「真・恋姫無双 君の隣に」 第62話 |
クソッ!北郷め、肩透かしを食らわせやがって。
苛立ちが収まらず、奴のいる晋陽方面に怒りの感情を視線と共に向ける。
「左慈、気持ちは分からなくありませんが抑えてくださいね。ようやっと出陣に逸る袁紹様をお諌めしたばかりなのですから」
疲れた顔をした干吉が余計に神経を逆なでる。
ああ、分かってるさ、いま晋陽を攻め込んだところで何のメリットも無い事はな。
俺とて育てた兵を無意味に損なう気はない。
「魏での戦いはどうなってる」
「戦闘はまだ始まっていないようですが、華による二方面からの出陣が確認されてます。此方もそろそろ官渡に到着する頃ですから間も無くでしょう。ほぼ同時期に攻め込まれる魏には同情を禁じえませんね」
ぬかせ、貴様も華の奴等も計算の上だろうが。
端から見ればタイミングを合わせているのが丸分かりだ。
「北郷一刀との長きに亘る戦いは始まったばかりです、焦る事はありませんよ」
長き戦いか、まあな、ここまで互いの国がデカイと一戦二戦でケリが付く訳がない。
五年、いや十年戦い続けても均衡を崩すのは容易ではなかろうな。
今後の戦場は今の魏領に移る。
互いに本領土から軍を派遣しての交戦となり、一進一退を重ねる事になるだろう。
今迄の様に兵を鍛える、それだけでは足りない、奴を倒す為に他にやる事は?
・・貂蝉の言葉が蘇える、北郷ではなく自分自身と戦えと。
今迄些事としか考えていなかった事を考えている俺がいる。
・・一体俺は、自分に何を見出そうとしている?
「左慈の旦那、干吉の旦那ー。急報っす、華が動き出しやした、晋陽から兵がこっちに向かってきてやす!」
何!動いただと。
「干吉、どういう事だ!」
「・・考えられるのは官渡への増援を出させない為、ですかね。相手より少ない兵で自ら戦いに挑むのは後が無い時か、もしくは戦を知らない素人の考えです。少数が多数に勝つのは滅多に起こる事ではありませんから」
「奴等が素人のわけなかろうが」
「はい。おそらく牽制で間違いはないでしょうが、間諜を増やしておきましょう。怪しい動きがあれば即座に対応出来るように」
フン、こいつも随分変わったな。
あらゆる可能性を考えて、以前とは比較にならないほど慎重だ。
そのせいか読みが深いし広い、いちいち説得力がありやがる。
「牽制だろうが向かってくるなら戦うだけだ、出るぞ!」
「ええ、出し惜しみは無しです。主力を全て投入します。左慈、任せましたよ」
「真・恋姫無双 君の隣に」 第62話
遮蔽物もほとんどねえ平地で互いに向き合っての対陣。
いいねいいね、これなら小細工なんか出来っこねえ、正に力と力のぶつかりあいだ。
頭のわりいアタイにはもってこいだぜ。
相手は劉に関と張の旗、劉備はいいとして関羽と張飛か、腕が鳴るぜ。
「文ちゃん、ちゃんと兵士さんの指揮を執らなきゃ駄目だよ?」
「何でだよ、アタイが片っ端から斬れば勝つだろ?」
斗詩〜、何で溜息つくんだよ。
「あのね、文ちゃん。少人数の戦なら文ちゃんの強さは戦を決めるけど、こんな大軍での戦いじゃ個人の武勇なんて殆んど意味無いんだよ」
「なっ、そりゃないだろ?アタイの考え全否定?」
「文ちゃん一人で倒せる数なんて一日で百もいかないでしょ。片っ端から斬る、それはそれで勿論凄いんだけど戦全体を見れば本当に微々たるものだよ」
「だったら千くらい倒せば意味はあるだろ?アタイ気合いれてくからさ」
更に大きい溜息、何でだよ〜。
「敵は人形じゃないんだよ?相手が強ければ逃げもするし守りに徹する事もあるよ。だからこそ味方の兵を多く集めて、一人一人が敵を倒せるように指揮をして戦を勝利に導く、それが将の本当の役割だよ」
「で、でも、ほら呂布が三万の敵を一人で倒したって」
「あれは少しの事実を誇張した作り話だよ。処刑場で丸一日かけても無理でしょ?ちょっと考えれば子供でも分かるよ」
そんなあ〜。
「とにかく分かってくれた?ただね、ここぞという時に文ちゃんの武が必要なのも事実だから。頑張ってね、あてにしてるよ」
自分の配置に戻っていく斗詩に伸ばした手は届かない。
えっと、結局アタイはどうすりゃいいんだ?
