魔法の世界 第6話
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 目的の駅は市内でも一番賑わう場所だ。駅前には噴水があり、この辺りで待ち合わせと言えばここが定番だ。そして駅近くには大型のショッピングモールがあり、日曜日ということもあってか大勢の人が箒や杖で買い物に訪れている。いいね乗れる人は。

 私達は帰りに買い物に寄ることをお互いに確認し、まずは第一目標であるリゼイン社へ向かう。場所は列車の中から確認済みだ。

 ショッピングモールのすぐ近く、元々デパートだった地上八階、地下一階の建物。どこかで聞いた名前だと思ったのは〈元の世界〉に居る時に、ショッピングモールに来た時に見ていたからだろう。

 

「さて…どうやって中に入るかな…元デパートだけあって入り口は沢山あるけど…日曜だしどの入り口も開いてないよね…」

「大丈夫よ。会社の人に約束は取り付けてあるから。すぐ来てくれるって」

 友美ちゃんは携帯を切りながらあっさりと言ってのけた。

「ええ?なに?友美ちゃんってこの会社の人と知り合いなの?」

「違うわよ。父に頼んだの。ここの人とお話がしたいって。私の父国会議員だからその方が話が早いと思ってね」

 

 なんと…まさか友美ちゃんがそんな地位チート娘だったとは全く知らなかった…私のお父さんにも是非頑張って頂きたいものだ。…でもあのボサボサじゃ無理か。

「…ていうかそれって職権濫用じゃ…?」

「私も普段ならこんなことはしないわよ。でも今回は緊急事態だし…ね?」

 片目を閉じて笑顔でそう言う友美ちゃんは、さっき駅で泣いてた人とホントに同一人物なのかと疑いたくなるほどのしたたかさだ。はたしてどっちが本当の友美ちゃんなんだろうか。

 

 会社の人が出てくるまで二人でワイワイしていると、

「賑やかでいいわね。ええと…どちらが相沢友美さんかしら?」

 そう言って出てきたのはこの辺りでは絶対に見かけないような金髪美人のお姉さん。外国の人を雇うなんてこのリゼイン社って言うのは結構グローバルな会社なんだね。とりあえず、持ち前の英語力で失礼のないように挨拶をしておこう。

「え…えっと…はろ?!ぼんじゅ?る!ぐっばい!」

 

 我ながらアホな外国語を披露し、今日の仕事はこれにて終わり。クルリと反転して駅へ戻ろうとする。…が、襟首を掴まれ友美ちゃんは引き戻されてしまった。

「もう、落ち着いて那美ちゃん。確かに外国の人だけど日本語で話していたでしょ?」

「ああ!そう言えば!」

 私達の様子を見てお姉さんは笑い、

「こちらのしっかりしたお嬢さんが相沢友美さんね。でも今日は一人で来ると聞いていたのだけれど?」

「はい…でも彼女も私と同じで、空間移動のことについて詳しく聞きたいそうなんです。彼女も一緒じゃ駄目でしょうか…?」

「いいえ、結構よ。向学心を持った学生は大歓迎。さあどうぞ」

 お姉さんは私達を中に入るように促す。

 

 中はデパートの面影をそのまま残していた。所々にオフィス用の机などは置いてあるが、そちらの方が場違いに見えるほどデパートだった。ただ、ショーケースの中に入れられているのはこの会社が開発した小型魔力装置や大型魔力装置の模型などだ。

 

 昔まだデパートだった時によく親と一緒にここへ買い物に来た記憶がある。友美ちゃんも懐かしそうに、どこがどう変わっているのか確かめるように見回している。

「この辺に化粧品売り場があったんだよね。それで向こうに靴売り場があって…うわっ!マネキンもそのまま置いてあるよ!しかも服の代わりにメモがいっぱい張られてる…」

「社員さん達の連絡用みたいね…何というか…独特なセンスの会社ですね」

 友美ちゃんが苦笑交じりにお姉さんに言う。

「あるものは使わないと勿体無いでしょう?それに社員も結構面白がってやっているのよ?」

 入り口の鍵を閉め、こちらへお姉さんがやってきた。

 

