紫閃の軌跡
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〜エレボニア帝国 バルフレイム宮 執務室〜

 

「………」

「失礼する。っと、まだ起きていたのか。明日は早いのだから、もうじき寝たらどうだ?」

「親友か。なに、この書類にだけは目を通しておきたくてね」

 

時刻は夜分遅く。明りの灯る執務室で一人書類とにらめっこを続けている青年のもとに訪れたのは、軍服に身を包んだ男性の姿。明日からは大事な会議が控えている以上、睡眠時間を削るようなことはよろしくないと窘めたが、それに対して青年は理解しつつも目の前の職務を片付けることが先決、とでも言いたげに書類から目を離さない。

 

「彼らから与えられた“足がかり”があったとはいえ、そこまで熱心に職務に励むとはな」

「むしろ、と言うべきだろうね。彼らは僕の意向を汲み取ったうえで最大限のことをしてくれた。これに応えないほうが彼らに対しての一番の侮辱というほかない……で、何か掴めたかい?」

 

そうでなくとも、自分の国は彼らの暮らす国に対して刃を向けた。かの国の国家元首クラスも青年の意向に賛同してくれている。あの痛ましい戦争から十二年……最近の国内事情は宜しくないことに青年は内心ため息をつきつつ、男性に対して問いかけの言葉を投げる。

 

「概ねお前の予想通りというべきか……カイエン公の動きが慌ただしい。思いがけなかったが、あの御仁の嫡男がそのあたりの動きを探ってくれた」

「ふむ……エルザム君が情報提供ということは、先を見据えてということなのかな?」

 

男性から出た名前に、青年は彼が実の父親と仲を違えようともアルノール家への忠誠を優先させたことに驚きの表情を見せた。その彼とは何度か面識があり、その際にもはっきりと皇族への忠誠を誓っていた。男性に情報提供をしたということはその誓いに偽りなしという意思表示も込められているかもしれないが。

 

「『たとえ革新派が気に入らなくとも、国家ひいてはアルノール家に対して刃を向けるのはカイエン家の人間として…ひいては俺の本意に反する』と言ってな。どうやら刺客……いや、はっきり言えばテロリストを差し向けるとのことだ」

「あの人も過激なことだね。宰相殿のついでに僕やアルフィンをターゲットにでもしているのかな?」

「そればかりは洒落にならんぞ。どうする? 今からでも父上に頼んで第七師団から増員をかけることは可能だが…」

 

確かに今からでも増員は間に合うだろう。だが、青年ははっきりと拒否した。

 

「いや、それには及ばない。強引にでもそれをやってしまえば“あの御仁”と同じことになってしまうし、今まで築いてきたイメージが台無しだ。それに、君もいることだし向こうには頼もしい警護がいるから僕の出番はないだろうね」

「……てっきりもっとおちゃらけるかと思ったが、意外に真面目だな」

「え? もっとはっちゃけたほうがよかったかな? そのリクエストならば」

「今すぐベッドに縛り付けてでも寝かせるぞ阿呆が」

「スミマセン。調子に乗りました」

 

途中からの空気が台無しになったが、それでも青年の言っていたことは間違いないと男性は知っていた。これから赴く地にいるのは歴戦を戦い抜いてきた猛者が何らかの形でその地に留まっていたり訪れたりするのだから。

 

「聞けばエステル君達も本来のスケジュールを変えてリベール王国の随伴員として来るらしい」

「ふむ……それと、あの二人もガレリア要塞ではなくクロスベルに向かわせるとは……何を考えている?」

「大したことではないよ、親友。僕にはやらなければならないことがあるし、彼らにも目的がある。その利害が一致したからこそ、僕の依頼で護衛をお願いしたまでのことさ」

「………まぁ、お前の真面目な企みに関しては賛同してやろう」

 

いつまでも彼らに……かの国に頼り切るわけにはいかない。その決意をもって、青年は来るべき時を待つ。己がこの戦いに身を投じた時から、自らが宣戦布告したからにはこの戦いの終止符も自らの手で付けると決めていたのだから。

 

 

〜リベール王国上空 ファルブラント級巡洋戦艦『アルセイユ』〜

 

