arrive(機動警察パトレイバー後藤&しのぶ)
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「新型機みていかないの?」

 かつては剃刀の異名で名を馳せた、今はすっかり昼行灯の男がのほほんと新聞を眺めながら無遠慮に聞いてくる。

 まったく、この男はどうしてこうもデリカシーに欠けるのか。

 だがここで感情的になるのも大人気ない、としのぶは内心溜息を吐く。

 そもそも三年前の機体を使用している第一小隊も衣替えの時期なのだ。

 ただ新たに第二小隊を設立するという話を聞いた時点で、ただでさえ予算厳しい特機部隊なのだから、しのぶは自分の隊に新型が来るという可能性は捨てた。

 捨ててはいたのだが、新型が導入される第二小隊の隊長である昼行灯──後藤に言われると、やはりそれなりに腹が立つ。

 内心の憤りをひた隠し、しのぶは帰り支度を整えつつ平静な顔を作って答えた。

「くやしいからみないわ」

「ほう」

「というのは冗談。何時に着くかわからないもの待ってられないもの」

 前者も後者もしのぶにとっては事実だった。

 悔しくはあるものの、しのぶが指揮する第一小隊は人材について申し分なく、旧型であるハードを何度も実力で補ってきた。今後もしも上層部が必要と判断したなら、第一小隊にも新型機が導入されるだろう。それまで待てばいいだけの話だ。

 加えて激務が続いていたというのもその通りで、わざわざ今新型の到着を待たなくとも、どうせすぐ見る事になる。それくらいなら少しでも体を休めたい。

 そんなわけで、98式AV──通称イングラムが今夜到着する知らせが入ったものの、しのぶはそれを見ていくつもりはなかった。

「今日まで激務が続いてたのよ。一晩ゆっくり寝たいわ」

 それじゃ、と隊長室のドアノブに手をかけたしのぶだったが、ふと背後に気配を感じて振り返ると、いつの間にいたのだろうか、そこに後藤が立っていた。

「なに? 後藤さん」

「いや。たいした事じゃないんだけどね」

 カキコキと肩を鳴らした後藤は、身長差のあるしのぶの肩に手を乗せる。

「激務でお疲れのしのぶさんに心ばかりのプレゼントをと思って」

「気味が悪いわね」

 根っからの悪人ではないが、善人でもないこの男の言をそのまま鵜呑みにする事の危うさを、しのぶは良く知っていた。

 数年来の同僚であり、今は爪を隠しているもののその才覚は充分承知している。だからこそどんな裏があるかわかったものじゃない、としのぶは肩をすくめて首を横に振った。

「後藤さんから何か貰ったりしたら後が怖いから止めておくわ」

「そんなに警戒しなくても、たいしたものじゃないよ」

 いつもの飄々とした顔を崩さず、後藤は身を屈めてしのぶに顔を近づける。

「目、瞑ってくれる?」

「いいけど」

 釈然としないまま、しのぶが言われた通りに瞳を閉じると、ふわっと漂ってきた煙草の香りが鼻腔をくすぐる。

 勤務中とは違う「男」を後藤から感じ、しのぶは躯に僅かな緊張を走らせた。

(……何?)

 深く考えずに瞳を閉じたが、ありえない可能性を思い浮かべたしのぶは思わず手に汗を握った。

 まがりなりにも警察官が、職場で相手の同意もなしに不埒な行為に及ぶわけがない──筈だ。

(でも、まさか)

 後藤という男に人間的な好感を抱いてはいるし、男として見た時、それなりの魅力を──多大なクセがあるものの──持っているのもわかっている。

 更に言えば、後藤に対して男と女である事を全く意識した事がなかったかと問われると、しのぶはそれを即答する事が出来ない。

 だがお互いあくまで同僚としてこれまでやってきたのだ。こんな展開が訪れる事など想像だにしていなかった。

 目を瞑れと言った後藤の真意がどこにあるのか、あれやこれやと思索を巡らせていたしのぶの手に、不意に小さな固いものが握らされる。次いで「もう開けて良いよ」という後藤の声が頭の上から響く。

 首をかしげながら瞳を開いたしのぶの視界に映ったのは、袋に入った小さな飴玉だった。

「疲れている時は糖分が大事だからね」

「あ、ありがとう」

 ただ飴玉を渡す為だけだったのかと、拍子抜けしたしのぶは躯を覆っていた緊張を解いた。

 時間にして数秒足らずではあったが、果たしてわざわざ目を閉じる必要がどこにあったのか。

 考えたところでやはり後藤の真意はわからないが、とりあえず疲れている時の糖分は確かにありがたい。帰宅中にでもなめさせて貰おうと飴玉をポケットにしまうしのぶに、後藤がにやりと口角を上げる。

「何?」

「しのぶさん、俺にとって食われると思った?」

 ヘラっと笑いながらいつもの調子で茶化した後藤の言葉を聞いて、しのぶの頬に血が昇る。

 その可能性を考えていなければ一笑に付す事が出来るのだが、今回に限っていえば全く持ってその通りなので、後藤の発言を否定する事が出来ないし、実際に考えていたのを見透かされたのも癪に障る。

 悔しさのあまりわなわなと躯を震わせたしのぶは後藤を見上げ、キッと睨んで叫んだ。

「……帰ります!」

「うん、お疲れ様」

 何がそんなに嬉しいのか、満面の笑みでひらひらと手を振る後藤を背に、心身共に疲労したしのぶは隊長室を後にした。

 駐車場に向かう途中、しのぶはふと人気のない廊下で立ち止まり、ポケットを探って飴玉を取り出す。袋を破り、後藤には不似合いな苺ミルク味の飴玉を口に放り込むと、甘ったるい合成甘味料の味が口内に広がった。

 ほんの少しだけ、疲労感が薄れる気がする。

「本当に、何考えてるんだか」

 ぽつりと呟いたしのぶは、空になった袋を握り締めて駐車場へと向かった。

説明
機動警察パトレイバーの後藤さん×しのぶさん二次創作小説です。漫画版のイングラム到着時、隊長室での二人のやり取りに
妄想を追加してみました。
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コメント
なんとも微笑ましい一コマですねw(ブックマン)
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