関してはけっこう好感高いと思うけど」

「そうですか!?」

 

「私が関わると極端にダメ姉な感じになっちゃうだけで」

 

 苦笑しながら言う先輩。困ったような嬉しそうなような、そんな複雑な表情を浮かべる。

でもその後スッキリしたような顔をして私に笑顔を向けた。

 

「何か叶ちゃんと話してたらもやもやが晴れたよ。ありがとう」

「いえ、そんな。私なんて話聞いただけだし」

 

「ということで、今夜から叶ちゃんのとこに泊めてもらっていいかな?」

「も、もちろんです!はい!」

 

 今の話をそのまま受け止めれば確かにそういうことになる。

最初は実感こそ湧かなかったものの、いざそうなると緊張してドキドキしてきた。

 

「…私の方こそ…逃げないで向かい合っていけってことだよね…彩菜…」

 

 私のテンションが最高潮になっていて先輩がその時何を言っていたのか

わからなかったけど私が振り向くと優しい眼差しを向けてくれていたから

大丈夫なのだろうと感じた。

 

 これからは先輩と一緒の生活。高校の時、寮でも一時期一緒の時もあったけれど

それよりも近くにいる感覚が強そうに感じられた。

 

 たった一つの部屋の距離の違いだけなのにすごく違って感じるのは私だけだろうか。

嬉しさのあまり私は大声こそあげなかったが、空に向かって大きく両手を振り上げた。

 

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***

 

「ごちそうさまでした」

 

 ここのアパートは特殊な作りでみんなで食事できるスペースが設けられていた。

食堂みたいな空間だと思えばわかりやすいだろうか。

 

 そこで料理を振舞ってくれる男性家主とその人と一緒に住んでる女の子。

女の子の方は体の方はあまり丈夫ではなく環境がいいところならば

普通に生活できるらしい。

 

 だから長い間、この場所に住んでいるという。

そんな二人も雪乃先輩が来てからは何でも美味しく食べてくれるため

料理のしがいがあると喜んでいてほぼ毎日全員の分を用意してくれている。

にしても…。

 

「今日も美味しかったです」

 

 爽やかな顔でお礼を言う先輩の目の前にある皿の量が半端ない。

山ができている。一枚100の回る寿司のごとく大皿を乗せているのを見てると

圧巻である。

 

 部屋に戻ると先輩を迎えるのに少し散らかっているのを急いで片付けた。

それが終わってまもなく先輩が玄関をノックしたので中へと招きいれた。

 

「どうぞ、汚いかもしれないですが」

「んー、大丈夫。綺麗にしてるじゃない」

 

 その綺麗な笑顔からやや後ろめたさを感じる私。

今慌てて片付けたんです…!と心の中で言った。

 

「せっかくだから、何か私が作ってあげようか?」

「へ?」

 

 先輩が持つ荷物の中にいつ買ってきたのか、食材の入った袋が混じっていた。

この人、あれだけ食べてまだ食べるつもりなのか…!

 

 体育系に所属している私でもびっくりな食べっぷりである。

高校時代でも先輩の食べてたのを見てきたし、大学の先輩たちの大食いっぷりも

見たけれど更に胃に入る量が増えてないか…?

 

 と少し心配になるくらいだった。

 

「先輩…そんなに食べて大丈夫ですか?」

「ん、今作るのはちょっとしたおつまみ程度のだから大丈夫大丈夫」

 

 そんな可愛い顔して鼻息混じりで台所に立たれては断るわけにもいくまい。

まるで武士のように大きく座り、待っているとゴマ油を炒めた匂いが鼻腔をくすぐる。

確かにこういう食欲を刺激するような匂いがしてくるとお腹が空く気がする。

 

 湯がいたほうれん草にベーコンを一緒にゴマ油で炒め軽く塩コショウで整えた

シンプルなものが目の前に来た。それと先輩はまた袋から何かを取り出して

テーブルにどんどん置いていく。

 

 お茶、ジュースの大きいサイズに調味料がいくつか。

 

「お好みで一味、七味、ラー油を足してみてね」

 

 つまみとはいっていたが、大きめな皿に盛るくらいの量はあった。

ほうれん草やベーコンをどれだけ使ったか聞くのも戸惑うくらい。

 

 でも言われて一口食べるとほどよい油気とコクと塩気が疲れた私の体に

沁みこんできてすごく美味しく感じられた。

 

「美味しいです」

「よかった」

 

 思ったのを適当に混ぜたんだけどって。時々そういう思いつきのを作って

自分で食べているらしい。

 

「そうか、これから叶ちゃんとこでお世話になると彩菜の料理も食べられなくなるのか…」

「お姉さんも料理を?」

 

