魔法の世界 第5話
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 そのに

 

 

 『魔法世界』に来て数日が過ぎ、あの日以降は今日まで何事もなく平穏な日が続いていた。

 結局四季さんとは学校で会えず、聞きたいことも聞けず、五円玉とライターはそのまま手元に残ったままだ。あの日、何年何組か聞くのを忘れたことを、つくづく不覚に思うわけだが、まあ今日はそんなこはどうでもよかった。

 

 今日は日曜日。空間移動装置を開発したリゼイン社に行くと決めていた日である。

 今は朝食を食べながら、お母さんと戦隊ヒーロー物の番組を見ている。

「う?ん『魔法世界』でもこういう番組はやってるんだね…でもなんでこんなの見てんの?」

「なんでって…お母さんの趣味よ?この後も続けてヒーロー物があるから日曜日はいいわー。あ、その後の魔女っ子物も見逃せないわね!」

 お母さんにこんな趣味があるとは全く知らなかった。それもそのはず、私は休日といえば昼まで寝てる派なので、お母さんの趣味を知ることなど出来るはずもなかったのである。

 案外面白いなとヒーロー達の活躍を手に汗を握りながら見ていると、いつでもボサボサ頭のお父さんが寝起きでさらにボサボサになった頭を引っさげて、あくびをしながら台所へとやって来た。

「本当に母さんはこういうのが好きだな。部屋中フィギュアだらけだよ。今度出る魔女っ子フィギュアも予約注文したんだから」

 

 二人の部屋がそんな魔窟になっていたとは知らなかった。お母さん殆ど末期だ。でも後で後学のためにこっそり覗いてみよう。

「あれ?そう言えばお父さん帰ってたんだ。仕事はもう終わったの?」

「ああ、やっと一段落したんで当分休みを貰ったよ。どうだ?今日久しぶりにどこかへ出かけるか?」

「ごめん!今日私行くとこがあるんだ。また今度ね」

 がっかりしたように溜息をつくお父さんの肩をポンと叩き、

「ごちそうさまーそして行ってきまーす」

 

 用意して側に置いておいたケータイや財布などをズボンのポケットに入れ、玄関へ向かう。

「それにしても、『魔法世界』でもこれは同じなんだね」

 それは壁に並べて掛けられている額縁。その中には私が子供の頃に描いたお父さんやお母さんの似顔絵や、クレヨンで書き殴った変な図形や、肩叩き券などが入っている。似顔絵はともかく、肩叩き券まで額に入れて飾る必要はあるのだろうか…

 よし、帰ったらこっそり肩叩き券を外して、『私と一日デート券』に取り替えておこう。

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 駅は家から徒歩十五分くらいの位置にある。いつもなら自転車で駅まで行くんだけど、どうやら『魔法世界』には自転車というものがないらしい。私の愛車もすっかり姿を消し、代わりに置いてあったのが長い杖や、箒だ。

「なるほどねぇ」

 歩きながら空を見上げた。平日の朝と違い、あの巨大な鳥の姿は殆どない。代わりに杖や、箒に乗った人がスイスイと空を飛んでいる。

「『魔法世界』なのに箒に乗ってる人がいないと思ったらこういうことか。平日の朝の空は、鳥専用になってるってわけね。危ないから。で、今日は日曜だから自由に飛べるわけだ。でも空を飛んで行けるなんて便利な世界だね。私は自転車がなくて不便だけど!」

 

 人が箒で飛んでるのを見ると、腹が立つし、情けなくなるし、むなしくなる。

 出かける前私は置いてあった箒にまたがって飛べるかどうか試していた。まあ案の定、箒は飛ばず、お父さんの物であろう杖でも試してみたが、無駄な努力だった。まあ飛べるなんて思って無かったけど、近所の子供が私の上を悠然と箒に乗って飛んでいるのを見て、人生って何て残酷なんだろうと思ったね。

「ふん!箒に乗れなくても私には足があるんだ!駅までなら歩けばいい!」

 ええ、負け惜しみですよ。負け惜しみですとも。

 

 

