アラカミ・001
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一つのヒトガタが在った。心の臓物を奪われ、右目は抉られ、腕はそこに在るべき場所に無かった。ヒトガタとしての在り方を完全に剥奪され、強奪され、破壊された物だった。

 

「なかなかに奇特じゃあないか。そんなモドキに入ろうなんて」

 

ソレを舐め回すような視線を送るのは、人の姿で在りながら狗の耳を持つ黒く異形の存在。その口元は歪に歪み、瞳は深い淵と絢爛な黄金が覗かせていた。

 

『いえ具drbhjぢぅgせrrdhjhytじょぎおぁあlkdfsdls』

 

ソレにまとわりついた黒い焔。ユラユラと揺れながら、腐肉の様な醜い光を放ち、この世とは逸脱した奇声をあげている。

 

「まあ、君がそのモドキが良いと言うなれば私は構いやしないさ。私だって狗神のモドキ。人を内包した神様モドキさ」

 

狗耳の少女はニタニタと歪な歓喜に満ち溢れていた。

 

     ・

 

ソバカスが自身のチャームポイントだと自負する少女、メルにとって、廃品処理場……通称ガラクタ置き場に来ることは日課に等しかった。油や生ゴミ、鉄屑といった、普通なら誰も寄り付かない様な汚い場所。だが、下層都市住民の技術者にとって上層住民の廃棄物は宝の山なのである。しかし、少女が見つけたソレはどう考えても場違いな物だった。

 

「死体?!……じゃ無い?」

 

仄かに赤く輝く長い黒髪。誰が観ても美人だと答えるだろう整った顔立ち。一糸纏わぬ玉の様な白い肌。ソレは、死体と見間違えた程に完成度の高い人型の何かだった。

 

「何でこんなものがここに?」

 

誰が造り、誰が捨てたのか?実に気になるところだった。だが、そんな考えを他所に興味の先であった人型の瞳がこちらを覗いていた。左右非対称の赤と黒の硝子玉が、とても色濃く、また、とても無機質な瞳。そして、ソレは唐突に口を開いた。

 

「人間……?」

 

ソレは少女に向かってその言葉を発した。その後、何か確認しているような感じで同じ言葉を繰り返し発していた。

 

「あなたは、何者?」

 

人間の少女であるメルに問い掛けられたソレは少し考える様な姿勢と動作をとり、そして答えた。

 

「ヒガナヤ」

 

ヒガナヤと名乗ったソレは表情に笑顔を作って立ち上がり、少女に向かって歩きだす。その動きの一つ一つが滑らかに動き、その表情は細部に渡って完璧。ヒガナヤを機械人だと思っていたメルにとってあまりに人間過ぎるその動作は彼女の知っている限りの機械人の性能を遥かに凌駕していた。

 

「お前様はなんだ?人間」

 

眼前まで迫ってきたヒガナヤの顔はもはや体温まで感じそうになる。だが、実際には無い体温と無機質なガラス球のオッドアイはヒガナヤが機械人であることを再確認させた。

 

「わた……私はメル」

 

「人間、メル?」

 

確認するように対面する少女の名前を確認するヒガナヤ。何故かは分からないが少し嬉しそうである。不思議な機械人だとメルは思った。余りにも人間味溢れているのに、その実は命無き機械仕掛けの人形。大人びた知的な感じがするのに、今は新しい玩具を得た子供の様な雰囲気を纏っている。そんなあまのじゃくな存在にメルは好奇心と探究心は非常にそそられた。

 

「メル……何故、笑っている?」

 

「ふへ?」

 

メルが自身の顔を触ると、実に分かりやすく目と口がにやけていた。そして、真っ赤になっていく顔を両手で覆い隠す。いくら興味が沸いたからといっても、その喜びをそのままにやけ顔として表情に出していたのだ。それをその興味の対象に注意されたのだから恥ずかしくない訳が無い。

 

「いっ…いや……あのね……その……」

 

赤い顔で百面相をするメルを興味深くじっと見つめるヒガナヤ。端から見れば実に異様な光景である。女性同士、しかも片方は百面相。片方は全裸である。

 

