インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#131
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「愚図愚図している暇は無いぞ。捕縛した連中は緊急避難用の舟艇に詰めておけ。」

 

第一アリーナでのエネルギー補給と簡易整備を受けている間、千冬は"最悪"に備えた指示を出していた。

 

ラウラが言うような((核廃棄物爆弾や生物・化学兵器|ABC兵器))は無いだろうが、それでも大量の高性能爆薬を使った自爆くらいはやりそうだ。

 

そんな、最後の悪あがきのために同僚や教え子を喪うなんてつまらないし、せっかく捕縛した犯人一味を死なせてはもったいないにもほどがある。

 

「必ず二人一組で行動しろ、接敵した場合は助けを呼べ。」

 

まるで心配性の母親だ、と誰ともなく思いながら場を仕切る千冬を眺めていた鈴音たち生徒専用機組の元に、楯無からのショートメールが届く。

 

「ん、どうやら簪たちは無事見付けたみたいね。」

 

鈴音はほっと胸をなでおろす。

 

「あとは、一夏さんたちと、私たちの方ですわね。」

 

鈴音の隣で武器の手入れをしていたセシリアが、誰に言うでもなくつぶやく。

 

「とはいえ、エネルギー補充と弾薬の補給が終わるまでは何もできないからね。」

 

「それに、今は((我が黒ウサギ隊|シュヴァルツェ・ハーゼ))が警戒に当たっている。場合によっては出番無しで終わる可能性もあるぞ。」

 

それに乗っかるシャルロットとラウラ。

彼女たちもそれぞれがコンソールを叩いたり武器の手入れをするなど、戦闘に備えている。

 

「そうなれば、楽でいいわね。あたしはもうおなかいっぱいだわ。あの超大型だけで十分よ。」

 

「それは同感だな。」

 

そんな軽口を叩きながらも、彼女たちの手は休まること無く動き、次の戦いへの準備を怠らない。

 

内心では理解しているのだ。

この後に待っているのが平穏無事な日常ではなく、鋼と鋼がぶつかり合う戦場であることを。

 

「さて、そろそろですわね。」

 

調整の終わった((大型レーザーライフル|スターブレイカー))を((量子収納|クローズ))したセシリアが言うのとほぼ同時。

 

「敵機確認!ゴーレムタイプが、数は、とりあえずいっぱい!」

 

学園教師からの通信は報告になってない報告であったが、かなり厳しい状態なのは確かだと伝わり、ラウラは苦笑をこぼす。

 

「さて、私も久々に隊長らしいく仕事をしにいくとしようか。」

 

一度ISを収納して立ち上がったラウラに、シャルロットが追随する。

 

「それじゃ、僕も臨時隊員にしてもらおうかな?」

 

「ふ、シャルロットの腕なら((副隊長|クラリッサ))といい勝負ができるかもな。」

 

「それは光栄だね。」

 

軽口を叩きあいながら、出入り口付近まで移動し、外に出ると同時に再展開。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、シュヴァルツェア・レーゲン。出るぞ。」

「ラファール・オーキス。シャルロット・デュノアで行きます。」

 

勢いよく飛び上がると同時に前衛として砲撃戦を繰り広げる黒ウサギ隊の面々の位置を一瞥したラウラは全員に向けて通信を開こうとした。

 

刹那、前衛に接敵寸前だったゴーレムの何機かが突如として腕や足を切り落とされ落ちてゆく。

 

「ラウラっ!」

「っ!」

 

シャルロットの声に、咄嗟に身を交わしてセンサーに映る機影をギリギリで回避する。

白い機影はそのまま中央タワーの方へと飛び去るが、不思議なことにISのコア反応は捉えられなかった。

 

「なんなのさ、あれは。」

 

「そんなことより、今は目の前の敵に集中する。行くぞ、シャルロット。」

 

「了解っ!」

 

エネルギー補充の都合だろう、遅れて上がってくる甲龍、ブルー・ティアーズ。

それを尻目に、二人は前へと飛び出した。

 

 

 * * * * *

 

スコールと別れ、エレベーターシャフトに飛び込んだ二人は最小限のスラスターだけを部分展開して、最下層にとまっている昇降機の天井に軟着陸していた。

 

「そういえば、四月の初めの実習の時は盛大に地面に大穴を明けていたな、お前は。」

 

「あんときゃ飛ぶのがやっとだったっけな。」

 

「それがいまや不安定な足元を揺らさずに軟着陸か。あれからまだ半年位だというのに。」

 

「それを言ったら箒だって、専用機をもらったのは俺よりも後だろ?」

 

そんな何気ない会話をしつつ、一夏と箒はそれぞれの得物を展開しタイミングを図りどちらからともなく、コクリと頷きあう。

 

いち、にの、さん。

 

一夏が天井板を蹴破ると同時に箒がブラスターを撃ち込み着地地点のクリアリング。

それに対して反撃が無いことを確認してから、周囲警戒しつつ下へと降りる。

 

エレベータの扉を開けると、そこはたくさんの立方体が並んだ広大な空間だった。

番号が振られたその箱はざっと数えて数百。すぐそこにある番号を見るだけで五百近い数があることは確からしい。

 

