紫閃の軌跡 |
〜クロスベル自治州 特務支援課ビル〜
昼食を済ませたロイドらは導力端末で午後の支援要請を確認することとなったのだがそのラインナップというのは
「演奏家の捜索……(というか、依頼者の時点でまる分かりなんだが)」
「まぁ、そっちはなんとでもなるだろう。でも、9人で動くのか?」
「……半々ぐらいに分けるというのはどうだろう? 一応遊撃士手帳は携帯してるから、特務支援課の手伝い扱いにはなるし」
「元々遊撃士がやってることをやってるようなものだけどね」
「ワ、ワジ君……」
一部VIPの人間がかかわっていそうな…というか確実に関わっている案件も入っているが、それはこの際置いておく。とりあえず、市内に関してはロイド、エリィ、ランディ、ルヴィアゼリッタ、ティーダで受け持ち、残るアスベル、ルドガー、ワジ、ノエルで市外を受け持つ形とした。
「あー、遊撃士のお姉さん方との模擬線がぁー……」
「ふふ、それじゃランディの分も堪能してくることにするよ」
「そこで挑発しないの」
ともあれ担当も決まったので、ノエルが導力車を運転する形でアスベルら四人はアルモニカ村へと向かうこととなった。その道中の車内でノエルが助手席に座るアスベルに尋ねた。
「そういえば、アスベルさん」
「ん?」
「この車ZCF製なんですけど、私の印象だと飛行船ってイメージが強いんですよ」
「それは否定しようがないな。対外的には航空技術が発展してるって売り出してるし」
山岳地帯に囲まれたリベールでは、自治州を除くとあまり需要はない。しかし、広大な領土をカバーしうるためには航空技術だけで生き残れはしない。車のみならず鉄道や戦車などといった多岐に渡る分野の洗練化がこの先の時代を生き残るために必要なのだとよく知っていたからに他ならない。その先は国家機密にもかかわりかねないのであまり言えないが。ともあれ、アルモニカ村に着いた一行を待っていたのは依頼者であり遊撃士であるリン・ティエンシアとエオリア・メティシエイルの二人。
「よく受けてくれた……って、アスベル!?」
「えー、どう見ても勝ち目ないじゃない」
「と、散々言われておりますが」
「俺に言うな。というか、流石に加減はしますよ。お二人はまだ依頼があるでしょうし」
S級(対外的にはA級)遊撃士のアスベルとB級のリンやエオリア……ともあれ支援要請のこともあるので一勝負交える形となったが、結果で言えばアスベルらの勝利となった。
「流石<紫炎の剣聖>と呼ばれるだけのことはあるな」
「寝る間も惜しんで剣を振るってましたからね。その分気苦労も増えましたが」
「ふふ……」
ひとまず市外の支援要請を片付けた後、支援要請で対象に入っていない場所も巡回することとなった。その過程で様々な突発的事態もあったのだが、アスベルとルドガーのずば抜けた実力のお蔭で特に困ることなく収束させることができた。一通り依頼を片付けてビルに戻ってきた四人は丁度ティータイムにしていたロイドらと合流し、一息入れることにした。
「招待?」
「ああ。そういえば、アスベルになら分かるかな」
そういってロイドが見せたのは一枚の紙。メモの筆跡と押印された白隼のマークを見て、アスベルは静かに頷いた。
「これは間違いなくリベールの人間―――王族が書いたものだな。実は白隼の印自体各々が持っていて、誰が書いたかはその印で判断できるようになっている」
「ということは、それが誰かというところまでは解ったってことだね?」
「その通りだけれど、それが誰なのかは実際に会ったほうが早いだろうな。で、約束の時間は夕方だけどこのまま時間まで待機にするのか?」
「依頼自体はアスベルたちが受け持ってくれたおかげで早く終わったから、とりあえず時間になったら集合して向かおうか」
「局長は今会議中だけれど、一応連絡だけはしておきましょう」
夕方、ロイドらはメモに書かれていた場所―――クロスベル国際空港の待合フロアにいた。発着場にはファルブラント級巡洋戦艦『アルセイユ』とアルセイユ級巡洋艦『カレイジャス』の二隻が並んで停泊している。
「しっかし、リニューアルした『アルセイユ』は初めて見たが、紛うことなき戦艦だな」
「これでいて世界最高速の偉業を成し遂げてるんですものね。先日6000CE/h(時速600km)の大台に乗ったとかクロスベルタイムズで報じられたけれど」
「帝国や共和国ほどの圧迫感はないにせよ、それだけ聞いてしまうとやはり大国なんですよね、リベールは」