「メルは面白い。私はお前に着いていくことにした」

 

暫くの沈黙。

 

「えっ?」

 

一瞬の疑問。

 

「私はお前に興味が沸いた。だから、近くで見ていたい」

 

ヒガナヤからの誘い自体はメルが抱いていた感情と思案に一致していた。彼女を見てみたいと。

 

「……よろしくね。ヒガナヤ」

 

「よろしく。メル」

 

ガッチリと結ばれる握手。こうして一人の技術者と一体の機械人の生活が始まるのだった。

 

「ところでヒガナヤ。服着ようか……」

 

     ・

 

黒色の薔薇装飾が彩られた黄金の髪の人形姫。その前で膝を着くのは青色のフード付きのコートを纏った青色の騎手。

 

「毎日飽きないねぇ、ジャック君」

 

青色の騎手はジャックと呼ばれ少しだけ耳を傾けた。

 

「君はアラカミになれたが彼女はヤオロズ。魂はあるかも知れないが意思は無いんだよ?」

 

白衣を着たオレンジ色のポニーテール。丸眼鏡と薄ら笑いの女性……オーガストは無視を決め込んだジャックを見て駄目だコリャと一人何か分からないモノを造り始める。

 

「まぁ良いや。とりあえずお仕事頼まれてくれないかな?」

 

「……断れるのか?」

 

「泣いちゃうよ?なぁに、簡単な仕事さ。古い実験施設からデータを持ち帰りたいんだけどね、どうやら下級の荒霊が巣食ってるみたいで取りにいけないんだよ。だから行って来てくれないかな?」

 

「……相も変わらず人頼みなことだ」

 

     ・

 

二人の生活は、ヒガナヤの愛称から始まった。

 

「……メル。ヒナとは何の事だ?」

 

新しい住人の為にゴミ屋敷となっていたメルの住居を大掃除中の事だった。

 

「この看板の事だ。私の名前は“ヒガナヤ”だ。ヒナでは二文字足りない」

 

ヒガナヤが持っているのは可愛い丸文字で“ヒナ”と書かれたアルミ制のネームプレートだ。つい先ほどメルが出来合わせの廃材で急造した品物だ。

 

「“ヒガナヤ”って言いにくいから縮めて“ヒナ”って呼ぶ事にしたの。可愛いでしょ」

 

「かっ……可愛い……?」

 

歯痒いのか照れ臭いのか赤くしてそっぽを向くヒガナヤ。その姿を呆然と見つめるメル。

 

「照れてるの!?」

 

目の前にいる機械人の逸脱っぷりに改めてメルは驚きと探求心を動かされていた。

 

「可愛いなどと言われたのは初めてなんだ」

 

ヒガナヤはその整った顔立ちに少し笑みを浮かべながらまじまじと“ヒナ”と記されたネームプレートを見つめる。

 

「凄いわ」

 

感情を持ち合わせた機械。人と差異の無い外見と機能。解析したい。メルの頭の中にはその二文字で埋め尽くされていた。

 

「ヒナ。解析させて」

 

「断る」

 

無表情で即答するヒガナヤ。だが、そう簡単には引き下がれないメル。目の前には神の造形物と言って良いほどの完璧な精密機械が存在しているのだ。技術者としてこれほどの事態を諦められる筈がない。

 

「解析したい!解析させて!!解析プリーズ!!!」

 

指をワナワナさせながら後退りするヒガナヤに迫るメル。その表情は恍惚とした物に包まれていた。

 

「待て。待つんだ。落ち着け……そうだ。何か飲み物でも飲むんだ。落ち着いて話し合おう」

 

「駄目。我慢は体に良くないのよ」

 

荒くなった鼻息を抑えるつもりは毛頭も無いメルはあらゆる懐から様々な工具を取り出す。

 

「さあさあさあ、私に貴女を解析させなさい!!」

 

その輝く瞳はもはや変態のソレである。

 

「勘弁してくれ……」

説明
神とか悪魔とか人間とか、とりあえずカオスな物語。
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