膠着状態になったな。
最も仲軍の強さを知る我等、元劉備軍を中心とした先鋒は文醜軍と互角の戦いを繰り広げている。
手探りの段階であり今は情報の収集が最優先だ、無理をする必要は全く無い。
大体予想通りの展開だが、やはり肝は顔良軍の動きだな。
派手な働きではないが文醜軍の動きを的確に支援して、鈴々の突破力を見事に封じている。
言葉ほど容易い事ではない。
戦に際して雛里は顔良将軍と白蓮殿が仲軍の要と言っていた。
二人は大将ならそこまで脅威ではないが、副将としてなら非常に優秀な才を持っていると。
戦の規模が大きければ大きいほど才が光り、目立たないからこそ影響は計り知れないとまで言わせた。
着眼点を換えてみれば確かに素晴らしい働きだ、あのような補佐があれば安心して戦える。
鈴々ではどう考えても無理だ、私も同様だが。
・・今日はここまでとしておくか。
退却の銅鑼を鳴らさせ、陣を整え直す。
仲軍を引きつけて置く戦は始まったばかりだ。
えっと、この案件は七乃に任せるか、こっちは蓮華に。
俺の天幕には戦地でありながら政務の書簡が山の様に積まれてる。
いつもの事と言えばそうだけど、普通は戦地なら戦の資料があるものだよな。
でも俺は戦の事は基本軍師陣に丸投げ。
餅は餅屋に任せる。
俺の小細工や思い付きで戦に勝てれば苦労しない、実際に実行するには数多の準備が必要で状況も刻一刻と変化するんだから。
だからこそ発言力の強い俺は自粛が大事だ。
意見を言わない訳ではないけど押し付ける気は無い、自分の分は弁えないとな。
山の一つが片付いたから少し休憩。
肩を回して固まってるコリを解してお茶を飲む。
少しリラックスしてきたのか、別の事を考えてしまう。
・・外史、か。
干吉から聞いたこの世界の事。
華琳達だけじゃなくて、雪蓮や桃香と出会っていた俺、ね。
「パラレルワールドみたいなものか、不思議な事もあるもんだな」
「そう捉えて頂いてもいいと思いますが、随分冷静ですね、嘘だと思われてるのですか?」
「ああ、そうじゃない、嘘をつく必要性はないし現実に体験したんだから。呉や蜀、他にも世話になってたのは驚いたけどな」
「貴方であって貴方ではありませんがね。他の外史において袁術の時は孫家に国を譲って三人で旅に出てましたよ」
「嘘っ!?」
「本当ですよ。国の政がどうにも出来なくて孫家に頼りまくった末の事です。拍子抜けの結末に左慈が苛立ってましたから」
「・・何やってんだ、俺」
「仕方ないとは思いますがね。只の学生に人材もいない国で乱世を乗り切るなど、むしろ命を永らえた事が驚嘆に値しますよ」
そうだよな、学生でしかなかった俺に政なんて出来る訳が無い。
会話は出来ても字が読めないし、唯一の武器になりそうな現代知識は穴だらけ。
警備隊の仕事も華琳達のフォローのお陰で何とか出来てたんだし。
大きく息を吐いた後、干吉へ疑問を投げかけてみる。
「どうして態々教えてくれたんだ?俺としては有難いけど今後に使えるカードだと思うがな」
「撹乱ですよ。迷っていただくのもありかと思いましてね」
「そうか、本心かどうかは分からないが礼を言っとくよ。それでも成す事は変わらないしな」
「ええ。精力的に働いているのは嫌というほど耳にしていますよ。確か今は印刷技術を開発していると聞いてます。次は羅針盤ですか?それとも黒色火薬ですか?」
紙に木版印刷を加え、文明に大きな前進を与えた中国四大発明。
当然の警戒だ、特に黒色火薬は。
「信じてくれるかは分からないけど、俺は火薬の事は一切口に出してないし、他の物に関しても「こんなのがあったらいいな」くらいしか言ってない。形にしてくれた物は皆の努力の成果だ、俺の知識は何も伝えていない」
「・・流石に信じられませんね。パンケーキやチーズケーキは我が国にも伝わってきてますよ?それに袁紹への贈り物として石鹸もありましたよね?」
「あれはあくまで現存する材料で作れるからであって、・・日常品や食べ物に関しては目溢しして欲しいというか・・・・・」
俺もやり過ぎかな、とは思ったんだけど。
「黒色火薬を多量に製造すれば乱世は早急に終息するのでは?」
確かに、俺は製法を知っている。
現代に帰った時に調べた。
火薬の威力は絶大だ、製法は敵国にもいずれ漏れるだろうけど、その前に統一は出来るだろう。
でも、
「・・俺は、神になりたい訳じゃない」
緒戦ですので特に目立った動きはありませんでしたね。
敵の先陣は我々の戦い振りを最も知る劉備軍、定石通りといえます。
後方に控えるは馬超・馬岱・華雄が率いる涼州騎馬軍。
本陣には北郷・呂布・楽進・趙雲、囮とはいえ豪華な布陣です、野戦を本格的に行なえば苦戦は免れないでしょうね。
ですがその時は?城での籠城戦に移行する事を左慈達には伝えています。
?城には充分な物資が備蓄されており、なにより防衛施設が充実してますから。
諸葛亮が発明した連弩や、李典が開発した投石機などがね。
新技術は最初こそ脅威ですが、いずれは外に漏れていくものです。
そう考えれば北郷一刀の言葉は信じてもいいかもしれませんね。
「俺は現代に帰ってから戻ってきた時に少しでも役に立ちたいと思って、色々な知識を得ようとしたんだ。・・でも直ぐに自分の馬鹿に気付いた」
馬鹿?意味が分かりませんね、知らないから知ろうとしたのでしょう?
