インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#130
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IS学園秘匿階層行きエレベータホール。

その存在と所在を学園長、理事長クラスにしか知らされていないその場所にやっとのことで逃げ込んだマージはようやく一息ついて、誰かが近づいてきていることに気がつき、身構える。

 

「久しぶりね。マージ・グレイワース。」

 

「お前っ、スコール!」

 

現れたのは、スコール・ミューゼル。

現亡国機業事実上の首領と、元亡国機業幹部の邂逅であったが、その雰囲気は穏やかなものではなかった。

 

とっさに拳銃を取り出してスコールに向けるマージと、飄々とした態度を崩さないスコール。

どちらが優位に立っているのかが良くわからないその場に、エレベータが上がってくる機械音だけが淡々と鳴り響く。

 

「まったく、とんでもないことをやらかしたわね。何がしたいのかさっぱりだけど。」

 

返事は、銃声だった。

 

「あらあら。質問の返答を鉛弾でするなんて、グレイワースのお嬢様は人の言葉を忘れてしまったのかしら?」

 

パンパンパン。乾いた銃声が続いて鳴り響き、その全てが部分展開されたISの右腕によってはじかれる。

 

「どうせ、ISを全て手中に収めれば世界を手中に収められるとか思ってたのでしょうけど、物事はそう簡単にいくものではないのよ。」

 

たとえ負けると分かっていても、『ただ黙って負ける』わけには行かないとなれば死に物狂いになって戦いを挑んでくるだろう。

かつての、大日本帝国が世界の殆どを手中に収めていた((英米仏蘭|連合国))を相手に繰り広げた四年弱の戦争や、インドネシアがオランダ相手に戦った数年の独立戦争のように。

 

「――い。」

 

「それに、これだけの騒ぎを起こしておいて。どうやって風呂敷をたたむつもりだったのかしら。」

 

「――さい。」

 

「あなたの切り札だった巨大ISは撃破された。上の管制室も制圧され、無人機はもうすぐ殲滅される。((詰み|チェックメイト))ね。」

 

「煩い!五月蝿い!五月蠅い!うるさい!」

 

スコールの言葉に、癇癪を起こしたかのようにマージが吼える。

 

「私はグレイワースだ。グレイワースにできないことなんて何も無い。だから、私は勝利者になるんだ!ずっと、いつでも!」

 

それは、まるで失敗を認められない子供の癇癪だった。

 

いや、実際に子供なのだろう。

失敗を経験せず、挫折を経験せず。

ただただ、作られた成功だけを繰り返してきた彼女の精神は大人になりきれていないのだ。

 

「失敗なんて、私はしない。全てを消してしまえば、失敗なんか残らない!だから、」

 

私の前から消えろ。

 

むき出しの狂気が、ISが放ったマイクロミサイルとなってスコールに襲い掛かる。

 

「くっ、」

 

IS戦をするなど微塵も考えていない狭いエレベータホールでは満足な回避運動も取れない。

物理シールドと腕部装甲を盾に、ミサイルの雨にじっと耐える。

 

爆炎が払われたとき、マージの姿は無くエレベータが高速で最下層へと向かっていた。

 

「元国家代表がこの体たらくだなんて。まったく、私も歳を取ったわね。」

 

スコールは相棒のステータスチェックを呼び出し、結果を見てため息をこぼす。

腕部装甲は中破。シールドエネルギーも八割弱を持っていかれている。

競技ならば最後の一手にかけることもできるかもしれないが、実戦ではさすがに危険すぎるところだ。

 

だからといって素直に撤退するのは性に合わない。さてどうしようか。

 

適当な瓦礫に腰を下ろし、所謂『考える人』ポーズで今後の予定を考えていると、そこに接近する二つの反応があった。

その反応は瞬く間に近づいてきて、

「ん、君たちか。」

 

「え、スコールさん?」

「なぜ、ここに?」

 

現れたのは、織斑一夏と篠ノ之箒。

追撃担当に選ばれた二人であった。

 

二人ともISのアーマーは殆ど展開しないまま、右腕だけを展開してそれぞれの刀を握っていた。

どうやら、ほぼ生身の状態で道中出くわしたISを蹴散らしてきたらしい。

 

「少々、昔なじみを((説得し|からかい))にね。あなた達は、マージを追ってるのかしら?」

 

「マージ?」

「えと、その人かは分かりませんが、あの巨大ISの操縦者のことなら、そうです。」

 

「なら、急いだ方がいいかもしれないわね。彼女、そこのエレベータで下に向かったわよ。」

 

スコールが顎で示した方向では、エレベータの現在位置が間も無く最下層へ到達しようとしているところだった。

 

「分かりました。スコールさんは?」

 

「ちょっと不意打ち食らっちゃったから、引き上げるわ。――彼女のこと、任せたわよ?」

 

