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 感情のないアナウンスと急ぎ足のベルがその駅に鳴り響く。

 雑踏や喧騒、人の流れも無く、最早駅員もいないのではと疑うほど、周囲から隔絶されたように取り残されたその駅を、一人のスーツ姿の女性が急ぎ足で改札を抜け、奥の階段を駆けて行った。

 発車前の電車の中へと駆けこみ、車内のアナウンスが目的のものと合っていることを確認すると、ほっ、と胸を撫で下ろす。忙しなく響いていたベルが別れを惜しむかのように止み、出発の合図が鳴る。扉が閉まり、その舟は夜に向けて走り出した。

 

 彼女が乗り込んだその空間には、彼女以外誰一人居ない。

 目の前の空いた席の端へ、以降誰かが乗る時の為か、少し縮こまるように彼女は座る。片手に持っていたハンドバッグの中から折り畳み式の白の携帯電話を取り出すと、メールを打ち始めた。

『今からそちらへ向かいます。■』

 本文はそれだけ。

 後は送信ボタンを押すだけだが、

(本当に、)

(本当に迷惑ではないだろうか。)

 一瞬、過った考えが彼女を押し留める。既に、彼女自身、目的地へと向かっているというのに、心はどうしてか急に降ろされた錨のように置き去りになっていた。

葛藤する。

 先程まで走ってここへ来た彼女は、息を荒げることなく平然としていたが、この時は、目を閉じ、呼吸を整えていた。暫くして、胸に当てていた携帯電話を離し、決心したのか目を見開いた。

・・・・・・。

・・・。

 送信が完了しました、の文字がイラストともに画面に映っていた。

 ようやく呼吸が出来たと言わんばかりに彼女は深く息を吐く。

 ふと、正面を見ると窓に揺れる自分と目があった。

 

 揺り籠は、先に待つ闇を切り開くかのように迷いなく進んでいく。

 外の景色は絶えず暗闇に覆われ、どこかへ誘うような小さな明かり達が点いては、遠くへ行き、消えて、また点いてを繰り返す。周期的に揺れる振動と音が、身体に沁みては通り抜け、時折響く汽笛は、ここだけでなく、遠くの彼女らにまで届きそうな程大きいものだが、どこか心地よかった。

 疲れていたのか、その心地よさからか。

 次第に、彼女の意識は深く沈んでいった。

 

 

 

「どうしてですか!」

 声が震え、絞り出すように出したその一言は、どれだけ加賀が怒りに震えていたかを如実に現していた。

 彼女に相対する男は、そんな彼女に怯む様子もなく、続けた。

「彼女が決めたことだ。」

 一番、一番傍にいたのに。

・・・いたはずなのに。

 

 航空母艦赤城が除隊した。

 赤城さんは私に何も言わず、遠くへ行ってしまった

 

 暫くの間、赤城さんが不在の生活が続いた。

 彼女と同じ部屋にいたわけではなかったが、無気力さがいつも自分を襲ってきた。

 ただ、私はここから離れようとしなかった。

 彼女への思いはここに留まり続けるほど小さいものだったのか。早くここを飛び出し、彼女を追え。声高い私が言う。

 赤城さんがどこへいったのか分からない。闇雲に探し、時間を浪費するのは無駄だ。もしかしたら帰ってくるかもしれない。冷静な私は答える。

 私は、冷静な私が嫌いになった。

 

 私は変わるのを恐れていたのだ。

 赤城さんが私に何も言わずいなくなった時、裏切られたのだと思った。同じ時間を共に過ごし、沢山の時間を共有してきた。なのに、一言もなかった。二人でいる時間に比例して、こんなにも離れていたのか。そんなことすら思いもした。

 でも、それでも、この気持ちだけは嘘ではなかった。嘘ではないと信じ続けた。

 会いたい。

 飛び出す気持ちを抑え、ここに留まり続けているのは、赤城さんのように変わってしまうことを恐れたからだ。

 もし、飛び出して赤城さんを見つけることが出来なかったら、赤城さんのことを考えず、この彼女への想いすらもなくなってしまうようなことがあるかもしれない。

 万に一つもないにせよ、そんな風に私が変わることを考えることがとても恐ろしかった。

 だから、それをいらないものだと切り捨て、変わることを恐れてこの場所に留まった。

 この場所にいれば、赤城さんは戻ってくるかもしれない。

 幸か不幸か、赤城さんを、赤城さんへの思いを忘れることはなかった。

 

