紫閃の軌跡
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〜クロスベル自治州 オルキスタワー〜

 

「なんですと!? 宰相閣下、貴方は今何を仰ったのか理解なされているのですか!?」

 

ロイドらがマクダエル議長の発した大声でそのほうに視線を向けた先に交わされた議論。その引き金を引いたのはギリアス・オズボーン宰相の発言であった。その発言を繰り返すようにオズボーン宰相は述べた。

 

「聞きたいと仰るのであれば何度でも言いましょう。―――クロスベル警備隊は即時解体し、軍を派遣する。それが一番現実的な策であると申し上げた」

「っ……!?」

「宰相閣下、貴方は<不戦条約>を無視される御積りなのですか?」

 

その発言に対して厳しい質問を投げかけたのはクローディア王太女。しかし、宰相はそんな言葉をあしらうかのように不敵な笑みを浮かべてこう述べた。

 

「ああ、武力による解決をしないという方針でしたな。しかし、たかがいち宗教組織のような連中に簡単に操られる程度ならば、いっそのこと解体して軍を派遣するほうが安上がりであるし、市民の安全を担保できると思われますが?」

「宰相閣下、その軍というのはいったいどこの軍を指しているのかね? まさか、過去の忖度も鑑みず我が帝国軍とでも仰るつもりか?」

「いえ、そうとは申しません。ですが、このクロスベルの地の安全を保障するに際し、今までの過去を水に流してでも軍を派遣すべきだと申し上げたまでのことです」

「………」

 

予想はしてたとはいえ、ここまで予測通りのオズボーン宰相の物言いに、オリヴァルト皇子やアルフィン皇女は真剣な表情を浮かべている。この独壇場に待ったをかけたのは、共和国のロックスミス大統領であった。

 

「ふむ、確かに理にはかなっていますな。しかし、帝国が一方的に軍を派遣するというのはいささか乱暴に聞こえます……ならば、帝国側のベルガード門に帝国軍を、共和国側のタングラム門に我が共和国軍を派遣するというのはいかがでしょう。それならばクロスベルが有事の際、すぐに駆けつけることができますからな」

「!?」

「ほう……流石大統領閣下。日ごろから野党との駆け引きをされているだけことはありますな」

「いえいえ、強大な反対勢力に屈することなく帝国を改革なされている宰相閣下に比べれば、この程度児戯に等しいことです」

「お二方とも。この場は二国間の協議ではない」

 

クロスベルにおいて彼らの部下が何度か接触を図っていることは知っていたが、それを抜きにしてもここまで結託したような流れにはアルバート大公やマクダエル議長、ディーター市長は険しい表情を浮かべる。その中で、真っ向から異を唱えた人物―――シュトレオン宰相であった。彼はオリヴァルト皇子の発言に続くように述べた。

 

「現実問題を解決するには真っ当な策ですが、将来的な問題を鑑みると大統領閣下の策は危険極まりないと言わざるを得ません」

「ほう? どこが問題なのでしょうか?」

「『教団』の生き残りが誰かを操っていたということは先日のクロスベルであったことですが、それ以前の各国一斉摘発の折、共和国および帝国の中枢に太いパイプを持っていた人物の存在がありました。それで難を逃れた人物が生きていない保証はないですし……なにより、そのようなことをすれば先々月のノルド高原で戦争一歩手前の状況になった二の舞すら懸念されます。物事に『絶対』という保証なんてないのですからね」

「なっ!?」

「偶然にも私の親しい友人がその状況に遭遇しましてね。事なきを得たからいいものの、その状況をクロスベルで生み出せば今度こそ比類できないほどの被害が想定されます」

 

アスベルから伝わったノルド高原での一件。内戦一歩手前の帝国に、強大な反対勢力を有する共和国……下手をすれば西ゼムリア全体が戦火に包まれる可能性があっただけに、これを看過はできないとシュトレオン宰相は述べた。

 

「では、王子殿下はどのようにすべきだとお考えなのでしょうか?」

「そうですね……警備隊の段階的格上げを行い、最終的には『自衛軍』への昇格を行う―――自治州で軍隊を持つということは異例ともいえるが、宗主国の状況からすれば、治安を守る以上致し方のないことと考えます。その辺の手筈やノウハウは多様な地形の領土を有する王国軍から提供はするし、装備の払下げも行う。我が国は都市単位ではあるがクロスベルと経済協定は結んでいるので、その辺の融通は十二分に効くと考えています」

 

<不戦条約>は確かに戦闘行為を用いての外交解決は禁止しているが、それはあくまでもパワーバランスの均等を前提とした考え方。軍の運用自体に口出しはできないが、警備隊に親しい友人がいて彼からの相談に応じて旧式ではあるが飛行艇などの装備払下げぐらいは可能なラインだとシュトレオン宰相は踏んだ。必要であれば自治州法の改正は可能だし、宗主国からの圧力があれば例のカードを公表することも視野に入れている。そもそも、自治州法に外国からの軍用品払下げの項目自体ない。というか、その項目に関して反対したのは他でもない宗主国の両国に他ならないのだから。

