夜摩天料理始末 8
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 冥府とこの世を繋ぐ道は幾つかあり、冥府に関わり深い存在たちは、そのあらかたを心得て居る。

 羅刹としても、夜摩天にせっつかれるまでも無い、自分と主の為に、取りうる最短の道を辿っては来たのだが……

「あちゃー、おっぱじめてやがったか」

 仲間の式姫達は、どうやって真相に辿り付いたか知らないが、彼女に先んじて、すでに仇を相手に暴れだしていた。

「ウチの分は……こりゃ、残ってねぇかなぁ」

 羅刹の見下ろす先には、あの外道どもの住まっていた、豪奢だが堅固な城館……だった物の残骸が転がっていた。

 無数の槍が突き立った状態を示す槍衾という言葉は有るが、館や城壁から、丸太が槍よろしくにょきにょきと突き出しているなどという光景は、式姫や妖怪を怒らせでもしなければ、中々拝むことの出来ない代物だろう。

「この大雑把なぶち壊し方は、紅葉姐さんと、キレた鈴鹿さんあたりかね」

 おお怖……と呟いて、羅刹は首を竦めながら、冥府の住人としての目を凝らして、辺りを見回した。

「こりゃまた、団体さんだな……」

 青白い光を放ち、亡者たちが、山を下って行く。

 行先は、恐らくこの近くの川の辺(ほとり)に建てられた小さな寺院。

 川は異界に通じる道。

 たゆたう水に揺籃を浮かべて身をゆだね、その原始の力の淵源を辿らば、人の世ならざる場所へと誘う、世界の胎道。

 死から生へ、生から死へ。

 あそこは、そういう川の中でも、冥府へと通じる場所。

「まぁいいや、すでに死んでるなら手間も省けらぁ、あんにゃろ見つけてさっさと連行すっか……」

 そう呟いて、羅刹は何か書き付けた札のような物を懐から取り出した。

 

(良いですか、これは冥府の召喚状です)

 

 過たずその魂を冥府に呼び寄せる為に、夜摩天と閻魔だけが特別に書く事が出来るそれは、問答無用の死を宣する、いわば冥府の長の切り札ともいえる代物。

 いかなる術での幻惑も、これを誤魔化す事は出来ない。

(これは、呼ぶべき人間の魂に紐づけた、その人間相手にしか使えない物です)

(ほー、噂には聞いてたけど、重宝なもんだね)

(ええ、これは、貴女をその相手まで確実に導きます、その後は、彼の近くでこれをかざし、『汝に出廷を命ず、疾く来よ』そう唱えてください)

(そんだけ?)

(ええ、それで終わりです……とはいえですね)

 何でそんなちょろい仕事にウチを……。

 そう言いたげな羅刹の顔をちらりと見て、夜摩天は表情を消した。

(その前に魂が離れやすくするために、肉体側に何らかの『処置』を行う事に関しては、私の関知するところではありません)

 で、どうします?

 そう、低く呟いた夜摩天の目の光は、思い出すだけでも背筋が寒くなる。

(やれやれ、ウチの怖さなんぞ、まだまだ可愛いもんだな)

 そう胸の内で呟きながら、羅刹は札を目の前にかざした。

「さて、頼むぜ札君、アンタが呼ぶべき奴を、ウチに教えてくれ」

 その声が聞こえたのか、ピクリと彼女の手の中で動いた札が、手を引っ張るように動き出す。

「ん……そっちなのかい?」

 亡者が列をなして歩いて行く方向とは違う、どちらかと言うと麓に向かう道。

「ってぇ事はぁ」

 ニマリと羅刹が笑う。

「ウチの獲物が、まだ残ってるかもしんねーって事か」

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「さて、もう一度だけ聞いてあげましょうか……天羽々斬、お前は私の式姫になるか、それとも、ここで死ぬか」