「自己紹介が遅れたわね。私はリゼイン・ポートマン。この会社の社長よ」

 驚いた!てっきり受付に雇われただけの美人なお姉さんと思っていました。友美ちゃんも彼女が社長だということを知らなかったようで目を丸くして驚いている。

「あら?私が社長じゃおかしいかしら?」

 私達の反応に不満そうなリゼインさん。彼女はそういう反応をされるのが嫌いなようだ。

 でも、もう一度こちら見て今度はリゼインさんが驚いた。なぜなら私達は目を輝かせ、リゼインさんに羨望のまなざしを送っていたからだ。こういう反応はされたことがないのかリゼインさんはたじろいでいる。

 

「「すごい!カッコいいです!ぜひサインを!」」

 

 私達は息ぴったり、全く同じことを同時に言い、机の上においてあったペンとメモ用紙を持ってリゼインさんに迫る。彼女は顔を真っ赤にして、手を前でブンブンと振りながら、

「いやややや…わわ私はゆーめいじんでもないし…ささささサインとかはー」後ろへ一歩、二歩下がったところで、「そそそ…それよりも!空間移動の話をしましょう」

 顔を真っ赤にしてリゼインさんは私達のペンとメモ用紙を取り上げ自分の横のショーケースの上に置くと、私達を通り越して先の方へ進んでいく。当然私達は猛然と抗議したけど、それをリゼインさんは完全無視。一つ咳払いをし、手招きして私達呼び、ショーケースの中にある模型を指差す。

 

「これが空間移動装置の模型よ。本物の二十分の一の大きさね」

 それはこの前ケータイで調べたのと同じ物だ。でもグラフィックで見るのとはちょっと違う。模型といえどこうしてみるとかなり重厚感があり、立派に見える。飾り気は相変わらず皆無だけど。

 

「もう少しスタイリッシュにしたかったんだけどね。どうも研究者っていうのは頭が固くていけないわね。余分な物がないことが美しいんだって聞かないんだから。こんな飾りっ気もなくて無骨なものより、可愛くて綺麗な方が使う時も気持ちがいいと思わない?」

「そうですよね!形は変えられなくても色くらいは可愛いくして欲しいですね!」

 社長もそう思っていましたか!実は私もそう思っていました。私はリゼインさんの意見に激しく同意し、がっしりと握手を交わし、見つめ合ってコクリと頷くと、リゼインさんはケースから模型を取り出し、私は社員さんの机をあさって十二色入りの油性マーカーをみつけて、模型に色を塗り始めた。

「ここは…やっぱり赤ね。それでこっちが青で…」

「えーここは水色でー…あ!リゼインさん!そこは絶対ピンクですよ!」

 私達はどんどん色を塗っていく。そして数分後、ついにそれは完成した。

「出来た!完璧に完成よ!これこそ私の追い求めていた物よ!名付けて!」

 

「「リゼ・那美一号!」」

 

 色を塗った模型を友美ちゃんに紹介するように見せ、二人声を揃えて言い放つ。

「えっと…社長の名前を入れるのはともかく、開発に係わっていないただ模型に色を塗っただけの那美ちゃんの名前を入れるのは、開発した人が泣くのでは?」

 ご意見ごもっともだけど、しかし世の中そういうもんだよ友美ちゃん。彗星や新種の動植物の学名だって発見者の名前が付けられる。それと同じことなんだよ。

「今日はいい仕事をさせてもらいました。それではリゼインさん、私はこれで」

 一仕事終えて、颯爽と帰ろうとする私の襟首を捕まえて引き戻す友美ちゃん。「グッジョブ!」と言い、手を振って見送ろうとしていたリゼインさんにも、

「グッジョブ!じゃないですから!」

 とツッコミを入れ、本来の目的を思い出す。

 