 

「殿下は…いや、リベール王国は自ら<不戦条約>を破るおつもりなのか!?」

「そうとは申していません。そもそも、<不戦条約>発効後自治州に関わる附則を順守してこようともしていなかった宰相閣下と大統領閣下にそれを強く言えるというのであれば遠慮なく仰ってください。現状我が国の名誉に散々泥を塗っておいてその言いぐさともなれば、今後の双方との外交姿勢も改めざるを得なくなりますが? 最悪、アルテリア法国とレミフェリア公国側にもお願いをしたうえで、クロスベルの『自治権に関する最後通告』を行わなければならなくなると覚悟していただけるのならば」

 

とりわけエレボニア側にしてみれば、今まで外交努力を続けてきたオリヴァルト皇子とアルフィン皇女、それに加えてシュバルツァー公爵家の名誉に泥を投げつけるようなもの。シュトレオン宰相の言葉にオズボーン宰相とロックスミス大統領は険しい表情を浮かべる。

 

「………(く、やはり表だって動いてきたか……だが、クロスベルをむざむざと渡すわけにはいかん……)」

「(流石はかの“黒隼”の遺児というわけか……)…さて、このように議論は流れてきたわけだが、どういたしますかな?」

 

 

「……」

「やっぱり、こういう流れになってしまったわね」

 

帝国側と共和国側の結託したような流れ。それに対して最悪の事態も仄めかしたリベール王国。この流れにふとワジが疑問を零した。

 

「しかし、リベール王国は<不戦条約>の提唱国なのに、あそこまで露骨に打って出るだなんて疑問しかないんだけどね」

「ワジ君?」

「あの言い方だと最悪自ら戦闘行為を起こすって言ってるようなものに近いと思ったんだけどね、僕は」

「まぁ、俺の耳にもそう聞こえなくはなかったがな」

「ああ。―――っと、通信だ。はい、ロイド・バニングスです」

 

自ら侵略行為は行わないと明言しておきながらの矛盾。それを感じつつもロイドは着信音が鳴った自らのENIGMAUを手に取った。通信の相手はダドリーではなく、自分たちの上司―――セルゲイであった。

 

『俺だ。簡潔に事態を説明する。先程両門の対空監視レーダーが破壊された。ダドリーには先んじて説明したが、お前たちにも伝えておく』

「なっ……解りました!」

 

セルゲイからの通信を聞いたロイドは自らの考えていた予測が的中してしまったことを悔しく思いつつ、通信を切るとメンバーらへの説明などを考えるよりも先に階段方面へと駆け出していた。

 

「ロイド!?」

「って、おい!!……まさか、市長らがあぶねえってことか!?」

「考えている余裕はありません。下手するとロイドさんと分断される可能性もあります。追いましょう!!」

「ya.」

「了解です!!」

 

ロイドが階段方面へ来ると、閉じられつつあるシャッター。だが、ロイドは構うことなく自らの武器であるトンファーを持ち、強烈な縦回転を以てシャッターに突撃する。

 

「ぶち破れ、メテオ、ブレイカアアアアアアアアア!!!」

 

己の持てる力を余すことなくトンファーに集約させ、突撃させるロイドのSクラフト<メテオブレイカー>をぶつけると、シャッターの根元ごとぶち破ることに成功し、踊り場に着地したロイドはそのまま35階へと降りていく。その光景を偶然にも見た他の支援課メンバーの感想はというと、

 

「ランディさん相手でも勝てないんじゃないですか?」

「……ああ、さっきのを見せられると俺も本格的にやべえって思ったわ(下手すりゃシャーリィや叔父貴あたりともいい勝負できそうだな……)」

「シャ、シャッターを根元から破壊しちゃうなんて……」

「ロイド、いったいどんな訓練を受けたんだよ」

「……まったくその通りね」

 

今の彼を加勢するどころか、足手まといになるのではないかと今の一番のパートナーであるエリィですら思ったほどにロイドの強さが際立っていたのは言うまでもなかったが、気を取り直してロイドの後を追うことにした。

 

『君の力は後天的なものだが未知数。だが、怖れてはいけない。自分を信じれないものに可能性はない』

 

ロイドがフェイロン・シアン警視との鍛錬で言われたこと。その言葉の意味を自分なりに噛み砕き、鍛え上げ……今の力を手にした。だが、ここが終着ではないとロイドは人知れず早朝のビルの屋上で筋力トレーニングをこなしていた。兄のようなことを自分には出来ないかもしれない。だが、それでも諦めたくはないと強く思っていた。

 

35階の会議場前に到着したロイド。まだこちら側に被害は来ていないようで、その様子に議場前を警備していた警官が驚いた。

 

「き、君は確か特務支援課の…!?」

「―――来ます。できれば後方から援護をお願いします」

 

