クラゲ
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 クラゲを飼いたいと友達が言うのでクラゲを飼うのは難しいらしい、というような話をつらつらとしてあげるとそういう情報が聞きたいんではなく、おれはクラゲを飼いたいので海に近い近所の公園の池に行こうという、何があるのかと思ったらそこは汽水域に近いので満潮の時間になると確かに水クラゲが水面にぷかぷか大量に浮かんでいることがあったなと思い、どうするんだと尋ねると釣るのだという、クラゲは果たして釣れるのだろうかまた釣るよりもタモ網で掬った方が早いのではあるまいかなどと思っているが、友人は釣り竿を持って外へ飛び出してしまったので仕方なく私も付いていくけれども、クラゲを釣ったりしたら密漁になってしまわないだろうかと心配で私は心許ない、最近、クラゲは某国が高く買ってくれるという話もありまた、クラゲの成分であるコラーゲンが化粧品にも良いというような話もあるので、クラゲを捕ることは違法なのではあるまいかまた釣るのにも漁業権がいるのではあるまいかなどとも思うが、まああれだけたくさんいれば問題はないとも思う、月夜の晩、クラゲが大量に川を遡上してくるので、そこを見計らって釣るのだと友人は豪語するが、餌はたべっ○動物などが良いというので近所の24時間開いているコンビニでたべっ○動物を大量に買う、こんなものでクラゲが釣れるのだろうかと思い、自転車に乗って友人の後を付いていくと月は巨大で明るく、スーパームーンかなと思ってググってみたが別段スーパームーンではない、友人の影が後ろに伸びていくのを私はチャリンコを駆って近所の池のある公園まで走っていく、月のある晩は月の匂いがするねえと友人が言いそんな馬鹿なことはあるまいと返すとそれは君の鼻がおかしいんだと友人が言う、私の鼻はおかしくない、多少鼻炎気味でブタクサの季節になると大へんだけれども。友人の電動自転車のモーターがペダルのアシストをしているのを私は普通のママチャリだからひいひい漕いで行くのである。近所の公園と言ってもそこそこ遠いので私は大へんだけれども、友人がたべっ○動物を途中で食べようと言って途中にある道ばたの段差に座ってたべっ○動物を食べる、クラゲに食わすよりよっぽど上等ではあるまいかと思うけれどもそれを言ったら何にもならないので、友人は江ノ島水族館で見たクラゲの展示がそこそこよかったので自分もあんなような展示をしてみたいと考え、クラゲを釣ることを思いついたのだというが、どうせクラゲに大した思い入れなどはなく友人は、何にでも興味を持ってイナゴのように興味を食べ尽くしては何事もなかったかのようにまた何でもない顔をして「それはニュー・ペインティングだね」とか「それはアルテ・ポーヴェラだね」とか言っているけれども本当は何にも分かっちゃいなくて、自分は本当は何が好きで何が嫌いかなんてことを考えたことはなくて、一度深夜に電話をかけてきて「おれは本当は何がしたいんだろう」と言って三時間ぐらいグズグズ言っていたことがあったけれどもあの時が本当に友人が自分が何をしたいのか考えていた唯一の時間と言ってもよく、他は皆無で、まったく頼りがない、お菓子を食べ終えて私たちはまた公園に向かい、夜の都道は広くても誰もいなくていいねえと言って友人が自転車を道路の真ん中まで漕いでいってナトリウムランプのオレンジ色の光に顔が照らされて危うく後ろから来たトラックに轢かれそうになってクラクションを鳴らされるのを友人は素早くかわして何でもなかったような顔をする、ほらまたそんな顔だ、君は本当にダメージを受けるということがないのであってそれが君の悪いところだと私は思うけれども、縁石で躓いて友人の自転車が少しだけ跳ね上がったときも友人はうれしそうな顔をしていて、こんな夜に、転んでしまったら本当に情けない気持ちになりそうなものだけれども、それはでも内に秘めた楽しい思いの前にかき消されてなくなってしまっているのだろう、腹で考えるんだよと友人は言う、腹で考えれば、何も思い悩むことなんてないんだみんな頭で考えすぎなんだ、と友人は自分の頭に人差し指を突きつけて自転車を漕ぎながら言って、私は片手で運転するのは危ないと思ったけれども、頭で考えるからだめなのかも知れないねと思ったりしてああなんだ私も結局は友人の言うようになりたいんじゃないかなと思うと私は自分がみじめな感じがしたりして卑屈になり卑屈になると蕁麻疹が出るから私は太股を掻く。