 十五分かけて、やっと駅まで辿り着いた私は、切符を買い、ホームへと下りる。

「『魔法世界』にも電車があってよかったよ。あ…電車じゃないか。魔力で動いてるみたいだし。魔力列車ってとこかな?」

 ベンチに座って、ホームを見渡した。何も変わったところはないが、ホームには誰も列車を待っている人は居なかった。それに、いつもならもう列車が来てもいい頃なのに、なかなかやって来ない。時刻表を見てみると、列車は一時間に一本。日曜日は自由に箒に乗れるため、あんまり列車の需要はないようだ。前もって調べておけば良かった。

 

「はあ…ここは私にとっては不便極まりないね…せめて自転車くらいは欲しいな」

 背もたれにもたれかかって、空を見上げながらぼやいて、ふと思いついた。

 そうだ!この前会った四季さん、どうやったか知らないけどライターを作っちゃったんだから自転車くらい簡単に作れるんじゃないか?今度会ったら聞いとこう!

 

 それからボーっと待つこと二十分。列車が来るまであとまだ二十分ほどある。こんなことならもう少しヒーローの応援をしてから、家を出ればよかったかな。待ち時間残り二十分というのはちょっと暇を持て余し過ぎる。よし、誰もいないしちょうどいい。情報番組のお姉さんが教えてくれたウエストに効くと言う体操を列車が来るまでやってみることにする。

 

 鼻歌交じりに腰をフリフリしていると聞き覚えのある声で、

「那美…ちゃん…?何やってるの?」

 急に話しかけられて、びっくりして飛び上がってしまった。声のした方に振り向くと、そこには友人の相沢友美ちゃんが残念な子を見るような顔をして立っていた。見られた!恥ずかしい!顔がにタバスコをかけられたように熱い!

「わあっ!友美ちゃん!これは違うの!ちょっと暇だったから体を動かしてただけで…決して最近ウエストが気になりだしたからやってたわけでなく…」両手をフリフリ言ってみる。

「本音が出てるわよ?那美ちゃん」

 友美ちゃんは笑いながら言い、私も頭をかきながら顔をトマトのように真っ赤にして笑う。

 

 こっちの友美ちゃんも私のことを知ってくれてるみたいでちょっとホッとした。『魔法世界』に来てから友美ちゃんとは一度も会っていなかった。私と友美ちゃんの唯一の共通点である科学部なくなってて、もしかしたらこちらの世界の友美ちゃんは自分のことを知らないのではないか、という思いもあって友美ちゃんのクラスの教室まで会いに行けなかったからだ。

 

 私達はベンチに座り、話し始めた。

「友美ちゃんもどこかに出かけるの?」

「ええ、ちょっと二駅先まで」

 おお偶然だね。私もそこまで行くんだよ。友美ちゃんは買い物?

「ううん…駅の近くにあるリゼイン社という所に行くつもり」

 目的地まで同じ?驚きを隠せない私を、友美ちゃんは真剣な眼差しで見つめ、

「…こんなことを言うと、何かおかしなことを言っているように思うかもしれないけど…」

 友美ちゃんは少し言葉を詰まらせた。でも、この後友美ちゃんがどんな言葉を発するのか私にはわかるような気がする。そして、意を決したように言った。

 

「実は私…『この世界の人間じゃないの!』」

 

 やっぱり。予想通りの言葉だった。もう今すぐ飛び上がりたい。まさかこんな近くに同じ境遇の人間がいて、しかもそれが友美ちゃんだなんて、めちゃくちゃ嬉しい。だけど、今はまだ顔に出しちゃいけない。友美ちゃんは尚も真剣な顔をして、私から視線をはずして深刻そうに俯いている。ここで笑顔なんて出したら、軽薄女と思われかねない。でも私の顔は嬉しくて緩んでくる。まだだ、堪えろ。友美ちゃんの居る方とは反対側の顔をつねって何とか耐える。

「…クラスの皆にもこのことは言ってないの。絶対真面目に聞いてくれないと思ったから…でも、那美ちゃんには知っておいて貰いたかったの…ごめんなさい…変な話して…」

 言い終わると友美ちゃんは黙り込んでしまった。よし、ここで笑顔を開放だ。友美ちゃんの肩に手を置いて、私の中の最高の笑顔で、

 

「ううん!全然変じゃないよ!私もこの世界の人間じゃないんだから!」

 

