異能あふれるこの世界で 第十一話 |
【阿知賀女子学院・麻雀部部室前】
恭子「おわっ! なんでドアにくっついて聞き耳立てとんですか?」
赤土「あっ」
恭子「あーゆうてる場合ですか。知らん人が見たら、完全に不審者ですよ」
赤土「マジでっ?いや、なんか私、中ですっごい褒められてるみたいでさ。ちょっと落ち着いてから入ろうかなあと思って」
恭子「聞こえんかった振りしとけばええやないですか」
赤土「でもなー……せっかく褒めてくれてるのに、止めちゃうのってなんかもったいなくない?」
恭子「うわぁ……」
赤土「えっ?なにそのドン引きっぽいリアクション」
恭子「麻雀強い人はどっかまともやないってのは聞いたことありましたけど……さすがにこれは」
赤土「いま私含めたっ?はやりさんや野依さんあたりにくらべたらはるかに真っ当だからっ!」
恭子「その人らのプライベートとか、知るわけないですやん」
赤土「なら姫松の監督たちはどう?」
恭子「赤阪監督はとんでもなかったですけど、善野監督はそうでもなかったですよ」
赤土「えっ?」
恭子「んんっ?」
赤土「ああ、そっか。恭子はそうなんだってね。善野さん、コアなファンが多いからなあ」
恭子「それ私に喧嘩を売ったっちゅうことでええんですかね?」
赤土「まさか。初手から関係悪化とか勘弁してよ。まあ冗談はおいといて、電話はどうだった?しっかり話してたみたいだけど、いい話はできた?」
恭子「そりゃもうたまったま仕事の出番がやや押しになったお陰様で、ありがたーいありがたーい麻雀とは全く関係のない日常の話をたーんまりと」
赤土「うわー……会ったこともない高校生にまでやらかしちゃったかあ」
恭子「もし瑞原プロに会うことがあったら、近所のおばちゃんと変わらんくらいの対応してまうかもしれませんわ」
赤土「見た目が良すぎるだけで、おおむね間違ってないんだよなあ」
恭子「麻雀もすごすぎですけどね」
赤土「なんか言われた?」
恭子「インハイん時の話を、ちょっと」
赤土「せっかくだから言ってみ。私も聞いときたいから」
恭子「回数はあがってたみたいだけど、次へ進むためのプラン通りに打ててたの?何回のあがりが必要になるのかをわかってやってたの?ちゃんと見抜かれるリスクを考慮した上で、早あがりをやってるんだよね?などなど」
赤土「ふーん。で、どう思った?」
恭子「きついとこ突かんといてくれ、と。真面目な話、勝つための段取りもかなり詰めとったんです。でも、そんなんが通用する麻雀はほとんどさせてもらえませんでした。特に二回戦からは、一人の異能を見切って対処しても次から次へとやばいんが出てきて……正直、一番得意な早あがりでかわし続けることしか、やれることが浮かばんかったんです。そんな誰にも言うてないことも、見抜かれてました」
赤土「面白いだろ。決勝に進んでいない選手でも、しっかりと頭に残っているんだ。だから急に話すことになった相手にも、大事なことを指摘してあげられる」
恭子「けど、準決の麻雀は私なりによう打てたつもりでした。牌も上手く来てくれましたから、あれが私の限界言うてもええくらいの出来です。負けはしましたが、それでも――」
赤土「振り込まなかった。あがり回数が最多だった。二位と100点差だった。姫松の監督たちからなんて言われたかは知らないが、よくやったって気持ちはあったと思うよ」
恭子「私が負けたのに、誰も、なんも、責めてきませんでした」
赤土「あれ以上を望むのは酷だ、って感じなんだろうね。私としても、恭子はよく打てていたと思う。でもなあ……誰が何と言おうと、もしくは言うまいと、さ。恭子自身があの戦いに満足してないんだから、辛いとこだよな」
恭子「っ……」
赤土「今でもあの戦いを夢で見て、どうにかできなかったのかと考え込む。打開策はいくつも浮かんでくるけれど、それを試す機会は二度と来ない。でも、やっぱりまた考えてしまう。その繰り返し」
恭子「……」
赤土「そんなに驚くなよ。頭を使う選手はだいたいそうなるんだって。姫松と仲がいいとこで言えば、千里山の船久保あたりも似たような状態になってるかもな」
恭子「そんな、もんなんですか?」
赤土「ああ。私もそうだったし、はやりさんもそうだった。わかっているからこそ、ちゃんと突っ込んでくれたんだよ。で、なんて答えた?」
恭子「なんで私みたいな選手に細かいとこ突っ込めるんですか、って聞いてみました。そしたら、インハイ楽しいからいつも生で見てるんだよ、って。別に録画を何度も見直したとかじゃなくて、一回流して見ただけみたいで」
赤土「プロが麻雀を見るってのはそういうことだ。恭子もそのうちわかってくるよ。ずっと麻雀のことばかり考えていたら、脳が大事な情報として扱うようになっていく。麻雀の記憶が自動的に、最優先で残るようになるんだ。その時点まで来て、やっと始められる手法だってあるんだぞ」
恭子「こんなん言うてええかわからんのですけど……なんか、話しててちょっと怖なったんです」
赤土「わかるよ。当たり前さ。絶対に勝てない存在だって、突き付けられているようなもんなんだから」
恭子「プロになったら、あんなんと戦わなあかんのですか?」
