キョンの黄昏
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「春もすぐそこ、って感じですね」

古泉が俺の右を3歩下がって良妻のように歩いている。

「まぁ、今日はいつもより暖かかったな。ハルヒに振り回されなきゃなお良かった」

今日はSOS団で花見をした。しかし季節は3月半ば。桜は咲いていない。桜が満開の時期に花見をすると、人が多すぎて鬱陶しいんだとか。だからといって、まだ一輪も咲いていない寂しい枝木を見るのはどうなのか。

今は花見の帰りで、花が見られなかったのが不完全燃焼につながったのか、家に直帰する気にはなれず、そこらをブラブラしていた。そこを、古泉が後をつけてきた。

「後をつけてきただなんて、人聞きが悪い。そりゃあなたが帰る方向と逆の方向へ行くのですから、何事かと思ってついていきますよ」

ほっとけ。

「それにしても今日の涼宮さん、花がない花見にも関わらず、本当に楽しそうでしたね」

トランプでババ抜き、大富豪、7並べをしたあと、あいつはいきなり立ち上がり、満面の笑顔で鬼ごっこを提案し、隠れ鬼、だるまさんがころんだ、あとはー…もう忘れた。とりあえず、小学生のように走り回って遊び倒した。

「おかげで流石の僕も、身体中痛いですよ。涼宮さんは本当にタフな方です」

解散する直前まで走り回っていたのだが、ハルヒにはまったく疲れた様子はなく、長門はもちろん仏頂面、朝比奈さんはヘトヘトでぐったり、俺も重りがつけられたように体が重く、古泉は少し歪んだ微笑みを浮かべていた。ちなみに、ハルヒがお腹が空いたので解散した。なんというか、自分勝手な団長としか言いようがない。

「こんなに走って遊んだのって小学校以来ですね。一生懸命遊んだ後の帰り道って、そのときは特に何も感じないのですが、成長して、その道を通ったときに何となくこう、胸が締め付けられる感じ…ノスタルジックと言いますか、そのようなものを感じますね」

俺にももちろん幼かった頃というものがあった。小学校に6年も行かなければならないのには、登山と同じような苦痛を感じ、中学校3年間は流れ星のように過ぎ去り、気づいたら俺は高校生になっていた。

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「また夕方って、晩ご飯を作り始めるお家が多いので、美味しそうなにおいが混ざり合って、胸がなんだか暖かくなりますね。僕はこの空気、幼い頃から好きですね」

なんだか共感できるのが腹が立つ。確かに、子どもはさっさと家に帰れ、さもなくば補導するぞと言わんばかりの17時のチャイムで遊ぶ手を止め解散、そして自転車で住宅街を泳ぎ、家に帰った。住宅街を通る間、この家は何か中華料理かなとか、あの家はカレーかなとか想像して、自分の家の晩ご飯に期待した。期待を高めて家に帰ったときに限って、子どもがあまり好まない焼き魚だったりするものだ。

「僕は小さい頃、好きでしたけどね。焼き魚。大根おろしがたくさんあるとなお良いですね」

お前の意見はきいてない。

「やっぱり陽が傾くと寒いですね。そういえばあなたは寒いのは好きですか?僕は好きではないですが嫌いでもないですね。この寒い感じが、暗くなっていく空とマッチしています。1日が終わってしまうという寂しさを感じるのですが、僕にとってこの寂しさが非常に愛おしいのです」

お前今日はよく喋るな。

「季節がいいので、どうしても多弁になってしまいますね。不快に感じたなら失敬。自分で言うのもなんですが、僕はロマンチストなのですよ。季節を感じるのが好きなのです」

俺も季節を感じないわけではないが、高校生になってからはハルヒに振り回されっぱなしで季節もクソもなかった。認めたくないが古泉の話に興味がないわけではなかった。

「今日なんか、昼は暖かく、陽が傾いてきた今は割と寒いので、その気温差になんとなく魅力を感じますね。昼の暖かさはなんだか友達と一緒にいるような気分にさせてくれます。今の寒さは孤独さを感じさせてくれます。だけど、今の寒さはとても不思議な寒さです。孤独さを感じて寂しいのに、住宅街から漂う晩ご飯の香りが、僕を包み込んで、1人じゃないよと言ってくれている感じがするのです」

人間の感覚というものは実に不思議なもので、西日が非常に眩しいとさっきまで思っていたのだが、空気の冷たさと西日の暖かさが混じり合って、なんだか心地よくなってきている。また横で古泉が紙コップのコーヒーを飲んでいるため、そのコーヒーの香りが俺の凝り固まった頭をほぐしてくれる。

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俺は小泉にレスポンスもせず、ただ光が漏れる街をぼうっと眺めた。古泉はただゆっくりコーヒーを楽しんでいた。

帰り道他愛もない話をしながら広がって歩く中学生の女の子。犬の散歩をする初老の男性。向こうの河原で弾き語りをする若い男性。家から漏れて聞こえるお風呂場での親子の会話。相も変わらず営業するチェーンの飲食店。既に飲んだくれて酔っ払っている中年男性。陽が傾いた風景に溶け込んでおり、なんだか芸術的に思えた。古泉に毒されたか。

「この風景と空気の感覚をいつも文にしようとしているのですよ。上手くいかないのですが。僕には文才がないようで」

別に文にしなくても良い。むしろどうでもいい。ただ眺めて空気を感じるのが心地良い。

「キョンくん、なんだか口角あがってますね。僕の感じるノスタルジックをわかってもらえたのでしょうか」

まぁ近いのかもな。ただ俺はお前とは少し感じ方が違うぞ。俺は、暗く、寒くなるところに退廃的な美を感じているのだ。まるで世界が閉じて行くかのような、そんな感覚に陥る。

「ではずっと閉鎖空間にいられては?住めば都ですから」

それはお断りだ。

「僕はあなたほどロマンチストではなかったようです。あなたには色々な意味で勝てませんね」

意味わからん。

「お前は俺に絡んでないでさっさと帰れよ。俺も流石に帰りたい」

「そうですね。ではこれで。今日はお疲れ様でした」

こうして別れ、お互いそれぞれのノスタルジーを探して帰った。

説明
涼宮ハルヒシリーズが始まって、実は14年経ってるんですねー。
とあるサービスで涼宮ハルヒのアニメを見返しましたが、なんとも懐かしくなって投稿したくなってしまった。
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黄昏 キョン 涼宮ハルヒの憂鬱 

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