「はい。」

「ご期待に添えるか分かりませんが…任されました。」

 

行くぞ、と声をかけられた一夏がISの脚部を部分展開し、エレベータの扉を蹴破り上下を確認する。

 

「うん、これなら展開してても問題なさそうだな。」

 

「なら、ショートカットだ。では、行ってきます。」

 

「いってらっしゃい。」

 

スコールが見送る先で、ISを解除した二人はエレベータを待つことなく昇降機用シャフトの中へ飛び降りてゆく。

流石に途中でISを展開するだろうが、生身でエレベータシャフトに飛び降りる度胸は、流石というところだろう。

 

「さて、それじゃあ私もーーあら。」

 

呼び出しコールがかかっていることに気づき、通信ウィンドウを開くと、そこに映っていたのはマドカの仏頂面であった。

 

「どうしたのかしら、マドカ?」

 

『学園の連中はこれから退避するみたいだ。私はそっちに同行するけど、どうする?』

 

そういわれて、スコールは考える。

組織の裏切り者より学園の協力者の方が後々楽になるかもしれない。

 

「そうね、私も同行するわ。たぶん、悪いようにはならないだろうから。」

最悪、協力の代金代わりに織斑千冬と篠ノ之束の力で何とかしてもらうとしよう。

それに、更識の病院に重傷を負っていたオータムが入院中なのだ。

彼女を置いて姿を暗ますなどできるわけが無い。

 

『分かった。―迎え、必要か?』

 

諒解の言葉の後にかけられた言葉は純粋な心配の言葉だった。

 

「大丈夫よ。ISもエネルギー切れになった訳じゃないからすぐ脱出するわ。」

 

『分かった。第一アリーナが集合地点になっているから、移動するときにまた連絡する。』

 

「ありがとう、それじゃあね。」

 

ぷつり、と通信が終了しウィンドウが自動的に閉じられる。

 

「…さて、行きましょうか。」

 

そう言うスコールであったが、胸中に引っかかるものがあり、それが妙に気になっている。

 

「…ああ、そうか。」

 

ふと、思いたった。

暴走した組織の人間の後始末を、完全無欠に被害者である少年少女に任せてしまっている。

それが、まだ歳若いとはいえ大人として、止む得ないと納得すればするほど、自分が情けなく思えてくる。

 

「((織斑千冬|かのじょ))も、こんな想いをしてるのかしらね。」

 

そのつぶやきは誰にも聞かれることなく、無人のエレベータホールに溶けてゆく。

 

「さて、と。そろそろ行かないと、マドカに心配されちゃうわね。」

 

妙に馴染んできていた瓦礫から立ち上がり、軽く柔軟をしておく。

さっきの二人が蹴散らしてきたとはいえ、接敵の危険性はないと言い切れない。

 

「それじゃあね、マージ・グレイワース。もう、会うことも無いでしょうけど。」

 

それだけを言い置いて、スコールは地上を目指して歩き出した。

 

 * * * * *

 

「この、空洞です。」

 

空の救出のために再び地下空洞に進入した簪と真耶、なぜかついてきた楯無の三人は目的の、あの巨大ISと遭遇した空洞へ到着した。

 

見れば天井に大穴が開いており、その上の層の構造材が崩れて瓦礫の山が出来上がっている。

 

「さて、空さんの反応を探しましょう。薙風の反応はっと。」

 

薙風を追ってみれば壁際にできた瓦礫の山の片隅に反応。

 

瓦礫を崩落させないようにそっと近づいてみれば崩落した壁の残骸と一緒に倒れ伏す空の姿。

 

「空くんっ!」

 

「…どうやら、出血は大丈夫そうですね。瓦礫をどかしましょう。」

 

一つ一つ、瓦礫をどかしていくとボロボロになりながらも空を瓦礫から守ろうとしたかのように追加装甲や物理シールドを展開した薙風が露わになってくる。

いまだに突き刺さったままのニードルが痛々しいが、刺さりっぱなしであったおかげで余計な出血をせずに済んだらしい。

 

と、全ての瓦礫をどかし終わるとほぼ同時、限界を迎えたのだろう薙風が量子収納され生身の空がその場に横たわる。

 

「意識が無いのは、ISの操縦者保護機能が働いているから、ですかね。応急処置だけしたら脱出しますが…簪さん、彼女のことお願いしますね。」

 

「はい。絶対に守ります。」

 

じゃあ、始めましょう。

と、簪がニードルを抜き、真耶が手早く洗浄して止血パッチを貼ってゆく。

 

その傍らで楯無は通信回線を開き、コアネットワーク経由でテキストメッセージを飛ばす。

 

『千凪空を発見し救出。応急処置が完了し次第脱出する。』

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