名無しの風と愛里寿のおはなし |
「愛里寿、実は私はね……君のお姉さんなんだ!」
天空に稲光走り、一筋の雷が愛里寿の身体を貫いた。
いや実際の所、昼前の空は晴れやかで雷どころか雨を予感させる雲ひとつ無いのだが。
予期せぬ告白に衝撃を受けた愛里寿の表情に思わずそんな漫符を幻視してしまった。
「ほら、目元を見てごらん、どことなく雰囲気が似ているだろう?それに髪色も」
「ほ、ほんとだ!!」
畳み掛ける様に信憑性を肉付けしていく。隣のアキは呆れ顔だが、まあ気にしないでおこう。
大学選抜チーム隊長、同時に戦車道名門・島田流の嫡女と言う肩書きに似つかわしくない純粋な瞳で、愛里寿は此方を見つめる。
「今日は私の事をお姉さんと呼ぶといい」
「……わかった!……お姉ちゃん!!」
お姉ちゃん、いい響きだ。ともすれば厭世的になりがちな私には無い素直な反応に、胸の奥から暖かな感情が込み上げて来る。
「なんかはしゃいでるね、ミカ」
「浮かれてるの間違いじゃない?」
私はアキとミッコから飛んで来る冷ややかな視線を敢えて無視した。
そもそも何故、ここ継続高校学園艦に島田愛里寿がいるのか。切っ掛けは彼女の発したある我儘からだった。
まだ記憶にも新しい、大洗女子学園の存亡を賭けた戦い。
それが敵であった筈の神童にも影響を与えたのだろうか、彼女は突然「高校生活を送ってみたい」と言い出した。
既に大洗女子にも視察訪問済で、その次の候補として白羽の矢が立ったのが、他でも無い継続高校だったと言う訳だ。
「島田愛里寿、です。よろしくお願いした……いっ?」
「へぇーこの子が大学選抜の?ミカ達が戦ったって言う?」
「噂の天才飛び級少女ってヤツ?確か社会人チームにも勝っちゃったんでしょ?」
「思ってたよりちんちくりんだねー好き嫌いせずにご飯食べてる?チョコ食べる?」
午前の練習前に短く挨拶を済ませた愛里寿は、見る間にチームメイト達に囲まれてしまった。天下の島田流の威光も、権威への畏敬心に乏しい我が校の生徒には効果は無かったらしい。
「あ、あの……えっと……」
困り果てた彼女は引率役の私に助けを求め、それに応じて適当に取り繕いその場を納めたのだが、それ以降妙に懐かれてしまった。
年端もいかぬ純真な子供に慕われてはこちらも悪い気はしない。つい興が乗ってしまい、場を和ませる為の適当な思い付きで先の様な冗談を言って見たのだが……
「すごいすごい!ほんとに傾いてる!」
戦車道履修者専用グラウンドとは名ばかりの空き地を利用した、即席の曲芸運転用コース。
そこではミッコの駆るBT‐7が車長席に愛里寿を乗せ、華麗な片輪走行を披露していた。
ミッコの神憑り的なドライビングテクニックと度胸強さは、例え賓客を同乗させていても変わる事は無い。一歩間違えば横転確実の体勢でハッチから身体を乗り出してはしゃぐ愛里寿も、度胸の具合は相当な物だが。
「お姉ちゃーん!見て見てーっ!!」
私の戯れ言を真に受けたままの愛里寿は、此方に向かって大袈裟に手を振り上げながらミッコのアクロバット運転を堪能していた。その姿は遊園地のアトラクションではしゃぐ子供そのものだ。
やがて周回を終えたミッコが愛里寿を連れて戻ってくる。
「継続名物の“陸上遊覧”はいかがだったかな?」
「凄かった!大学選抜のメンバーでも、ここまでの操縦手は中々いない!」
興奮冷めやらぬ様子の愛里寿から素直な称賛の言葉が飛び出した。
「よかったねミッコ。大学選抜の隊長からお墨付きだ」
ミッコはそっぽを向いているが、鼻の先まで紅潮しているのを見るにどうやら照れている様だ。背後のコースでは順番を控えていたチームメイト達が、ミッコに迫る腕前の操縦を披露していた。
「……継続の操縦手は、みんなこの練習を?」
「どうしてだい?」
ふと、質問を投げかけられた。コースで踊るBT‐7の姿を見ながら聞く愛里寿の顔からは、さっきまでの無邪気な笑みが波を引きつつある。
「継続の操縦技術は確かにすごい。……でも、こう言う曲芸運転を試合で活かす機会はそうは無い。だったら、もっと実戦的な練習にウェイトを割いた方が効率的……だと思う」