「えぇ…お世辞にも上手いとは言えないけどね…」

「いったい、どんな料理を…?」

 

「コゲ」

「え…?」

 

「真っ黒の焦げた球体」

「えぇ…」

 

 まったく想像がつかない…。いや想像したら一気に食欲減退しそうだから

考えるのをやめにしよう、そうしよう。そう私は慌てて思考を断ち切る。

 

「でも不思議と…嫌じゃなかったのよね…」

「愛情がこもってるからですよ!きっと!」

 

「そうとしか思えないよね。ほんと…二度と食べたくないのにたまに食べたくなるあの味」

 

 そんなこと言われるとまた気になっちゃうじゃないですか…、先輩…。

今必死に考えないようにしているんですから…!

 

 そんな風に戯れてる間にいつしか夜も深く、辺りも静まり返っていた。

そこで気付いたこと。まだ私の部屋には雪乃先輩のベッドがないことに気付いた。

 

「あ、寝るとこ…どうしましょう。私、ソファで寝るので先輩はベッドを…」

 

 私が言い終える前に私の傍に寄ってきた先輩は私の前の方から急に抱きついてきた。

 

「一緒じゃダメなの…?」

「だ、だめじゃないですけど…!?」

 

 艶っぽい声にドキドキしすぎて少し声が裏返ってしまった。

ついでに言うと密着した時に先輩のいい匂いに頭の中がクラクラしてきて

何をどうすればいいのかわからなくなっていた。

 

「じゃあ、いい?」

「いいです!とってもいいです!」

 

 何を言ってるか自分でもわからないけれど、今出てきた言葉は天にも昇りそうな

気分だったからに違いなかった。

 

 それからそれぞれお風呂に入ってベッドに潜る。普段一人だと布団が温まるのに

少し時間がかかるけど、今は隣に雪乃先輩が寝ている。

 

 すぐに暖かくなるし、心地良いんだけど。先輩の可愛い寝息を聴きながら寝るには

今の私には難しい。今日は寝れるだろうか、そういう心配ばかりが脳内で駆けていた。

 

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***

 

【彩菜】

 

「何であんなこと言ったんだろ…」

「まだ言ってるの、アンタは」

 

 雪乃が叶ちゃんのとこ言ってから私はずっと同じことを繰り返し呟いていると

心配して見に来た春花は呆れた声で文句を言いつつも私の傍にいてくれた。

 

「雪乃のために言ったなら良いことじゃない。すぐ隣だし、いつでも会えるわよ」

「それはそうだけどぉ…」

 

 隣にいるのと同じ部屋でいるのとはまた違うものなのだ。

 

「じゃあ、取り消しに行ってくる? 泣きながら雪乃にお願いする?」

「そ、そんなことしないよ。実際、あの時一番楽そうにしてたのは叶ちゃんだったし」

 

 雪乃が風邪を引いた時、色々な人が見舞いに来たけどその中で一番リラックス

できていたのは悔しいけど私じゃなくて叶ちゃんだったのだ。

 

 だったら一番幸せになれそうなところで一緒になるといい。そう思った。

以前は上手くいかなかったらしいけど、あれから叶ちゃんも成長してるって聞いたら

これはもう…送り出すしかないではないか…!

 

 血涙を流しそうなほどの苦しい決断だった。

父親が娘を嫁に出す時ってこんな気持ちなのかもしれない。

 

「もう、うだうだと!」

「だって〜…」

 

「えぇい、黙りなさい。こうしてやる!」

 

 チュッ…。

 

 うるさい口には口で塞ぐ。春花らしいやり方だ。

でも、今の寂しい私には効果的であった。彼女の優しさ、温もり、香りが

私を満たしてくれる。

 

「…ありがと」

「こんなんで良ければいつでもいいわよ!」

 

 フンッて強い言い方をする割にはどんな私でも受け入れてくれるから。

そんな彼女だからこれまで続いていけてるのだろう。

 

「じゃあもう一回」

 

 こんなやりとりを何度かやっている内に夜も更けて私達はベッドの上で

じゃれあっている間にいつしか眠りに就いていた。

 

 いつかはもっと離れなくてはならない時も来るだろう。

いつ慣れるかなんてわからないけど、少しずつ雪乃と春花と、良い距離の関係で

いられることを私は願っていた。

 

続。

 

説明
妹のためにわざと突き放したような発言をするも
数秒後に後悔するシスコン姉と初めて見せた反応に
困惑しつつ少し寂しさが残る妹のお話。
注:姉妹二人とも彼女持ち
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オリジナル 双子物語 百合 姉妹 キス 

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