「ああ…そうだったわね。今日は装置のデザインの話をしに来たわけじゃなかったのよね」

 リゼインさんは深呼吸をし、真面目な表情をして話し始めた。

「空間移動を誰でも出来るようになるのが人類の夢。それを実現しようと開発されたのがこの空間移動装置。公式名は『リゼ・那美一号』」

「それ、公式名にしちゃうんですか?い…いえ…まあいいです」

 友美ちゃんはそれはどうかと言いたかったみたいだけど、これ以上話が脱線するのを嫌ったのか諦めたように溜息をつき、そのまま続けるように促す。

 

「空間移動する時に最も大切なのが、空間の歪みをコントロールすることよ。大きくなりすぎると周りの物をすべて巻き込んでとんでもないことになってしまうから。空間移動魔法を使える人は先天的にそのコントロールが出来る人達。努力ではどうにも出来ない。だから世界で数えるほどしか空間移動魔法を使える人が居ないのよ」

 リゼインさんはその場を歩きながら説明を続ける。

 

「その人達はどうやってコントロールしているのか、実際に会って聞いてみたわ。すると脳内で歪みの大きさを高速計算していると言う答えが返ってきたの。移動魔法独特の複雑な計算式が存在して、その人達はそれを一瞬で正確に計算することができるらしいわ」

 難しい話になってきて私の頭からは湯気が出そうになる。でも友美ちゃんはきちんと理解しているようでリゼインさんに質問をする。

 

「では、その計算式を教えてもらえば誰でも空間移動出来るようになるのでは?」

「そうね。でもそれは不可能。才覚の無い人間には答えを出すことが出来ないの。だから装置を開発する必要があったのよ。でもそうね…あくまでも私の考えだけど、もしその計算を解ける普通の人間が居たとしても多分答えを出すまでに、八千年はかかるかしらね」

 絶句した。それってどんな計算式?ノート一冊じゃ到底収まりきらないだろうね。それに八千年もかかっては、仙人でもない限り空間移動する前に天国へ強制連行されてるに違いない。

 

「その計算をするのがネックになって、今まで空間移動装置は開発されなかったわけね。でも我々リゼイン社はそれを克服する技術を持っていたのよ」

「技術…?」

 友美ちゃんは首を傾げてリゼインさんに聞く。

「そう、リゼイン社が構築した『マグネット』よ」

 今度は私が首を傾げて、

「マグネット…?マグネットって磁石のこと?」

「違うわよ那美ちゃん。磁石のことじゃなくて『マジカル・グローバル・ネットワーク』のこと。この世界のインターネット接続サービスよ」

 ああ、そういえばこの前説明を読んだっけ。忘れてた。

 

「元々は念話の暗号化のために構築されたのだけれど、それが役に立ったわ。『マグネット』の処理能力は人間の脳の数万倍はあるのよ。システムを合理化させればもっと上がるかも知れないわね。とにかく、その『マグネット』の処理能力をもってすれば、そのくらいの計算は簡単にこなせるわけよ」

 そこまで言ってリゼインさんは溜息をついた。

 

「ただ一番大変だったのは、その複雑な計算式を『マグネット』に打ち込む作業よね…それはもう…大変だったわ…ふふ…ふふふ…」

 常人なら八千年はかかる計算式を打ち込むのだから、相当過酷な作業だったのだろう。リゼインさんはそれはもう怖い顔で不気味に笑っている。だからなのか、友美ちゃんはそれに触れないよう別のことを質問する。

「え…えっと…空間移動をするともなれば、魔力機関も相当特殊な物なんですよね?」

 質問に我に返るリゼインさん。

「そ…そうね。そっちの開発も苦労したわ。何せ頭の固い連中ばかりだし。もうちょっと柔軟に発想すればもっと小型化できたのに…あの連中ときたら…本当にあの連中ときたら…」

 ブツブツと文句を言いながら、ショーケースを指でコツコツと叩く。どうやら研究者に対して相当不満が溜まっているようだ。地雷が多過ぎて何も聞くことが出来なくなる。

 