 私は、彼女がいないだけでこんなにも弱く、脆かった。

 

 

 戦う日々が終わった

 思い思いに私達は動いていく。

 夢を追い動くもの。希望を見出し動くもの。悲観しながらも向き合っていくもの。流れに従うもの。そして、私のように留まるもの。

 この場所から離れることを、変わることを恐れた結果は、いたずらに答えを先延ばしにしただけだった。

 赤城さんは帰ってくることはなかった。何かの便りもなかった。

 こんなことならば、いっそ何も言わずに消えるべきだったのかもしれない。

 離れゆく日々が近づいていくるというのに、私はいつものように弓道場に来てはいつもと変わらない所作を繰り返す。不思議と心が落ち着く。いや、ただ気を紛らわしているだけだ。身体を動かす間だけは何も考えずに、何も考えないようにしていた。

 そんな私を見かねてか、提督がある計らいを提案した。

 

 赤城さんは外の社会で働いているのだという。

 私達があの場所から離れた後のことは余程のことがない限り、秘匿にし、干渉しないことが決まっているのだが、遠くから見つからないように見る分は問題ないだろう、と。

 彼女を一目見ることができる。未だに変わらない私に断る理由はなかった。

 

 そして、見つけた。

 遠くから眺めたいつもと違う彼女は、いつも見ていた彼女よりもどこか綺麗に見えた。

「赤城は言っていたよ。」

 提督が言う。

「戦いが終わると、必要なくなった私たちはどこへ行くのか。もしかしたら離れ離れになるのではないか、ってな。」

 

 赤城は続ける。

「提督。私、取り柄がないんです。正規空母などと言われても、戦績は加賀さんに負けていますし、後に続く皆さん達が私よりも優秀なのは自明の理でしょう。」

「なので、私がいてもしょうがないのでは、と思うことがあるのです。慢心などではなく。そして、私が次に行くべき場所はどこか、と考えました。」

「戦いが終わった後、私達が必要なくなった時、私達はここを離れることを余儀なくされるでしょう。その時、私達は外で生きていけるのだろうか。そんな疑問がふと過ったんです。」

「前例もなく、大変な道だとは思うのですが、私はそれをやってみたいんです。」

「加賀さんには内緒にしておいてくださいね。きつく言われそうですし。私だって離れるのは辛い事なんですよ。でも加賀さんとずっと離れ離れになったり、無理して一緒に暮らしてひもじい思いをするよりも、今ほんの少しだけ離れて、幸せに、一緒に居れると思えば、大したことでは・・・。そうそう、立派に独り立ちしたら手紙を送りますね。」

「それと、提督。加賀さんが時間外哨戒任務の日付って分かります?」

 

 

「赤城は何も取り柄が無いと言っていたが、優しさ、というのか、それは鎮守府一だったよ。」

 私は、私はなんて子供だったんだろう。

 遠く離れていった赤城さんは変わっていなかった。いつも私の前にいたあの人だった。ただ懸命に、先を、道を探していただけだ。それを無視して、変わったのだと思い込み、拒んで、ただ傍にいてくれればいい、と彼女を、彼女の石意志を蔑ろにしていたのだ。

「私は、」

「私は我儘です。」

「そうか?」

 提督が呆けたように返す。

「さっき赤城を鎮守府一優しいと言ったが、」

「裏を返せば、彼女は鎮守府一我儘なんだよ。」

「彼女の優しさが、彼女の思う通りに皆を動かしていたわけだからな。」

「加賀。ほれ。」

 赤城さんから提督宛の手紙を渡された。

「お前はどうする?」

私は・・・

 

 

 

 寝てた・・・の?

 目を覚ましても揺り籠は変わらず、同じように揺れては音を刻んで走っている。

 ふと、手に握りしめていた携帯電話のライトが点滅していた。

 メールが届いていた。しばらく眠気眼だった彼女の目はメールか、と一蹴したがよくよく思い返すと自分が送ったメールの返信かもしれない。

 慌てて、携帯電話を開くと彼女からの返信だった。

『みんなで待ってますよ。』

 赤城さんから。

 それと、写真が一枚。

 見覚えのある顔が4人、映っていた

 ほんの少し、彼女の表情が緩む。

『もうすぐで着きます。』とだけ書いて、迷わず送った。

 汽笛が夜に響く。もうすぐ彼女の街だ。

 この音も彼女に届いているだろうか。私の答えを乗せたこの音が。

 

 

説明
空想委員会「23:50」より

加賀さんのお話
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