ほぼ同時刻―――リベール王国の誇る最新鋭艦『アルセイユ』の甲板に佇む一人の少年。彼は静かに夜空を眺めていたが、ふと聞き覚えのある鳴き声が聞こえて下ろしていた腕を上げるとそこに白い隼が降り立った。

 

「ピュイ!」

「ご苦労様、ジーク」

 

そう労いながら少年は白隼の脚に括り付けられた紙を手に取り、それを開く。その間に白隼は甲板の縁に降り立つ。一方括り付けられていた紙に書かれた内容に、少年は溜息を吐いた。

 

(……―――事は最悪を想定しろ、とはよく言ったものだが。まさか、その最悪の現実が事実になっちまうとはな)

 

それは共和国方面にて調べてもらっていた内容。今までに得られた情報からほぼ確定の段階であったが、その紙に書かれた内容で完全に事実が確定となったのだ。そしてかつて自身も関わったことのある組織が動いているということにも頭を抱えたくなった。

 

「ここにいたんですか。あら、ジークもお疲れ様」

「ピュイ」

「柄にもなく緊張しちまってな。夜風に当たってたんだよ」

「ふふっ、そんな素振りには見えませんけど……それは?」

「ジークが持ってきてくれた共和国方面の情報だ」

 

するとその場に姿を見せた一人の少女。白隼のことも労いつつ、笑みを浮かべて少年のもとへと歩み寄る。そして少年から渡された紙の内容を見た少女の表情は一転して悲痛な表情を浮かべた。その内容は自らの事実だけでなく、目の前にいる少年の過去にもう一度触れることになるからだ。

 

「……これも、公表するのですか?」

「それは向こうの出方次第になるとは思うが、ほぼ公表する流れになるだろうな。彼らがやろうとしていることを取りやめない限りは……俺が再び王族として名乗ったからには覚悟していたことだ。お前が必要以上に気に病む必要はない」

「やっぱり、強いですね」

「あいつらだって『影の国』で己自身と向き合って乗り越えてきたんだ。ここで俺だけ逃げ出すことのほうがみっともないという他ねえよ」

 

『影の国』―――そこで様々な経験を得た。少年がよく知る自身の国で卓越した三人の実力者も己と向き合い、さらなる領域へと足を踏み入れた。立場は違えどそれに負けたくない思いは少年自身も感じ、宰相となった今でもその剣を置くことはやめることなどない。それはともかく、自分の身に起きた悲劇ともう一度向き合うことに少年は覚悟を秘めた瞳で少女のほうを見やり、それを見た彼女は苦笑をこぼした。

 

「―――やれやれ、俺が発破を掛けずともこの国の未来は明るかったようだな」

「こちらにいましたか、お二方。准佐が心配されていましたよ」

「すみません。ちょっと夜風に当たりたくなりまして」

「開口一番にそんな言葉を聞くとは思いもよらなかったが……あの三人は?」

「ゆっくり休んでいますよ。特にあの子に関しては珍しいぐらいですが」

 

すると青年と女性が姿を見せ、二人のもとに歩み寄った。正直護衛の必要性があるのか疑わしいほどの実力を兼ね備えている王族の二人なのだが……その意味も込めつつ、青年は苦笑を浮かべつつ話し始めた。

 

「どうやら<道化師>が姿を見せた、と<紫炎の剣聖>経由で連絡があった。それともう一人関係者……おそらくは第六柱<博士>だろう。カンパネルラが出てきた時点で何らかの動きがあるのは間違いない」

「アルテリア法国からはいい返事がいただけました。今回の一件に関しては大丈夫かと」

「―――正直、あの子やアンタに罪を重ねさせるのは心苦しいが、な。それを言えばあいつらにもだが」

「フッ……それぐらいの覚悟がなければ『結社』に行こうなどとは考えてはいなかったさ。それは彼女にも言えたことだが」

 

今回の一件で動きを見せているエレボニア帝国とカルバード共和国の両陣営。それに対抗するべく密かに動き出すリベール王国。かつての大規模異変を乗り越えた眠れる白隼は、二年の時を経て静かに目覚めようとしていた。西ゼムリア地方三大国の思惑は混迷極まる地―――クロスベルでぶつかり合うこととなる。

 

 

〜クロスベル自治州 クロスベル市郊外〜

 