非公式の試験飛行では既に10000CE/hの大台には乗っているが、対外的にそれを公にはしない。下手な力の誇示は余計な争いしか生まないことをアリシア女王も十二分に承知している。だからこそ、他の二大国とのパワーバランスを見据えながら国力増強に努めてきた。何はともあれ話をしたいというロイドらを出迎えたのは凛とした声で話しかけた女性士官であった。
「―――お待たせした。特務支援課の諸君だな」
「え……あなたは確か」
「ユリアさん、お久しぶりです」
「ああ、そちらの半数近くは面識はあるが除幕式ではご一緒していたな……失礼した。リベール王国王室親衛隊、ユリア・シュバルツ准佐だ。クローディア、シュトレオン両殿下のご命令により諸君らを『アルセイユ』に案内させていただく」
女性士官―――ユリアの案内により、ロイドらは『アルセイユ』に案内された。その中の会議室に入ったロイドらを待っていたのは、リベール王国の未来を担う者たちとロイドらにそのメモを届けた白隼、そしてロイドらにしてみれば上司とも言える人間の姿がそこにあった。
「ふふっ、ようこそアルセイユへ。リベール王国王太女クローディア・フォン・アウスレーゼと申します。突然のお呼び出しを受けていただき、感謝いたします」
「同じくリベール王国宰相シュトレオン・フォン・アウスレーゼだ。そこにいる面子のほとんどとは久しぶりだな……アスベルとルドガーに関してはそのくくりから外れるが」
「そりゃそうだろう……久しぶりですね、マリクさん」
「おう、二か月ぶりぐらいか。で、ルドガーも久しぶりだな。いつぞやの共闘以来か」
「だな」
「いや、何で局長が先にここにいるんですか……」
「一応お前らの上司だからな。俺がここにいればお伺いを立てた形になるだろうし、ダドリーあたりもそれで納得してくれるだろうからな」
クローディア、シュトレオン、ジーク、そしてマリクと各々挨拶を交わすロイドら特務支援課メンバー。特にロイド、エリィ、ランディ、それとルヴィアゼリッタは両殿下と認識があるのでそこまでの固さは見られなかった。ふと、アスベルは気になる質問を投げかけた。
「ところで、面子はこれだけか?」
「いや、あと六名ほどだな。そのうち一名はとんだ放蕩野郎だから遅れることは承知していたが」
「―――ふふっ、シオン君。真打というものは遅れて登場するものと相場が決まっているのさ」
「まったく、相変わらずというべきか……」
特徴的なリュートの引き語りとともに姿を見せたのは、これまたここにいる方々のほとんどが知っているという有様。西の大国であるエレボニア帝国に関わりのある面々ばかりであった。
「ええっ!?」
「や、やっぱり……」
「あら、すでにお会いになってたんですか?」
「ああ、はい」
「フフ……エレボニア帝国ユーゲント皇帝が名代オリヴァルト・ライゼ・アルノールだ。勿論真の姿は愛の狩人にして天才演奏家オリビエ・レンハイムだがね」
「エレボニア帝国第二皇女アルフィン・ライゼ・アルノールと申します。よろしくお願いいたしますわ」
「ふう……エレボニア帝国軍第七機甲師団所属ミュラー・ヴァンダール少佐だ。主共々両殿下のお招きで参上させてもらった。よろしく頼む、特務支援課の諸君」
まあ『演奏家の捜索依頼』で依頼者が『ミュラー』となっていたので当然の流れかと思うが……エリィはオリビエのことを知ってはいてもその正体すら知らなかったので半信半疑だったのだろう。オリヴァルト皇子、アルフィン皇女、そして皇子の護衛であるミュラー。さらには元帝国出身や現帝国出身者である
「王国軍王室親衛隊レオンハルト・メルティヴェルスだ」
「王室親衛隊カリン・アストレイ・ブライトと申します。あなた方のことはエステルやヨシュアから聞いております。よろしくお願いします、特務支援課の方々」
「エリゼ・シュバルツァーと申します。今回は両殿下の護衛という形で同行しております」
支援課側で10人、帝国側で3人、王国側で5人+1という大所帯。しかもそのほとんどが顔馴染みということから特に変な緊張感はない。まあノエルに関しては色々突発的な出来事が多くて緊張が顔に見えるほどだが。
「しかし、エステル君達もクロスベルで有意義に過ごしていたようだね」
「お前のスケジュールは向こう半年以上埋まっているがな」
「ミュラー君のイケズ! 夢見たっていいじゃない!!」
「あはは……」
向こう半年……この先のことを考えると、半年だけで済むかどうかは不明だが。さて、今回クローディア王太女とシュトレオン王子がこれらの面子を招いた理由。ユリア准佐が各々の前に特殊なディスプレイを表示する。
「まぁ、そのあたりはおいおいにして……ユリアさん、お願いします」