 友美ちゃんは、「え?」というような表情を浮かべて、こちらを見た。恐らく私も同じ境遇だなんて全く思ってもいなかっただろうし、まあそういう反応になるだろう。

「だからね、友美ちゃん。私も友美ちゃんと同じでこの世界に飛ばされて来ちゃったの!」

 友美ちゃんは驚いた顔で私の体をペタペタ触り、

「えっ!じゃあ…今ここに居る那美ちゃんは…この那美ちゃんは…私の知ってる…あの那美ちゃんなの?」

 嬉しそうな、でも泣きそうな、抱きしめたくなるような顔をしてこちらを見つめる。

「そうだよ!科学部の隅っこで座敷童してた美南那美だよ!」

 そういうと友美ちゃんは大声で泣きながら抱きついてきた。積極的!なんて一瞬思ったがそうではなく、友美ちゃんもこっちの世界に飛ばされてずっと不安だったんだろう。私は泣いている友美ちゃんの頭を撫でてあげた。

 

 一頻り泣くと落ち着いたのか、私の胸から離れ、座りなおして涙を拭きながら話し始めた。

「私、ずっと不安で怖かったの…周りの皆は私の知ってる人達ばかり…でも知ってる人だけど知らない人達…うまく言えないけど…そんな感じなの…」

 わかるような気がする。自分の知ってるクラスメイト。だけどその人達は全員魔法なんていう変態技を当たり前のように使う人達で、私だって不安だったよ。だけどここで友美ちゃんのように泣かないのは、精神的に強いからだろうか?

「最初はわけがわからなかった…皆、魔法なんて使うから…世界がおかしくなったと思った…でも…段々…おかしくなったのは私の方じゃないかって思い始めて…」

 

 『魔法世界の友美ちゃん』は、魔法の成績も優秀で、学年トップクラスだったようだ。でもここにいる〈元の世界の友美ちゃん〉は当然魔法なんて使えない。成績優秀だった『友美ちゃん』が突然魔法を使えなくなったことで、担任や魔術教師や両親が心配して、この〈友美ちゃん〉は病院にまで連れて行かれたらしい。物凄く辛かったに違いない。私だったらその時点で泣いちゃうね。

 

「そこで『突発性魔力失調症』と言われて…やっぱり私がおかしいんだって…」

 また泣きそうになる彼女の頭を撫でながら、

「大丈夫、友美ちゃんはおかしくないよ。おかしいのはこの世界の方。だからもう悩まなくていいんだよ。それにしても『突発性魔力失調症』か…ふふ…次の魔術の授業をズル休みする理由ができたわ…」あ、でもダメだ。私元から使えない設定だった…

「ふふ…那美ちゃんらしいわね」友美ちゃんは鼻を啜り、「だけどズル休みはいけないわ。私だって魔法は使えないけど、使えるようになろうと頑張ってるんだから」

「そうだね。ここで魔法が使えるようになって、〈元の世界〉に戻ろう!そしたら私達、〈元の世界〉では最強だよ!皆を驚かせよう!」

 

 その後、『魔法世界』に来た最初の日のことを話した。結界に閉じ込められて襲われたことや、どうして『魔法世界』に飛ばされてしまったのかその理由を。

 それを聞いて友美ちゃんは驚いたり、納得したように頷いたりしていた。

「それで今日、〈元の世界〉に戻るためのヒントを掴むためにリゼイン社に行こうと思ったわけ」

「私も同じ。それに、おかしくなったのは世界か私かということも知りたかったから…でもそれは今日那美ちゃんに会ったことで解決できたけどね。今日ここで那美ちゃんに会えてよかった。那美ちゃんの教室に行こうとも思ったんだけど…もし私のことを知らなかったらどうしようと思ったら、怖くて行けなかったの」

「私もだよ。だけどもう大丈夫!私達はこうして会えたんだもん。これから二人で〈元の世界〉に戻れるように頑張ろう!」

 

 私達はお互いの手を力強く握りあった。

 そこへ列車がやってきた。私達は決意を胸に列車に乗り込む。

 

 向かうは二駅先にあるリゼイン社。

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魔法の世界に飛ばされた女子高生 美南那美が秘密を解き明かす。
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