怪訝そうに語る愛里寿の表情は、既に島田流の直系にして大学選抜の隊長にふさわしい物へと変貌していた。彼女は決して自身の本分を忘れていない。その真摯さには感心する。
「効率……それは戦車道にとって重要なことかな?」
私はそう問い掛けた。愛里寿はきょとんとした顔でこちらを見つめ返すが、その疑問に答えを返さないまま校舎の時計に視線を移した。
「そろそろ昼休みの時間だ。昼食にしようか」
「す、すごい人だかり……!」
校内食堂には既に他科の生徒達が殺到していた。お行儀よく列を作って、等と言うマナーは継続高校には存在しない。バイキング形式の配膳台に盛られたメニューの数々は、遠目からでも既に相当目減りしている模様だった。
「ちょっと乗り遅れちゃったね」
「これはもうめぼしい人気メニューは厳しいかもねー」
言葉と裏腹に慣れた様子のアキとミッコとは違い、餓鬼の如く食糧に群がる人波に愛里寿はすっかり気圧されていた。
スカートの裾をきゅうっと握って怯えるかわいい妹の姿を見てしまっては、その曇り顔を晴らさずにはいられない。
「アキ、愛里寿を頼む。ミッコ、行くぞ」
そう言い残すと、被っていたチューリップハットを愛里寿に預け、ミッコと共に人波へと飛び込んでいった。
「待たせたね」
既に席を確保していたアキと愛里寿の元に戻り、私はトレーに一杯のコルヴァプースティ(シナモンロール)とカレリアシチューを、ミッコは右手のトレーに山盛りのグリッリ・マッカラ(グリルソーセージ)を、左手にはにこれまた山盛りのザリガニのボイルを乗せて運んで来た。
「どうせそこら中からくすねて来むぐっ」
不名誉な調達方法に言及しようとしたアキの口にパンパンに張り詰めたマッカラをぶち込んだ。
「お、お姉ちゃん……」
愛里寿はもじもじと恥じらいながら、預けていたハットを手渡してくれた。
「ありがとう。さぁ、食べようか」
四人一緒に手を合わせ、思い思いに料理に手を付けていく。
「ちょっとミッコ!ザリガニ独り占めしないでよー!」
「アキだって一人でマッカラ食い過ぎだって!つかまだ自分の分あるじゃん!」
メインディッシュを巡って争奪戦を繰り広げる二人を尻目に、私はシチューをスプーンで掬い口に運ぶ。ほろほろの牛肉と豚肉がごろっと入ったシチューは、香味が効きながらもどこかほっとする味だ。
ふと愛里寿の方を見る。目の前に並ぶ未知の料理を前に、明らかに攻めあぐねているようだった。
事前の情報で彼女は相当好き嫌いが多いと言う事は聞き及んでいた為、メニューも比較的万人受けする物を取り揃えたつもりだが、見込みが甘かったか。
「無理そうだったら残しても構わないよ」
気遣うつもりの何気無い言葉にはっとする愛里寿。
「後でお姉ちゃんと一緒にコンビニで菓子パンでも……」
「だ、大丈夫!」
私の言葉を遮って愛里寿は意を決し、マッカラにフォークを突き立て勢いよくかじりついた。
「……おいしい……!」
恐る恐る、毒味でもする様に慎重な咀嚼を繰り返していた愛里寿の顔がぱぁっ、と晴れていく。
「そのマッカラ、畜産科の子達の手作りなんだよー。コルヴァプースティも食べて食べてー」
「さくさくのふわふわで甘くておいしい!」
「ザリガニ!ザリガニザリガニ!!養殖だから泥臭く無くて美味いよ!」
「高級な海老みたいでおいしい!」
さっきまでの醜い争いと打って変わってアキとミッコが継続名物を薦めている。愛里寿も餌付けされるがまま喜んでそれらを頬張り続けている。
「……お姉ちゃん」
食べる手を一度止め、愛里寿が囁いた。
「あ、ありがとう……」
素直な感謝の言葉に、私も思わず顔がほころんだ。
「午後は普通の授業だけど、愛里寿ちゃんはどうする?」
「うげ、次数学だよーバックれようかなー」
いつの間にか食事を平らげていたアキとミッコは、愛里寿を挟んで午後の授業について話していた。
「何言ってんのさ!ミッコこの前もサボったって言ってたじゃん!また補習食らうよ!?ミカも注意してあげてよー」
「……いや、悪くない。ミッコの提案に乗っからせて貰おう」
せっかく我が校を案内するのに、どこの高校にでもある普通の授業を紹介しても仕方ない。それならもっと他に見せたい、ここだけの風景がある筈だ。
