異能あふれるこの世界で 第十話
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【阿知賀女子麻雀部部室・末原恭子 赤土晴絵 退出中】

 

 

やえ「いやあ、話を聞けば聞くほど教えを受けるのが楽しみになってくるな。私は晩成を愛しているが、それでも阿知賀を羨ましいと思う気持ちが止められんよ」

 

憧「喜んでいるところ悪いですけど、私らそんなにたいそうなことは教えられてませんよ。そもそもハルエってけっこう放任主義ですし、一緒になって遊びだすこともありますし。真面目に講義とか、やってくれるのかなあ」

 

やえ「新子。それはきっと、お前らに合わせていただけだ。確か、幼馴染ともう一度遊ぶためにインハイを目指していたんだったよな?はっきり言うが、そんな目的意識で本気の指導を受けたら潰れてしまうぞ。真面目にやるとモチベーションが保てないと判断されたからこそ、楽しさの範疇で指導をされていたんだと思うが」

 

憧「そうかなあ。昔からそんな感じだったから、真剣に教えてるハルエとか、ちょっと想像できないです」

 

やえ「ま、私は所詮余所者だからな。本当のところはわからんよ。ただ、苦しくて泣き出す奴や、逃げ出す奴なんていなかったんだろう?監督やコーチに一打の理由を延々と詰められたり、半荘どころか人格まで全否定されたりはしなかったんだろう?」

 

憧「いや、そんなのあり得ないですよ」

 

やえ「ところがよくある話なんだ。まあ、阿知賀の面々が高い素質を持っていたのかもしれないが、赤土先生は楽しませながら指導するやり方で結果を出した。しかも就任後、たったの数か月でインハイ団体戦の決勝だぞ?有り得ないにもほどがある。私はな、赤土先生がこのまま監督を続けるなら、インハイ史に残るような名監督になると確信しているんだ」

 

憧「そ、そうなんですか?私、ハルエ以外のコーチって中学の時くらいしか受けていないので、よくわからないんですけど」

 

やえ「今からでもいい。比べてみるといい。指導の的確さ、タイミング、練習量などなど、見るべき点はいくらでもある。うちの岡橋と同じなら、阿太峯だったか?」

 

憧「はい」

 

やえ「このあたりでは強い学校だ。しかし、始めたばかりでもそこそこ強いやつがいてしまうのが麻雀という競技だからな。中学あたりまでは集めた人数がほぼイコールで強さになる。母数が多いだけなのに強豪校扱いされているケースも少なくないから、ちょっと強いかどうかではないところを思い出してみてくれ。上手くすることはできたのか、強くすることはできたのか、みたいなところだ」

 

憧「そんなの急に言われても、細かいところは忘れちゃってますから」

 

やえ「結果から思い出せばいいさ。周りに指導で伸びた奴はいたか?みな着実に実力を向上させていたか?新子は現時点でも見所アリアリだが、岡橋はまだまだ時間がかかりそうな状態だぞ。中学時代は同レベルだったと聞いているから、申し訳ないが阿太峯のコーチングに信頼は置けない。そして同じ理由で赤土さんのコーチングの秀逸さが証明される」

 

憧「人の母校や恩師をボロクソに言わないでくださいよ……まあ、そうやって指摘されると、思い当たるところもありますね。中学の時は、強くなっている実感を今ほど感じていなかったかも」

 

やえ「だろ?少し思い返すだけでわかるということは、指導力の差も歴然としているということだ」

 

憧「ハルエ有能説は阿知賀の間で噂していましたが、まさか晩成のエースにそこまで思われているなんて」

 

やえ「思われるほどの人物なのさ。だから改めて言わせてもらう。赤土晴絵は打ち手としても指導者としても一流か、それ以上だ。そう信じているし、そうであって欲しいと願っている。我らの晩成高校が、二度も苦杯を嘗めさせられたのだ。伊達であっては困るよ」

 

憧「我らを二度も倒したお前は想像を越えるほど有能であってくれ、ってやつですね」

 

やえ「ははは。物語でたまに見る言い回しだな?まあそんな感じだよ。この講義を有意義なものにしたい気持ちは、恐らく末原さんよりも上だろう」

 

