外伝『魔弾と聖剣〜竜具を介して心に問う』―中章
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ヴィッサリオンが思わぬ誤算に気づいたのは、黒船の存在を察してから少し前だった。 

まずは、黒船の首長竜筒砲(アームストロング)から放たれた鉛玉。

怒砲――

鼓膜を突き破るかと思われるほどの発射音。砲弾より発射音が『遅れて』耳に届かれる。それがジスタート連合『三公同盟』の認識を狂わせた。

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要するに、迫りつつある弾は音よりも速い、ということだ。

――ならば!

疾風のごとき決断力。ヴィッサリオンは迫る『音』を上回る演算速度で、弾速、距離、時間、そのような空間概念を頭の中で解析する。

銀閃よりも迅速に。凍漣よりも冷静に。

最良な分析から最善の行動にて、ヴィッサリオンは目測距離を導いた。

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敵前方――ここから1ベルスタから3ベルスタ。遥か彼方の世界だ。

対して味方の射程距離は短いうえに、敵から見れば大した脅威となっていない。

さらに、ルヴーシュ水軍はどうやら黒船から何が『発射』されたことすら気づいていないようだ。ただ、うっすらと『煙』が立っているとしか認識できないでいる。

まずい――このままでは。ヴィッサリオンの脳裏に最悪の結末が浮かぶ。

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「一発でも、『逆星』を撃ち込ませてたまるか!――風影(ヴェルニー)!」

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『降魔たる|風竜の聖具《アリファール》』の翼(ヴェルニー)が羽ばたく。それは、天空駆ける竜の翼。

雇い主であるオステローデ戦姫の静止を振り切って、ヴィッサリオンは一陣の『疾風』と化し、船上を次々と飛び移る。

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「待て!ヴィッサリオン!『闇雲』に突っ込むな!――虚空回廊(ヴォルドール)!」

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『封妖たる|闇竜の聖具《エザンディス》』の翼(ヴォルドール)が羽ばたく。それは、暗雲駆ける竜の翼。

雇い主のこちらの静止を聞かず、ヴィッサリオンを止めようとする戦姫。当てのない見通しで行動させる……『闇雲』の言葉通りにさせてなるものか。

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(座標軸……固定!)

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男の行先はわかっている。エザンディスで切り裂いた空間廊下(トンネル)は、非常に安定した性質を持っている。『砲弾』の着弾地点が判明している以上、その軌道を算定して、到着位置へ辿り着くことは容易だ。

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「戦姫様!?どちらへ!?」

「あの傭兵(バカ)をとっちめる!」

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とっちめる?連れ戻す!の間違いじゃないのか?だが、一同は思った。

結局のところ、鬼神のごとき戦姫にはそれが最適なのだろう。竜の爪を身近で振るわれるより、他所のほうで暴れてもらったほうが効率いいはずだ。最も、臣下としてこの戦術思想は不謹慎かもしれないが。巻き込まれたくないが為に――

ともかく、黒船の暴挙を防ぐ見通しのないまま、ヴィッサリオンを一人行かせるわけにはいかない。闇の翼を広げて回廊を歩く戦姫は、ただ戦場へ赴く。

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――闇の竜具を抱く戦姫として、この戦乱を『暗雲ごと討ち払う』為に――

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◇◇◇◇◇

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ルヴーシュ船団へたどりついたヴィッサリオンの行動は迅速だった。

まず処分すべきは『音よりも速い砲弾』だ。

『螺旋』の軌道を描く砲弾に取り乱すことなく、ヴィッサリオンは『聖剣』たるカタナを抜き放つ。

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――狙いをすまし、『心』を『疾(はやて)』に――

――紅い鉛玉の『重心』と、かの剣の『芯鉄』が一直線になる様を思い描く――

――納鞘と刀身をそろえて、『星』を奔らせる!――

――手首の返し具合――

――刃の食い込み――

――『鉄球』とも思えぬ、果肉のような感触――

――ぴしゃりだ――

――想定を現実にして、鉄塊たる『逆星』は真っ二つに分かたれた――

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その芸術的な超常現象に対し、表情を驚愕に染める者がいた。

雷禍の閃姫だ。

そして、その戦姫を取り巻いていた武官たちも同様だった。

二つに分かたれた鉄の塊は、虚空に消え入り激しい水柱を浮き上げる。船を覆いつくすばかりの瀑布が生まれた。

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「斬……鉄?」

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雷禍の閃姫・鞭の舞姫と称されるルヴーシュの主は、我が目を疑った。驚いたのは、鉄を斬ったことではない。鉄を斬った『なにか』に対してだ――

ヴァリツァイフもまた、鞭という形状にそぐわず竜の牙に比すべき強度、砕禍に恥じることのない力を秘めている。無論、鉄塊の砲弾を文字通り『粉砕』することができる。だが――

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『人の手で造られた』と思われるヤーファのカタナで、竜具と同等のことをやってのけた。