「素材が用意されているから物が出来る。じゃあ素材はどうやって集める?そもそも素材はどうやって出来るのか、何にも分からなかった」
それは本当に当たり前の事で、零から一を生み出す為に必要な物、此れが集めれなければ何も出来ません。
「物凄く恥ずかしい気持ちになった。お前は美味しいところだけ自分の手柄にしてチヤホヤされたいだけなのかって、・・思い出すだけでも死にたくなる」
紛れも無く本心なのでしょうね、全身真っ赤ですよ。
良心意識が高いとこんなものですかね。
一足も二足も高い技術を用いて存在を示す、確かにそれは神に等しいでしょう。
「俺は人として生きたいんだ、せめて周りにいる皆とは」
特別扱いは仕方なくても、別世界の人間とは思われたくないということですか。
「だから現代で学んできた事は、昔ながらの遣り方を実体験してきた事が大部分を占めるんだ。農業や造酒はその代表格で、特殊な技術が必要なものは以前と同じで只知ってるだけだよ」
ふむ、確かに私の知る限りでも時代を引っ繰り返す様な物はありません。
ケーキの類は、まあ許容範囲でしょう。
「では政はどうですか?大変繁栄していますが」
「政だってそうだ。意味を分かって貰えなきゃ、どんなに優れた法でも馬の耳に念仏だ。むしろ害にしかならない」
識字率の著しく低い社会です、その通りでしょう。
ですから権力者にとって都合がいい、利益を独占できます。
「俺が最も心掛けたのは公平と平等だ。畑を耕す人には食べるに困らないだけじゃなくて、余裕を作れる税率にして生活を豊かに出来るように促す。商いをする人には特別扱いは無しで誰でも機会を得れる場を作る。要は努力が報われるようにしただけだ」
それに加え官の在り方を正し、賄賂などの慣習を徹底的に排除したと。
賄賂は巡り巡って国を衰退させると、人々に浸透するように分かりやすく説明し続けて。
意外でも何でもなく、基本の倫理観すら持てない国は多いものです。
政治に関わる者には正気を疑う発言を平気でする者も沢山いますからね、一国の代表ですら怪しいものです。
政は清濁併せてといいますが、濁だけではどうでしょう、衰退一直線ですね。
仲に帰国しましたら少し愚者は粛清しますか、国力を底上げする為に。
・・それにしても、本当に私の知る北郷一刀とは違いますね。
当たり前と言えば当たり前ですが、甘やかされない魏の外史を経験し、新たな国を建国する程に濃密な時を過ごしてきたのですから。
話したい事はもう終わったのですが、最後に一つだけ問います。
「貴方は、かつての魏の者達の記憶を回復させる方法を聞かないのですか?」
聞きたくない筈がありません、その為に努力を重ねてきたのでしょう。
私は元管理者、真実に最も近い者なのは明らかです。
ですが北郷一刀は穏やかに微笑んで、
「必要ないよ」
・。
・・完敗です。
実のところ、私とて方法など見当もつきません。
それなのに何故、私は問うたのか。
本心は私なりの謝礼のつもりでした、今の充実した日々を与えてくれた彼に対しての。
未練や希望を断ち切る切っ掛けにしていただこうと、憎まれ役にはピッタリですから。
ですが、北郷一刀は既に乗り越えていた。
この溢れ出る気持ちはどう表現すればいいでしょう。
・・左慈、私達の宿敵はとても素晴らしい。
戦いましょう、全てを懸けて。
認めましょう、北郷一刀の存在を。
感謝しましょう、管理者であった事を。
私達は、いま正に生きている。
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あとがき
小次郎です。
読んでいただき有難うございます。
寒さはましになってきましたが、その分花粉が飛びまくってくれて迷惑千万です。
五月まで引きこもるか、日本中の杉を切り倒すかと、下らない事をつい考えてしまいます。
皆さんは如何でしょうか?
ご支援、ご感想、ありがとうございます。
それでは、次回も読んでいただけましたら嬉しいです。
説明 | ||
遂に始まった三国を交えた大戦。 様々な駆け引きが行なわれる。 |
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コメント | ||
みんなイケメンすぎる…(koitaku) 「必要ないよ」 この一言で一刀さんのこれまでの全てが集約されてるような感じ好き(デーモン赤ペン) 左慈はともかく宇吉までこんなかっこよくなるとは^^;(nao) 外からの力で行われた急激な改革は、歪な物にしかならないですからね。この一刀君のやり方がベターなんだと思います。 花粉は杉だけで終わらないからつらい。(神木ヒカリ) うーん・・・管理者二人がかっこいいだけに華琳が一気に落ち込んじゃったのが悔やまれる、しかし何度でも言おう、一刀さんかっこいい(未奈兎) |
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