憧「初手でハルエに注意されるくらい気合入ってますもんね」

 

やえ「あれは悪かったよ。ただな、個人的な事情にはなるが、私は赤土先生の実力を認めてしまったお陰で裏切り者のような扱いを受けている。晩成には戻れない身になったのだから、せめて後悔しなくてもいいくらい強くなりたいんだ」

 

憧「は?なにそれ」

 

やえ「わからないか?連続で全国に出場していた晩成が、いきなりの一回戦負けだ。歴史を紡いできたOG連中が黙ってはいないのさ。鍛え直してやる、と言って乗り込んでくる輩が次から次へと後を絶たない。もちろん私たちレギュラーは何度も何度も吊し上げられたし、そんな私らにレギュラーを取られた部員たちも酷い目に遭わされている」

 

憧「ちょっ、マジ?私そういうの大っキライなんだけど。対戦相手が全国の決勝までいったのに関係なしとか、頭いいのに脳筋思考すぎでしょ。ちょっと今、晩成に行かなくてよかったーとか思っちゃった」

 

やえ「新子の性格なら、間違いなく揉めるだろうな。そして私も黙ってはいられない性質とくれば、わかるだろ?皆を守るために、先頭に立って迎え撃ったさ。しかし、腐ってしまったとはいえ晩成の卒業生。弁護士や検事みたいな司法だけじゃない。会社役員や実業家、あらゆる種類の専門家もいれば、政治家だっている。高校生が操る論理では勝てなかったよ」

 

憧「でも、他の代のメンバーなら勝てたってワケじゃないでしょ?なら、そいつらかなり無茶を言ってきていると思うんですけど」

 

やえ「無茶を言っているのは向こうでも、口を生業にしている連中は流石の一言に尽きる。詭弁使いとでも言うんだろうか。おかしいことを言っているのはわかるのだが、指摘をしているうちに押し負けているのだ。折々に挟んでくる人を人とも思わぬ物言いには、こんなにも感情的になれたのかと驚くくらいの怒りが湧いてきたよ」

 

憧「そんな……」

 

やえ「もう少し冷静でいられたら、少しはやりようがあったのかもしれんが」

 

憧「小走先輩も、わりと火が着いちゃうタイプですもんねえ」

 

やえ「ああそうだ。私は本来、部長など向いていないのだよ。慕ってくれる者もいたが、上に立つものは冷静かつ大らかなであるべきだと思う」

 

憧「んー。小走先輩も悪くないと思うけどなあ。私が晩成にいたら、初瀬と並んで応援してたと思いますよ」

 

やえ「む。そうか……まあその話は置いといてだ。無駄極まりない吊し上げパーティを切り上げたら、今度は対局を申し込まれた。弛んだ精神を鍛え直すとかいう、体育会系でよくあるアレだよ。インハイ予選よりも昂っていたから少々暴走気味で危うかったが、きっちりと勝たせてもらった。そして、ここで話が繋がる」

 

憧「繋がるって、何にですか?」

 

やえ「さっきの話じゃないが、物語でよくあるだろ?勝った方の言うことをきく、という勝負だったのさ。だから私は『赤土晴絵に教えを乞うから協力をしろ』と言った。赤土晴絵を宿敵としている、晩成OGたちの前でな」

 

憧「あはっ。そりゃまた随分な嫌がらせね」

 

やえ「それだけじゃないぞ。私にとってはまさしく一石二鳥だったんだ。内心では望んでいたことを、嫌がらせだと思わせながら実現できるんだからな。いい機会を与えてくれたことについては、そうだな、OGたちに感謝してやってもいい」

 

憧「うっわ、すごい上から。見下してますねー」

 

やえ「あいつらは『人としてどうか』というレベルだったからな。もう欠片ほどの敬意も抱けんのだよ。聞き苦しいかもしれないが、寛大な心で見逃して欲しい」

 

憧「別にいいですよ。きっと私なら、もっとボロクソに言ってますから」

 

やえ「そうか、助かる。ついでなんだが、周りには『今後の晩成のために、赤土晴絵を探ってくる。もう繰り返さないために』みたいなことを言っているんだ。話を合わせてくれると有難い」