斬鉄……文字通り、鉄を両断する『居合の極み』にして、尋常でない速度の『抜刀』と『斬撃』の複合技。

すちゃり。

カタナを鞘に納める音が、その場にいた全員の意識を現実に戻し、一人の男に視線を注いだ。『黒髪の男』にだ。

その姿は青年だった。

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「貴女が、ルヴーシュの戦姫様ですね。間に合って、よかったです」

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鉄を切り裂いて驚愕していた周囲を他所に、ヴィッサリオンは口元に薄く笑みを浮かべる。『鉄』を切り裂いた『カタナ』を見せつけるかのように――

崇高(すうこう)。その意志を体現せし刃形の『反り』

美事(みごと)。その一言に尽きる刃面の『霞立(かすみだち)』

波打つ刃紋が、天の光を一寸の漏れさえも許さない。

禍を払う。それのみを追求した気高い『得物(カタナ)』。

本来なら人間が『人ならざる者』を封印するために作られた聖剣の模造品(イミテーション)。

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「……竜具以外で『鉄』を斬れる『剣』があるなんて……」

「驚かれましたか?|雷禍の閃姫《イースグリーフ》様」

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心を読まれたかのような顔で、戦姫は青年を見やる。そしてヴィッサリオンは戦姫を気遣うように声をかけた。

だが、状況はいまだ二人に沈黙を許さない。二人のやり取りを『隙』とみた黒船は、動力に物言わせる航行速度で一気に距離を詰めてくる。

黒船の真っ白い潮吹(ブロウ)が、天高く舞い上がる。『機械仕掛けの魔弾』を撃墜された怒りなのか、もう勝利を約束したかのような『勝鬨』なのかはわからない。あるいは、その両方――

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「礼など言いませんわ。あれくらい自分で何とかなりましたのに」

「そいつは余計なお世話でしたな。失敬」

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そっけなく返事をヴィッサリオンに返してくれるあたり、雷禍の戦姫は特に『黒船』への恐怖は抱いていないようだ。むしろ、黒髪の傭兵は閃姫の雷鳴(かんしゃく)に触れてしまった黒船へ、哀れみさえ送りたい気分だった。雷禍の竜の逆鱗にもふれたのかもしれない――

しばらくすると、青年と戦姫の間に『空間』を割って入るもう一人の戦姫が遅れて現れた。驚くよりも先に、侮蔑を一本差し入れする。

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「音よりも速い弾に対応できなかった娘が、よくもその口をきけたものだな」

「|虚影の幻姫《ツェルヴィーデ》……貴女という人は!」

「二人とも、落ち着いてください」

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何とか戦姫二人をなだめようとするヴィッサリオンの表情は苦い。仕方がない。何しろ、一騎当千の戦姫が睨みあっている為、肌にびりびりと伝わるその威圧感が半端じゃない。雷禍の戦姫もまた『竜姫将』の一人なのだから――そして、煌炎の戦姫も例外なく『竜姫将』ということを。

ともかく、黒船撃退への道筋を得るには、この二人の戦姫の協力が欠かせない。頭が痛くなる思いを抑えて、ヴィッサリオンは二人に告げる。

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「もう『鉄』で覆われた黒い船はそこまで来ていますよ。今のうちなら『旋回』で回り込めるはずです。おそらレグニーツァは行動を起こされているかと」

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確かに、ヴィッサリオンのいう通りだった。彼の指さす水平を戦姫二人が見やる。

先ほどの軍議で話し合った通りに事は進みそうだ。どうやらあの黒船は『速度』に『旋回』能力を奪われていて融通など利いていないようだ。

この好機、偶然であったにせよ、我々が風向きをつかんでいる好機、そしてこの瞬間(チャンス)を逃す手はない。こちらを上回る速度であるにも関わらず、あの黒船はむしろ振り回されているように見えた。

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(どんなに立派な『玩具−ブリキ』でも、正しい運用を行わなければ壊れた時の『保障』はきかないぞ)

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軽くため息をついたヴィッサリオンは、心の中で黒船の搭乗員にそうつぶやく。

黒船接触まで――約700アルシン。

先ほどの『音よりも速い砲弾』と、黒船の速度を推し量って、到達時間を予測するのは容易だ。ただ、回り込む判断時間(タイミング)を誤っては、あの海のように、この作戦が全て水泡となる。

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「ヴィッサリオン。貴様は確か、『カンセイノホウソク』といったな」

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未知な概念を青年傭兵に問う戦姫。軍議で発言されたその概念は、ヴィッサリオンからもたらされたものだ。正確には、知識欲の権化である初代ハウスマンが出所なのだが――

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「ええ。おそらく、黒船のとれる行動はたった一つ……ほぼ『直進』しかないでしょう。あそこまで慣性が働いている以上、もうこちらへ突っ込むしかできないはず」

「影の戦姫のように……とは言いませんが、うまく『無人船』に積載した『硝石』と『燃える水』、直進すると思われる黒船の『ドウリョクゲン』と反応を起こせばいいですのね」