「あら…ごめんなさい…こんなことあなた達には関係のないことだったわね…思い出したらイライラしちゃって…」リゼインさんは色を塗った模型をケースにしまい、「場所を移しましょう。立ち話も疲れるでしょう?八階に社員食堂を兼ねたレストラン街があるからそこでゆっくり話しましょう。あっちにエレベーターがあるからそれで」

 社長自ら案内してくれるらしい。でも何度もここへ来たことがあるので案内されなくてもエレベーターの場所はわかってるんだけど、ここは一応案内されておこう。

 

「でも懐かしいね。中も殆ど変わってないし」

「ええ。あ、エスカレーターもそのままよ。それからあそこにはカフェがあったのよね?今は休憩所になってるみたいだけど」

 私達はリゼインさんに聞こえないよう小声で、記憶の中のデパートと現在のリゼイン社を照らし合いをしている。…と、その元カフェの休憩室で何かが動くのを見た。友美ちゃんもリゼインさんも気付いていない。目を凝らしてよく見てみるとその動く物体は、私より頭一つ分背が低く、長い黒髪が背中の真ん中辺りまで伸びた女の子のようだった。私そんな子と何日か前に出会った気がするけど…まさかね。

「那美ちゃんどうしたの?リゼインさん行っちゃうわよ?」

「あ、うん。すぐ行く」

 

 返事をし、再び休憩所の方に目をやるともうその姿は消えていた。

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 八階のレストラン街は店の入れ替わりはあるものの、デパートだった時と何も変わっていなかった。リゼインさんによるとここだけは一般の人の利用も可能で、その売り上げはリゼイン社の利益になるらしい。魔力装置の開発に、ネットワークサービスに、飲食業。ホントに尊敬しちゃうね。リゼインさんの商才に感心しつつ、私達は社員さんに最も人気のあるというレストランへと入った。私と友美ちゃんは隣同士で、リゼインさん私達の対面の席に着く。

 

「何でも好きな物を注文してちょうだい。もちろんお金は私が払うから安心して」

 そう言うことなら、お言葉に甘えさせて頂きましょう。メニューにざっと目を通してみると食べ物から飲み物までどれにしようか迷うほど豊富に揃っている。だが値段を見て驚いた。紅茶一杯千円?

 

「高っ!ほ…ホントにいいんですか?」さすがに遠慮したくなる。

「いいのよ。社員割引で半額になるからね。高いのに社員に人気がある理由わかるでしょ?」

「なるほど…それじゃあ…遠慮なく」

 私は一杯千円の紅茶を遠慮も躊躇もなく注文。友美ちゃんはやっぱり遠慮したのか三百円のオレンジジュース。リゼインさんは八百円のコーヒーを注文した。

「いや…那美ちゃん…やっぱりここは遠慮するものでしょ?お金を払ってくれる人より高い物を注文するなんて失礼よ…」

「いいのよ。それよりも話の続きをしましょうか。何か質問はある?」

「じゃあ、私から。『リゼ・那美一号』を使って時空の移動って出来ますか?」

 

 いきなり核心(だと思う)を突く質問をしてみた。だが、こちらの事情を知らないリゼインさんにはその質問の意味がわからない様子だ。

「時空の移動というのはどういうことかしら?わかりやすく説明してもらえる?」

「えっとですね…今のこの世界は『魔法世界』ですよね。この世界とは別の『科学世界』があったとしてそちらの世界へ行くことが出来るかどうかと言うことなんですけど」

 『科学世界があったとして』と言ったのは、『魔法世界』においては、『科学世界』は夢物語であるためである。また、その逆も然りだ。マンガからの知識だけど。

 

「あなたは『科学』というものを信じているの?」

「あ…いえ…あったらいいなーとか、おもしろいなーとか思ってるだけで」

 そういうことにしておく。でなければこの世界では変人扱いされてしまうかもしれないからだ。私達にとってみれば、この世界の人全員が変人なんだけどね。

「面白い発想ね。だけどそれは無理ね。『リゼ・那美一号』は空間を歪めることは出来ても時空を歪める程の出力はないわ」

「じゃあ、時空ホールという言葉は聞いたことあります?」

「時空ホール…?さあ、聞いたことがないわね。それはどういうものなの?あなたが考えた新しい理論?それとも誰かから聞いたのかしら?」

 リゼインさんは身を乗り出して興味津々の様子で聞いてくる。

 