クロスベル市郊外にあるクロスベル大聖堂。その敷地の奥にひっそりとたたずむ墓地。その中の一つに名もなき墓標……正確には名前が削られて読めなくなっているお墓が一つあった。その墓に花を置き、静かに黙祷を捧げる一人の人物。黒のワイシャツとズボンを身に着け、白きジャケットを羽織った銀髪の男性。そのジャケットには星杯の紋章が刻まれたメダルが括り付けられていた。

 

「………もう十五年か。ここに足を踏み入れることはないと思ってたんだがな」

 

そう呟いた理由……彼は十五年前、飛行船の事故に遭遇した。突発的な事故であり誰一人として助けることができなかった。本来ならばそれを覆せるだけの力を彼は有していた。

 

だが、それはできなかった。その時極秘任務に就いていた彼は自らの命の生存と力の秘匿を優先させてしまった。その結果として彼以外の乗客・乗務員は爆発による即死という最悪の結果となった。今回の任務に関して、そういった事情からか最初は固辞した。だが、それを諌めたのはその事情を知る大切な人からの言葉であった。

 

『―――きちんと、過去を清算してきてください。私がそうしたように』

 

最も近くにいる彼女に言われてしまっては、諦めるほかない。ただでさえ意志の固い人物の説得は容易ではない……その結論に至り、彼は態度を変えてその任を引き受けたのだ。清算など一生かかろうができないに等しいが、自らの罪と本当の意味で向き合うために。

 

すると近づいてくる物陰に気づき、男性が振り向くと…男性にとっては見慣れた少年がそこにいた。

 

「話は聞いていたけど、久しぶりだね師匠」

「お前か。なに、今回の通商会議の護衛をするだけさ。……大司教にはばれていない様だが、気を付けるといい」

「忠告感謝する、とだけ言っておくよ」

 

東の空からゆっくりと姿を見せる朝日。それは西ゼムリア通商会議を知らせるかのような輝きを静かに放っていた。

 

 

〜クロスベル警察 特務支援課ビル〜

 

所変わって特務支援課のビル。ロイド達は朝食を済ませたところに丁度セルゲイが執務室から出てきた。

 

「お、ちゃんと全員そろっているようだな。おはよう」

「おはようございます」

「さて、あらかたのスケジュールは大体教えているが、この後の動きを少し伝えておく」

 

この後、カルバード共和国側は大統領専用導力リムジンで護衛を伴いそのまま新庁舎へと向かう。クロスベル自治州側はディーター市長とマクダエル議長が新庁舎前で出迎え。リベール王国とレミフェリア公国は専用の導力船で国際空港へ降り立つ。で、エレボニア帝国に関しては少々特殊なことになった。

 

「帝国政府代表のギリアス・オズボーン宰相は専用列車で来る手筈となっているが、皇族の方は専用の飛行船で国際空港へ降り立つ手筈になっている」

「え? 一緒の移動手段で来られないのですか?」

「これは直前に伝えられたことだが、今回の出席者が一人増えてな。皇帝名代のオリヴァルト皇子殿下に加え、アルフィン皇女殿下もその会議に出席する運びとなった」

「ええっ!?」

「た、確か皇女殿下って15歳と聞きましたが……」

「15!? おいおい、ティオすけといい最近の若い奴らは揃いも揃ってぶっ飛んでるな」

「いや、そこでなんで俺を見るんだよランディ……」

 

ノエルの疑問に対して出てきたセルゲイの言葉にティーダは驚き、エリィが思い出したように呟いた事実にランディがロイドのほうを見やりながら言い放ち、一方の彼は溜息が出てくるような表情を見せた。確かに15歳という年齢で外交に携わること自体異常なのだが、それには自身に関わりのある人物が大きく関与していることに“彼女”は気付いていない。

 

「確かに年齢からして国際会議に出てこれるようには見えないけど、アルフィン皇女は不戦条約の調印式に皇帝名代として参加した実績がある。そのあたりを買われたのかもしれないけど」

「え!? 確か不戦条約って二年前ですよね? ってことは、13歳で外交の仕事を!?」

「いやー、あのお姫様とまた会うことになろうとはなぁ」

「え? ランディは知ってるのか?」

「おう。あの異変のメンバーにその姫様とおつきの人がいたからな。度胸は十二分にあると思うぜ」

 