「さらに付け加えるなら、黒船同士をルヴーシュの旗艦ごと輪廻(ウロボロス)のごとく『連環』せしめてから――だな。ヴィッサリオン」

「あなたが『陰険』に敵戦艦の『首長竜筒砲』をちょん切ればよろしくて?もっとも、特攻が趣味の貴女には、我々との連携について高望みしませんが――」

「こいつの癇癪(かみなり)で『誘爆』して味方への『誤爆』になりかねないから気を付けないと」

「うだつの上がらないそこの傭兵と心中する気なら、手を貸して差し上げてもよろしくて」

「遠慮しておこう。『手』を貸すどころか『刃』の立たない小娘に『足』を引っ張られたのではたまらないからな」

「鬼神の貴女に唯一ヒロインチックな終曲を奏でて見せましょうと気を利かせたつもりですが――」

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凱が居合わせていれば『恋人と沈みゆく船』をタ〇〇ニック号と突っ込んでいたかもしれない――

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「……頭が痛くなる言い合いはやめてくださいと申し上げたばかりですよ。だんだん私怨がにじみ出ていますって」

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軽くため息が出てしまう――ルヴーシュの戦姫にうだつの上がらないといわれて、少しへこんでしまうヴィッサリオン。ともかく――

オステローデやオルミュッツのような寒冷地において、最大の危険性を持つ引火性液体。ヴィッサリオンは低温下においても『可燃』できる液体を用意させた。これが勝利のカギになると信じて――

この時代においては『禁忌』と謳われるほどの火力を有しているもの。『燃える水』の爆発的な燃焼力でなければ、すぐさま黒船によって消火されてしまう。衝突の際の砕かれる鉄の微粒子を『粉塵爆発』の為の起爆剤とし、連鎖反応で黒船軍団を焼失させるしか手はないだろう。

雷禍の戦姫がいう『燃える水』は、前海戦の折にオステローデの戦姫が捕獲した臭水を、参考標本(サンプリング)として鹵獲したものを、ヴィッサリオンが虚影の戦姫を介して複製させたものだ。

幸いだったのが、『燃える水』を構成たらしめる高山油田がオステローデにあったことだ。それが燃える水複製の精製時間短縮につながったわけであり――後の『塩田開発事業』はその副産物として、次代への戦姫の面影として残ることとなる。

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(戦姫様達が力を合わせてくれれば、カヴァクなる『機械文明』にも十分立ち向かえるんだがな――)

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力なくため息をつきながら、ヴィッサリオンの心中にはある確信を得た。上出来だと――

ヴィッサリオンは口に出さず、心の中でそう戦姫二人を称賛した。科学たる物理法則に、力学の具現化とも取れる竜具の主では、知識体系(ヴェーダ)を受け入れることはできないかもしれない。そのような不安要素は、若干ながらヴィッサリオンの意識の片隅に残っていたからだ。

しかし、戦姫は『カヴァク』なる概念を、『ヴェーダ』たる知識にて、強敵に立ち向かおうとしている。多少の皮肉や嫌味こそ浴びせあっているものの、こうして未曾有な危機の前には、しっかりと力を合わせて立ち向かうことができる――ヴィッサリオンはそう信じている。

ならば、自分は『非才なる身の―全力を以て』この力をふるうまでだ。

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――目の前にうつる全ての命を救う為に――

――願わくは、この刀身に映り返る人たちが、救われることを――

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「――ともかく、向こうのせいでこちらの出鼻がくじかれた。くじき返すにはちょうどいい反撃になる」

「戦姫様。ならば私は奴ら黒船の出鼻をくじくために早速切り込んで参りましょう※2――いで!」

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ふいに、ゴツンと殴られた衝撃を後頭部に感じた。振り返れば、オステローデの主様が手のひらをグーでナックルを入れたのだった。

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「貴様は我が国の……いや、この戦での『勝利のカギ』なんだぞ!突撃で討ち死では話にならん!」

「やはり似たもの同士ですのね。やはり心中する場を提供して差し上げますわ」

「先に私の逃げ場を提供してくださるとありがたいのですが……いだだだだだ!髪を引っ張らないで!」

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もともとこの不遜な傭兵を連れ戻すことが目的だ。そのためにわざわざ竜技さえも使って、ここまで足を運んできてやったのだ。このくらいの罰は与えてやりたいし、これで済めば安いものだと思ってもらいたい。時間も体力も空費するなど毛頭ない。

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「――虚空回廊(ヴォルドール)」

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鎌の舞姫がそうつぶやくと、手元にある大鎌を一閃させて黒紫の回廊が開かれている。虚空へ続く扉の余波を浴びて、彼女の美しい髪がかすかに逆立っていく。

竜の逆髪―オステローデの姫君。

それは、戦姫の怒りに触れたものが表現する、文字通り『竜の逆髪』そのものだった。文字通り逆さまに髪の毛を引っ張られながら、ヴィッサリオンは虚空回廊の闇へ連行されていった――