「なんだ、ここは。」

 

「こんなもんが学園の地下に…」

 

数瞬ほど、あっけに取られていたが目的を思い出して気を取り直す。

 

「それにしても、どれだけあるんだ、ここは。」

 

「分からん。しらみつぶしに探すしかなかろう。」

 

「そうだな―――っ、!」

 

咄嗟に、一夏が雪片を抜き放ち正面から飛んできた『何か』を切り払う。

 

以前に学園を襲撃してきたゴーレムのようにシールドを無効化されている場合、下手に攻撃を受けたらISを展開していても致命傷になりかねない。

それゆえの『切り払い』という選択肢であったがどうやら別の効果もあったらしい。

 

「どうやら、探す手間は向こうが省いてくれたみたいだな。」

 

それは、二人の真正面から現れた。

 

ボロボロのISを纏い、煤汚れたアサルトライフルを構えた一人の女。

その表情は明らかな憎悪とほんのわずかな恐怖が混ざったものだった。

 

「上は完全に制圧した。無人機も、間も無く殲滅されるだろう。だから、抵抗を止めて投降しろ。」

 

さもなくば、斬る。

そう言外に含めて、刀を構えた箒が呼びかけるが返事は無い。

 

ふと、気づく。何かをこらえているかのように、銃を構えたままの肩が震えている。

 

「くははははは。」

 

突然の高笑いに一夏も箒も困惑する。

現実が認められなくて、発狂してしまったのだろうか。

 

だが、それは程なくして収まり、狂気に満ちた唸り声に代わる。

 

「オリムラ、イチカぁっ!」

 

銃が、一夏に向けられる。

 

「お前さえ、お前さえ居なければ、ISは私たちだけのものだったのに、世界を手に入れられたのに!」

 

発砲。

 

だが、シャルロットの思惑の篭った銃撃やラウラの巧い砲撃と比べればあまりに拙い。

射撃の名手たる同級生を相手に、その銃撃をくぐりぬけて近接戦闘を挑み、少なからず勝利してきた一夏にとってその程度は取るに足らず。

 

身をかわし、切り払い、装甲の傾斜でそらしてはじく。

ものの数秒で銃は弾切れを起こし、その隙を見逃すような二人ではない。

 

必要最低限のエネルギーを注いでスラスターに点火。

((短距離瞬時加速|ショート・イグニッションブースト))の要領で一歩を踏み切ると同時に雪片を振り上げる。

 

「っくっ!?」

 

その斬撃は手元のライフルをスクラップへと変え、返した刃が振り下ろされて的確に首を打ち据える。

ISがあるから致命傷にはならないだろう。だが、首という非装甲部にして急所であれば、零落白夜なしであっても絶対防御の発動は間違いない。

 

その後ろでは、箒がいつでも一夏を援護できるような位置に移動し、臨戦態勢を保っている。

 

「もう一度言う。抵抗を止め、投降しろ。」

 

完全に脅している状態であるが、これでも屈しようとしない姿勢だけは感銘を覚えないでもない。

 

だが、時と場合を誤れば蛮勇にしかならず、身を滅ぼすものでしかない。

一夏が雪片をマージの首筋にぴたりと合わせ、いつでも第二撃を叩き込める準備をしても、その姿は変わらない。

 

―不意に、首にIS用長刀を突きつけられているにも関わらずにやりと笑う((女|マージ))は何を考えたのかISを解除した。

 

「っ!?」

 

一夏と箒は短時間ではあるが硬直する。

 

 

「馬鹿め。」

 

マージは腕だけを展開して雪片を跳ね上げて拘束を強引に解き、二人に向けて蜘蛛の糸のようなものが投げつけられる。

 

「こんなものっ!?」

 

切り払おうとする二人。

だが、それは切れないどころかそのまま二人に絡み付いてくる。

 

「ぐっ!?」

「がっ!?」

 

唐突にな激痛にびくりと硬直する体。

 

まるで電流でも流れたかのような硬直ののちに二人のISが強制解除された。

 

「あはははは!思ったとおりだ。いくら優秀な抗体であっても、一度目の感染がなければ作られることはない。あはははは。」

 

高笑いするマージの手元には、白と紅。

 

「な、何を、しやがった。」

 

「お前には過ぎたオモチャだから取り上げただけよ。」

 

「なっ!?」

 

事実、白式も紅椿も反応を返さない。

おそらく、マージが手に持っている『それ』が白式と紅椿なのだろう。

 

「か、返せっ!」

相棒と取り替えすために箒は飛びかかろうとする。

 

だが、

「箒!」

 

咄嗟に、一夏が箒に覆いかぶさるように飛び掛る。

その一夏の唐突な行動に箒は、ただただ一夏に抱きかかえられ、押し倒される。

 

「ぐぅっ!?」

 

かみ殺された悲鳴と何かの焼ける音が、一夏の背中ごしに聞こえてくる。。

 

「いち――っ!」

 

その後にやってきた衝撃と浮遊感。

待っていたのは壁に叩きつけられたことによる激痛と、自分をかばう形になった一夏の背中から上がる焼けた血のにおいであった。

 