「えっと…一応人から聞いたんですけど…時空ホールって言うのは空間の歪みから出来るそうなんです。そこを通れば、別の世界へ行けるとか何とか言ってたんで…」

「面白いわ!その人はどんな人?」リゼインさんは目を輝かせ、ますます私に迫って、「いくつくらいの人?おじさん?おばさん?それとももっと若いのかしら?どこに住んでるか聞いてない?ぜひその人に会いたいわ!」

 手を取り、お願いするように言ってくるが、ごめんなさい、ちょっと言えません。なぜか四季彩花さんの名前を出すことに躊躇いがあった。彼女が秘密にしたがっていた事を私がポロッと言っちゃうかも知れないからだ。もしかしたら時空ホールという言葉もあんまり人に話さない方が良かったのかもしれないと、少し後悔した。

 

「私もその人の住んでる所は知らないんです。だから会うのはちょっと無理かと…」

 なんとか話を逸らそうとするが、リゼインさんは食い下がってくる。このまま迫られたら言わずにいられなくなる。どうしようかと思案しているその時、私を救う軽快な音楽がリゼインさんのポケットの中から聞こえてきた。ケータイの着信音だ。

 

「何よいいところなのに!ちょっとごめんなさいね」

 リゼインさんは席を立ち、私達に聞こえないように電話の相手と話している。それにしてもリゼインさんも若いね。いや、元々若いけど(多分二十四歳くらい)、着信音が日本の人気アイドルグループの曲だったからちょっと意外だった。こういう所も好感が持てる。そうしている間に注文した飲み物が届き、それを飲みながらリゼインさんを見ていると、

 

「なんですって?」

 

 いきなり大声を出した。びっくりして私と友美ちゃんは少し飲み物をこぼしてしまった。千円なのに…もったいない…ちょっと落ち込みながら紙ナプキンでテーブルを拭いていると、リゼインさんが近づいてきて、

「ごめんなさい。ちょっとトラブルがあったみたいで下に行かなくちゃいけなくなったの。話の続きはまた次の機会に。あ、そうそう、お腹がすいたら好きな物を注文して食べてちょうだい。支払いはリゼインでって言ってもらえばいいから」

 そう言うとリゼインさんは、熱いコーヒーを一気に飲み干し、店を出て行った。

 

「何があったのかな…?」

「さあ…私達には言えないことなんでしょう。それより、結局〈元の世界〉に戻る方法はわからなかったわね…空間移動装置でも無理みたいだし…」

「うん…出力がどうとか言ってたから、それを何とかすれば、何とかなるのかも知れないけど…どっちにしても、私達じゃどうしようもないね…」

 

 二人で重く息を吐く。どうも行き詰まってしまった感があるね。私は紅茶を啜りながら、

「ここに四季さんでも居れば、何かわかるかも知れないんだけど…」ポツリと言うと、

 

「呼んだ?」

 

 いきなり後ろから声をかけられて、またもやビクッとして飲み物をこぼしてしまった。滅多に飲めない高級紅茶なのにどうしてくれるのよ!涙目になりながら文句を言おうと後ろを振り向くと、そこにはどこから湧いて出たのか、四季彩花さんが私の紅茶物を欲しそうな目でをジッと見つめて立ち尽くしていた。

「だっ…ダメよ!これは私のなんだから!飲みたければ自分で注文して飲みなさいよ」

「わかった」

 そう言って四季さんは席を飛び越え、私の左隣に座ると店員さんを呼び、私の飲んでいるのと同じ紅茶を注文した。

 

「支払いはリゼインで」

 待て待て、何でそうなる?