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二人が虚無の向こう側へ飲み込まれていくのを確認した後、雷禍の閃姫は部下に再指令を通達。鞭のしなる音とともに発せられた。

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「軍議で打ち合わせた通りです!予定通り各自配置に付きなさい!」

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黒船の予想外な攻撃――鉄塊の魔弾によってこちらの出鼻をいくらくじいて来ようと、ルヴーシュの二つ名『竜の眼光』を鈍らせるには程遠い。そう思い知らせてやる。

竜の眼光――雷禍の閃姫が魅せる奥底の瞳に、敵をひるませる『眼光』がそこにあった。

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「――ヴィッサリオン……この戦いが終わりましたら、ひとまず贈り物をして反応を見てみようかしら?」

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カンセイノホウソク、ザンテツ、モエルミズ、クロフネ、そして、雷禍の戦姫に伝えし『機雷(マイン)』の原理と呼ばれる偽装罠――

様々な概念。数多くの『宝箱』を運んできた『宝船』のような存在。同時に、その卓越した能力ゆえに、彼の存在は黒竜にとっての『脅威』ともとれる。彼の存在は、はたしてジスタートにとっての『希望』なのか。それとも『絶望』なのか。

かつて、聖痕を発掘した太古の偉人は、その両方を詰め込んだ宝箱を、こう命名した。『パンドラの箱』だと※6――

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オステローデ、ルヴ−シュ両軍が黒船撃退へ向けて併走している中、レグニーツァ船団は黒船集団の最後尾へ回り込んでいた。

少数精鋭。黒船集団を目視した第一印象はそれだった。数としては、手の指を折り続けるだけで間に合いそうなくらい―― 

軍議での打ち合わせ通りだ。

黒船の『速度規制』をかけるための――無人船衝突による爆厚消波――要するに機雷戦法だ。

このままいけば、敵はうまくこちらの策に乗ってくれそうだ。この策の発案者は煌炎の姫君。大人しい顔立ちして猛火のような提案内容に、その場にいた全員が息をのんだそうだ。

あとは、直進軌道中の黒船に『旋回』で回り込む。タイミングさえぴたりとはまれば、奴らの尻に火を焚きつけて大慌てさせる様を想像すると、つい笑みが浮かんでしまう。

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「首長竜筒砲(アームストロング)といったかな?どうやらあれは左右には『旋回』して射角をとれないようだね……だけど」

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あの射程距離ははっきり言ってバケモノだ。しかし、こちらは自然天然の『風』をつかんでいる以上、運動性は我々が上。同じ『力学』に従うなら、自然原理を従える『黒船』より、自然原理に沿う『木船』のほうが、有利に決まっている。

まずは第一関門、砲門たる『竜の登門』を通過。問題はこれから第二関門、銃筒たる『虎の洞穴』を抜けなければ。

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「……蜂巣砲(ガトリングガン)……あれは少し厄介だ」

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目を瞬いた時が最期だ。まぶたの生理現象さえも認めないかすかな時間。どのような『神弓』と謳われる使い手であろうとも不可能と言われる、『超連射−瞬間16射※1』を可能にする兵器。

軍議にてオステローデ側からもたらされた情報を、最初はこの耳を疑いもしたものだ。

――フンソク200発以上――60数える間にそこまで放つことを可能にする機械輪廻(サイクル)は、もはやこちらの常識を逸脱している。

どうにかできないものか……逡巡したその時!

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「ちっ!『蜂の大群』か!」

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目に見えるは『赤白い糸状の針』、若しくは、特攻蜂といえばいいのだろうか?幾つもの砲身が備わっている構造が蜂の巣に似ている。故にあれは『蜂巣砲』と呼ばれているはずだ。蜂の巣たる銃口から放たれた『蜂の大群』は、煌炎を目指して無慈悲に突き進んでいく。次々と戦姫旗艦の木端欠片を削り取っていく。まるで『虫』にかじり取られたかのように――

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――蜂巣……フレローリカ――

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――蜂牢……フレロール――

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そして……蜂巣砲――ガトリングガン。

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「戦姫様ああ!赤白い蜂の大群があああ!」

「怯むな!このまま突っ込んでくれ!」

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部下の旺浪する恐怖の声に対し、煌炎はぴしゃりと言い放つ。己の死を主の命令に預けて、ひたすら櫂(オール)をこぐ!

戦姫の操舵を任されたのはこの二名、マドウェイとパーヴェルだ。先ほど言い争っていた時とは打って違い、戦姫の覇気に押されて、己の使命を全うしようとする。初陣とは思えない思い切りの操舵術の良さだ。

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――それでも――

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今のレグニーツァの現状は、蜂の巣をつつかれたような状況だ。

今の我々にとって、あまりにもこの名称は皮肉すぎる。それとも、あの黒船の艦首で女王蜂が、羽音のような銃声をかき鳴らしながら、今を惑う我々を嘲笑っているのだろうか?