 

憧「はいはい、わかりましたよ。で、本当のところは?」

 

やえ「私が強くなるために決まっているだろう。裏切り者?そう思いたい奴は思ってくれてかまわんよ」

 

憧「ハルエにこだわっているのは?有能ってだけ?」

 

やえ「インハイ予選でも個人戦でも、自分の弱さを突き付けられた。人並以上の努力を積み重ねてきたつもりだが、このような結果に終わってしまったのだ。ならば全く違った良い指導を受けてみたくもなるさ。今回の企画では期待したコーチングの方向性とはズレているようだが、どうやら想定よりも高度な講義になっているらしい。ならば私は私の今後のために、全力で協力するだけだ」

 

憧「貪欲ですねえ」

 

やえ「私はな、小三の頃にはもうマメもできなくなるほど打ち込んでいた。同年代では、全国有数の対局数だと自負している」

 

憧「それで?」

 

やえ「好きなんだよ、麻雀が」

 

憧「……」

 

やえ「もちろん負けても楽しい。しかしそれは、次に勝つための過程だからだ。努力してこそ意味があるし、次への意欲も芽生えるてくる。恥ずかしながら、高校の部活動は満足できない成績での引退となってしまった。ならばこそ、私は今、全く新しい努力の方法を求めている。その最たるものとして、また、今だからできることとして、赤土晴絵さんに指導をお願いしたかった」

 

憧「プロになったハルエをお金で呼ぶんじゃダメだったんですか?」

 

やえ「知らないのか?プロが行う指導は制限を受けている。所属チームだったり、スポンサーだったり、はたまた自分自身であったり。理由は様々のようだが、親身になって教えてくれると思っているのならそれは大間違いだ。しかし、赤土先生なら。私が伝え聞く赤土晴絵という人物なら。プロになる前に話を受けてくれさえすれば、私専用にカスタマイズした指導を行ってくれるのではないかと思ったんだ。末原さんを優先すると宣言された今であっても、その気持ちが燻り続けるくらいにな」

 

憧「私は置いてけぼりみたいですけどね」

 

やえ「おいおい、姫松の参謀による付きっ切りの指導を受けられるんだぞ?名門の情報収集法から始まって、分析手法や対策立案過程も学べるんだ。気持ちを入れ替えて、超ラッキーだとでも思っておけよ。来年の阿知賀、また今後の母校のためとでも思えば、少しはやる気も出るだろう」

 

憧「わかってはいるんですけどねー……なんだかなあ」

 

やえ「お前なあ、そんなんじゃせっかくのいい頭が台無しだぞ!気分屋が過ぎるんだよ。つまりそれは、メンタルに弱点があるってことに繋がるんだ。麻雀に直結するから、今この時から直していけ。いい打ち手が妙な卓外戦術やトラッシュトークの餌食になるのは実にもったいない。当人だけでなく学校にも迷惑がかかるし、応援してくれる人たちにも顔向けできなくなるんだぞ」

 

憧「でもさぁ」

 

やえ「でもじゃない!」

 

憧れ「むぅ……ん?」

 

やえ「お前も団体戦をぶち壊しにしたくは――」

 

憧「あ……ああっ!」

 

やえ「なんだ急に」

 

憧「末原さんが言ってたアレ!私と愛宕さんがやれば、愛宕さんがどのくらい勝つかってだけの話になるって」

 

やえ「む?……おお!そうかそうか、なるほどなあ……うむ。愛宕のしゃべりにいちいち反応して集中し切れない姿、私の目にも浮かんできたよ。新子の性格を見抜いているからこそ、あの発言に至ったというわけか」

 

憧「あの時はうるさい選手だなあとしか思ってなかったけど、確かに標的にされるとキツいかも……うう、否定できない」

 

やえ「しかし、阿知賀はあまり研究していないと言っていたはずだが、牌譜や映像では見抜けない性格把握も軽くクリアしているのだな。やはり、全国級の名門は違う。晩成もかくありたいものだ」

 

憧「情報、かあ……」

 

 

 

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小走さんの諸事情と、新子さんのアレコレと
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 麻雀 小走やえ 新子憧 

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