 公園で、夜はひっそりと夜になってから出てくるポケモンを捕まえるために近所から歩いてやってくるような人々がところどころにお地蔵さんのように突っ立っているのを除いたら人気も少ないし、快適な世界で、木立や植栽は真っ黒な固まりになってもう何にも見えない、私は世界がこんなふうな人口密度で誰も目配せをするばかりで言葉を発することもなく触れられることもなく自分のスマートフォンばかり見ているような世界だったらいいねえと言うとそりゃおまえ悲しい涙ぐむような世界さと友人が言い、友人はスマホを持って立ってる人にポケモン穫れますかと言って話しかけたらその人はびっくりして変な人を見る顔で遠くへ歩いて去っていって、今の人はポケモンじゃないんじゃないのと私が言ったけれども友人はへっちゃらな顔をしていて見ろよコラッタが居たよって言ってスマホを見せてくるけれども、コラッタはどこにでも居るだろうからぜんぜんレアじゃないんだよと私が言うと、クラゲを釣ろうクラゲをと言って友人はごまかして公園の奥の方の、潮の匂いがしてきて私は海が近いんだなって思う、海、潮干狩りに、今年も行かなかったんだなと思い出す。

 クラゲを釣ろうと言って釣り針にたべっ○動物を刺して水面に垂らして、私はクラゲなんて居るんだろうかと見ていると水面は金波銀波を返していくつもの月がたゆたっているのが見えて何だろうかと思っていたらそれはみんなクラゲで月の夜にはクラゲは川を遡上してくるというのは本当だったんだねえと言うと、それはクラゲの生態に関係があるらしいんだがおれはよく分からない、この間この公園を夜に散歩していたらクラゲがたくさんいたから、それで分かったのさという。友人の釣り竿にはクラゲが何匹も引っかかり、友人はそれを持ってきた水槽に次から次へとポイポイと投げ入れていくが、そんなに何匹も獲ったって飼いきることはできないのではないか第一クラゲを飼うのには潮水が居るのではないか、などと思っていると友人は平気さおれはクラゲの達人なんだといった。

 友人の持ってきた水槽にはたちまち四匹ぐらいのクラゲが入ってプカプカと浮かび月光に透かしてみるとなるほどクラゲは金色をしておりクラゲには自分の色がないんだってことがよく分かる、知ってるかクラゲは水中を常に漂っていなければならず自分の力で泳ぐことも多少はできるけれども基本的には水の流れがないといけないからモーターを使って水流を作ってやらなければならないんだって、そうしないと水の底の方にずっと沈んでいってしまってそこで弱って死んでしまうんだそうだ、まるでおれたちみたいじゃないかと友人が言うので私はそんな風に底の方で弱って死んだりなんかしないよというけれども友人は私の部屋を指してあそこはまるで深い水の中のようにいろんな本が溜まっていくじゃないかお前の部屋に積んである本の一番下の本なんて何年も前に読んだきりもう読まれていない本で紙魚が湧いてくるんじゃないか、あの部屋の濁った磨りガラスから表の道路の表面に塗られた自転車専用レーンの赤色の塗料を見ているとおれは深い水の底から水面を見ているように息苦しい、おまえは水面にあがってくるべきなんだよというので友人は思いついてそうだこのクラゲをお前にやろうそうしてお前が立派にこのクラゲを育てることが出来たらその時はきっとお前はもっと真人間になっていくらでも表に出ていったり人に話しかけたりすることができるようになるだろうというので、私は大きなお世話だしそれにあの部屋のお前のいう水の底にクラゲを置いておいたらクラゲは弱って死んでしまうよというが友人はクラゲを育成するためのキットというものがあってそれはどうせ商売用のキットではあろうけれども、おれはそれを買ってお前にやろうというので友人は早速夜でもやっている熱帯魚屋に行って薄暗がりの中でたくさんの暗くなっている水槽を見ながらクラゲを育てるのに必要なキットやまたその道具などを買いに行こうと行って自転車に乗って行ってしまい、私は一人残されて公園の池の縁に腰掛けて満月を見ていて、水槽の中に入っているクラゲと月を交互に見てぼんやりしている、私はもう急がないよとつぶやいて、私はここでずっと座っているのが今の私にはふさわしいんだよと言った。

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オリジナル小説です
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