二次元である『面』に上乗せした『時間』と『物量』の弾丸嵐が、こちらの戦力を無力化する、そうなる前に手を打たなければ――

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「――陽炎(オストレスク)」

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突如として、レグニーツァ精鋭船団は陽炎に包まれる。それと同時に瞬く、圧搾された余剰熱が海水と接触。あたり一面が『海霧(ヘイズ)』となって戦場に散布されていく。※3

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「煙幕?」

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戦姫の旗艦の者どもは、摩訶不思議な蜃気楼に対して全員そうつぶやいた。

竜の『牙』たる煌炎討鬼(バルグレン)。竜の『息』たる飛炸焔(レグルイフ)。竜の『角』たる突火槍列(プラムオーク)、そして、竜の『粧』たる陽炎(オストレスク)だ。

こちらの文明力では、どれだけ装甲を底上げしたところで『焼石に水』だ。見えない弾速の破壊力を見るところでは、おそらく鉄盾さえも貫通するだろう。完全に防ぐには何枚も重ねる必要がある為、防御という点では伸びしろなど全くない。

この際、こちら側の『被弾率』を破棄。そのかわり、攻撃側である黒船の『命中率』を低下させる。そう判断した戦姫の行動は素早く、何より正しかった。正しさを証明したのは、彼女の戦い前のあの『想い』であるということに間違いないが――

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――この私が君たちを置いて倒れる気はないし、死なせるつもりは毛頭ないけどね――

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「戦姫様!これでは我々も黒船を索敵紛失(ロスト)してしまいます!」

「心配ない!その光明への航路は私が導く!」

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事実、霧がこちらを隠している以上、こちらも相手を見つけるのは困難なはずだ。もちろん、戦姫もそれは百も承知。いかなる手段であれ、姿が見えなくともこちらが敵の位置を掴んでいれば問題ないはずだ。

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(熱の『跳ね返り』で常に黒船の位置を把握できれば、黒船を見失うことは大きなハンデにはならないさ)

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そして、このままずっとまっすぐ進めと、総舵手に指示を出す。

これはバルグレンの力、竜の『髭』たる熱源探知だ。

遠くに離れていれば、『首長竜筒砲(アームストロング)』うかつに近寄れば、『蜂巣砲(ガトリングガン)』

だが、その心配は杞憂におわり第2関門を突破する。

あとはこの『火炙り』で、黒船の蜂どもが大騒ぎを起こしてくれれば――

やがて黒船との遭遇接近(ランデブー)を果たし、マドウェイが現状を報告する。

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「戦姫様!黒船への『上陸』まで拾い数10!」

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先ほどまでなら、蜂の巣をつつかれたような騒ぎであった。にも関係なく冷静を務めて告げるマドウェイを見て、煌炎の戦姫は薄く笑みを浮かべる。不思議な頼りがいを、この部下に感じ取っている。

ただ激しい炎のような燃え上がる闘争心だけでは、勝利への道を照らすことはできず目を曇らせてしまう。時には彼のように『カンデラ』に比す落ち着いた火だって必要だ。

レグニーツァの指揮官は目前の黒船との距離と時間を推し量って即断した。もはや迷っている時間はない。

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「総員!黒船へ向けて全速全身!突撃せよ!」

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今ここに、専制接触を果たしたレグニーツァは、黒船のケツに火を焚きつける勢いで『上陸』していった。

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『同刻・オステローデ船団・艦首ブリッジ』

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レグニーツア旗艦であるこの船『甲胃魚号(ダスパリーバ)』は戦姫を戦線へ最大航速で送り込むための専用母艦である。

その性質の為、大きさこそ他の船とほぼ全長が同じであるが、戦闘乗組員の搭載能力は極端に低い。他の戦術運用もできるのだが、あくまで基本は戦姫専用船の為、武装のほうもそれほど高くない。

攻撃は基本的に頼るものがないが、全身に細工された穴部へ配備された『細矢』や『バリスタ』、『連弩』のおかげで迎撃能力は高い。武器軽量を図って総重量をできるだけ浮かせた結果の武装だ。

戦略級の戦闘力を誇る『戦姫』を迅速に敵軍の『急所』に運びこみ、戦局を一打で決定づける『勝利のカギ』として――

他艦と同列を組ませることはない為、レグニーツァ独自の運用が想定されている。

かの船の運用を見届けていたオステローデ主は、ついに自分たちが動く時だと判断する。

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「レグニーツァのコバンザメが黒船にとりついたようだな」

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コバンザメとは、先述した甲胃魚号(ダスパリーバ)を指している。なるほど。あれほど小回りの利く運動性よしの船をそれに例えるとは――鬼神と称えられた戦姫らしいといえばらしいのだが。

しかし、その辺の巡洋魚で例えられると、レグニーツァもなんだか気の毒である。隣にたたずんでいるヴィッサリオンは盛大にため息をついた。

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「……黒船を『粉砕』するなら今か――戦利品にあの煌炎の揮船もついでにもらえないものか――」