赤土「おいおい、さっき言ったろ……って、そういや相手はボカしたか。私はこの間、はやりさんたちと東風打って勝ってきたぞ。やってみれば意外といけるって。今の恭子でも、百半荘くらい全力で打つ気力があるなら一回くらいはトップを取れるさ」
恭子「はは……トップ取れるて言われたことを喜んだらええのか、トップ率1%て言われたことを悔しがればええのか。なんやもう、ようわかりませんわ」
赤土「まあじっくりと考えてみろよ。恭子ははやりさんに勝つなんて考えたこともない。対して、はやりさんは恭子の全力を見ている。事前準備では完敗ってわけだ。しかも、対局中の観察力や分析力にも圧倒的な差がある。総合的な実力差は、打てば打つほど広がっていくことになるだろう」
恭子「……得意の早さでも絶対に勝てん相手ですから。なにやったらええかわからんくなりそうです。百打つ前に心が折られてまうような気がします」
赤土「絶望的な状況だよな。でも私なら、1%ほどの勝ち筋でよければ見せてあげられる」
恭子「私には見えんでも、赤土さんには見えるんですね」
赤土「ああ。というかさ、恭子は難しく考えすぎなんだよ。当たり前の話だけど、高校時代のはやりさんは今のはやりさんにボロ負けするんだぞ。今の恭子がはやりさんに勝てないってのは、受け入れれちゃってもいいんじゃないか?”今はまだ”って気持ちを持ち続けられるのなら、だけどな」
恭子「積み重ねた時間がちゃいますか」
赤土「濃度もね。その辺も教えるつもりだから、気になるなら覚えとくといい」
恭子「はい」
赤土「しっかしお前、もったいないことしたなあ」
恭子「もったいない、ですか?」
赤土「早あがりの大家が気になったポイントを指摘してくれたのに、回答を聞かなかったってのはマズいだろ。好きで牌のおねえさんをやってる人だぞ?はやりさんならどうしてましたか、って聞いたら喜んで教えてくれただろうに」
恭子「うえっ?えっ、ちょっ……?!そんなん、聞いてええやつなんですか!」
赤土「そういう質問を自重しなきゃいけない場面が多々あるのは確かだ。けどなあ、今回のは他に誰も聞いてないんだから、他の人を気にするような場面じゃないだろ。電話をつないだ私すらいなかったんだぞ?どんな質問でも、聞くだけなら完全にフリーな状態だったんだよ。部を引退した今の恭子は失うものが何もない。切り込み得の状況なのに行けなかったから、得たものが無駄話だけになったのさ」
恭子「嘘や……嘘や……千載一遇のチャンスを棒に振ってもうたあ…………」
赤土「むしろ普通の話をさせないくらいに食いついていって欲しかった。一応、この際だから色々聞いとけって声かけたんだけど、はやりさんにびっくりして聞き逃しちゃってたかあ?」
恭子「あっ……そういうことやったんですね。すんません。せっかく機会を頂いたのに」
赤土「ん。まあ、これで学べたろ。チャンスは逃すな。いける場面は喰らいつけ。これ、けっこう大事なことだから」
恭子「はい。肝に銘じます」
赤土「よーし。わかったんなら、今回はいいよ。全部まるっと、あんまり気にすんな。今現在、恭子が感じている不安や後悔みたいなドロドロしたものも全て、講義が始まるまでに心の中の姫松麻雀部にでも仕舞ってこい。今までとは違うことをやりに来たんだろ?変わる前の過去を引きずられると、私がこうして話している意味がなくなる」
恭子「……そうですね。せっかくの機会ですから、気持ち入れ替えて、真剣に学ばせてもらいます」
赤土「よーし任せとけっ!んじゃあ今から……あっ」
恭子「えっ?」
赤土「あーもう。このいい感じの流れで始めたかったのになあ。ゲストが着きそうな時間になっちゃったよ。スタートしてすぐ中断するのもアレだから待った方がいいか。ゴメンな、段取り悪くて」
恭子「気にせんでください。無理なお願いしてんのはこっちなんで」
赤土「そっか。ありがとな」
恭子「そういえばゲストさんが来られるんでしたね。さっきの電話はいきなりの瑞原プロでしたが、また突然すごいお方ってのは勘弁してくださいよ?さっきの引きずってますんで、絶対同じ失敗しますから」
赤土「んー……まあいっか。そういや姫松はインハイの時に世話になったんだってね。お礼、ちゃんと言えよー」
恭子「インハイん時ゆうことは……えっと、前の話でしょうか。それとも最中の話でしょうか。プロだけでもけっこうな人数来てもらったんで、話してない方だとわかるかどうか」
赤土「時期はわかんないけど、”インハイでは役に立てず、ソーリーです”って伝えて欲しいんだってさ」
恭子「それ、どう考えても戒能プロですよね?」
赤土「そうだよ」
恭子「いらっしゃるんですかっ?!ってか、役に立てんかったとかありませんって!宮永妹対策でめっちゃお世話になりましたから、姫松も私もほんまに感謝してます。心からお礼言わせてもらいます」
赤土「それでか。なるほどね」
恭子「でも、あの……そんときだけでン十万かかったって噂のお方なんですけど」
赤土「仕事をキャンセルして来るんだってさ。私の講義一回もそんくらいの価値があるんじゃないの?彼女にとっては、だけどね」
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