「願い下げです……どっちもね!」

 天羽々斬が、彼女を羽交い絞めにする敵を払いのけようと力を込めるが、あり得ない力がそれを阻む。

「無理無理、元は人ですが、今や殺生石の力で動く妖怪と変わらない……いや、それ以上の力を持つ存在ですからねぇ」

 そして私も。

 そう言いながら、それは刀を構えた。

「式姫を配下に加えたいという、主から受けた命もあるのですがねぇ、貴女は従順でもありませんし……」

 しゅうしゅうと、呼気に残忍な喜悦が混じる。

「なによりねぇ、式姫は滅ぼせと、何かが頭の中で滾(たぎ)るんですよぉ」

「やっぱりそうですか」

「ぁあん、何がやっぱりです?」

 恐怖か悔しがる様を期待していたそれが、訝しそうに彼女を見やる。

「女狐の方が、貴方の主より支配力が強くなっているって事ですよ、人の式を横取りとは、まったく大した『同盟関係』ですね」

 天羽々斬のせせら笑いに、その狐の目がぐるんと動いた。

「なぁんですって?」

「ま、考えてみれば当たり前です。人の式姫を盗もうなんて三下陰陽師に、殺生石、あの玉藻の前の血と怨念の力を使いこなせるわけありませんからね」

「使いこなしたわ! あの結界も、その死体も、そしてこの私も!」

「罠に使う餌は美味しそうな物を使って、獲物の鼻面を引き回すものですよ。釣りの常識程度の知恵も無いんですか?」

「だぁまれ、なぶり殺しにされたいのかぁ?」

「そうやって、自尊心を傷つけられると直ぐに本来の目的を見失う辺り、体よくあの狐に利用されただけの間抜けらしい言い種です……ああ、貴方は間抜けに作られた人形でしたっけ」

「人形……あの偉大なお方の分身として生まれ、今や式姫すら超えた、この私を」

「その偉大なお方ってのは誰の事です、女狐ですか、人の方ですか?」

「わたしの、アルジは」

「自分の顔を触ってみなさい、誰が貴方の主なのか、よーく判るでしょう」

「ナニヲ言って……私のカオがどう……」

 獣毛の生えた、口の尖った顔を手で撫でまわす、その手がぶるぶると震えだす。

「ワタシの……カオ?」

「別に顔なんて何でも良かったでしょうに、よりによって狐顔とは、あの女狐も趣味が悪い」

 はぁ、とため息を付いて、天羽々斬は意地悪そうな顔で言葉を継いだ。

「まぁ、そういう事ですよ、さっさと認めたら如何です?」

 その美しい顔に、冷笑を浮かべて。

 

「貴方は、主共々、あの狐の戯れで操られる木偶人形だと」

 

「黙りゃぁぁ!」

 刀を腰だめに、それが間合いを詰める。

「その殺意は、貴方の自尊心を傷つけられたからですか、それとも、あの女狐の、私に対する怨念ですか」

「黙れ!黙れ!黙れ!」

 それがさらに足を早める。

 この式は、その主の写し。

「哀れな、その傷つきやすさ故に、人や式の裏に隠れる生を選んだのですか」

 そう呟いて、天羽々斬は目を細めた。

 山道だというのに、確かな足さばきで間合いを一気に詰め、腰だめの構えから鋭い刺突が放たれる。

 成程、あの女狐の力を借り、一流の陰陽師が作り上げた式である。

 その気になって、正面切って彼女と一騎打ちをするなら、互角に切り結ぶ事とて叶うだろうに。

 

「惜しい」

 

 低い呟きと共に、彼女の体が沈んだ。

「何?!」

 凄まじい速さの踏み込みからの、怒りに任せた全力の刺突。

 それが故に止まれなかった。

 勢いをそのままに、刀が鍔元まで領主の体を貫く。

 更に、その足を天羽々斬に払われて、二つの体が大地に転がった。

「貴様、なぜぇ!」

「お喋りに付き合って頂いて感謝してますよ、私、肩を外すとか、あんまり得意じゃ無いので」

 転がった反動を利用して跳ね起きた、天羽々斬の両腕がだらりと垂れさがる。

「おのれ、天羽々斬、貴様は殺す!コロス!コロス!」

 鍔元までめり込んでしまった刀を引き抜こうと、首のない領主の体に足を掛け、狂ったように声を上げる狐顔の男。

 その足下でじたばたともがく、首無き骸(むくろ)を蹴飛ばし、その胸を抉りながら、刀を強引に引き抜く。

「逃がさん……あめの……はば……きりぃ」

 言葉の間にふしゅうふしゅうと荒い呼気が混じる。

 いや、むしろ唸りの間に人語を発している状況になっている事を、彼はもう自覚も出来ないのだろうか。

 妖狐の血は、人も物の怪も、あらゆる物を憎悪で狂わせる。

 その姿を横目で見ながら、天羽々斬は木に押し当てるように肩を入れながら僅かに顔をしかめた。

 それは痛みに対してか、それとも、その光景のおぞましさゆえだったのか。

「逃がしてもらえるとも思っていませんよ」

 軽く頭を振り、静かに鞘を構えながら、天羽々斬はもう一つ気がかりな事を考えていた。

 

 殺生石は四つ渡し。

 

 死をこの世界に遍く満たす呪詛を込め、あの大妖狐から殺生石を授かる時は必ずその数は四つ。

 一つは結界、一つは領主、一つは分身たる式に使われた、その力の欠片。

 では……最後の一つは。

説明
式姫の庭、二次創作小説です。

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式姫 式姫の庭 夜摩天 天羽々斬 羅刹 

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