二年前の<百日事変>の際、ランディは実際にあの場にいたからこそアルフィン皇女の実力も知っている。それ以外のメンバーだとロイドとエリィにルヴィアゼリッタ、そしていまだ合流していないティオぐらいが面識のあるメンバーになるであろう。良くも悪くもオリヴァルト皇子に似たり寄ったりの性格なのは流石のエリィですら否定できなかったが。

 

「それと、今回の会議のことは遊撃士協会から聞いてはいると思うが、アリオスが主賓の護衛に就く。それと不測の事態に備えてリベールから数人ほど腕利きの遊撃士が同行する。ま、何人かは面識があるだろうが……アスベル・フォストレイト、レイア・オルランド、エステル・ブライト、ヨシュア・ブライト、レン・ブライトの五人に加え、協力員という形でルドガー・ローゼスレイヴの六人が会場入りする手筈となっている」

「エステル達がですか!?」

「あいつらの実力はかなりのもんだからな。つーか、下手すると叔父貴ですら相手にならないルドガーが面子の中にいるのかよ」

「アリオスさんですらほぼ五分の相手が勝てない人って……」

 

この中でルドガーの実力の一端を知っているのがランディだけにほかの面々は半信半疑なのだが、さすがに嘘を言っているわけではないというのは理解できた。ただ、信憑性が皆無というところは否定できないが。なお、キーアに関してはアリオスの娘であるシズクと一緒に新庁舎の除幕式を見に行くと言って出かけた。お供に警察犬であるツァイトがいるので特に心配はしていない。むしろ安心できる材料でもある。

 

「直接挨拶するわけではないが、首脳達の空気を感じ取るいい経験だ。頑張ってこい」

 

 

〜ファルブラント級巡洋戦艦一番艦『アルセイユ』〜

 

「準備はできたか、ルドガー」

「ああ。しかし、久々に私服姿だと違和感が拭えないな」

「俺らからすればあっちの服装のほうが違和感なんだけれど」

「……否定はしねぇ」

 

間もなくクロスベルに到着する『アルセイユ』。その一室にいたのは特別実習でレグラムにいたはずのアスベルとルドガーの二人で、服装はともに仕事着ともいえる私服姿に着替えている。今朝駅へ向かうリィンらを見送った後、二人は寄港した『アルセイユ』に乗り込んで一路クロスベルへと向かうこととなったのだ。

 

「そういや、粗方の手筈は整っちゃいるが……その後はどうするつもりだ?」

「協力してもらうことになってしまうから少し話すが、<銀>に関しては対抗策を講じてあるから存分に戦っていい。万が一『事故』の場合に関してもその責を問わないというお墨付きで」

「ふむ……なら、『黒月』のほうは俺が担当してもいいか?」

「そっか。元々『赤い星座』とは少なからず関わりがあるし、ちょっとばかし本気を出せるに越したことはないけど」

 

己の実力に過信はしないが、少なからず自信は持っている。双方ともに<影の国>で戦った実績が大きいのだが。すると扉が開いて正装姿のシュトレオン王子が姿を見せた。

 

「どうやら、準備はできてるようだな」

「こっちは抜かりなく。というか、シオンとクローゼが一番大変なんだがな」

「……」

「どうした?」

「いや、クローゼの笑みがいつもより黒い感情ダダ漏れだったからな」

「あの二人になんとなく同情したくなっちまったのは俺の気のせいか?」

「今ばかりはルドガーに同じく、かな。思いこそすれ実際に同情はしないけれど」

 

女王陛下曰く『私以上の施政者になってくれる』とまで言わしめたほどのクローゼの目覚ましい成長。その弊害と言うか本質を垣間見たシュトレオン王子の言葉に対して、それから相対する他国の首脳達に『ご愁傷様』という言葉を述べたくなったことで一致したアスベルとルドガーであった。

 

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とうとう次回から碧第二章 通商会議編です。

原作ならばありえない人たちが所狭しと頑張ります。

久々の戦闘シーンは……ちょっとだけ頑張ります(ぇ

 

多分、会議シーンと追及シーンは下手するとアンチヘイトあたり入ってしまう可能性がありますのでご了承ください。前作以上のえげつなさになりそうな展開しかありませんので。

説明
外伝〜世界を渡る者と憂う者と〜
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