「恐ろしい事をさらりという姫君ですな。言い争いの『火種』になるから自重してください」

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黒船のケツに火を焚きつけて、連環的に被害を与えたのち、3公国の全水軍で総攻撃をかける。そのためにわざわざ『弱く見せられる木造船で戦意の火をあおる』策を用いたのだ。※5

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「とはいえ、あの……『首長竜筒砲アームストロング』といったか?そろそろ黙らせておきたい頃あいだ。ヴィッサリオン、貴様も付き合ってもらうぞ」

「先ほどわたくしを連れ戻したと思い一転、戦姫をはべらかして死地に同行せよとは……これいかに?」

「勝利のカギは最後まで扉を開くまで取っておくものだが、使わなければ扉は閉じたままだ」

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温存と果敢の両極端の思考を持つ戦姫の判断は、本当の意味で正しいと思えた。そろそろ言ってくれなければ、ヴィッサリオン自ら申し出ようとしたところだ。先ほどヴィッサリオンを無理に連れ戻したのは、味方が黒船にたどり着くまでの自軍航行速度が失速するのを危惧したからだ。これでは策が成り立たず、ヴァルガ大河へ敵の侵入を許してしまい敗北してしまう。そうなれば瞬く間にジスタ―トは蹂躙されるのは目に見える。

しかし、黒船の牽制攻撃によるルヴーシュ撃沈ともなれば、その策さえも成り立たないわけで――ヴィッサリオンの、身を挺して鉄塊なる魔弾を切り裂いた『斬鉄』行動も正しいといえる。

この距離なら、黒船との接触でオステローデ、ルヴーシュ二国とレグニーツァの『挟撃』が可能だ。ある程度敵の速度に見切りをつけたら、あとは『無人機雷船』にぶつけて撃沈――それで終わりだ。

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「まもなく黒船へ『上陸』する!過去に祖国を蹂躙された恨みを!いまここで晴らすのだ!」

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黒船への上陸を果たす――ジスタートにとって、黒船の甲板は未知なる大陸そのものだ。

宝箱は?その中身は?足を踏みしめる鉄の『大地』には何があるのか?これを思わずして、『上陸』以外にどう表せというのだろうか?

そんな思慮と好奇心を打ち砕くかのように、敵兵は待ち構えていた。がしゃりと兵器を構える連中がずらりと並ぶ。『長い筒』を構えて、オステローデに一斉掃射で畳みかけようとする。

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「――黒霧(ティンカー)!」

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『銃』の引き金を引かれる前に、戦姫は竜具にて空間を一閃した。裂かれた空間からまるで墨汁のように『霧』を模した『受動式煙幕』を張る。こちらの霧は、敵からの衝撃等を受け止めることで『増旋消滅』を引き起こす。

銃声鳴り響く中、鉄砲玉が無慈悲に飛んでいく――

受け止められた『鉛玉』は常闇に飲み込まれ、ドス黒い煙を上げて消滅四散した。

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「全軍!火を飲み込む勢いで奮起せよ!」

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いわれるまでもなく、オステローデ水兵達は火を飲み込むような思いで、敵兵に食って掛かった。『過去』の黒船で蹂躙されたあの恨み――黒竜の化身が建国せしより続く、怨念に近いそれを果たすために――

黒船甲板(デッキ)の開口部(ハッチ)から、乗組戦闘員と思われる集団が吐き出される。まるでイナゴの大群のように、オステローデの精鋭へ襲い掛かった黒船の海賊たちは、ジスタートの迎撃を受けつつも、銃を撃ちながら各地所定の位置に立つ。敵の集中砲火を浴びないよう、すかさず戦姫は散開の指示を出し、海賊を求めて走らせる。

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「――虚空滅彩(ヴォルドレイク)!!」※8

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深紅と漆黒の滅波に彩られた大鎌を地面に突き鳴らし、鬼神を彷彿させる虚空結界が戦姫を中心として発生する。押し出された空間の圧力に耐えかねて、遠呂智の二つ名を持つ戦姫の『蹄−ハイヒール』は、機械仕掛けの鉄塊たちを瞬く間に『踏み散らかした』――

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(首長竜筒砲―アームストロングはこれで大体片付いたはずだ)

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本来、竜技は人に向けて放ってはならない。戦姫と成りしものならだれもが知っている暗黙の了解。

だが、相手が『機械仕掛け』なら、一切の躊躇はいらない。それがせめてもの救いだった。

闇竜の『牙』たる|封妖の裂空《エザンディス》。闇竜の『翼』たる虚空回廊(ヴォルドール)。闇竜の『粧』たる黒霧(ティンカー)。そして、先ほど繰り出したのは、闇竜の『蹄』たる虚空滅彩(ヴォルドレイク)だ。