「了解しました」
「これは……!?」
「ZCFでまだ開発中の空中ディスプレイです。その詳細の技術などは国家機密ゆえ教えることはできませんが、簡単な情報表示・共有ならば可能ですので…ユリアさん」
「はい」
まずディスプレイに映し出されたのはエレボニア帝国政府代表ギリアス・オズボーン宰相。この人物に密接に関わる側ということでオリヴァルト皇子が説明をする。
「“鉄血宰相”と言われる御仁だが、彼を詳しく知らない君たちに悪口を言うつもりなどないけれど……前提として一つ知っておいてほしいことがある。現在のエレボニア帝国の国内事情として、いつ内戦が始まってもおかしくないという状況にある」
「ええっ!?」
「本当なのですか!?」
「―――ええ、残念ながら事実という他ありません」
<五大名門>のうちシュバルツァー公爵家を除く四家が主体となっている古き貴族封建体制を維持し続けようと主張する“貴族派”と“鉄血宰相”を中心とする新たな中央集権体制を作り上げようとする“革新派”の対立。これがもはやお互いに引くことのできない一線を越えてしまい、何かの拍子で内戦が勃発してもおかしくはない状況にあると述べた。そのあたりの事情というか市井が知る程度の情報としてロイドらも把握している。対立自体は知っているがその実情は知らないというレベル……それ以上は情報規制がかかっていてクロスベルにエレボニア帝国の国内事情が流れることがないようになっている。
「ふむ、話を聞く限り殿下は中立の立場というところかな?」
「中立ではなく『第三の道』を模索している。まぁ、どちらにとっても胡散臭い蝙蝠みたいなものだがね」
「否定はできないな」
「……ここでそのことを持ち出したということは、まさか通商会議中に刺客のようなものを送り込んでくる、と?」
「君の言っていることに違いはないな。貴族派の最大勢力であるカイエン公爵家のほうで動きがあった。この会議中にテロリストを送り込んでくるとのことだ」
革新派というかギリアス・オズボーン宰相はその強硬的領土拡張政策により貴族以外からも激しい恨みを買ってしまっている。貴族派とはいえ下手に事が明るみに出れば、国内どころか国外からの非難は免れない。だから、自らの手をできるだけ汚さずに自らがスポンサーをしているテロリストを送り込むことでどう転ぼうが楔を打ち込む役目を担えると踏んでの選択なのだろう。その実情を知っているのはごく一部なのだが。
「あれ、でもそれってまずくない?」
「マズいってレベルじゃない! クロスベルにとっても大問題だ! 会議中に宰相の身に何かあったりしたら、どんな賠償を要求をされるか―――す、すみません」
「いや、ロイド君の言うとおりだ。万が一暗殺を防げなかった代償として帝国政府からクロスベル政府に対してかなりの要求をされることになるだろうね。それがエレボニア帝国内における対立からくるものだとしても」
「―――そして、そういった流れは共和国側でもあるようです」
次にディスプレイに表示されたのはカルバード共和国のサミュエル・ロックスミス大統領。それを見た瞬間にルヴィアゼリッタの表情が不機嫌としか表現できない印象を強く抱いた。それを見たロイドらは冷や汗が流れた。
「むーーー…………」
「はは……カルバードは身分間の対立ではなく、昔から移民を受け入れてきたという経歴からくる対立。少なくとも大統領の娘であるルヴィアゼリッタは経験しているだろうし、俺も遊撃士としてそれらに関わったことがある」
「俺も共和国で暮らしていた時に一度だけあります。もしかして―――」
「ええ。やはり潤沢なスポンサーがいるらしく、最新装備を供与された((過激派|テロリスト))がこの会議中にクロスベルへ送り込まれるという情報をつかんでいます」
元々共和国で先祖代々生まれ育ってきた人の中には、移民はいわば“余所者”……自らの利益だけでなく、今まで築いてきた文化や習慣が崩れることを恐れる思考を持つものが出てくるのは別に不思議ではない。それが行き過ぎた結果として過激派という形での顕現。
二年前の<百日事変>においても国内の歪みの一端を知ることになってしまったリベールはまだしも、その歪みのレベルがはるかに大きいエレボニア帝国とカルバード共和国の国内事情。それに端を発した今回のテロリストが送り込まれる事実。
ちょっとしたお茶会はまだまだ続く。
文章の容量が多くなりそうなのでいったん分割。
次からは策略込の話になりそうです(確信)
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