 

マージの哄笑があたりに響く。

 

一夏は高出力のビームが背中を掠めて重傷、箒自身も叩きつけられた衝撃で肋骨に皹の一つ二つ、場合によっては折れているかもしれない程度に怪我を負っている。

 

「あはははあは。っといけない。」

 

何かに気づいたらしいマージは突如として高笑いを止め、壁際の二人に向けて再び銃を構えた。

 

「やっぱり、確実に息の根を止めないと。安心するにはまだ早かったわ。」

 

にたり、と嗜虐的な笑いを浮かべながら、ゆっくりと一夏の背中を灼いた銃を向ける。

 

万事休す、か。

箒の脳裏に打開策は浮かばなかった。

 

 

「じゃあね、お二人さん。来世があったらもっと利口に生きなさいよ。」

 

マージの指が、引き金を引く。

 

「え?」

―その直前、マージの胸から青白く輝くエネルギー刃が生えてきた。

 

場所的に、心臓と肺の間の辺り。

おそらく気管や食道、肺動脈辺りを傷つけているであろう位置。

 

間違いなく、致命傷であった。

 

「なに、これ。」

 

マージの肉体から力が抜け、強制解除されたISは武器を取り落としてガランと音を立てる。

剥離剤の影響下から脱したらしい白式と紅椿が再展開され、搭乗待機状態に戻っている。

 

ごぽり、と吐き出した血の塊は、箒の予測どおり、肺あたりの血管を斬られた影響だろう。

 

「なんとか、間に合ったみたいだね。」

 

マージの背後に現れた、真っ白い完全装甲のIS。

それから聞こえた声は、箒や一夏にとって懐かしく、馴染み深い声だった。

 

「あ、ああ…」

 

予想外の人物の登場に箒の声にならない声が漏れる。

 

それは、マージにとっても同じだったらしい。

 

「きさま、((槇村空斗|マキムラアキト))。」

 

「君は、七年前のあの日からまったく変わっていないようだね。マージ・グレイワース。」

 

七年前。それは当時大学生だった空斗が行方をくらませた年であった。

この二人の出会いはその七年前であり、そのときから何かが食い違っていたのだろうことは、二人の会話から見て取ることができた。

 

「どうして、どうしてまた私の邪魔を!?」

 

「邪魔とは酷いな。」

 

「あと少し、あと少しで理想郷が作り上げられたのに!」

 

「…力ですべてを抑え込む、そんな((理想郷|ディストピア))は遠慮しておきたいかな。それに、」

 

真にそれを望むならば、借りてきた力でなく自分の手でつかみ取った力で成し遂げるべきだった。

 

そう、静かに告げる声は、マージにどう聞こえたのだろうか。

 

「ふ、ふふふ、くふふふふふ。」

 

訥々な、何か大事なものが欠けたような嗤い声。

 

「イラナイ。私を拒絶するような、できそこないの世界なんてもういらない。」

 

狂気に輝く瞳を、背後にいる空斗はうかがうことを出来ない。

だが、その危うさは火を見るより明らかなことは確かだろう。

 

「だから、壊す。うん、そう。全部―」

 

 

 

 

 

―燃エチャエ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その、最期の言葉は音にならなかった。

 

 

マージの薄れる視界に映るのは、胸元から刀身をはやして立ち尽くす、首なしの自分の姿。

 

「悪いけど、そうさせるわけにはいかないよ。」

 

苦々しさのにじみだす声に、マージは満足げにほほを緩める。

 

「さよなら、槇村空斗。ようこそ、((地獄の入口へ|ひとごろし))。」

 

それが世界征服を志して、その目前までたどり着いた女首領の最期であった。

 

 

 * * *

 

マージの((生命反応|バイタル))が消え、遺体も過剰摂取していたらしいナノマシンによって食い荒らされ崩れ去ってゆく。

((彼女|マージ))も彼女なりに、自分のすべてを賭けて行動を起こしたのだろう。

 

―その潔さだけは、好感を持てるかもしれない。

 

そう思うが先か、そう遠くない場所から爆発音が聞こえてくる。

 

それも一度ではなく、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ。

次々と増えていく爆発音に空斗は苦笑する。

 

「まったく、最期の最後まで困らせてくれる。」

 

苦笑いしながら、コアネットワーク経由で『自爆するIS学園からの退避』を促すメッセージを送りながら周囲を見回す。

 

((剥離剤|リムーバー))によって操縦者から引きはがされた白式と紅椿。

そして少し離れたところで気絶しているらしい、((弟分|いちか))と((妹分|ほうき))。

 

「うーん、これは少し厳しいかな。」

 

((弟妹たち|いちかとほうき))を置いていくという選択肢はない。

故に、空斗ができることはただ一つ。

 

「すまない、白式。すまない、紅椿。二人をここまで守ってくれて、ありがとう。」

 

一閃ののち、二人を抱えあげた空斗は脱出のために動き出す。

 

その姿を見送る二機が、どこか嬉しそうな様子に感じたのは、きっと気のせいなのだろう。

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