それから――戦姫は竜具を鮮やかに振るい、廻し、斬首刑の大判振る舞いを施していく。

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戦姫の武に慄くがいい――

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戦姫の舞に散るがいい――

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――竜姫将はここにあり!全員我に続け!――

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オステローデ全軍の指揮は異常なまでに高かった。だが、兵力で勝る黒船では元より『占領』はできない。もともと黒船に『速度規制』をかけるための奇襲なのだから、とりわけ占領する必要もないのだが――

黒船の船員は、やはり過去と同じ人間だった。切れば赤い血が流れ、恐怖に慄けば腰を抜かし、その辺の荒くれどもと大差ないごく普通の『人間』だった。

そのような雑魚は配下に任せ、戦姫たる自分は次々と射殺兵器をつぶしていけばいい。

ジュウとやらの予備動作は、すべてヴィッサリオンから教えてもらった――自然と落ち着いて対処できる自分が、自分じゃないような気がして、不思議な高揚感が彼女を包んでいた。

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その黒髪の傭兵は一人も切り捨てることなく、敵兵を食い止めていた。

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「銀閃殺法――地竜閃(スローブレード)!!」

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大地を叩き鳴らす地竜の尾の一撃!振り下ろされる一刀は、巨塔と誤認させる大迫力!

瞬く間に鉄の大地を打ち砕き、ヴィッサリオンは浮足立った敵兵に『峰打ち』で戦闘不能を施し、ことごとく『沈黙』させていく。

『竜技(ヴェーダ)』が文字通り、『翼』『牙』『爪』のような竜の『姿』を再現するならば、この銀閃殺法を開教祖とする『竜殺法』が再現するのは、『地竜(スロー)』『飛竜(ヴィーフル)』『火竜(ブラー二)』の動作を模倣した竜の『舞』だ。竜具の形状と竜の舞の組み合わせ次第では、計り知れない相乗効果を出してくれる。

血だまりはない。返り血さえもない。血脂の付着していない刃。

天から差し込める光を跳ね返す『カタナ』を見ていた戦姫は眉をひそめた――

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(……不殺……)

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遠巻きに見ていた戦姫は、黒髪の傭兵の事後処理に、言いしれない苛立ちを感じていた――

戦姫と同等の戦力ととらえた敵銃騎兵は、ヴィッサリオンにもその凶口を差し向けた――

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(今度は散弾銃……俺が知っている『魔弾』じゃないな)

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火打式銃(マスケット)から施条銃(ライフル)。連射機能を極めた蜂巣砲(ガトリングガン)。奴らはここまで『力』を手にしていたのか?カヴァクなる連中の文明発展速度に、ヴィッサリオンは戦慄を覚えた。

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――散弾銃―ショットガンから発せられた八条の朱白い閃光は、確実に人体へ直撃進路を奔っていた――

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数で勝る重火器の前に、銀閃の使い手ヴィッサリオンが舞い降りる。そして瞬時に『鉛玉8発』を固定すると、『カタナ』から瞬閃八斬の光が迸った。

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「銀閃殺法――八頭竜閃(ヤマタノオロチ)!!」※9

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銀閃の極みたる、『神速』の天譜。ヴィッサリオンが持つ3つの才能『神算』・『神速』・『神技』のうちの一つ、『神速』を最大限まで高めて繰り出す技。ヤマタノオロチというのは、東方国家ヤーファに伝わる神竜の名だ。頭に文字通り8つの頭を備えているから、そう呼ばれている。

ヴィッサリオンの剣閃に殺傷力を奪われた『鉛玉』は、むなしく眼下へコトリと落ちる。敵味方入り乱れるこの混戦状態の中で、あやまたず敵の攻撃だけを捌いた手腕はさすがというべきか。その凄まじい戦闘力に、敵のみならず、味方のオステローデ兵までしばし茫然として動きを止めた。

そこへ、虚影の戦姫が飛び込み、彼をかばうように再び敵海賊の魂を狩りとっていく。たとえ未知なる兵器を前にしても、場数だけはしっかりと踏みしめている戦姫だった。

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――こうして、望む航行速度に至るまで、黒船甲板では敵味方入り乱れる混戦状態となった――

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『同時刻・黒船・最深部・発令区画部』

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一方、黒船の最深部では、甲板たる『陸』の様子を見つめるものがいた。『人』と『魔』である。

正確には、オルシーナに住み着いている海賊たる人と、昔話に例えられる『蛙』と『鬼』なのだが――

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「ど!どうするんでい!?親方!こんな鉄の塊が切り札だったんじゃないのか!」

「このままでは『竜の心臓―シレジア』へ着く前にまいっちまいやすぜ!」

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まだ戦力的にはこちらが有利のはずだ。だが、所詮は海賊。戦闘はこなせても、戦術まで見据えるには至っていない。優勢という頂点に浸かっていた気分が、一気に瓦解している今では冷静に務めることさえできない。

『監視設備(モニター)』と呼ばれる、遠隔映像を映し出す箱の様子を見つめて、『人』は狼狽するばかりだ。

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(やはり侮れん国だよ、ジスタートは。『――――』がむきになるのもわかる)