 

「あなたの分までリゼインさんが払うなんておかしいでしょ?」

「大丈夫。あなたが二杯飲んだことにすればいい。問題ない」

 四季さんは私の肩に手を置き、キラキラした無表情で言い放った。呆れて声も出せないでいると、今度は右隣の友美ちゃんが私の肩を叩き、

「あの…那美ちゃんは四季さんと知り合いだったの?」

「え…う…うん、まあね…あれ?友美ちゃんも四季さんのことを知ってるの?」

 友美ちゃんも四季さんと知り合いだったとは驚きだ。もしかして私と同じ境遇の友美ちゃんにも私と同じ話をしたのだろうか?それにしては駅で話した時、何も知らない風だったけど…

 

「アイザワトモミが私のことを知っているのは当然。私達は同じクラス」

 ああ、なるほど。それなら知ってて当然だね。

「って、ええ!そうだったの?」

 また驚いた。それじゃあ、怖がらずに友美ちゃんのクラスに行ってれば、四季さんに会えてあのライターと五円玉は返せてたのか。やっぱり何年何組か聞いておくべきだった。

 

 ん?でもそれじゃあ…

 

「友美ちゃんが向こうの世界から来たってことも知ってたの?」

 四季さんに顔を近付けこっそり聞いてみると、紅茶を飲みながらコクリと頷いた。だったら初めて会ったあの日に言っておいてくれれば良かったのに。

 

「だけど、アイザワトモミには、あなたに話したことを話していない」

 なるほど、要するにリンクがどうとかいう話は友美ちゃんにも秘密にしておいてほしいということか。

「ところで…」私は、なおも小声で、「あなたさっき、一階の休憩室に居なかった?」

 その言葉を聞いて、四季さんの紅茶を飲む手がピタリと止まる。止まったまま動かない。震えることもなく飲む格好のまま、まさしく静止している。

 そして静かにカップをテーブルの上に置き、表情を変えずに言い放った言葉が、

 

「ソンナトコロニワ、イッタコトガナイ」

 

「やっぱりあんたか!」

 四季さんの頭を拳でグリグリしてやる。一方の四季さんは、グリグリされながらなぜバレたのかわかっていない様子で、頭の上に「?」が何個も飛んでいるようだった。あの言い方でバレない訳ないでしょ。今といいあの時の素人催眠術といい…まったく、面白い人だね。

 

「それで?あんな所で一体何をしてたの?…というか、どうやって入ったの?」

「先日、ナミから聞いた情報を確認するためにやってきた。日曜なら社員も少なく侵入しやすいため今日を選んだ。侵入口は二階入り口。セキュリティが甘い。私が善良な市民でなければこの会社の機密は外部に漏れていた」

「無許可で忍び込んでる時点で善良な市民とは言えないと思うけど?」

 そんなのどうでもいいというように、四季さんはツッコミを無視してまた紅茶を啜り始めが、

 

「あ」

 

 と、唐突に何かを思い出したかのように顔を上げ、カップを持ったままこちらへ振り向いた。なんでそんな少し申し訳なさそうな顔をしてるの。

「今、ミナミナミのことをナミと呼んでしまった。ファーストネームで呼んでしまった以上、私とあなたは一心同体」

「いやいや!意味わかんないし!」

「…もとい、ファーストネームで呼んでしまった以上、私とあなたは友人。私のことも彩花と呼んでくれていい。むしろそう呼んで欲しい。よろしく」

 そういうと四季さんは、カップを持っていない右手を差し出し、握手を求めてきた。なんか凄く強引な理由だけど、まあいいか。溜息を一つつき、握手に応じた。

 

「よろしく、彩花」

 そう言うと四季さん改め彩花は、嬉しそうなオーラを出し、なぜか頬を赤く染めた。するとまたなぜか、右隣に居る友美ちゃんまで頬に両手を当て顔を真っ赤にしている。

「ななな…那美ちゃん…握手をしたということは…しし…四季さんと一心同体になるということ?一心同体になるということは…はわわわだだだダメよ!えっちなのはいけないわ!」

「友美ちゃん…違うから…」

 私は涙目になりながら全力で否定した。

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魔法の世界に飛ばされた女子高生 美南那美が秘密を解き明かす。
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