既に見慣れたアキの呆れ顔に一瞥もくれず、私は愛里寿にぎこちなくウィンクを放った。
舗装の行き届いたアスファルトの上を、公道向けチューンを施したBT‐5が駆け抜ける。右手には水平線まで広がる大海と晴れ渡る青空のコントラスト。車外は潮風が吹き抜け、ハッチから身体を乗り出した私と愛里寿の髪を激しく揺らしていた。
「どうだい?黒森峰のアウトバーン程ではないけど、継続のドライブウェイも中々乙だろう?」
「うん!風が気持ちいいー!!」
舷側を周回する幹線道路は昼下がりのこの時間は車通りもまばらで、ドライブに興じるにはうってつけだった。
「継続の“風”は、気に入って貰えたかい?」
「うん!!」
乱れ髪を掻き分けながら愛里寿は頷いた。その答えに私も、引率役としてひとかどの手応えを感じていた。
「……練習中にお姉ちゃんが言ったこと、今ならわかる気がする」
昼前に投げかけた禅問答に、愛里寿は答えを見いだした様だ。
「ありのままに、自由であろうとする。それが継続高校の“強さ”なんだ。規律正しく効率的に、そうしたらこの特色は失われてしまう……」
聡明な回答に私は唸った。
「そうだね……確かに継続生徒はぶっきらぼうで、規律に疎く、気分屋が多いかもしれない……でも、だからこそ自ら選び抜いた決意に対しては誠実で、意思が強い」
それは私にとって、目指すべき生き方そのものと言ってもいい。だから私はこの学校が、継続高校の戦車道が、そして共に戦うチームメイトが好きだ。
そこまで言葉にはしなかったが、愛里寿はしっかりと私の方を見据え、彼女なりに何かの気付きを得たらしい。来た時より少しだけ大人びた佇まいに、私は最初に吐いた子供じみた冗談に少しだけばつの悪さを感じた。
「……愛里寿、実は私はね、君のお姉さんじゃないんだ」
「うん、知ってた」
あっけらかんと答えてみせた愛里寿。
……どうやら冗談に乗せられていたのは私の方らしい。なんとも格好がつかず、私は思わずハット越しに頭を掻いた。
「……でも、ミカのようなお姉ちゃんがいたら、嬉しいなって思った」
「……そうか」
胸の奥がくすぐったくなる感覚を押さえ、私は愛里寿の頭を撫でる。潮風に揺れる彼女の髪はひんやりと気持ちよく、そして陽の光で煌めいて、美しかった。
「……私、お姉ちゃん達とも、いつか戦ってみたい」
着信:ルミ
090××××××××
……あ、もしもし?うん私。元気してた?
……何って、決まってるじゃない。今日はウチの隊長が我が母校に見学だって言うから様子はどうだったって聞いてんの。まぁ、あんたああ見えても面倒見はいいから心配はしてないけど。
……あはは、そっか逃げられたかー。理由は何?やっぱメシマズな件?
……え、違う?まぁ私がいた頃とは随分台所事情も変わってるか。
……へぇ、そりゃよかったじゃない?隊長にとってそれ、好敵手と書いてライバル宣言って事だから。大洗の方の西住流の子と同格扱いよ?
……ほんと相変わらずねぇ。そう言う時は素直に光栄に思いなさい?ライバル宣言なんて、私やメグミやアズミだってして貰って無いんだから。
……言っとくけどあげないわよ?可愛いかわいいウチの隊長なんだから。はぁ、なんで高校なんか行っちゃうのよぉー!
……ふふ、いいわ望む所よ。私もあんたとは先輩後輩とか上の面子とか、そう言うしがらみ抜きで手合わせしてみたかったし、その内ね?
……うん、うん、そうね。また何かあったら連絡するわ。あんたも元気でね、それじゃ。
「あれ?ミカが電話してるなんて珍しいね、相手は誰?」
「さぁ、ね。」
お節介な“先輩”との世話話を終えると、私は滅多に使わない携帯電話を再び懐にしまい込んだ。
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ふたば学園祭12にて頒布された「虹裏ガルパン合同誌『Amasanプライム』」に寄稿した作品です。 | ||
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