(今頃ハウスマンはテナルディエの旦那と『交渉』しているころだし、向こうでも『実演』が始まってるとおもうよ)※10

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この兵力差をして、策を用いて持ちこたえられるとは。『レスター』は感心してしまう。

領海ギリギリで黒船を引き付けておいて、おそらくは二次災害の及ばないところで黒船の存在を『始末』するつもりだろう。監視設備越しでもわかるように、戦姫はよく『機械文明』を相手にして、なかなかの戦闘を繰り広げているようだ。

『人ならざる者』たちは、言葉を発することなく、意識通話のみでことを済ませる。こうすることで、言葉による対話より、確実かつ迅速に意思疎通ができるからだ。

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「や……やっぱり切札は他にあるんじゃあ……レスターの旦那!」

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レスターと呼ばれた禿頭の男は、厳かに告げた。

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「……切札ならある」

「な!なんでい!?レスターの旦那!早く教えてくれ!」

 

切り札はある。確かにある。その前にもう一働きしてもらおうか。

竜の心臓―シレジアへたどり着くその前に……そう、『心臓』だ。

 

「何でもやるから、教えてくれよおおお!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――それは、お前の『心臓』が知っている――

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あとがき――

 

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ここまで読んで下さり、ありがとうございました。あと一話投稿して外伝はとりあえず終了して、本編へ戻ります。

 

では※について解説を――

 

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※1 高橋名人の16連射が由来。

 

※2エレンの突撃思考の面影。原作では少なからず単騎突撃の傾向がみられ、リムたちを心配させることもあった。良くも悪くも先陣きって部下たちへの鼓舞たらしめる『勇者』の素質が彼女にあり、ヴィッサリオンの『勇者』としての矜持が、『戦姫』の矜持として受け継がれていくこととなる。

 

※3高気圧から噴き出す暖かい空気が、冷たい海面の影響を受けて霧を生じさせる、煌炎の『力学』がもたらすもの。バルグレンの刃の表面から発せられる火粉の存在も、霧発生に一役買っている。イメージはドラクエ3の幻惑呪文マヌーサ。

 

※4熱分布による物体放射の赤外線を感知するサーモグラフィを模したもの。感知器官(センサー)たる竜の『髭』バルグレンの能力。

 

※5原作5巻のスティードの台詞『弱々しく見せることで、こちらの戦意をあおる策』から

 

※6漫画『フリージング』より。(本作はフリージングと同じ世界観を共有する、遠い未来の話)

女性の脊髄に直接『次元連結物質―聖痕』を埋め込み運用する計画の総称。詳しくは「フリージングFINALアンリミテッド」の用語辞典を参照のこと。(余談だが、フリージング2期のOPは、魔弾の王と戦姫OP『銀閃の風』、特別ED『竜星鎮魂歌』を歌い上げる・鈴木このみ氏)

 

※8イメージは無双シリーズの魔王遠呂智のチャージ1攻撃。鎌を眼下にたたきつけるあれ。

 

※9イメージは思いっきり飛天御剣流の『九頭竜閃』

 

剣の銀閃、槍の凍漣、杖の光華等あるが、武器の形状が変わっても、基本動作は統一されている。

 

ちなみに銀閃殺法は最後に『閃』がはいる。

 

現在判明している動作は下記の通り。

 

地竜閃―スロウブレード。地竜の『尾』を叩きつけたり、巨大な『足』を踏みしめる動作を模する唐竹割り。純然たる力の技。相性の高い竜具は『崩呪の弦武―ムマ』

 

八頭竜閃―ヤマタノオロチ。八岐大蛇の『頭』と同数の斬撃を同時に繰り出す。相性の高い竜具は九つの鞭に分かたれる『砕禍の閃霆−ヴァリツアイフ』。上位技として『九頭竜閃―コガシラノオロチ』がある。

 

海竜閃―リヴァイアサン。海竜の『胴』を模倣した斬撃術。イメージは龍巻閃。派生技として、横水平に大きく巻き込む『泡飛沫―ムーティラスフ』、螺旋状に切り結ぶ『大海嘯―タイダルウェイブ』、高速の縦回転による『銀流星−シルヴミーティオ』がある。(ちなみに、第2話でヴォジャノーイに凱が向けて放ったのは、大海嘯―タイダルウェイブ)。

 

※10この話は、外伝『The.day.of.Felix』to?と時系列は同じ。この『海戦』と『陸戦』の機械文明の誇示の為に、ハウスマンはテナルディエとジスタートの同時接触を果たしている。

説明
魔弾の王と戦姫〜獅子と黒竜の輪廻曲〜

竜具を介して心に問う。
この小説は「魔弾の王と戦姫」「聖剣の刀鍛冶」「勇者王ガオガイガー」の二次小説です。
注意:3作品が分からない方には、分からないところがあるかもしれません。ご了承ください。
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魔弾の王と戦姫 勇者王ガオガイガー 聖剣の刀鍛冶 

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