ロイドがそう呟いた直後、エレベーター側から完全に武装した見慣れない兵士―――紛れもなく、味方ではないと判断できる兵士が銃を構えた瞬間、ロイドは一歩目を強く踏み出した。放たれる銃弾を勘で回避したり、トンファーで弾きながら一気に詰め寄ると、ロイドは丁度彼らの中心に来るように降り立ち、気で兵士らを引き寄せる。

 

「なっ!?」

「ひ、引き寄せられっ!?」

「せいやああああ!!!」

 

ぎりぎりまでひきつけた瞬間にロイドは自身を高速回転させ、数多の打撃を兵士らに浴びせて吹き飛ばした。アクセルスピンにフェイロン・シアン警視から教わった東方武術の技巧を取り入れて完成させた<レイジングスピン>で、兵士らはたじろぐ。すると後方から来た援護であろう兵士らが銃を構えた瞬間に、ロイドはすぐに距離を取るように後退した。

 

「突出し過ぎだ、バニングス。だが、今回は感謝しておこう」

「だな。君は支援課メンバーの戦闘の援護を」

「ダドリーさんにアリオスさん……すみません、ここはお願いします」

 

結果的に不意を打たれる事態を回避できたことは感謝しつつ、後方で戦っている支援課メンバーのことを考えてロイドはこの場を二人に任せて後退した。そこに三名ほど応援が加わる。

 

「加勢いたします」

「あるじの危機、ここで見過ごすほうが不忠。助太刀させていただく」

「私も加勢いたします」

 

「<風の剣聖>だと!?」

「リベールの王室親衛隊にヴァンダール家…アルノール家の懐刀か」

「小娘風情が、調子に乗るなよ!!」

 

ダドリー、アリオス、ユリア、ミュラー、そしてエリゼがテロリストらと対する。正直何も知らない彼らからすればエリゼを『小娘』と評しても致し方のないことだが、逆に哀れという他ないということに同情だけはしておく。

 

「ごめん、みんな!」

「ったく、何も説明しないで飛び出していくのはある意味ロイドらしいがな」

「面倒だからさっさと片付けようか」

 

相手は人形兵器だというのに、ものの10秒で片付けるという結果。これには傍から見ていたレクターやキリカも感心したような表情を浮かべていた。

 

「及第点、といったところかしら」

「あれから一か月半ぐらいしか経ってねぇんだけどなァ……(煽るのはほどほどにしておくか…お星さまになりたくねぇし)」

 

正直レクターの側からすれば、これほどまでの急激な成長には内心冷や汗ものでしかなかったが。ともあれ、エレベーターホールの前で戦っていたアリオスらもテロリストを退けることに成功。その代償という形でホールへ向かう通路のシャッターが閉じられてしまった。すぐさまティオが持っていた端末にアスベルから預かったプログラムディスクを差し込み、内蔵されたデータを起動する。

 

「プログラム介入成功。タワーの機能が回復できました」

「プラトー、連中の動きは?」

「エレベーターは……地下に向かっているようです」

「ちっ、ジオフロント経由で逃げるつもりか。だが、飛行艇を使わずに……まさか、爆弾か!?」

「なっ!?」

 

ほぼ最悪のシナリオ通りという展開にダドリーのみならず支援課の面々も驚きを隠せない。すると、そこに姿を見せたのはミレイユであった。

 

「どうかしましたか!?」

「君は……連中の置いていった飛行艇に爆弾が仕掛けられている可能性が高い。その手に詳しい人間はいるか?」

「ならば我々にお任せを。テロリストの逃走経路確保にも備え、爆弾解除のメンバーをすでに階段経由で屋上へ向かわせております」

「ひゅ〜、手が早いことで。なら、俺様の出番はなさそうだなァ」

 

ミレイユの言葉を聞き、ダドリーは自身の上司がここまでの事態すらも読んでいたとおもうとその先見の明に内心戦慄しつつも、気を取り直して指示を出す。

 

「バニングス以下支援課のメンバーは同行せよ。テロリストをこの地から逃がすわけにはいかない!」

「はい!」

「マクレイン。念には念を入れて同行してもらえないか?」

「無論だ。公人がいるとはいえ、民間人にも危害を加えそうになった以上職務の範囲内だと解釈している」

 

ともあれ、ロイドら支援課の面々とダドリー、アリオスの面々は準備を急いで整えて他のエレベーターでジオフロントへと降下。逃げるテロリストを追う形となった。

 

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あちこち省いていますが……そもそも、シャッターぶち破れるだけの攻撃力有してるロイドが攻撃リソースに加わったらどうなるかはお察しのレベルというね(ぇ

 

軍用品がらみをああいう扱いにしたのは、そうでもしないとルバーチェとか黒月の武器関連が説明できなくなるからです。あきらかに重火器類なんて過ぎた代物でしょうし。

 

次回、いよいよテロリスト捕縛の巻。

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