ミラーズウィザーズ第三章「二人の記憶、二人の願い」11 |
〔……何か書いておったか?〕
『魔女』の代表格に数えられる魔女ファルキンだ。『魔女』の歴史を記した書物には多くの記載があったであろう。
「わかんないよ……。色んなことが書いてあるから」
やっと観念したのか、エディは胸元に抱きかかえていた書物をユーシーズにも見えるように地面に置いた。
〔どれどれ……、魔女ハ細イ其ノ牙ヲ――其スルトスルト、彼ノ間ニ――、読めん。何じゃこの変ちくりんな文体は〕
魔女に不似合いのしかめっ面に、エディは親近感を強めた。元より自分と同じ作りの顔が妙に愛おしい。
「ユーシーズ、魔女のくせに文法苦手なの?」
いつもはとられている揚げ足をとれたと、エディは無邪気に喜ぶ。そういうところが子供っぽいのだとの自覚はないようだ。
〔馬鹿にするでない。読み書きぐらい出来るわ〕
とは言うが、ユーシーズが文字を読んでいる所をエディは見たことがなかった。エディが勉強中に覗き込んでくることはあったが、文章を読んでいたという記憶はない。
エディに侮られるのが気にくわないのか、ユーシーズはエディを見下ろす為に少し浮き上がると大きく胸を張る。
もし本当に彼女が魔女ファルキンなら、彼女が歴史に現れたのは三百年も前の話なのだ。今の教育水準とはまったく違う時代だったことは、エディにも簡単に予想出来た。しかし仮にも『魔女』の名を冠するユーシーズが文法を修めていないというのも不自然な気がした。
「だったら、どうして読めないのよ?」
〔……語順が変じゃのう。単語も少し意味の通らんものがある。これは我の知る文法ではないの。恐らく書き言葉が昔とは少し違うのじゃろ〕
「でも言葉なんて、そんなに変わったりしないと思うんだけどなぁ」
〔くくく、何を呆けたことを言うておる。言語など時代時代で移り変わってゆくものじゃ、三百年生きておる我が言うのじゃから間違いないわ〕
そいうえばエディも古い文献を読むときは苦労したことがある。ただ、落ちこぼれのエディは古い魔道書で勉強するほど学習が進んでいないので失念していた。
(た、確かにそれは説得力があるけど……)
〔けど、なんじゃ?〕
エディの心中の呟きに、ユーシーズが問い返す。
(どうやってそんな長生きしているのかなって。この本に書いてある通り、ユーシーズって不老不死の吸血鬼なの……?)
それは前々から疑問に思っていたことだ。ユーシーズ・ファルキンには不明なことが多い。どうしてエディと同じ顔をしているのか。どうしてまだ生きているのか。エディには量り知ることの出来ない不思議であった。それも『魔女の秘術(ウィッチクラフト)』の一つなのであろうか。その答えも、歴史書に求めたが、どうにも要領の得ない文献しか残っていない。
〔我が吸血鬼かえ? くくく、何じゃそれは。これは傑作じゃの。我は人の血など飲んだことはないがの。考えるだけで喉越し悪いではないか〕
ジュルリ、と、わざと舌なめずりするような仕草をしてみせるユーシーズ。それは慣れない演技であることはエディにだって手に取るように知れた。ユーシーズは人の血など吸ったことはないと確信が持てた。
(……ユーシーズって魔女の割に、言うことが結構、常識的だね)
〔主、我を馬鹿にしておるのかえ?〕
不満の表情を隠さず、ユーシーズはエディの鼻先に顔を寄せる。
幽体の魔女は時々、執拗なまでに近付いてくることがある。エディも多少は慣れたが、それでも動悸が跳ね上がる。
「し、してないよ。歓心してるんだよ。……なのに、魔女戦争のときに人を殺して回った、って書いてあるから、私……」
間近にある幽体の顔から目を逸すエディ。とても目を合わせる気分ではなかった。
本当に、目の前の自分と同じ姿をした存在が人を殺したのか。もし殺したのなら、どうしてそんな状況に追い込まれたのか。色んな想像がぐるぐる巡る。そんな思い全てが本人に漏れていることを知っても、やめられないものがある。
〔何を勝手に落ち込んでおる。主には関係ないことじゃろうに〕
「でも!」
ユーシーズの言い口が腹立たしかった。それ以上に素直に悔しいと言えない自分を叱り飛ばしたいとまで思う。
確かに関係ないと言う魔女の言葉は的を射ている。魔女戦争終結から既に数世紀が経っている。そんな時代に生まれた落ちこぼれ魔法使いのエディが、亡霊に等しい魔女にしてやてることなんて何もない。
〔関係ない。そうじゃ、関係ないのじゃ、とうに昔の話じゃ〕
それはユーシーズの方が熟知しているのか、幽体の魔女は明後日の方に目をやり静かに言葉を紡ぐ。
「……やっぱり教えてくれないんだね」
〔我に昔話を語れと?〕
「……嫌なら別にいいけど」
〔嫌というわけではないわ。しかしじゃ、言い訳臭くなるのは好まん。あれは確かに我の罪。死ねなんだ我の罪じゃ……〕
「あれ? あれって何のこと言ってるの? 死ぬって何?」
やっとにして聞き出せるのかと、エディはユーシーズの言葉に食い付いた。そうまでして、どうしてこの幽体の魔女のことを知りたいのか、エディ自身にもわからない。
説明 | ||
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。 その第三章の11 |
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